苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file14「希望の光のような人と共に」

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苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file14「希望の光のような人と共に」

目次[非表示]

  1. 貧しい中に幸福の光
  2. 不器用な姿がまた愛らしい
  3. 完璧な配色演出や構図
  4. ぐっとくる台詞や詩
 すっかり梅雨の時期も過ぎ、あっという間に夏の匂いを感じる日々。気温も暑くなってきたところで少しの刺激が欲しい。そこで今回はアキ・カウリスマキ監督の『パラダイスの夕暮れ』をセレクト。台詞は決して多くなく、コントのように軽快なリズムでストーリーは進む。クスッと笑えるコメディ要素も兼ね備えたアキ・カウリスマキで夏の暑さを吹き飛ばして。

 以前、『マッチ工場の少女』についてコラムを綴ったが、今回の『パラダイスの夕暮れ』は『マッチ工場の少女』と同じく労働三部作のうちの一つだ。個人的にアキ・カウリスマキのラブストーリーは『枯れ葉』よりも『パラダイスの夕暮れ』にときめいた。もしくは、『枯葉』の前半とも言えるのではないだろうか、とさえ感じる。作品発表当時、ジム・ジャームッシュは「最も美しい映画のひとつ」と絶賛したそうだ。

貧しい中に幸福の光

 人通りの少ないヘルシンキの朝を走るゴミ収集車。その運転手である男性、ニカンデル。ニカンデルはいつも行っているスーパーのレジ打ちをする女性イロナに一目惚れする。ちょうどその時、ニカンデルは腕から血を流していた。煙草を片手に吸いながら丁寧に手当てをしてくれるイロナのことを見つめる。時が止まったように恋に落ちる目をするニカンデル。イロナは真っ赤な服を身に纏い、余裕のある表情で立ち振る舞う。

 ニカンデルは同僚の死をきっかけに独立を試みるが、うまくいかない日々が続く。気になるイロナをデートに誘うが、これまたうまくいかない。一方でイロナもひょんなことからスーパーをクビになり、腹いせにスーパーの金を盗む。

 二人は決して裕福とは言えない仕事や生活をしているが、作中にはいくらお金があっても感じることのできない小さく煌めく幸福の姿を幾つか見つけることができた。海辺で二人、ラジオを流しながら黄昏れたり、満席のレストランに入れない時、外で立ち食いをする。今後どうやって生きていくかは、毎日イモを食べる生活をすると答えた。不器用な二人は完璧でロマンチック過ぎても似合わない気がした。人生のどちらかといえば敗北者側の人々を愛と尊厳で描く。

「パラダイスの夕暮れ」
©Villealfa OY

 自身にとっての幸福とはなんだろう。お金をかければ幸福は得られるのか?例えば愛しい人と一緒に居られれば狭いアパート生活でも幸福でいられるのではないか。心の満たされ具合とは華美で格好付けていることではなく、どうしたら豊かで居続けられるのだろうかというところだと思う。

 個人的なエピソードを添えるとしたら、仕事帰りの空腹状態ですぐマクドナルドやすき家に駆け込む日々は心が廃れていった。お腹も瞬間は満たされど、またすぐに空腹へ。満たされない。一方で空腹を我慢しつつも適当でいいから自分で自炊をし続けることで心が満たされ、楽しみの一つになっていった。毎日はできなくても、その小さな行動一つで心の豊かさは保つことができる。

不器用な姿がまた愛らしい

 ニカンデルは、イロナに様々なアプローチをする。しかしあまり上手くいかないことが多い。例えば花束を持ち、待ち伏せをする。ドライブへと車に乗せたところまではよかったのだが、行き着いた場所はビンゴホール。なんだか癖になりそうな独特のリズムで番号を読み上げ続ける。ニカンデルにとっては落ち着く場所なのかもしれないが、連れられたイロナにとっては退屈で、帰宅しようとする。

 はたまた別のシーンではレストランで「俺は退屈か?」と聞く心配性なニカンデル。イロナに「なぜ私といるの?」と聞かれて素直に好きという気持ちを伝えればいいものの、余計なことをベラベラと喋って空気を悪くさせてしまう。見ていてとても歯がゆいが、素直になれない姿は自然と応援したくなる。

 また、唯一の友人にデート代のお金を貸してくれとねだるも、友人は貸してあげるお金の手持ちがなく自分の子供用の貯金箱から崩してまでサポートしてあげる。本当はよくない部分も、人間としての愛らしさがこの映画に詰まっている。完璧な人なんていない。

「パラダイスの夕暮れ」
©Villealfa OY

 好きな人、気になる人ができたらどうアプローチするのが適切なんだろうか。私の場合、ニカンデルと似ているなと思う。素直で上手くロマンチックにアプローチができないから、すぐに会いたいと伝えたり、プレゼントを用意するけれど相手が気に入ってくれるような品物を選べないかもしれない。

 プレゼントって他人のことを考えた時間の集積のようだと感じていて、私はその気持ち自体がとても嬉しい。でも人によってその品物自体を評価する人も居るのだから正解はわからない。私が小学生の時、女の子の友達に水族館のお土産をかなり悩んで買っていったらその子が既に持っている品物だった。それ以降、他人に何かを選びプレゼントするということに自信が無くなってしまった。選ぶ時間は好きだけど渡した後の相手の反応を見るのが怖くなってしまった。

完璧な配色演出や構図

「パラダイスの夕暮れ」
©Villealfa OY

 アキ・カウリスマキ作品を観ていていつも感動させられるのは、難しい配色も完璧に美しく巧みに操作してしまっているところである。壁紙や背景の色と服の色が計算づくされていて圧倒される。アキ・カウリスマキのモノクロ映画も観たことがあるが、視覚での色の影響の割合がかなり大きいことに気付かされた。例えば緑の壁紙に黄色の服、赤の花束。
 その完璧な色遣いに加え、構図にもうっとりしてしまう。室内でのあるキスシーンでは、ドアスペースに二人がぴったりとくっつき抱擁し、まるで絵画のように引きの構図で収めているシーンには脱帽した。抱擁したままイロナの片手から煙草の煙が漂い、二人のスペース以外は暗闇で幻想的だった。

ぐっとくる台詞や詩

 最後に、アキ・カウリスマキ作品を好きな理由の一つとして“ポエティック”だからかもしれないと気づく。どの作品も台詞や歌詞に想いが乗っている。 作中の後半にニカンデルが唱えた台詞がこの映画の様子を上手く現しているので記す。
馴れていたはずなのに 様々な角度から分析したこともある 傷つけられても 短所があっても 愛していればすベてが 楽しみのうちだ おかしいものだ 非常におかしい おかしくて楽しい 恋ってそういうものかも
『パラダイスの夕暮れ』
また、ラストシーンで二人が船で旅立つ時に流れる曲の歌詞も素晴らしい。
この心にいつわりなんてないけれど
本当はわかってる すベて幻、見果てぬ夢
だけど、離れているとこんなにも君がいとしい

昼も夜も 僕だけを見てほしい
でもわかってるんだ
君も僕も知っている 燃え尽きたら、もう戻れない
待っているのは 辛く苦しい、現実という旅路
僕を見て でもそれだけじゃだめなんだ
この闇に負けない心を 明日の涙を吹き飛ばそう

急がないで 大切なのは、今の君と僕
太陽が涙の雲に隠れてしまう前に、美しい世界を二人でゆこう
Harri Marstio「Älä kiiruhda」
 ニカンデルの内なる想いにも聞こえてくるような詩で締めるのが、二人の今後の行方がわからなくても愛に包まれて進んでいくんだという決意にも見えた。

こんな風に、誰かのことを強く想いながら希望の光のように生きていけたら。

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この記事のライター

苅田梨都子
苅田梨都子
1993年岐阜県生まれ。

和裁士である母の影響で幼少期から手芸が趣味となる。

バンタンデザイン研究所ファッションデザイン科在学中から自身のブランド活動を始める。

卒業後、本格的に始動。台東デザイナーズビレッジを経て2020年にブランド名を改める。
現在は自身の名を掲げたritsuko karitaとして活動している。

最近好きな映画監督はエリック・ロメール、濱口竜介、ロベール・ブレッソン、ハル・ハートリー、ギヨーム・ブラック、小津安二郎。

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