ニューヨーク。名門コロンビア大学で超常現象を研究していたピーター(ビル・マーレイ)、レイ(ダン・エイクロイド)、スペングラー(ハロルド・ライミス)の三博士は、研究費を打ち切られたのをきっかけに幽霊退治会社「ゴーストバスターズ」を開業する。街のあちこちに出没する幽霊をハイテクパワーで除去しては賞賛を浴びるようになった彼らだったが、おりしも古代の邪神ゴーザがニューヨークを襲わんとしていた……。

1984年に公開されたアイヴァン・ライトマン監督作『ゴーストバスターズ』は、アメリカン・コメディ映画史上でおそらく最も成功した作品だろう。「おそらく」と書いたのは、アメリカ国内の興行収入は『ホーム・アローン』(285百万ドル)、『ミート・ザ・フォッカーズ』(279百万ドル)、『ハング・オーバー』の第一作と第二作(それぞれ277百万ドル、254百万ドル)、そして『ブルース・オールマイティ』(242.8百万ドル)に次ぐ第6位(242.2百万ドル)だから。

しかし公開年に注目して欲しい。『ホーム・アローン』は90年、ほかの作品はすべて21世紀の公開作である。映画館の入場料は今より随分安かったし、当時はシネコンが発達していなかったから全米でたった1506スクリーンでしか上映されていない(現在の大作は3000スクリーン以上で上映される)。にもかかわらずメガヒット。『ゴーストバスターズ』はまさに社会現象だったのだ。

メガヒットの理由は、『スター・ウォーズ』旧三部作を手掛けた元ILMのリチャード・エドランドによるVFXとコメディを融合するという、前代未聞のアイディアを実現したこと。あれから30年以上が経過して流石にVFXのインパクトは薄れてしまったものの、それでも最高に楽しめてしまうのはコメディ映画として脚本と演技が練りこまれているからだ。そしてそれは決して突発的な産物ではなかった。『ゴーストバスターズ』は、1960年代末に始まったアメリカのお笑い革命のひとつの到達点なのだ。


革命は、名門ハーバード大学に通うダグラス・ケニーとヘンリー・ベアードによって始められた。

学内ジョーク新聞「ハーバード・ランプーン」で様々な時事ネタのパロディやショートストーリーを書きまくっていた二人は、1969年にユーモア雑誌「ナショナル・ランプーン」を創刊。それまで一部の大学生しか知らなかったエッジーな笑いを一般に向けて発信するようになった。

ナショナル・ランプーンは大成功し、1973年にはラジオ番組やステージ・ショーに進出するように。このときパフォーマーとして雇われたのが、シカゴを拠点とする即興劇団「セカンド・シティ」の周辺にいたコメディアンだった。メンバーはチェヴィー・チェイス、ジョン・ベルーシ、ギルダ・ラトナー、クリストファー・ゲスト、ブライアン・ドイル・マーレイ、そしてハロルド・ライミスといった面々。コメディ映画好きなら分かると思うけど、80年代を牽引した才能の殆どがこの時点で結集していたのだ。

彼らの人気に注目したテレビ局NBCは1975年、チェイス、ベルーシ、ラトナーを引き抜いて土曜日の深夜にコメディ番組を放映開始する。今なお続く『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』である。最年少キャストは当時弱冠23歳だったダン・エイクロイド。カナダ出身でセカンド・シティのトロント支部のメンバーだったエイクロイドは、本部に遊びにいったときにベルーシと意気投合、そのまま二人でSNL入りしていたのだ。番組は大ヒット。チェイスがハリウッドに引き抜かれると、代わりにブライアン・ドイル・マーレイの弟ビル・マーレイがレギュラー入りした。この体制は70年代末まで続き、幾多の伝説を残していった。

「ナショナル・ランプーン」も劇映画に進出した。その第一弾が、ベルーシが主演、ダグラス・ケニーとハロルド・ライミスが脚本を書き、ジョン・ランディスが監督した狂乱の学園コメディ『アニマル・ハウス』(1978年)。この作品でプロデューサーを務めたのがアイヴァン・ライトマンだった。この後ライトマンは監督に転じ、ライミス脚本、ビル・マーレイ主演で『ミートボール』(1979年)と『パラダイス・アーミー 』 (1981年)を発表。またライミスもチェヴィー・チェイス主演の『ボールズ・ボールズ』 (80年)で監督業に進出した 。この作品にはビル・マーレイも出演している。さらにライミスはセカンド・シティのトロント支部のメンバーをフィーチャーしたカナダのコメディ番組『SCTV』に参加。この番組は米国でも放映され、ジョン・キャンディ、ユージン・レヴィ、キャサリン・オハラ、マーティン・ショート、リック・モラニスらレギュラー出演者が成功するきっかけを作った。

一方、ベルーシとエイクロイドは1979年にSNLを卒業すると、ジョン・ランディスを監督に迎えて主演作『ブルース・ブラザーズ』(1980年)を発表する。ふたりが扮したR&Bデュオを主人公にした同作にはアメリカ黒人音楽への熱い愛が込められていた。

ブルースの街シカゴ出身であるベルーシの歌があまりにもソウルフルなため、同作のアイディアはベルーシによるものと考えられがちだが、実は脚本を書いたのはディープな黒人音楽オタクであるエイクロイドの方だ。何しろこの人、そっち方面の趣味が高じてライブハウス・チェーン”House of Blues”を設立し、現在全米11箇所で営業展開する大成功を収めてしまっているほどなのだ。

そんなエイクロイドが行なっているもうひとつの副業が、骸骨の形をした瓶にウォッカを入れた「クリスタル・ヘッド・ウォッカ」である。このデザインのアイディアは、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(08年)にも登場した中南米の考古遺物クリスタル・スカルからヒントを得ている。彼はディープなオカルト・オタクでもあったのだ。黒人音楽満載の『ブルース・ブラザーズ』がメガヒットしたため、エイクロイドはベルーシとの新たな共演作として自身のオカルト趣味を反映させたコメディ映画の構想を練っていた。ところが82年にベルーシがオーバードーズで亡くなってしまう。かくして脚本は、旧友ビル・マーレイ、ライトマン、ライミスのチームのもとに持ち込まれ、脚本をブラッシュアップしたライミスがリック・モラニスの起用を進言してアメリカン・コメディ映画史上でおそらく最も成功した作品が誕生したのだった。


1989年には全く同じ布陣で続編『ゴーストバスターズ2』が公開。

『エイリアン2』(86年)と『愛は霧のかなたに』(89年)でトップ女優になったヒロイン、シガニー・ウィーバーの存在感が増していることも印象的だが、『ソフィーの選択』(82年)でシリアスな俳優として売り出されながらブレイクしなかったピーター・マクニコルに思いっきりコミカルな役を任せていることに注目したい。この役での好演があったからこそ、『アダムス・ファミリー2』(93年)やテレビ番組『アリー my Love』(97〜02年)における彼の大活躍が生まれたのだ。

これほどのメガヒット作なので、『ゴーストバスターズ』続編の製作の計画はその後、幾度となく浮かぶあがってはいたものの、その都度頓挫。そうこうしているうちにゼロ年代にモラニスが俳優を事実上引退。ライミスも14年に亡くなり、オリジナル・キャストによる続編製作は幻に終わってしまった。

こうした経緯があったため、新たに監督に就任したポール・フェイグの英断によってメインキャストをすべて女性にした2016年公開のリブート作は、ネット上で相当な物議を醸した。だが文句を言っていたオールド・ファンは『ゴーストバスターズ』を本当に理解していたとは思えない。なぜなら主演したクリステン・ウィグ、メリッサ・マッカーシー、ケイト・マッキノン、レスリー・ジョーンズは全員が今を代表するコメディ俳優。しかもマッカーシー以外は全員SNLのレギュラー経験者である。彼女たちこそが、お笑い革命の正統な継承者なのである。その事実は、マーレイやエイクロイドが同作に特別出演してお墨付きを与えていることが何よりも証明している。■


『ゴーストバスターズ(1984)』© 1984 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved. 『ゴーストバスターズ2』© 1989 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.