楠木雪野のマイルームシネマ vol.9「愛だの恋だの言わないロメール」

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楠木雪野のマイルームシネマ vol.9「愛だの恋だの言わないロメール」
 ザ・シネマメンバーズでのロメール映画の配信期限が近づいてきた。すでに3月末で配信終了になったものがあり、4月末にもいくつか終了になり、5月末ですべて終了になる。観始めた頃は配信期間が長いのでだいぶ先まで繰り返し楽しめると喜んでいたけれど、時間は経ってみるとやっぱりあっという間だ。ロメールが気になっている皆様、お好きな皆様、ぜひぜひお見逃しなきよう…。

 というわけで、今回は5月末で配信終了となるエリック・ロメールの「レネットとミラベル/四つの冒険」を取りあげることにした。個人的に、今まで観たロメール映画の中でも特に好きな作品のひとつであり、これを観ると毎回「ああいい」「ああ好き」「ああたまらん」「ああ二人がかわいい」と悶絶しながら幸せな気分になる。

 おおまかなあらすじは、夏休みに偶然田舎で出会ったレネットとミラベルという女の子たちが意気投合してパリでルームシェアをしながら暮らすようになる というもので、田舎での出会いを描いた「青い時間」、以降のパリでの出来事を描いた「カフェのボーイ」「物乞い、万引、ペテン師の女」「絵の販売」という4篇の物語で構成されている。

 1篇1篇は短いので、気分によってどれかひとつを仕事の合間に観たり、流しながら作業や家事をしたりするのにもいい。魅力的なかわいい女性、かわいい服、部屋や小物、パリの街、郊外の瑞々しく美しい自然、少人数でのロケ撮影など、これぞロメールといった部分がたっぷり味わえて、いつ観ても軽妙洒脱なものへの憧れを満たしてくれるのだが、一方で“めずらしく男と女が愛だの恋だの言わないロメール作品”であるとも言える。


 レネットは田舎で絵を描いていて、これからパリの美術学校に通うことになっているが今までの学校は何度行ってもだめだったという女の子。ちょっと変わっていて思い込んだらこう!と頑なで、服装は時々小学生みたいに見えるときがある。ミラベルは都会っ子で服がいつもお洒落で、サバサバして気が強いが面倒見が良い所もあり、柔軟にものごとに対応する。タイプも住む世界も考え方も全く違うふたりだが、率直に言葉を交わし自分の考えを述べ、時には意見を戦わせる。

 私がこの映画で好きなところはたくさんあるのだが、たとえば「踊れない」と尻込みするレネットにミラベルが「大丈夫、さあ」と促し、ラジオから流れてくる音楽に合わせてかわいく踊るシーンが好きだ(結局レネットはヒートアップしてすごく踊る)。たとえば物乞いをする人に小銭を恵むことについて議論した後日、ミラベルがレネットに感化されたように同じ行動をとる描写も好きだ。ミラベルが何度かレネットのことを「変な子ね」と言うところも好きだし、議論していたふたりが次の瞬間にあっけらかんと仲良くしているところも好きだ。

 レネットとミラベルは、人生の醍醐味のひとつは自分ではない他者と時間を分かち合い、その結果影響を与え合い変化し合うことだということを、崇高ぶらず説教臭くなく、とてもチャーミングなかたちで見せてくれるのだ。
 また、4篇どれも気軽に観られると書いたが、第3話の「物乞い、万引、ペテン師の女」はそうでいてだいぶ奥深く、善悪や罪と罰、倫理などについてうーむと考えさせられる。タイトル通り人々が物乞いや万引きやペテンをする場面に居合わせたふたりの対照的な行動や考えを描いているのだが、その中でミラベルの発する「他人を罰する自分の正義を認めるのね」というセリフは、正しさをかざして攻撃的になりやすい今のSNS社会においても強く問題提起してくる言葉だと思う。 

 ロメール映画にはいつもそのような視点がある。かわいくてお洒落だという特徴ももちろんあるが、それだけじゃない。だから男女が愛だの恋だの言っている作品でも、そうでない作品でも、今なお輝き続け、観た人の心を掴むのではないかと思う。

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この記事のライター

楠木雪野
楠木雪野
楠木雪野 くすききよの
イラストレーター。1983年京都生まれ、京都在住。会社勤めを経てパレットクラブスクールにてイラストレーションを学び、その後フリーランスに。エリック・ロメールの『満月の夜』が大好きで2015年に開催した個展の題材にも選ぶ。その他の映画をモチーフにしたイラストも多数描いている。猫、ビールも好き。

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