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生には、行きつけにしている煙草店がある。常連客の紳士たちが燻らせる、葉巻やパイプの馥郁たる紫煙たゆたう店内には、一葉の映画のスチールが飾られている。それは煙草店には似合いの、あの人物のポートレートだ。

 

 インバネス・コートに鳥撃ち帽スタイルで、トレードマークのパイプを軽く手に持ち佇んでいる。そう、名探偵シャーロック・ホームズである。扮するは、英国の名優マイケル・ケイン。

 

 「もしホームズが実在したなら、まさにこういう風貌だったに違いない」と確信させるに足る、泰然たる雰囲気。飄々とした軽さの裏に秘めた貫禄。流石はマイケル・ケインと言うべきだろう。本場の英国紳士でなければこの存在感は出せまい。

 

 ただしこのスチール、確かにシャーロック・ホームズ映画のものに間違いないのだが、かなり異色のホームズものだと言える。

 

 1988年製作のこの作品でケイン演じるホームズは、頭を使って物を考えるのが大の苦手、エールかスコッチをあおって四六時中グデングデンか、女の尻を追いかけるだけのお調子者のダメ男、という設定。ホームズの正体は、天才探偵の“フリ”をしている、しがない俳優なのだ。

 

 逆に、実はあの愛すべき助手・ワトソン君こそが、明哲なる推理力の持ち主ということに本作ではなっている。演じるのは、『ガンジー』で1982年のアカデミー主演男優賞に輝く名優、ベン・キングズレーである。

 

 このワトソン君、地味な灰色の中年男で、まるで華というものがない。そこで落ち目の役者を雇って“シャーロック・ホームズ”なる天才を演じさせ、その華やかなカリスマ性と派手なパフォーマンスを通じて、一般大衆やスコットランド・ヤードの耳目を集め、自らの推理を広く世間に訴えて、大英帝国を揺るがす数々の事件を解決しているのである。

 

 要するにこの映画では、ワトソンが黒幕で、我らがホームズは完全にコメディ・リリーフなのだ。そこで本作につけられた邦題が『迷探偵シャーロック・ホームズ/最後の冒険』である。“名”ではなくて“迷”探偵なのでお間違いなく。

 

 そんなマヌケ版ホームズの写真を見て「これぞイメージ通りのホームズ像だ!」と早合点したなら、あの煙草店に通う日本の愛煙家紳士諸兄は、本場の英国紳士マイケル・ケインの放つ存在感によって、それこそ煙に巻かれたのだ、としか言い様がない。

 

 いや、実はケインは本場の英国紳士などではない。そこらへんにゴロゴロいる普通の庶民の出なのである。ケインを典型的な門閥のジェントルマンだと思い込んでいる多くの人が、劇中のロンドンっ子同様、俳優ケインの打つ芝居にまんまと騙されている、と言うのが正しい。

 

 さて、映画は、手柄を全てホームズに持っていかれる現状に不満を抱くワトソン君と、小うるさいお目付け役ワトソン君のせいで窮屈な思いを強いられているホームズ、それぞれ堪忍袋の緒が切れて、コンビ解散に踏み切るところから、話を起こしていく。

 

 そして、互いの利益のために、最後にもう一度だけ渋々コンビを再結成し、協力して難事件に挑むさまが描かれていくのである。

 

 ケインとキングズレー、名優2人が凸凹コンビに扮し、美しいクイーン・イングリッシュ(この場合のクイーンはエリザベス女王ではなくヴィクトリア女王だが)で繰り広げる、ユーモラスな掛け合い。それは耳にも心地好い、なんとも上質な演技合戦である。

 

 また、この作品はもちろんコメディである訳だが、アメリカ映画のそれのような所謂「お馬鹿コメディ」とはかなり毛色が違っており、下品さというものがキレイに排されている。

 

 上品な英国流の笑いの層で、推理サスペンスという骨子を幾重にもコーティングした、格調高い喜劇。であると同時に、難解な要素は一片も存在しない、単純明快なエンターテインメント。本作は見事にそうした映画に仕上がっている。

 

 そしてエピローグでは「腐れ縁という名の友情の再確認」という気持ちの良い感動要素まで用意され、サブタイトル「最後の冒険」の「最後」の意味も明らかになって、正味1時間47分、この映画の幕はすがすがしく下りていくのである。

 

 個人的には、そうとう好きな部類に入る作品だ。7月のザ・シネマの隠れた必見作として、皆様にこの場で是非ともお薦めしておきたい。

 

て最後に、小生もホームズを気取って、名(迷?)推理をひとつ披露させていただこうかと思うので、ご用とお急ぎでない方は終いまでお付き合い願えれば幸いである。

 

 本作でも、ホームズのトレードマークと言えば、あのパイプである。しかし、これは“らしく”見えるようにと、三文役者ホームズが衣装箱から引っ張り出してきたか、あるいは、ワトソン君がホームズに持つよう入れ知恵した、単なる“小道具”にすぎず、ホームズは普段はパイプを常喫していない、と小生は推理する。

 

 ホームズのパイプだが、実は、一般的な種類のものではない。一般的なタイプは木の球根(のようなもの)から削り出されているが、ホームズ愛用のタイプは「キャラバッシュ」というヒョウタンの一種から作られている。胴の部分がヒョウタンで、タバコ葉を詰める穴がうがたれた頭の部分は「海泡石」という白い軽石で出来ている。サイズも普通のタイプより一回り大振りだ。

 

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 このキャラバッシュ、使い込むほどに色が変わってくる点が、普通のパイプと異なる特徴である。

 

 一般にパイプというものは、吸っている最中に、ヤニで茶色味を帯びた微量の水分が、葉を詰めた穴の底に溜まってくる。キャラバッシュ・パイプの場合、この茶色い水が胴のヒョウタン部分に染み込むことによって、色が内側から濃くなってくる。

 

 同時に、白い海泡石の頭の部分も、ヘビースモーカーのヤニっ歯のように、長く使っていると煙で黄ばんでくる。

 

 ヤニっ歯と違い、キャラバッシュ・パイプの胴と頭の黄ばみは「琥珀色に輝く」とか「アメ色の光を放つ」などと表現され、むしろ美しいものと愛煙家の世界では見なされる。そのため、祖父から父へ、そして孫へと、一族の男子が代を重ね受け継いできた年代物のキャラバッシュほど、色が深まり価値も高まる、と斯界では言われてきたぐらいだ。

 

 そこで本作におけるホームズ所有のキャラバッシュを見てみると、これが、まったく色づいていないのである。新品おろしたてのように頭の海泡石の部分は真っ白。ボディーのヒョウタン部分の色からも、深み、年季、重厚感といったものがまるで感じられない。

 

 ゆえに、ホームズがこのパイプを日常的には愛用していないことが一目瞭然であり、記者や警察のお歴々、ファンや野次馬の前に姿を現す時のみ、カッコつけとコケ脅し目的でふかしているのだろう、との推理が成り立つのである。

 

 本物の名探偵なら、カッコつけはともかくコケ脅しは不要だ。すなわち、この点さえ突き崩せれば、ホームズが天才のフリをしたニセ名探偵であることまで看破するのも、せいぜい“パイプ三服分”程度の難しさのはずだ。

 

 小道具と言えど手抜きは命取りである。ロンドンの蚤の市かどこかで、使い込まれた骨董キャラバッシュを見つけてくるべきだった。

 

 小生ごとき映画チャンネルの一介の編成マンに見破られるようでは、ワトソン&ホームズのコンビも、まだまだである。

 

【7月放送日】 1日20日

 

(聴濤斎帆遊)

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