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世界中が待ち望んだ!ナ・ホンジン監督待望の最新作。3月11日(土)公開『哭声/コクソン』の日本最速プレミア上映会が1月24日(木)に行われました!


5年3ヶ月ぶりの来日となるナ・ホンジン監督と、日本を代表する俳優であり、本作では「よそ者」という謎の男で作品を引っ張る國村隼さんのQ&Aのコーナーを(ほぼ)全文レポートさせて頂きます!

※ネタバレを含む部分があります!該当部分には警告がございますので

注意の上ご一読頂ければ幸いです!!


ザ・シネマでは3月、ナ・ホンジン監督の過去作『哀しき獣』と哭声/コクソン』でもその演技で深い印象を残す、韓国映画界の大スター、ファン・ジョンミンが人気を不動のものにした『新しき世界』を特集放送。哭声/コクソン』公開連動特集もお見逃しなく!

また、本作のチケットプレゼントも絶賛実施中です!!

公式サイトはこちら








pic_1701_03_2.jpgプレミア上映会&ティーチイン

日時:1月24日(火)
場所:シネマート新宿





司会:
では、ナ・ホンジン監督、5年3か月ぶりの来日となります。

國村さんもいらっしゃっています。さっそくお呼びしようと思います。

『哭声/コクソン』から、國村隼さん、そしてナ・ホンジン監督です。

拍手でお迎えください。


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ではまず、お二人にご挨拶を頂戴したいと思います。

まず國村さんからお願いします。


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國村隼(以下、國村):
こんばんは。今日は本当にありがとうございます。映画をご覧になった後のお客さんの前に出てくると、ほんとにちょっとドキドキしますが、ちょっとホッとしました(笑)。

この日本で、一番最初にこの『哭声/コクソン』をご覧になって下さった皆さんです。本当にもう嬉しくて、嬉しくて、皆さんお一人お一人をハグしたい気がします。今日は本当にありがとうございます!


ナ・ホンジン監督(以下、監督):
こんばんは、ナ・ホンジンです。お会いできて嬉しいです。
足を運んで頂き誠にありがとうございます。映画の上映時間が結構長かったと思うのですが、お待ち頂き本当にありがとうございます。トイレとかは大丈夫でしょうか(笑)?

シナリオから6年くらいをかけて作った映画なのですが、皆さんにお見せできるこの時間を迎える事ができて、本当に嬉しく思います。この後のQ&Aの時間もベストを尽くして挑みますので、よろしくお願い致します。


司会:
ありがとうございます。
では、お二人には(椅子に)おかけ頂いてお答えいただこうと思います。
今日は立ち見のお客様もいらっしゃいます。ではさっそくいきましょうか。


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素晴らしい映画を有難うございました。すでにリドリー・スコット監督の製作会社からリメイクのオファーが入ったとの事ですが、韓国サイドの代表の方が「この題材を撮れるのはナ・ホンジン以外いない」と明言されたとお聞きしました。もし、監督にハリウッドからリメイクのオファーが来たら、もう一度本作を撮ろうと思われますか?その場合、また國村さんを起用されますでしょうか?また、國村さんはハリウッドからリメイクのオファーがもし入ったらどうされますか?
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監督IMG_4380.jpg監督:
スコット・フリー(スコット・フリー・プロダクションズ※リドリー・スコットの製作会社)から連絡があったという事は聞きました。でも、対応の方が「演出できるのはナ・ホンジンしかいない」と冗談半分で言ったのだと思います。でも自分に要請が来たとしても、リメイク版を演出するつもりはありません。

でも隼さんはこの映画に重要な方なので、必ず必要になると思います。ですのでオススメしたいと思います(笑)。


國村:
あの…。オススメされてもやはり、ナ・ホンジンがメガホンを取らないのであれば、私もやることは多分ないんじゃないかと思います(笑)。


監督:
では両方ともしないということにします(笑)。


司会:
ここでやんわりお断わりが入りましたね(笑)。


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これまでのナ・ホンジン監督の過去作『チェイサー』や『哀しき獣』は、どちらかというと社会派サスペンスの様な作品だったと思いますが、本作はどちらかというと、ちょっと表現しにくいのですが「オカルト」の様な印象です。どちら(の作風)が監督が嗜好されていた作品、作りたいと思うものだったのでしょうか?教えて頂きたいと思います。

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監督:
この『哭声/コクソン』という映画は、前2作を撮った後に、もう少し自分らしく、自由に、やりたい様に作りたいという意欲が昂ぶった時に作った作品なので、自分のスタイルのままに作った、ありのままに作った、よりやりたいものに近い作品だと思います。

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今回、監督が國村さんを起用された理由は何でしょうか?日本では非常にベテランの俳優さんで、悪役から非常に良い方の役まで演じてらっしゃいますが、一番の決め手は何だったのでしょうか?それと國村さんは、ナ・ホンジン監督の現場で一番印象に残っている事はなんでしょうか?

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監督:
シナリオが出来上がった時に、日本人の俳優が必要だということになり、國村さんと同年代の俳優さんを沢山調べました。既に國村さんという存在を存じ上げておりましたし、ずっと尊敬し続けていた俳優さんであったのですが、(探す過程で國村さんの)全作品を集中して見続けているうちに、ある特徴に気づきました。それはカットごとに自分の演技だけで既に編集され尽くされている様な演技をされるなぁという事でした。カットの中で、自由に演技をされているところが、とても素晴らしいと思ったのです。

で、この『哭声/コクソン』の中で、(國村さん演じる)「よそ者」という役は、お客さんに「この人物ってどういう存在なんだ?」という疑問を投げかける、とても重要な存在なんですね。その役をやり遂げるのはやはり隼さんしかいない、國村さんしかいないという確信を持って、日本に来てオファーをさせて頂きました。

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國村:
最初にオファーを頂いて、彼の前作『チェイサー』と『哀しき獣』そしてもちろん(本作の)脚本を読ませて頂き、もうその段階で「このナ・ホンジンという人はとんでもない才能だな」と実感していました。いざ、現場に入り一緒に撮影をしていく中で、最初に思っていた以上に「この人はもう才能のカタマリがそのまま人の形をしている様な人だな」と感じました。

というのは、現場でテイクを撮っていくんですが、この人はなかなか終わらないんです。1つテイクをとり終わった後、最初の基本のビジョンから新たにどんどんイメージが湧いていくタイプの方で、その自分の中で膨らむイメージを、「もっともっと」と、テイクを重ねる、という様な事がありました。

ただ、むやみやたらに重ねるのではないんです。自分の中のイメージの膨らみ、その膨らみこそがすごい才能だと思います。それを現場で目の当たりにして、やっぱり想像以上にすごい人だと、そういう風に思いました。

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昨年、ソウルで『哭声/コクソン』を観させて頂きました。朝一で観たんですが、その日一日ブルーな気持ちになってしまいました(笑)。方言が難しくてあまり理解ができていなかったのですが、今日改めて拝見してさらにブルーになりました(笑)

私は、ファン・ジョンミンさんのファンなのですが、國村さんは、現場でどの様なお話しをされましたでしょうか?何かエピソードがあれば教えて頂きたいです。

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國村:
ファンさんとは、画面の上でやり合ったりする事はなかったので、撮影の現場を一緒に過ごした事はあまりないのですが、その少ない中でも、彼はやっぱり、韓国の役者さんってみんなそうなんですが、映画の世界に来るまでにものすごく色々なスキルを重ねてらっしゃる。彼もまた、学生時代に演劇というものを始めて、それからこの世界に入り、映画の世界に行くまで様々な経験を重ねてらっしゃった様です。だから当然のごとく、経済的にもとても苦労した、という様な話しを、「ああ、なんかその辺は日本の役者の事情と非常に似ていて面白いな。一緒なんだな。」と思って。もちろんファンでいらっしゃるので、ご存知だと思いますが、韓国の大スターでらっしゃいます。けれども全然驕るところのない方で、本当に色々なキャラクターを演じられます。今回の役も明らかですが、どこかにファンさん自身の、物事に対する真摯な人柄みたいなものがちょこっ、ちょこっと出てくる。そのまんまの人です。あの人は。はい。


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ナ・ホンジン監督は、キャスティングに関して何か基準があれば教えて頂きたいと思います。

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監督:

一番その役にふさわしい(正しい)という役者さんを選びます。(出演する)それぞれの俳優さん達のバランスというのも一番注意する部分の1つです。それぐらいが自分の原則と言えるところです。

先ほどのファン・ジョンミンさんのエピソードに関して補足を入れさせて頂きますが、國村さんとファン・ジョンミンさんが映画の中で実際会うシーンは「ない」と言っても過言ではありません。もともとワンシーンだけ二人が会うシーンがあったのですが、それすら自分が編集の過程でカットしたので、映画の中で二人が会うシーンは無かったと思います。








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キム・ヨンソク(『チェイサー』主演)さんが、「甲板の上から飛び込みさせられたが、そのシーンがあまり映っていなかった」という様な事をおっしゃっていましたが、監督は國村さんの事をソンセンニム(先生)とお呼びになるほど尊敬されていらっしゃる様です。目上の方に結構無理な事をお願いするのは大変じゃなかったのかな?と思いました(笑)。韓国では年上の方に敬意を払われるので、裸にしてしまったり、結構いろんな事を、國村さんにさせてらっしゃるので(笑)。國村さんもそういう大変なシーンについては、どの様に思われているか教えて下さい(笑)。

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監督:
本当に申し訳なかったと思っております(笑)。ただ、シナリオがそういう風に出来上がっていたので、自分としてもどうしようもなかった、というほかありません。大変な思いをされるシーンが多かったことについては、撮影以外のところでなんとかケアをする為に、最善を尽くしたつもりであります。自分なりに頑張りました(笑)。今でも申し訳なかったと思っています。もしこの映画が日本で良い成績を残せなかったら、自分自身になんと言ったらよいかわかりませんが、良い結果を残せたらいいなと思っております。撮影を通して、沢山の事を、國村さんから学び、驚き、感嘆する事が多くありました。またそういった撮影の過程を通して、さらに尊敬し、大好きになりました。謝罪と感謝の気持ちをこの場でまた、述べさせて頂きたいと思います。

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國村:
なんか気恥ずかしいですね(笑)。

私もまさに監督が今おっしゃった様に、台本の中でもう、「こういう事をしなければいけない」という事が予め分かっていたので、それを理解した上でオファーを受けました。ただ一番引っかかったのは、「あれ?俺、ひょとして、このカメラの前ですっぽんぽんになることなんて出来るのかな?」という事でしたが、「この『哭声/コクソン』という作品の世界観はすごいな、そして、この男の役を僕以外の人がやっているのを見たくないな」、という気持ちが正直なところで、「観客の皆さんのご迷惑になる様なものを晒す事になっても、やってみよう」と思った次第です。ですから、監督に「ひどいことをさせられてる!」という意識は全くありませんでした。あくまで自覚的にその世界に自分から飛び込んだということです。


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韓国で賞もとられて、テレビで観ていてとても嬉しかったです!これからもご活躍をお祈りしております!
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國村:
ありがとうございます。

                    <場内拍手>


IMG_4367.jpg司会:
ちなみに個人的にお聞きしたいのですが、ふんどし…姿じゃないですか?


國村:
あ、言い忘れました!最初の脚本はすっぽんぽんだったんです!


司会:
発案は國村さんからされたんですか?


國村:
いえいえ。やっぱり韓国にも映倫に相当する様な組織があるらしく、やっぱりそらーまずかろうという(笑)それで「日本でいったらなんだ?」という事で、「そらふんどしだろう」と。劇中で、あるおじさんが「おむつ」って言ってますけど、多分見まがうという事もあったんでしょうね(笑)

司会:
それじゃあ、日本で言ったら「ふんどし」だろうということで、あのセリフも付け加えられたんでしょうね。


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素晴らしい映画を有難うございました。監督に質問なんですが、この映画は観る側の想像に委ねる部分が沢山あると思います。監督の中で、國村さんが演じられた役については、細かい設定等は考えてあるのでしょうか?また、國村さんに質問なのですが、今回の役について、國村さんなりの解釈や背景は設定されて役作りをされたのでしょうか?
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監督:
映画を通して(國村さん演じる)「よそ者」はずっと観客に質問を投げかけ続ける立場にあります。これは映画そのものが観客に質問を投げかけるという設定なんですが、映画を観終えた方にもまだなお「「よそ者」をどう思いますか?」とずっと質問を投げかけ続ける映画であります。この「よそ者」というキャラクターはとても重要なのですが、その理由として、劇中の他の登場人物たちの「よそ者」に対する考えがどんどんどんどん変わってくるんです。「よそ者」に対するイメージが固まらない。まとまらないものが、まとまりつつある映画なんですが、その解釈が一人一人違うんですね。だから、「たった一つの解釈で定義するものではない」というのがこの映画の特徴であります。なので、自分自身もキャラクターを一言で定義することはできません。観客の皆さんがどんな解釈をしていようが、全ての解釈が合っていると、自分は思っています。この映画は観客の皆さんが自分で整理して完成させる。そういう映画であることを期待しております。


國村:
「その男」をやるにあたって私が考えた事を申し上げます。良く言われる「役作り」という様なアプローチは機能しない、もっと言えばご覧になってわかる様に、★★★★★★★★ここからネタバレを含みますので、本編をご覧になる前の方は絶対にお読みにならないで下さい!!★★★★ネタバレ★★★★ネタバレ★★★★ネタバレ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


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あれは実在するものでないかもしれない。つまり、人でもなければ、何かのエネルギー体なのか、本当に存在するのか?確かな事は、「この男を見た」という奴の「噂」の中に、あの男がいるということです。最後、イサムという牧師の若者が、自分が見ている目の前の存在に、「お前はどう思う?」と逆に聞かれた時に、「お前は悪魔だ」と言った途端、すっとそこに悪魔として現れる。存在しているのかどうかもわからない、そういうイメージなんですね。ですから、その存在自体が本当に有るのかどうかも分からないものを、どう作ろう、なんてことは全く無理な話しであって、無理やり1つ何かを言葉を与え、自分の実感を伴ったイメージを与えようとした時に、このお話しの中で、あのキャラクターの「存在意義」というか「役割」というのは一体なんだろう?と。そこからアプローチした方がいいかなと思いました。


例えばですが、コクソンという片田舎の小さな町のコミュニティを池に例えて、そこにぽんっと放り込まれた、異物としての石ころ。その石ころが、ぽんっと池に投げ込まれる事によって起こる波紋。みたいなものだと。つまり無理やりに「(その男とは)なんだ?」と言われると、「池に投げ込まれる石」かもしれない。そんな事を注意しました。


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こんにちは。最後までドキドキする映画で、でもその中に笑いの要素もあり、そこが救いで良かったです。キャスティングも皆さん素晴らしかったですが、監督と國村さんから見た、現場でのチョン・ウヒさんの印象をお聞かせください。
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國村:
彼女も若いですが、舞台からの経験を積んで、素養をきっちりと身に付け、女優さんとして本当にクオリティが高いなと思いました。何より彼女は例えば「ムミョン」というキャラクターを自分がどういう風に捉えているかも含め、それをきちんと言葉にして喋る事ができる。やっぱり若いけどクオリティの高い女優さんである、というのが僕の印象です。

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監督:
たくさんの女優さんがオーディションを受けた中で、チョン・ウヒさんを選んだ理由というのは、彼女が最適な女優さんだからです。外部から見えるものではなく、その方が持つ『技』という面で、ものすごい力を感じました。私はこの役には「見せる力」があってほしいな、と思っていました。その理由としましては、2時間半の上映時間の中、全ての登場人物のバックグラウンドにあるものは「コクソン」という地名なんですが、その「コクソン」という地域の中に存在する、「神」というものを直接描写することはしなかったんです。しかし、観客に、無意識的に「神」という存在を感じさせる様な描写をしたかった。「神」を描写する手段としては、BGMや後ろの背景、時間や天気の変化を通して、観客にも届くのではないかと思っていました。チョン・ウヒさんを通して皆さんに伝えたかったんです。出演の場面もセリフも少ないのですが、映画の緊張を持続させる力がある役者が必要だと思っていたので、彼女を選びました。また現場では、すごくかわいらしい、妹の様な存在で、映画をご覧になった方はお分かりになると思いますが、期待以上にパワフルな演技をして下さいました。


司会:
監督がなぜキャスティングも含めて、天気にそんなにこだわっていたのか、今の答えでもわかりました。
「神」を感じさせるという。

お時間の方が来てしまいましたので、公開は3/11なのですが、最速で観て頂いた皆さんにご挨拶を頂ければと思います。


國村:
今日は本当にいらしていただいてありがとうございます。ほんとは最初に聞こうと思っていたのですが、どうでした?


                      <場内拍手>


ああ、良かった!!楽しんで頂けたなら本当に良かったと思います!

で、ここからはお願いでございます。この『哭声/コクソン』という映画は今までには無かった映画だと思います。カテゴライズできない映画。映画の新たな楽しみ方が、この『哭声/コクソン』だと思います。ぜひお友達にこういう体験をさせてみたい、と思った方はお友達とまた一緒に観に来て下さいね。今日はありがとうございました!


監督:
監督としての未練というのはあると思うのですが、この『哭声/コクソン』を作り上げた後に、「一抹の未練もない!」と言い切れます。ナ・ホンジンという監督の全てを注ぎ込んだ、未練が残らない作品と言えます。どんな評価を皆さんから頂こうが、それを全部受け止める所存であります。そんなナ・ホンジンという監督が6年をかけて全てを注ぎ込んで作った映画なので、周りのお友達に、「こういう監督が6年もかかって作った映画」だとお伝え下さい。長い間ご一緒頂きありがとうございました!

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司会:
ということで、ナ・ホンジン監督、國村隼さん、もう一度大きな拍手でお見送り下さい。ありがとうございました!!

数日前にこの作品拝見して、どこか喉につかえたものがあったのですが、皆さんの質問、そしてお二人の回答によって、半分くらいは自分の中で咀嚼できたかなと思いました。そんな映画体験をさせてくれる作品というのは、今の上映作品の中でも珍しいと思います。3月11日公開ですが、公開後も応援して頂ければ幸いです。本日はご来場本当にありがとうございました。気を付けてお帰り下さい。

<終了>


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監督:ナ・ホンジン
出演:クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒ
2016年/韓国/シネマスコープ/DCP5.1ch/156分
©2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION
配給:クロックワークス

公式サイト:http://kokuson.com/
公式Twitter:@ kokuson_movie
公式Facebook:https://www.facebook.com/kokuson0311

2017年3月11日、シネマート新宿他にて公開

①のコピー.png11/23(水・祝)公開「ハリー・ポッター」新シリーズファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅にあわせ、主演を務めたエディ・レッドメイン、キャサリン・ウォーターストン、アリソン・スドル、ダン・フォグラー、デイビッド・イェーツ監督、プロデューサーのデイビッド・ヘイマンが来日。11/21(月)六本木ヒルズアリーナで開催されたジャパンプレミア、そして22(火)スぺシャル・ファン・ナイト、11/23(水・祝)初日舞台挨拶と3日間連続で集まったファンの前に登場。会場は大勢のファンたちの大歓声に包まれました。


今回、この「ジャパンプレミア」と「スペシャル・ファン・ナイト」の取材にザ・シネマ特派員もち米が行って参りました!「行きたかった!」そんな皆様のために、スペシャル動画写真付レポートで当日の会場の熱気と感動をお届けできたなら幸いです。




11/21(月) ジャパンプレミア≫ ★*.

降り注ぐ雨も、真冬並みの冷たい風も一瞬で吹き飛ばす声が会場にこだましました。


                           「ルーモス!」(光を灯す呪文)


画像3.jpg集まったファンの掛け声で、会場は美しくブルーにライトアップ!遂に、エディ・レッドメインらキャストたちがレッドカーペットに登場しました。「I love you!」「Eddie!」割れんばかりの大歓声の中、傘を片手に登場したのは本作の主人公ニュート・スキャマンダー役のエディ・レッドメイン。

見てください、この姿。雨の中でも絵になる!まさに水も滴るいい男。気品溢れる佇まいに、穏やかな笑顔。さすが、英国紳士。寒空の下、この瞬間を待ちわびていた大勢のファン1人1人の元へと歩み寄り、丁寧にサインするファン想いな姿に会場のファンはもちろん、シャッターを切っていた筆者も思わずうっとりしてしまいました。




キャサリンのコピー.png続いて登場したのは、アメリカ魔法省に務めるティナを演じたキャサリン。

スクリーンで見るよりも、更にスラリと背が高く、美しい!ドレスの上にコートを羽織って登場されたのですが、生まれてこの方、あんなにロングコートの似合う美女を見たことはありません・・!

凛としたオーラが素敵でした。







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最後に登場したのはティナの妹クィニー役のアリソン・スドル。

そして、本作のメインキャラクター4人の中で唯一の「ノーマジ」(いわゆる“マグル”)のジェイコブを演じたダン・フォグラー。

天使のようなニコニコ笑顔のアリソンに、シャッターを切りながら思わず「可愛い!」と叫んでしまった筆者なのでした(笑)。思わず釣られてしまう屈託のない笑顔はずっと見ていたくなるほど超キュート!

そして、ユーモアたっぷりにファン達を盛り上げ一緒に写真撮影に臨むのはダン。映画の中からそのまま出てきたような優しいダンの周りには、笑顔が広がっていました☺










こうして、会場にさっそく笑顔の“魔法”をかけたキャスト一行が次に向かったのは…メインステージ。そこへニュートさながらトランク片手に登場したのは、本作の宣伝大使を務めるDAIGOさん。

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そっとトランクをステージの中央に置くと煙が立ちこみ…

トランクの中からエディが再び登場!映画の世界さながらの粋な演出に会場は割れんばかりの大歓声!背後の扉に向けて「アロホモーラ!(開け)」とエディが唱えると次々にキャストが登場!大熱狂のステージの模様はこちらの➡動画でチェックしてみてくださいね✔

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11/22(火) スペシャル・ファン・ナイト≫ ★*.


前日のジャパン・プレミアの興奮冷めやらぬままザ・シネマ特派員もち米が次に向かったのは、ファンとキャストたちが交流できるという、夢の「スペシャル・ファン・ナイト」!

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グリフィンドールやハッフルパフ、「ハリー・ポッター」の寮生に扮する方から、ドビーのお面をかぶった方まで、思い思いの「ハリー・ポッター愛」に溢れたコスチュームで集った色とりどりのファンで会場はいっぱい。大歓声の中、満を持して登場したエディらも、ファンの姿を見るなり大興奮!「こんな熱い応援があるからこそ、次への映画の閃きが生まれます」とデイビット・イェーツ監督からも感謝の言葉が。



キャストたちが、会場のファンからの質問に直接答えるQ&Aコーナーでは、「お子さんにかけたい魔法は?」、「日本のどんな所に魅力を感じましたか?」、「ニュートのトランクに入ったら中で何をしてみたいですか?」など、粋な質問が。そして3人の回答が、これまたとっても素敵なんです☺ なかでもアリソンの回答には日本人として、思わずうるりと来てしまいましたよ・・・詳しくは是非、動画で見てみて下さいね!



イベントもいよいよ終盤になると、キャスト自らが賞品を手渡しする夢の様くじ引きタイム!さらに、写真撮影ではキャスト自らがファンたちに駆け寄り、ハグするという感動的なシーンも。見ていて思わず目頭が熱くなりました。なんて暖かな光景!ファンの皆様にとって、きっと一生忘れらない1日になったことでしょう☺

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こうして、笑いあり!涙あり!の熱い、熱いスペシャル・ファン・ナイトは惜しまれつつ幕を閉じました。ファンの皆さんの真っ直ぐな情熱を間近で見ていて、「ハリー・ポッター」がこの世界にかけた魔法の美しさに改めて感動。同時に、「映画」が大勢の人を結びつけることの素晴らしさも改めて感じる2日間でした!



『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』は、間違いなく今年観るべき1本!新しい魔法の始まりを、ぜひぜひ映画館で目撃してください☺ 座席で仰け反ってしまうほどの迫力の映像はファンタスティックな魔法世界に連れて行ってくれるでしょう!★*。<特派員☺もち米>

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SOS_sub7.jpg この夏から全国順次公開されるアニメーション『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は、日本ではまだあまり知られてはいないアイルランドのアニメーション監督の第2作だ。劇場長編デビュー作である前作は日本未公開。それでもこの監督とその最新作には、今回、日本人なら誰もが注目しておかなければならない。理由は、監督トム・ムーアと彼が創設したアニメ制作会社カートゥーン・サルーンが“ポスト・スタジオジブリ”と評されているからだ。その評判が本物だということは、2作しかない監督作がどちらもアカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされていることで証明できる。

 宮崎駿は引退した。一方のハリウッド勢、ピクサー&ディズニー、対するドリームワークスのアニメはここ十何年間か、実写も及ばないような映画の質的高みに昇りつめており、ユニバーサルもソニーも負けておらず、1作ごとに驚かされ泣かされている。だがいずれも宮さんが抜けた穴を埋めるような活躍ではない。たしかに素晴らしい傑作が矢継ぎ早に送り出されてはいるが、宮崎アニメの魅力は、それとは全く別のものだったからだ。

 だがついに、ポスト宮崎駿が西の果てアイルランドから出現したというのである。それほどの監督のデビュー作が未公開で、2作目にしてようやく、字幕だけでなく吹き替えでも公開されると決まったというのだから、これは観ないわけにはいかない!

 監督にインタビューするチャンスを得て、この機会に一日本人観客として迫りたかったのは、「何がどう“ポスト・ジブリ”なのか!?」という点だ。だが、そのインタビューに入る前に、まず今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』のあらすじを紹介しておこう。

SOS_sub6.jpg【ストーリー】
海辺の灯台の家で、幼いベンはお父さんお母さんと暮らしていました。ベンは大好きなお母さんから「あなたは世界一のお兄ちゃんになるわ」と褒められて、赤ちゃんが産まれてくるその日を楽しみにしていました。優しくて物知りなお母さんはベンにたくさんのお話や歌を教えてくれます。巨人のマクリルと愛犬の物語や、アザラシの妖精セルキーが歌うと妖精が家に戻れる不思議な伝説、古い言葉で綴られる美しい歌など……。

ある晩、ベンはお母さんに海の歌が聞こえる貝の笛をもらいました。うれしくて、笛を大事に抱いて眠りについたのでしたが、目を覚ますとお母さんの姿がありません! お母さんは赤ちゃんを残して、海へ消えたのです。それから今も、ベンとお父さんの心は傷ついたまま。お母さんがいなくなったのは妹・シアーシャのせいだと思っているベンは、ついつい彼女に意地悪をしてしまうのでした。

SOS_sub2.jpg6年がすぎて、今日はお母さんの命日でもある、シアーシャの誕生日。町からお祝いにやってきたおばあちゃんは、いまだに喋らない彼女が心配でたまらないようです。その夜、シアーシャは美しく不思議な光に導かれ、お父さんが隠していたセルキーのコートを見つけ、海へ入ってしまいました。悲劇の再来を恐れたお父さんはコートを海へ投げ捨ててしまい、おばあちゃんは嫌がる兄妹を町へ連れて行くのでした。町はハロウィンでお祭り騒ぎ。居心地の悪いおばあちゃんの家から抜け出した兄妹は、愛犬クーとお父さんが待つ家へ向かいます。そんなふたりの後を妖精・ディーナシーの3人組が追いかけます。彼らはシアーシャがセルキーだと気づき、フクロウ魔女のマカとその手下のフクロウたちのせいで石にされた妖精を元通りにしてほしいと頼んできたのです。その時、4羽のフクロウがシアーシャに襲いかかり、ディーナシーたちの感情を吸い取って石に変えてしまいました。その場は逃げ切ったふたりでしたが、ベンが目を離した隙にシアーシャがいなくなってしまいました。妹を探すうちにベンは語り部の精霊・シャナキーから、マカの歪んだ愛情が妖精の国と妹の命を消しつつあると教えられます。マカの魔力に勝てるのはセルキーの歌だけ。それもハロウィンの夜が明けるまでに歌わないと、すべてが消えるというのです。ベンは、妹と妖精たちを救えるのでしょうか!?


SOS_sub4.jpg 今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』、映像がとにかく美しい。絵本が動いているような絵は、写実的なジブリというよりむしろ、デフォルメされた可愛いキャラデザととことんデザイン化された美術から、『まんが日本昔ばなし』とつい世代的にはたとえたくなってしまう。ケルト音楽バンドのKiLAによる音楽が、この絵本調の映像世界をよりいっそうフォークロリックに引き立てる。

 「ジブリっぽい」というのは、そうした見た目上の表面的な部分ではなく、もっと深い、作品の魂の部分をさして言っているように個人的には感じられたが、そのことにはおいおい触れるとして、まずは監督に直接お礼を伝えたい。




本当に美しかったです!ありがとうございました。映画を観てこんなに「きれい!」と思えたのは何年かぶりです。今回、今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』と、デビュー作『ブレンダンとケルズの秘密』も拝見しましたが、有名な絵画へのオマージュを幾つか発見したような気がしています。パウル・クレーとかクリムトとか。当たっていますか?

監督:全くその通り!当たってます。

クリムトっぽいと感じたのは、今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』にも前作にも美術の中に多用されている、渦巻き模様を見た時です。渦巻きのクルクルっと蔓が伸びるような動きを見ていてそう感じたのですが、あそこまで渦巻きにこだわって、繰り返し何度も何度も描いているのは、いったいどういう理由からなのでしょう?

SOS_sub1.jpg監督:渦巻きや螺旋、それに幾つか重ねた円。それらはケルト人に先立つ太古の時代のピクト人*01たちが遺した装飾なのです。ピクト文化というのは、アイルランドやスコットランドに大昔あった石の文化ですね。私の映画ではイメージ作りのため、そうした古代のデザインを取り入れています。大昔の文化と現代の芸術をつなぐということは、この映画で達成しようとしている試みにとって大変に重要でして、劇中、神話や民話のキャラクターと人間のキャラクター、2人の異なるキャラクターを、そっくりの顔に描いたり声優にも1人2役やってもらっていたり、リンクさせているのですが、それも同じ狙いからです。この映画は、古い民話の中に私たちの芸術を見出すことはできるか?私たちの真実を民話の中に見つけることはできるか?そこにチャレンジしようとしています。古い民話を現代の観客のために描き直す、解釈し直す、ということに挑みたかったのです。

*01…今のイギリスのスコットランド辺りにいた先住民族。アイルランド人やスコットランド人、ウェールズ人の祖でもあるケルト民族の一派ともされるが、言語系統が不明で、ケルト系ではない可能性もあり、謎が多い。

 そういうわけで、ピクト人が遺した様々なイメージ、石に刻まれた模様などを、アートディレクターのエイドリアン・ミリガウに見せた時です。彼が「これはパウル・クレーやカンディンスキーだ!」と言った。それらの現代美術も古代のデザインから引用していたんですね。

古代のデザインを現代美術の巨匠たちが引用し、その絵画と、そもそもの古代のデザインを、あなたは作品にさらに引用して、古代と現代をつなげる、ということを試みているわけですね。しかし、なぜ古代と現代をつなぐことがあなたにとってそこまで重要なのですか?

監督:アイルランドでは95年から07年まで「ケルトの虎」と呼ばれる高度成長期があったのですが、その時に不安を覚えたからです。昔ながらの風景を残さず、その上に舗装道路を作ろうとしたりショッピングモールを建てようとしたり。社会の表層、上の層が塗り変えられていくのと同時に、その下の層にある、いにしえの文化までもが忘れ去られようとしている。そのことに危機感を募らせたのです。

東京も同じですね。日本で高度成長というと戦後の1960年代だったのですが、我々日本人は、監督の仰る“下のレイヤー”まで東京をメチャクチャに掘り返してしまって、もう原状回復はとても無理そうです。江戸の町を思わせる遺構も文化も今ではほとんど残っておらず、残念でなりません。ダブリンはどうでしょう?原状回復できそうですか?もう手遅れですか?

SOS_sub8.jpg監督:私は、ダブリンの中心街のどこにでも、古い時代の遺跡やその名残りみたいなものが今でも残っていると感じますね。ところで、自分はとてもラッキーだったと思っているのですが、私はキャリアの中で2つの時代を経験しているんですよ。お金はいっぱいあるけれども価値観がなかなか思う方向に行かない時代と、あまり経済は良くないけれども、その中でも芸術を大事にしていこうという時代です。まず、スタジオを99年に設立したので、当時は好景気でしたから政府の助成を受けながら映画作りを始めることができました。やがて08年にバブルが崩壊すると、今度は、経済が危機的状況でも芸術は大切なのか?という課題に取り組むことになったのです。「ケルトの虎」が崩壊したこの経済危機の時にアイルランドが直面したのは、物質文明から脱却するにはどうしたらいいのか、という大きな課題でした。この時に人々の考え方は大きく変わりましたね。失いかけていたものを思い出し、それを大切にしようと考えるようになった。幸か不幸かアイルランドの経済成長期は先進国の中でも遅くやってきた方なので、古いライフスタイルを守っていったり蘇らせたりできる選択肢が、その時点でも私たちには残されていたのです。しかし、一方で私は、古くからの文化というものは消そうと思ったってそう簡単に消え去るものではないとも思っていますが。私たちの世界観の中にあまりにも深く、物の見方として根付いてしまっているからです。例えば音楽ですね。

今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』の音楽を担当しているKiLAのケルティッシュ・サウンドがまさにそれですね。日本では何年か前に「トイレの神様」という曲が流行ったのですが、おばあちゃんの訓えで「トイレには神様がいるからいつも清潔にしておきなさい」といった歌でした。日本には八百万の神がいると言われています。トイレにまでいる。田舎に行くと道路脇に『千と千尋の神隠し』の冒頭に出てきたような石の祠や道祖神が、今でもそこらじゅうに建っています。宗教として信仰しているというほどのことはなくても、たとえばその祠を蹴り倒したりするのは、とても罪悪感を覚える、バチが当たったって不思議はない、と、ちょっと畏怖する程度には今でも誰もが信じています。アイルランドではどうなのでしょう?今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』も民話の妖精たちがたくさん出てくる物語ですし、日本でも“妖精の国アイルランド”といったイメージを、貴国や欧米文化に少し詳しい人ならば抱いていますけれども、そうしたイメージ通りなのでしょうか?

SOS_sub5.jpg監督:私の祖母の世代はトゥアハ・デ・ダナーン(Tuatha Dé Danann)*02やディーナ・シー(daoine sídhe)*03の存在を本気で信じていましたね。カトリックを信じるのと同時に妖精の存在も100%信じていて、教会に行くかたわら妖精にもお供え物をしていた。その信仰はアニミズム*04的な色合いが濃くて、自然や大地への尊敬、あるいは畏怖というものを祖母たちは持っていました。

*02…アイルランド・ケルト神話に出てくる神族。現在アイルランドに暮らす人間のケルト民族との戦いに敗れたこの神々は、塚の奥底深くや海の彼方へと逃れ隠れて暮らすようになり、キリスト教が伝来してからは体も小さく縮んで妖精(sídhe)に落魄してしまった。
*03…02の神々のなれのはての妖精(sídhe)のこと。今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』にも、主人公兄妹を不思議な冒険に導くキーキャラクターとして、3人の老ディーナ・シーが登場する。
*04…「精霊信仰」のこと。原始宗教の特徴とされる。例えば日本の“山の神”、“川の神”、“滝や奇岩を御神体として拝む”、“古道具に魂が宿る”といった信仰は典型的なアニミズム。


 今、アイルランドもまるでアメリカの一角みたいな風景に変わりつつある中で、祖母たちのような時代は永遠に過ぎ去ろうとしている。ですが、例えば先ほどあなたが言っていた流行歌とか、そういった形でもいいので、新しい信仰の形、文字通りの信仰ではないし呪術的なものでもないけれど、そうした新しい信仰のあり方を通して、アニミズムへの思いや“何かを尊重する”ということを、現代の世代は受け入れ、引き継いでいけるのではないかと考えています。


 アイルランドにエディ・レニハンという現代のシャナキー(Seanchaí)*05がいるのですが、彼が「フェアリー・ツリー」と呼ばれている1本の樹を守る運動をしていたことがありました。自分の体を樹にくくりつけ、樹を倒して道路を作ろうとしている人たちに抵抗したのです。その運動のおかげで樹は倒されず道路が樹の周りを二手に迂回して作られることになったのですが、ある時私は彼に「その樹が本当に妖精の樹だと信じていたのか?」と聞いてみたことがあるんです。すると「いや、そうは言わない。だが私にこの樹の言い伝えを聞かせてくれた人は確かにそう信じていた。樹を守る理由としてはそれで十分じゃないか」と言うのです。妖精を信じる/信じないではなく“何かを尊重する”という態度の問題なのだと私は考えています。


*05…アイルランド・ケルト人の語り部のこと。古代、ケルト人は氏族の歴史と掟を明文化せず、それらを語り部の暗唱に頼った。したがってシャナキーは氏族社会において尊敬された。現代においてはアイルランドの口承文学・伝統芸能とみなされている。


SOS_sub9.jpg私事で恐縮ですが、うちの近所に敷地が凹型の家がありまして、へこんだところには『となりのトトロ』に出てくるような大樹が生えており、おそらく御神木か何かで切れなかったんだろうと思うのです。貴国と日本は考え方が似ていますね。今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』に出てくるセルキーの伝説も、もともとは、アザラシは毛皮を脱ぐと中身が美女で、毛皮を人間の男に隠され結婚させられるが、何年かして毛皮を見つけ出してアザラシに戻り、子供を残して海へと帰ってしまうという話だと本で読みました。これも、日本の天女の羽衣伝説にあまりにもソックリで、ビックリしています。
ところで、今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』で主人公兄妹を引き取って都会に連れて行く、ちょっと偏屈そうなおばあちゃん。家中にキリストの聖画とか十字架とかを掛けていましたが、あのキャラクターだけとても宗教色強く描いている意図は?

トム・ムーア.jpg監督:特にそういう意図では描いていません。むしろ、カトリックがアイルランド中で広く信仰されていると描こうとしていますよ。例えば、子供たちがバス停でバスに乗り込むシーンでは、あれは停留所が教会の前だったでしょう。そしてバスを降りたところから歩くと聖なる泉にたどり着きますが、そこの祠にはマリア様の像がたくさん飾られている。歴史的には聖母信仰やキリスト教は、その前のアニミズムの様々な女神たちの信仰に覆いかぶさるようにして信じられていったのです。この映画の中でも、聖なる泉の祠のシーンでは、入るとすぐにキリスト教の文化があって、そこから先、奥へ奥へ、地下へと降りていくと、深い所は偶像崇拝の異教的な世界が広がっており、そこを主人公は進んでいくことになるわけです。

2つの宗教や異文化が混ざり合う「シンクレティズム」ですね。日本でも、例の八百万の神というのを信じるアニミズム的な土着の神道と、外来の仏教という2つの宗教があって、その2つは歴史的に「神仏習合」とか「本地垂迹」とかいった混淆現象をよく起こしています。

監督:面白いですねえ。ちなみにアイルランドには聖人崇拝があります。全員キリスト教の聖人ということになってはいますが、もともとはケルトの神々だったのです。昔の神の性格を引き継ぎながらも、キリスト教の聖人として新たにフィクションとして作られたのではないかと私は考えています。あと、アイルランドと言えばセント・パトリックス・デーが有名でしょう?シンボルマークが三ッ葉のクローバーで、それはキリスト教の三位一体に由来すると一般的には信じられていますが、もっともっと古い時代の名残りではないかという説もあるのです。聖パトリック*06以前から、先史時代から、アイルランドには三位一体信仰があって、3人の女神を信仰していたとも言われているのです。私の考えでは、ある宗教が入ってきて何かを乗っ取ってしまうのではなく、土着の信仰と融合して現地化していく信仰のあり方が一番うまくいくと思います。

*06…アイルランドにキリスト教を布教したとされる聖人。その命日がセント・パトリックス・デーで、本国のみならずアメリカなどでもアイルランド系移民(および全然関係のない異民族異人種)によって祝われ、映画の中でもしばしば描かれる。


今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』で物語のメインとなるのはハロウィンの1日ですが、ハロウィンも、土着の古代ケルトの祭りが後に外来のキリスト教と混じり合ったシンクレティズムの顕著な例ですね。



SOS_sub3.jpg監督:その通りです。ハロウィンはケルトの言葉では「サウィン(Samhain)」と呼ばれていましたが、ケルト暦では1年間でもっとも重要な日だとされていました。現実世界とそうでない世界、この2つの世界を隔てる壁がとても薄くなる日です。ディーナ・シーたちがそのままの姿で歩き回っても怪しまれない日なんてハロウィンだけです。ヒントを得たのは『E.T.』です。ほら、思い出してみてください、あの映画でも子供たちがETを連れて外に出るのはハロウィンだったでしょう?あと個人的な話ですが、忘れもしない87年の出来事で、当時私は10歳でしたけれど、ハロウィンの晩に大嵐が来たことがあって、私と妹はとても怖がったのですが、そんな時、母が「この風はシェイダン・シー(séideán-sídhe)という、妖精が家に帰る時に吹く風なんだよ」と教えてくれました。あのシーンは『E.T.』だけでなくそんな子供時代の思い出からも着想を得ているんです。今作のクライマックスには、主人公たちが家に無事たどり着けるように先導してくれる2頭の犬の精霊が出てきますが、あの犬は風が形をとっているという設定です。なので、駆け抜けていくところを、つむじ風として表現していて、民家の戸板を吹き飛ばしたりする。風とハロウィンが結びついているのは、極めて個人的な私自身の思い出から来ているんですよ」



 今作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(と前作)を見て、インタビューも終えた今、大いなる疑問であった、この監督と彼の制作会社の「何がどう“ポスト・ジブリ”なのか!?」が解ったような気がする。

 ジブリ、というか宮崎駿は、主に『となりのトトロ』、『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』の3作品で、埼玉の鎮守の杜にそびえるクスノキの大樹や、粗大ゴミが不法投棄される川に今も神はいて、さかのぼって(と言ってもたかだか500年ほど前の)戦国時代の深い森には荒ぶる神々がおり、森を切り開く人間どもと生存競争をくりひろげていた、ということを描き、20世紀を生きていた当時の我々に見せつけた。そうやって日本のあまねく一般大衆に、日本はアニミズム息づく神の国なのだという事実を再発見させたのである。この世ならざる巨木や奇岩の前に立つ時、条件反射的かつ生理的に畏怖の念を覚え、それに神性すら認めてしまう我々としては、大いに納得がいったものだった。あの感覚を実感として生々しく感じた覚えのある我々日本人の前に、宮崎アニメは民俗学的説得力、宗教社会学的リアリティをもって提示され、この国には、目にはさやかに見えねども、八百万の神がいるのだと、あらためて信じさせてくれたのである。「このへんないきものは、まだ日本にいるのです。たぶん。」とはよく言ったものだ。だがいつか、マックロクロスケことススワタリのように(彼らもまた言うまでもなく神様だ)居づらくなったからとコッソリ出て行かれたりしないよう、我々日本人はこれからも、トトロ神やニギハヤミコハクヌシにお供え物を絶やさず、その神域をいつも清め(トイレの神様にそうするように)、お祀りしなければならないのである。

 続いては、世界がニッポンを再発見する番だった。一方で仏教といういわゆる“高等”宗教(または普遍宗教)を持ちながら、あわせて、このような古代からの宗教観(いわゆる“原始”宗教または民族宗教)も持っている日本人。それが、その精神構造のままで、当時世界第2位の経済大国にまで昇りおおせている。最先端のテクノロジーを使い倒している。その現実の、途方とてつもないギャップたるや!ファミコンを作り『AKIRA』を作り半導体を作り低燃費高性能な自動車を作りながら、同時に、クスノキの神や川の神を信じてもいる日本民族。宮崎アニメは世界にその超絶ギャップも再発見させ、激しくギャップ萌えさせたのだった。なんと摩訶不思議な民族なのだろう、日本人という連中は!

 トム・ムーア監督とカートゥーン・サルーン社の作品を観ると、あの当時と同じ発見がある、驚きが蘇る、ということなのだろう。確かに“ポスト・スタジオジブリ”である。ジブリに、とりわけ宮崎アニメに、なかんずく『トトロ』、『もののけ』、『千と千尋』の3本の偉大さに、極めて近いところまで迫っている、と強く感じさせる魅力がある。

 カトリックという普遍宗教を奉じながら、太古の神々のなれのはてである妖精たちの存在を今なお心のどこかで信じているアイルランドの人々。そんな精神風土の過去と現在をつないで作品に描くアニメ作家の出現に、世界は再び驚嘆し、映画的な幸福をかみしめながら次作を待望している。「ヨーロッパ文明の一角に、しかも西欧圏に、原始アニミズムを信じる民族がいた!」 かつてイエイツらによるケルト復興運動によって19世紀に一度は再発見されたその魅力も、リバイバルから百年以上が経過して推進力が落ちつつあった。いま三たび、世界は不思議の国アイルランドを驚きをもって発見したのである。

 その驚きと、豊かで自由なアイルランドの精神風土への憧れが、2本しかないトム・ムーア監督の作品にどちらも、アカデミー長編アニメ映画賞ノミネートという高い評価を与えさせたのだろうう。彼の映画を観る時間、観客は、どこの国のなに人であったとしても、赤毛にそばかすのアイルランドの子供になるという疑似体験ができる。現地を旅したってせいぜい旅人気分しか味わえない。その文化の“中の人”だけが本来有している民族の目を持てる、というこのことは、すぐれて映画的な体験だ。まさに宮崎アニメがそうだったように。

 であるのだから、03年に宮崎駿の『千と千尋の神隠し』がそうなったように、トム・ムーア監督作品もアカデミー賞受賞の栄誉に輝く日が、遠からず来るのではないかと感じる。


(編成部 飯森盛良)



監督:トム・ムーア 
出演:デヴィッド・ロウル、ブレンダン・グリーソン、リサ・ハニガン、ルーシー・オコンネル
脚本:ウィル・コリンズ
アートディレクター&プロダクションデザイン:エイドリアン・ミリガウ
音楽:ブリュノ・クレ、KiLA  
2014年/93分/アイルランド・ルクセンブルク・ベルギー・フランス・デンマーク合作/カラー/ビスタサイズ/DCP/5.1ch/原題:SONG OF THE SEA /日本語字幕:山内直子・高崎文子
©Cartoon Saloon, Melusine Productions, The Big Farm, Superprod, Nørlum
提供:チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス、ミッドシップ
配給:チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス
宣伝:ミラクルヴォイス 
後援:アイルランド大使館

2016年8月20日(土)、YEBISU GARDEN CINEMA他全国公開!

http://songofthesea.jp/

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第65回エミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞(マイケル・ダグラス)の主要3部門を含む、
11部門を受賞した『恋するリベラーチェ

 

マイケル・ダグラスとマット・デイモンという2大スターが、彼らの俳優人生の中でも特筆すべき演技を披露している秋の話題作である本作の、スペシャルトークショー付き試写会が10月29日に新宿ピカデリーで行われました!!

 

本作の宣伝プロデューサーB氏にご寄稿いただく、届けたてほやほやのイベントレポートです!!

 

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いよいよ11月1日(金)より全国ロードショーとなる、映画『恋するリベラーチェ』の特別試写会が、10月29日(火)に新宿ピカデリーで開催されました。当日は、試写会の後、スペシャルゲストとして映画評論家のおすぎさん、ファッション評論家のピーコさんと共にリベラーチェをイメージした豪華特注衣装を身にまとったミッツ・マングローブさんが登場しました。映画『恋するリベラーチェ』の魅力や「恋」について語っていただきましたスペシャルトークショーの内容を中心に、イベントの模様をご紹介いたします。

 

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リベラーチェさながらの豪華特注衣装を身にまとい、マット・デイモンが演じるスコットのような若くてカッコイイ付き人役の男性にエスコートされて入場したミッツ・マングローブさん。「昼間っからおかまにこんな格好させて…」と言いながらも、ご満悦の様子。

 

 

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「あなたがメインだから、私たちなんて付き添いよ!」と投げやりに言い放ったおすぎさんでしたが、作品に関しては「最初に2人(マイケル・ダグラスとマット・デイモン)がジャグーに入るシーンがあるんですけど、冒頭からあの2大スターが一緒にお風呂に入っちゃって、度肝を抜かれたわ。あと、ロブ・ロウは、デビュー当時美青年だったのに、(本作では特殊メイクのため)汚くてびっくりした。でも、さらりと出来ているゲイの映画」と絶賛。すると、ミッツさんも「イヤラシくしようとか、ドロドロさせようとか、泣かせようとかがなくて良かったわよね」と続けてコメント。

 

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ピーコさんは、リベラーチェの衣装に関して「昔は、日本でも演歌の人くらいしかスパンコールなんて付けなかったからね。彼は、ステージ衣装だけでなく、私生活も、ファッションにとどまらずインテリアも何もかも凄かった。豪華なだけじゃなくて、本当に良いものを持っていたのも凄い。ただね、もちろん衣装も素晴らしいけれど、彼は派手なだけでなく、やっぱりピアノが素晴らしかったから評価されたんだと思う」と生前の彼の生き方を高く評価した。

 

 

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ミッツさんは、普段の煌びやかな衣装について問われると「私が大人になる頃には既に多くの人がリベラーチェのような派手な衣装やパフォーマンスをしていたから、直接的な影響は受けていないのよね。でも、先輩方はやっぱり彼の影響があったってことよね」と語った。

 


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また、「今、恋をしていますか?」という質問に対して、ミッツさんは、「恋なんかもういい、心とかはもう二の次三の次でいいから、肉体よ!今更、心通わす事なんてできないわよ!」と自身の恋愛について告白した。しかし、本作で描かれているリベラーチェとスコットの恋愛に関しては、「スターの恋、同性愛について知らない人が見ても、そうなんだなぁって思える作り方だし、その道の人が見ても、ドキッとするような要素がちりばめられていたと思う」と本作の魅力を語った。 

 
おすぎさんとピーコさんは、「お互いに恋愛相談をすることなんて絶対にしない。趣味も全然違うしね!一緒にされたくないわ!」と双子とはいえお互いの異なる恋愛観について語った。
           

 

当日はあいにくの雨模様でしたが、数多くの来場者、取材陣の方が集まり、会場は大いに盛り上がりました。

今回の特別試写会に登壇したおすぎさんとピーコさんは、本作をご覧になり、大変気に入っていただき、イベントへの出演が実現したようです。おすぎさんも太鼓判を押すエミー賞を11部門獲得した映画『恋するリベラーチェ』は、いよいよ11月1日(金)より全国ロードショーです。

 

 

 

 

 

『恋するリベラーチェ』 © 2013 Home Box Office, Inc. All Rights Reserved

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ザ・シネマでは、マイケル・ダグラス、マット・デイモンの出演作を放送予定です!!

 

トゥルー・グリット (マット・デイモン出演作)
ワンダー・ボーイズ (マイケル・ダグラス主演作)

 

恋するリベラーチェ』の二人とは180度違うキャラクターを演じる主演二人の
演技力に注目しつつ、『トゥルー・グリット』『ワンダー・ボーイズ』もザ・シネマお楽しみ下さい!!


 

 

 視聴者の皆様、謹んでメリクリ申し上げます。ワタクシ、普段はザ・シネマの吹き替え担当をやっている者です。トールキニアン歴25年ということで、何故かこのたび筆をとることになりました。


 さて、「『ホビット 思いがけない冒険』ジャパン・ホビット・デー ジャパン・プレミア イベント レッド・カーペットご観覧ご招待」という、当チャンネル史上もっとも長い名称の(多分)プレゼントを10組20名様に差し上げましたが、12月1日のそのイベントに当選された方、ホビット・デーはいかがでしたか? 六本木ヒルズにお越しいただけましたでしょうか? お楽しみいただけました? そうですか。それは何よりです。


 その『ホビット 思いがけない冒険』が、いよいよ今日から公開されました! もう、待ちに待った、という感じですね。以前、当チャンネルで『ロード・オブ・ザ・リング』略して『LotR』を三部作一挙放送した際、このブログにもガッツリ長文を書いてヘロヘロになったもんですが、あっという間にあれから4年…。


※過去ブログ記事はコチラ。「イントロ」「旅の仲間編」「二つの塔編」「王の帰還編」

 

 そのブログ中でも『ホビットの冒険』映画化については言及しましたが、4年たってフタを開けてみればタイトルは『ホビット』。『LotR』と同じく三部作となり(これが最初の一発目で、以降、毎年公開予定)、さらに監督も、すったもんだがありました、で結局変わらず神ピーター・ジャクソンのまま、ということになりました。前作ファンにとってはまさにベストな形で落ち着いてくれて一安心。この間、紆余曲折ありましたからねぇ…。

 

 この作品、『LotR』も『ホビット』も、熱狂的ファンがたくさんいます。映画版だけでなく原作からのファンも多い。また、RPGの原点ともされているため、ゲームから本作に興味を持ったというファンも少なくないはず。昨今の映画で人気大河シリーズは数あれど、映画版、原作、さらにはゲームの影響と、三方から各ファンが大量に結集してきているような超・超人気シリーズは、本作ぐらいではないでしょうか。

 

 ワタクシも中1以来、ゲーム→原作→映画というルートを歩んできたファンで、もう四半世紀近くファンを続けてるんですが、それでもこの作品の場合は新参者・若輩者です。それぐらいファン層が厚い。この奥深さ、まさしく一生モノなのです。こういう場でワタクシごとき豎子が駄文を披露するのは、諸先輩がたに申し訳ない気持ちでいっぱいであります、ハイ。

 

 さて、そんな作品だけに、『ホビットの冒険』を映画化した今作『ホビット 思いがけない冒険』には、原作ファンならではの心配事というのも、実はありました。

 

 『ホビット』は『LotR』のプリクエルなんですね。プリクエル、つまり前日譚です。原作だと、先に『ホビットの冒険』の方がトールキンによって書かれました。しかも、児童文学として。実際、日本でも岩波少年文庫などから出ていますが、ボリュームも、文字の大きさも、漢字の割合も、続編『指輪物語』こと『LotR』と比べて明らかに子ども向けの小説です。『LotR』のような歴史や言語の創造という領域にまで踏み込んだ、壮大な叙事詩というより、ちょっとしたフィンタジーアドベンチャー小説といった気軽さです。私が中1にして人生初読破した小説が、この『ホビットの冒険』上下巻でした。

 

 それが、心配事です。あの『LotR』の壮大なスケールに大感動し、号泣し、この映画が人生ベストだ!と断言して回っているような人種(オレ)にとって、その前日譚で児童文学の『ホビットの冒険』は、スケールダウンしたように映っちゃうのでは…?

 

 で、観ました。杞憂でした! 全国のトールキニアンの皆様、ご安心ください! もう、凄いことになっちゃってます!!

 

 4年前のブログにも書きましたが、ピージャック神、この人は原作ファンにとっては神です! 昨今「お前、原作を全っ然わかってねぇーな!」という文化冒涜事件が多発しておりますここ日本ですが、そういうことが神には皆無です。神自身が原作マニア。原作を愛し抜いているマニアの中の真性どマニアが、原作を最大限リスペクトしながら、愛を込めて、原作に付け足したり原作から差し引いたりして使った、映画版。よくぞ!よくぞと言う他に言葉がありません!よくぞやってくれたという出来です!!

 

 まず、なにをどうやったらこうなるのか、『ホビットの冒険』が大人向けになっちゃってます! しかも、原作の魅力もまったく損なわれていない! 『LotR』のテンションで『ホビットの冒険』を映画にしているのです。これ凄くないですか? 神は、またも奇蹟を見せてくれました。これによって、原作を知らない映画から参入組のファンは、『LotR』と同水準の超ハイクオリティな物語を、期待通りに楽しめます。かつ、原作からどっぷりファンという層も、大人として『ホビットの冒険』を楽しめるという予想だにしなかった体験をすることができるのです。もう、全員が得してる!これぞまさしくWin-Win関係!

 

 さて、この物語は、『LotR』にも出てきたホビット族のおじいちゃん、ビルボ・バギンズの若かりし日々のお話です。バギンズ家(『LotR』でフロドが継いだ家)に、ある晩、ガンダルフに導かれた、トーリンをリーダーとする13人のドワーフ族が押しかけてきます。そして、ドラゴンに奪われた祖国とそこに眠る財宝を奪回しに行こう、という話になり、何故か、初対面でしかもノンビリ系のビルボ・バギンズまでが、“忍びの者”というポジションでそのメンバーに加わることになっちゃって、壮大な冒険に身を投じていくのです。その道中で、ビルボ・バギンズは、例の指輪を手に入れることになります。あの、ゴラムから…。

 

 「ドラゴンに奪われた祖国と財宝」と書きましたけど、原作の児童文学の方では、どちらかというと「財宝奪還」の方がメイン。しかしこの映画版だと「祖国の再興」の方に重点が移っている印象です。ドワーフ族は、祖国を失い、異種族の土地に流れて行き、各地に分散して小集団で暮らす「流浪の民族」として、かなり判りやすくメタファー的な描かれ方をしています。

 

 ドワーフ族と言えばゲームでもお馴染み。見た目はお約束的に、長いヒゲを伸ばしている年老いた頑固な小人、というステレオタイプがあって(白雪姫の例の7人も実はドワーフです)、『LotR』三部作のギムリなんかはまさにそのステレオタイプ通りのキャラでした。でも、今作ではイケメン・ドワーフヤング・ドワーフなども出てきて、ピージャック神はあえてお約束を崩しにかかっているようにワタクシは見受けました。

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 『ホビットの冒険』という子ども向け小説を、流浪の民族の物語に、宿命に立ち向かって失われし祖国を再興しようという漢どもの熱きドラマに再構築する。しかも『LotR』水準の壮大なスケールで、大人の観客に滂沱たる大号泣をさせるクオリティで映画として再構築するためには、この手しかありません。ステレオタイプを脱し、彼らドワーフ族を人間的に描くしかありません。そうでなければ深いレベルでの感情移入ができない。ピージャック超アタマいいな!こんなところに神の奇蹟が顕現しています。

 

 さて、今作で我々は、原作にも登場してくる灰色のガンダルフ(『LotR』1作目のようにまだ灰色です)と、裂け谷のエルロンド卿、そしてあのゴラムは言うまでもなく、さらにはガラドリエルの奥方や、白のサルマン、イアン・ホルム演じる老いたビルボ、そしてフロドとまで再会を果たすことになります。これは原作ファンにとっても予期せぬ再会。泣くしかない!

 さらに、『LotR』で何度も観た、牧歌的なホビット庄や、この世ならぬ幽邃美に満ちた裂け谷といった、懐かしい土地を、我々は今作でまた再訪することになります。もう泣くしかない!

 加えてサントラです。『LotR』を愛する者の耳に残って一生離れることはないであろう、魂の旋律の数々。ホビット庄のライトモチーフ。エルフ族のライトモチーフ。そして、あの、ひとつの指輪のライトモチーフが今作でも流れ、懐かしさと同時に、ファンならイントロを聞いただけで、今スクリーンで何が描かれているのか、たちどころに理解できてしまうことでしょう。もはやほとんどワーグナー!本当に泣くしかない!

 おまけに、映画としての『LotR』にたった一つだけ欠けていた魅力、3D、ということまでも、今作からは加わったのですから、もはや泣かない理由がありません。

 

 嗚呼、神よ感謝します。以下、突然ではありますが、去る12月1日、レッドカーペットの前に開かれた来日記者会見の席にて発せられた、ピージャック神のありがたい御言葉をこの場を借りて伝えますので、どうか心してお読みいただき、明日の心の糧としてください。

 

「この物語は、『LotR』の60年前という設定です。本作での行動がこの後どういう結果を招いたかということを、観客の皆さんは『LotR』を観てすでにご存知のことでしょう。今作の劇中で、ビルボにはゴラムを殺す機会があります。だが、ビルボは哀れみを見せる。正義感から彼がそこでゴラムを殺さなかったために、この物語は『LotR』の火山にまでつながっていくことになるのです。今作は『LotR』の様々な出来事の序章となっていますが、今、『LotR』から十年以上が経ち、このことは私にとっても大変感慨深く迫ってきます」

 

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 そしてこの作品、1秒48フレームという高い描画速度で3D撮影されておりまして、一部劇場ではHFR3D(ハイフレームレート3D)版で公開されておりますが、そんなテクニカル天上界語が難しすぎてアワアワしていた我ら人間界の迷える衆生に対し、神は、噛んで含めるようにして、易しくその神意を説いてくださったのでした。

 

1927年、トーキーが誕生して映画に音が付くまで、撮影は手回しで行われていました。手動ですからフレームのスピードが一定ではなかった。しかし、やがてフィルムに音も同時に録音できるようになると、手回しでは音が安定しなくなった。では24フレームに決めよう、という基準がそこで作られたのです。これなら録音は安定する。当時35mmフィルムは高価だったため、24というフレーム数になったのです。

(筆者注:1秒間を24コマで撮影するということ。倍の48コマで1秒とするなら、画はなめらかな動きになるが、フィルムを倍の長さ消費することになり、当然フィルム代が倍かかることになる。逆に1秒12コマに減らせばフィルムは長さ半分、半額で済むが、絵がカクカク動くことに)

 以降85年間、それがずっとスタンダードであり続けました。何千台もの映写機やキャメラが作られてしまい、今さら変えようがなかったからです。しかし近年デジタル化が進んで、映写機もキャメラも、フレームレートを変更可能になりました。

 では、24から48にフレームレートを増やすことで、何がどう変わるか? 世界にリアリティが生まれるのです。本物の世界により近づけるのです。つまり3Dとハイフレームの融合は、実に素晴らしいコンビネーションだと言えるでしょう。本物の世界観を観客に見せられる。

 さらに、映画館に行く動機にしてもらいたいという願いもありました。iPhoneiPadで映画が観られるご時世です。この『ホビット』のような大作を、新しいテクノロジーで映画館で観て欲しい。人々を映画館に取り戻したい、という想いを、私はこの48フレームに込めました」

 

 動いている対象を1秒間に24枚パシャパシャパシャパシャっと連続撮影し、その写真24枚を1秒間に等間隔でパラパラパラパラっとパラパラ漫画にすると、それは動いているように見える。1秒間の映像になります。これが映画の原理です。お金もないし面倒だから1秒間の動きを8枚の絵に描き、その8枚を1秒かけてパラパラ漫画にする、それが日本のアニメの原理です(スイマセン、かなり強引に単純化して話してます)。

 で、このたび最高神は、神の持つ天地創造の御力により、1秒間を48に分割し、その48枚の静止画を1秒間に等間隔でパラパラ漫画にする、という、時間と世界の作り替えをおやりになられた、ということなのです。嗚呼、奇蹟だ! つまり、理論上は絵が倍なめらかに動くようになった訳です。しかも3Dこれは『アバター』ショック以降の映画史において最大級のセカンド・インパクトではないでしょうか? まさに我々観客は、映画『ホビット 思いがけない冒険』を観ている間中ずっと、オレ中つ国に迷い込んじゃった!オレそこにいるわ!というアンビリバボーな奇跡体験をすることになるのです!


 人類は、ここまできたか! 映画は、ここまでのことをできるようになったか! オレがこの歳まで映画を観続けてきたのは、すべてこれを体験するためだったのか! 泣くしかない。ただ黙って泣くしかない。もう本当に、冗談ではなく泣くしかない。ワタクシなんか170分間常時涙目、時に号泣でしたわ!皆さん、これは観ましょう。

(編成部 飯森盛良)


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12月14日(金)丸の内ピカデリー他全国ロードショー

■配給:ワーナー・ブラザース映画

■公式サイト:www.hobbitmovie.jp

facebookオフィシャルページ:www.facebook.com/hobbitjp


©2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.


 


ラブリーボーン.png

 追伸:なお、ザ・シネマではお正月5日、大神ピーター・ジャクソンが手がけられた、また別の傑作、また違ったファンタジーである、『ラブリーボーン』を放送します。このお正月、『ホビット 思いがけない冒険』とあわせて、こちらも是非お楽しみください。こちらの映像世界も、他に例のないものです。では、神の御言葉を最後にもう一言。

 

「私は子どもの頃から映画が大好きです。いろいろなタイプの映画がありますが、私が好きな、したがって私が作る映画は、“逃避”についての映画になります。全く違う世界に連れて行ってくれるような映画です。皆様にも逃避的体験をしていただきたい。ですから、私にはファンタジーこそ一番相応しいのです」 -- ピーター・ジャクソン

 



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 去る3月10日(水)新宿明治安田生命ホールにて、視聴者の皆様をご招待したザ・シネマ主催による新作映画『マイレージ、マイライフ』特別試写会を実施しました!


 150組300名様ご招待のところ、ナントそのウン十倍の応募数!たくさんのご応募、本当にありがとうございました!今回残念ながら抽選に漏れた方も次の機会にも是非ご応募下さい!

 

 さて当日。普段視聴者の方々と直接お会いする事が少ない我々ザ・シネマ編成部員も、この日は貴重な機会としてほぼフルメンバーでスタンバイ!タイトな時間で諸々準備を終えて予定通り18時開場。お客様をお迎えする事が出来ました。

 

 いよいよ本番スタート!


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 今回の試写会では映画上映前のスペシャルイベントとして、長塚京三さんのトークショーを実施。

 

 既にご存知の通り、長塚さんは現在ザ・シネマで毎週土曜朝10時からクラシック映画の名作をおおくりする「赤坂シネマ座」で、名作の魅力を紹介するオリジナル解説番組「シネマの中へ 長塚京三 映画の話」のナビゲーター。言わば“ライブ版シネマの中へ”開催です!

 

 長塚さんも視聴者の方々に直接お話出来る事に大変喜ばれていて、いつもの番組の雰囲気よりフランクな感じで語り始めました。

 

 観客の皆様に純粋な気持ちで映画を楽しんで欲しいと、本作の内容については語らなかった長塚さん。ただし本作主演のジョージ・クルーニーについては「何をやってもブレない。自分自身を笑えるスマートさがある。」と述べ、「平均的なアメリカの明るさを持っているから、彼の映画ならどの作品でも付き合える」と絶賛されました!


 また、長塚さん自身の“映画体験”についても言及。「3歳ぐらいから父に連れられて映画館に通った。学生の時は家から弁当を持って映画館をハシゴしていました。学校にはほとんど行かず1年に400本近く観てました」という程の映画好きだったそう。

 

ジョージ・クルーニー.jpg
 さらには、俳優である自分の師匠も、映画の中のポール・ニューマンやヘンリー・フォンダとのこと。そして一番好きな映画として、ポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』(1967年)を上げられていました。


 映画『マイレージ、マイライフ』は、アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した『JUNO/ジュノ』(2007年)のジェイソン・ライトマン監督最新作。

 

 敏腕リストラ宣告人の人生の転機を描く人間ドラマで、ゴールデングローブ賞最優秀脚本賞など60冠以上を獲得した話題作。ただいま全国公開中です!


 これに合わせてザ・シネマでは、ジョージ・クルーニー主演のサスペンス・アクション大作『ピースメーカー』4月10日(土)に放送!こちらも是非ご覧下さい!!

 

(ザ・シネマ編成部 THEシネマン)

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インディ.jpgのサムネール画像
19年ぶりになる、インディシリーズ第4弾。

 

待ち望んでいた人は数知れず。そしてこの私もその一人で、ハリソン・フォードの大ファン!

小学生だった私はインディに出会って、ハリソン・フォードに恋をしました。

 

その頃の私は、アイドルなんかに見向きもせず(光GENJI全盛期。。)、下敷きにハリソンの写真をいれて毎日眺めては、若い頃に事故で曲がった鼻と、アゴの傷をなぞったものです。

 

その彼が、インディと一緒に帰ってくる。

 

2、3年前からささやかれていたインディ復活の噂に、ファンとして待ち焦がれていた反面、60歳を過ぎたハリソンに一抹の不安を抱きつつも、完成された新作の記者会見&ジャパン・プレミアに行ってきました!

 

 


ジャパン・プレミア@代々木第一体育館

 

小雨の中、レッドカーペットに現れたインディご一行様。

ジョージ・ルーカス、ハリソン・フォード、カレン・アレン、フランク・マーシャル(製作)、キャスリーン・ケネディ(製作総指揮)
(残念ながらスピルバーグは、娘さんの卒業式の日程と重なったらしく来日は果たせませんでした)

 

レッドカーペットで、サインの嵐と報道陣のインタビューに応えた後、インディご一行様は、6000人の観客の大歓声に出迎えられながらステージに登場。初恋の人を待つような気持ちでドキドキしていた私の目の前に(といっても10M以上距離はありましたが)、ハリソン・フォードがはにかみながら現れました。

正直年には勝てないけど、やっぱりかっこいい。。生きててよかった。

 

ハリソンに見とれながらも、メンバーを見渡すと、びっくりなのがカレン・アレン。第1作目『レイダース』のマドンナだった彼女は、27年のときを経ても、そのままの可愛らしさで登場。女優さんてすごい・・・

 

一人ひとりの挨拶が始まると、観客の拍手は鳴り止まず、インディの人気の高さと、待ち望んでいたファンの思いが全体を包みこみ、会場は異様な興奮状態と化していました。

 

司会(襟川クロさん)の、「インディの復活にどんな気持ちですか?」という質問に、すっかり貫禄を増した(特に首回り)巨匠ジョージ・ルーカスが、「インディへの思いを忘れないでいてくれたスタッフとキャスト、さらに素晴らしいアイディアが浮かんだことで完成した。そして、なによりもハリソン・フォードなくして4作目はなかった」と答えると、会場中から沸き起こった歓声と拍手。すると、隣にいたハリソンは笑いながらポケットを探り、お札をとりだしてルーカスにチップ?を渡す、といったお茶目な一面をみせたりして。

 

さらに、第5作目の予定は?の質問には、ハリソン・フォードは、「足腰が立つ前に早く脚本を作ってくれ」と。

たしかにその通り・・・

 

そしてとうとう上映開始!

 

舞台は、3作目「最後の聖戦」で、聖杯の謎を追った1938年から19年後の1957年、米ソ冷戦の真っ只中にあるサウスエスト砂漠。「若い頃のようには動けなくなった」と、お馴染みのインディハットを拾い上げたところから物語は始まります。

 

詳しいストーリーは明かせませんが、無鉄砲なアクションシーンやムチさばき、手がかりの謎を解く時の楽しそうな顔、大学教授として蝶ネクタイをつけて授業をする姿、飛行機でお馴染みのインディハットを顔にかぶせて一眠りする姿、そして、やっぱり蛇は苦手なところ。ほんとにあの頃のままなんです。

 

「最後の聖戦」の公開から、誰もが待ち望んだ19年間。その19年と同じ歳月を経た本作は、ルーカスが、この映画は観客のためだけに作った最高のエンターテイメントだ、という通り、あっというまの2時間でした。

 

そして全編を通して、前三作を彷彿とさせるシーン、アイテム、キャラクターなどいろいろ出てきます。一瞬だったりしますが、製作陣の遊び心がなんだか憎いし、なつかしいし、お宝探しに加わった気分も味わえました。

 

アクション・シーンも、ハリソン頑張ってます。ムリなところは、今回仲間に加わったシャイア・ラブーが変わりにハッスル。

さらに、実は、今はいえない真実が本編中に満載なのです。

 

あぁ、 早く公開されて、映画を観た人と、ああだこうだと話をしたい衝動に駆られている私。
公開まであと15日。待ち遠しい日々が続きます。。。早く話したい!

                                                                                                                                  (編成部 サイ)

ラスベガスをぶっつぶせ.jpg問題:2008年いちばん注目のハリウッド新鋭スターは?
答え:ジム・スタージェス

 

 と、言い切っちゃうのも語弊がありますが、ほんと、それぐらいの勢いなんです。

 

 5/31に公開が迫る『ラスベガスをぶっつぶせ』。初登場&2週連続1位の全米大ヒット作です。

 

 これに主演してるのが彼、ジム・スタージェス。ほとんどの日本人が聞いたこともない俳優だと思います。イギリス人で、アメリカ映画に進出して出演作もまだほとんどありませんから、たぶん米本国でもあまり知られてないんじゃないでしょうか。

 

 そんな彼が先日、プロモーションのため来日したので、インタビューしてきました。すでに当チャンネルの放送でその模様の一部が流れてますが、ここで完全版をテキストに起こして収録します。

 

 まず作品について。

 

「この作品は楽しいジェットコースターのような映画だけど、それだけじゃなくて、青春映画でもあり、主人公の自分探しの物語でもある。主人公たちは、平日は普通に学生生活を送っている、どっちかと言えばガリ勉系な連中なんだけど、週末ともなるとラスベガスで大金を賭けて、VIP待遇を受けてる。実際にベガスから何百万ドルも巻き上げてるんだ。そして、それが実話だってことがポイントだね」

 

 数学がむちゃくちゃ得意な人は、ブラック・ジャックというギャンブルでカードが読める。で、スタージェス演じる主人公は数学の超天才で、同じような大学の天才たちとチームを組んでベガスで荒稼ぎする、ってストーリーです。

 

 この行為って、イカサマじゃないんだけど限りなく黒に近いグレーで、万一バレるとカジノの用心棒にボコられるそのスリリングなハラハラ感や、貧乏学生が豪遊セレブに大変身、みたいな展開が「ジェットコースターのよう」ということでしょう。

 

 自分探しってのは、この半イカサマ行為がもともとは進学資金集めという目的のための手段に過ぎなかったはずなのに、あまりにも天文学的な額を稼げちゃうので、次第に手段が目的化してくるんですね。人まで変わってきちゃう。初心を貫いて進学しようか、それともこのままリッチなイカサマ師の道を突っ走るか、みたいな躊躇がドラマとして描かれてるので、ちゃんとした青春映画としても立派に成立してる娯楽作品に仕上がってます。

 

 ちなみにご本人は、数学とかギャンブルとかってどうなんですか?

 

「数学は嫌いじゃないけど得意でもない。もし得意だったら今頃ベガスで荒稼ぎしてるって。ギャンブルもある程度は楽しむけどハマるってことはない。撮影が終わってからは一度もやってないよ。撮影中はずいぶんやったけどね

 

 とのこと。まぁギャンブルやるようなタイプには見えないけど、彼はどっからどう見ても文化部系な雰囲気なので、頭良さそうには見えますね。本作で大儲けする前のアキバ系ガリ勉スタイルも板に付いてて、こういう役をすんなり演じられるイケメンってのも珍しいです。

 

 なんとなくアキバ系を演じてる時の方が、演じるのがラクそうに見えましたけど?

 

「どっちがラクとは言えないね。どっちも僕自身とはかけ離れてるから。役作りは環境が助けてくれたよ。学生の格好で大学の構内で演技してる時は自然と芝居もそうなったし、ベガスで高価なアルマーニのスーツでキメてる時は、そういう気持ちに入りやすかった」

 

 アメリカ版アキバ系も演じられる文化部風イケメン俳優。この映画を大ヒットに導き、早くもマネー・メイキング・スターの仲間入りか?これから特に注目しておいた方がいいハリウッド・スターであることは間違いないです。

 

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 ところで、この映画の試写に行く前、「ラスベガスを舞台に息詰まるポーカーの戦いが繰り広げられる」的な内容の、さるギャンブル映画を見たんです。有名ハリウッド俳優が出ている、そこそこ近年に公開されたこの映画が、年に1本あるかないか級につまらなかった…。調べたら興収的にも大コケしたそうです。

 

 ちょっと前にそういう痛い思いをしてたので、この『ラスベガスをぶっつぶせ』も、かなり警戒してマスコミ試写を見に行きました。

 

 何を警戒してたかと申しますと、ギャンブルの描かれ方です。

 

 現在、ワタクシ家にトランプってものがありません。トランプは子供の頃にババ抜きと神経衰弱をやったぐらいで、それすら今はもうルール忘れました。ポーカーとかブラック・ジャックなんて一切ルール知りません。って言うか競馬パチンコなどギャンブルそのものをやりません。そのヒマがあれば映画を見ます。つまり、爪の先ほども興味関心が無いのです。

 

 そういう人間でも楽しめるような映画作りしてるか?トランプのルールに精通してる人なんて10人中1人ぐらいだろうから、残り9人のこともちゃんと考えて作れよ?って言うかむしろ9人の方が数的に言って重要だろ。という観点から、徹底的にシビアに採点してやろうと、構えて見に行ったのです。

 

 例の大コケしたギャンブル映画ってのは、そこらへんがまるっきりなってなかった!DVDの映像特典で、監督が「ギャンブルを知らない人でも楽しめる映画になったと思うよ」としゃあしゃあと自画自賛してましたけど、いや、なってねーから話に全然ついてけません。

 

 『ラスベガスをぶっつぶせ』は、この点が実にお見事。これから本作を見ようという人で、しかもギャンブルをやらない人は、どうやって何も知らない自分をこの映画が楽しませてくれるのか、ぜひ映画の作りを意識しながらご覧ください。1人でも多くのお客に、より高い満足度を与える、という崇高なる使命を担ったエンターテインメント映画の、これぞ正しい作られ方です。いやはや感服つかまつりました!

 

 最後に、あともう1本、ジム・スタージェス主演のヒット作が日本で公開されます。それについては続きの(2)で。

 

(編成部 飯森盛良)

 

ラスベガスをぶっつぶせロゴ.jpg配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

5月31日(土)より有楽座ほか全国ロードショー

メイン軽(1M).jpg月24日の晩、日比谷スカラ座にて開催された『ランボー 最後の戦場』の完成披露試写に赴いた。ランボー、実に20年ぶりのシリーズ新作である。

 第1作は、映画史に残る社会派アクションの傑作であった。2作3作は、ランボー1人で何百という敵を片っ端から斃す、純然たる戦争娯楽アクションに転じたが、これはこれで(特に個人的には2作目が)、その痛快さを存分に楽しむことが出来た。


 では、この4作目はどうか。


 ストーリーは前の2作と何ら違いは無い。アメリカ国民が敵性国家の軍隊に捕らわれ、ランボーが多勢に無勢を覚悟の上で、救出のため敵地に乗り込み大暴れする、というものだ。


 前作と違うのは、今作がR-15指定を受けた点だ。


 映倫によると「村民の虐殺、女・子供への暴力といじめ、戦闘中の首・腹など肉体的損壊の描写の頻度が多く、15歳未満の観賞には不適切ですのでR-15に指定しました」とのことである。


 「村民の虐殺」、「女・子供への暴力といじめ」は、今作における“敵”であるミャンマー軍が、反政府少数民族を弾圧する場面において描かれる。そして、それは到底「いじめ」などという生中なレベルのものではない。


 過去の『ランボー』シリーズでは描かれたことのない戦場の阿鼻叫喚の実態を、シリーズ作品で初めて自らメガホンをとったスタローン監督は、手加減なしに描き切っている。


 ミャンマー兵は、火を放った民家に幼児を生きたまま投げ込む。小学生くらいの少年の腹に銃剣を突き立てて殺す。蛮刀で村民の腕を断ち、首を刎ね、刎ねた首を串刺しにして見せしめとし、腐乱するに任せる。それら全てが、スクリーンに映し出されるのだ。ここまでくると、もはやスナッフ映画と言ってもいい。


 そして、少数民族を支援しようと現地入りしたアメリカのキリスト教ボランティア団体がミャンマー軍に拉致され、ランボーは救出のため軍の基地に潜入。生存者を連れて脱出する。追撃するミャンマー軍。ランボーが反撃に出る。その反撃もまた酸鼻を極める。


 ランボーは敵に向け重機関銃を掃射する。シリーズ前作にもあった、ファンには懐かしくもお馴染みのシーンである。前作では撃たれた敵がバタバタと斃れていった。その映像に、悲惨さは無かった。


 しかし今作では違う。バタバタ斃れるのではない。大口径の銃弾を浴びた敵兵の身体は、ベトベトの粘っこい碧血と肉片を周囲に撒き散らしながら、四散する。頭がもげ、足は砕け、体はちぎれ、生命活動を停止した単なるモノ、肉塊と化して、重量感を持ってドサリと地面に崩れ落ちる。


 今作『ランボー 最後の戦場』では、前2作のような痛快でお気楽な戦争アクションを心待ちにしている向きの期待を、良くも悪くも大きに裏切る、凄まじい地獄絵図が次から次へと繰り広げられるのである。


『ランボー』がスクリーンから遠ざかっていたこの20年間で、戦争映画も様変わりした。痛快さとは程遠いリアルな戦場の臨場感と、目を覆わんばかりの悲惨さを、ありありと再現してみせた作品群。1998年の『プライベート・ライアン』や2001年の『ブラックホーク・ダウン』といったそれらの作品は、戦争映画にアクション・ゲームの観点を盛り込んだ『ランボー』へのアンチテーゼであったかもしれない。


 今作は、かつて『ランボー3 怒りのアフガン』で戦車と攻撃ヘリのチキン・レースを演じていたジョン・ランボーからの、それら作品群に対する真摯な回答である。


 だが、それだけではない。この20年で変わったのは戦争映画の描かれ方だけではない。我々自身の目もまた、大きく変わってしまっているのだ。


 今作『ランボー 最後の戦場』で無辜の民を虐殺する軍隊の姿は、ともすれば我々観客には荒唐無稽に映る。描写があまりに極端すぎるため、リアリティが感じられないのだ。軍にとって、かくまで残忍に、嗜虐的に自国民を殺戮する意味が無いではないか。


 しかし、リアリティが感じられないほど極端な凄惨さこそ、実は紛争地帯におけるリアルそのものに他ならないのだ。


 スタローン監督は言う、「この映画で描かれる残酷な行為もリサーチに基づいた事実だ。これは暴力を見せるためのものではなく、事実に基づいた映像なんだ」と。


 我々はその言葉が嘘ではないだろうとことに気付いている。この20年の間、軍隊が嬉々として無辜の民を虐殺して回る忌むべき事件が、世界中で発生した。我々は、それを覚えているではないか。


 1991年からのユーゴ紛争におけるレイシャル・クレンジング、ルワンダ紛争における1994年のジェノサイド、そして、現在進行中のダルフール紛争…。


 イデオロギーの優劣を決めるという、少なくとも当事者間では大いに意味ある戦いであった東西冷戦が終結した後、世界では、意味の無い、純粋な憎悪によって引き起こされる民族紛争が頻発した。


 これらの紛争において、軍隊が、無辜の民衆を、無意味に、嬉々として、思いつく限りの残酷な方法を用いて、殺して回ったという事実。今回、スタローン監督が描いているのが、まさにそれである。


 そう、この20年で変わったのは戦争映画だけではないのだ。次々と起こる現実の戦争の悲惨なニュースに触れ、何より我々自身の目が変わってしまったのである。我々は不幸にも、もう戦争映画を痛快なアクション・ゲーム感覚では楽しめない時代に生きている。スタローンがそんな我々に向けて自身の代表作『ランボー』を改めて見せるなら、前作のような戦争エンタテインメントではなく、今回のような映画になることは、必然であったのだろう。

(聴濤斎帆遊)


ランボー最後の戦場.jpg 5月24日 日比谷スカラ座ほか全国東宝洋画系にてロードショー
監督・脚本/シルベスター・スタローン
出演/シルベスター・スタローン、ジュリー・ベンツ、ポール・シュルツ、マシュー・マースデン、グリアム・マクダビッシュ

©2007 EQUITY PICTURES MEDIENFONDS GMBH 6 CO. KG IV


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