『ダークナイト』『インセプション』『インタステラ―』の監督クリストファー・ノーラン最新作『ダンケルク』が9月9日(土)より全国ロードショー。監督が初めて実話に挑んだ本作。公開に先駆け、『インセプション』以来7年振り4度目となるクリストファー・ノーラン監督が緊急来日!ザ・シネマでこの模様を完全レポートでお届けします!

さらにノーラン監督の大ファンと公言しているEXILE/三代目J Soul Brothers 岩田剛典さんも監督の応援として参戦されました!!




ダンケルク_logo.png



▼登壇ゲスト

監督:クリストファー・ノーラン

ファン代表:岩田剛典(EXILE/三代目J Soul Brothers)


日時:2017年8月24日(木)

場所:六本木アカデミーヒルズ タワーホール

司会:荘口彰久(以下司会)

通訳:今井美穂子

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作品の巨大垂れ幕が印象的な記者会見会場。クリストファー・ノーラン監督を紹介するVTR上映後、監督本人が登壇。


会見場①.jpg

   


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司会:『ダークナイト』『インセプション』のクリストファー・ノーラン監督が初めて実話に挑んだ最新作『ダンケルク』。今見ていただいた映像やプロデューサーのエマ・トーマスさんが言っていたように、新たな究極の映像体験できる、まさにノーラン監督の最高傑作と言える作品です。いち早く全世界で公開されて、大ヒットを記録しておりますが、すでに多くのメディアでアカデミー賞を有力視されております。早速ご紹介しましょう。大きな拍手でお迎えください。『インセプション』以来、7年ぶりの来日を果たされました。クリストファー・ノーラン監督です。


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クリストファー・ノーラン監督(以下監督):




皆さん、今日は誠にありがとうございます。今回7年ぶりの来日となるわけですが、再び日本に来れてとても光栄に思います。訪れる場所としては世界の中でも一番好きな国のひとつです。日本の観客の皆さんにこうやって新作を届けることができ、ワクワクした気持ちでいっぱいです。



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質問1:

圧倒的な映像体験と臨場感がある作品と感じました。この作品は実話ということもあり、臨場感のある映像に込めた思いは?

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監督:

歴史的な史実に基づく映画を作るのは初めてですので、かなり徹底的にリサーチを重ねました。ダンケルクにいた方々の証言を聞き、入念に彼らの実体験を調べていきました。緊迫感溢れる映画、観客がまるで当事者であったかのような疑似体験できるような映画を作りたかった。作品を撮るにあたり、帰還兵たちの証言を集めている史学者のジョシュア・レヴィーンさんに歴史アドバイザーとして参加して頂きました。この映画を企画していく中で、まだご存命でダンケルクを体験された方々をジョシュアさんが紹介してくださり、彼らにインタビューすることができました。直接お話を聞くことができ、非常に心揺さぶられるものがありました。実際に彼らの実体験、体験談は反映されていて、脚本を書いていく上で取ったアプローチは、架空の人物に彼らの体験談を語ってもらう、そういう手法を取りました。

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質問2:

この作品は戦争映画ではつきものである残虐なシーンがあまり描かれていない印象です。今回そのような手法を取られた理由は?

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監督:

今回なぜその手法を取らなかったのか、つまり血を見せなかったのか。それはダンケルクの話は、他の戦争とそもそも性質が違うからです。これは戦闘の話ではなくて撤退作戦なわけです。この物語を語る手法として、サスペンススリラーを描くというアプローチを取りました。従来の戦争映画であれば、戦争がいかに恐ろしいか、目を背けたくなるホラーとして語る手法がありますが、ダンケルクはホラーではなく、サスペンスを語るという手法にしました。目をそむけたくなるどころか、目が釘付けになってしまう、そういうアプローチを取っています。この作品にある緊張感は他の戦争映画とはちょっと違うモノだと思います。グロテスクなもの、敵の姿さえも見せていません。これはサバイバルの話であり、何かジリジリと寄ってくる敵の存在感を感じさせる、そういう手法でサスペンスフルな映画にしています。そして何よりも、タイムリミットがあるという部分も非常にこの作品を緊迫感あるものにしています。

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質問3:

監督はスピルバーグやジョージ・ルーカスがお好きと伺っております。本作の製作にあたってまたは、同じフィルムメーカーとして彼らから影響を受けたことは?

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ノーラン途中.jpg


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監督:

スピルバーグ監督やルーカス監督から影響は受けています。僕が7歳の時に見た『スターウォーズ』は、非常に決定的な出来事でした。映画を撮ることとなる私にとって非常に影響を受けました。またスピルバーグ監督は、自身が持っていた『プライベート・ライアン』の35ミリのプリントを貸してくださいました。それをスタッフ全員で観させて頂き、非常に参考になりました。今見ても名作ですし、この作品と競争するわけにはいかないと思いました。スピルバーグ監督が『プライベート・ライアン』で成し遂げた緊張感というのは、私たちが『ダンケルク』で狙っている緊張感とは違うこともわかりました。またスピルバーグ監督は水上で撮影する時はどうしたらいいのかという、貴重なアドバイスもたくさん下さいました。ジョージ・ルーカス監督やスピルバーグ監督に加え、ヒッチコック監督、デビッド・リーン監督の影響も受けています。監督として重要だと思うのは、彼らがどういったことをどのようにして成し遂げたのか、これを学ぶということです。これらを参考にして自分の映画作りをしていくということが大事だと思っています。


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質問4:

世界中で対立が深まっている中、あえて逃げるという題材を選んだ監督の思いは?

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監督:

映画の作り手として、世の中で起きていることに影響を受けずにはいられないので、少なからず映画の中に反映されているかもしれませんが、故意にそうしているのではありません。世の中で起きていることを描くためにモチーフ使って描き、あるいは説教するというつもりは全くありません。今日の世界は、個人の業績などをもてはやす傾向にありますが、そうではなくみんなが協力し合ってできるものの偉大さ。『ダンケルク』は英国人であれば昔から聞いている物語であり、みんなで力を合わせればどんな逆境でも超えることができるということを思い出させてくれる話なんです。この話はイギリスのみならずどんな文化圏であっても、どんな地域の方々でも共感してもらえると思います。

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~ノーラン監督のファン代表、EXILE/三代目J Soul Brothers 岩田剛典さんが登壇~

司会:目の前にノーラン監督がいらっしゃいます。今の気持ちどうですか。




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岩田さん:

感激です。本物のノーランだと思って。すごく光栄です。この作品は本当に今までのノーラン作品とテイストもどれも違いますし、実話をもとに作られた作品ということで、いい意味でノーランっぽくない作品なのかなと思って拝見しました。作品が始まってすぐ5秒くらいで一気に戦場に連れていかれる。本当に自分があたかも戦場にいるかのような、VR体験じゃないですが、そういう疑似体験をさせてもらえる、映画ならではの表現というか、そういうところも細部までこだわってらっしゃって。エンターテインメント作品でもあり、本当にドキドキハラハラさせられる映画っていう意味ではテーマ性というのは抜きにしても楽しめるし、登場人物ひとりひとりにストーリーがあるので共感できる作品と思いました。


監督:

どんな年齢の観客でもご堪能いただけるような映画になっていると思いますが、特に若い世代に訴えかけるような映画になればと思います。キャスティングをする上でも、ハリウッドにありがちな、例えば40歳の俳優に若い兵士役をやってもらうとか、そういうことはやりたくなかった。実際、戦場で戦っていたのは18歳、19歳、20歳そこそこの兵士でしたから、色んな若者を見てきました。例えばドラマスクール、演劇学校に行ってスカウトしたり、まだ駆け出しの若い俳優さんを見てみたりと。キャスティングするにあたって、映画初出演という方々にも出てもらっています。これは非常に大事なポイントでした。戦場の現実というものを見せていかなければならないと思ったからです。自分の年齢の人たちがこういう現状を突き付けられていた現実を共感していただければと思います。


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ツーショット②.jpg


司会:岩田さんはインタビューの中で、ノーラン監督が「頭の中をのぞいてみたい人ナンバー1」とおっしゃっていました。





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岩田さん:

監督の作る作品は、完成図を想定してどう作り上げていくのかというところを、結果がわかった上で逆算して作っているようなイメージをもっています。その映像を撮るにあたって色んなインスピレーションや表現したいものが明確になっていないと、色んなスタッフ、や様々な人の協力がないと形にすることが難しいと思います。それをハリウッドで毎回、作りたいものを作っているという監督は本当に稀有な存在と感じています。この人の頭の中どうなっているだろうと。才能がうらやましいです。

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監督:

優しいお言葉ありがとうございます(笑)。監督業の面白いところは、何かひとつのことに秀でてなくても構わない(笑)。やるべきことは自分の興味を持った対象、思ったことだとか、やり遂げたいことをやるのに、才能ある人々を集めればいいわけです。彼らの意見やと視点を束ねる、これが監督業の仕事だと思います。つまり、色んな意見に一貫性を持たせるということ。カメラに例えるならばレンズの部分かもしれません。色んな視点の焦点を定めるというとことだと思います。それがうまくいけば、洗練された映画ができると思います。映画のビジョンをうまく明確にし、様々なパズルを一緒にくっつけ合わせるという作業です。他の職業に例えるならば、例えば建築家。図面をスケッチするのは建築家であっても、実際に現場で働くのは色んなスタッフであるわけです。あるいは才能あるミュージシャンを束ねていく、楽団の指揮者にも似ているかもしれません。

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司会:岩田さん、せっかくですので監督に質問はありますか?

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岩田さん:

シンプルに、現場感を大切にされる監督だと伺っていて、いつもモニターというよりは、カメラのすぐわきでディレクションされているそうですが、作品作りで最も重点を置いていることというか、大切にしているポイントを伺いたいと思います。

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監督:

映画作りは色んな段階を経て完成します。撮影当初は、みんなエネルギッシュで意気揚々と取り組めて、現場は楽しいです。撮影がしばらく続くとそのうち疲弊して、皆疲れ切った状態になりますが、それが終了すると今度は編集です。撮った映像をどういう風につなぎ合わせて、どういう風にベストな映画を作るかというのを四苦八苦しながら、色々考えながらやっていくわけですが、楽しい作業であります。中でも一番好きなのは音のミックシング。これは数か月がかりですが、その頃には編集も終わっていて、絵としては完成しています。サウンドミックシングは、何千という音や効果音と音楽をつなげ合わせて、より良い作品にするにはどうしたらいいのかを考えます。そしてお客様にとってベストな体験となるように工夫していく、非常に充実感のある作業です。

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岩田さん:

世界各国を飛び回られて映画のことばかり聞かれていると思いますので、日本の訪れた場所で好きな場所、好きな食べ物は何ですか?

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監督:

前回は家族と一緒に来日しました。新幹線で京都へ行って、旅館に泊まりました。子供たちも連れていけたので、非常にいい思い出になりました。子供たちもよく覚えてくれていて。木刀を買って障子に穴をあけてしまった(笑)。私たちも非常に京都旅行はいい思い出になっています。もう一回来たいと思っています。

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司会:実はここでノーラン監督から岩田さんにサプライズプレゼントが

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監督:

『ダンケルク』の英語版の脚本です。中の方にサインを入れています。岩田さん、今日は本当にご一緒させてもらって本当にありがとうございました。優しい言葉もたくさんいただけて、とても楽しいひと時を過ごせました。本当にありがとうございます。

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ノーランとエグザイル.jpg

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岩田さん:

むちゃくちゃ嬉しいです。童心に帰りました。ありがとうございます。

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フォトセッション後、会見終了となりました。

<終了>

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ダンケルクポスター.jpgダンケルク


原題:Dunkirk
上映時間:106分
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン

出演:トム・ハーディ、キリアン・マーフィー、ケネス・ブラナー、 マーク・ライランス、ハリー・スタイルズ、フィン・ホワイトヘッドほか

2017年/アメリカ/2D・MX4D・IMAX
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED

配給:ワーナー・ブラザーズ映画

2017年9月9日(土)より全国公開





洋画専門チャンネル ザ・シネマの編成部スタッフが、1人1本、きわめて個人的にオススメしたい作品をご紹介!


刺さった男.jpg「人生のきらめき」という原題を持つスペイン産ブラック・コメディ


刺さった男


9月放送日はこちらでチェック!


©Alfresco Enterprises y Trivision




建設中の博物館で足を滑らせた失業中の広告マンのロベルトが、足組のようなものに落下し剥き出しの鉄の棒に頭が刺さってしまいます。棒を抜いたら出血多量で死にかねず、救助を呼んだものの動けません。まさに「ピンで刺された虫のよう」な男の姿に、マスコミは大騒ぎ、報道合戦が白熱します。就職活動では無視されまくったのに今は国中に注目されている!ロベルトはこのオイシイ状況を利用し金儲けをしようと考えます。家族のため、広告マンとしてのプライドのため、痛みに耐え脂汗流しながら交渉するロベルト。

この作品、スペインのブラックコメディなのですが、中々シニカルなものになってます。ロベルトが失業を苦に自殺未遂したと勘違いし同情した多くの若者が、キリストよろしく磔にされたロベルトを聖者のように扱ったり、広告業界の面々がえげつない便乗商法を繰り広げたり。異常な事態に発展していく様は、ある意味見ていて笑えます。ロベルトは無事に助かるのか、そして大金を手に入れることができるのかというところですが…オチまでシニカル。

監督は、『どつかれてアンダルシア(仮)』や『気狂いピエロの決闘』で知られる、スペイン、バスク地方出身のアレックス・デ・ラ・イグレシア。本作を彼は「自らの魂をお金にしなければいけない時、人はどのように尊厳を保つか」についての映画だと語っています。若者の失業率が50パーセントを超えると言われるまでの経済危機に陥っているスペインで、「お金」と「尊厳」というテーマが彼独自のスタイル:コメディとして描かれています。

ブラックな笑いも存分に味わうことのできる本作ですが、ロベルトを思う家族の姿には思いがけず心がギュッーと締め付けられます。特に印象的なのは奥さんルイサの聖女っぷり。40後半でもスタイル抜群で美しさ健在のサルマ・ハエックが、夫に寄り添う献身的なルイサを好演しています。また、エスパーニャ・ディレクトのリポーター役のイグレシア作品常連女優カロリーナ・バングは2014年に監督と結婚。ザ・シネマで放送中の、ゴヤ賞8部門を受賞した『スガラムルディの魔女』にも出演しています。

映画の原題は人生のきらめき、という意味の「La chispa de la vida」。実際にスペインのコカコーラのスローガンとして使用されました。ブラックな笑いの中に、人生で大切なものは何かを考えさせてくれるこの作品、ぜひご覧ください。


【お殿】



沈黙の.jpg『沈黙の~』といえばスティーヴン・セガールだけど


沈黙のSHINGEKI/進撃


9月放送日はこちらでチェック!


(C) MMXIV AMJ Productions, LLC All Rights Reserved.


マーシャル・アーティスト(武道俳優)といえば、ブルース・リー、チャック・ノリス、ジャン・クロード=ヴァン・ダムらのような空手やテコンドーの使い手が主流のハリウッド。その中でもひとり合気道をメインにしたミックス・マーシャル・アーツの信念を貫き、独自のスタイルを確立させたスティーヴン・セガールは、65才を過ぎた今も年数本に出演するペースで現役真っ盛りに活躍しています。

不思議なことに、彼のキャリア最高傑作とも称される1992年の『沈黙の戦艦(原題:UNDER SIEGE)』が大ヒットして以降、日本に配給されるセガール作品にはことごとく『沈黙の○○』という邦題が付けられています。チョイ役の作品でも『沈黙~』の冠が堂々と付けられ、DVDのジャケ写ではまるで主役級の扱いなんてことも。そして何を隠そう、本作『沈黙のSHINGEKI/進撃』がまさにそれ。正直に申し上げて、セガールの登場シーンは殆どありません!ハッハー!

実にザンネーン!なのですが、それでもキャストが地味に豪華(!)なところが救いのポイント。主演は『CSI:科学捜査班』でおなじみのジョージ・イーズ。新シリーズ『MACGYVER/マクガイバー』で主人公の相棒役に抜擢され、今後ブレイクの予感も!ヒロインには、『新ビバリーヒルズ青春白書』で一躍時のひととなったアナリン・マコード。スーパーボディの彼女が夜のプールでスッポンポン!お色気シーンは美しすぎて男女問わず必見です。そして極めつけは2016年公開『ドント・ブリーズ』で盲目の老人役が記憶に新しいスティーヴン・ラング。強面を活かした役が多い彼ですが、本作でも謎に包まれた男の独特の“怖さ”を、ベテラン俳優ならではの巧みな演技で魅せています。

セガール全開ムービーを期待するとガッカリなところがあるかもしれませんが(笑)、ブレイク必至のライジング・スターたちの好演を観るのもまた一興。9月のザ・シネマで是非お楽しみ下さい。

【キャロル】



プロメテウス.jpg『エイリアン:コヴェナント』前に見ておかないと話についていけない


プロメテウス


9月放送日はこちらでチェック!


© 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.


『エイリアン:コヴェナント』一足お先に見たが、「人間はどこから来たのか?人は何のため生まれてくるのか?」について語りたいシリーズであることがますます鮮明に。またリドスコ映画の同窓会の趣も。タイレル社長とロイバッティの関係、人体の腑分けに熱中するレクター博士の貴族趣味などが映画中に散りばめられ、さらに文学や音楽からの引用といい、「どんだけ深えんだ!」という豊潤な作品になった。しかーし!完全に『プロメテウス』の続編。


『エイリアン』シリーズは見てなくても『プロメテウス』だけは見ておかないと話についていけない。ま、公開前にウチでは『エイリアン』シリーズも『プロメテウス』も全部やるんだけどな!

【飯森盛良】

文/ザ・シネマ飯森盛良


ケルズ01.jpg 本日、アニメ映画『ブレンダンとケルズの秘密』が公開されました。いゃ〜待望でしたねえ!昨夏は『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』が単館系として全国順次公開され、公開規模に比して多くの日本人が魅了されて話題になりました。その監督のデビュー作が今作です。公開順が日本では逆転してしまいましたが。


 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は“ポスト・ジブリ”との呼び声高いアイルランドのアニメーション・スタジオ「カートゥーン・サルーン」の第2作で、2014年度アカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされたほど評価が高った。結局その年は『ベイマックス』が獲りましたけど、ジブリの『かぐや姫の物語』とも競ったのでした。その戦績からクオリティは推して知るべしということで。

 監督はアイルランド人のトム・ムーア。これが監督2作目で、デビュー作である『ブレンダンとケルズの秘密』という作品も存在するらしい。しかもそっちもアカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされている(2009年度)。獲ったのは『カールじいさん』でしたが、他に『コラライン』とか『ファンタスティック Mr.FOX』と競ったというのだから、デビュー戦からして華々しい。

 ちなみに昨夏、ワタクシは監督にインタビューさせてもらいましたが、その模様と『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』についてはコチラの過去記事から。今回のこの投稿とも超リンクしてくる内容です。あわせてお読みいただけたら大変うれしい。

 昨夏、この『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』に魅了され、デビュー作『ブレンダンとケルズの秘密』というのも見てみたい!と思った日本人は、少なからずいたでしょう。今夏、その願いが叶います!関西の映画祭で上映されたことはありましたが、ついに、商業上映で全国順次ロードショーが実現しました。

 昨夏の『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』と同じくアイルランド感満点の映画となっております。映画を通じて遥かなる異国の文化や歴史に親しみを持てるってのは、実に素晴らしいことですなあ!映画を見る理由の一つです。きっと外国人も、ジブリの『もののけ姫』や『千と千尋』を通じて、我が国に興味と親近感を持ってくれたのでしょう。だから“ポスト・ジブリ”なのです。


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 今作『ブレンダンとケルズの秘密』のあらすじを、解説もちょいちょい差し挟みながら以下ご紹介していきましょう。時は9世紀。ケルト民族の島アイルランドはすでにキリスト教化されており修道院が各所に建っている。そこをヴァイキングが襲う。黄金製で絢爛豪華な教会の聖具を狙って。ヴァイキングはこの映画では顔も人格もない宇宙からのインベーダー的な扱いになっていますが、でもケルト人だってアイルランドの先住民族という訳ではなくて、この1000年くらい昔にヨーロッパ本土からやってきた移民・難民もしくは侵略者だったんですけどね。

 今ではアイルランドといえば様々な映画で描かれている通り“カトリックの国”という印象ですが、9世紀のこの時代はローマ・カトリックとは一線を画する独自キリスト教派「ケルト系キリスト教」が盛んな島でした。4〜5世紀、ヨーロッパ本土は民族大移動(皆ご覧375ゲルマン人の移動だよ、375年)と西ローマ帝国崩壊(ローマは死なむ476と言いつつ死んじゃった、476年)の影響で大混乱におちいっていたのですが、最果ての島アイルランドはその混乱とは無縁だったため、キリスト教が無傷で温存された上に独自の発達を遂げたのです。

 「学者と聖者の島」と尊称され、各国から留学僧を多く受け入れ、逆に各国に宣教師を派遣もしていた、西ヨーロッパ随一の文教センター。それがこの時代のアイルランドでした。遣隋使・遣唐使時代の都・長安みたいなものでしょうか。だからこの映画の中では、黒人まで含む、様々な人種・民族の留学僧がアイルランドの修道院に集っているのです。アイルランド史ではこの時代を「聖者の時代」と呼んでいます。ケルト民族の文化と融合した美しいキリスト教の文物が数多く作られ、それらは今ではアイルランドを象徴する文化財となっていますが、それをヴァイキングが狙ってきて、この映画のキーアイテム「ケルズの書」もそのうちの一つ(しかも現国宝)なのです。

ケルズの書.jpg 「ケルズの書」とは、極彩色の緻密細密な渦巻き模様や唐草文様に彩られた福音書。渦巻き模様や唐草文様はケルト民族の伝統文様です。ケルト民族の故地・ヨーロッパ本土スイスあたりにあった紀元前のラ・テーヌ文化にまでさかのぼります。千数百年前にスイスにいたご先祖様と同じ模様を使って、その子孫たちが、アイルランドで独自に発展させ世界が絶賛した「ケルト系キリスト教」の聖典を彩った。それが「ケルズの書」なのです。それからさらに1000年後、ケルト民族の数十世代後の子孫たる現代アイルランド人が今も国宝として大切にしているのも納得です。

 さて、ウンチクはやめてそろそろあらすじを始めねば。その頃ケルズ修道院というところにブレンダンというわんぱく少年修道士がおりました。この修道院では、「芸術を生み出すこと(特に写本作り)、文化を後世に伝え残すことが重要」という考えと「安全保障が最重要。壁を建設して異民族・外敵(ヴァイキング)の侵入を防ぐことが喫緊の課題」という考えが対立しています。大昔から「我が国をとりまく安全保障環境がヤバいことになってる」と騒いではやたらと壁を建設したがる輩ってのはいるものです。そのタイプが修道院長。ブレンダン君の叔父さんです。

 ブレンダン君はアイルランドのケルト系キリスト教を慕って渡来してきた外国人留学僧たちに囲まれ、装飾写本作りに興味を持つのですが、叔父さんの安保院長からスゲ無く「そんな下らんことにかまけていられるご時世か!」的なリアクションを返される毎日。そんなある時、当代最高の写本絵師ブラザー・エイダン(実在の歴史上の人物)がヴァイキングから逃れここケルズ修道院まではるばるやって来る。このエイダン師に感化され、ますます写本熱が高まるブレンダン君。叔父さんの院長は苦々しく思う。

 エイダン師は美しいイラストで埋め尽くされた描きかけの書を携えてきており、興味津々のブレンダン君に絵本作りを手伝ってくれと頼みます。まず森に入ってインクの材料となる木の実を拾ってきてくれと言い、その言いつけに従って、鉄壁の要塞と化しつつある修道院を抜け出し森にはじめて分け入ったブレンダン君は、その森の奥で道に迷ってしまいます。

 そこで、不思議な自然児、森に精通していて「ここは私の森」と豪語する白髪の少女アシュリンと遭遇するのです。

 アシュリンちゃんとは何者なのか?ケルト民族は妖精を信じていますので、妖精か妖怪変化のたぐいでしょうか?森はキリスト教ではなく妖精や異教の領域。そこでキリスト教の修道士ブレンダン君とケルトの妖精アシュリンちゃんが仲良しになるというところが、とてもアイルランド的なのです。ケルト+キリスト教=アイルランドなのです。「ケルト系キリスト教」も当然そういうことですし、今作劇中のキーアイテム「ケルズの書」も、ケルト伝統装飾で彩られたキリスト教福音書ですから。

 このアシュリンちゃんも畏れる、忌むべき存在が森の奥底深くには潜んでいる。それがクロム・クルアッハ神。いにしえのケルト神話の神で、キリスト教以前のアイルランドには金銀製の巨像が祀られていたといいます。12柱の青銅製の従属神像を従えていたともいう。生贄を求め、初子かその家の子供たちの1/3を犠牲に捧げれば、戦いにも勝てるし大豊作も叶えてくれる、と信じられていました。まあ、はっきり言って邪神ですな。この邪神像を引きずり倒した漢が、アイルランドを象徴する聖人、三つ葉のクローバーでおなじみセント・パトリックなのですが、閑話休題。こういう、古代ケルトのまがまがしい存在も、妖精も、アイルランドの森には潜んでいる、という、まさにジブリ的な、『もののけ姫』的なアニメなのであります。

 さて、とあるクエスト達成のため、この邪神クロム・クルアッハと対峙せねばならなくなるブレンダン君×アシュリンちゃんコンビ。さらに、ヴァイキングの来寇が目前に迫っていた…高い壁をはりめぐらせたケルズ修道院の命運は?そして、現代にまで伝わりアイルランドの国宝とされるに至る「ケルズの書」はいかにして誕生するのか?

 この続きは、映画本編でお確かめください。


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 最後に。一時期はキリスト教世界の中心地でさえあったアイルランド。その国際的地位が、実際にヴァイキングの襲来と破壊によって大きく衰退したことは歴史的な事実です。ヴァイキングは8世紀末からヨーロッパ中の沿岸部を荒らし回りました。しかし実はその前に「ケルト系キリスト教」の影響力も、民族大移動と西ローマ滅亡の大混乱から200年を経て立ち直りつつあったヨーロッパ本土のローマ・カトリックとの教義論争に敗れて(664年ホイットビー宗教会議)地位が弱まっていたのです。そのためアイルランドもまた、普通のカトリックの一角となってしまい(それでもだいぶユニークですが)、そしてさらにその後、キリスト教化したイギリス、しかもさらに後にはプロテスタント国となったイギリスの強い影響にさらされながら、こんにちに至るのです。

 壁を築くというのは、侵略の恐怖にさらされた当時の人々にとっては切実な願いだったでしょうし、当然の行動でしょう。でも、無駄だった。ヴァイキングの侵寇も大英帝国の専横も、結局、防ぐことはできませんでした。だから無駄だ、とは思いません。国防が無駄である訳がない。やるだけやる意味はある。それで救われた命も幾つかはあったかもしれない。でも逆に、文化・芸術だって決して無駄ではない。結局、文化だけが残りました。ケルト芸術と「ケルト系キリスト教」の精華たる「ケルズの書」は、こんにちにまで伝わって、民族の誇り、アイデンティティの核として、国宝となったのです。

 このアニメ映画、ケルトの伝統模様、渦巻き模様や唐草文様が画面中に散りばめられています。紀元前のラ・テーヌ文化から伝わる模様を使って9世紀に描かれた「ケルズの書」をめぐるファンタジー冒険アニメを、現代アイルランドのアニメ作家・スタジオが、やはり同じ文様を使って描く。文化と芸術が、二千数百年の時を経て、民族のあいだで連綿と伝えられてきたという確たる証拠。それがこの『ブレンダンとケルズの秘密』なのです。

 まあ、これはアカデミー賞ノミネートされるよね!

(蛇足:アシュリンちゃん、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』にも隠れキャラとして出ています。見れる人は探してみよう)
ケルズ02.jpg

7月29日(土)にYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー
2009年/75分カラードルビー・デジタルヴィスタサイズフランス・ベルギー・アイルランド合作

©Les Amateurs, Vivi Film, Cartoon Saloon

洋画専門チャンネル ザ・シネマの編成部スタッフが、1人1本、きわめて個人的にオススメしたい作品をご紹介!



ホワイトタイガーブログ.jpg『戦争のはらわた』に勝るとも劣らぬ東部戦線映画の傑作。ザ・シネマでは『フューリー』とあわせて見るべし!


ホワイトタイガー ナチス極秘戦車・宿命の砲火


8月放送日はこちらでチェック!


©2012 Mosfilm Cinema Concern All Rights Reserved



8月メイン『フューリー』にあわせてティーゲルI特集。『フューリー』はとんでもない残酷描写により「戦争怖い!」という感想しか抱きようがなくする、優れた反戦映画だ。この露映画も別アプローチの優れた戦争映画。これは寓話だ。死なない露戦車兵vsモンスター的に強い独ホワイトタイガー。別に白くないのになぜに「ホワイト」と呼ばれてるのか?そういや『白鯨』って小説もあったな。そして「戦争は終わらない。消えたホワイトタイガーもいつかまた必ず現れる」と言った後、目を離した一瞬の隙に煙のように消える露戦車兵の正体とは!? 最後に、ヒトラーが「我々はあまりにもお互いをよく知りすぎた」と話しかけ戦争論を熱く語っている相手は何者なのか?顔が暗くて見えないし、そもそもこの時点でヒトラーはとっくに自殺してるはずだが…戦争の神と悪魔とが大祖国戦争の事どもに化身して織り成す寓意。さすがはロシア産戦争映画、深い!

【飯森盛良】



僕らのミライへ逆回転ブログ.jpg最後の最後の最後で、やられたーーーーーーーー。


僕らのミライへ逆回転



8月放送日はこちらでチェック!


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『エターナル・サンシャイン』のミシェル・ゴンドリー監督がジャック・ブラックとダニー・グローヴァー主演で描く、ハートウォーミング・コメディ。ブロックバスター級のハリウッド映画を、ド素人がリメイクする!?というお話。手作り感満載のリメイク版は、作品の特徴をよく掴んでいて、オリジナル版を知っている人なら思わず「そうきたか(笑)!」と唸ってしまう場面もあるはず。

冒頭のジャック・ブラックの“ウザキャラ”な役どころが本当にウザッたくて、観るのをやめようかと思うくらい不快感まで覚えてしまったのですが(なんて大人気ない)、気が付くと最後には“結局憎めないヤツ”になっていて・・・。そんなところに、ジャック・ブラックの俳優としてのスゴさを感じました。(実際にアメリカというデカい国にはゴロゴロいそうですしね、こういう困った人。)

そして、現実ではちょっと考えられないような、無理やりな感じがするストーリー展開なのですが、最後の最後の最後で、やられたーーーーーーーーーー!まさかウルッと涙してしまうとは。これは予想外でした。

ところで本作品の話題になると、必ずといっていいほど「邦題がひどいよね」と言う話が出てくるのですが(「僕らのミライへ逆回転」「邦題」でためしに検索したら、あらホント)、、、私はそんなに悪くないと思うなぁ。アナログな手段で未来を切り開いていく、みたいな含みを感じるし、温かみもあるし。

映画っていいものですねぇ、と思わずにはいられない。軽いタッチでサラッと見れるけれど、製作者の映画愛が全編から伝わってくる温かい作品です。8月のザ・シネマで放送しますので、テレビをつけて偶然出会うことがありましたら、ぜひご覧になってみてください。


【キャロル】

8月ザ・シネマで放送する『人生はビギナーズ』。

監督のマイク・ミルズに関して知りたければ、ライター、イラストレーターのaggiiiiiiiさんによる、このコラムをぜひ読んで欲しい。


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マイク・ミルズの長編2作目となる『人生はビギナーズ』は、彼の半生をもとにしたユニークな物語である。若い人たちにはなじみがないかもしれないけれど、 もともとマイクは90年代にビースティ・ボーイズやソニック・ユースのアートワークを手がけ、ユースカルチャーの重鎮として活躍したグラフィックデザイナー。主人公のオリヴァー(ユアン・マクレガー)の職業もグラフィックデザイナーであり、作中のオリヴァーによるドローイングはマイク自身が手がけている。75歳の父親からゲイだとカミングアウトされたのは、老いた母親をがんで亡くした半年後のことだ。


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オリヴァーは父親の告白を受けて、当然だが動揺する。なのに当の父親はといえば、生まれ変わったようにうきうきとして楽しそうだ。さらにオリヴァーの心をゆさぶったのは、母親は結婚する前からその事実を知っていたらしいということだった。ユダヤ人であった母親は、すねに傷持つもの同士と思ったかどうだか、高校の同級生であったゲイの男と結婚した。いまではずいぶん時代も前進しているが(現アメリカ政権になってそうとも言えない状況になったけれど)、マイクの両親が結婚した1950年代には、まだユダヤ人に対しても同性愛者に対しても、あきらかな差別が存在していた。同性愛は法律で禁止さえされていたのだ。


合意の上で結婚したわけだけれど、マイクの母親は、自分のことをまるで気にかけない夫が本当は不満だったのにちがいない。マイクいわく、父親はめったに家におらず、家族とほとんどかかわりを持たなかった。映画の中で母親は「生まれ変わったら、もっと心のあるユダヤ人と結婚する。お父さんには心がないから」と、幼いオリヴァーにこぼしている。(余談だけれどこの母親、じつは髪型やエキセントリックな仕草が、マイクの妻である人気アーティストのミランダ・ジュライにそっくりなのである。えーと、それではオリヴァーの恋人になるアナ(メラニー・ロラン)がミランダとは似ても似つかない理由は……? 答えは簡単、マイクがこの脚本を書いていた2004年当時に、まだ二人は出会っていなかったからだ。彼らの出会いは、マイクが『サムサッカー』、ミランダが『君とボクの虹色の世界』というそれぞれのデビュー作をお披露目した、翌年のサンダンス映画祭まで待たなくてはならない。)


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ところで、めったに家にいなかったというマイクの父親は、いったいどこで何をしていたんだろう? そこでその人物、ポール・ミルズ氏について調べていくと、だんだんとおもしろいことがわかってきた。彼はサンタバーバラ美術館の館長を’70年から’82年までの12年間つとめており(これはマイクの4歳から16歳までの時期にあたる)、アメリカ美術のコレクターとして、現在も美術館を代表する主要作品の収集に奔走していたようだ。スペインやメキシコへの出張も多く、いそがしい人であったということはまちがいなさそうだ。サンタバーバラには虹をモチーフとした有名な巨大パブリックアートがあるのだが、これもマイク父の尽力によってできたものである。そしてもうひとつ。彼は、フラッグ(旗)に異常ともとれる愛情を注いでいたことでも知られている。いまでもサンタバーバラを訪れると、防波堤にならぶ色とりどりの旗を目にすることができるだろう。氏の旗に対する情熱は、映画では花火に置き換えられて表現されている。


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さあて、映画の話にもどらなくちゃ。グラフィックデザイナーであったマイクがペンをカメラに持ち替えて、自分には無縁だと思っていた長編映画に取りかかることになったのは、母親の死のショックがきっかけだったという。父親もまた、妻の死がスイッチとなり、残りの短い人生をほんとうの自分らしく生きる勇気を得たのかもしれない。だれかが死んだりなんかしなくても、もっと自分の思うように生きていいはずなのに、わたしたちはふだんそのことを忘れてしまっている。若い男を求め、素直な恋をし、初々しいよろこびを見せる魅力的なハル(クリストファー・プラマー/アカデミー賞助演男優賞受賞)よ! その姿を見ていると、複雑な思いを抱えながらもオリヴァーが父親を応援したくなった気持ちはよくわかる。


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近くにいるからといって、ぼくたちはその人のことをよく知っているわけではないんだ。というのは、昔なにかのインタビューでマイクが話していたことだ。本作で晩年の父親をあたたかく見つめた彼は、最新作『20センチュリー・ウーマン』で、今度は、自分をひとりで育ててくれたハンフリー・ボガートのような母親を描くことに挑戦している。マイクにとって映画とは、自分や身近な人をとことん掘り下げて理解するための手段なのかもしれない。そして父親、母親、ときたら、その次のテーマはもしかして妻のミランダなのでは?とつい期待してしまうが、それはいつか発表されるときまで、楽しみに待つことにしよう。

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aggiiiiiii(アギー)
ジン『KAZAK』編集・発行人。独自にガールズカルチャーを追いつづけ、「VOGUE GIRL」「GINZA」「ELLE JAPON」「ハーパーズバザー」などに文章をよせる。「ザ・シネマ」では「本当は面白い!アメリカンコメディ」特集にて俳優の似顔絵を担当中。プライベートでは母ちゃんになりました。「GINZA」のウェブサイトにて、ただいま「わたし産みましたわ」を連載中です。http://www.kazakmagazine.blogspot.jp
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beginners_key.jpg人生はビギナーズ

<8月放送日>

2017年08月03日(木) 13:00 - 15:00

2017年08月08日(火) 06:00 - 08:15

2017年08月23日(水) 18:45 - 21:00

詳しくはこちら。


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洋画専門チャンネル ザ・シネマの編成部スタッフが、1人1本、きわめて個人的にオススメしたい作品をご紹介!


愛のイエントル.jpg少女マンガ的胸キュン映画!


愛のイエントル


7月放送日はこちらでチェック!


YENTL © 1983 LADBROKE ENTERTAINMENTS LIMITED. All Rights Reserved





原作に惚れこんだバーブラ・ストライサンドは、映画化に向けて一心不乱に邁進。ハリウッドの大手スタジオを交渉を重ねていくにつれ、製作に対する意欲が更に彷彿し、気が付いた時には、自らメガホンを取るだけでなく、主演・脚本・製作・主題歌と、なんだかんだ一人で5役も担うことになっていたのだとか。変装こそしていないものの、(今でさえも)男社会のハリウッドで、作り手として道を切り開いていく彼女の姿は、まさにイエントルそのものだなぁ、なんて思ったり。彼女がこの作品に惚れこんだ理由も分かる気がします。

そのバーブラ・ストライサンドという女優ですが、結構好き嫌いが分かれるタイプなのかなぁと思います。なので、(バーブラのほぼ独壇場の映画ですから、)彼女を好きか嫌いかで本作への心象が分かれるのも仕方が無いかなと。ただ一つ言えるのは、いわゆる典型的な美女・・・ではないルックスの彼女が、作品を通して知れば知るほど美しく思えてくる不思議な魅力があるということ。正直にいうと、私にとってバーブラはちょっと苦手なタイプの女優だったけれど、イエントルと重なってか、時間が経てば経つほど目が離せなくなるというか、美しく魅力的に思えてきたことは確かなのです。


本作の随所に、バーブラが歌いながら気持ちを吐露するシーンがあるのですが、その歌いっぷりがとにかくスゴイ。既に歌手としての彼女をご存知の方は「何をいまさら」と思うかもしれませんが、バーブラを全然知らなかった私は、その圧倒的な歌唱力に心震え、うっかり目に涙がジワリとしてしまったのです。こんなに歌が上手い人っているんですねぇ。歌って踊ってというミュージカルではなくて、心の内を独唱するという感じですが、イエントルの心の叫びと相まって二重に感動してしまいます。


髪を切って服装を変えるだけの男装なんて甘すぎるとか、一人で歌いすぎ(他にも歌える役者がいるのに)とか、バーブラって自分のことが本当に好きなんだね!とか・・・痛いツッコミは多々あるでしょう。でもそんなの全然気にならない。だって、これは少女マンガなんですもの!女性であることを隠して生活しなくてはいけないのに、親友の男性を好きになってしまうなんて。かなわぬ恋。抑えられない気持ち。それでも勉学への欲求を優先しようとする・・・愛よりも夢を!みたいな少女マンガ的ドキドキ要素が満載なのです。ついつい、バーブラ(もとい、イエントル)に感情移入してしまって、なんとも胸がキュンキュンしてしまうところは、もしかしたらこの映画の最大の魅力なのかもしれません。

(以下はめちゃめちゃネタバレです)

イエントルがついに愛するアビグドウに真実を打ち明けたとき、アビグドウも同じくずっとイエントルを愛していたことに気がつきます。しかしそれと同時に、アビグドウにとってイエントルは「女性」でしかなくなってしまい、彼女が学問を論じるのはおかしい、と思ってしまうのです。「まだ学問をしたいのか?学問は俺に任せて、女になってくれ」と・・・。そんなアビグドウの予想外の反応に私はちょっぴりショックでした。ユダヤの厳しい戒律のもと、女が学ぶことはご法度だったとしても、頭がよくて神の教えを熱心に学ぶアビグドウだからこそ、きっと先鋭的な考え方も受け入れてくれるはずだと、そう信じていたのに・・・。


ちなみに、このやりとりを現在の社会に置き換えると、<男>「仕事しなくていいよ。子供生んで育てて、家族の世話をしてくれよな。」<女>「そんなのイヤ!これまで同様、ともに仕事に励んで、ともに夢を実現しようよ!それができないなら、別れよう」みたいな感じになるのでしょうかね。いやはや、そんなことを女性に言われたのなら、今の時代だと、<男>「働いてくれるの?ありがとう!共に稼ごう」という方がしっくりくるのでしょうか(笑)。


ゴールデン・グローブ最優秀監督賞、作品賞を受賞の本作を、7月のザ・シネマで是非ご覧下さい。

【キャロル】



恋のミニスカ ウエポン.jpgラムちゃん級にいじらしいイケ女んブリュっ子の一途なレズ恋奮闘記!百合百合ブリュ熊嵐


恋のミニスカ ウエポン



7月放送日はこちらでチェック!



© 2005 Screen Gems, Inc. All Rights Reserved.



ジョーダナ・ブリュースター、通称ブリュっ子。今ではワイスピのヴィンディーゼルの妹役で有名だが、俺はデビュー作『パラサイト』で20年前に一目惚れ済み。こういう原哲夫か池上遼一系劇画調ハンサム顔キリっと眉イケ女んが、実はモロ好みだ(原点内田有紀)。脱いでくれた『姉のいた夏、いない夏。』も眼福だったが、ブリュっ子のベストアクトはそれでもワイスピでもなくて、本作での世界征服を目論む悪の天才役だ。それと戦う秘密諜報機関の美人ミニスカ女学生エージェントに百合目惚れしちゃったブリュっ子。敵同士でも私はスキをあきらめない。ウチはダーリンが好きだっちゃ♥ばりに一方的な押しかけ百合女房っぷり。押しかけられる側(サラ・フォスター。ヱヴァかアバターみたいな13頭身ぐらいある超絶美女)も、困惑しつつも秘めたる百合っ気に目覚めついにコクリを受け入れ、そっからLOVELOVE百合百合桃色交際スタート、という、サイコー胸キュンLGBTバカ映画だ。これ見ながら毎晩眠りに落ちたい!この世界の住人になりたい!俺はブリュっ子になりたい!以上今回はヨタった。

【飯森盛良】


裏切りの戦場.jpgフランス領ニューカレドニアで、1988年に起きた独立闘争事件の真相を暴く社会派戦場ドラマ。

裏切りの戦場 葬られた誓い



7月放送日はこちらでチェック!


© Nord-Ouest Films – UGC Images – Studio 37 – France 2 Cinéma




1988年当時、フランス領であったニューカレドニアで先住民族による独立紛争事件が発生。この事件の交渉役を任された国家憲兵隊大尉の告発手記をもとに、『クリムゾン・リバー』のマチュー・カソヴィッツが監督・主演を務め、入念なリサーチを重ねて完成まで10年も費やした意欲作です。フランス本国で現職のミッテラン大統領VSシラク首相による、熾烈な大統領選のさなかに起きた紛争事件の真相を描いています。両陣営から繰り出される票集めを見据えた命令に、揺らぐ現場の臨場感をリアルに描き出しているので、まるで当事者として参加しているように、グイグイと映画の中に引き込まれていきます。「自分だったらどう判断するのか?」と問いかけずにはいられない作品です。是非ご覧頂きたい1本!

【うず潮】


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(文/ザ・シネマ飯森盛良)


 さあ第2部【ネタバレ編】に突入ですが、その前に。出し抜けに第2部って何!?という人もいるでしょうからご説明を。この『動物と子供たちの詩』はまごうかたなき傑作!ただしネタバレで台無しになるタイプの映画です。そこで、1部2部とご紹介しようと。未見の方に向けて第1部【ネタバレ前まで編】を、ワタクシが連載を持たせていただいております「ふきカエル大作戦!!」さんのコラムに寄稿しました。コチラです。

 なので本編未見の方は、まずはそちらをお読みください。逆にここは絶対読まないで!それと営業妨害するつもりはないのですが、各有名映画データベースサイトなどでの本作の情報は、「ブルース・ウィリスは死んでた」級の致命的ネタバレをしまくってますので、検索する際はご注意ください。

 では、以下、第2部【ネタバレ編】です。すでに映画を見た人に向けて、ネタバレ全開のことを書きます。映画を見た後でさらに追加で知っとくべき情報なんてあるの!? もう十分だろ!とならないよう、映画を見ただけではわからない情報も書こうと思います。第1部に引き続いてお付き合いください。

 おっとその前に一つ余談が。視聴者さんがツイッター上で「三原順の漫画『はみだしっ子』にもつながった映画」とつぶやかれていました。ワタクシは無知でその作品については知りませんが、知ってる人には価値ある情報かと思われますので、ここに勝手ながら一文コピペだけさせていただきます。


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■第2部【ネタバレ編】

 さあ、ついに2晩目、目的地にたどり着きました。牧場のような場所で、フェンスがあります。その内側に侵入してそこでコケた過保護虚弱夜尿症少年の手に、血がベットリ着く。「バッファローの血だ…」とつぶやきます。

 そこで回想シーン。彼らが、例の「銃は友達」トラッシュ指導員の車で、キャンプ場を出て遊びに行った数日前の昼間に話はさかのぼります。指導員は主人公チームのバンガローの担当なのです。着いたところはフェスティバル会場。「本物のバッファローが目の前で見られるんだぞぉ」と指導員は得意げに言います。みんな遠足ノリで浮かれ気分です。

 しかし!そこで想定外の大虐殺が始まりショックを受ける。フェンスに閉じ込めたバッファローの群れを、全米ライフル協会みたいな人たちが猟銃で撃ち殺しまくるという、それは殺戮フェスだったのです!弱者の痛みを知る6人組はそんな光景見たくない。しかし指導員はニタニタしながら殺戮を見物していて、あろうことか、というか案の定、My猟銃をおもむろに取り出し、嬉々として大虐殺に加わります。

 これは一体何イベントなのか?原作小説の方に詳しい説明が載っていますので引用しましょう。

「彼ら若い見学者たちがたまたまやって来たその日は、アリゾナ州狩猟局が管理主催する年三回の《ハント》の二日目だった。一世紀前、アメリカ西部には六千万頭の野牛がさまよっていたが、現在は二、三千頭しか生きのこっていなかった、そしてそれは保護されるために少数の群れにして特定の場所に集められ、いろいろな州あるいは連邦政府によって管理されていた。そして、野牛の頭数の自然増加と、彼らの特殊な生息環境に適したその限定された地域とのあいだに、ある科学的な比率を維持していくため、各群れとも定期的に《間引き》というか《採集》する必要があった。アリゾナ州にはふた群れが保護されていて、他の一群はグランド・キャニオンの北部、カイバブで保護されていた。そしてこのフラッグスタッフに近い保護地区においては一年おきにだいたい百五十頭から二百五十頭の、健康で子ウシを生む雌ウシとじゅうぶん発育した雄ウシを減らしていた。その夏には一日三十頭の割合で三日間、つまり合計九十頭がアリゾナの狩猟愛好家たちによって《採集》されることになっていた。」

グレンドン・スワースアウト作,安達昭雄訳 (1979) 『世界動物文学全集7 黒馬物語/動物と子供たちの詩/私の友だちには尻尾がある』,講談社.


 あくまでワタクシ個人の意見ですが、頭数管理の必要性は理解できる。ハンティングというスポーツだって否定はしない。肉も普通に喰いますし、あとプロの屠畜業者さんには常日頃から勤労感謝の念しかない。しかし、柵に閉じ込めて(もはやハンティングじゃねー)、それをシロウトがお祭り騒ぎの遊び半分で、アメリカン愛国的ブラスバンド曲をBGMでガンガンにかけながら、ビールぐびぐび射殺しまくる、とは何事か!そして、そこに一片の憐れみも無し、という底抜けの無神経さには、さすがにドン引きしますわな!

「お祭り気分がもりあがってきた。狩猟はたちまちにして学校のピクニック、伝道集会、市民バーベキュー大会、愛国的儀式、そして虐殺のカーニバルと化した。視覚、聴覚、嗅覚、それに人間的品位は打ち負かされた。澄みきった空気は銃声とそのこだまでずたずたに引き裂かれ、火薬のためにしだいによごれてきた。勝利のホーン(ザ・シネマ注:車のクラクションのこと)がぷうぷう鳴りわたった。カー・ラジオが音楽とコマーシャルをがなりたてた。ビールの記念碑が建てられた。子供たちが薬莢を拾い集めるためにとびまわった。電気のこぎりがごりごり骨を切り、皮はぎ小屋の床に鮮血が流れた。」

グレンドン・スワースアウト作,安達昭雄訳 (1979) 『世界動物文学全集7 黒馬物語/動物と子供たちの詩/私の友だちには尻尾がある』,講談社.


 しかも、この映画では望遠ロングショットの実際の記録映像を使うことでグロさをまだ抑えていますが、原作小説を読むと、実態は阿鼻叫喚の地獄絵図のよう。


「三十頭の野牛を殺すには六時間から七時間を要した。そのような近距離からならば、屠殺業者が畜牛をやっつけるように、耳にただ一発撃ちこむだけで瞬間的に、また人間的にそれらの野牛を殺すことができるはずであったが、しかし、老若男女を問わず、あるいは腕ききの射手、アマチュアの狩猟家を問わず、彼らアメリカ人には、彼らがあらゆる動物の中で最もアメリカ的なものに照準を定めたとたん、なにかしら不思議なことがおこるのだった。百ヤード足らずの距離から巨大な静止した標的めがけ、3030.6口径、あるいは3033口径といった強力な銃で撃ちながら、心理的さもなくば肉体的にどういうことになるのか、いずれにしても彼らはうまく撃ち殺すことができないのだった。

 彼らは腹を撃った。

 彼らは頭の角を吹きとばした。

 彼らは目を見えなくさせた。

 彼らはあと脚の膝やけづめのところを粉砕して、脚を不自由にさせた。

 彼らは急所を射当てるまえに出血多量で殺してしまった。

 彼らは無益であると同時に無慈悲にも、屠殺場にたいして縦射の位置で撃った。(ザ・シネマ注:ターゲットの前後に別のものがいる状態で射撃すること。意図せず手前のものに当たってしまったり、弾がターゲットを貫通したりターゲットを外れたりで意図せず奥のものに当たってしまう可能性がある。この状態では苦しまないよう急所を狙って1発で仕留めてあげるなんてハナから無理)

グレンドン・スワースアウト作,安達昭雄訳 (1979) 『世界動物文学全集7 黒馬物語/動物と子供たちの詩/私の友だちには尻尾がある』,講談社.


 この他にも凄惨な描写が原作では延々と続きます。どこにどう弾が命中し、どうやってもがき苦しみ死んでいくか、そして、その後どうやって解体されるかまでが文章で詳細に記されている。こんなの映像では見せられんわ!


 少年たちはこの光景に戦慄します。そして、嬉々として大虐殺に打ち興じている全米ライフル協会みたいな人たちに向かって「殺し屋!」とか「お前ら人間じゃないぞ!」とか罵詈雑言を浴びせますが(ここは台本でアドリブ指示が出てます)、当然、うっせークソガキ!サヨクはけえれ!ってな反応が返ってくる。

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真実の瞬間.jpg ちょうど今ウチで放送している同じく未DVD化の激レア作で、闘牛映画『真実の瞬間』という伝説の超大傑作がありまして、自分の命を賭け金にして闘牛の世界でテッペン獲ったる、という野心家青年のド貧困からののし上がりドラマです。それもまぁ闘牛シーンは十分残酷なんですけど、なぜか本作ほど非倫理的には感じられない。

 まずそれは、作り手のスタンスとして、闘牛文化を批判的には取り上げておらず、道義的価値判断を込めていないから、というのが理由のひとつ。監督フランチェスコ・ロージお得意の伊ネオレアリズモ由来の乾いたドキュメンタリー・タッチで撮られているため、淡々と事実を追う、それが迫真のリアリティを生む、という趣向が凝らされていて、スタンリー・クレイマー監督が劇映画としてのドラマ性を追求し、強いメッセージ性もこめた『動物と子供たちの詩』とは、そこが大きく違っている。

 ただもうひとつの理由として、闘牛では闘牛士も命懸けだから残酷であっても卑怯には見えない、という我々観客側の印象の違いも挙げられるでしょう。本物の闘牛士でもある主演俳優による「これはガチで命懸けだ、一歩間違えば死ぬ」という、どっからどう見たってヤバすぎる映像のオンパレード。実際、数メートル突き上げられて気絶したか死んだかしている人の姿も映ります。人間側もそこまでのリスク負ってんだから五分と五分で、残酷だけどまぁ許せるかな、と思えなくもない。それに比べ『動物と子供たちの詩』の「銃は友達」連中は、自分らは遠くの絶対安全圏にいて、そこからスコープで狙って飛び道具で撃っている。あまつさえビール飲みながら!そこが大違いでして、これにはちょっと、ただごとじゃない生命への冒涜感がある。あっちは許せてもこっちは許せない!あくまで個人的意見ですが。


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 ふきカエ再放送版ではカットされていますが、仕留めたバッファローの巨大な生首、今度こそ干し首ではなくて本当に血のしたたる生首を、ラジオフライヤー(アメリカンな赤い台車)に積んで運んでいる、同い年ぐらいのガキの全米ライフル協会員みたいな奴が出てきて、それに6人組は絡みます。その生首をトロフィーに仕立てるんだとガキは自慢してくる。第1部で言及したHunting trophyを思い出してください。1等賞のトロフィーはバッファローでしたね?あの剥製たちもこうやって斬首されたのでしょう。今、あの伏線がおぞましい形で回収されたのです。だからここも重要なシーンなのでカットは痛恨なんだけどねぇ…。

 自慢に対しカイさんから「殺しは楽しい?」と思いがけないことを聞かれ、ガキは「射撃はうまくなかった。でも肉はうまいよ」とトンチンカンに答えます。射撃が上手くなかったってことは、原作にある通り、急所を外してしまい標的を苦しませながら時間をかけて死なせたのでしょう。でも肉は美味かったと。そういう話じゃねーだろ!でも「何か問題でも?」という顔でポカ~ンとしている。

 彼に悪意はない。このガキ、自分が悪いことをしているとも、人によってはそれを悪と受け止めるかもしれないとも、想像さえつかない様子。6人組とこのガキには通じ合える言語すらない。返す言葉も見つからず、お互い見つめ合ってしばし黙り込むしかない。

 やがて沈黙に耐えきれなくなったガキは「どうせ生きてても役に立たない」と言い訳します。非難されていることにようやく気付いたのでしょう。さすがカイさん、「役に立たない人間も多いけど殺さない」と即座に反論する。正論です。役に立たない人間とは自分たちのことでしょう。するとガキは間髪を容れず「毎日殺されてるよ。テレビをごらん」と喰ってかかる。

 この映画の1971年当時はベトナム戦争最悪の泥沼期で、ナム戦はTVのニュースで米兵の死体映像が生々しく映った初の戦争でした。この心ない暴言にはミリヲタリーダーがキレます。彼の尊敬する父親は海兵隊の大尉ですから、時期的にベトナムに派兵されていてもおかしくないのです。字幕で訳されていませんがリーダーがYou little bastard!(このガキゃ!)反戦運動.jpgと罵りラジオフライヤーを蹴飛ばすと、ガキは「パパは下品な言葉を使うと怒るよ!」と逆に説教タレてくる始末。汚い言葉は使うな、口を石鹸で洗うぞ、そして銃は友達だ、役立たずどもを撃ち殺して楽しく遊ぼう、と父親からこのガキは教育されてきたのでしょう。

 もしくは、反戦運動に学園紛争に人種対立と、アメリカ内地でも死者が出る騒動が各地で頻発し、それが連日TVのニュースで報道されていた時代でもありましたから、あるいはリビングでの家長を囲んだ一家団欒の一コマとして、夜のニュース見ながら「ヒッピーだのサヨクだの黒人だのなんて役立たずどもは死ねばいい」みたいな会話が、日常的に交わされているようなご家庭なのでしょう。でなけりゃ年端もいかぬガキの口から「毎日殺されてるよ。テレビをごらん」なんて言葉がポンポン出てくる訳がない。“子は親の鏡”ってことですなぁ…。もはや付ける薬もないと、6人は絶望してその場を離れます。


 キャンプ場に帰った後、トラッシュ指導員は子供たちを怒鳴りつけます。これが、第1部で言及した、本作でもっとも重要なトラッシュの吐く長ゼリフというやつ。以下、全文を文字起こししてご覧に入れますが、池田勝さんの文字化できない発声、ガラガラだみ声、巻き舌、巧みに忍ばせた促音などの技巧は、ぜひとも放送で、その耳で、お確かめください。文章で再現はできません。


「恥かかせやがって、前歯ヘシ折ってやりてェよ!人前でデカい声はり上げやがって!死に損ないのお前らァ見てると俺だって胸が痛むさ!可哀想に、トンマなバッファローめがってな!だがもう我慢できんっ!これからは、ラジオは禁止だ。音楽も!映画も!夜のダベりもぜぇんぶ禁止だっ!監督が言ってた、お前らぁ感情的に障害があるって。感情がピンボケなんだっ!! “ハミ出しなんだ!!!(ザ・シネマ注:“ハミ出し”は原語で「ディング」、ding。おそらくこの当時の流行語で今日ではあまり使われていない模様。本作のキーワード) ハミ出しって知ってるか?マトモに収まらない奴さ!どんな場所にも、どんな時にも、どんなことに対しても、お荷物になるだけで役に立たない奴さ!みんな邪魔にして始末に困ってる奴さ!だから生きてる価値がないンだ!バッファローみたいになあ!どうして撃ち殺すか知ってるか?あいつらァハミ出し野郎だからだァ!おめェらもそうだっ!奴らとおんなじだ!ここにいるぬぁ手癖の悪りィ奴、お喋り野郎、意気地なし、戦争マニヤ、乳離れしないィ奴!出来損ないばかりだィ!」

 この暴言に深く傷つくと同時に、6人組はある決意をします。自分たち同様“ハミ出し”で生きる価値なしと一方的に決め付けられたバッファローを逃すことを!虐殺フェスは明日も続く。殺される順番待ちのバッファローがまだ沢山いる。あそこに戻ってフェンスを破り、バッファローを逃がそう。ただし、指導員の車で行ったフェス会場までは、子供にとってはかなり遠い。6人は、まず馬で、次いで盗難車で、最後は徒歩で、あの忌むべき場所を丸一日かけて目指してきて、いま、2晩目の真夜中に、ついにたどり着いたのです。

 さあ、回想シーンから、通常のタイムラインに、いよいよ本作の大詰めに、話を戻すことにしましょう。


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 フェンスの破壊を試みる6人。駄目だチェーンは思ったより頑丈だ。夜が明けてきた。カイさんがまたトラックをどこからか盗んできた。だがその間に日は完全に昇ってしまった。それでチェーンを引っ張りようやくブチ切ったものの、夜陰にまぎれてコッソリやる計画が狂い、まっぴかりの朝日の下、物陰ひとつない丸見え状態で事を運ばざるをえなくなった。いつ全米ライフル協会の奴らに見つかってもおかしくない。エンジンふかして大きな音を出しまくったし。

 かてて加えて、逃したバッファローはあろうことかフェンスのすぐ外でのんびり草を食みはじめた!遠くに逃げていこうとしない!! ミリヲタリーダーはヒステリーで半狂乱に。

「行けェ!もうすぐハンターがやって来て、お前たちは皆殺しにされるんだぞ!殺されて当たり前なんだ、ウスノロのバッファローめ!図体ばかりデカくて!」

 ダメだ、怒鳴ろうが大きな音で驚かそうがビクとも動かない。泣きわめき怒鳴り散らすリーダー。そうこうするうち案の定バレた!騒ぎを聞きつけ全米ライフル協会の奴らが車2台でこっちに向かってくる!先頭車両を運転するのはあのトラッシュ指導員だ。「やっぱり奴らだ!」と苦々しげに吐き捨てるので、失踪した子供たちが行くとしたらここしかないと目星を付けていた模様。

 万事休す!その時、盗んだトラックの運転席に半泣きミリヲタリーダーが横っ跳びに滑り込もうとする。カイさん引き留める。「ここで諦めるのか!? 俺はヤだ!」と思い詰めた表情で絞り出すリーダーに一言カイさんわかった」。再度リーダー運転席に転がり込み「俺たちは最期まで闘う!クラッチは左!ブレーキは右!みんな見てろよ!行くぞぉぉ!!!!と叫びながら無免許でトラックを出してバッファローの群れ目がけ突入!「バッファローを暴走させる気だ!」と気付くトラッシュ指導員!

 そこで連中信じられない行動に出る。「タイヤを狙えェ!タイヤだ!(中略)いいか、子供に気を付けろ」と車停めて降りてきて、何百メートル先を結構な速度でジグザグにオフロード走行しているトラックを、何人もでパンパン狙撃しまくる!気を付けろじゃねーよ!いちガンマニアとして言わせてもらうと、こんなのタイヤになんか当てらんねーだろ普通!ものすごく危険!

 バッファローを追い散らすトラック。ついにバッファローたちが走りはじめた!だが逆にトラックは停まる。ドアがバタンと開き、同時に、ケツは座ったままのリーダーの上半身がダランっと外に投げ出される。駆け寄る残り5人と全米ライフル協会。リーダーはこめかみに銃創1発、目を見開いたまま死んでいた。5人の子供たち、遺体の方からゆっくり全米ライフル協会の大人たちの方に向き直る。あんたら、いつかヤラかすと思ってたけど、とうとうヤリやがったな、と、猟銃を引っさげたまま茫然自失で突っ立っている大人たちを、人殺しを見る時の目で見つめる。全米ライフル協会とトラッシュ指導員、事ここに至ってようやく、二度と戻らぬ失われた命の重みに気付き、だんだんと顔色を失っていく…。

コマネチ!.jpg ここで流れはじめるラストの曲は、「♪妖精コマネチのテーマ」として日本人にもよく知られた曲。本作から5年後の1976年モントリオール五輪の際、アメリカのTV局が、人呼んで“白い妖精”、たけしでお馴染みの新体操ルーマニア代表コマネチ選手の入場テーマ曲として流用したことから、そう改題されて有名になり、シングルカットもされヒットしたのですけど、もとはと言えば本作サントラの一曲。実はミリヲタリーダーのテーマ曲だったのです!この物悲しい曲が中盤で明るく転調するのと同時に、キャメラが疾走するバッファローの群れの空撮ショットに切り替わる。果てしない原野を土ぼこり上げ逞しく駆けていくその勇姿を映しながら、この映画の幕は降ります。

 ここで、第1部で引用した、例の架空の(?)偉人H.E.ポール・ドラモンドの、一見良いこと言ってるげな詩を思い出してみましょう。気合いが足らないから負けるんだ!気合いがあれば必ず勝てる!という精神論的な内容で、作り手はそれを弱者に無理強いするような教育を批判しているのではないか?と第1部では指摘しましたが、さて、ミリヲタリーダーが無謀な目標を掲げ、大冒険の末、命と引き替えにその壮挙を成し遂げるところまでを目撃してきた今の我々が、あの詩を再読すると、いかなる感慨が湧くか?


「君が負けたと思ったら負けだ。負けたと思わなければ負けじゃない。どうしても勝ちたいと思って勝てなかったら、それは君の思いが足りなかったからだ。この世では成功の第一歩は諸君の意志に始まるのだ。全ては心の持ち方次第。一歩も走らずしてすでにレースの勝負は決まり、仕事を始める前、臆病者はすでに失敗している。望みが大きければ君は前進し、望みが小さければ君は脱落する。できると思えば必ず叶う。全ては心の持ち方次第。人生の勝利は常に強い者・速い者に輝くとは限らない。勝利は、勝利をつかもうとする意志と努力のある者に輝く。(中略) 人に勝ると思えば人に勝る。少年よ、常に高きを望め。常に自分の心を信じよ。勝利は必ず君のものとなる。(中略) 行く道は険しく、人生は厳しい。だが諸君は鉄のように強く逞しい。勝利を目指し死力を尽くして戦え。だがスポーツマンシップを忘れるな。諸君の旗を高く掲げて進め。ボックス・キャニオン・キャンプの少年たちよ。できる。やるのだ!やらねばならぬ!! 全ては心の持ち方次第だ」

 …あなたのハートには、何が残りましたか?

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 最後に。原作の方は、結末が異なります。ラストシーンでミリヲタリーダーが命と引き替えに勝利をつかむのは同じですし、どちらも1970年前後数年に大流行していた「アメリカン・ニューシネマ」に典型的な幕引きの仕方なのも同じですが、小説版の方はさらに、具体的なある1本の傑作ニューシネマと極めて酷似しているのです。原作のオチがこちら↓

「彼ら(ザ・シネマ注:残った5人)は運転席の窓から外に出された追っ手(ザ・シネマ注:リーダーのこと)の頭を見た、そして彼が叫ぶのを聞いた。

「ディング!(ザ・シネマ注:「ハミだし」のこと)ディング!さあ、ディング野郎、行こうぜ!」

 二頭の雄ウシが脱出の先頭を切った。塀の向こう側に出ると、断崖のへりぎりぎりのところで即座に旋回し、彼らの群れは割れた。半分は右へ、半分は左へ分かれ、群れはもともと自分たちが属していた合衆国の広大な空間の中に逃走していった。しかしトラックはまさに恐ろしいコースをとりつづけていた。

 彼らはぎょっとしてつまずくようにして走りながらそのあとを追った。ブレーキが効かなくなったのか、彼がブレーキなど無視したのか、あるいは(中略)断崖のへりを忘れてしまったのか、それとも、それがりっぱに果たされ、野牛も永遠に自由になったため、もはや輝かしい行為のことなどどうでもよくなった、ただそれだけのことか、彼らはいずれともわからなかった。トラックがまるで空に舞いあがるかのように高々と上昇してつっこみ、やがて見えなくなるその瞬間、たいまつのように燃え立つ彼の赤毛が彼らの目にちらっと止まった。それですべてだった。ただ、かすかなしかし金属と岩が激突するまぎれもない音が届いた。そして、すぐそのつぎの瞬間、その意味するところはなにかという意識が、まるで彼らもまた永久に自由にしてやるといわんばかりに、彼らの心臓を押しつぶしてきた。」

グレンドン・スワースアウト作,安達昭雄訳 (1979) 『世界動物文学全集7 黒馬物語/動物と子供たちの詩/私の友だちには尻尾がある』,講談社.


 リーダーが赤毛というのも映画版と違いますが、一番は、これは自殺ということなのか、とにかく全米ライフル協会に射殺されたわけではない、ということが最大の相違点です。


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 アメリカン・ニューシネマでは主人公は死ぬもの。お気楽バイカーコンビが田舎の保守的ヘイターに突然ショットガンぶっ放されて死亡とか、アベック強盗が警官隊に車ごと蜂の巣にされて死亡とか、強盗2人組が最後はボリビアの軍隊に包囲されやぶれかぶれ特攻に打って出て死亡とか、パトカー振り切ろうと猛スピードで車走らせ踏切ぶっちぎろうとして機関車に横から突っ込まれ爆死とか、ルームシェアしてる男娼とフロリダに行こうとしたダチの病弱ポン引きNY男が長距離バスの中でポックリ病死とか…。

 主人公の死をドラマチックには描かず、逆にむしろあっけなく、極めて唐突に描く。そしてその主人公はと言うと、普通の常識的範疇にはおさまらない、世間からは白い目で見られている“ハミ出し”キャラと、相場は決まっていました。

 どうしてそんなダメ人間が主人公の、救いのない結末の映画がやたらとウケたのか?自分たちアメリカ人がいかに簡単に死ぬか、ベトナム戦争でその嫌な現実をウンザリするほど見せつけられ、目を背けようにもニュースの方から付きまとってくる(ニュースから逃れるのって難しいですよね)。ヘイトクライムも頻発してヒドい世の中になりつつある。1970年前後はそんな時代だったからです。今ともちょっと通じる、“世界が崩れつつある感”、とでもいったような絶望的な雰囲気が満ち満ちていました。

 そんな狂った時代には、多数派でいつづける方がむしろおかしい。そこで何の疑問もなく器用に世渡りできる奴は人として最低だ。映画の主人公はマトモだからこそ逆に“ハミ出し”て浮いてしまっているアンチヒーローでなければなりませんでした。そして彼らは、映画の主人公であっても、ある大目的を持ったドラマチックな生(と死)などは与えられず、虫ケラみたいに簡単に、突然に死ぬ。人の命なんて安いんだ。なぜなら現実がそうだから、という一群の映画が作られたのです。嫌な現実を映画がさらに誇張してみせることで批判する、それがアメリカン・ニューシネマというムーブメントでした。

 ほら、『動物と子供たちの詩』って、アメリカン・ニューシネマそのものでしょう?中でもとりわけ、原作の方の結末と極めて酷似しているのが『バニシング・ポイント』です。

 アメリカのほぼド真ん中・コロラド州デンバーから西海岸サンフランシスコまで車を短時間で運搬する(自分で運転して納車しに行く)仕事を請け負ったフリーの運び屋コワルスキーが、猛スピードで1970年型ダッジ・ チャレンジャーを爆走させる。当然パトカー白バイ追いかけて来る。その制止を振り切り、次々と引き離しながら西部を横断する、という映画が『バニシング・ポイント』です。

 まず、西部の荒野が舞台になっているホコリっぽい見た目からして、『動物と子供たちの詩』と似ている。それとそのメインプロットの合間に、コワルスキーがこの挙に及ぶまでの様々な出来事が回想されていくという構造もまた、似ている。プロのレーサーとしての挫折、制服警官をやっていた頃に目撃した警察の腐敗、愛した女の死と、過ぎ去った幸福な日々、ベトナムでの戦争体験…個人的人生ドン詰まり感と、やっぱりここでも大きいのが、当時の“世界が崩れつつある感”です。

 戦争とヘイトに満ちた時代だったんだということを大前提として鑑賞する必要があります。『バニシング・ポイント』劇中では黒人キャラが白人レイシストにリンチされるシーンも出てきますが、それはあの時期、現実のアメリカ社会でも頻発していたことですし、さらには悪を退治する存在であってほしい警察も、実際はと言うと、平等を求める黒人たちに高圧放水する、ベトナム反戦デモ隊に催涙ガスを撃つ、学園紛争の大学生を警棒で殴りつける、といったことを全米各地でやっていたのです。そんな警察に「スピード違反だから停まれ」と命令されて、誰が停まるものかよ!悪はどっちだ!! という反骨精神は、当時の観客の思いと怒りを代弁するもので、自分でそれをする勇気は無くても映画の主人公にぐらいは期待したい、胸のすく痛快な生き様だったのです。

 ラスト、ブルドーザーで道をふさぎ停車させようと試みる警察の作戦に対し、コワルスキーはむしろ逆に、トップギアでアクセルを踏み込んでそのままブルドーザーの排土板に真っ正面から突っ込み、爆発!炎上!即死!そこで映画は終わります。ほら、『動物と子供たちの詩』原作の結末にソックリでしょう?

 他のニューシネマの主人公が割と不可抗力で命を落としている(射殺される、事故死、病死)のに対し、この走り屋コワルスキーと『動物と子供たちの詩』原作のミリヲタリーダーの2人は自ら死を選択している。とはいえ、これって自殺なのでしょうか?

 いや、自殺というか、この世界から“退場”したくなってしまった、ということなのでしょう。こんな醜い、腐った世の中になんか長居したくねえよ、オレ的栄光の頂点で、皆さんお先に失礼させていただきます、ということでしょうな。パトカーをまきにまいて、どんどんスピードを上げていき、そのスピードの頂点、反逆のピークで、この世から消えていなくなろう。または、可哀想なバッファローを逃して、自分も一緒に車で伴走し、その勢いのまま、壮挙の達成と同時に、この世から消えていなくなろう。これって、自殺というのとはちょっと違う気がします。一応“勝利”エンディングですから。


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 2017年の今ふたたび、“世界が崩れつつある感”が低く垂れ込めつつあるように感じているのは、ワタクシだけでしょうか?もし、残念ながらそうであるならば、そんな暗い世相を反映した、アメリカン・ニューシネマ的な映画が、また作られて流行るようになってもいいのではないか、と最近よく考えます。アメコミヒーロー映画、ワタクシも大好きです。ただ、ちょ~っと供給過多かなぁ、と思わないでもない。そして、今、我々が現実に直面している深刻な課題を考えると、ちょ~っと浮世離れしてないかなぁ、と感じなくもない。


 ヘイトと暴力が世にあふれ、権力者たちが我が物顔で振る舞い、少数者の声を圧殺する、そんな寒い時代に、その醜悪さを徹底的に批判し、自由や優しさを求めて挫折し死んでいく哀しき“ハミ出し”者たちの視点に寄り添った、そんなニューシネマチックな映画の2017年版最新傑作の登場を、ワタクシ、今か今かと待望いたしております。それは今日、映画に期待されている役割でしょう。

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文・作る人・食べる人/ザ・シネマ飯森盛良

写真/studio louise


 今週末『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』やりますので、キューバンサンドのレシピをここに公開します。


 映画チャンネルなのでレシピの前に一応あらすじから。

シェフ 三ツ星フードトラック始めました.jpg とあるレストランシェフ。売れる料理を作れとオーナーからプレッシャーかけられるんだけど、自分としてはもっと創造的でチャレンジングな料理に挑みたい。でもしぶしぶ売れ線料理を作ったところ有名料理評論家から「守りに入ってヲワコン確定」とか酷評され、キレてTwitterでケンカふっかけて炎上。クビに。で、裸一貫、中古トラックをフードトラックに改装し、元妻のゆかりの地であるキューバにインスピレーション受けてオレ流「キューバンサンド」を開発。南部からホームタウンのLA目指し、アメリカ横断でフードトラックをのんびり走らせながら、道すがらご当地グルメを喰い、それを仕事にフィードバックさせ、キューバンサンドを流しで売りつつ、ひと夏かけてあの評論家の待つ因縁のLAに戻る。

 という物語でして、ロードムービーですしグルメ映画ですが、テーマ的には「♪いいな、いいな、お仕事っていいな」という映画。「俺はなぁ、人間としてはそれは問題あるかもしれねえよ。でもなぁ、この仕事だけはなぁ、人生かけてやってんだよ!誰にも負けねえぞこの野郎!!」という、猛烈に燃えてくるCalling映画なのであります。

 この作品の解説番組プラチナ・シネマ トークはコチラ

 でこの映画、必然的にメッチャクチャ美味そうな食い物のオンパレードで、特にメインのキューバンサンドは、公開時に初めて見た時すぐ作りたくなって、その週末にはもう作ってましたからね。当時は食える店もありませんでしたし、今でもどこででも食えるという代物ではありません。今回で作るの3回目です。

 「日本人の口にも合うようにアレンジしました」は要らんお節介だと常々感じているワタクシ。本場の、現地人が食べているのと寸分違わぬものを食いたい!というのが料理に臨む時の基本姿勢。

 なのでこのレシピも、マーサ・スチュワートにかぶれたかなんかでPinterestにせっせとレシピ上げてる料理自慢のアメリカ人のオバチャンのレシピを、何人分かMIXして良いとこ採りしたものです。あちらの方は写真のセンス良くてPinterest見ていても飽きないんですよね。我が日本のクックパッドも見習いたいものです。

 ま、ジョン・ファヴローの味になっているかどうかはともかくとして、間違いなくアメリカの味ではあります。

 では、早速いってみましょう!


【材料】

キューバンサンドの材料.jpg
・豚ブロック(肩でもバラでも)

・ハム
・チーズ(ここだけオレ流アレンジ入れてまして、ひとクセ欲しくてゴルゴンゾーラに!普通はアメリカ料理なんだからホワイトチェダーとかが本当だと思います。常温で柔らかくしておくこと)
・生ローズマリー
・タマネギ1個
・ニンニク2片
・フランスパン(バタールとかバゲットとか。1本で2人分)

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

・ピクルス
・白ワイン
・イエローマスタード
・タバスコ ハラペーニョソース(お好みで)
・あと塩、胡椒、バター、油


【作り方】


[前日の準備] ローストポークの下ごしらえ。豚ブロックに切れ込みを深く薄く入れる。できるだけ薄く!この薄い肉を後で1枚ごと切り離してサンドの具として挟むので。そして、その切れ込みに生ローズマリーの大半(少し残しとく)とニンニク1片を薄くスライスしたものを差し込み、ラップで巻いて冷蔵庫で一晩寝かし肉に香りを移す。
[前日の準備].jpg

本番当日、まずはローストポークから。下ごしらえした肉に油を引いたフライパンAで強火で焦げ目を付け、付いたら横に取り置き、いったん火を消す。
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ある程度冷めたフライパンAに、タマネギざく切り、適当に切ったニンニクもう1片、残しておいたローズマリーを敷きつめ、その上からローストポークを置く。下の野菜類がひたひたになるまで1〜2cmほど白ワインを注ぎ、再点火して蓋をし中火〜弱火で煮詰めて1時間蒸し焼きに。

(タマネギは肉の臭み消しなので後で捨ててもいいが、ワタクシは付け合わせとして食べちゃう。ついでに【材料】外だけどジャガイモとかニンジンとかも適当に切ってブチ込んでおけば、豚脂とローズマリー香をまとった良い付け合わせになる。手間もかからないしね!)
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この1時間タイムの間にフランスパンをこのように切っておく。この1本で2人前。まず2等分にし、そのそれぞれを上下に切り分けて4分割する。その上下がサンドイッチの“上蓋”と“土台”に。
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1時間後、ローストポークの蒸し焼きが完了。ラスト10分は蓋を外して汁気を飛ばして。ローストポークは取り除けて冷まし、他の⑤以下の作業に取り掛かりつつ、手でさわれる程度に冷めたところでニンニクとローズマリーを雑に取り払い(多少残っていても一向に構わない。食べちゃえばいいんだから)、薄いスライスを活かしてそのまま1枚1枚に切り分ける。フライパンAに残ったタマネギ(とジャガイモ)は、後で再加熱するのでこのまま放置しておく。ただしローズマリーだけは廃棄処分。
④.jpg

4分割したパンの内側、白い色した切断面にバターを塗り、フライパンB強火でその面にこんがり焼き色をつける。「ダニエルさん、ワックス掛ける、ワックス取る」運動をしながら押し付けて。火傷に注意! 1分程度やれば十分。それを4つ全部にやり、やり終えたらフライパンBは即・冷ます(裏から水道の水を注げば一瞬で冷める)。そして上下に切り分けた下の方、“土台”となるパンの外側(茶色いパン皮の部分)つまり腹の部分にもバターを塗って、冷めたフライパンBの中央に置く。
⑤-1.jpg⑤-2.jpg⑤-3.jpg⑤-4.jpg

その“土台”の上に具材を乗せていく。下から順番に、
⑥.jpg

[最下層]チーズ…常温で柔らかくしておき、バターみたいに“土台”表面に塗りつける。これが溶けて糊のような役割を果たし具材を固定する。
[第2層]タバスコ ハラペーニョソースをお好みでチーズに垂らす。オレはドバドバいくが!
[第3層]ハム
[第4層]スライスしたピクルス(スライス・ハラペーニョでも美味そうだな。次回ためしてみよ)
[最上層]ローストポーク


 最後に“上蓋”の内側にイエローマスタードを塗る。これが“上蓋”の糊となって具材を固定する。その“上蓋”を具材の上からかぶせ、サンドイッチ状態に整える。
⑥マスタード.jpg

もう数ステップで完成だが、その前に。付け合わせのタマネギ等を入れっぱなしのまま放置しておいたフライパンAをここらで弱火にかけ直し、再加熱し始める。

一方のフライパンBも再び中火で熱し、ジュージューとサンドイッチ“土台”の腹に塗ったバターが溶ける音がし始めたら、写真ぐらいの大きさの、両側に取っ手のある(←これ重要!)鍋を使って、サンドイッチを真上から、ある程度の力をかけて90秒間圧し潰す!取っ手が片方しかないと力がかたよってサンドイッチが斜めにズレたりするので、くれぐれも左右均一に真上から力をかけて真下に向かって潰すこと。
⑧.jpg

バターの圧し揚げ焼きで“土台”がペッシャンコになるが、“上蓋”はバターを塗っていないのでまだフカフカで復元力がある。今度はその“上蓋”の屋根にもバターを塗り、フライ返しとトングを上手に使って上下ひっくり返し(糊でユルくくっ付いているとはいえ、サンドイッチがバラバラに分解しないよう細心の注意を!)、今度は“上蓋”がペッシャンコになるまで⑧と同じ作業をまた繰り返す。
⑨.jpg

 完成!フライパンA、フライパンBどちらも火を止め、皿に盛り付ける。フライパンAの付け合わせのタマネギ(とジャガイモ)にはお好みで塩コショウを。

 あとは、食うべし!
食うべし.jpg


【実食】

 んま〜い!バタくさいアメリカ〜ンな味が広がりますぞ。油っぽさを洗い流すため、この世にはビールという便利な飲み物がある。ビールにさっぱりライムも入れれば、こいつは実に最高だぜ!夏の料理って感じですなぁ!! レッツ・トライ!!!

実食.jpg ご覧のように、もとはバゲットだったものがここまでペッシャンコになり、食感はバリバリと煎餅のよう。バターの圧し揚げ焼きでパンが煎餅状態になっちゃうのです。これぞキューバンサンドの一大特徴でしょう。映画でもこうなっていますので目を凝らしてご覧ください。

 とはいえ、もとはと言えばバゲット半分。もしペシャンコになってなければサブウェイよりデカいサンドイッチになっていたはずです。しかも見た目が潰れたからといって具材の分量もカロリーも減ったわけではありませんから、食うと意外とお腹ふくれます。これ一個でビッグマックより全然食いごたえある。不肖ワタクシ42歳大の男、中肉中背若干の脂肪肝以外はいたって健康体でも、昼飯だったらこれ1個で十分です。

 あと、バゲットの切断面両側だけでなく、外側の屋根と下っ腹の部分、つまり全面にバターを贅沢に塗りたくりまくるという、「こんなもん喰ってたらロクな死に方はせんな…」の超弩級コッテリ料理で、そこにハムと肉をWで挟み込む、良くも悪くも実にアメリカン極まりない食い物なわけです。まぁ毎日食う奴はいないでしょうが各自健康にはご注意を。でも、ピクルス、ゴルゴンゾーラ、ハラペーニョソース、イエローマスタードと、けっこう刺激臭的なひとクセが強烈な“酸”系の材料を多用しているために、意外や意外、しつこかったりもたれたりする食後感はないんです。つまり、わりと“酸”の食材、特にピクルスが隠れたサッパリ系の助演となって、コッテリ感や油っぽさを抑えることで成立しているような料理でして、「ピクルス嫌いなんです、ピクルス抜きで」という人は、そもそもこの食い物は向いてないかもしれません。

 さてさて、食ってから見るか!? 見てから食うか!? 『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』は今週末7月1日(土)に字幕、2日(日)に吹き替えでの放送です。お見逃しなく!

 にしてもこの「男子、厨房に入って散らかす」シリーズにまさかの第2弾がこようとはね…。ちなみに第1弾「『暗い日曜日』に出てくる“ビーフロール”ことルラードを作る!」編はコチラ



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本年度オープニング新記録樹立!海外80か国でNO.1の大ヒット作品!
ヒュー・ジャックマンが全身全霊で演じる“最後のウルヴァリン”を描いたエモーショナルな傑作。

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ザ・シネマでは本作の監督であるジェームズ・マンゴールド監督にインタビューを敢行!

インタビュー動画はこちらです!!

本日公開の本作『LOGAN/ローガン』を映画ライターの尾崎一男氏が解説。必読です。


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西部劇の神話、そしてキャッシュの“声”

--『LOGAN/ローガン』とジェームズ・マンゴールド監督の作品世界

                                          映画ライター/尾崎一男


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 「なぜ、ここまで暗黒のディストピア(未来)を予測し、今回の作品を手がけたのか--?よく、そう訊かれることがある。でも自分にそんなつもりなど全くないんだ。何故ならば、あの映画で描いた世界は、今のアメリカの姿そのものだから」


 こう答えながら、取材に応じてくれたジェームズ・マンゴールド監督は苦い表情で笑った。そう、先の発言を強いられるほど、氏の最新作『LOGAN/ローガン』は、X-MENシリーズ、ひいてはマーベルのスーパーヒーロー映画史上、最も暗いトーンで真に迫った世界観を描いている。ミュータントの大半が死滅してしまった2029年の近未来。「人類とミュータントとの共存」を掲げてきたプロフェッサーX(パトリック・スチュワート)の理想は潰え、また彼の思いを実現させるべく戦いを続けてきたウルヴァリン/ローガン(ヒュー・ジャックマン)も、己の肉体の衰えによって、かつての力を失いつつあった。


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 だがローガンは、たとえその身が危ういものとなっても、再び戦いの場へと身を投じていく。自分と同じ能力を持ち、国家絡みの実験研究所から逃げてきた少女ローラ(ダフネ・キーン)を追っ手から救うためだ。敵が彼女を奪還する目的はただひとつ、人類が人工的に、戦争兵器用のミュータントを創り出そうとしていたのだ。

 あたかもトランプ現大統領の掲げる反グローバリズムが極みに達したかのような、排他的で不寛容な未来社会。監督の「映画で描いた世界は、今のアメリカの姿そのもの」という冒頭の言葉は、まさしくそれを指し示している。

 だからこそ、こうした世界にノーを突きつける者の姿が、映画の中になくてはならない--。と言わんばかりに監督は、その意志を過去の自作において雄弁に語ってきている。



 そう、これまでに氏が手がけてきたヒーロー映画は、どの作品も満身創痍の英雄像に迫ってきた。フィルモグラフィの初期にあたる『コップランド』(97)では、シルベスター・スタローン演じる中年保安官が、汚職のはびこるコップランド(警察の居住区)で正義を貫こうとする。そして2007年の『3時10分、決断のとき』では、無法者を刑務所行きの汽車まで護送する任を負った、そんな牧場主(クリスチャン・ベール)の意志の戦いを描いている。

 監督はそんな『3時10分、決断のとき』に限らず、自作に通底するヒーロー像はどれも「西部劇の神話」に基づくものだと語る。

 「ヒュー(・ジャックマン)自身は今回のローガンを、クリント・イーストウッドの『許されざる者』(92)の主人公マニーのようなキャラ付けを想定していた。そこに僕も共感を覚えたし、西部劇にこの物語を重ねてはどうだろうかと考えた。そこで本作を、時代の趨勢に押し流されそうになる、滅びゆく老兵のレクイエムにしたんだ」

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 『LOGAN/ローガン』という作品を成立させるうえで、西部劇が太い支柱となっていることは、劇中で明確な意思表示がなされている。流れ者のガンマンと村の少年との友情を描いた、ジョージ・スティーヴンス監督のクラシック西部劇『シェーン』(53)からの引用だ。

 「『シェーン』の物語は『LOGAN/ローガン』と深い共通点がある。ローガンは正義のために、多くの人を傷つけてきた。それはシェーン(アラン・ラッド)も同様で、彼もまた戦いの果てに、人を傷つけてきた過去を持つ。そこで彼は少年に「人を殺してしまったら、もう後に戻ることはできない」と言い、どんなに正義のために暴力をふるっても、自分の行為を正当化できないことを彼に伝える。これがすなわち『LOGAN/ローガン』のテーマを大きく包含していると感じ、引用したんだ」


 このように、監督はローガンの戦う行為を賞賛の対象とはしていない。近年、マーベルやDCなどのスーパーヒーロー映画では、彼らの活躍の背後で都市破壊などの人身被害が及んでいることに言及し、正義の有りように一石を投じている。それと同様に本作もまた、正義を遂行するためのバイオレンスの是否を問い、その回答と結論をローラというキャラクターに委ねている。

 「今までの人生を研究所の中でしか送ったことがないローラが、父親代わりともいえるローガンと行動を共にし、別れを告げなくてはならない局面で何を言うべきなのか?作家としてどういった言葉を彼女に話させるのかを考えたとき、先のシェーンの言葉がヒントになるのでは?と思った。『LOGAN/ローガン』において『シェーン』の引用は単なるトリビュートではなく、完全に作品の一部だといっていい」

 

 また『LOGAN/ローガン』を構成するそうした引用は『シェーン』だけにとどまらない。本作のエンドクレジットに流れる歌は、カントリーミュージックの巨人ジョニー・キャッシュの遺作「The Man Comes Around」。ある男に黙示録の啓示が告げられるさまを綴ったこの曲は、教官とかつての弟子である殺人鬼との宿命的な戦いを描いた『ハンテッド』(03・監督/ウィリアム・フリードキン)や、死者が蘇って生者を襲う黙示録的ゾンビ映画『ドーン・オブ・ザ・デッド』(04・監督/ザック・スナイダー)にも用いられている。

 だがマンゴールドにとってキャッシュとの関わりは、歌詞が意味するところよりもさらに深い。なぜなら彼はキャッシュの伝記を原作とした『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(05)を手がけており、その選曲は自作との密接なリンクを図るものに思える。だが実際に話を訊いてみると、どうやら真意は別のところにあったようだ。最後にその言葉をもって、『LOGAN/ローガン』を未見の方が劇場へと足を運ぶフックとしたい。


 「わたしが『ウォーク・ザ・ライン』の脚本を書いていたころ、キャッシュは存命で(2003年に死去)、彼に話をうかがう機会があった。そのときの会話の中で強く憶えているのが、彼が少年時代に好きだった映画が『フランケンシュタイン』(31)だったことだ。同作に登場する怪物は、人間の悪い部分によって作られたモンスターであり、そこに彼は強く共感を覚えていた。ローガンもまた人間の手によって殺人能力を強化された、生まれながらの悪運を抱えてしまった存在だ。そこに共通点を見いだし、最後にキャッシュの歌を使った。なによりも、ローガンの声とジョニーの声は、とても似ているんだ。だからエンドクレジットのキャッシュの歌は、ローガン自身の叫びだと解釈してくれてかまわない。この映画の示すものが、より深く観る者の胸を突くだろう」


  ……そう、ローガンが放つ鉤爪の、渾身の一撃のように。


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Logan_JAPAN_Launch 1Sheet_3MB.jpgLOGAN/ローガン

6月1日(木) 全国ロードショー!
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation
配給:20世紀フォックス映画

公式サイトはこちら















洋画専門チャンネル ザ・シネマの編成部スタッフが、1人1本、きわめて個人的にオススメしたい作品をご紹介!


青いドレスの女.jpg見ごたえありすぎ!絶対みるべき。


青いドレスの女


【6月放送日はこちらでチェック!】


© 1995 TriStar Pictures, Inc. All Rights Reserved.



私立探偵イージー・ローリンズを描くウォルター・モズレイの超人気ハードボイルド小説を映画化。主演はデンゼル・ワシントン、製作総指揮は『羊たちの沈黙』の名監督ジョナサン・デミ、ヒロインを演じるのは『フラッシュ・ダンス』のジェニファー・ビールス。

1995年製作のこの映画、見ごたえがあって実に面白い。物語のはじめでは、主人公の人柄や置かれた状況、いよいよ事件に巻き込まれる様が、適度な緊張感を保ちながらもじっくりと描かれ、あっという間に引き込まれてしまう。さらに、事件の鍵を握る女が一体どれほどの女なのか否が応でも期待が高まる中、ついに登場する“青いドレスの女”ジェニファー・ビールスの神々しい美しさときたら。

最近の映画ってものすごくカットが短い上に、展開がとにかく早い。勢いに任せて見せられてしまう感じがあって、面白かったとしてもすぐに忘れてしまうことが多いような気がしている。そんな折、偶然出逢った本作は、私の中で何日も何週間も、ずっといい後味を残している。6月のザ・シネマで、是非ご覧下さい。


【キャロル】


動物と子供たちの詩.jpgサマーキャンプ映画-エロ要素+ニューシネマ風味=こいつはコドモ映画のドえらい傑作ですぞ!


動物と子供たちの詩


6月放送日はこちらでチェック!


© 1971, renewed 1999 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.



冒頭、動物のマネ(動態模写)する少年達が全米ライフル協会みたいな銃好きの連中に射殺される。何これ?と思ったら夢だった。サマーキャンプでバンガローが同室の少年達。全員が落ちこぼれ。キャンプ場を抜け出し“何か”をしようと“どこか”を目指し夜間旅立つ。時おりフラッシュバックする、各人が抱える複雑な家庭の事情エピソードと、そして動物が射殺される謎のインサート映像…何これ?本作、ロードムービーでありサマーキャンプ映画であり少年達のひと夏の冒険映画なのだが…その先に待ち受ける衝撃の結末とは!? そこで冒頭の夢、殺される動物、すべてが最後に繋がり…ってスタンドバイミー越えてるじゃんコレ!見終わった後もカーペンターズの同名テーマ曲が切なく耳に残る。


【飯森盛良】

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