映画ファンにとっては百も承知だろうけど、これから年末までは、アカデミー賞やゴールデングローブ賞を狙える優秀な映画が次々と公開されるシーズンである。

 その中でも有力作に挙げられているのが『Green Book』だ。公民権制定前の1960年代アメリカを舞台に、黒人差別が激しい南部をツアーすることになった実在の黒人クラシックピアニスト、ドン・シャーリーと、運転手兼セキュリティ・ガードとして雇われた白人トニー・リップの道中を描いた同作は、ヴィーゴ・モーテセンとマハーシャラ・アリという最高のキャスティングも相まって、最初の前哨戦と呼ばれているトロント映画祭で観客賞を受賞。ネットで公開されている予告編を観ても傑作間違いなしの仕上がりだ。

 しかし不思議なことがある。予告編になぜか監督の名前が掲げられないのだ。理由はおそらくただひとつ。監督がピーター・ファレリーだからだ。

 そう、『ジム・キャリーはMr.ダマー』(1994年)をはじめとする下ネタ全開のコメディ作品の監督として知られるファレリー兄弟のお兄さんの方である。スタジオ側はファレリーの名前を出すことで、色眼鏡で見られることを避けようとしたのだろう。

 そんな懸念はわからなくもないけど、ファレリー兄弟の作品を真剣に見続けてきた者なら、彼らのくだらないコメディ映画の中にはいつだって「アンチ差別」のメッセージが込められていたことを知っているはずだ。

 彼らの代表作『メリーに首ったけ』(1998年)でキャメロン・ディアス演じるメリーが、なぜベン・スティラー演じるテッドを最終的に選んだかを思い出してほしい。障がいを持つメリーの弟がテッドにだけは心を開いたからだ。

 この作品に限らず、ファレリー兄弟の映画には障がい者が多く登場して、ギャグを披露する。こうしたギャグは彼らの評価を一層下げる一因にもなっているのだが、当の障がい者の間ではファレリー兄弟の人気は高いという。というのも、彼らには差別意識が一切感じられないからだ。

 彼らには、子どもの頃に事故で障がいを負うことになった親友がおり、ふたりは彼を通じて多くの障がい者と知り合ったという。そのため兄弟は障がいを個性と捉え、決して欠点と見做さない価値観を身につけたのだ。

 こうした価値観を偶然身につけてしまう男を主人公に据えたのが『愛しのローズマリー 』 (2001年)だった。見た目が良い女ばかりを追いかけていた男ハルが、催眠療法を受けたのちに絶世の美女ローズマリーと恋に落ちる。実は催眠療法の中身は「心の美しい人を美人と認識する」もので、本当のローズマリーは超肥満体。だがハルはそのことに全く気づかずに愛を深めていく。

 ハルを演じたのは『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』(2018年)でキッズ人気を獲得して現在、何度目かの黄金時代を迎えているジャック・ブラック。相手役のローズマリーを演じるのはグウィネス・パルトロウで、”真実の姿”の方も特殊メイクで自ら演じており、健気さが泣かせてくれる。

 本作において最も観客の胸を打つシーンは、ローズマリーがボランティアとして働く児童施設にハルが連れていかれるシーンだろう。施設の子供たちのあまりの可愛らしさに、ハルは顔を抱き寄せて「お前ら可愛いなあ」と口にする。ローズマリーは「こんなことやってくれる人なんて初めて」と感動する。子どもたちの真実の顔は病気や火傷跡で覆われていたのだ。

 そんな隠れ感動作を監督したファレリー兄弟は、続いて障がい者自身を主人公にしたコメデイ映画を製作することを決意する。それがマット・デイモンとグレッグ・キニアが共演した『ふたりにクギづけ』(2003年)だ。

 主人公の双子の兄弟ボブ(デイモン)とウォルト(キニア)は、生まれ育ったマサチューセッツ州の小さな町でハンバーガー屋でペアで働く人気者。だが朴訥なボブと対照的に外交的なウォルトはスター俳優になる夢を描いていた。そんなある日、地元の演劇公演で大ウケしたことに味をしめたウォルトはハリウッド行きを決断。兄弟想いのボブも同行を決意する。やがてウォルトは、テレビショーのレギュラーが決定するのだが……。

 ここまで読んで「彼らのどこに障がいがあるんだ?」と思った人もいるかもしれない。だが実際は一目瞭然。ボブとウォルトは生まれつき腰のところで繋がった結合双生児で、ウォルトが舞台に立っていたとき、ボブはメイクと衣装を施されて風景と同化させられていたのだ。そんなわけでハリウッド進出以降もボブは全身ブルータイツを着させられてCGで消されたり、美女がウォルトに寄ってきても、いない者として扱われたりと散々な目に遭い続ける。

 そんなありえないストーリーの本作だが、実はファレリー兄弟の半自伝ドラマでもある。ファレリー兄弟はマサチューセッツ州の労働者階級の出身だったが、学業優秀だった兄ピーターは名門私立高校ケント・スクールに進学し、コロンビア大学でライティングを学ぶなどエリート街道をまっしぐら。しかし初恋のガールフレンドが急死したことで落ち込んでしまい、故郷で引きこもり生活を送るようになってしまう。たまに執筆した映画脚本をスタジオに送ると、ギャグセンスが評価されて権利が売れることがあったそうだが、製作までは一作も漕ぎ着かなかったらしい。

 「このままじゃダメだ。スタジオ関係者に直接売り込んでコネクションを深めないと。そのためにはハリウッドに行くしかない!」

 そうピーターに進言したのが弟のボビーだった。かくしてふたりはハリウッドに旅立ったのだった。ファレリー兄弟の映画にロードムービー仕立ての作品が多いのも、故郷マサチューセッツからハリウッドまで、信じられないくらい距離が隔たっているからではないだろうか。そういう意味でも『Green Book』の監督にはピーター・ファレリーが適任なのである。■

 

『ふたりにクギづけ』© 2003 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved. 『愛しのローズマリー』© 2001 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.