苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file13『恋人でも家族でもただの友人でもない関係』

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苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file13『恋人でも家族でもただの友人でもない関係』

目次[非表示]

  1. 真反対な二人
  2. 素敵な時間やモノを共有する
  3. こんな人に遭遇したら嫌だなぁ
  4. モノの価値
 新緑の季節へと移り変わった5月が終わり、雨がよく降る季節になってしまった。そんな時、夏へと向かう陽気で前向きな気持ちになるには、エリック・ロメールがぴったりだ。ちょうどこの時期に私が観たくなるのが『レネットとミラベル/四つの冒険』である。こちらはオムニバスによる四本の短編作品だ。「喜劇と格言劇」シリーズの最後の映画「友だちの恋人」の撮影合間に16mmフィルムで衝動的に撮ったという。

 ポップな電子ゲーム音のようなイントロから始まり、それぞれ「青の時間」「カフェのボーイ」「物乞い 窃盗常習犯 女詐欺師」「絵の売買」というタイトルが付けられている。

真反対な二人

 黒いノースリーブに赤のカーディガンを肩にかけ、無造作に髪を結ったハンサムな女の子、ミラベルが自転車で登場する。どうやら自転車のタイヤがパンクしてしまったようだ。するとカゴバッグを持った白いワンピースを纏うガーリーな女の子、レネットが道を通り掛かる。ミラベルが「あの・・・」と声をかけるとレネットは親切にタイヤのパンクを直してくれた。それが二人の出逢い。これをきっかけに仲良くなれるなんて奇跡のよう。タイヤの修理の際、草原に赤色の小道具が並び、色のコントラストが効いている。
 レネットは納屋を改造した家に住んでいる。アザミなどが生える大草原の庭を持ち、室内では絵を描いている。ミラベルは民俗学を学んでおり見た目から全てが真反対の二人だが、初対面と思えないほど話しているうちにだんだん距離が縮まってゆく。二人の姿を見ていると、心が通じ合えば会った回数や付き合いの歴など関係ないように思える。私は初めて鑑賞した時、ふたりを「魔女の宅急便」に登場する絵描きのウルスラと主人公キキのように思った。ウルスラとキキは、キキが無くしたメイのぬいぐるみがきっかけで仲良くなった。今回のようにピンチがチャンスになるような出逢い。
 個人的なエピソードになるが、私は二卵性双生児でありその妹がいる。一卵性双生児は顔も嗜好もおそらく似ているのだが、私たちはレネットとミラベルのように絵に描いたように似ておらず、もはや友人に見間違えられるほど。似ている箇所は名前くらいで、見た目も嗜好も面白いくらいに似ていない。私はファッションデザイナーで、妹はトヨタ系列のお仕事をしている。私は18歳の時に東京へ上京し、妹は岐阜県に在住のまま結婚した。私の人生もエリック・ロメールに描いてもらえそう?レネットとミラベルのように互いに共に居て影響を与えられたら一番良かったのだが、そうも上手くはいかなかった。残念ながら今はSNSも知らないし、連絡も3年ほど取っていない。

素敵な時間やモノを共有する

 「青の時間」では、夜明け前の一分間の静寂をレネットとミラベル二人で共有する。晴れた夏の朝、自然が息を止めている唯一の瞬間のことだそう。そう教えてくれたレネットは、見たことも感じたこともないミラベルに青の時間を一緒に見ることを約束する。お泊まりをしてレネットがミラベルを起こす。パジャマのまま外へ向かう。目を閉じて耳を澄ますとカエルやフクロウの鳴き声がしんとした朝に響き渡る。外は青い。静寂な時間がこのまま続くと思った時、ゴゴゴと大きな車の雑音が響き渡る。レネットは泣きながら怒り出す。これは本当の青の時間じゃない、もっと良い時間を知っているから。

 親しい人や好きな人、大切な人に自分の最高な瞬間、お気に入り、素敵な時間やモノを共有したいという気持ちはみな一度は感じたことがあるだろう。ことわざの”百聞は一見にしかず”の通り、自分が体験した気持ちを他人であり大切な人にも同じように感じて欲しいと言う気持ち。ミラベルは少しの静寂も良かったと前向きに慰めているが、100%の状態ではなかったことに悲しく苛立ちを覚えたレネットの様子も痛いほどわかる。その人がどう感じるかどうか、受け取る人次第であるが、心の距離が近くなった人とどれだけ作品や出来事、モノを共有できるか試してしまいがち。そんな二人の様子を映画を通して見られて心が温まった。

 エリック・ロメールは日常の些細な事柄をさらりと落とし込むことがどうやら得意なようだ。「青の時間」を初めて観た時、まさに夏の朝に観たい映画だと思った。スクリーンと私だけの秘密。ちょうど青の時間あたりの朝4時か5時あたりにぼーっと鑑賞するのもおすすめ。
 そして何より庭にテーブルを置いて食事をしたり、二人とも赤の服を纏い仲良くしているのも夢のよう。こんな風に日常を楽しめたらと想起させてくれる。二人は雨の日の食事も共に楽しんで、二度目の青の時間を共有する。たった一分、されど一分。駆け寄り抱擁する。そんな至福なひとときを私も誰かと共有したい。

こんな人に遭遇したら嫌だなぁ

 「カフェのボーイ」と「物乞い 窃盗常習犯 女詐欺師」は大きくジャンルわけするとコントのような内容だ。特に「カフェのボーイ」はエリック・ロメール作品あるあるの一つでもある、”実際にこんな人に遭遇したら嫌だな”と思う人が登場してくる。友だちになりたくない人ナンバーワンをこんなに上手く描けるなんてと鼻でクスッと笑ってしまうほど。

 レネットは美術学校の帰りで、道が分からず尋ねたところ一人の男性が答えるもその様子に反応した男性同士二人で揉め始める。そのやりとりは客観的に見たらとても面白いのだが、実際に遭遇したら気まずくて仕方がない。レネットは揉めている間にさらりとすり抜ける。カフェに到着し、コーヒーを注文する。カフェ店員にお代を請求されお金を渡すと小銭じゃないとダメだとしつこく言われる。友だちを待つと伝えても信じてもらえない。傲慢な態度だ。待ち合わせしていたミラベルが登場し、椅子はここから持ってきてはダメだとかコーヒーと伝えるとコーヒーだけかと文句を言うカフェ店員。先ほど遭遇した男性然り店員も面倒だなんて、今日はついていないなと感じてしまう。「物乞い 窃盗常習犯 女詐欺師」も日常で巻き込まれたら嫌だな、と思ってしまった物語。こちらもあわせて楽しんで観てほしい。

モノの価値

 最後の物語、「絵の売買」では、家賃の支払いで悩むレネットが自分にできることは絵を描くことだけだと自負し、画廊に電話をする。一人だけでは心配、とミラベルも他人に装い付き添いながら先に画廊へ入る。レネットは後から入店し、オーナーと話をする。オーナーに色々言われ傷つくレネットだが、この台詞に私は救われていた。

 「絵が褒められると愛される気分」

 私は普段服をデザインし、作っている。作品を褒められると他人がまるで自分のことを愛でてくれているような気がして仕方がないのだ。きっとレネットと私は同じ気持ち。

 絵の買取で、即金は無理だし売れないと思いながらオーナーは渋々受け入れるが、画廊に後から入店したお客がレネットの絵をとても気に入りすぐに売れてしまう。

 モノの価値ってなんだろう。自分は好きでなくても他にこれを好きという人も居る。反対に、自分が好きでもこれを好きと言わない人も居る。万人受けしなくても、どこかに居るたった一人に喜んでもらうことができたら幸せだ。

 偶然の出逢いを果たしたレネットとミラベル。性別関係なく、恋人でも家族でもただの友人でもない関係で居られるような人と生涯で何人と出逢えるだろう。

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この記事のライター

苅田梨都子
苅田梨都子
1993年岐阜県生まれ。

和裁士である母の影響で幼少期から手芸が趣味となる。

バンタンデザイン研究所ファッションデザイン科在学中から自身のブランド活動を始める。

卒業後、本格的に始動。台東デザイナーズビレッジを経て2020年にブランド名を改める。
現在は自身の名を掲げたritsuko karitaとして活動している。

最近好きな映画監督はエリック・ロメール、濱口竜介、ロベール・ブレッソン、ハル・ハートリー、ギヨーム・ブラック、小津安二郎。

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