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『1Q84』を読んだら『イーオン・フラックス』を観よう

 “オーウェリアンSF”というジャンルがある。

 

 SF好きの人にとっては、何を今さら・・・という感があるかもしれないが、この“オーウェリアン”なる言葉はイギリスの作家、ジョージ・オーウェルが1948年に執筆したという著作『1984』から生まれた。(イギリスでの発売は1949年)

 

 『1984』は、思想や言語、結婚などあらゆる市民生活が「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビによって政府当局に監視されている、恐るべき1984年の近未来社会を描いた小説である。

 

 そこから、極度な管理社会を舞台にしたSFのことを“オーウェリアン”と呼ぶようになり、映画、小説、漫画、舞台などでその世界観が描かれてきた。

 

 『イーオン・フラックス』は、ピーター・チョンによるアニメ作品を映画化したオーウェリアンSF。

 

 舞台は致死性のウィルスが発生して、人類のほとんどが死滅した2415年。

 

 生き残った人類は、トレバー8世による政府の下で厳密に管理され、汚染された外界と壁で隔てられた都市、ブレーニャで何不自由なく生活している。

 

イーオン・フラックス.jpg しかしいつの時代にも、反政府分子は生まれるもの。今作ではそれが、“モニカン”という組織である。シャーリーズ・セロン演じるイーオンはモニカンの女戦死で、彼女は妊娠したばかりの妹が反政府分子として抹殺されたことをきっかけに、復讐のためにモニカンの一員となったのだ。

 

 そして政府の厳重なセキュリティを解除する方法を見つけたモニカンから、命令を受けたイーオンは要塞に乗り込み、意外にあっさりとトレバーを見つけ出す。

 

 しかし、彼を殺そうと銃を突きつけた瞬間、トレバーと自分が恋人同士のように一緒にいる場面が脳裏に浮かび、動揺した彼女は逆に捕らえられてしまうのである。

 

 この脳裏に浮かんだ場面、というのがこの映画のキモ。ここから映画は急展開して、なぜ脳裏にそんな場面が浮かんだのかを探るうちに、イーオンは、本当の自分は何者で、どこからやってきたのかを知ることになる。

 

 さて、今回当チャンネルがお送りする『イーオン・フラックス』は、編成部が先見の明で選んだのか、単なる偶然なのかはさておき、ここ日本でオーウェリアンSFは、今もっとも注目を集めているジャンルなのである。

 

 というのも、映画化で話題になった浦沢直樹氏のコミック『20世紀少年』も、絶対君主“ともだち”が統治するオーウェリアン的世界を描いた作品であるし、200万部を突破した村上春樹氏の大ベストセラー『1Q84』は、冒頭に書いたジョージ・オーウェルの小説『1984』をもじったものである。僕はまだ読んでいないので、詳しいところはわからないが、内容もその世界観を土台に構築したものであるらしい。

 

 また村上氏は過去の著作、『世界の終わりと、ハードボイルドワンダーランド』でもオーウェリアンの世界観を組み込んでいる。

 

 もちろん、日本の小説や漫画だけではなく、オーウェリアンものは『イーオン・フラックス』のほかにも多数映画化されており、SFジャンルの一つとして確立されている。

 

 ルーカスの記念すべきデビュー作『THX-1138』、トリュフォーによる『華氏451』、スピルバーグの『マイノリティ・リポート』、マイケル・ベイによる『アイランド』、そして、カート・ウィマーという、ここまであげてきた大物監督に比べれば1ランク落ちる監督が撮った、しかしオーウェリアンSFの最高傑作とのマニア評がある『リベリオン』、などなどなど。

 

 これらで描かれる高度管理社会を観ると、“空想上の世界”というよりは、われわれが生きている世界をほんの少し誇張、あるいは時計の針を進めた形に過ぎないと感じる人は、けっして少なくないはずである。オーウェリアンもののメッセージ性は、時代を追うごとに増していると言える。

 

 それゆえ、『イーオン・フラックス』をはじめとするオーウェリアン作品は妙なリアリティを持って観るものに迫ってくる。

 

 このオーウェリアン的世界を肯定するのか、あるいは否定するのかで、その人生はずいぶんと異なってくる。高度管理社会で何不自由なく平穏に暮らすことは、ひとつの幸せでもある。一見、それはユートピアのように見える。

 

 しかし、何不自由なく平穏に暮らせる世界は、一方で生きることに必要でない“無駄”をなくす世界であり、必要以上の感情の起伏や芸術は必要とされない世界である。

 

 トリュフォーが『華氏451』のなかで、書物を無駄なものとして描いたのはその良い例だろう。

 

 高度に管理された何不自由ない社会は本当にユートピアなのか? それはディストピアではないのか?

 

 人はそう考え、管理社会に危険を感じるからこそ、“オーウェリアン”はこれほど描かれるのである。

 

 それにしても、映画、漫画、そして小説の世界で活躍する超一流の作家達が、こぞって"オーウェリアン"ものを作るということは、世界はそういう方向に間違いなく進んでいるということなのだろうか?

 

 人類への警鐘というと大げさに聞こえるものの、けして人ごとでも、ずっと未来の話でもないのかもしれない。

 

 歴史的な政権交代が決まった今日この頃、『イーオン・フラックス』を観た僕は、ちゃんと政治に興味持たなきゃと思ったのでした。

 

(映画ライター 奥田高大)

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