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は、ヒトラー暗殺未遂事件と、それに続くクーデターを描いた、ミリタリー・サスペンス映画である。

 主人公、トム・クルーズ扮演のドイツ軍将校フォン・シュタウフェンベルク大佐は、独裁者ヒトラーを殺し、ヒトラー政権を転覆させるという、いわば“善なるテロ”の実行犯であり、かつ、首謀者でもあった。

 同大佐は当時、国内予備軍に所属していた。

 国内予備軍とは、兵員補充、将兵の教育と訓練、師団の再編成などを任務とする、ドイツ陸軍の国内部隊である。

 前年、彼はアフリカ戦線で負傷。片目・片腕を失った。そのため復帰後は、前線ではなく内地の国内予備軍に配属され、有能な軍人であったため、後に参謀長という要職に就いた。

 国内予備軍参謀長。新たな師団編成について、ヒトラーに直接報告する立場である。しかもその際、身体障害を理由に、ボディチェックを例外的に免除されていた。

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 ヒトラーを殺そうと思えば殺せる距離まで容易に近づける立場にあったのだ。ゆえに、シュタウフェンベルク大佐は暗殺の実行犯となった。

 東部の森林地帯、総統大本営において。シュタウフェンベルクはヒトラーの足元に時限爆弾を置く。だが、それは爆発こそしたが、ヒトラーに軽傷を負わせたに過ぎなかった。

 そう。結末を書くようだが、このヒトラー暗殺計画は、失敗に終わる。

 当たり前である。ヒトラーは1945年4月末にベルリンの地下壕で自決したのであって、この映画の時点、1944年の7月に暗殺されたのでないことは、周知の事実である(史実を完全に無視し、映画の中でヒトラーを好きなようにブチ殺すことが許されている映画作家は、タランティーノぐらいだろう)。


が。第三帝国のいちばん長い日は、まだ始まったばかりであった。

 国内予備軍にはもうひとつ、重要な任務が与えられていた。国内の治安維持である。そのための極秘作戦こそ、「ワルキューレ」に他ならない。

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 「ワルキューレ」とは、ドイツ国内で反乱・暴動が発生した場合、それを速やかに鎮圧するための作戦である。

 つまり、本来の「ワルキューレ」は、ナチス政権の政治権力と、アドルフ・ヒトラー個人の生命とを守るためのオペレーションだったのである。

 東部の総統大本営から飛行機で帝都ベルリンに戻ってきたフォン・シュタウフェンベルクは、「ワルキューレ作戦」を発動させる。

 ヒトラー総統が暗殺された!(生死の情報が入り乱れ、ベルリンは大パニックに陥っていた) これはクーデターだ!と、ひとごとのように騒ぎまくり、その“クーデター”を鎮定するという名目で、かねてからの手筈どおり、国内予備軍は「ワルキューレ作戦」にのっとって行動を開始。まさしくマッチポンプ、自作自演である。

 そして、ヒトラー暗殺をもくろんだ“叛逆者”として、ナチ党の上層部やナチス親衛隊を根こそぎ逮捕する!

 もちろん、逆に、こちらの方こそが、本当の“クーデター”なのだ!

 誇大妄想と軍事冒険主義の果てに、近隣諸国を次々と侵しまわり、そこで当然のように市民生活を営んでいた無辜のユダヤ人を理由もなく虐げ、強制的に隔離・収容し、そうしておいて面倒を見きれなくなると、今度は老人から幼児まで何百万人もを殺処分した、ナチス政権。

 結果、永久に消えぬ汚名を祖国に着せ、世界中から袋叩きにされる羽目に陥れた、その亡国の政府首脳陣と、そうした一連の国家テロの尖兵を務めた親衛隊を、この際、一網打尽にするのだ。それも、ドイツ人自らの手によって!

 「ワルキューレ作戦」は国内予備軍によって遂行される。その参謀長が本作の主人公シュタウフェンベルク大佐である。ゆえに彼は、このクーデターの首謀者でもあったのだ。


『ワルキューレ』という作品が、極めて映画的な魅力を放ちだすのは、むしろ暗殺計画が失敗し、後半、このクーデターのパートに入ってからだろう。

 我ながら見たことも聞いたこともない言葉で恐縮だが、仮に、映画に「クーデター・サスペンス」というジャンルがあるとするなら、本作の後半は、紛れもなくその「クーデター・サスペンス」として展開していく。

 圧倒的と言っていいスリルとテンポで、ブライアン・シンガー監督は、陰謀と謀略の緊張の只中に、見る者をグイグイと引きずり込んでいく。

   手に汗握る“ヒソヒソ声の密談”!
   固唾を呑む“電話でのやりとり”!
   息詰まる“テレタイプ命令”!

 実に地味である。だが驚くべきことに、撮影用火薬とCGを多様したアクション・シーンよりも、はるかに緊迫感に富んだサスペンスを、基本、これだけのアイテムで、巧みに描いてみせるのだ。

 映画の結末をさらに記すようでもあるが、結局のところ、このクーデターも、わずか1日で失敗に終わる。ヒトラーと彼の政権とその暴力装置は、なお半年以上も生き長らえ、その間、ユダヤ人をはじめとした無辜の人々から、さらに天文学的な数の犠牲が払われ続けたのであった。

 ヒトラー一味の末路は、ドイツ映画界自身が描いた、実録調戦争歴史映画の掛け値なしの傑作、『ヒトラー 〜最期の12日間〜』に詳しい。本作を見た後でそちらも必見である。


れにしても。ブライアン・シンガーである。『X-メン』や『スーパーマン リターンズ』などの印象から、いわゆる、“そうした作品の監督”であると、レッテルを貼っていたが(いや、そうした作品も小生は大好きではあるのだが…)、彼の才能はそれだけにとどまらないことが、本作で改めて証明された。

 『ユージュアル・サスペクツ』の時の、「何だか物凄いような才能が現れたぞ!」という、あの、映画ファンという因果な人種の日常に、ごく稀に訪れることのある、戦慄にも似た幸福な興奮が、十何年かぶりによみがえり、我知らず、今回も胴震いを発していた小生であった。

 『日本のいちばん長い日』、『パワープレイ』、『皇帝のいない八月』、そしてアニメ『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(と、その原点のOVAパトレイバー「二課の一番長い日 前・後編」もだが)…「クーデター・サスペンス」映画の歴史に、最新の、そして最高の傑作が加わった。


© 2008 United Artists Production Finance LLC.

(聴濤斎帆遊)

足ながら。

 タランティーノが、『イングロリアス・バスターズ』で、「ドイツ兵同士が平気で英語で会話をし、米兵とも英語で普通にコミュニケーションするような従来のハリウッド映画、あれは変だ」といったようなことを言っていたように記憶する。

 同作でタランティーノは、ドイツ人にはドイツ語を、フランス人にはフランス語をしゃべらせ、ドイツ人がフランス人と話す際「言葉が通じないから」と、ごく自然に英語をしゃべらせ始めた。うまい脚本だ。そう何度もは使えない手だが。

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 『ワルキューレ』は全編英語だが、ハリウッド・スター(あまつさえ、あの、アメリカ人特有の“ニカっ”としたビッグ・スマイルをトレードマークにしているトム・クルーズ!)がドイツの軍人貴族に扮し、英語で会話することの違和感を少しでも軽減するべく、こちらも一工夫を凝らしている。

 冒頭、映画の題名ロゴがドイツ語で「Walküre(ヴァルキューレ)」とあらわれ、それを打ち消すように英語の「Valkyrie(ヴァルキリー)」というロゴがワイプインしてくる。

 トム・クルーズは映画冒頭のみドイツ語を話す。そのセリフの上に英語セリフが薄っすらとかぶり、次第に英語の音量の方が大きくなり、ついに、ドイツ語の音は英語によって完全にかき消されてしまう。

 つまりは、トム・クルーズがドイツ国防軍のM36将校服をまとい、英語でドイツ貴族を演じることの違和感を減らすエクスキューズのための一手間である訳だが、こうした工夫、作り手の創意を、小生は高く評価したい。

 映画とは、そうした創意工夫の積み重ねによって、年々進化していくべきものである。『イングロリアス・バスターズ』と『ワルキューレ』の登場により、少なくとも今日の映画は、タランティーノが言う「ドイツ兵同士が平気で英語で会話をするような一昔前のハリウッド映画」の段階から、成長を遂げたのだ。

 進化し成長することをやめた時、映画の“伝統芸能”化が始まる。そして終いには、一部のディレッタントや好事家の賞翫物になってしまうことだろう。それはもはや、エンタテインメントとは呼べない。我々の物でもない。

 ゆえに、上で述べたような、良く言って“工夫”、悪く言えば“小細工”であったとしても、基本的に小生はそれをポジティヴに評価したいと思っている。

 さて、2011年の映画は、我々に、どのような進化と成長を見せてくれるだろうか。映画ファンという因果な人種にとって、それこそが、毎年の大いなる愉しみなのである。

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