大人になって良いことなんてほとんどないけれど、大人になって子供の頃の"良いこと"に気づくことは多い。たとえば夏休み。

 

 大人になった途端、悲しいかな"夏休み"は親友レベルから、一気に冠婚葬祭のときにしか顔をあわせない、疎遠な親戚レベルの存在へと変貌する。

(土産を持った帰省やら、普段できない掃除やら、家族サービスやらに費やされる一週間程度の休みは本当の夏休みとは呼べない)

 

 『ウォルター少年と、夏の休日』はタイトルが示すとおり、少年が体験した夏の出来事を描いた作品である。けれど、今作は夏休みを満喫する少年・少女よりもむしろ、休みなんてずいぶんとってないよと嘆く大人たちに観ていただきたい。

 

 今作の原題は"SECONDHAND LIONS"という。SECONDHANDとは、"中古の"とか"古びた"といった意味なので、トシ食ったライオンたち、というような意味になる。

 

 邦題にケチをつける気はさらさらないのだけど、『ウォルター少年と、夏の休日』という邦題から受ける、極めて健康的・青少年的イメージ(売り方とも言い換えられるが)も間違いではないけれど、それよりも原題のほうがより中身を正しく示唆している。

 

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 トシ食ったライオンたちとは、ロバート・デュヴァルとマイケル・ケインがそれぞれ演じるハブとガース、二人のジイさんたちである。


 彼らがなぜトシ食ったライオンなのかは、映画を観ていただくこととして、父のいないハーレイ・ジョエル・オスメントがこの二人が暮らす家に預けられ、ひと夏を過ごすのだが、今作の主役はハーレイではなく、なんと言ってもハリウッドを代表する名優二人が演じるジイさんである。

 

 ハブとガースは無免許で飛行機を乗りこなしたり、バーで若者達ととっくみあいの喧嘩をしたり(もちろん圧勝する)、二人には過去に莫大な金を手に入れたという噂があり、そのためにひっきりなしにセールスマンが訪れるのだが、二人は彼らを銃で追い払ったりしてしまう、元気きわまりないジイさんなのである。

 

 しかしこれだけなら、ただの格好いいジイさんの話になるのだが、彼らがより魅力的に映るのは、二人は若かった頃の時間がけして戻ってこないことをよく知っていることにある。

 二人は過去におとぎ話のようなファンタジックな体験をしていて、心の底では今も冒険を追い求めているのだけど、それは若い頃だけに許された特別な時間だったことをハブとガースはきちんと知っている。ただ、そうは言ってもそれを素直に認めたくない自分もいる。そのあたりの微妙な男ゴコロを、ロバート・デュヴァルとマイケル・ケインは、絶妙な演技で観る人に伝えてくれるのである。

 

 昔、自分が夏休みに何をしていたかなんてほとんど思い出せないけれど、それでも、"夏休み"という言葉が持つイノセントでキラキラした、買ったばかり白いTシャツみたいな感じは憶えている。そこには、大人になった僕らには、二度と手にすることのできない時間があり匂いがある。夏休みって言ったって、何もやることないなあと思いながら過ぎていった贅沢な時間がある。

 

 ハブとガースは、ウォルターという一人の少年を通じてそれらを改めて思い出す。

 昔、自分たちが過ごした懐かしい時間や空気、匂いと、少年がこれから過ごすであろう日々を思いながら。

 

 『ウォルター少年と、夏の休日』を見た後、久しぶりに山下達郎の「さよなら夏の日」を聴いてみた。そうしてふと、少年時代は人生の夏休みなのカモとセンチメンタル(←死語×2)に浸った男でした。

 

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(映画ライター 奥田高大)

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 私、大きな勘違いをしてました・・・。

 

 『シャーロットのおくりもの』の “シャーロット”は少女もしくはブタの名前で、ダコタ・ファニング演じるシャーロットがブタに奇跡を起こしたとか、ブタのシャーロットが内気なダコタを変えたとか、いかにもファミリー映画っぽい物語を想像していたんです。

 

 ところがそれは全くの見当違い。ブタでも少女でもないシャーロットの正体に、良い意味で裏切られてしまったのです。

 

 シャーロットは、クモです。

 

 さらに、本作は少女とブタの愛情物語でも、牧場世界のハートウォーミング(←最近、使わない?)ムービーでもあまりせん。

 

 この作品は、クモのシャーロットが起こす、奇跡の物語なのです。

 

 子供よりも大人、とくに妊娠中とか子育て中の方にこそ薦めたい、一種の自然科学チャンネルを観ているかのような、生命について考えるきっかけをくれる映画です。

 

 ブタが登場する映画と聞いて『ベイブ』シリーズを思い浮かべてしまった私は、「しゃべるブタ=のどかな牧場映画」という物語を安易に想像してしまったのですが、とんでもない。

 

 『シャーロットのおくりもの』に登場する雄ブタ、ウィルバーが預けられた牧場に生きる動物たちは、いずれ殺されて人間に食べられる運命。毎日を楽しむ方法を探そうともしていない、のどかとは掛け離れた様子。そんな状況なので、本作に登場する動物たちはシリアスなトークを繰り広げます。

 

牛「体が大きくなったところで、どうせ奴(人間)は僕らを食べるんだよ」

 

 やら、牧場にある不気味な建物を指しながら、

 

馬「あそこに君も連れてかれるよ。そしてこの世とはおさらばさ…」

 

 みたいな言葉でウィルバーを脅したりと、非常に暗いのです。

 

 そんな暗~い牧場の入り口に垂れ下がる一匹の雌グモが、シャーロット。

 

「誰かの食事のために殺されるなんて真っ平だ!」と愚痴を言うばかりの動物たちは、シャーロットに「見醜い」「平気で虫を食べるなんて」と毎日のように悪口を浴びせるものの、シャーロットはとても利口で、弱肉強食の世界を深く理解している。

 

 生きる為に虫を食すことを厭わない代わりに、「いただきます」「ごちそうさま」の言葉を欠かさないなど、牧場で暮らす動物たちよりもオトナです。

 

 そんな嫌われ者のシャーロットを、ウィルバーが美しいと褒めたことがきっかけで、二人(?)はかけがえのない友達になります。

 

 牧場の動物たちは、口を揃えて「自分たちが食べるために僕らを育てるなんて、人間は勝手だ!」と言います。たしかにその通りよね、と人間である私も彼らの意見には激しく同意するのですが、シャーロットはそんなヒトのエゴとも言えそうな行為でさえ、生き物が子孫を残すためには仕方ないと達観しているのです。シャーロットは偉いなあ。

 

 でもそんなシャーロットでも「ウィルバーが食べられるのは嫌」と、彼を助けるためにある方法を思いつきます。

 

 いくら仕方ないとは言っても、大切な人(?)が食べられるのは阻止したいと健気に想う様子が、人情(??)に溢れていて感動的なのです!

 

 シャーロットは自分より何百倍も大きなブタを救うため、クモだからこその表現方法で、その健気な気持ちを人間に伝えます。

 

 どのようにしてウィルバーを救うのかは、観てのお楽しみ。

 

 ところで、素敵なクモ、シャーロットの声を担当しているのはジュリア・ロバーツ。普段から口が大きいことをからかわれがちな彼女が『シャーロットのおくりもの』で担当したのは、登場生物の中で一番口の小さいクモでした…という冗談はさておき、そんな小さなクモの口から存在感ある彼女のセクシーボイスが囁かれることで、シャーロットが話す一語一句がより強く心に響きます。

 

「食事ができることに感謝しなさい」「いただきます、言った?」と、実家の母のようにお説教をしてくれるシャーロット。私たちは生命を食べるから生きていて、それでこそ生命が連続していくことを『シャーロットのおくりもの』は教えてくれるのです。

 

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(ライター 韓 奈侑)

 大方の人はタイトルを見ただけで予想がつくと思うけれど、『夢駆ける馬ドリーマー』は、爽やかで、時折ドキドキして、たまにホロリと涙腺が緩み、エンドロールが流れる頃には前向きな気分にさせてくれるという、まさに由緒正しい映画のサラブレッド(王道)的作品である。おまけに、原題にあるInspired by True Story”からもわかるように、実話を基にしているとある。


 しかしながら、こういった「王道的作品」の匂いがすると、良くも悪くも期待を裏切らないストーリーであるがゆえに、退屈な作品が多いのもまた事実である。


 だから、僕も『夢駆ける馬ドリーマー』は、まあどちらかと言えば、退屈な映画だろうと思いこんでいた。


 しかし、その考えは改めなければいけない。


 王道作品には、やっぱり王道作品でしか味わえない幸せがあるのだ。


 カート・ラッセル演じるベン・クレーンは、牧場を営みながら、競走馬の調教師としても働いているものの、生活は楽ではない。そのうえ父のポップ(クリス・クリストファーソン)とは牧場経営の方針が食い違い、ろくに口もきかない仲。


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 そしてベンの娘が、ダコタ・ファニング演じるケール・クレーン。ケールの楽しみは祖父のポップに馬の話を聞くことと、父の仕事を眺めること。しかしベンは、ケールには馬に関わる道を歩ませたくないと、仕事場についてくることを許さない。


 とろこがある日、ベンがケールに根負けして、仕事場に連れてきていた日に、競走馬として期待されていたソーニャが骨折してしまう。競走馬は、骨折して予後不良と見なされた場合は、安楽死させるのが常。


 しかしベンはケールの目の前でソーニャを安楽死させることを拒み、それがきっかけで調教師の仕事をクビになってしまう。そうして給料と引き替えにソーニャを引き取ったベンは、優秀な種牡馬とソーニャを交配させて、仔馬を売ろうと計画する。


 ところが検査の結果、ソーニャが不妊であることがわかり、ベンは途方に暮れてしまう。仕事はなくなり、家計は火の車。望みの綱だった、仔馬を売って当座の生活費にあてようとする算段もあっけなく崩れてしまったベンは、足の経過が良好なソーニャを、買い手を探すためのレースに出走させて、売却してしまう。


 このことを知ったケールは、ソーニャを売った父を責める。


 そうして娘の馬を想う気持ちに心を打たれたベンはソーニャを買い戻し、所有権をケールに委ねることに。晴れてオーナーとなったケールは、競走馬として賞金総額400万ドルのクラシック・レース「ブリーダーズ・カップ」にソーニャを出走させることを決意。


 果たしてソーニャは、家族の期待に応え、競走馬として復活することができるのか・・?


 というのが今作のあらすじである。ここまで読んで、このあと一体どうなるの? と思う人はいるまい。前述したように、『夢駆ける馬ドリーマー』360度どこから眺めても、王道の作品である。予想を大幅に裏切る展開もなければ、ドンデン返しもない。ともすれば、ありがちでわかりきった、退屈なだけの作品になる。


 しかし、『夢駆ける馬ドリーマー』はそうならなかった。

 

 想像通りなのに、しっかりと物語に惹きつけられ、ポイントポイントで感情を揺さぶられ、ここぞというシーンではホロリとさせられる。王道的な作品で人を惹きつけるには、相当な力が必要になりそうなものだが、まんまと作戦にはまってしまうということは、それだけ『夢駆ける馬ドリーマー』が丁寧に作り込まれた映画だということだろう。


 音楽にたとえるならば、『ペット・サウンズ』以前のビーチ・ボーイズであり、アメリカをロックに載せて歌い続けるブルース・スプリングスティーンである。


 一見すると、彼らは繰り返し同じものを、包装だけをかえて提供しているようにも見える。でも実はそこには、類い希な才能と創意工夫がある。さらに誤解を避けるために付け加えるが、彼らから生まれる音楽には、「前代未聞」や「まったく新しい」といった安っぽい広告用キャッチコピーをはるかに超えた、確かなオリジナリティがある。 


 『夢駆ける馬ドリーマー』はまさにそういった作品である。

 あざとい計算もない。必要以上の演出もない。映画から伝わってくるのは、良いお話を、一人でも多くの人に伝えたいという、飾り気のない気持ちだけだ。その結果として、我々は、”あきらめずにトライし続ければ、いつか夢は叶う”というポジティブな感情を抱くことになる。


 ちょうどビーチ・ボーイズの「Surfin USA」を聞けば、誰もがハワイの青い海と空、サーフィンを思い浮かべ、幸せな気持ちになるのと同じように。


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 もうひとつ。言うまでもないことだけど、この映画はダコタ・ファニングがいるから成立している。ダコタの父役を演じるカート・ラッセルも、祖父役のクリス・クリストファーソンももちろん悪くないし、本当の父と息子と間違えそうなくらい顔が似ていて説得力がある。それでも、『夢駆ける馬ドリーマー』は彼女の映画である。


 当時10歳か11歳のダコタ・ファニングは、大人びているわけでもなく、子どもっぽすぎることもない。自分が子どもの頃に、こういう女の子がいたなと、遠い記憶を目の前に押しつけがましくなく差し出してくれる。ちょっと大げさかもしれないけれど、映画を観ているあいだ、子どもだった頃の自分に、ほんの一瞬、時計の針を戻してくれる。さすがは天才子役の名をほしいままにする子どもだけはある。


 そして今作を見て、最近ダコタの姿を見てないと思っていた僕は、早速ネットで画像検索。


 子役のときに大活躍したり、天使のように可愛かったりすると、その頃のイメージが強すぎるのか、大人になるにつれて残念な結果をもたらすこと多いですよね?


 しかし、皆様どうかご安心を。


 しっかりと美女に成長しているじゃありませんか!どうやら彼女の場合は、子役のイメージに縛られ続ける心配はなさそう。ナタリー・ポートマンのように、しっかり成長してハリウッドを代表する女優になりそうです。

 

 最近の彼女の出演作は日本未公開作品が多いものの、アメリカでは活躍を続けており、来年には今までの清純派のイメージを覆す、70年代に実在したガールズ・バンドの伝記映画『The Runaways』にも出演決定。目下撮影中とのこと。


 ここらで天才子役から、ぐっと大人っぽくなった彼女の姿を、日本のファンにも見せつけてほしいもんですね。そのためにもまずは『夢駆ける馬ドリーマー』と月末に放送する『シャーロットのおくりもの』でたっぷりと予習・復習をお願いします!


映画ライター 奥田高大)

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 どういうわけか、当ブログではわりとまじめな作品について駄文を書くことの多い僕だが、その中身はというと、相当にいい加減で不真面目な性格である。それゆえに「社会派ドラマ」にカテゴライズされる作品を、積極的に観る機会がとりたてて多いということもない。むしろ、ちょっと近寄りにくい、肩がこりそう。そう考えるタチなのだ。


 大体において「社会派」と呼ばれるような作品は、コメディ映画とは異なり、観る側にもエネルギーがいる。ウヒャヒャと笑えばいいだけのコメディ映画に比べると、気を抜くとストーリーについていけなくなりそうなので、頭を回転させる必要もある。作品時間も長い傾向にある。それだけに駄作を観たときの落胆度は大きく、大きな後悔と損失を被ることになる。


 しかしながら、そんなひねくれた視点から観ても13デイズ』は、間違いのない、きちんと作り込まれた社会派ドラマでありポリティカルサスペンスである。


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 今作の舞台は1962年、冷戦まっただなかのアメリカ。世界が核戦争に最も接近したと言われる13日間「キューバ危機」を描いている。時の大統領は、ジョン・F・ケネディ。ケネディを支える司法長官に実弟のロバート・ケネディがつき、大統領特別補佐官として、ケネス・オドネルがいた。

 

 言うまでもないことだが、冷戦時代のアメリカとソ連は同等の武力=核兵器を持ち合うことで均衡を保っていた。巨大な力を持つ二つの国の、どちらか一方だけが圧倒的な武力を持つことは、世界を危機にさらすことになると考えていたからである。


 キューバ危機はアメリカの侵攻を恐れたキューバが、友邦のソ連に武器の援助を申し込んだことに端を発する。しかし、戦争にも使われかねない武器を渡してしまうのはさすがにマズイと判断したソ連は、代わりに、核ミサイルをキューバ国内に配備した。

 核は戦争のための兵器ではなく戦争を抑止するための兵器である、という、冷戦時代特有の、今日では理解できない発想だ。だが結果として、これにアメリカが猛反発して、危ういバランスで成り立っていた均衡が崩れそうになるのである。

 

 13デイズ』は“ケネディ・テープ”と呼ばれるケネディ大統領自ら13日間の会議の模様を録音したテープや、ロバート・F・ケネディの回想録『13日間』、機密文書、そしてケビン・コスナーが演じた実在の人物、ケネス・オドネルへの100時間にも及ぶロング・インタビューなどを基に練り上げられたという。

 もちろん、映画である点、そして極めて政治色の強い事件を扱っているだけに、事実と異なる点もあるはずだ。だがどのようにしてソ連とアメリカの緊張が高まり、どのようにして最悪の事態、つまり第三次世界大戦を免れることになったのかが、非常にわかりやすく、かつスリリングに描かれている。

 

 僕はこの映画を観るまで、結局のところ、戦争は圧倒的な権力を持った国家のリーダーの意思によって始まるものだと思い込んでいた。事実、ヒトラーのようにそういったケースもある。

 しかし13デイズ』では、アメリカにとって「キューバ危機」は対ソ連であると同時に、アメリカ内部との戦いでもあった点が詳細に描かれており、それが非常に興味深い。アメリカ内部とは、国防総省やCIAなど、戦争回避=軟弱な態度として、空爆を主張する主戦派の人々のことである。

 彼らの強硬論をケネディ兄弟とオドネルが、いかにして抑えたか。それが13デイズ』を緊迫感ある作品に仕立てている理由である。

 戦争の引き金となるのは、必ずしも対外的な要因ばかりではなく、部下や周囲に対する権力の誇示、自分の地位や立場を守るための見栄やプライドといった、誰もが持っている要因が積み重なって、大きな力となったものなのかもしれない。

 いつだったか忘れたが、こんな言葉を聞いたことがある。

「一人一人の希望を聞いてできあがったものは、結局誰も望んでいないものである」

 もしかするとその一つが戦争なのかも知れない、と考えさせられる映画だった。


 ついでに言うと、主演のケビン・コスナーは1995年の『ウォーターワールド』で大コケする前後あたりから、『ボディ・ガード』のようなラブ&ヒーロー路線にいくのか、『フィールド・オブ・ドリームス』のようなヒューマンドラマ路線に行くのか、迷走が続いている感があるが、たぶん『JFK』や『パーフェクトワールド』、そして今作のようなわりとシリアスな作品で、ヒーローになりすぎない、ちょいシブメの役が一番しっくりくる気がする。

 

 そんなわけで、僕のように「政治・社会派」作品でミスはしたくない!と強い決意を持っている人にも、13デイズ』は間違いなくオススメできる作品でありますので、ぜひご覧下さい!


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(映画ライター 奥田高大)

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