『ホテル・ルワンダ』について思うこと
以前、このブログで『ブラディ・サンデー』で描かれた「血の日曜日事件」を「遠い国で起きた事件」だったと書いた。
血の日曜日事件が起きたのは1972年。今から37年前。
首相は田中角栄。浅間山荘事件が起き、上野動物園にパンダがやってきて、『ゴッドファーザー(もちろんpart I)』が公開され、吉田拓郎は「結婚しようよ」を歌った。
僕はこの頃を「昔」と呼ぶことにそれほど抵抗はない。
今作『ホテル・ルワンダ』の舞台は1993年から1994年。今から15年前。日本では細川内閣、羽田内閣、村山内閣と次々に首相が変わり、プレイステーションが発売され、『フォレスト・ガンプ』が公開された。
もちろん、年齢によって、考え方によって、受け取り方はさまざまだけれど、このブログを読んで下さっている方の多くは、1994年を昔とは感じないのではないかと思う。
だから『ホテル・ルワンダ』を見たとき、本当に驚いた。衝撃を受けたと言ってもいい。
僕が『フォレスト・ガンプ』や『シンドラーのリスト』を観ていたころに、ほぼ同時進行で起きていた出来事とは、とても信じられなかった。
ルワンダという国は約89パーセントがフツ、それ以外がツチという二つの民族によって成り立っていたが、1994年4月6日、フツ族出身の大統領を乗せた飛行機が何者かに撃墜されたことに端を発して、フツ族の過激派によるツチ族の大量虐殺が始まる。
虐殺によって殺されたツチ族の数は、3ヶ月間で80万人~100万人。
その数は野球場に集まった人の数でも、ヒット映画の入場者数でもない。わずか3ヶ月で理由もなく殺された人間の数である。
2004年に公開された『ホテル・ルワンダ』は、虐殺が起きるなか、1200名以上をホテルに匿い、命を救ったホテルマン、ポール・ルセサバギナの実話を基にしている。
今作でポールを演じるドン・チードルの演技は素晴しい。
また、描かれる事実の重みに比べて、映画そのものは、非常にわかりやすく作られており、わずか15年前、このような虐殺があったことを知らない人でも、予備知識なしに経緯を知ることができる。必要以上に虐殺を描写するわけでもなく、かといって大勢の命を救ったヒーローを描くわけでもない。
印象的なシーン、語るべきストーリーはいくらでもある。
でも、僕が映画を観た後、まっさきに思い出したのは映画の冒頭に出てくるシーンだった。
虐殺が起きる前年、ポールが働く高級ホテルで、国連軍がマスコミに向けて記者会見を行った。1990年から続いていたフツとツチの内戦が、和平合意によってようやく終わろうとしていたからだ。
国連軍の大佐は
「平和に」
そういって、祝杯を挙げる。しかし、その半年後に虐殺が始まり、3ヶ月にもわたり人が殺され続けた。今作を観た後、大佐の言葉の意味するものが、ひどく空虚なものへと変わってしまうのは、きっと僕だけではない。
最後にもう一度書いておきたい。
今からわずか15年前、ルワンダで起きた虐殺によって殺されたツチ族の数は80万人~100万人。ドン・チードルの演技も、わかりやすく丁寧なストーリーも、すべてはこの事実を伝えるためだけに存在している。
そして、虐殺が起きていたとき、国連は、アメリカや日本を初めとする国際社会は、マスコミは、自分は、そのとき、何をしていたのか?
その答えは映画のなかにある。
©2005 Kigali Releasing Limited. All Rights Reserved.
(映画ライター 奥田高大)










