ヴィム・ヴェンダースの「ベルリン・天使の詩(うた)」は思い出深い映画の一つだ。初めて観たのは今から10年くらい前だっただろうか。映画の始まり方、ロングコートにマフラー姿の天使たち、織り重なるような人間の心の中の囁き声、刑事コロンボ、モノクロームの映像からの展開、哲学的で難解な部分…どこをとってもそれまでに観たことのない新鮮な驚きがあり、ずっと心に残る映画となった。“天使が人間になる話”と言ってしまうとそこまで珍しくはないように聞こえるが、今もなお他に類似する作品が全くない、唯一無二の映画だなあとつくづく思う。
そして映画を観てから数年後、私はまだイラストレーターを目指してイラストの学校に通っていたのだが、その学校「パレットクラブスクール」の卒業制作で、この映画に出てくる詩『わらべうた』を題材にして絵を描くことになる。そのことをもってして、また一段と思い出深い映画となったのだった。
「パレットクラブスクール」は東京の築地にある土日開講のイラストの専門学校で、第一線でプロとして活躍する様々な講師の先生達が週ごとに立ち替わり授業を受け持つ。設立されたのは「オサムグッズ」でよく知られる偉大なイラストレーター・原田治さんだ。一昨年から今年にわたり大規模な展覧会『原田治展「かわいい」の発見』が全国の美術館を次々巡回しているので、見に行かれた方も多いのではないだろうか。2013年、私は紆余曲折のすえ一念発起して、住んでいる京都からそのパレットクラブに通うことに決め、平日は会社勤めをし、週末には授業を受けに深夜バスで京都〜東京間を往復するという生活を送っていた。
授業は6月から翌年の3月までで、最後には卒業制作展がある。当時、卒業制作展のテーマは毎年ごとに設定されており、その年のテーマは“わたしの好きな詩(うた)”で、それは詩でも歌詞でも短歌や俳句でもよいとのことだった。私は映画「巴里の屋根の下」の主題歌の歌詞と、ペギー・リーのカバーで知った「I don't want to play in your yard」という古い唄の歌詞と、万葉集の好きな短歌とも迷った結果、この「ベルリン・天使の詩」の『わらべうた』に決めた。
『わらべうた』は映画の脚本を監督と共に手がけたオーストリア出身の作家、ペーター・ハントケの作った詩で、全4章からなり、映画のところどころで出てくる。以下、第1章の日本語訳を字幕より引用する。
「子供は子供だった頃 腕をブラブラさせ 小川は川になれ 川は河になれ 水たまりは海になれ と思った / 子供は子供だった頃 自分が子供とは知らず すべてに魂があり 魂はひとつと思った / 子供は子供だった頃 何も考えず 癖もなにもなく あぐらをかいたり とびはねたり 小さな頭に 大きなつむじ カメラを向けても 知らぬ顔」
この詩そのものも、ドイツ語で読み上げる声色も、その抑揚とリズムも、その時の映像も、すべてがとても美しく、初めて映画を観たときから忘れられなくなった。第1章から第4章まで本当に素晴らしく、映画には分割されつつもすべて出くるので、ご興味のある方はぜひ全文を見て聴いていただきたい。
今回久々に観返して、『わらべうた』の変わらないその良さをあらためて堪能した。また、ヒロインのマリオンが天使の羽らしき耳飾りをつけていたのに初めて気が付いた。目を凝らして見ないとわからないような事でもなくばっちり映っているのに、今までなぜか全く気付かなかった。同じ映画を何度も観ると、そんなふうにその時々での自分の興味や意識を逆に知ることとなり、おもしろい。そして続編と言われている別作品「時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!」は今まで全く知らなかったのだが、この度ザ・シネマメンバーズの配信で初めて鑑賞した。「ベルリン〜」を観たことのある方は、こちらもぜひ。
そして映画を観てから数年後、私はまだイラストレーターを目指してイラストの学校に通っていたのだが、その学校「パレットクラブスクール」の卒業制作で、この映画に出てくる詩『わらべうた』を題材にして絵を描くことになる。そのことをもってして、また一段と思い出深い映画となったのだった。
「パレットクラブスクール」は東京の築地にある土日開講のイラストの専門学校で、第一線でプロとして活躍する様々な講師の先生達が週ごとに立ち替わり授業を受け持つ。設立されたのは「オサムグッズ」でよく知られる偉大なイラストレーター・原田治さんだ。一昨年から今年にわたり大規模な展覧会『原田治展「かわいい」の発見』が全国の美術館を次々巡回しているので、見に行かれた方も多いのではないだろうか。2013年、私は紆余曲折のすえ一念発起して、住んでいる京都からそのパレットクラブに通うことに決め、平日は会社勤めをし、週末には授業を受けに深夜バスで京都〜東京間を往復するという生活を送っていた。
授業は6月から翌年の3月までで、最後には卒業制作展がある。当時、卒業制作展のテーマは毎年ごとに設定されており、その年のテーマは“わたしの好きな詩(うた)”で、それは詩でも歌詞でも短歌や俳句でもよいとのことだった。私は映画「巴里の屋根の下」の主題歌の歌詞と、ペギー・リーのカバーで知った「I don't want to play in your yard」という古い唄の歌詞と、万葉集の好きな短歌とも迷った結果、この「ベルリン・天使の詩」の『わらべうた』に決めた。
『わらべうた』は映画の脚本を監督と共に手がけたオーストリア出身の作家、ペーター・ハントケの作った詩で、全4章からなり、映画のところどころで出てくる。以下、第1章の日本語訳を字幕より引用する。
「子供は子供だった頃 腕をブラブラさせ 小川は川になれ 川は河になれ 水たまりは海になれ と思った / 子供は子供だった頃 自分が子供とは知らず すべてに魂があり 魂はひとつと思った / 子供は子供だった頃 何も考えず 癖もなにもなく あぐらをかいたり とびはねたり 小さな頭に 大きなつむじ カメラを向けても 知らぬ顔」
この詩そのものも、ドイツ語で読み上げる声色も、その抑揚とリズムも、その時の映像も、すべてがとても美しく、初めて映画を観たときから忘れられなくなった。第1章から第4章まで本当に素晴らしく、映画には分割されつつもすべて出くるので、ご興味のある方はぜひ全文を見て聴いていただきたい。
今回久々に観返して、『わらべうた』の変わらないその良さをあらためて堪能した。また、ヒロインのマリオンが天使の羽らしき耳飾りをつけていたのに初めて気が付いた。目を凝らして見ないとわからないような事でもなくばっちり映っているのに、今までなぜか全く気付かなかった。同じ映画を何度も観ると、そんなふうにその時々での自分の興味や意識を逆に知ることとなり、おもしろい。そして続編と言われている別作品「時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!」は今まで全く知らなかったのだが、この度ザ・シネマメンバーズの配信で初めて鑑賞した。「ベルリン〜」を観たことのある方は、こちらもぜひ。
卒業制作の作品は天使の子どもたちの絵にドイツ語の詩の原文を手書き文字で描き入れ、なんとか完成した(毎週の授業の提出課題も、私はいつもギリギリだった)。展示を見に来てくれた方からうれしいご感想をいただいたり、その卒業制作展をきっかけに後に個展をすることになったり、自分にとって転機となる一枚になった。
そんなわけで映画「ベルリン・天使の詩」はイラストスクール時代の思い出と深く結びついているのだが、前述の原田治先生も映画がお好きで、書かれていたブログにはしょっちゅう映画の話が出てきた。私は読んでいて、あっ好きな映画女優がおんなじだ!とか、ロメールのことが書いてある!とか、地下鉄のザジ、私も好きです!とか、共通点をいちいち勝手に見つけては嬉しくなり、おもしろいと書かれていた映画はあとで観てみようとメモをした。ブログは今も閲覧可能なので、検索窓に「映画」と放り込んで、出てくる沢山の記事を時々読み返している。
それから、パレットクラブでは原田先生も講師の一人として授業を受け持っておられたので、絵を講評してもらう際に俳優のシャーロット・ランプリングとポール・ニューマンをちょっと斬新な方法で描いてみたものを見せたら、「…似顔絵っていうのはね、似てなくちゃだめなんですよ。」と柔らかくしかしはっきりとダメ出しされたことも忘れ難い。今その絵を見たら、よくこれを原田先生に見せたなと顔から火が出て全身燃え尽きそうなほど恥ずかしい。
学校の主任スタッフをされているKさん(※vol.6に登場するKさんとは別人)という方も大の映画好きでとても詳しく、最近こんなのを観ましたと言うと少しマイナーなものでも「ああ、あれね!」と当たり前のようにすぐわかってくれたり、おすすめの映画を教えてくれたりした。Kさんもロメール好きだったので、ロメールばなしができてとても嬉しかった。イラストスクール時代には、そういった映画にまつわる思い出もたくさんできた。
パレットクラブでは、実際にイラストを描くことももちろん学んだが、映画や音楽や文学、ほかにも料理でも山歩きでもパンでもお酒でも何でも、自分の趣味や好きなものすべてがイラストレーションの仕事にいきてくる、だから自分は何が好きかをしっかり知っておくことや、好きなものをどんどん好きになることがとても大事なんだ、という大切なことを、原田先生や講師の方々から教わった。
原田先生は2016年にご逝去されたが、パレットクラブで教わったことも、とてもおもしろいブログのことも、ずっと胸の内に携えて決して忘れることはない。「ベルリン・天使の詩」もきっと、いつまでもそのことを私に覚えていさせてくれるだろう。
そんなわけで映画「ベルリン・天使の詩」はイラストスクール時代の思い出と深く結びついているのだが、前述の原田治先生も映画がお好きで、書かれていたブログにはしょっちゅう映画の話が出てきた。私は読んでいて、あっ好きな映画女優がおんなじだ!とか、ロメールのことが書いてある!とか、地下鉄のザジ、私も好きです!とか、共通点をいちいち勝手に見つけては嬉しくなり、おもしろいと書かれていた映画はあとで観てみようとメモをした。ブログは今も閲覧可能なので、検索窓に「映画」と放り込んで、出てくる沢山の記事を時々読み返している。
それから、パレットクラブでは原田先生も講師の一人として授業を受け持っておられたので、絵を講評してもらう際に俳優のシャーロット・ランプリングとポール・ニューマンをちょっと斬新な方法で描いてみたものを見せたら、「…似顔絵っていうのはね、似てなくちゃだめなんですよ。」と柔らかくしかしはっきりとダメ出しされたことも忘れ難い。今その絵を見たら、よくこれを原田先生に見せたなと顔から火が出て全身燃え尽きそうなほど恥ずかしい。
学校の主任スタッフをされているKさん(※vol.6に登場するKさんとは別人)という方も大の映画好きでとても詳しく、最近こんなのを観ましたと言うと少しマイナーなものでも「ああ、あれね!」と当たり前のようにすぐわかってくれたり、おすすめの映画を教えてくれたりした。Kさんもロメール好きだったので、ロメールばなしができてとても嬉しかった。イラストスクール時代には、そういった映画にまつわる思い出もたくさんできた。
パレットクラブでは、実際にイラストを描くことももちろん学んだが、映画や音楽や文学、ほかにも料理でも山歩きでもパンでもお酒でも何でも、自分の趣味や好きなものすべてがイラストレーションの仕事にいきてくる、だから自分は何が好きかをしっかり知っておくことや、好きなものをどんどん好きになることがとても大事なんだ、という大切なことを、原田先生や講師の方々から教わった。
原田先生は2016年にご逝去されたが、パレットクラブで教わったことも、とてもおもしろいブログのことも、ずっと胸の内に携えて決して忘れることはない。「ベルリン・天使の詩」もきっと、いつまでもそのことを私に覚えていさせてくれるだろう。