コロナ禍となり、“不要不急”の遠出を控えるようになって久しい。もともと私は出不精だし旅行好きでもないし、イラストレーターという仕事柄コロナ以前から在宅ワークだし、家に籠ることには慣れている。それこそ家で映画の配信を観られればどれだけ暇でも苦にならないし、遠出をしたいという欲は今までそれほど感じなかった。
しかし映画「コロンバス」を観て、ああ、久しぶりに建築物を見に、どこか遠くへ出掛けたいなあという気分になった。できれば自然の中にある美術館とか教会とか、かなり大きい建物がいい。そういった大空間の建築物ならではの非日常的なスケールの大きさやたっぷりの光と影を、自分の肌でビリビリと感じたくなった。「コロンバス」には、そういう建物がたくさん出てくる。
タイトルの「コロンバス」とは、映画の舞台となるアメリカのインディアナ州の都市のこと。ここはモダニズム建築の宝庫で、有名な建築家エーロ・サーリネンらが手がけた名建築が数多くあるという。エーロ・サーリネンの名前は、インテリア好きな方なら「チューリップ・チェア」のデザイナーとしてご存知の方も多いかもしれない。その名の通りチューリップの花びらのような有機的な曲線を描く背もたれと、赤や青のファブリックの分厚い座面、優美なフォルムの一本脚が特徴の、これまた名作家具だ。
私は中学の頃に家具やインテリアが好きになり、そこから建築にも興味を持ち、一時期ミッドセンチュリーデザインやモダニズム建築が特集された雑誌を読み漁っていたことがあった。今思えばイラストレーターになったのも、その頃読んでいたインテリア雑誌で部屋に飾られていた映画「ぼくの伯父さん」などのグラフィカルなイラストレーションのポスターの影響が大きい。海外旅行歴は少ないが、行く時は必ず憧れの建築物やランドスケープを訪れることが第一の目的だった程度には建築好きでもあるので、このモダニズム建築がテーマのひとつだという「コロンバス」は期待大で鑑賞した。
主人公はコロンバスに住む建築好きの女の子ケイシーと、有名な建築家を父にもつ韓国人のジン。ケイシーは母親と二人暮らしで、進学を諦めて図書館で働いており、休憩時には観光ガイドのように、好きな建築物の説明をぶつぶつ練習している。ジンはコロンバスを訪れていた父親が突然倒れ意識不明となったため、急遽韓国からやってくる。父と違い建築の道には進まず、翻訳の仕事をしている。この二人が出会い、ケイシーが自分の好きなコロンバスの建築物の話をして交流を深めていく中で、主人公たちの心の機微や親との関係性、そして成長が描かれる、という物語である。
ケイシーはエーロ・サーリネンの設計した銀行(アーウィン・ユニオン銀行)を前にして、ジンに「これは自分が2番目に好きな建物だ」と話す。1番はとジンが聞くと前に話した住宅(ミラー邸)だと答える。その後も3番目に好きな建物に連れて行ったり、別の建物ではこれは何番目かとジンに聞かれて20番目くらいと答えたりする。これは持論なのだが、好きなものの順位が苦もなくサッと出てくるというのはかなり好きな証拠である。誰に聞かれるでも頼まれるでもなく、自ら真剣に自分の好きなものを普段からランキングしているということだから。
そして、これが2番目に好きな建物だと聞いたジンはその時、なぜこの建物が好きなのかとケイシーに尋ねる。尋ねられたケイシーはこの建物の特徴や建築的な意義を説明し始めるが、それを遮ってジンが言う。そうじゃない。「Who are you?」と。このセリフで私はやられてしまった。
観光ガイドみたいな説明は要らない。この建物がどういう特徴をもっていかに素晴らしいか、歴史的社会的意義や功績があるか、ということが聞きたいのではない。あなたが、他の誰でもなく世間一般でもないあなた自身が、これに接してなぜ好きかと思ったのかを聞きたい。それが「Who are you?」なのである。
しかし映画「コロンバス」を観て、ああ、久しぶりに建築物を見に、どこか遠くへ出掛けたいなあという気分になった。できれば自然の中にある美術館とか教会とか、かなり大きい建物がいい。そういった大空間の建築物ならではの非日常的なスケールの大きさやたっぷりの光と影を、自分の肌でビリビリと感じたくなった。「コロンバス」には、そういう建物がたくさん出てくる。
タイトルの「コロンバス」とは、映画の舞台となるアメリカのインディアナ州の都市のこと。ここはモダニズム建築の宝庫で、有名な建築家エーロ・サーリネンらが手がけた名建築が数多くあるという。エーロ・サーリネンの名前は、インテリア好きな方なら「チューリップ・チェア」のデザイナーとしてご存知の方も多いかもしれない。その名の通りチューリップの花びらのような有機的な曲線を描く背もたれと、赤や青のファブリックの分厚い座面、優美なフォルムの一本脚が特徴の、これまた名作家具だ。
私は中学の頃に家具やインテリアが好きになり、そこから建築にも興味を持ち、一時期ミッドセンチュリーデザインやモダニズム建築が特集された雑誌を読み漁っていたことがあった。今思えばイラストレーターになったのも、その頃読んでいたインテリア雑誌で部屋に飾られていた映画「ぼくの伯父さん」などのグラフィカルなイラストレーションのポスターの影響が大きい。海外旅行歴は少ないが、行く時は必ず憧れの建築物やランドスケープを訪れることが第一の目的だった程度には建築好きでもあるので、このモダニズム建築がテーマのひとつだという「コロンバス」は期待大で鑑賞した。
主人公はコロンバスに住む建築好きの女の子ケイシーと、有名な建築家を父にもつ韓国人のジン。ケイシーは母親と二人暮らしで、進学を諦めて図書館で働いており、休憩時には観光ガイドのように、好きな建築物の説明をぶつぶつ練習している。ジンはコロンバスを訪れていた父親が突然倒れ意識不明となったため、急遽韓国からやってくる。父と違い建築の道には進まず、翻訳の仕事をしている。この二人が出会い、ケイシーが自分の好きなコロンバスの建築物の話をして交流を深めていく中で、主人公たちの心の機微や親との関係性、そして成長が描かれる、という物語である。
ケイシーはエーロ・サーリネンの設計した銀行(アーウィン・ユニオン銀行)を前にして、ジンに「これは自分が2番目に好きな建物だ」と話す。1番はとジンが聞くと前に話した住宅(ミラー邸)だと答える。その後も3番目に好きな建物に連れて行ったり、別の建物ではこれは何番目かとジンに聞かれて20番目くらいと答えたりする。これは持論なのだが、好きなものの順位が苦もなくサッと出てくるというのはかなり好きな証拠である。誰に聞かれるでも頼まれるでもなく、自ら真剣に自分の好きなものを普段からランキングしているということだから。
そして、これが2番目に好きな建物だと聞いたジンはその時、なぜこの建物が好きなのかとケイシーに尋ねる。尋ねられたケイシーはこの建物の特徴や建築的な意義を説明し始めるが、それを遮ってジンが言う。そうじゃない。「Who are you?」と。このセリフで私はやられてしまった。
観光ガイドみたいな説明は要らない。この建物がどういう特徴をもっていかに素晴らしいか、歴史的社会的意義や功績があるか、ということが聞きたいのではない。あなたが、他の誰でもなく世間一般でもないあなた自身が、これに接してなぜ好きかと思ったのかを聞きたい。それが「Who are you?」なのである。
全く偶然だが少し前に同様の場面に居合わせたことを思い出した。年上のNさんという人と、年下でだいぶ若いHさんという人と3人で話していた時のことだった。Hさんはそれまでの仕事を辞めて、伝統工芸品を作る仕事を始めた。後継者不足が言われるような、手作業の職人仕事である。前の仕事との直接的な関連性もない。NさんはHさんに、なぜその仕事をやろうと思ったのかを聞いた。Hさんはその工芸品のどういうところが素晴らしいかを答えたが、Nさんは納得しない様子で、「そうじゃなくて、あなたがそれのどこに感動したのかを聞きたいんです」と言った。Nさんもあの時、Hさんに「Who are you?」と言っていたのだなと思った。
専門家が担当分野を解説するときにはもちろん、客観的特徴や歴史的社会的意義の説明は大事である。だけどそうではない時、私とあなたで対峙している時、あなたはどう思ったのか、どう感じたのかをあなたの言葉で聞かせてほしい。すぐに言葉が出てこないときは、めちゃくちゃ考えてみてほしい。自分がジンにそう言われたような気分だった。饒舌で聞こえの良い借りてきた言葉を、借りていることにさえも気付かずいつのまにか喋っていることがないように、折にふれて「Who are you?」と自問したいと思う。
そんな熱いメッセージのようなものも独り相撲で勝手に受け取ってしまったのだが、「コロンバス」は優しく静かで、建築を通して人が丁寧に描かれているとてもいい映画だった。大きな建物がたくさん出てくるので、画面を長い直線がいくつも走り、その線が時には空や緑を切り取って、美しく心地良い。名建築を目的にぶらりと遠出できるのはまだ少し先になりそうなので、そうしたくなった時にはこの映画を観ようと思う。
専門家が担当分野を解説するときにはもちろん、客観的特徴や歴史的社会的意義の説明は大事である。だけどそうではない時、私とあなたで対峙している時、あなたはどう思ったのか、どう感じたのかをあなたの言葉で聞かせてほしい。すぐに言葉が出てこないときは、めちゃくちゃ考えてみてほしい。自分がジンにそう言われたような気分だった。饒舌で聞こえの良い借りてきた言葉を、借りていることにさえも気付かずいつのまにか喋っていることがないように、折にふれて「Who are you?」と自問したいと思う。
そんな熱いメッセージのようなものも独り相撲で勝手に受け取ってしまったのだが、「コロンバス」は優しく静かで、建築を通して人が丁寧に描かれているとてもいい映画だった。大きな建物がたくさん出てくるので、画面を長い直線がいくつも走り、その線が時には空や緑を切り取って、美しく心地良い。名建築を目的にぶらりと遠出できるのはまだ少し先になりそうなので、そうしたくなった時にはこの映画を観ようと思う。