イケメングランプリ決定のニュースが東京から入ってきました。
1位はわたくしも大好きなジョニデに決まったとの朗報に感激です。
でも喜んでいる場合ではありません。早速
「彼に縁のあるグッズを探して欲しいワぁ」
と東京スタッフからの無茶ぶりです。
一体ジョニー様は日頃どんなものを身に付けているのかしらん。リサーチしていくと彼のファッションは独自のセンスで、ほとんどがヴィンテージ物。
更に彼の抜群の着こなしがあって、あのお洒落な感じに仕上がるので、ジョニデ”風“な商品はあっても、彼と同じブランドのそれ、がなかなか見つけられません(あっても古い情報ばかり)。
あ〜それにしても彼について調べれば調べる程、やっぱり素敵ですよねぇ。うっとり。
ナンバー1に輝いてしまうのも、心底納得でございます。
ジョニデと言えばアクセサリーを沢山身に付けていることでも知られています。何とかその一つでも彼とお揃いのアクセサリーを手に入れたいところ。
が、これまたどうやら彼はデザインを持ち込んでカスタムメイドしているものが大半の様で、同じものを売っている店なんて見当もつかず。
もはや諦め&投げやりモードになっていると
「あ、そういえば、彼はスカルリングを愛用していたわね」
という東京スタッフからの有り難いヒント。
手がかりはニューヨークのどこかで特注オーダーで手に入れたらしい、という何とも曖昧な情報のみ。ここからがリサーチャーの腕の見せ所でございます。
ニューヨーク、スカルリング、ジョニデ、この3つをキーワードにひたすらリサーチです。
そして遂に、遂に、遂に!!!!見つけました。
彼が購入したというジュエリーショップを。
ジョニデと知り合いだという店主アルフレッドさんを。
ジョニデとお揃いのスカルリングを。
その店は、マンハッタンはグリニッチ・ヴィレッジの一角にありました。店の名はC'est Magnifique。
ゴス調のちょっぴりごついアクセサリーやアンティーク、シルバー製品を多く扱い、1959年創業以来ヘヴィメタルバンド”メタリカ“のギターリスト カーク・ハメットやパンク・シンガー イギー・ポップ、ハードロックバンド”ヴァン・ヘイレン”のヴォーカリスト デイヴィッド・リー・ロスらを顧客に持ち、カスタムデザインを得意としています。そして我らのジョニデ?もここの常連だそうです。
「ロサンゼルスから電話しているんですが、ジョニデとお揃いのリングがここで手に入るって聞いたので」
と言うと
「それはジムスカルリングのことだね。もちろんあるよ。ジョニーのリングはここで作ったんだよ」
と嬉しい返答が返ってきました。リングそっちのけで
「ええええーーージョニーはよく来るの?いつ会えるの?やっぱり彼はカッコいいの?」
と興奮した口調で捲し立てるわたくしに
「ふふふ、君もやっぱり女の子だねぇ。彼のことが好きなんだね」
と店主アルフレッドさん。女の子、という年齢からは哀しい程にかけ離れてはおりますが、まぁ電話越しですからね。バレないということで、ここは敢えて訂正はせずに。
スカルの目のところに宝石を入れるとゴツいながらもキュートさもあっていいのでは、ということで、可愛らしく赤いルビーをお願いしました。 実物を見ないで購入するにはちょっと勇気がいるお値段ですが、ニューヨークです。致し方ございません。
とそんな折に、これは単なる偶然か、運命か、神さまからのご褒美なのか。全くの別件の仕事でニューヨークへの出張が決まったのです。このチャンスを逃すわけには参りません。
というわけで暖かなハリウッドを後に、真冬のニューヨークへ向けて出発です。まだ見ぬアルフレッドさんと、ジョニデも通うジュエリーショップを目指して。
ああ、どうか、ジョニーと偶然のご対面ができますように。
マンハッタン。
ロサンゼルスの青空とは対照的に、低く曇った冬空と趣きある町並みの中をイエローキャブで通り抜けていくと、見えてきました、C’est Magnitique。
見逃してしまう程の小さな間口、ウィンドウ越しに飾られたドクロの形をしたアクセサリーの数々。あぁ、ここにジョニデもやってくるのねぇ?
ドアを開けて中に入ると、いました、いました、アルフレッドおじさんが。
「ハロー。ロスから飛んできちゃった」
そう言うと
「お、その声はロサンゼルスの電話のお嬢ちゃんだね」
そうです、お嬢ちゃんです。店内にはジョニデやイギー・ポップと共に笑顔で写ったアルフレッドさんのスナップ写真が飾られていました。店の裏に工房があり、息子のアルフレッド・ジュニアがシルバーを磨いています。正真正銘、ジョニデ愛用ジムスカルリングはここで作られたようです(嬉)。
アルフレッドさんから、リングにまつわるちょっと素敵な話が聞けました。
「ジョニーはね、このリングをはめるちょっと前まで仕事もプライベートも、何をやっても上手くいかない時期があってね。最初、映画『パイレーツオブカリビアン』の小道具として制作会社から、ジムスカルリングのオーダーが入ったんだよ。撮影中に衣装として身に付けていたジョニーがえらく気に入ってね、彼直々にカスタムメイドの発注がきたというわけさ。知っての通りあの映画が大ヒットして、以来彼の人生は、公私共にいい方へと動き出し始めたんだ。以来ジョニーはジムスカルリングを両手に一つずつ、はめていることが多いんだよ。このリングには何か幸運を呼び込むパワーがあると彼は感じているんじゃないのかな」
と話すアルフレッドさん。
最近新たにジョニーからアクセサリーの発注がきているとこっそり教えてくれました。まだデザインや材質など細かいところまでは詰めていないということ、詳しいことは聞き出せなかったけれど、近いうちにジョニデのアクセサリーコレクションがまた一つ増えるみたい。
「とにかくジョニーはこだわりの男だからね。最終的な発注までにはまだまだ時間がかかると思うよ」
と言いながらアメリカ人特有の肩をすくめ、やれやれ、な表情ながらも嬉しそうに笑うアルフレッドさん。ジョニデには会えなかったけれど、赤いほっぺたのアルフレッドさんの笑顔に、はるばるニューヨークまでやってきた甲斐がありました。
大きめサイズでオーダーを入れたので一差指にはめたらキュート。ビバリーヒルズで見つけた可愛らしいハート型のキラキラボックスに入れてハリウッドからあなたの自宅へお届けします。
ジョニデとお揃いのジムスカルリングが、あなたにも幸運をもたらしてくれますように。
今年もこの季節がやって参りました。『バレンタインSP:チョコを贈りたいのは誰? イケメン俳優グランプリ』。
バレンタインデーに合わせて、ザ・シネマでは、チョコを贈りたくなるハリウッドのイケメン・スター8人の作品を特集放送&HP特設サイトで8人の中から「チョコを贈りたい」イケメン俳優を選んで応募すると、ハリウッド直送の素敵な賞品他が抽選でホワイトデーに届く女性限定のプレゼント・キャンペーンを実施します。
今年のプレゼント・キャンペーン賞品は昨年にも増してパワーアップを目指します!!!
と張り切った発注メールを受信してしまった某日。「ここは“ハリウッドセレブ御用達”の一品で華を添えたいワぁ」と気軽にコメントする東京スタッフの面々。わたくし日頃セレブから程遠い地味な生活をしていますからね、一体何を提案すればよいのやら 。
というわけで、恒例のショッピングスタートです。向かった先は、やっぱりロバートソン・ブルーバード。定番中の定番ですが、とにかく大物の出没率が高いエリア。
中でも有名なスポットがセレブ御用達レストランで知られる“The Ivy”。ここにくれば必ず(?)誰かに遭遇できる、とあってパパラッチが常に目を光らせています。
2003年には当時結婚間近と噂されていたジェニファー・ロペス&ベン・アフレックが揃ってレストランに現れ大騒ぎとなりました。デミ・ムーア、ブラピ、トム・クルーズ、シャロン・ストーン、ペネロペ・クルス、ティム・バートン監督らが訪れ、故マイケル・ジャクソンもここのファンだったとか。
映画『ボディーガード』(懐かしい!!)ではホイットニー・ヒューストン演じるレイチェルが、女の子からせがまれたサインに応じるシーンも“The Ivy”が撮影に使われました。
肝心のお味の方ですが、正直、まぁお値段の割に普通に美味しいというところでしょうか。
“The Ivy”と道を挟んですぐ目の前に“Surly Girl”と書かれた小さな店を発見です。革のカバンや小物アクセサリー、Tシャツなどが飾られ、品揃えは少ないながらもオリジナル感溢れる個性的な商品ばかり。
ここのパーティーバッグを片手に、レッドカーペットで満面の笑顔をふりまくセレブの写真の数々が店内に飾られているではありませんか。これぞまさに私が求める“セレブ御用達”!!
聞くところによると元々ここのバッグ、ゴールデングローブ賞やエミー賞の授賞式で手にする女優さんが多く、あっという間に口コミで人気に火がついたのだとか。
2005年に店を構え、以来キャメロン・ディアス、ブリトニー・スピアーズ、ビクトリア・ベッカム、パリス・ヒルトンらが“Surly Girl”の商品を手にした写真が度々ゴシップ誌などで掲載されています。
セレブのイメージと言えばやはり華やかなパーティーです。ここは是非“Surly Girl”のパーティーバッグをクリスタルの2連ブレスレットとセットでプレゼントしてしまおうではないか!と太っ腹な決定。
ピンクやグリーンの革のバッグもちょっと変わっていて素敵だったけれど、やはりキラキラしたシルバーに目がいってしまうわたくし。イタリアから輸入した革を使い、アクセントにスワロフスキー社製クリスタルを一つずつ丁寧に埋め込んだハンドメイドのパーティーバッグは、輝きが違います。よし、これを購入してしまおう!
ところが、ランチついでに下見にきただけだったので財布に持ち合わせがなく出直すことに。閉店間近に再び店を訪ねると取り置きをお願いしていたバッグは銀色の粉が手につくことが判明したので売れません、と言うではありませんか。
一目惚れした商品です。何としても手に入れたい!平気、平気、大丈夫、銀の粉くらい我慢しますから、と食い下がってはみたものの、店員さん、首を縦に振ってはくれません。
「お客さまにお売りする商品は納得のいく品質でなければ」とのこと。偉い!
こんなこだわりこそが、セレブの心を掴んでいるのかもしれませんね。
でもご安心を。同じ材質の別のキラキラバッグを調達しました。ちょっとしたお出かけも、これがあればセレブゥ〜に変身できること間違いなしです。
追加で昨年好評だったランジェリーショップ“VICTORIA'S SECRET”の商品も入れて欲しいと東京スタッフ。どうやらここのボディーミストが日本で大人気とのことで、これを探して!と熱いリクエスト。ふ〜ん。そんなものが流行っているのね。
うちの若手(?)スタッフから、日本未上陸、季節限定Beauty Rushシリーズのボディーミストがお勧めとの情報を入手したので、早速ビバリーヒルズ店へ向かいます。
一番人気はパープルボトルのPunchsicle。こちらは在庫切れで入荷待ちですって。
よくよく考えたら私はもらえないのだから、ここは潔く妥協して別の香りの商品でいいのです。全然構わないのです。さっさと購入して早いところ仕事を片付けてしまえばいいのです。
が、んが、売り切れと言われたら、買い物魂に火がついてしまうもの。在庫待ち?上等です。何週間でも待ちましょう。
折角ならここはセットでと、同じPunchsicleのきらきらラメ入りボディークリームも購入です。しかもこちらは在庫有り。ルンルン気分で持ち帰ったら、何とク、ク、クリームが、蓋がパカっと開いて飛び出ちゃっているじゃありませんか!
ビバリーヒルズからザ・シネマUSオフィスまでの道のりでこんなに簡単に中身がもれてしまっては、海を超えた長旅に耐えられるはずがありません。即返品です。
アメリカ生活で嬉しいのが、この返品文化。気に入らなければ、すぐに返品も交換も快く応じてくれるところが大半です。そんなわけでクリームの代わりにボディーパウダーをゲットしました。これがまたニクい程に可愛い。キラキラした粉をつけるとほのかに香ります。
赤やピンクがイメージカラーの“VICTORIA'S SECRET”らしい商品をと、★柄のついたパジャマとスリッパもお揃いで選ばせて頂きました。
これで日本の自宅にいながらにして、アメリカァンな気分でおくつろぎ頂けるはず。なかなか素敵なギフトセットになりました(嬉)。
ショッピング無事終了。
いや〜自分のものにならない買い物程寂しいものはございません。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
オフィスに戻ると再びの指令メール。今年は営業キャンペーン用にもギフトを用意したい、ということ。はい、はい。じゃあ同じものを追加調達ですね。お易い御用でございます。
え?「豪華版で、セレブ御用達で、Surly Girlとかぶらない別の商品だと嬉しいワぁ」と、またしても気軽なコメントの東京スタッフ。だから何度も言いますが、庶民派なわたくしの対義語はセレブリティーです(困)。
仕方ない。”豪華“を求めてビバリーヒルズへと参りましょうか。
ビバリードライブ沿いを歩いていると気になる文字が目に入ってきました。
“The Organic Pharmacy”、そうオーガニック薬局です。ハリウッドでもオーガニックはちょっとした流行で、レストランやスーパーマーケットなどでオーガニック製品を専門に取り扱う店がここ数年グッと増えています。
早速店の中を覗いてみると、小さなボトルで目の飛び出るような値札がついた基礎化粧品の数々。こんな高価な化粧水、一体どんな客層が使っているのでしょうか。聞いてみると、トビー・マグワイアやエディー・マーフィーの奥さま達が頻繁に購入していくとのこと。う〜ん、納得。
イギリスはロンドン生まれの“The Organic Pharmacy”、マドンナやグウィネス・パルトロウがここの大ファンで、毎回かなりの大人買いをしていくので有名だとか。本国では既に5店舗を展開中で、遂に一昨年アメリカに進出、ビバリーヒルズに1号店を開いたばかり。
店員さんはイギリスからの駐在員ということ、ブリティッシュアクセントの強い英語で
「先月ロンドンでグウィネスに会ったけど、彼女肌が透き通る様に白いのよ。しかも高飛車なところが全くなくてフレンドリーで、すっかりファンになっちゃったァ〜」
と興奮しておりました。
それにしても商品の全てが何だかとっても使い心地が良さそう。試しに手の甲に塗ったクリームはスゥーッと肌に吸い込み柑橘系フルーツの爽やかな匂い。手触りがサラリとしているのに不思議とモッチリと潤う。ミストをシュッと一吹きすると、本物のバラの花を身にまとったかの様に、ふんわりと上品な香りが漂うのです。ほ、欲しい、とっても欲しい。
数ある気になる商品の中からプレゼントに選んだのは
ゴージャスなくつろぎを演出するのにピッタリのスパセット、その名もクレオパトラのミルクバス&ボディースクラブ。
ミルクバスは粉末でバラやジャスミンが含まれバスタブにスプーン2杯程入れて溶かして使います。
スクラブにはハチミツやオリーブオイル、ひまわりのオイルなどが調合され、見た目にも美味しそう。これを入浴前に手足に塗って円を描くようにマッサージした後サッとお湯で流すだけ。
バスタイムの雰囲気を盛り上げるのに欠かせないキャンドルもこの際ギフトに入れちゃいましょう。ユーカリやセージなどが含まれたオーガニックキャンドルを灯しながら、クレオパトラのスパセットでリラックス、贅沢なバスタイムこそがセレブへの道の第一歩です。
店内の商品はどれもこれも欲しいものばかり。自腹で買ってしまおうと真剣に悩みつつも、お財布と相談したところ「断念した方がいいよ」と小さな心の声が聞こえました。あぁセレブはこんな製品を使っているから、あんなにも輝いているのでしょうか。
CATV局視聴者キャンペーン用にも話題の“VICTORIA'S SECRET”のボディーミストは差し上げたいとのこと。何ならここはお風呂上がりにサッと羽織れるワイン色のショート丈ローブとスリッパもセットにしてあげちゃおうか?というビックリな決定に、誰より一番驚いているのは購入担当のこのわたくし。こ、こんなにゴージャスなギフトで大丈夫ですか??? ま、目標に掲げた“昨年にも増してパワーアップ”が達成できたので、何より。
これらを手にできる方々を思うと、羨ましいやら、恨めしいやら、恨めしいやら。
いいなぁ、これをもらえるあなた。
少しでも憧れのセレブに近づければと遠きハリウッドまで遊びにくるのはちょっぴり大変。ならばせめてハリウッドの香りと空気感をお届けできれば、そんな思いと愛をこめて、今年もザ・シネマからあなたへ素敵なホワイトデーの贈り物です。
Wishing You A Happy Valentine’s Day!
(ザ・シネマ LAオフィス S.K.)
※写真は賞品イメージのため、実物と異なる場合がございます。ご了承ください。
男はマフィア映画が好きだ。
強さ、たくましさ、切なさ、野心、哀愁、友情
。マフィア映画には、それらすべての要素が入っている。以前、このブログで「女性はおしなべて姫になりたがる」と書いたけれど、「男はおしなべてマフィア映画好き」はそれと対をなすと思う。
そして、マフィア映画のスターといえば、筆頭はやはり『ゴッドファーザー』『スカーフェイス』のアル・パチーノだろう。
本作『フェイク』では、うだつのあがらないマフィア、レフティを演じている。
アル・パチーノほどの役者が、シケたマフィア役にハマるのか心配だったのだが、観た瞬間にその心配は吹っ飛んでしまう。レフティはどう見てもプライドだけが高い、シケたマフィア。なのに存在感がある。
もう一人の主役は、FBIの囮捜査官としてレフティに近づくジョニー・デップ演じるジョー。ジョーは、自らをダニーと名乗ってレフティの弟分になることに成功し、常に行動をともにするようになる。FBI本部からの指令を着実にこなしながらも、レフティに全幅の信頼を置かれるようになるジョー。
ところが潜入が長引く間に、ジョーは組織を取り仕切るボスのソニーにまで目をかけられはじめ、レフティを差し置いて出世してしまう。プライドを傷つけられながらも、恨みがましいことをいうわけでもないレフティ。その姿に、ジョーはいつしか潜入捜査官という立場でありながら、友情にも近い感情を抱き始めていた。
男はマフィア映画をなぜ愛するのか? 僕が思うに、それは“憧れ”という言葉だけでは片付けられない。もっと強い、いわば共感や同情、自己投影といった感情が近いと思う。
現実的には、マフィアの世界はほとんどの人にとって縁遠い。
だが、本作『フェイク』をはじめとする多くのマフィア映画で描かれるのは、実は自分たちを取り囲んでいる世界とほとんど変わらない。
どれだけ嫌であっても従わなければいけない命令があり、媚びへつらわなければいけない相手がいる。どんなことをしてでも、金を稼がなければいけないときがあり、自分が助かるためには仲間を裏切らなければいけないときもある。後輩に出世で追い抜かれることもあり、それでも野心を失うことのできない自分がいる。
マフィア映画は男が生きる社会の縮図そのものだ。それゆえ男たちはマフィア映画に共感し、同情し、自分を重ね合わせる。
物語の終盤、ソニーとレフティが、ダニーが潜入捜査官であることを示す証拠写真をFBIに突きつけられた後に語るシーンがたまらなくいい。
ソニー「ダニーを知らなきゃ、騙されるとこだ」
レフティ「ああ、ダニーを知らなきゃな」
ソニーはマフィアのボスらしく、誰に対しても用心深い。ところがそんなソニーでさえ、ダニーが自分たちを裏切るわけがないと全幅の信頼を置いている。レフティもソニーの言葉に同意する。ソニーとレフティだけでなく、ダニーも彼らを信頼していなければ、こんな言葉はでてこない。
映画『ユー・ガット・メール』にこんな科白がある。「人生に必要なことは全部『ゴッド・ファーザー』に書いてある」
『フェイク』もそんな映画のひとつなのである。
(映画ライター 奥田高大)
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当時、監督がどんな思いで『ピースメーカー』を作ったのか知る由もないが、今作は2001年9月11日まで、ごく普通に面白いサスペンス・アクションの一つだった。
ジョージ・クルーニーとニコール・キッドマンの豪華組み合わせに加えて、見応えあるカーチェイス。「核を奪ったテロリストを追いかける」というストーリーはそれほど斬新でないにせよ、観客を楽しませるツボをしっかりと押さえた一級の娯楽作品。
ところが9.11後の今になって観ると、妙なリアリティを持って迫ってくる。
旧ソ連の核弾頭10基を解体のために運搬していた列車が事故に遭い、そのうちの1基が爆発。
そこでアメリカ政府は、核物理科学者のケリー(ニコール・キッドマン)をはじめとする専門家を招集して事故の究明にあたる。
そして調査チームにロシア事情に詳しいデヴォー大佐(ジョージ・クルーニー)が加わったことから、事故はテロリストが仕組んだものであったことが判明。ケリーとデヴォーはテロリスト達を追い詰めてゆく。
そうして苦労の末、盗まれた核弾頭の回収に成功するのだが、見つけた核弾頭は8基。残り一つはテロリストにすでに運び去られたあとだったのである。
その核を運び出した人物というのが、ユーゴスラビア紛争で「ピースメーカー」を自負するアメリカに故郷を破壊されたデューサンという男。
デヴォーとケリーはデューサンを見つけ、核を奪い返すことができるのだろうか・・・というのが本作のあらすじ。
『ピースメーカー』に登場するテロリストの動機は、巨額の金でもなければ、ムショにいる仲間の解放でもなく、「アメリカの正義」に対する怒りだ。
動機そのものは新しいものではない。
けれど、『ピースメーカー』がほかと大きく異なる点は、テロリストの描き方にある。
この手の映画の多くが、テロリストを同情の余地ない対象として描くのに対して、本作では「おまえ達の言い分もわかるよ」とテロリストに感情移入したくなるほど、犯人の心理がきちんと描かれている。
アメリカの攻撃によってデューサンが故郷や家族を失い、そのために受けた悲しみにとうてい癒されるものではなく、怒りのやり場をどこかへ向けることも仕方ない。
ふつうなら、嫌な存在でしかないはずのテロリストに対して、『ピースメーカー』ではふとそんな風に考えてしまう。決して許される方法ではないものの、それはある種の正義によって行われた行為なのだ。
とくにアメリカ同時多発テロ事件後の今となっては、その思いがより複雑なものになる。
ただ、そんな具合にそこらのサスペンス・アクションとは違うだけに、ラストシーンには一言もの申したい。今作ではジョージ・クルーニーとニコール・キッドマンによる愛だの恋だのが(すごく出てきそうなのに!)まったくといっていいほど描かれないのだが、最後の最後でそれを微妙に匂わせるシーンがある。
『ピースメーカー』は娯楽映画の体裁をとりつつ、きっちりメッセージも込めているところが長所(?)の一つだと僕は思っていたのだけど、最後にそんなシーンがあると、「え?! スターを二人も起用したから、なんだかんだ言っても最後はそうなっちゃうワケ?」と、ちょっとガッカリする。
雨の日も風の日も、休むことなく新聞配達を頑張っている女の子が、いかにも軽そうな男とデートしているのを見かけてしまったような気分になる。
いえ、べつに愛だの恋だのがあってもいいんだけどね・・・。ちょっと中途半端すぎやしませんか!?
と、こちらも最後の最後で辛口になってしまいましたが、未見の方はもちろん、9.11以前に観たことのある人も、ぜひもう一度『ピースメーカー』をご覧下さい。きっと以前とは違った思いを抱くはずです。
(映画ライター 奥田高大)
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前回書きかけた、『マトリックス』が大っっっっっっっっキライだった、ということの続きを、今回は書きます。
まずワタクシ、基本、エンターテイメントが好きなんです。好きっつーか、スゴいと思う。心から感心する。感動すらする。
より多くの人たちに、より満足度の高い娯楽を供給する、っつーミッション・インポッシブルを、商売柄、ワタクシも日々課せられてますんで、常にそれにチャレンジしつづけてる(で、ちゃんと結果だしてる)ハリウッドを、ワタクシ、心底リスペクトしてるんですわ。
100人いたら100人全員を楽しませるってことが、実は一番ムズかしい。
逆に、100人全員を楽しませなくていいんだ、って開き直っちゃったような映画、「ミーの高尚なアートがユーに理解できるザマすか?」的な芸術映画だとか、「解るヤツだけオレ様についてこい!ついてこれん落伍者は容赦なく置き去りにするぞ!」的な難解オレ様映画だとかに、まるっきし興味ないです。エゴだよそれは(byアムロ)。
そんなワケでして、実はワタクシ、『マトリックス』、好きじゃなかったんです 。
公開時にリアルタイムで見てんですが、1は確かに面白かった! 1はまごうかたなきエンターテイメント映画でしたから。お客さんに楽しんでもらって、喜んで映画館から帰ってもらおう、っつう、まっとうな商売人としての低姿勢さが、ちゃ~んと感じられた。
2で、つまらなくなった。ってか、監督兄弟が本当にやりたかったのは、エンターテイメントじゃなかったんだ、“オレ様映画”がやりたかったんだ、ってことが、2で分かっちゃった。
2公開時、「ストーリー、意味わかんない。でも、最終作の3で全てのナゾが解けるんでしょ?」、的な、むなしい期待論もささやかれてました。でも、そりゃありえないって!とワタクシ思ったもんですわ。もはや明らかに2で方向転換してるじゃんか、「解るヤツだけオレ様についてこい」路線に。
で、3公開。ワタクシは期待せずに見に行ったワケですが、案の定、ますますワケわからない状態で、シリーズは終わっちゃった。こうなる未来は2の時すでにワタクシにゃ見えてたのだよ。オラクルのようにね!
とまぁ、ここまでは、ワタクシ個人の感想と思い出です。ただ、世間一般的にも、この、「1面白い、2つまらない」という感想は、皆様がかなり共通に抱いたようでして、2がワケわからなすぎて3見る気が失せちゃって、結局、3見ず終い、っつう人が、ワタクシの回りじゃけっこう多かった。ネットで調べてもそういう声は多いようです。
今回のザ・シネマでの放送では、そういう人が多いっつう仮説にのっとり、かつて2まで見てやめちゃった人や、今回初めて『マトリックス』を見るんだけど、やっぱり2で見るのやめちゃうであろう人たちを、いかにして3までつなげるか、という点を、実はウチら的には課題としてたんです。
とにかく問題となるのは、2がワケわからなすぎる、っつーこと。特に終盤ですよね。アーキテクトっつうナゾの白髪翁(マトリックスを作ったヤツ?)が出てきますが、そいつとネオとの、TVモニターがいっぱいある変な部屋(ソース?なにソースって)でのやりとりが、まるで禅問答みたいでMAX意味不明。さらに中盤での、予言者とネオの会話も、かなりワケわかりません。
そこらへんが分かって、2で何が描かれ、何が語られたかぜんぶ分かって、はじめて、3を見る気が起こる。3も、見終わった後に意味不明感や消化不良感が残るようじゃ、「面白かった!」っつう評価にはならんだろ、ここは疑問を残させないぐらいの解説が必要だ!っつう結論に達したんですわ。
そこでまず、シリーズ3本一挙にやる!ことにしました。これ、民放なんかでバラバラに放送されたりしてましたが、ただでさえ難解なものが、それをやっちゃあ致命的に分からなくなる。イッキ見は最低限マストでしょう!!
さらに、ウチでは特番つくりました。本編後にはストーリーのおさらいも付けました。あれらは全て、主に、そういう意図にもとづいて作られてたんです。
実は、特番などを作るに際し、ワタクシ、『マトリックス』シリーズを通しで8回見ました!1回見ただけじゃ意味分からない。2回目にやっと「そっか!これって、もしかしてこういう意味!?」みたいな発見があり、その漠然とした発見を補強するために、さらに立て続けに見返して、8回目にしてようやく、悟りの境地に達したのであります。
後日、番組制作のための打ち合わせの席で、ディレクターの解釈とワタクシの解釈では、かなり喰い違う部分が出てきた。で、そっから議論が勃発!トータルで10時間以上は激論を戦わせましたねぇ。
この時から、『マトリックス』はワタクシにとって、映画史上もっとも面白いSF映画となったのです!
ディレクターとの激論バトル、これが、何年かぶりぐらいに面白い映画体験だった! そういや学生だった頃、映画ヲタクのワタクシは、よくそんな議論をヲタク仲間どもと繰り広げたもんです。何時間も、とか、夜通し、とか、電話の子機(その時代は家電ってのがあって子機ってもんがあった)の充電が無くなるまで、とかね。
映画好きの人の中には、そういう経験がある人って、少なからずいると思うんすよね。ケンケンガクガクの映画談義。いや~、今となっては遠い日の思い出っすわ。
でも、社会に出て働きだして、あれやこれやで忙しくなると、そんなことしてるヒマがなくなっちゃった。
いや、実は、ヒマなんていくらでもあるのかも。ただ人として萎えてきただけなのかも。
「議論なんか面倒だ」
「疲れるだけだ」
「たかが映画じゃないか」
「映画ごときで声を嗄らして議論するのもバカらしい」
我ながら、イヤ~な年のとり方をしちまいました。悲しいぐらいつまんねーオトナになっちゃってます 。
その映画に何が描かれてるか理解するため、全神経を集中させ、頭をフル回転させて、緊張して映画と向き合う。
何度も繰り返し見て、どうにかして理解しようと努める。
そうやって築いた自分なりの理解も、他人のそれとは喰い違ってるかもしれない。
その場合、双方の相違点をとことん徹底的にぶつけ合う。恐れず逃げず、議論する。
エキサイティングっすよ、これって! っていうか、それがエキサイティングだったっつう遠い日の記憶を、ほんと十何年かぶりに思い出させてもらいましたわ、『マトリックス』に!
100人中100人を喜ばせるエンターテインメントをリスペクトする、っつう気持ちは今も変わりません。が、知性を挑発してくるような、知的格闘を強いられるような、“手強い映画”だけが持ってる、楽しさと興奮。
そうした楽しさと興奮ってのは、古びる、色褪せる、っつうことがありません。
『マトリックス』はアクションも売りです。VFXも売りです。ただ残念ながら、それらにゃ賞味期限っつうもんがありますよね。特にVFXなんて日進月歩ですから、いずれは色褪せてく運命です。『マトリックス』は作られて10年ぐらいなんで、2009年現在まだ迫力は感じますが、さらに10年、20年、30年と時がたてば、『マトリックス』の特撮やアクションなんて、特に目新しさもなく、大して迫力も感じさせないものなってくことでしょう。
でも、知的興奮、知的スリル、その面白さは、けっして賞味期限切れで腐ってくことはない。2020年、2030年、2040年の未来に生きる映画ファンたちも、『マトリックス』が持っている、そうした魅力に興奮させられるだろうことは、間違いないと確信しますね、ワタクシは。
『マトリックス』は、まさに、知的に挑発してくる映画です。知的格闘を強いられる映画です。1度見ただけでは分からないと思います(分かったらスゴい!)。けど、2度・3度と見るごとに、どんどんと面白く感じられるようになるハズです。
「もう見飽きたよ」ということに、永遠にならない、奇跡のような映画なのです。
歴代SF映画のベストに、『マトリックス』を推す人ってのが、けっこういます。つまらない(2以降)という声がある一方、一部で評価が異常に高い!
ちなみにアメリカの権威ある映画(などのエンタメ全般)情報誌「エンターテイメント・ウィークリー」誌が、オフィシャルサイトで2007年に選出したベストSF1位も、実は『マトリックス』だったんです。
それは、以上のようなワケなんでしょうな。あの、超有名SF大作『×××・××××』も、あの、大ヒットしたSFシリーズ『××××××××』も、ランキング圏外でした。それは、映像の迫力だけに依存しすぎてて、数十年たてば色褪せてくっつーうら寂しい末路が、なんとなく予想できちゃうからなんでしょう。
『マトリックス』は、誰が見ても同じ解釈にはならない映画です。それでいいんです。
視聴者の皆々様もきっと、それぞれの解釈(ワタクシのとはまるっきし違う)をお持ちになると思います。それでいいんです。
だからこそ、『マトリックス』こそ映画史上最高のSF映画だ、なんです。
今日日、ネットで探せば、『マトリックス』の解釈を記してるサイトなんて、山ほど出てきます。そんなのを参考程度に読みつつ、当チャンネルで『マトリックス』シリーズをご覧になった後は、ぜひ、あなた独自の解釈ってのを、試みてみてください。
できれば、あなたの解釈を、誰かを相手に、ツバを引っかけ合うような議論でぶっつけてみてください。
映画見るってこんなにエキサイティングな行為だったのか!と、『マトリックス』は、あらためて思い出させてくれると思いますよ。
『マトリックス レボリューションズ』™ & © Warner Bros. Entertainment Inc.
(編成部 飯森盛良)
【『マトリックス』三部作12月一挙放送】 4日、18日、19日、20日
【『マトリックス』三部作一挙放送特設サイト】 コチラ
いっや~、当チャンネル、ありがたい賞をいただいちゃいましたよ!
「日本最大のコンテンツの祭典」を公言する「スカパー!アワード2009」で、映画賞にワタクシどもザ・シネマの「マトリックス三部作一挙放送」が選ばれちゃいました!
ちなみに、この「スカパー!アワード2009」っつーのは、
昨年11月から今年10月までの一年にスカパー!、スカパー!e2、スカパー!光、で放送された番組の中からあなた(スカパー!視聴者の皆様)が「もう一度観たい!」、「観てみたい!」と思う番組を選んで投票していただく、まさに日本最大級のコンテンツの祭典です。
だそうです。詳しくはリンク先をご覧ください。
ちなみに、去年は当チャンネル、懐かしの昭和の吹き替え発掘プロジェクトを引っさげて参戦し、見事に玉と砕け散ったのでした。去年のブログはコチラ。にしても、そういやワタクシはまだクビにはなってないな。
でもって今年はリベンジ。マニア狙いの吹き替え企画で勝負かけんのはさすがに無理があったと猛省し、今回は、天下御免のハリウッド超大作を引っさげて雪辱戦に挑み、見事、部門賞に輝いたってワケです。
スカパー!以外でご覧の皆様でも投票できましたので、まさに、こたびの栄冠は、様々なサービスでザ・シネマをご覧いただいている視聴者の皆様にお授けいただいたものだと、感じております。
ここに、ザ・シネマ一同、視聴者様に、三跪九叩頭の礼をとらせていただきます(意味分からん人は山川の世界史用語集で調べよう)。
さて、昨日11月12日の木曜日、東京は後楽園遊園地そばのJCBホールにて、授賞式が催されました。
ザ・シネマからは、マトリックスの解説番組でナビゲーターを務めていただいた、女優の川村ゆきえさん、映画史研究者で、番組の解説だけでなく監修までお願いした、早稲田大学大学院・谷川建司教授のお2人と、当チャンネルの関係者らが出席しました。
ここでは速報として、授賞式の模様をリポートします。
映画賞の発表は序盤の方でした。まず、ノミネート作品が次々に紹介されてきます。プレゼンターは何故かジローラモ。寅さん好きとか子連れ狼はイタリアでも大人気とか、ワタクシども的には全然別方向なトークで司会の小倉さんとジローラモがひとしきり盛り上がり、ワタクシども一同、非常にヒヤヒヤさせられたのですが
最終的にはウチが受賞!してやったり!!
川村さんが壇上に上がって、トロフィーを受け取ります。
川村さん「ほんとに光栄で嬉しいです。マトリックスは世界観もすばらしくて、その世界観を崩したくなかったので、衣装も『マトリックス』でキメてきたんです」
とのコメント。う~ん、なるほど素晴らしい衣装だ!
この、ビニールっぽいケミカル系な素材感の、チャコールグレーのローブドソワレと、ディープグリーンでちょい玉虫色がかった光沢感あるオーガンジーのショール、まさに、まさに、『マトリックス』の世界そのものじゃないっすか!なんつーか、バーチャルっぽい感じ?
ただ黒と緑の服を持ってくりゃマトリっぽくなる、ってもんでもありません。スタイリストさん、ナイスジョブっす!
いやはや、もっと生でジーーーーーーーッと眺めさせてもらえば一生の眼福になったんすけど(控え室とかで)、川村さんご本人を前にすると、あまりのセレブ感と圧倒的ナイスバディさに、ワタクシのような穢れ多き身の者は、太陽光にさらされたゴブリンさながらにどうしたって恐れ入っちゃうんですなぁ。
目は泳ぎ、あらぬ方向をキョロキョロ見回し、もったいなくて直視ができない 。実に惜しいことをした!が、まぁ、独自に撮影した写真を社用PCのデスクトップピクチャに設定することで、良しとしときましょう。
続けます。
司会の小倉さんに、
「もともと『マトリックス』は好きな作品だったんですか?」
と質問されると、
川村さん「SF映画は実は苦手な分野なんですけれども、『マトリックス』は恋愛もあるんですよ。なので、女性も見やすい作品でした」
とのこと。川村さんは、この夏、『マトリックス』で特番を作ろうと決めて、最初に打ち合わせに来ていただいた時から、ラブストーリーとしての『マトリックス』、アクションと特撮だけじゃない、間口の広い『マトリックス』に魅せられた、と、一貫して話されてました。
『マトリックス』は、深い哲学性を持ったSF映画でもあります(哲学を描いたSFって、実はすごく多いんです)。ただ、究極的には、『マトリックス』って、川村さんの言う通り、まさしく“愛”についての映画なんです!
意外かもしれませんが、そうなんです(少なくとも、ウチのチャンネルはそういう見解です)。
なぜ『マトリックス』が“愛”の映画なのか、は、川村さんがナビゲーターを務めるコチラの解説番組で触れられてますんで、ぜひご覧ください。
川村さん「初めて見る方にもわかりやすいようにナビゲートをしました。それも12月に再放送されるので(映画三部作も再放送します)、ぜひ初めて見る方はご覧くださぃ。いちど見た方も、いろんな発見が何度もある作品だと思うので、皆さんまた見ていただけたら嬉しいです」
そうそう、見るたびにいろんな発見がある映画ですよねぇ、『マトリックス』って。1回目よりも2回目見た時の方が確実に楽しい。どんどんハマっちゃう。つまり、奥が深い。上っツラだけの娯楽作じゃないんです。
だから、SF映画の最高傑作、って言われるんですねぇ(別にウチだけが言ってるワケじゃないですよ)。
過去に(夏の当チャンネルでの放送も含めて)見て、「なんだか難しい映画だな 」、と若干ひき気味になっちゃった人も、ぜひ、もう1回ご覧ください!1回目よりも2回目見た時の方が楽しい、このポイントは、『マトリックス』に関しては、徹底的に強調しときたい点なんです!!
なんせ、今では「『マトリックス』は映画史上最高のSFである!」と断言しているワタクシ、仕事で三部作を8回連続で見るハメになるまで、『マトリックス』って、大っっっっっっキライでしたから!
そこらへんの話は、次回書かせていただきましょう。
(編成部 飯森盛良)
誰もが大抵のものごとに関して趣味嗜好、言い換えれば好きな傾向というものを持っている。よく言う"ほにゃららフェチ"も同じようなものだが、これを映画にあてはめてみると、「SFが好き」とか、「とにかくドンパチするやつ」とか、「誰が何と言おうとラブストーリーが最高よ」など、人それぞれ好きなジャンルやテーマを持っていることが多い。
で、僕はと言うと「現代のおとぎ話」的要素を持った「現実にありそうだけど、まあないだろう」という性質の映画に惹かれるらしい。
今月の特集「映画で見る冷戦時代」の一本としてお送りする『グッバイ、レーニン!』は、そんな僕のツボに見事にはまった作品。
舞台は今からちょうど20年前の1989年。ベルリンの壁が崩壊する直前の東ドイツ。
ダニエル・ブリュール演じるアレックスは、母、姉、その娘と4人で暮らす心優しき青年。彼の母親は10年前、夫が家族を捨てて西側に亡命したのがきっかけで、社会主義に忠誠を尽くすようになった愛国主義者である。
そんな母の元で育ったアレックスだが、建国40周年を祝う盛大な記念式典が行なわれた夜、改革を求めるデモで逮捕されてしまう。そして、さらに悪いことに、その姿を偶然見かけた彼の母親がショックで倒れ、昏睡状態に陥ってしまうのだ。
母が倒れたことに責任を感じたアレックスの看病の甲斐あってか、8ヶ月後にようやく目を覚ます母。しかし、彼女が目覚めたときすでにベルリンの壁は崩壊しており、東ドイツには資本主義が怒濤の勢いでなだれ込んでいたのである。
そこでアレックスは「もう一度強いショックを受けたら、命取りになる」と言われた母のために、“東ドイツ体制が続いているフリ”をすることになるのだが、今作はここからが本当の始まり。
体制が変わったことを隠すために、手に入りにくくなった東ドイツ時代のピクルス探しに奔走し、家の窓から見える資本主義の象徴とも言えるコカ・コーラの看板を隠し、本当の情報を伝えないために、友人と偽のニュース番組まで作ってそれを本物のニュースと偽って見せたりと、四苦八苦して“東西ドイツ体制が続いているフリ”を続ける。
その姿は懸命で滑稽で微笑ましく、そしてどこか切ない。
でも、母のために嘘をつくアレックスを見て切なく感じるのは、一体どうしてなのだろう? 映画をご覧になればわかっていただけると思うのだけど、その姿はユーモア混じりに描かれていて、悲しみを誘う行動には映らない。
でも、たしかにどこか切ないのだ。
それはたぶん、アレックスの母をはじめ、けして少なくない人々が信じていたものが、あっという間に崩れてしまったからではないかと僕は思う。
今まで母親の心を支えていたはずの社会主義と、その象徴であるベルリンの壁がなくなったことで、アレックスは懸命にその代わりになろうとしている。
ほんの少し目をそらしていただけなのに、信じていたものがまるっきり変わってしまった。そのことに、僕はおとぎ話的な要素を感じて、ちょっと切なくなるのである。
さて、この健気なアレックスと母の行方は、映画をご覧頂くとして、知っておくとより映画を楽しめる豆知識をここで少し。
『グッバイ、レーニン!』は、当時のドイツの様子や社会主義のなんたるかをあまり知らない人でも十分に楽しめる作品だが、知っているとより楽しめる知識もある。
まず「ドイツのことなんてなーんも知らん」という方への基礎知識として、ベルリンの場所をご説明します。意外と、東ドイツと西ドイツを分けるドイツの中央あたりにあるんだろ!と思いこんでいる方いませんか?
いえいえ、中央どころか、ベルリンは東ドイツのど真ん中にあったのです。しかも、街の西側は資本主義エリアで、東側は東ドイツの首都だった社会主義エリア。つまり社会主義の中にあって、ぽつんと陸の孤島のごとく自由な西ベルリンが存在していたわけです。
でもそのまま放っておくと、社会主義に嫌気がさした東ドイツ人が、ベルリン経由でどんどん西ドイツに移ってしまう。そこで流出を防ぐために西ベルリンを囲む形で、ベルリンの壁は作られることになったのです。
続いては額入りのポートレートなどで何度か登場する白髪頭のメガネをかけた男ですが、彼の名はエーリッヒ・ホーネッカー。ベルリンの壁崩壊の直前まで君臨していた東ドイツの指導者です。いわば東ドイツにおける社会主義の象徴で、劇中では壁が崩壊した後、当時の東ドイツ人が彼をどう評価していたのかを示唆するシーンがたびたび見られます。
さらに個人的には『グッバイ、レーニン!』は、音楽もじっくり聴いてほしい作品です。手がけているのは、『アメリ』の音楽を担当したことで一躍有名になったヤン・ティルセン。幻想的でセンチメンタリズムが漂う音楽が映画の雰囲気とぴったりで、僕は思わずサントラも買ってしまいました。
そうそう、最後になりましたが、『グッバイ、レーニン!』で注目を集めたダニエル・ブリュールは、11月20日から公開される、タランティーノ×ブラピの話題作『イングロリアス・バスターズ』にも出演しています。この映画でダニエルファンになった方は、ぜひ劇場にも足を運んでみて下さい。
ベルリンの壁が崩壊してはや20年。一つの節目となる時期に、ザ・シネマでは「映画で見る冷戦時代」特集として冷戦時代を描いた傑作を5作品お送りするわけですが、『グッバイ、レーニン!』はそのなかでも、いわばファミリードラマ担当。
笑いと涙もいいけれど、冷戦時代の緊張感をもっと味わいたい方には『駆逐艦ベッドフォード作戦』、シュールな映画に惹かれる方には、キューブリックの名作『博士の異常な愛情』など、多様な趣味嗜好ならびに傾向とフェチにあわせて作品をご用意していますので、ピクルスでもかじりながらぜひご覧下さい。
(映画ライター 奥田高大)
©X Filme creative pool GmbH 2003
【11月放送日】
『グッバイ、レーニン!』 7日、9日、20日、29日
もうすでにテレビやウェブやらでご覧になっている方も多いかと思いますが、ついに第22回東京国際映画祭が始まりました!
六本木ヒルズをメイン会場に10月17日から25日まで開催される今回の映画祭。ザ・シネマを代表して・・・というわけではありませんが、僕も行って参りました。
映画祭初日はあいにくの曇り空。しかし六本木ヒルズは映画ファンから、たまたま買い物に来ていた方々まで大勢の人が集まる盛況ぶり。
そんななか、夕方から始まったのが初日の目玉とも言えるレッドカーペットならぬグリーンカーペットです。
「Action! For Earht」をキーメッセージにした東京国際映画祭では、約200メートルに及ぶグリーンカーペットの上を300人を超えるスター達が歩きます。その豪華な顔ぶれは以下に掲載する写真を見ていただくだけで、納得していただけるでしょう。
しかもこのカーペット。単純にエコイメージをアピールするためのものじゃありません。カーペットにはペットボトルリサイクル素材が使用されており、約23,000本相当がリサイクルされたことになるらしいです。くれぐれも、
「カーペットを使わないほうがエコなんじゃない?」
なんて野暮はナシでお願いします。
たくさんの人が見守るなかグリーンカーペットは木村佳乃さん、杏さんからの二人からスタート。鮮やかなカーペットの上を俳優・女優たちが歩いてゆく華やかな姿は、まさに映画祭ならでは。
気になるハリウッドスター陣では、ジェームズ・キャメロン監督の待望の新作『アバター』に出演するサム・ワーシントン、シガーニー・ウィーバーが参加。12月18日の公開を前に、映画祭では30分弱のプレゼンテーション版が公開されただけですが、3Dを駆使した驚異の映像がとにかくスゴイです。
そしてグリーンカーペットの最後を飾ったのは、鳩山首相夫妻と『WATARIDORI』のジャック・ペラン監督によるオープニング作品『オーシャンズ』チーム。宮沢りえさんがナレーションを担当する話題作とあって、会場はひときわ盛り上がりました。
余談ですが、このとき鳩山首相が
「エコがテーマの映画祭だから、グリーンカーペット・・・というわけでもないでしょうが、歩いていて非常に楽しかったです」
みたいなお話しをされたんですが、そのコメントを聴いた記者陣はやや困惑気味。いやいや首相! エコがテーマだから、グリーンカーペットなんですよ!と心のなかでツッコミをいれたのはきっと僕だけではないはずです。
で、グリーンカーペットの興奮冷めやらぬ映画祭初日に僕が観たのは、各国の映画祭で大きな話題を集めているという、メキシコ・スペインの合作『人魚と潜水夫』。
東京国際映画祭はグランプリを選ぶ「コンペティション」作品や劇場公開前の大作が観られる「特別招待作品」などいくつかの部門に分かれているのですが、今作は「natural TIFF」部門。その名の通り「自然と人間の共生」をテーマにした作品が並びます。
今作はニカラグアに暮らす原住民ミスキート族の生活を映し出しながら、「死んだ人間の魂が人魚の手によって蘇る」という伝説を、ドキュメンタリーともドラマともつかないタッチで描いた寓話劇。
劇中にはほとんど台詞がなく、たまに話している言葉も字幕がでないためさっぱりわかりません。
物語を知る手がかりは、それぞれの章の冒頭で流れるごく簡単な説明だけ。あとはただただ、ミスキート族の日々の暮らしを追っていきます。しかし、不思議とそれでも映画として成立しているのです。
映画の冒頭で一人のダイバーが溺死し、葬式の様子が映し出されます。そして式の後に村の人々は捕まえてきた海亀を料理してみんなで食べはじめる。おそらくそれはミスキート族にとって死者を弔う儀式なのでしょう。
その後、入れ替わるようにシンドバッドという一人の男の子が生まれるのですが、映画は彼が成長して、ダイバーになるまでを描きます。
前述したように、『人魚と潜水夫』では台詞らしい台詞はほとんどなく、まるでドキュメンタリーとして撮った映像に、あとから物語を載せて作り上げたような印象を受けます。
スクリーンに映し出される映像の一つひとつは人々の生活を映しているだけで、物語を語るためのものではない(ような印象を受ける)のに、それらをつなぎ合わせることで、物語になってしまうという非常に不思議な作品です。もし日本で公開された際には、ぜひご覧になってみて下さい。
ところで、映画ファンなら一度は頭をよぎるのが「映画祭だ映画祭だ!」って言うけど、東京国際映画祭はどんな位置づけなの? ということでしょう。
私見ですが、三大国際映画祭やアカデミー賞などと比べると、格といいワールドプレミアの作品数といい、歴然とした差がありますし、同じくアジア圏で開催される釜山国際映画祭にも、半歩から一歩、リードされている感もあります。
しかし東京国際映画祭は、日本で活躍するトップクラスの俳優・女優たちが一堂に集まる貴重な場所であるのもまた事実。とくに邦画の話題作がいち早く見られるのも大きな魅力でしょう。今年は作家でもある辻仁成とアントニオ猪木の異色コラボが実現した『ACACIA』や、角川晴樹の渾身作『笑う警官』など、ラインナップも充実しています。
加えて今回ご紹介した『人魚と潜水夫』のように、日本で公開されるかどうかわからない、一風変わった映画を観ることができるのも醍醐味です。
とにもかくにも、せっかく日本で毎年開催されている国際的な映画祭なのですから、東京近郊にお住まいの方はぜひ一度訪れてみてください。きっと気になる作品が見つかりますから!
(映画ライター 奥田高大)
『人魚と潜水夫』(c)PRODUCCIONES AMARANTA, LA ZANFON~A PRODUCCIONES
映画史上、人々の記憶に強い印象を与えたキャラクターは少なくないが、ハンニバル・レクターは間違いなくそのリストに名を連ねる一人だろう。
彼の名を世に知らしめたのは、言うまでもなくトマス・ハリス原作、ジョナサン・デミ監督の『羊たちの沈黙』である。ジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスの緊張感あるやりとりは、サスペンスの新しい可能性を感じさせてくれた。
その10年後に公開されたのが、リドリー・スコット監督による『ハンニバル』。こちらは監督の美意識が、レクター博士のキャラクターとしっくりはまって、『羊たちの沈黙』の衝撃をうまく引き継いだ見事な続編。ジョディ・フォスター演じたクラリスがジュリアン・ムーアに変わったが、僕はさほど違和感がなかった。
続いて公開された『レッド・ドラゴン』は時系列的に言うと『羊たちの沈黙』の前にあたり、レクター博士が男と対峙する唯一の作品。そしてアンソニー・ホプキンスは登場せず、レクター博士の生い立ちから青年期までを描いて、「人食いハンニバル」にいたった理由を明かしたのが『ハンニバル・ライジング』である。
さて、こういった続編・シリーズものの場合、どうしても比較してしまうのが人情というものなので、僕も簡単に感想を記してみたい。
まず作品としての完成度と受けた衝撃を鑑みると、総合一位はやはり『羊たちの沈黙』。しかし以降の3作品がつまらないかというと、まったくそんなことはない。とくにサスペンスとしての緊張感は、今回お送りする『ハンニバル・ライジング』、『ハンニバル』ともに、「レクターシリーズ」の世界観を壊すことなく、それでいてオリジナリティも持つ優れたサスペンスである。
とくに『ハンニバル・ライジング』でレクター博士の若かりし頃を演じたギャスパー・ウリエル君には拍手を贈りたい。レクターを演じるのは、『ダークナイト』でジョーカーを演じたヒース・レジャーくらい勇気のいることだったろうにと思う。
シリーズ第三作の『レッド・ドラゴン』はたしかに「レクターシリーズ」ではあるのだが、僕個人の意見としてはレクター博士の狂気・怖さを引き立てるには、クラリスや『ハンニバル・ライジング』に登場するレディ・ムラサキのように、女性の存在が不可欠な気がする。アンソニー・ホプキンスが出演しない『ハンニバル・ライジング』を外伝と捉える人も多いが、僕はどちらかというと、『レッド・ドラゴン』を外伝的な作品と捉えている。しかしその“女性問題”さえ気にしなければ、『羊たちの沈黙』に次ぐ完成度かもしれない。
とまあ、こんな具合に「レクターシリーズ」はどれを観てもハズレがないのだが、今回は僕の個人的な趣味からレクター博士について音楽の側面から触れてみたい。
レクター博士はご存じの通り、人食いで極めて冷酷な殺人鬼である。が、映画を観た人であれば、そこに彼なりの美学を認めないわけにはいかないだろう。
それの象徴とも呼べるのが、「レクターシリーズ」の劇中でも印象的に使われる『ゴルドベルク変奏曲』である。
『ゴルドベルク変奏曲』とはバッハによる楽曲で、レクター博士お気に入りのクラシックだが、誰の演奏でもいいというわけでなく、グレン・グールドというピアニストによる『ゴルドベルク変奏曲』を愛聴しているのである。
グールドはいわゆる天才肌であったが、変人としても知られた。たとえばコンサートが始まっているにもかかわらず、聴衆を待たせて自分が座るピアノ椅子を30分も調整してたとか、真夏でもコートに手袋、マフラーを着用してたとか、人気の絶頂期で生のコンサート演奏からドロップアウトして、以降はスタジオに籠もってレコーディングしていたなど、変人ぶりを示すエピソードをあげればきりがない。ついでに言うと、夏目漱石の『草枕』が愛読書の一つだった。
だが、ひとたびグールドがピアノの前に座り、二本の手を鍵盤に載せた瞬間、そこから生まれる音楽は、世界の終わりにただ一つ遺された楽園のように美しかった。すべてが完璧で、研ぎ澄まされており、一片の曇りもなかった。
同じように、レクター博士が人をあやめる方法も完璧で美しい。それは一つの哲学と言っても過言ではない。
だからこそ、レクター博士が他の誰でもなく、グールドの『ゴルドベルク変奏曲』を好むところに、不謹慎だが僕は二人に共通する何かを感じる。そしてハンニバル・レクターという強烈なキャラクターを象徴する音楽として、グールドの『ゴルドベルク変奏曲』以上に相応しい曲は考えられないのだ。
グールドによる『ゴルドベルク変奏曲』は二種類の録音がとくに有名で、『ハンニバル』では1981年録音が、『ハンニバル・ライジング』では『羊たちの沈黙』でも使用された1955年録音が使われている。
『レッド・ドラゴン』では僕がボーっとしていてスルーしてしまったのかもしれないが、『ゴルドベルク変奏曲』は使われていなかったように思う。(使われていたらゴメンナサイ)
蛇足だが、NASAが1977年に打ち上げた探査機「ボイジャー」にはグールドの演奏が積み込まれた。まだ見ぬ宇宙人へ「地球にはこんなに素晴らしい音楽があるんですよ」と伝えるために。
レクター博士の奇妙な美意識を少しでも理解するためにも、ぜひグールドの音楽に耳を傾けながら、『ハンニバル・ライジング』、『ハンニバル』をお楽しみ下さい。
(映画ライター 奥田高大)
『ハンニバル』©2000 UNIVERSAL STUDIOS
『ハンニバル・ライジング 』© Delta(Young Hannibal) Limited 2006 and 2006 Artwork © The Weinstein Company
【10月放送日】
『ハンニバル・ライジング』 3日、25日
『ハンニバル』 3日、8日、11日、23日、25日
人はよく人生を何かにたとえる。
ある人は野球に、ある人はマラソンに、映画『海辺の家』はそれを家にたとえた物語である。
今作ほど家族ドラマという言葉がしっくりくる作品も珍しい。
突如、長年勤めてきた建築事務所をクビになり、さらにその当日、癌で余命幾ばくもないという告知を受けるジョージ(ケヴィン・クライン)。
ジョージと別れ、今は新しい夫と暮らすロビン(クリスティン・スコット・トーマス)。
ロビンに引き取られ、新しい父と一緒に暮らしてはいるものの、パンクとドラッグにのめり込み、ろくに口も聞かないジョージの息子サム(ヘイデン・クリステンセン)。
時を経て心が離れ、現実的にも距離を置いていた家族の絆。ジョージは病気をきっかけにそれを取り戻そうとするのである。
そのためにジョージは、長年の夢だった海辺に建つ我が家を建て直すことを決意する。
言うまでもないことだが、それは彼にとって家族の絆、そして残り少ない人生をもう一度新たに築くことも意味していた。
反抗する息子に、この夏だけは一緒にいろと無理矢理手伝わせ、自分の体にも鞭打ちつつ、家を完成に近づけてゆくジョージ。最初は何も手伝わなかったサムもやがて心を開き、家作りに打ち込んでゆく。その姿を見て、ロビンは再びジョージに心を寄り添わせてゆく。
正直なところ『海辺の家』はこのようにメロドラマ的であり、ありふれたものであり、目新しい部分はほとんどない。
だからこそ、僕は作品を観たあと、取立てて新鮮さのない映画が、どうしてこうも上質な人間ドラマに変貌(あえて変貌と書きたい)したのかを考えることになった。
僕が思うに、その理由は『海辺の家』が泣かせどころを意識的かつ徹底的に外しているからではないだろうか。
まだ観たことのない方が今作のストーリーを人づてに聞いたとき、僕と同じように「メロドラマ的」で「ありふれていて」「目新しくない」と感じる人は少なくないと思う。
しかし幸か不幸か、実際のところ『海辺の家』は手軽な感動が味わえる物語でもなければ、安易に「癒し」を与えるわけでもなく、むしろその対極にある映画である。
その意味は、ケヴィン・クラインとヘイデン・クリステンセンの演技を見れば分かる。
ヘイデン・クリステンセンはパンク好き、ドラッグ好きという定番の不良を演じながら、内側に青年期特有の繊細さ、苛立ち、サムが本来持っているであろう優しさを感じさせる。しかしここで大事なのは、あくまでそれらが内側にうっすらと見えることだ。わざわざ説明する場面はほとんどない。
ケヴィン・クラインも同じ。物語上、どうしてもセンチメンタルに転びそうなところは演技を抑えてそれを濁し、容易な感動を与えることを徹底的に避けている。
あと一言説明してしまったら、演技があと少し大げさだったり過剰だったりしたら、観客の感情が一気にスリップして冷めてしまうところを、『海辺の家』はぎりぎりのところで踏みとどまる。絶妙のさじ加減、というほかない。
ラストシーンでも手抜きがない。
こういった人間ドラマの(そのなかでも駄作の)場合、最後は気が緩むのか、どうしても説明的で感傷的になり、誰もが予想するシーンをそのまま映像にしがちになる。ところが『海辺の家』のラストシーンでは役者達の表情を見せず、美しい風景を映しながら、彼らの話だけが聞こえてくる方法をとっている。これも感傷的なシーンを徹底して外すという『海辺の家』ルールに基づいている気がしてならない。
自分が考えていたり、相手が感じているであろうことを、わざわざ言葉にすると興ざめすることが多々あるが、『海辺の家』はそのあたりのバランス感覚がとりわけ演技面で素晴らしく、地味ではあるけれど、静かに、確かに深い余韻を残す一本になった。
「なんかベタそうな映画だなあ」と思っている方(僕もそうでした)は、だまされたと思って、秋の夜長に一度ご覧下さい。ヘイデン・クリステンセンがなぜ『スター・ウォーズ』のアナキンに大抜擢されたのかがわかりますから。
(映画ライター 奥田高大)
©2001 New Line Productions,Inc.







