「人生はチョコレートの箱みたいなもの。食べてみるまで中身は分からない」
ってのは、映画冒頭、主人公フォレスト・ガンプの最初のセリフなんですけど(母親の口癖の受け売りだけど)、この言葉が、作品のすべてを語り尽くしちゃってますね。
この映画では、2、3の人生が描かれます。
人間のドラマ、あるいは、人生を描いた物語のことを「ヒューマン・ドラマ」と定義すんなら、この映画こそまさしく、もっとも典型的なヒューマン・ドラマでしょう。
知能に障害を持つ男、フォレスト・ガンプ。子供の頃は身体も不自由で、補助具をつけないと歩くのも困難なほど。ただ、その補助具が星飛雄馬にとっての大リーグボール養成ギプス的な役割を果たしちゃって、ガンプの脚力は、気づかぬうちに常人をはるかに上回るものになってた。
で、とあることがキッカケで、逆に韋駄天としての超人的能力を発揮することに。
それ以来、この、「ムっチャクチャ足が速い」っつう特技のおかげで、ガンプの人生には次から次へと幸運が舞い込んできます。
野心も野望も打算も下心もなく、ただ、その時その時の自分の人生を、バカ正直に生きた男の、夢のような成功物語。ヒューマン・ドラマであると同時に、一風変わったアメリカン・ドリームを描いたサクセス・ストーリーでもある。主人公のガンプを軸に見れば、これは、そんなお話っすわ。
いっぽう。ガンプの幼なじみの女の子でヒロインのジェニーは、ヒっドい人生を送ってます。子供の頃は父親に虐待され、女子大に入るとエロ本に出たことがバレて退学に。その後、成人してからも踏んだり蹴ったりの人生。
ガンプとジェニーは、世代的には“団塊の世代”っすわ(アメリカにはないだろ)。1950年代に子供時代をすごし、60年代に青春時代を送って、70年代にオトナの仲間入りをした。まさしくアメリカ現代史を駆け抜けてきた、そんなジェネレーションっす。
ジェニーは、その時代感覚に染まりきって生きてる女。女子大生の頃はジョーン・バエズにあこがれてフォーク・シンガーになる夢をいだくものの、例の顔出しエロ本発覚事件のせいで場末のストリップ小屋に身を沈めることに。ビートニック・ビューティー“ボビー・ディロン”ってバカっぽい源氏名で、野郎どもにヤラしい野次をあびせられたり、触られたりしながら、全裸でギターを弾き語りします。
その頃“ビート族”が流行ってたから、「ビートニック・ビューティー」。
ボブ・ディランのブレイク直後だから、「ボビー・ディロン」。
その後も、ビート族からヒッピーになって、みんながシスコに詣でればシスコに行き、みんながワシントンDCでベトナム反戦デモをすればそれに加わり、マリファナとかアシッドだとかの悪い草やクスリにも手を伸ばす。流行ってたから。
そのうちヒッピーが時代遅れになって70年代ディスコ・ブームが到来すると、今度はそれ風のファッションに身をつつんで、コカインとかヘロインとかまでやっちゃって、いよいよもって廃人路線を転がり落ちてく。
ただ時代に流されてくだけ。時代を生きるんじゃなくて、ただ流されるまま。
ガンプの方は、きちんと時代を生きてます。時代という枠の中でも、あくまでマイペースで生きてくんですけど、そういうことが、このジェニーって女には、できない。
で、どんどんドツボにはまってく。なんとか逃げ出したい。「鳥になってここから飛んでいきたい」と少女の頃からずーっと祈りつづけ、人生を自分の手にしっかりと掴みたいと必死で願ってるのに、掴めず、ただ流されるまま、けっきょく抜け出せずに、もがきつづけて、どんどん身を落としてく。
でも、流されるだけのジェニーを、ゼメキス監督は、映画の中で罰してるワケじゃないと思うんです。罰として次々に不幸がふりかかってるワケじゃないだろうと思うんです。
この映画って、ガンプは正直者だからラッキーな人生を送り、ジェニーはスレた女だから不幸になった、という因果応報の物語では全然ない、とワタクシは感じるのであります。
人生の浮き沈みなんてもんは、しょせん運でしかありません。
流される女ジェニーは、よくある人間類型です。むしろ、ガンプのように流されずマイペースを貫ける人間って、実はレアな存在でしょう。俊足・強運・マイペース。ガンプこそ、現実には存在しない、実は“超人”なんであって、ジェニーのような人ってのは、いつの時代・どこの国でも見られる、よくいるタイプなんじゃないんでしょうか。
日本で言うと、バブルの頃にイケイケでブイブイいわせてたオヤジギャル(死語×3)とか、10年ちょい前に品行よろしからぬ女子高生ライフを送ってた元コギャルとかって、いったい今、どうしてんでしょうか?
そういう人たちのそんな生き様ってのも、べつに間違ってたってワケじゃない。ただ、そんな人がほんのちょっと運を逃しちゃった場合、ジェニーみたく、再浮上不能な、非常にお気の毒な人生を送ることになっちゃったりもするんでしょうな。
この2009年の日本のどっかには、きっと、そんな和製ジェニーな感じの方たちが、ワンサといらっしゃるような気がしてなりません。
映画『フォレスト・ガンプ』では、そんな、運に見放された気の毒な人を代表しているヒロインの、逆サクセス・ストーリーが、主人公のサクセス・ストーリーの裏で、表裏一体の関係で描かれていきます。ヒューマン・ドラマであると同時に、挫折と転落と蹉跌のドラマでもあるんすわ、この映画は。
つまり、結論としては「人生いろいろ」。運のいい人、悪い人、いろいろあります。それがテーマです。
ってオイ、そんなナゲヤリなテーマあるかい!そう、それを踏まえた上で、この映画では大感動のポイントがちゃーんと設けられてるんすわ。
超ラッキーな男ガンプが、子供の頃から一貫して、不幸なジェニーのことを一途に想いつづけてるって点。それがそのポイントです。
ストーリーは実際のアメリカ現代史(リアル)を時代背景に展開しますが、2人がつむぐ物語って、はっきり言って、リアリティまるっきしありません。ヒューマン・ドラマって、いかに人間をリアルに掘り下げて描けるかっつうとこがキモなんすけどねぇ 。
ラッキーな方がアンラッキーな方を何十年間も慕いつづけてる、幼なじみの何十年ごしの片想い、なんつうのは、かなりメルヘンチック(非現実的)な筋立てでしょう?
でも、非現実的だけど、かなり素敵ではある。これほどまでに素敵なメルヘンを、ワタクシは他に知らんのです。
ヒューマン・ドラマであると同時に、いや、ヒューマン・ドラマである以上に、ワタクシに言わせりゃ、これは、映画史上もっとも美しいメルヘンなのです。そのメルヘン要素が、多くの人を泣かせたんじゃないでしょうかね。
ほんとに、生まれてきた甲斐も無いっつうぐらいな不幸なジェニーの人生ですが、どんなドン底の時でも、離れててどこで何してても、純真無垢なガンプがずーっと彼女のことを想い続けてる、って事実が、彼女の人生の救いであり続けるんですな。映画を見てる方にとってもこれは救いです。この作品、純愛ストーリーでもあるんです。
で、最後に。
2つの人生がおりなすメルヘンとはちょっと離れたとこから、この映画では、3つめの人生を、追っかけてます。
まずこの世にいなさそうな男、強運の持ち主、天然マイペースの“超人”ガンプ。
流されるだけの女、よくいるタイプ(ここまで不幸なのは滅多にいないかも)なジェニー。
そして、第3の人物の登場です。この人物こそ、もっともボクらに近い、いちばん普通の人生を歩んでるキャラなんじゃないでしょうか。
運が良くもないけど、悪くもない。おおよそ普通。大過なく生きてきて、ある日ある時、思ってもみなかったような信じられないぐらいの災難に見舞われてしまう 。
そういうことは、誰にでもありえます。愛する人が突然死んだ。深刻な病気だと宣告された。事故に巻き込まれた。いきなり解雇され生活が破綻した 。そういうことが自分の身にだけは絶対に起こらない!と言い切れる人なんて、誰もいやしません。豚インフルだ不景気だなんつってる今日日は、特にそうです。
そういう目にあってしまった一人の人物が、我が身の不幸を嘆き、神を呪い、自暴自棄になり、死にたいなどとグチりながら、ちょっとずつ再生してく姿が、この映画の3番目の人生として、描かれます。
「人生はチョコレートの箱みたいなもの。食べてみるまで中身は分からない」
このテーマを反芻しながら、以上の3つの人生を追いかけてみると、この、映画史上たぶん十指に入るぐらい(ワタクシの独断)のヒューマン・ドラマの大傑作『フォレスト・ガンプ』を、おそらく75%(?)ぐらいは楽しめちゃうだろうと思いますよ。
【さらに蛇足】
75%、なんで!? その訳をお答えしましょう。その前に、十指に入る、と上で独断で書きましたが、十指どころか、ワタクシの映画ヲタク人生で、その日の気分によってはベストに選びたいぐらいな、個人的には非常に特別な作品なんすわ、『フォレスト・ガンプ』って。
点数あげるとしたら、あくまで独断ですけど、100点満点中133点はあげたい(また中途半端な)! 133点とハンパなのは、仮に75%しか楽しめなかったとしても99.75点なので、ほぼ満点レベルで楽しめる、っつうことっすわ。
で、75%の根拠ですけど、ここまでのこのブログの中で、いろいろ、妙なカタカナ語をいくつか書いてきました。これを全部わかっちゃえるツワモノなら、もしかしたらこの映画、100%楽しめるのかもしれません。
「ジョーン・バエズ」と「ボブ・ディラン(これは分かるか)」、「ビートニク(ビート族)」 etc
つまりですねぇ、とりあえずガンプが物心ついてからはケネディ→ジョンソン→ニクソン→フォード→カーター→レーガンと、大統領が6代も替わってる(そのうち何人かとガンプは会って言葉をかわしてる。会ってなくても劇中にニュース映像としては出てくる)ぐらい、1960年代(少年時代を入れると1950年代)~80年代までの、文字どおりアメリカ現代史が、映画の時代背景として描かれてんですわ。
ここ数十年、アメリカという国が歩んできた道のり。もしかしたら、それは映画の中で描かれてる、4つめの人生なのかもしれません。つまり、一国の人生(ヒューマン)ドラマでもあるんです。
その当時の世相とか、社会情勢とか、流行とか、ファッションとか、音楽とかが、この映画の中には、これでもかとテンコ盛りに盛り込まれてるんです。
それら全部が分かった上で見ると、きっとこの『フォレスト・ガンプ』って映画は、ほんっとに究極にムチャクチャ面白いんでしょうねぇ、たぶん。
でも、それ、まず日本人にはムリな注文でしょう?「うぉー!猛烈に懐かしいー!!」とかは、やっぱ、アメリカ人じゃないと感じられない、非常にドメスティックな感覚なんだろうと思いますわ。
さらにアメリカ人の中でも、やっぱアメリカ版“団塊の世代”の人じゃないと、「あー、こういうことあったよあった!」「あー、これ流行った流行った!!」とかまでの生々しいレベルでのノスタルジーは得られなさそう。
つまり、アメリカ人でも100%楽しめる人はごく一部、世代的にはかなり限られてくると思うんです。
それでも、その他おおぜいの世代・国の人にも楽しんでもらえるように、もともと100点満点中130点ぐらいのありえないほどの完成度で映画を作っといて、多少理解できないとこがあって減点されたとしても100点ちかい印象は与えられるようにしたんでしょうね、さすがはゼメキス監督!
実際、今回のウチでの放送にあたり、事前に、アメリカ現代史とかにこれっぽっちも興味関心がない何人かに聞きましたが、「非常に面白い」「面白い」との回答が5人(全員。サンプル少ねー!)、「どちらともいえない」「つまらない」「非常につまらない」との回答は、ゼロでした。
もちろん、その方たちは、劇中ちょいちょい出てくる、世相ネタとか当時のカルチャーねた等は一切理解不能だったとのこと。それでも面白く感じられることが、ここに立証されたのです(サンプル5人ですが)。
いちおう、それでも、ちょっとでも予備知識あった方が楽しめるは楽しめるんで、ワタクシどもザ・シネマといたしましては、同時代を描いてる、
『ジョージ・ウォレス/アラバマの反逆者』
『ジョンソン大統領/ヴェトナム戦争の真実』
って2タイトルを、6月最後の土日で編成しときましたんで、予習的にご覧いただけたら編成冥利に尽きるってモンです(ちなみにこれがウチでの最後の放送で、次回放送予定はありません )。
いや、このジョージ・ウォレスっつう人もジョンソン大統領っつう人も、『フォレスト・ガンプ』の中の世相ネタのところで出てくるんですわ。
姉妹編みたいな関係の2本(監督はどちらもジョン・フランケンハイマー)なんで、土日両日、あわせて見てもらうのがベストっす(姉妹編ならではの、キャスティングの遊びシーンあり。2本見た人だけに分かるお楽しみ)。
おまけに『ジョージ・ウォレス』の方は、ウォレス役を演じてるのが、なんとゲイリー・シニーズ!この人、たまたま『フォレスト・ガンプ』にも超重要な役どころで出てます。そんなとこでも軽~くリンクしてたりする。
とりあえずこの機会に予習しといて、アメリカ独立記念日の7月4日にあえて初回放送を持ってくるっつう、ほとんど誰も気づかない自己満足な編成にワタクシひとり悦に入っとる『フォレスト・ガンプ/一期一会』を、その日は、75%と言わず、90%ぐらいは楽しんじゃってください!
あ、そうそう、ちなみに7月第2土曜は、今度はキューバ危機を描いた『13デイズ』やりますんで、そっちもお楽しみに。
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(編成部 飯森盛良)
体験や感情を言葉で説明することは難しい。
映画を観て感動したとか、美味しかった料理の味とか、印象が鮮烈で強烈であればあるほど、その気持ちを人に伝えることは難しい。
そのなかでも、いくら語ろうとしても語れない、伝えきれない最たるものが、不安や恐怖かもしれない。
しかし『羊たちの沈黙』、『レイチェルの恋人』のジョナサン・デミが62年にも映画化されたリチャード・コンドンの原作小説『影なき狙撃者』を、現代風にアレンジして作り上げた『クライシス・オブ・アメリカ』は、アメリカが抱える漠とした不安を感じさせることに成功している。

湾岸戦争下、ベン・マルコ(デンゼル・ワシントン)率いる小隊が、敵の奇襲攻撃に遭ってしまう。その危機を救ったのは他の隊員とは馴染めずにいた、いわば落ちこぼれの隊員レイモンド・ショー軍曹(リーヴ・シュレイバー)。
そして終戦後、ショーはその行為がきっかけで隊員時代には誰も予想していなかった時代を象徴する英雄になり、大物上院議員である母エレノアの強力な後ろ盾のもと、政界へと進出。若くして副大統領候補にまで選出される。
一方、マルコはある悩みを抱えながら、終戦後も軍務を続けていた。
その悩みとは、部隊の危機を救った英雄のショーが、仲間の隊員を殺している夢を観ることだった。事実とはまるで反対の夢を繰り返し見るマルコ。しかし、それがただの夢とはどうしても信じ切れず、ついに独自の調査を開始する。
そうして、マルコはやがて自分たちの記憶が、“何かあったとき”のための個人情報、として体内に埋め込まれたチップによって書き換えられていたことを知り、やがて背後にある大きな陰謀に気づく・・・というのが今作のあらすじ。
劇中、悪夢にうなされるマルコを、軍の上司が湾岸戦争症候群ではないのかと指摘するシーンがある。湾岸戦争の体験がトラウマとなり、それが不眠や記憶障害など様々な病状を引き起こしているのではないかというのである。
『クライシス・オブ・アメリカ』が公開されたのは2005年。湾岸戦争が始まったのは1991年。
ちょっと話がそれるが、この湾岸戦争症候群をもう少し詳しく説明すると、帰還兵のうち、一説では10万人以上がこの症状を経験したとされている。しかし、医学的にこの症状は十分に解明されていない。戦争体験という強烈なストレスによるものという意見もあれば、化学兵器や生物兵器など多数の有毒物質にさらされていたからという意見もある。なかには、そんな症候群はそもそも存在しないのだという意見さえある。
『クライシス・オブ・アメリカ』は、同じサスペンスでも、ジョナサン・デミの代表作『羊たちの沈黙』のように、研ぎ澄まされたナイフのようなキレはない。
前述した湾岸戦争症候群、一人の個人によって、国の方向性が大きく変化しかねないアメリカ大統領制が抱える問題、テロリズムへの恐怖など少々描きたいテーマを盛り込みすぎて、焦点がはっきりしない印象も否めない。
でもそんな目に見えない不安を描こうとしているところにこそ、湾岸戦争、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争を経たアメリカが抱える不安と、自分たちが正義だと思ってきたことが、必ずしも世界ではそう思われていない。そのことに、否応なく気づかされたアメリカという国の苦悩が見て取れる。
そんなわけで、この映画を観て、ますますオバマ政権後のアメリカが気になった僕でありました。
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(映画ライター 奥田高大)
拝啓
トム・クルーズ様
突然このような公の場で、お会いしたこともないあなたについて、ブログを書く無礼をお許し下さい。
僕があなたを初めて観たのは、86年の大ヒット作『トップガン』でした。生意気そうで、でもどこかナイーブな雰囲気漂うあなたに、僕の母や姉をはじめ、世の女性はメロメロ(死語?)になりました。この作品はあなたにとっても、スターダムを駆け上がるきっかけとなった思い出深い作品だと思います。

いま改めて『トップガン』を観ると、ケニー・ロギンスの歌う「デンジャーゾーン」からも、そして極めてわかりやすい起承転結の上に描かれた若々しいあなたの姿からも、80年代特有のノー天気さを感じずにはいられません。
もちろん、これはあなたの映画をけなしているわけではありません。
なぜならあの頃、つまりバブル期の私たちが求めていたのは、観ているときは楽しくて、終わった後は気分爽快!! ストーリーはエンドロールと共に綺麗さっぱり記憶から消えてしまう、そんな娯楽映画のお手本のような映画だったのです。
あなたは見事にその期待と要求に応えてくれました。そして当時、まだ少年だった僕にも大きな影響を与えました。F14トムキャットを操れない代わりに、僕は映画をベースにしたファミコンソフト(もちろんシューティングゲーム!!)で遊ぶことで、あなたに近づこうとしました。
『トップガン』を機に、あなたはハリウッドスターとして確固たる地位を手に入れ、あなたの出演作のほとんどは、繰り返しテレビで放送されました。おそらく、あの頃青春時代を過ごした人のなかで、あなたの出演作を観たことのない人はいないのではないでしょうか? それほど80年代から90年代前半にかけてのあなたはすごかった。『ハスラー2』『カクテル』『レインマン』『7月4日に生まれて』『デイズ・オブ・サンダー』などなど、駄作、傑作の両方がありましたが、あなた以上に"スター"という言葉が似合う俳優はあの頃誰一人としていませんでした。
だからこそ、『マグノリア』でフランクを演じるあなたを見たとき、僕は最初、その姿を素直に受け入れることができなかったのです。
それはどう見ても、少年時代の僕に大きな影響を与えた、トム・クルーズが演じるべき役ではないように感じました。

「女を誘惑してねじ伏せろ!」と卑猥な言葉と仕草で男達を煽りつつ、モテる秘訣を記した自著を教典のごとくかかげるフランク。その胡散臭さは、持って生まれたあなたの甘いマスクと、大げさな身振り手振りの演技によってさらに輪をかけたものになっていました。
フランクを演じたあなたの姿に、驚いた人はけして少なくなかったでしょう。なぜなら、それは多くの人々が抱く、甘く優しい"トム・クルーズ"像をまっこうから否定するものだったからです。
しかも『マグノリア』であなたが演じたフランクは、始終作品の中心にいるわけではなく、群像劇の一部を担う役に過ぎませんでした。つまり『マグノリア』はあなたがいなくても成立するとさえ感じました。
でも、映画を見終わった後、僕はその考えが間違っていたことに気づいたのです。
『マグノリア』では、あなたを含む10人の男女の人生が、ラストに向けて不思議に絡み合っていきます。彼らの人生は、映画を観る人の多くと同じように、それぞれに深刻で、滑稽な問題を抱えています。でも問題解決の糸口が、物語の中でとくに提示されるわけでもありません。
『マグノリア』で提示されるのはただ一つ。人生の教訓です。
親との確執、過去との決別、死と向き合うこと、などなどなど。それらは言葉に置き換えにくい、生きるヒントみたいなものです。誰かが身をもって体験する。それを私たちは、見たり聞いたりすることで、自分の教訓とします。
あなたは映画のなかで、とてもハリウッドスター的でない男を演じることによって、そんな教訓の一つを僕に教えてくれたのです。
正直に申し上げて、90年代半ばからあなたの活躍を目に、耳にする機会はずいぶん減ったように感じていました。もちろん僕が、少年から青年へと成長するにつれ、映画の好みが変わったこともあるでしょう。
でもそれだけではありません。
天才子役が、いつまでも子役を演じ続けられないのと同じように、90年代のあなたは時代に消費されるアイドル的ハリウッドスターから、人生の重みと深みを表現できる映画俳優へステップアップしようと試みている時期だったように思います。
僭越ながら、『マグノリア』からは、そんなあなたのチャレンジ精神を感じました。
今回、では、アイドル的ハリウッドスターから映画俳優へと転身していくあなたの様子を『トップガン』『ア・フュー・グッドメン』『マグノリア』『コラテラル』の4作品で放送します。
『トップガン』では、初々しいあなたを。
『ア・フュー・グッドメン』ではアイドル的薫りを残しつつ、硬派な芝居を見せたあなたを。
『マグノリア』では、長年僕たちが抱いていたトム・クルーズ像を見事に壊したあなたを。
そして『コラテラル』では『マグノリア』以降の、一皮むけたあなたを観ることができます。
これらは、きっと多くの視聴者の方に楽しんでいただけるでしょう。
そうそう、ついでに申し上げると『マグノリア』で演技派俳優としてのステップを踏み出すかのように見えるあなたが、2000年代に突入しても『宇宙戦争』や『M:i:III』のように限りなくベタなハリウッド映画で、これまたお決まりの主人公を演じてしまうところに、僕は尊敬の念すらおぼえます。かの有名な「ジャンプ・ザ・カウチ」をはじめ、まだまだ書き足りないことは多いのですが、長くなりますので、ここらで切り上げます。
ますますのご活躍を極東のカタスミからお祈り申し上げます。
『トップガン』Copyright © 2009 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
『マグノリア』©MCMXCIX NEW LINE PRODUCTIONS, INC.ALL RIGHTS RESERVED.
(映画ライター 奥田高大)
まず、今回の拙稿では、映画『スターリングラード』のことで紙幅を費やそうとは考えていないことを、あらかじめお断りしておきたい。映画をご覧いただく前に知っておいていただきたい事と、映画をご覧いただいた後で考えていただきたい事とがあるからだ。
日本人にとって、第二次世界大戦とは、あくまで、当時においては「大東亜戦争」であり、今日では「太平洋戦争」である。日本は、東南アジアから西太平洋の島々にかけて、主にアメリカを相手にして、この戦争を戦った。
神風、玉砕、硫黄島。圧倒的に優勢な米軍に対し、勝ち目のない死闘を演じつづける日本軍。
それでも米軍の攻勢は食い止められず、ついに戦局は、民間人が万単位で犠牲となる、まさに地獄絵図の様相を呈してくる。
東京はじめ各都市は空襲にさらされ、沖縄では凄惨な地上戦が演じられ、最後はヒロシマ・ナガサキでの大虐殺によって、この戦争は幕を閉じた。
ナガサキ原爆投下の前日、8月8日。ソ連は、日本に対し突如として宣戦を布告。翌9日には早くも侵攻を開始した。
わずか数ヶ月前まで、日本とソ連は中立条約を結んでいたが、ソ連は条約延長を一方的に拒絶。それでも日本は連合国との和平仲介役としてソ連を当てにしていたし、その意思はソ連側にも伝えてあった。さらには、8月8日の時点で中立条約はまだ生きていた。それを蹂躙しての対日参戦であった。
ソ連は満州、朝鮮半島、南樺太、千島列島に攻め入り、8月15日の日本“終戦”(ただし降伏文章調印は9月2日)後も攻撃をやめず、その結果、千島列島のうち南の四島(我が“北方領土”)と、南樺太(日露戦争に勝利して日本がロシアから割譲された領土)を奪い、2009年の今日なお、実効支配をつづけている(ソビエト社会主義共和国連邦としてではなく、ロシア連邦として、だが)。
アメリカとの戦争に死力を尽くし、これ以上たたかう余力など残っていなかった日本に、戦争の最後の最後という局面で、突然、盟約を裏切り、騙まし討ちのようにして襲いかかってきた、ソ連。我が国が切実に和を請うているという事実は、仲介を頼まれたかの国が、他のどの国より知っていたはずだ。それを百も承知の上での、火事場泥棒的な所業。
こうした振る舞いを、かの国ではいざ知らず、我が国においては「卑怯」と呼んでもいいことになっているのだが、それはそれとして、ひとまず置こう。第二次世界大戦を、たとえば、ソ連の観点から見たら、どういうものになるのか。以下で試みてみたい。
「大祖国戦争」と、そう、第二次世界大戦は、ソ連、そして今日のロシアでは呼ばれている。
この第二次大戦において最大の犠牲者を出した国こそ、実はソ連である。その数、軍民あわせて2,000万人ともされ、日本人戦没者数の約10倍にのぼる。当時の人口比は日1億:ソ2億とおよそ倍でしかなかったことも考えあわせるなら、我が国土を画布として、そこに血の色で描かれた例の地獄絵図より、何倍か巨大な号数の地獄絵が、かの国の広大無辺な土地の上には描かれた、などと比喩することもできよう。
ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーの野望は、常に東方に向けられていた。まず手始めにオーストリアとチェコを無血併呑し、スロヴァキアを保護国とし、次いでポーランドに侵攻。事ここにいたって英仏はドイツの無道を看過できなくなり、対独宣戦布告。ついに、第二次世界大戦が始まる。時に、1939年の9月。
ポーランドの抵抗は開戦わずか1ヵ月で終息し、翌1940年になると、ドイツはフランスを抜いて、さらに空からイギリスに襲いかかった。だがしかし、西方(英仏)はヒトラーのそもそもの標的ではない。狙いは、あくまで東方にあった。この時点では、すなわち、ソ連である。
そして、翌1941年の6月に、突如としてナチスは、今度はソ連に侵攻を始める。作戦名、「バルバロッサ」。
ナチスにとって東方侵略は予定の行動だが、ソ連にとってはまさしく寝耳に水であった。なぜなら、ソ連は2年前にナチスと不可侵条約を結んでいたからである。その条約を、一片の反故とされたのだ(4年後の夏、今度はソ連が日本との中立条約を反故にするのだが )。
かくして、独ソ戦が始まる。このドイツとの戦いの中で、先にあげた、2,000万とも言われるソ連国民が犠牲となっていくのである。
ヒトラーは、権力の座に就くはるか以前、暴徒の首魁としてつながれた獄中で、著書『我が闘争』を記し、その中ですでに、“生存圏(レーベンスラウム)”について述べている。
なんでも、“優越民族”であるというドイツ民族は、今後も発展と拡大を続ける資格があって、そのためには、さらなる土地と資源が必要であり、それこそが、ドイツ民族が手に入れて然るべき“生存圏(レーベンスラウム)”だと言うのだ。それを手に入れることによってのみ、ドイツはようやく、西欧の一等国たる英仏と対等に渡り合うことができるのだという。
そして、その“生存圏(レーベンスラウム)”は、東方にこそ築かれるべきである、と言うのだ。
まるで、少年漫画の悪役の悪巧みそのものではないか。ないしは、インベーダーによる地球征服にも似ている。トム・クルーズの『宇宙戦争』という映画。あるいは、『インデペンデンス・デイ』という映画。むしろ、あれらに近い。
幼稚かつ突飛なヒトラーの野望、狂気と言ってもいいが、それにさらされたソ連の人々は、戦わざるをえなくなった。戦わなければ、良くてドイツ人に土地を奪われ、最悪の場合は命を奪われるのだ(その最悪の場合が日常の光景と化すのだが)。
ソ連にとってあの戦争は、生存戦争そのものだったのである。
だから、ソ連の、あるいは今日のロシアの人々は、あの戦い、いや、第二次世界大戦と言うより、ドイツに攻められ、追いつめられ、踏み潰されるアリのようにして殺され、土壇場にまで立たされながら、そこから反転攻勢に出て、最後はドイツの首都ベルリンを陥とし、ヒトラーを自殺に追い込んだ、その一連の戦いのことを、「大祖国戦争」と呼ぶのである。そう呼ぶ以外にないではないか。
戦いの転換点となったのが、スターリングラード攻防戦だ。
1941年の「バルバロッサ」作戦は、ポーランドやフランスを屠ったのと同じ、ドイツ軍得意の電撃戦によって、緒戦はドイツ優勢のうちに進み、ドイツ先頭部隊がついにモスクワと指呼の間まで迫るにいたった。その距離、わずかに25km。ドイツ軍から肉眼で見えたという。クレムリンの宮殿の尖塔が、である。
しかし、この攻勢は例年よりも早い冬将軍の到来によって頓挫。ソ連側の反撃にあって、ドイツ軍は後退を余儀なくされた。
雪辱に燃えるヒトラーは翌1942年、「ブラウ」作戦を発動。前年に打撃を受けたとは言え、なお強力な戦力を有するドイツ軍はソ連南部に大攻勢をかける。
かくして、スターリングラードという街は、戦場となった。人類史上最大、最悪の市街戦が、この街を舞台として、半年以上にわたって繰り広げられたのである。
映画『スターリングラード』は、この死の街で戦うことになった、ソ連の3人の若者男女を主人公としている。地獄のような瓦礫の街の中を這いずり回りながら戦い続ける彼らの、恋と友情、青春が描かれる。
2時間を越すこのドラマの内容について、何を解説する必要もないであろう。この物語は、映画を見る人のものだ。そこに何を想い何を感じるかは、当たり前のことながら、見る人に委ねられている。
しかし、彼ら3人の若者が戦っていた戦争がどういう性質のものだったかについては、映画の中で語られることはない。そして、是非それも知った上で、この映画は見ていただきたかった。その上で、何かを想い、何かを感じていただきたかった。ゆえに、以上ながながと駄文を書きつくった。
結局、この攻防戦に勝ち抜き、反転攻勢に出たソ連軍は、国土からドイツの侵略軍を追い払い、さらにベルリンまで攻め立てていった。地下壕にこもったヒトラーは、長年の愛人と結婚し、翌日、新婚夫婦はそろって自決。その翌日にベルリンは陥落し、ソ連軍の手に落ちた。ドイツの無条件降伏は、それからさらに1週間のちの、1945年5月7日のことである。
ベルリンで、ソ連軍は、2,000万同胞を殺されたことへの残忍な復讐を始めた。だが、それでも彼らの溜飲が下がることはなかったのだろう。2,000万人も奪われたのだ、あらゆる機会をとらえて、ドイツ、さらにはその同盟国であり、未だに(ソ連以外の)連合軍との戦いを続けている大日本帝国からさえも、奪えるだけ奪うことに、なんの躊躇がいるだろうか、と彼らは考えたのだろう。
アメリカもイギリスも、それを許した。しぶとく抵抗を続ける日本に対し、ソ連が中立条約を反故にしてでも参戦するなら、千島列島(我が“北方領土”)と南樺太はソ連のものだ、というお墨付きを与えた。そう。アメリカとイギリスが、与えたのである。テヘラン、ヤルタ、ポツダム。連合国が戦後処理について話し合った会談で、そのお墨付きはことごとに、米英からソ連に与えられ続けた。
そして、ソ連は、その通りにした。
これが、ソ連の側から見た第二次世界大戦の結末であり、また、彼らから見た“北方領土”の見え方なのである。
騙まし討ち、火事場泥棒。小生が日本国民である以上、彼らソ連の1945年8月のやり口を「卑怯」と感じずにいることは、できない。今この瞬間も、そう感じている。
だが、2,000万人が殺され、ほとんど種としての生存か絶滅かというような瀬戸際の戦いに辛うじて勝った彼らの立場は、知識として知っていたいし、それも知った上で、この64年前の出来事を世界史的観点から俯瞰するという作業を、けっして、怠ってはならないとも思うのである。
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(聴濤斎帆遊)










