映画『TOKYO JOE マフィアを売った男』 或る怪人のバイオグラフィ

のドキュメンタリー映画には、本編中何度か、象徴的なスナップ写真が登場する。写っているのは一人の男。試合後の拳闘家のように腫れぼったい瞼をした初老の男性である。東洋人の見本のような面相と言っていい。発達した蒙古ヒダは、アジア人に顕著な外見上の特徴である。

 

 私や、貴方が知っている男性の誰かに、きっと、似ている。

 

 彼は、病室らしい部屋のベッドに横たわっている。包帯をターバンのように頭にグルグル巻きにされて。厚い瞼に覆われた瞳から表情を読み取ることは至難だが、口元には、微かに笑みらしいものを浮かべているようだ。

 

 病床での滑稽な姿を写真に撮られることへの照れとはどうも違う、一種異様の表情が、わずかに上がった口角あたりに浮かんでいるように見えなくもない。

 

 この写真が撮られる数日前、1983年2月10日の夜。アメリカ、シカゴ。

 

 彼は、車を運転していた。させられていた。助手席と後部座席に同乗した、二人の男のナビゲーションにしたがって。

 

 彼が指示どおりに駐車場で車を停めると、後ろの男はおもむろに拳銃を取り出し、超至近距離から彼の後頭部に三発、銃弾をブチ込んだ。

 

 彼は、だが、死ななかった。血達磨になりながら、近所の店に助けを求めた。歩いて、である。

 

 バケモノじみている。

 

 彼はシカゴ・マフィアの一員だった。それも、日系人の。あまりに東洋的すぎる顔を持つ彼は、イタリア系マフィアの世界では毛色の変わりすぎた異分子であり、いわばアウトサイダーの中のマイノリティで、それがために侮蔑され続けた。だが同時に、畏怖されてもいた。彼は闇社会で幅を利かせた凄腕の博徒であり、また、冷酷な殺し屋でもあったからである。

 

 彼はこの時期、捜査機関から賭博がらみで取り調べを受けていた。マフィアは、彼が組織にとって不利な証言をする前に、彼を消してしまおうとしたのである。

 

 殺されかけてまで彼が組織に仁義をとおす理由はない。死の淵から蘇ると、彼は、捜査機関への協力を決断する。

 

 例の写真は、その時に撮られたものだ。彼の顔に浮かんでいたあの曰く言い難い表情は、不敵なようでもあり、凄みがあるようでもあり、あるいは単なる照れ笑いだったかもしれないが、何にしても、これほど得体の知れない表情は、堅気の人間が真似して作れるようなものではない。

 

 捜査機関に全てを暴露し始めた彼は、自分を殺す指示を出した暗黒街の顔役たちを手始めに、シカゴの刑事部長や郡の判事、さらには元州知事まで、マフィアと裏で癒着していた大物どもを端から刑務所送りにしていった。

 

 シカゴ・マフィアは、かくして、壊滅した。

 

 晩年、彼は“アジア系の元自動車修理工の好々爺”といった体を装い、地域社会に溶け込んだ。終いには、平凡な勤労市民の退職金と考えれば決して悪くはない額の25万ドルという慰労金までFBIから与えられ、気候温暖なハワイの地で、元殺し屋には不釣合いなほどの平和のうちに死んでいったのである。ただし、孤独に。

 

 …私や貴方が知っている誰かにも似た、典型的日本人の顔を持つ、一人の日系人。

 

 1919年以降1,111件にのぼるというマフィアの暗殺事件で、生き残ったただ一人の男。

 

 頭部に三発の鉛の弾をブチ込まれ、なお死ななかった男。

 

 “トウキョウ・ジョー”とは、その男につけられたニックネームである。

 

 本名、ケン・エトー。

 

 この男の人生、あまりに、映画的でありすぎる。

 

「このドキュメンタリー映画を、1本の映画が完成し、公開されました、で終わらせるつもりはありません。これは、より大きな“プロジェクト”の始まりなんです」

 

 そう語るのは、亀山千広氏。あの、亀山氏である。今さらわざわざ「『踊る大捜査線』の…」などと紹介するのも煩わしい、今日の日本映画界における最高のヒットメーカーだ。この2008年に限っても『少林少女』、『ザ・マジックアワー』、『容疑者Xの献身』、『ハッピーフライト』などのヒット作を連発した。フジテレビ映画事業局長であり、TV業界が映画界をリードする、ひいては、邦画そのものが劇的な再興をとげるという、ここ数年来の日本映画の活況を現出せしめた立役者である。今作で氏はエグゼクティブ・プロデューサーを務めている。

 

 もう一人のエグゼクティブ・プロデューサーが奥山和由氏だ。亀山氏がTVの世界からやってきた現代最高のヒットメーカーなら、奥山氏は伝統的な日本映画界が輩出した、現代最大の風雲児と言える。あえて一作品だけ挙げるなら今年の『ラストゲーム 最後の早慶戦』など、高い評価を受ける良作・話題作を次々とプロデュースする一方、ハリウッドに持つ華麗な映画人脈、監督としての北野武ら異能の発見・発掘、ファンドを通じての製作資金調達というシステムの日本映画界への革命的導入などなど、その閲歴はまさに風雲児と呼ぶに相応しい。

 

 そもそも、“トウキョウ・ジョー”という怪人に注目したのは奥山氏だった。

 

奥山和由.jpg奥山
「この人物の存在は15、6年前に初めて知りました。しかし、当時は彼を知るための資料があまりに少なかった。それから時は過ぎて、ロサンゼルスでデ・ニーロと会い、彼と、自分は『ゴッドファーザー』が好きでさぁ、といったような話をしていた時に、改めて、この“トウキョウ・ジョー”はいずれ映画にできる素材だし、また、映画にすべき素材だと考えるようになったんです。ただ、その時点ではドキュメンタリーにするつもりはまったくなかった。劇映画にするつもりでした」

 

 そして奥山氏は、後日、フジテレビ亀山氏に幾つかの企画の話を持ち込んだ際、その中の雑談の一つとして、“トウキョウ・ジョー”の話を披露した。結果、“トウキョウ・ジョー”の物語はドキュメンタリー映画として作られることになったのである。

 

亀山「劇映画がメインの僕たち二人なので、当然、劇映画・ドラマとして作ることを前提に話していたけれど、そのための分厚い企画書を作り、何人に読ませたところで、おのずと限界がある。それより映像があれば、見た人はすぐイマジネーションが沸くし、この人物のこういう部分を映画にしてみたい、といった具体的なアイデアも浮かぶでしょう」

 

奥山「今でも、最終目標はあくまで劇映画なんです。いざその時になって、向こうの役者さん、デ・ニーロと話すにせよパチーノと話すにせよ、キチっとした立派な映像企画書をまず見せられる方が、話は早い。それにどっちみち、劇映画の準備で資料を集めているんだし、どっちみち、フィクションを作るにせよ事実は隅々まで調べなければならないんだし、であるならば、その素材でまずドキュメンタリーを作ってみよう、ということになったんです」

 

 そう。今作『TOKYO JOE マフィアを売った男』は、実は、将来ハリウッドをも巻き込んだ劇映画製作のための、贅沢きわまりないプレゼン資料なのである。だから、この映画は全編英語で作られているのだ。だから、“あの”亀山千広氏が製作に名を連ねているのだ。この硬質なドキュメンタリー映画の製作陣に、ある意味きわめてキャッチーなエンターテインメント作ばかりを手がける亀山氏の名前が加わっていることの違和感の種を明かせば、そういうことなのである。

 

亀山千広.jpg亀山
「僕がというよりも、フジテレビの映画に派手なイメージがあるのかもしれませんね(笑)。ですが、この映画に関して言えば、確かに僕は“プロジェクト”という言葉に敏感に反応したことは事実です。これが出来上がったら最後なのではなく、これが最初で、ここから始まっていく。そういう“プロジェクト”だから、僕が参加しているし、今回の説得力のあるドキュメンタリー映画を、それこそ企画書がわりにバラまくことによって、同じ興味と同じ志を持った人たちが集まって来てくれるんじゃないかな、と期待もしているんです」

 

 今作が、93分間の映像企画書である、ということは分かった。しかし一般の観客は、完成されたこの一本の作品を、企画書としては観ないだろう。日本映画界の二人の寵児は、一般の観客に対しては、今作を通じて何を訴えようとしているのか。

 

奥山「こういう日本人がいた、という事実を、まずは知って欲しいんです。実際にこういう顔をし、こういう事件があり、こういう人生を送り、ということを目で見てもらえれば、日本人の血が持つ迫力とか魅力とかが、活字で読んで想像する以上に、より浮き彫りになると思うんです。まずそれを今回の映画で実感してもらうことが、次の映画、最終目的である劇映画への期待へとつながっていくんじゃないかなと」

 

亀山「映画作りとは、もちろん、映画を観に来ていただいた方たちに何かを感じさせる行為のことです。しかし、この“映画作り”の定義の中に、パブリシティということも含めていいなら、今回の映画の宣伝を見て、あるいは映画紹介の記事を読んで、“トウキョウ・ジョー”のことを初めて知る人、それに対して興味を持つ人が必ず出てくるはずで、そうした人が多ければ、僕らは次なるステップ、劇映画という最終ステップに、一歩前進できるかもしれません。その意味で、いい“映画作り”ができたと考えていますし、劇映画のための布石としては、今作は素晴らしい作品に仕上がったと思っています」

 

 今日の日本映画界最高のヒットメーカーと、最大の風雲児の紐帯が生み出すであろう、ある怪人、一人の日系人マフィアの壮絶なるドラマ。それを銀幕で目撃できる日はいつになることか。続報が待たれる。

 

 いずれにせよ、今、我々にできることは、今作『TOKYO JOE マフィアを売った男』というノンフィクションを観て、過剰なまでに映画的な人生を生きた男“トウキョウ・ジョー”の実像について知り、それがヒットメーカーと風雲児によってどう料理され、どのように華麗なフィクションに姿を変えて我々の前に饗されるかを、楽しみに待つことしかない。

 

(聴濤斎帆遊)
文中、一部敬称略

 

トウキョウ・ジョー.jpg

 

tokyo_joe_logo.jpg12月13日(土)、渋谷シネ・アミューズ、新宿バルト9ほか全国ロードショー
※渋谷シネ・アミューズは12月20日より“ヒューマントラストシネマ文化村通り”に劇場名が変わります

 

'08日 93分 エグゼクティブ・プロデューサー/亀山千広、奥山和由 監督/小栗謙一

 

公式サイトはこちらから
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