「あんなバカは絶対ダメだ!」

 

 ハリウッドにおけるSFXとアクションの定義を変えた『マトリックス』の主人公ネオ役の候補にキアヌ・リーブスの名前があがったとき、映画スタジオの重役はそんな言葉を口走ったらしい。

今となってはキアヌ以外考えられないネオ役だが、企画段階ではウィル・スミスやレオナルド・ディカプリオが検討されていた。しかしこうした有力候補にはことごとく断られ、ひとり乗り気だったキアヌが、固定制ではなく歩合制でのギャラ受け取りを申し出たため、なんとか決定したという(ただし作品が規格外のヒットを記録したため、キアヌは約9700万ドルという空前のギャラを獲得することになる)。なぜキアヌの起用はそれほどまでに嫌がられ、「バカ」呼ばわりまでされたのだろう? それは『ビルとテッド』シリーズで演じたテッド役のバカっぷりがあまりにも鮮烈だったからに他ならない。

 『ビルとテッド』シリーズは、1989年と91年に公開された二本のティーン・コメディだ。主人公は、ヘヴィメタルが大好きなティーン男子ビルとテッド。ロジャー・コーマン門下のスティーヴン・ヘレクが監督した第1作『ビルとテッドの大冒険』では、高校留年の危機に陥ったふたりが謎の男ルーファスの計らいで電話ボックス型のタイムマシンに乗って歴史の勉強(という名のバカ騒ぎ)を繰り広げる姿が描かれた。

タイムトラベル物というとSFX使いまくりの大作を想像してしまうけど、低予算作だったのでSFXは必要最低限。ふたりが訪れる各時代の世界も、スタジオ内に突貫で建てられたことが丸わかりのチープなものだった。でもその力が抜けたところがティーンにウケた。映画はスマッシュヒットを記録し、テレビアニメまで製作。気を良くしたスタジオ側は続編の製作にゴーをかけたのだった。

それが『ビルとテッドの地獄旅行』(1991年)だ。『ガーフィールド』(2004年)などで知られるピーター・ヒューイットの長編監督デビュー作でもある本作は、27世紀のカリフォルニアにある<ビルとテッド大学>のシーンで幕を開ける。そこでは自作のロックソングで世界を救った偉人ビルとテッドの研究が、ふたりを尊敬してやまないルーファスのもとで進められていた(第一作でルーファスがタイムマシンをふたりに提供したのもそれゆえだったのだ)。そこにルーファスの元師匠デ・ノモロスが乱入。ロックを嫌うあまりダークサイドに堕ちた彼はタイムマシンを奪い、ビルとテッドの替え玉ロボットを20世紀に送り込んで、歴史を改変しようとするのだ。

 読めば分かる通り、序盤は『ターミネーター』(1984年)のまんまパロディだ。だからマトモな映画ファンは、本物と偽物のビルとテッドが戦うハードな展開を予想する。しかし本作はマトモな映画ではない。本物のビルとテッドは崖から突き落とされてあっさり死んでしまうのだ。地獄に落ちたふたりは、現世に帰ることを賭けて、無敗の死神とのゲームに挑むことになる。

 気を取り直したマトモな映画ファンは今度は、遥か下方に溶岩が燃えたぎる橋の上で、ふたりが死神と剣を交える血湧き肉躍る場面を予想するだろう。でも何度でも書くが、本作はマトモな映画ではない。死神が指定した勝負はバトルシップやツイスターといったガチな意味での<ゲーム>。しかもふたりは死神をこてんぱんに負かして、あっさり現世に帰還してしまうのだ。

 そんな脱力感全開の展開がティーンにウケて、本作もスマッシュヒットを記録。普通なら三部作の完結編が作られてもいいところだが、キアヌがあまりにも売れっ子になってしまったことで残念ながら続編が作られることはなかったのだった。

 だが誰もキアヌを責めることはできないだろう。そもそも『地獄旅行』公開時、キアヌはすでに27歳だった。1964年生まれの彼は、80年代に一世を風靡した若手男優集団”ブラット・パック”と実は同世代にあたる。エミリオ・エステベス(1962年生まれ)とチャーリー・シーン(1965年生まれ)兄弟を中心に、トム・クルーズ(1962年生まれ)やマット・ディロン(1964年生まれ)がメンバーだったブラット・パックの面々は『ビルとテッド』シリーズが公開されていた頃、すでに大人の俳優へと脱皮をとげていた。なのにキアヌはティーン役。B級、いやC級俳優としか言いようがない。

 ところが『地獄旅行』と同じ年に出演した『ハートブルー』(1991年、『ワイルド・スピード』シリーズの元ネタである)と故リバー・フェニックスとともに男娼を演じた『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)での演技が評価されたことによって運命が変わった。これをステップに『ドラキュラ』(1992年)でフランシス・フォード・コッポラ、『リトル・ブッダ』(1993年、お釈迦様役!)ではベルナルド・ベルトリッチといった巨匠と仕事をすることで、ようやく大人の俳優として認められたのだ。以来、彼は多忙な日々を送っている。

 しかしながらキアヌは俳優として微妙な立ち位置にいる男である。ルックスが浮世離れしすぎているため社会派ドラマに向かず、かといって感情表情にも乏しいため人間ドラマにも向いていない。そのため主要映画賞にノミネートされたことは一度もないのだ。それでもスター俳優であり続けているのは、『スピード』(1994年)、『マトリックス』三部作(1999年〜2003年)、そして近年の代表作『ジョン・ウィック』シリーズ(2014年〜)と定期的にアクション映画を大ヒットさせているからだろう。

 では、なぜ主役をオファーされ続け、観客を映画館に呼び続けられるのだろう? それはバカ役を心の底から楽しそうに演じた『ビルとテッド』シリーズによって築いた岩(ロック!)よりも固い同性の支持基盤があるからだ。

 そんなコアなファンたちの気持ちを理解しているのか、キアヌも普通のスターなら黒歴史扱いすること間違いなしのこのシリーズへの愛を公言し続けた。俳優からプロデューサーに転身したビル役のアレックス・ウィンターとは定期的に旧交を温め、ファンを喜ばせているのはまだ序の口。2010年にキアヌは、シリーズの脚本家クリス・マシソンとエド・ソロモンのコンビに第三作の脚本を書いてもらっていることを明かしたのだ。

 そして2018年、幻に終わると思われていた第三作が製作準備に入っていることが発表された。題して『Bill & Ted Face the Music(ビルとテッドが音楽に向き合う)』。何だか地味なタイトル、アレックスとキアヌが語る同作のプロットを読むと、期待せずにはいられない。

 時代は現代。ビルとテッドは世界を救うロックソングを書かなければいけないのに、音楽から遠ざかり、ありふれた中年になってしまっている。結婚生活は暗礁に乗り上げ、子どもは不機嫌なティーンに。そんなところに未来からタイムトラベラーがやってくる。

「あなたたちが曲を書かないから世界が滅びそうなんです。さっさと世界を救う曲を書いてください!」

ふたりは音楽を学びために久しぶりにタイムマシンで時空を旅することになる……。

キアヌは彼らしからぬ熱いコメントを第三作に寄せている。

「この映画を作るのは金のためなんかじゃない。俺たちがビルとテッドを愛しているからだ。奴らは俺たちの人生においていつも一緒にいてくれた!」

 そんな『Bill & Ted Face the Music』は、『ギャラクシー・クエスト』 (1999年)や『REDリターンズ』 (2013年)のディーン・パリソットが監督することが決定し、近日中に撮影が始まる予定だ。なおジョージ・カーリンは2008年に亡くなっているため不参加ではあるものの、『地獄旅行』に出演したウィリアム・サドラーが死神役で再登場するとの噂だ。

 

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