ついこの間、画家でコミック作家のMさんの個展を観に出かけた。Mさんは映画好きで、その時の個展もちょうど映画がテーマだった。
在廊されていたので展示中の作品について質問したり、モチーフにしていたおもしろそうな映画のことを教えてもらったりしていた中で、ふと何の気なしに、ザ・シネマメンバーズで最近観たフランスのSF映画、「バンカー・パレス・ホテル」というのがおもしろかったですと話した。
するとMさんが「おっ!」という表情になった。なんと監督のエンキ・ビラルがすごくお好きだという。そして、エンキ・ビラルは有名なバンド・デシネ(フランスやベルギーを中心とした、フランス語圏でのコミックのこと)作家であることや、「バンカー・パレス・ホテル」の他には2本映画を撮っていて自分は全部DVDを持っていること、そのうちの1本は「ティコ・ムーン」というタイトルでジュリー・デルピーが主演しておりミシェル・ピコリも出ていること、自分の作業机の前にそのポスターが貼ってあること、数年前に日本で開催されたエンキ・ビラルの個展を見に行ったことなどを教えてくれた。
私はまさか「バンカー・パレス・ホテル」の話が通じてこんなに膨らむと思っていなかったので、なんだかうれしくなってしまった。そして他にも撮ったという2本、「ティコ・ムーン」と「ゴッド・ディーバ」が、“この先絶対観る映画リスト”に追加された。帰宅してからキャストを調べてみると、ティコ・ムーンには好きな俳優のリシャール・ボーランジェやマリー・ラフォレが、ゴッド・ディーバには大好きなシャーロット・ランプリングが出ているらしく、観るのがさらに楽しみになった。
「バンカー・パレス・ホテル」のことも監督のエンキ・ビラルのことも、ザ・シネマメンバーズで配信されるまで全く知らなかった。SFジャンルにも疎いので、配信されなければこの先もなかなか観る機会は訪れなかったと思う。そうなるともちろんMさんにその話をすることもなく、エンキ・ビラルばなしで盛り上がることもなかったわけだ。
「映画の楽しさってこういうところにもあるよなあ。ありがとうザ・シネマメンバーズ、知らなかったおもしろい作品を配信してくれて」とあらためて思った。
在廊されていたので展示中の作品について質問したり、モチーフにしていたおもしろそうな映画のことを教えてもらったりしていた中で、ふと何の気なしに、ザ・シネマメンバーズで最近観たフランスのSF映画、「バンカー・パレス・ホテル」というのがおもしろかったですと話した。
するとMさんが「おっ!」という表情になった。なんと監督のエンキ・ビラルがすごくお好きだという。そして、エンキ・ビラルは有名なバンド・デシネ(フランスやベルギーを中心とした、フランス語圏でのコミックのこと)作家であることや、「バンカー・パレス・ホテル」の他には2本映画を撮っていて自分は全部DVDを持っていること、そのうちの1本は「ティコ・ムーン」というタイトルでジュリー・デルピーが主演しておりミシェル・ピコリも出ていること、自分の作業机の前にそのポスターが貼ってあること、数年前に日本で開催されたエンキ・ビラルの個展を見に行ったことなどを教えてくれた。
私はまさか「バンカー・パレス・ホテル」の話が通じてこんなに膨らむと思っていなかったので、なんだかうれしくなってしまった。そして他にも撮ったという2本、「ティコ・ムーン」と「ゴッド・ディーバ」が、“この先絶対観る映画リスト”に追加された。帰宅してからキャストを調べてみると、ティコ・ムーンには好きな俳優のリシャール・ボーランジェやマリー・ラフォレが、ゴッド・ディーバには大好きなシャーロット・ランプリングが出ているらしく、観るのがさらに楽しみになった。
「バンカー・パレス・ホテル」のことも監督のエンキ・ビラルのことも、ザ・シネマメンバーズで配信されるまで全く知らなかった。SFジャンルにも疎いので、配信されなければこの先もなかなか観る機会は訪れなかったと思う。そうなるともちろんMさんにその話をすることもなく、エンキ・ビラルばなしで盛り上がることもなかったわけだ。
「映画の楽しさってこういうところにもあるよなあ。ありがとうザ・シネマメンバーズ、知らなかったおもしろい作品を配信してくれて」とあらためて思った。
「バンカー・パレス・ホテル」は、先に述べた通り、バンド・デシネ作家であるエンキ・ビラルが撮った1989年公開のSF映画だ。
冒頭から絶え間なく銃声が響き、濁った雨が降っている。何かの組織のお偉いさんっぽい人が荷物をまとめてどこかへ出発するが、その痕跡を消すために建物も車も次々と爆破していく。
着いた先は地下深くのシェルターのようなバンカー・パレス・ホテル。そこには既に他のメンバーが集まっており、従業員であるアンドロイドが彼らを迎え入れ、サービスしている。しかしこのアンドロイド達は旧型らしく、動きがぎこちなく、頼りなく、空虚な表情をしている。集まったメンバーはどうやら政府の高官とその連れの女たちで、“大統領”に招集されたらしいが、肝心の大統領は一向に姿を見せない。そんなバンカー・パレス・ホテルにクララという謎の女性が潜り込む…。
見進めていく中で、これはある国の体制側と反体制側(革命派)の戦いの終末期を描いたディストピアものだということがわかってくる。難解というわけではないが、明確に説明される部分がかなり少ないので、最初に観た時はストーリーがあまりすんなりと入ってこなかった。しかし再度、会話から人物の関係性を注意して読み取りながら観るとすっきりと腑に落ち、よりおもしろく鑑賞できた。一度観るだけではもったいない、噛めば噛むほど味が出るタイプの映画だと思う。
一方で、その映像美とキャラクター達は一度観ただけでもくっきりと脳に刻まれる。ジャン=ルイ・トランティニャン演じるオルム(前述した、冒頭に登場する何かの組織のお偉いさんっぽい人)は冷静沈着な組織内でのリーダー格だが、所々でほんの少しだけみせる茶目っ気のある狂気が最高だ。お茶目なぶん、より怖い。スキンヘッドに逆三角形なスーツやコート姿も似合っていて、代表作の「男と女」よりこっちの方が全然いいじゃん!と思った。
ホテルに潜入する女性クララを演じるキャロル・ブーケは、赤毛のシンメトリーなショートカット。暗い表情と退廃的な雰囲気がものすごくいいと思ったら、ルイス・ブニュエルの「欲望のあいまいな対象」で主演していた女優さんだった。ボンドガールにもなっているらしいが、とにかくこの役が非常にかっこよかった。他にもジャン=ピエール・レオーがカラスと仲の良いキレ気味な青年を演じていたり、太った女性のアンドロイドも強烈だったりと、こういったキャラクターの個性や造形が秀逸なのはさすがバンド・デシネ作家といったところだろうか。
そしてMさんと楽しく話していた時には思いもよらなかったことだが、その後、ロシアがウクライナに侵攻するという2022年の今の世に信じ難い現実を目にして、この映画が伝えていることの重みをよりずっしりと感じることとなった。
響く銃声、自分たちだけ安全な所に避難する高官、禁じられた言語。体制側のオルムが自身のことを「革命家」と茶化して言った時、クララは冗談でもそんなことを言うのは許さないと言わんばかりに、一瞬でものすごく険しくなる。「革命家?地上では今も大勢死んでいるのに」。
「バンカー・パレス・ホテル」では、舞台はどことも時代はいつとも説明はされないが、独裁的な政治や高圧的な特権階級への批判がはっきりと描かれている。そのような権力は一時的に力を持つことはあっても、必ず終わりを迎えると信じたい。
今この映画を再び見返して、切にそう思う。
冒頭から絶え間なく銃声が響き、濁った雨が降っている。何かの組織のお偉いさんっぽい人が荷物をまとめてどこかへ出発するが、その痕跡を消すために建物も車も次々と爆破していく。
着いた先は地下深くのシェルターのようなバンカー・パレス・ホテル。そこには既に他のメンバーが集まっており、従業員であるアンドロイドが彼らを迎え入れ、サービスしている。しかしこのアンドロイド達は旧型らしく、動きがぎこちなく、頼りなく、空虚な表情をしている。集まったメンバーはどうやら政府の高官とその連れの女たちで、“大統領”に招集されたらしいが、肝心の大統領は一向に姿を見せない。そんなバンカー・パレス・ホテルにクララという謎の女性が潜り込む…。
見進めていく中で、これはある国の体制側と反体制側(革命派)の戦いの終末期を描いたディストピアものだということがわかってくる。難解というわけではないが、明確に説明される部分がかなり少ないので、最初に観た時はストーリーがあまりすんなりと入ってこなかった。しかし再度、会話から人物の関係性を注意して読み取りながら観るとすっきりと腑に落ち、よりおもしろく鑑賞できた。一度観るだけではもったいない、噛めば噛むほど味が出るタイプの映画だと思う。
一方で、その映像美とキャラクター達は一度観ただけでもくっきりと脳に刻まれる。ジャン=ルイ・トランティニャン演じるオルム(前述した、冒頭に登場する何かの組織のお偉いさんっぽい人)は冷静沈着な組織内でのリーダー格だが、所々でほんの少しだけみせる茶目っ気のある狂気が最高だ。お茶目なぶん、より怖い。スキンヘッドに逆三角形なスーツやコート姿も似合っていて、代表作の「男と女」よりこっちの方が全然いいじゃん!と思った。
ホテルに潜入する女性クララを演じるキャロル・ブーケは、赤毛のシンメトリーなショートカット。暗い表情と退廃的な雰囲気がものすごくいいと思ったら、ルイス・ブニュエルの「欲望のあいまいな対象」で主演していた女優さんだった。ボンドガールにもなっているらしいが、とにかくこの役が非常にかっこよかった。他にもジャン=ピエール・レオーがカラスと仲の良いキレ気味な青年を演じていたり、太った女性のアンドロイドも強烈だったりと、こういったキャラクターの個性や造形が秀逸なのはさすがバンド・デシネ作家といったところだろうか。
そしてMさんと楽しく話していた時には思いもよらなかったことだが、その後、ロシアがウクライナに侵攻するという2022年の今の世に信じ難い現実を目にして、この映画が伝えていることの重みをよりずっしりと感じることとなった。
響く銃声、自分たちだけ安全な所に避難する高官、禁じられた言語。体制側のオルムが自身のことを「革命家」と茶化して言った時、クララは冗談でもそんなことを言うのは許さないと言わんばかりに、一瞬でものすごく険しくなる。「革命家?地上では今も大勢死んでいるのに」。
「バンカー・パレス・ホテル」では、舞台はどことも時代はいつとも説明はされないが、独裁的な政治や高圧的な特権階級への批判がはっきりと描かれている。そのような権力は一時的に力を持つことはあっても、必ず終わりを迎えると信じたい。
今この映画を再び見返して、切にそう思う。