PROGRAM

放送作品情報

最愛の子

親愛的 2014年 中国 香港 / 129分 ドラマ

児童誘拐、一人っ子政策…実際に起きた事件を基に中国社会の歪みをあぶり出すヒューマン・ミステリー
放送日時
2018年11月04日(日) 深夜 01:30 - 04:00
2018年11月08日(木) 23:15 - 深夜 01:45
2018年12月03日(月) 06:00 - 08:30
2018年12月18日(火) 深夜 03:15 - 05:30
解説

2008年3月に中国で実際に起きた児童誘拐事件を、幅広いジャンルを手がける職人ピーター・チャンが映画化。人気女優ヴィッキー・チャオが誘拐犯の妻に全編ノーメイクで扮し、実の親とは違った“愛のカタチ”を熱演。

ストーリー

2009年7月18日。中国・深せんでネットカフェを営むティエンは、3歳の息子ポンポンと2人で暮らしていた。ある日、別れた元妻ジュアンの車を一人で追いかけたポンポンが何者かに連れ去られてしまう。ティエンとジュアンが必死に捜索を続けて3年、遠くの農村にポンポンがいるという情報が入り、2人は息子と再会を果たす。だが誘拐当時3歳だったポンポンに実の両親の記憶はなく、彼にとっての親は誘拐犯の妻ホンチンだった。

出演

ヴィッキー・チャオ
ホアン・ボー
トン・ダーウェイ
ハオ・レイ
ほか

字幕/吹替
字幕
掲載制限
なし
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド画面
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日 2018/9/14

    ドキュメントタッチ

    行方不明になった子どもを探す話。後半は行方不明の子どもを育てていた側の話になる。 ドキュメントのような語り口と思ったら、最後にモデルになった人が出てきて、かなり実話に沿った話だったことが分かる。子どもを探してくれと広報すると金儲けのチャンスと近寄ってくる人がいたり、同様の境遇の会があったり興味深い。一人っ子政策で子供を産むのに出産許可証がいる中国、行方不明の子どもがいる場合どうするのかといった子どもを巡る問題はいろいろありそうだ。 後半は誘拐して育ての親となった女性の立場になって話は進んでいく。《八日目の蝉》を連想する。誘拐して育ててるのだから圧倒的不利で、子どもが一時的に親として慕っていても子どもも不幸に巻き込むことになりそうで、子どもを思う気持ちを正のものとして前面に出されても同意できない。全体どうしてもヒステリックになりますね。その彼女が妊娠というオチは意外だった。

  • 鑑賞日 2018/6/7

    単純な映画ではなかった。

     ラストシーンで、親と子が再会し、涙。  そんな予想もしていたが、そんなアマチャンの映画はピーター・チャンは作らなかった。  この映画には、THE END はない。  犯罪があり、悲しみが次々と連鎖していく。  疑問に思ったエピソードもあるが、実録の持つ重さを反映した演出が素晴らしい。  プロローグこそ作り物めいたようにも思えたが、子役も含めた俳優たちの真摯な演技に、2時間すっかり引き込まれてしまった。  中国映画のレベルも高い。  中国では、子供を産むのに出産許可証がいるらしい。  そのあたりの事情も興味深かった。

  • 鑑賞日 2018/5/21

    名作だし力作

    これは辛いなあ。 自分たちと違う文化圏の、遠い世界で起こっている特別な事件だなんて思えない。 世界中のどこの親も子供がいとしい。探して探して、疲れ果てても諦めきれず、仲間を募って旅立つ。 「みなさん、新しい子供を作らず、探し続けましょう」 「十日目の蝉」。「そして父になる」。 何が何でも子どもを欲しがる人もいるし、他人でも親子として幸せを見つける人たちもいる一方、実の親でも情愛のない人がいる。ペットなんて一匹残らず、どこかから誘拐してきた動物たちだ。 愛情には理由はないし、どんな事情も関係ない。 というか、これは「愛」なの?「執着」ではなく? 人間って本当にむずかしい。 愛と執着のぶつかり合いを法廷闘争に持ち込むことで、一応の秩序を作ろうとする。 そこでまた一人、子供が・・・。 とてもよくできた映画だし、とてもいい映画でした。

  • 鑑賞日 2017/9/19

    振り回される子供、一人っ子はつらいよ。

    テレビニュースでも中国ネタの映像ニュースは欠かせない。大きい国だけにビックリ 仰天のニュースが飛び込んでくる。本作も実話からの映画化で、大きな話題になった のだろう。日本から見れば、さらに驚きは強くなる。一人っ子政策をはじめ、産児制限と 子供がらみの問題は国民生活に影を投げかけているようだ。子供を欲しがる風潮は、 誘拐と人身売買のブラック・マーケットが育つのか、本作でも誘拐された子供を探す 親の会が大きくクローズアップされている。舞台は先進の経済都市深圳、ここでも都会 と農村の経済ギャップが語られる。 この物語で犯罪性が考えられるのは、3歳児ポンポンを誘拐した育ての親ホンチンの 夫だろう。しかし彼は肝臓ガンで亡くなりドラマには出て来ない。さらに彼は建築現場で 捨て子の女児を拾い、ポンポンの妹として育てていた。妻のホンチンは夫から真相を 打ち明けられたことはない。被害者のティエンと元妻ジュアンともどもこの映画には 悪人は出て来ない。 3年後、奇跡的にポンポンを探し出すことができた。安徽省の農村で再会したポンポンは 両親が分からず、育ての親ホンチンのみ母親と慕い、妹との別れを悲しんだ。後半は ホンチンの視点でドラマは進み、深圳に渡ったポンポンと施設に引き取られた妹を わが手に戻すことに奔走した。元々不妊症のホンチンは兄妹の二人の子供にすべて を託していた。ジュアンもまたポンポンのために妹を養子に迎えようと試みたが、二番目 の夫は実子を望む。ここで二人は離縁。中国で子供を持つことの難しさに直面する。 「探す会」でも誘拐された子供の死亡を認めなければ、子供を出産することもできない。 家族の愛の深さと社会的な拡がりを持つ傑作となった。

  • 鑑賞日 2017/7/11

    最愛の子

     コノエイガノストーリーを、聞いたことがあると思いながら鑑賞していました。最後に実際の映像などが流れた時に思い出しました。アンビリバボーで確か紹介していた話でした。  この話の不幸がどこで始まったのか。自分を追いかけてくるん子供に気づきながら、無視した母親が悪いのか。子供を誘拐した男が悪いのか。ま、この誘拐した人が悪いんでしょうけどね。  びっくりしたのが子供が行方不明になって悲しんでいる人をだましてお金を取ろうとする人や、自分の子供を養えないから代わりに育ててもらおうと考えた人などなど、この世の中には本当にいろんな人がいるんだなと。なんか悲しくなりました。 実際の事件らしいのですが、二人の母親が悲しみ、そして二人の子供が人生を狂わされたんだなぁと思うと、いたたまれなくなりました。  

  • 鑑賞日 2017/5/16

    【観た:最愛の子】前半はともかく、後半はエゴイストがゴネ得を通そうとしているように感じた。

  • 鑑賞日 2017/4/22

    子供が幼少期の記憶失くしてるのキッツ。実話だと聞いて居た堪れない。日本でもこういう事件はあると思うけど、中国では特集となって映画になる程多いのか、、、?

  • 鑑賞日 2017/2/25

    哀しみは同じ

    よくよく考えてみれば、すでに死亡している誘拐犯も金品欲しさの営利誘拐をしたわけではなく、子宝に恵まれない自分の我が子欲しさに奪い、大事に育てていたわけで、その意味では連れ去られた二人の子供は被害者にとっても加害者にとっても、自らの「最愛の子」であることに違いはないってことを実感。もちろん、だからといって誘拐という卑劣な犯罪が決して許されるわけじゃないけれど。それにしても、頑張れ、という励ましの言葉が、真に打ちのめされた人に対して禁句だってことは、日本同様に中国にも浸透していないらしい。 そこにどんな事情があろうとも、子供を奪われた哀しみは生みの親も育ての親も同じということがミステリアスなドラマ展開を通して伝わってくる実話ベースの人間ドラマ。それはまた、アクティブなカメラワークとリズミカルなカッティングを駆使して、中国社会の実相をリアリスティックに掬い取ったP・チャンのテクニカルな語り口が光る社会派ドラマでもあった。ついでながら、この映画の鑑賞を契機に人身取引の状況について調べてみたら、直近の報告で日本はワースト10位という先進国にあるまじき有様で、ワースト7位の中国のことを笑える立場ではないってことを知る。 あと、エンドクレジットとともに流れるドキュメント映像は、個人的には蛇足のような気がしなくもなくの5点マイナスとした。

  • 鑑賞日 2017/2/17

    最愛の子

    中国で実際に起こった児童誘拐事件を基に描く感動のヒューマン・ミステリー。 愛する我が子を奪われた両親とともに、 育ての親となった誘拐犯の妻にも焦点を当て、 それぞれが抱く我が子への深い愛情と葛藤を痛切なタッチで描き出していく。 冒頭で複雑に絡み合う配線の描写はこれからの展開の暗示がされている。 我が子を奪われた両親だけに焦点を当て描かれるだけでなく、 育ての親となった誘拐犯の妻にも焦点を当ている所が面白い。 登場人物のひとりひとりの状況や感情を丁寧に描写していっている。 人身売買は、 当然買う側がいるから成り立ってしまうわけでどうしようもない。 1つの幼児誘拐事件が、 絡み合う配線でたとえられ絡み合った配線は元に戻ることがないく本当に誰も救われない。

  • 鑑賞日 2017/2/7

    Dope

    「超」とか付けたら、余計に陳腐になってしまうが、気持ち的には「超Dope」。 これを劇場で観ていたら、その年の1位になっていたかもなぁ~と。 淡々と描きながらも、ぐいぐい引き込まれる。 監督の手腕が尋常じゃない。 事実を基にしているから、面白いとかではない。 もちろんそういう側面もあるが、それだけではこれほどの傑作は多分生まれなった。 事実を基にしながらも、映像演出をしっかりしている。 描き方にはちゃんと飽きさせない工夫もされている。 誰にとっての最愛の子なのか、ボディにくる作品。

  • 鑑賞日 2017/1/18

    中国政策の闇

    中国の出産統制から来ている問題であろう ハッピーエンドが望めない社会風刺 そこに家族愛を絡めたストーリー 子供が置き去りになった感が強いが全体として緊迫感の続く良作であった

  • 鑑賞日 2017/1/15

    出産制限と育児状況

    実話系。 幼児誘拐に端を発する中国子ども諸事情。 親子愛と法律の物語。 いくつかのエピソードを一作にまとめている。 世界共通の意識と国によって違う部分。 次世代や親の情愛に対する世界の温度差を考察する手掛かり。

  • 鑑賞日 2016/11/30

    最愛の両親。

    中国で頻発する人身売買目的の幼児誘拐、息子を誘拐された実親 と誘拐されたとは知らずに育てた育親の運命が前後枠で描かれる。 実話ベースの辛く報われない話なのだが、息子役の好演と育親を 演じるV・チャオの演技に恐れ入る。エ?これが彼女?と思う程。 血の繋がりは勿論、子供を奪われた親の気持ちは計り知れないが 夫の子供と信じて愛情を注ぎ続けた育親の元へ帰りたがる息子を 前にアタフタ、育親は育親で何とか子供を取り戻そうと裁判まで 起こそうとする。挟まれた子供がどんな思いで親達を見つめたか、 運命を受け入れるまでの過程が非常に切ない。片や夫婦が離婚し 片や夫と死別した境遇の妻が争奪戦を繰り広げる皮肉に胸が痛む。

  • 鑑賞日 2017/1/10

    中国では毎年数多くの幼児誘拐事件が発生、大きな社会問題となっている。 背景にあるのは、1979年から始まった「一人っ子政策」である。 急激な人口増加を緩和するために中国政府が行った抑制策である。 この政策により、原則として子供は1人に制限され、違反した場合は罰金が科せられることになった。 そのため働き手や跡継ぎとなる男児の価値がよりいっそう高まり、養子をとるケースが増えていった。 その結果、非合法な人身売買市場が生まれ、誘拐事件が多発するようになったのである。 さらに幼児誘拐事件の裏には、現代中国が抱え持つ様々な問題が絡まっており、問題解決のためには多くの難問をクリアしなければならないという現実が大きく横たわっている。 その絡まった糸をひとつひとつ根気強く丁寧にほぐしていく様を、誘拐された親と、我が子として育てる母親の、両方の姿を通して浮き彫りにしていくのが、この映画である。 トップシーンに現れる裏路地の頭上で複雑に絡み合った電線は、これから始まる物語の複雑さを暗示している。 簡単にシロクロをつけられるといった問題ではない。 何が正義で何が悪か、判断に迷うことになる。 日本ではとうてい考えられないような深刻な社会問題が、ドキュメンタリーのようなリアルさで描かれていく。 近くて遠い現代中国、その複雑に歪んだ断面を真正面から切り取った力作に、時に言葉を失い、涙を誘われたのである。 監督は「あなたがいれば 金枝玉葉」「ラヴソング」といった90年代の香港映画で知られるベテラン、ピーター・チャン。 久々のこの映画で、いまだ健在というところを存分に見せてくれたのである。

  • 鑑賞日 2015/11/23

    繁栄の影に隠された中国の闇。

    東京FILMEXで鑑賞。別れ別れになった親子が絆をまた取り戻せるのか?…みたいな話ではない。テーマは別のところにあるように思う。子供を誘拐された両親よりも、誘拐(と薄々知りながら)育てていた女によりスポットが当てられるのは、この映画が描こうとしたものが繁栄の陰に隠された中国の果てしない闇だからだ。子供の誘拐。そのほとんどは跡継ぎとして需要の高い男児だ。一方、女児は口減らしのために捨てられることも多い。犯人を装い身代金を騙し取ろうとする者、懸賞金目当てに偽の情報を流す者。農村で暮らしていた誘拐犯の妻は、貧しさゆえの無智無学のためにいつの間にか犯罪者となり糾弾される。せめて施設に移された女児を取り戻そうと奔走するが、そのためにはこの子供が捨て子だったという証拠が要る。唯一それを証明できるはずの亡夫の元仕事仲間は、出稼ぎの苦しい立場ゆえに面倒を嫌がり証言を渋る。訴訟だらけの社会で、金にならない依頼者を相手にしない弁護士、疲弊してロクに話を聞こうとしない裁判所。また悲劇は貧しい者だけにあるのではない。一人っ子政策。それは、誘拐された子供を諦めきれないまま次の子供を宿した夫婦に上の子の死亡届を出して下の子を産むか、それとも下の子を諦めるかという苦渋の選択を迫るのだ。証言を得るために体を投げ出した女は、ラストで妊娠を知る。調停の結果が出る前に映画は終わるが、彼女もまた、その子を産むならば施設にいる女児を引き取ることはできなくなるかもしれない。果てしない親たちの哀しみと、宙に浮いてしまう子供たちの気持ち。どうにもにやり切れない気持ちになる。

  • 鑑賞日 2016/11/16

    子どもは完全に脇役

    子役の台詞も少ない。眠ったまま担がれるシーンは人形かと思うほど。 この子の成長のためには何が必要かなどと逡巡することなく、ひたすらにわが子を求める大人の都合をすばらしい演出と演技で描き、観客の善悪の価値基準を揺り動かし感情を複雑に波打たせる本当の社会派映画。 後半に付け加えられたフィクションは必要だったのか疑問。

  • 鑑賞日 2016/11/16

    全ての子は最愛の子

    親にとって、どんな子だろうが全員最愛の子。生みの親も育ての親も関係無い。それ故の割り切れない想い。次々降りかかる残酷な仕打ち。混乱を極め、引き裂かれる幼い心。相当覚悟のいる映画だ。やや話しを広げ過ぎているが、中国社会の問題点を噴出させるには必要だったのだろう。

  • 鑑賞日 2016/10/30

    親子愛を考えさせられる感動作

    3歳の息子を誘拐された離婚した元夫婦が懸命に愛する子供を探すが、なかなか見つからない。 3年後、6歳になった息子を見つけた時には、息子は実の父母よりも3歳~6歳の間育ててくれた母親を実の母親と思っているという哀しい展開。 親子愛とは…を考えさせられる感動作であった。 2009年7月の深玔で、息子ポンポンの父親ティエンと母親ジュアンは離婚して、息子の親権は父親ティエンにある。 ティエンの店で客が喧嘩している間に、息子は友達と遊びに行ってしまい、母親の車を見つけたポンポンは追いかけているうちに誘拐されてしまう。 その後、父親と母親は「誘拐された子供達を救う会」に参加したりして、夜も寝れずに探し回るが見つからない。 なかには、子供を見つけたと言ってくる詐欺まで現れる。 そして3年後、田舎の村で息子を見かけたという写真が送られて来て、行ってみたら実子だったが、6歳になった息子は育ての母親をママと呼ぶ。 育ての母親ジーガンは禁固刑を受けるが、育てた息子と娘を取り返そうと深玔に出てくる。この街はかなり都会的。 ……とこのあと、様々な出来事が交錯していく。 ジーガンの「桃は食べさせないで!アレルギーだから」の言葉に涙するティエン。 実に感動的な映画であった。

  • 鑑賞日 2016/10/15

    中国の社会問題もはらみながら

    痛ましい誘拐事件から始まる物語は、後半から誘拐犯の妻・ホンチンの慟哭の物語に。ポンポンが早く実親の元へ帰ることを願っていたこちらを複雑な気持ちにさせる。 いたずら目的の誘拐事件を描いた『白い沈黙』とは異なり、中国がはらむ経済格差や一人っ子政策の影が物語に落ちることで、家族の話、ではひとくくりにできないところに魅力があった。特に、子探しグループのリーダー・ハンとその妻が、出産申請を出すシーンが印象的だった。子を産むには許可が入り、前子の死を認めなければならないという日本ではありえない規則の前に、怒る彼の表情が忘れられない。

  • 鑑賞日 2016/10/5

    中国事情

     実際に起きた幼児誘拐事件を描いたクライムサスペンス映画かと思いきや、場所が中国だとまた違った展開になる。日本ならばさしずめ身代金要求になるところを、貧困層が多く、さらに産児制限のあるお国柄から幼児誘拐は人身売買などへとつながることにもなる。そこに無理やり引き裂かれた家族たちの悲劇が生まれることになる。  誘拐先で育てられた子供は本当の親ではないにも関わらず育ての親に懐いて、慕うようになってしまう。生みの親が連れ戻そうとしても子供の心情はそう簡単に切り替えることなどできない・・・そういった悲劇の連鎖が見ていてつらい。結局一番心に傷を負ってしまうのは子供たちというやりきれない事実。  映画は子供を取り戻した両親の喜びと、いっかな心を開かない子供へのとまどいを描写し、さらに誘拐された子だとうすうす感づきつつも、子供欲しさのあまりに育て上げてきた母(ビッキー・チャオ)が子を取り上げられてしまう悲しみといったそれぞれの家庭を不幸に落とし込んでしまう明快な解決がみつからない問題の難しさ、深刻さを浮き彫りにしている。  それにしてもいくら育ててきた子供だとしても、誘拐された他人の子と知ってもなおもすがりつくビッキー演ずる母親にはいまひとつ感情移入しにくいものがある。このあたりが中国特有なストレートな感情のぶつけ合いなのかもしれない。日本の母ならば未練は残るもののあそこまで強引にすがりつかないだろう。  誘拐された子を持つ親の会のエピソードや子を取り戻そうとする弁護士などのエピソードまで裾野を広げてこの問題の全体像をあぶりだそうとしている。でもいささか裾野を広げ過ぎたような気もしないではない。それとクライマックスを感傷的な歌付きで盛り上げたのも自分の好みではなかった。ちょっと残念だった。

  • 鑑賞日 2016/9/3

    うーん、子供を持ってるわけじゃない身からすると、ヴィッキー・チャオにいっさい共感できず。そしてラストの座り心地の悪さたるや。一人っ子政策とかそういうのも含めて、現代中国に対する批判なんでしょうけど、それは面白くはないし……。てかよく中国に怒られなかったなこれ。

  • 鑑賞日 2016/8/15

    見応えのある秀作

    中国の現実を浮かび上がらせると同時に親子の関係を緻密で丁寧な脚本・演出で描き切った。ここには悪人はいない(役人も含め。誘拐犯は確かに悪人と言えるが、既に病死している)が、だれも手放しの幸せな状況ではない。人間の複雑な絡み合いが描かれる。それは、冒頭の、激しく絡まった配線が暗示する。見応えのある秀作である。

  • 鑑賞日 2016/8/10

    一人っ子政策やブラックチルドレン、経済格差問題など…、中国の闇の部分

    去年の暮れに試写会があったけど、どうしても仕事で行けなかった作品。 どちらも哀しい… これが実話に基づく作品っていうのが、更に哀しい。 中国の一人っ子政策やブラックチルドレン問題、都市部と農村部の経済格差問題など、中国の闇の部分をまざまざと見せつけられる。

  • 鑑賞日 2016/6/20

    この国が抱える根深い社会問題が…

    子を持つ親としてはなんともやり切れない後味の悪さが残る。この国の、後々まで引きずらざるを得ない社会問題だろう。大都市部で戸籍を持つほんの一部の恵まれた家庭は別として、圧倒的に大多数を占める農村部の庶民の置かれた現実。子どもの幸福とは。どちらの親の気持ちもわかる。善悪でみると分の悪いヴィッキー・チャオの熱演が映画に迫力を与えている。映画では、事件の背景や具体的な事象が丁寧に描かれており、ドキュメンタリーのような緊張感を生んでいる。余談だがこの格差を覆い隠すために、この国はずっと日本攻撃、ナショナリズムの煽動を止められないだろうな(ー ー;)

  • 鑑賞日 2016/2/11

    中国社会が抱える様々な問題を、子どもの視点から描いた映画である。産みの親も育ての親も、みんな精一杯生きている。誰も悪気はない。だから余計に見る者の胸を締め付ける。出演者の中では、育ての親を演じた女優さんが印象に残った。最後、この映画が実話に基づいていることが明らかにされるが、衝撃的である。

  • 鑑賞日 2016/6/25

    中国政府への諫言

    半年前に鑑賞したが、鮮烈な印象もあり、今回のチャンスがあったので再鑑賞に至った。 もちろん生みの親も育ての親のどちらも深い愛情なのだが、不幸にも三年後では子供は生みの親を忘れていた。親の愛情と純真な子供心が捻じれてしまったドラマ。前編は生みの親の視点、後編は育ての親の視点で投影している。 そして、後半で中国政府の子供政策の暗部を浮かび上げている。見方によっては、挑戦状ですヨ。そう思うと、検閲を上手くくぐり抜けた印象。

  • 鑑賞日 2016/6/20

    二つの論理

    現代中国が抱える問題。それぞれの事情 辛さが素晴らしく丁寧に描かれてわかるだけに目が離せない映画。急速な発展を受け遂げる都市部と 相変わらずの農村部。そして、サイドストーリーとして忘れられないのが認知症との親の生活が、それだけでテーマになる形で描かれているの。誘拐は最近 2万人の子供を救出したと人民民報にでたいたらしいが、不明は20万人に及ぶらしい。ビッキー チャオ演じる母が切ない。

  • 鑑賞日 2016/5/31

    日中の違いを知る映画。日本人で良かったと思う。

  • 鑑賞日 2016/5/28

    家族愛の表現にとどまらない

    親のサガもそうだし、人に対しての愛、ドグマなど、テーマが広い。たまたま「息もできない」の翌日鑑賞だったのだが、通底する基調、多層的なプロット、さらにはテーマ自体も表裏合わせ鏡のよう。誘拐犯嫁のご懐妊のオチよりもむしろ「桃アレルギー」のセリフで、誘拐してきた子どもと認識してたこと、本両親(ああややこしい)と同等の愛情を注いでいたことがほのめかされていて揺さぶられた。最後のドキュメンタリーが衝撃。実話を基にしているというクレジットもこれほど効果的に胸に迫ったものはない。前情報を知らずに観てよかった。

  • 鑑賞日 2016/2/5

    八日目の蝉を思い出す

    201602051850 シネスイッチ銀座  重い重い映画だと思ったら、温かみのある切ない映画でした。予告よりもずっと複雑で色々噛み合っていて考えてしまうなと。なんだけど、複雑でワケワカランという気持ちにはならず、時間はあくまでゆったりと。とても丁寧に登場人物の気持ちに寄り添える映画でした。 びっくりなのは、前半がほぼ実話通りだそうで、後半に育ての母が大胆な行動に出るところからフィクションなんだと。年間20万人の誘拐事件が起きてるそうで中国はやっぱり怖いところだと思った。 演じる俳優さん達が、とても丁寧に役柄に寄り添っている気がしてそれが映画全体の優しさに繋がるのかなとも思いました。 今日は、ヒューマントラストのサウルの息子が満席だったので、急遽時間を調べてシネスイッチへ。LiLiCoさんのトークショーがあったそうで、それも良かった。ああいう人はやっぱり感受性高いんだろうなと。

  • 鑑賞日 2016/4/12

    また観たい

    おもしろい。また観たい

  • 鑑賞日 2016/4/5

    無自覚だった悪意に気づいてしまったのか

    2009年7月、場所は香港に接する深圳(シンセン)。 路地中でネットカフェを営むティエン(ホアン・ボー)は妻ジュアン(ハオ・レイ)と離婚し、3歳の息子ポンポンを育てている。 ある日、ティエンが目を離した隙にポンポンは友だちと近くの空き地にローラースケートをする人々を見に行ったあと、何者かに誘拐されてしまう。 ティエンとジュアンは必死でポンポンの行方を探すが・・・というハナシ。 3年後、山間部の農村でリー・ホンチン(ヴィッキー・チャオ)という未亡人に育てられていることを突き止め、奪い返しにいくあたりまでは、ティエンの捜索活動が中心で物語の幅は狭い。 途中、貧困のために育てられなくなった自分の息子をポンポンと偽る男性や、偽の情報でティエンがかけた懸賞金を奪い取ろうとする輩などが登場して、中国社会の行き詰まりをスリリングに描いていくが、このあたりまでは普通のサスペンス映画と変わらない。 (変わらないが、非常によく出来ている) しかし、この直線的な構図の映画が、中盤から別の様相を呈していきます。 ポンポンを育てていたホンチンのもとには、もうひとり娘がいるのである。 ホンチンの言によると、1年前に亡くなった彼女の夫との間に子を生すことはなく、ホンチンは不妊症と思われた。 そのため、夫は深圳の女にポンポンを産ませ、連れ帰ったと。 さらに、出稼ぎ先の工事現場に捨てられていた娘を拾って帰った、というのである。 ポンポンについては、証拠の監視カメラ映像もあって夫による誘拐と決定され、ティエンのもとに返されるが、娘のついては養育を認めてほしいと訴えだす、というもの。 この展開にはビックリした。 単なる誘拐事件のハナシではなく、ピーター・チャン監督はどこへ観客を導こうとしているのかがわからなくなってしまいました。 しかし、監督の意図は、この後に立ちあがってくる様々な人々のエピソードを並行して描くことで、現在の中国をまるっと描こうとしていることがわかってきます。 すなわち、 娘だけでも取り戻そうとするホンチンのハナシ、 ティエンに協力していた児童誘拐被害者の会を主催する夫婦のハナシ、 ティエンと離婚した後、新たな夫と再婚してたジュアンの家庭内不和のハナシ、 さらに、ホンチンに協力する若手弁護士(彼には認知症を患った母親がいる)のハナシなど。 ほかにも、ホンチンの夫が娘を拾ったのを目撃した農村からの出稼ぎ労働者のハナシなども加えていい。 この現代中国をまるっと描こうとするのは、ジャ・ジャンクー監督の『罪の手ざわり』に似ているが、描き方はこちらの映画の方が優れている。 しかし、しかしながら・・・ 後半、観つづけているうちに、どことなく居心地が悪くなってしまった。 映画が面白い、つまらないというのとは全然異なるこの居心地の悪さはなんなのだろうか・・・ すごく、気になった。 観つづけていくうちに気づいた。 前半の直線的構図の中で登場した「明らかに悪意を持った人」がいないのである。 ティエンはもちろん、ジュアンもホンチンにも、そのほか誰もが皆、「明確な悪意はない」のである。 映画のエンディングにかかわってくる先に記した農村からの出稼ぎ労働者にしても、である。 悪意があった(認識していた)のは、この複雑な物語を進める契機をつくったホンチンの夫だけで、彼はすでに死亡してる。 いわば「悪意の不在」なのである。 いや「不在」そうではなく、周囲に満ち満ちている悪意に「無自覚」なだけなのかもしれない。 この「悪意に無自覚」というのが、ピーター・チャン監督の意図したところだとするならば、この映画、観ていて居心地が悪くなって当然だろう。 そして、最後に泣き崩れるホンチンは、歓びのなかでその悪意に気づいてしまった・・・ このときの彼女の感情の複雑さ、遣る瀬無さはいかほどだったろうか。 この後が観てみたいと思った。 <追記> 映画のエンドクレジットとともに、この映画のもとになった事件の当事者たちのその後の映像が流れます。 ここから窺い知るに、真偽のほどはわかりませんが、実際の事件とこの映画で描かれたラストとは違ったものだったのだろうと思いました。

  • 鑑賞日 2015/11/23

    社会正義より映画としての面白さ

    東京フィルメックス2015の特別招待部門で上映されたピーター・チャンの新作「最愛の子」は、中国の都会でゲームセンターを経営するホアン・ポーが、別れた妻との間にできた息子を月に一度預かって父子の時間を持った際、ちょっと眼を離していた隙に息子は何者かに誘拐されてしまい、それから3年間、ホアン・ポーが必死に息子探しに奔走する過程から、誘拐が立派にビジネスとして成立している中国という国家の危うさを観る者に認識させます。 3年後、ある情報網から息子の居所を知らされたホアン・ポーは、息子を取り返すことに成功しますが、6歳になっていた息子は、誘拐された当時のことを一切覚えておらず、6歳まで育ててくれたヴィッキー・チャオのことを実の母親として慕っており、ヴィッキー・チャオも亡き夫が誘拐して連れて来た子供とは知らなかっただけに、罪の意識は薄く、育てた息子への執着を強めます。 子供に罪はないのに、誘拐という犯罪現象に巻き込まれてしまったがゆえに、歪んだ人生を余儀なくされる悲劇。実の両親も、育ての親も、誰ひとりとして悪人はいないのに、哀しい事態に直面せざるを得ない悲痛さ。映画はこれだけでなく、行方不明児の親の会の会長夫妻を登場させ、彼らが行方不明児を死んだと認めることで、初めて二人目の子供を作ることが許されるという、中国の一人っ子政策の非情ぶりも浮き彫りにしました。ちょうどこの映画を観るちょっと前、中国政府が一人っ子政策を全面的に見直すことを発表しましたが、もしかしたらそんな政策転換にこの映画の影響もあったのかも知れないと想像されました。 そうした社会派的な側面もさることながら、メロドラマが巧いピーター・チャンですから、社会正義を訴えるよりまず、映画として面白いこと、登場人物の感情に寄り添うことを優先させており、それが映画ファンには嬉しく感じられました。

  • 鑑賞日 2016/3/18

    『最愛の子』。事実を基づいた話。中国では幼児誘拐が多発。トップシーンで裏路地の絡み合った電線をみせ、これからの話が一筋縄でいかないことを表す。印象的カット。桃アレルギーを心配する産みの親と育ての親。お役所仕事(杓子定規)、老母の介護、所得格差などの社会問題も提示。

  • 鑑賞日 2016/2/27

    男の子の中国での立ち位置って何

    中国映画。深圳でネットカフェを経営するティエンは3歳の息子ポンポンと二人暮らし。別れた妻のジュアンはポンポンと過ごした後送り届けるが、店内のトラブルでティエンが目を離したすきにポンポンは友だちと遊びに行ってしまい行方不明になる。警察は失踪後24時間経たないと事件として扱ってくれず、駅の防犯カメラにポンポンが連れ去られる映像が映し出されていたが行方は知れなかった。情報に懸賞金をかけたがお金目当てのガセネタばかりだったし、そのうちガセネタすらこなくなった。行方不明の子を持つ親の会で、同じ境遇の親たちと親交を持ちそれぞれの思いを共有していた。3年後、深圳から遠く離れた安徵省の農村にポンポンらしき少年がいるという情報が入り連れ戻しに行くが、ポンポンは両親を忘れていた。育ての母親のホンチンは、自分は不妊症なので夫が深圳の女に産ませた子供だといい、また深圳の工事現場で拾ってきたという女の子も育てていた。そして子供たちを連れてきたその夫は一年前に肝臓癌で亡くなっていた。DNA鑑定でもとの親の元に戻されたポンポンだったが、全然なつかなかった。また妹もホンチンから引き離され施設に収容されていた。せめて女の子だけは取り戻そうとするホンチンだったが誘拐犯の妻という壁を崩すことはできなかった。一方ポンポンはよりを戻しつつあったティエンとジュアンに心を開くようになっていったが、相変わらず子供が見つからない親の会のメンバーとは気持ちにずれが生じていた。  実話を基にした話ということだが、一人っ子政策時代の話なので、男の子が高値で取引されたり、女の子が捨てられたりするんだろうなあ。しかし自分や配偶者の遺伝子を持たない子供でも跡取りの男の子が欲しいものなんだろうか。そのあたりの中国事情というのはよく分かりませんでした。また子の死亡証明がないと次の子の出産許可が下りない(出産許可がないと産めない)というのは何とも困った政策ですな。一人っ子政策が施行される前から男の子に対して人さらいや売買が横行していた中国なんだけど、やはりその考え方は今一つわからない。育ての親の権利とか子供の幸せとか政治とか社会の仕組みとかそういった諸々の事柄に翻弄されるさまが描かれた映画でした。

  • 鑑賞日 2016/2/6

    子を持つ親には考えさせられる一作

    2009年に実際に中国で起きた幼児誘拐事件を基にした映画だ。 「捜査官X」のピーター・チャン監督は、本作において正悪の判断を示しているわけではない。どちらもある意味で被害者であるというスタンスだ。その中で、子どもを探す生みの親の姿や、子どもを取り戻そうとする育ての母親の姿など、ミステリー的な要素を入れながら描いている。ヴィッキー・チャオはノーメイクで育ての母親を演じているのが評判だが、私は実父のホアン・ボーの息子を絶対に取り戻すという執念と見つけた後の空白の3年間を徐々に埋めて行こうとする親の愛に打たれた。

  • 鑑賞日 2016/2/6

    1つの罪に揺るがされる多くの人の悲劇的運命を描いた作品!

    中国・深センで実際に起こった幼児誘拐事件を基に、「捜査官X」のピーター・チャンがメガホンを取ったヒューマン・ミステリー。予告編を観ていた段階からすごく悲劇的だなーと思ったのは、子どもが親の顔を認識する前の幼児期(3歳ごろ?)に誘拐され、その誘拐した男の妻を親だと思って育ってしまったこと。作品の中盤で、実の親に引き戻されるものの、その子どもにとっては母親と認識している女性が奪われたという悲しい出来事に過ぎない。こうしたある事件が起こした運命の歯車のかけ違いが、ラストに向かって非常に想像だにつかないような方向に転げていく。。なぜ、この話の筋でミステリーなのかと思われる方もいるかも思うのですが、実は見てみると巧妙なドラマの仕掛けにニンマリとしてしまう映画通を唸らせる作品になっているのです。 客観的に見て、子どもが親をちゃんと認識できるのは何歳くらいなんでしょうかね。子どもがいる人を傍から見ていると、もう2歳や3歳になると、ちゃんと親のところにはいくし、見知らない状況になったときには泣いたりわめいたりするものなので、3歳くらいだとそういう認知がしっかり働いていると思ってしまいます。でも、自分の記憶を頼りにして思うと、(人それぞれとは思うのですが)すごく小さい頃に思い出す風景の中に、親のはっきりした顔を見ているかというと怪しいところ。それよりも、子どものころに入院していた病院の手術室から逃亡したときのリノリウムの床の色や、ガレージでお気に入りだった足こぎバギーのペダルやボディの色、保育園に入るときの大きなガラス戸のドアとか、そんなモノの絵柄や色みたいなものが思い出され、親どころか、人の顔の認識というのがちゃんとしてきたのは保育園での年長くらいとか、幼稚園の頃(それこそ4、5歳)にならないと分からないものなのかなとも思います。親の認識はしてたとは思うのですが、それは顔というより、全身とか、声とか、匂いとか、そういうもの全体を含めた認識しか、2、3歳くらいだとできてなかったんじゃないかと思えてきます。 映画でも、それを象徴的に描いているところがあります。それは誘拐される息子ポンポンが、母親ジュアンの車に付けられたワッペンマークに親を感じて追っていくところ。これがポンポンが失踪し、誘拐されてしまう要因になるのですが、やはり、これくらいの子どもはすごいいろいろなモノ・記号の集合体としてしか親をいう存在を認識していないことを、(少し言葉は悪いですが)科学的にちゃんと示しているのです。そして、次に驚くのが、ポンポンと同じように息子・娘が失踪もしくは誘拐されたまま、行方知れずになってしった親たちの自助集団の行動。むろん、日本でも病気とか、事件とか、不幸・不遇な状況に陥った人たちの自助するグループというのはたくさんありますが、そこでの活動にすごくのめりこんでしまう一種の異様さみたいなものが、痛いほどスクリーンから伝わってくるのです。これは彼ら彼女らが負った深い傷、また息子・娘にそそぐ(そそがれるべき)感情の裏返しでもあるのですが、それを考えると余計に切なさを感じます。 この映画の凄いのは、こうした感情を揺さぶるヒューマンドラマを展開しながらも、後半はまったく違う色合いの映画になっていくことです。予告編では、そのことをうまくぼやかしているので分かりませんが、この後半の色合いがピリッと変わるところは映画自体が大きな二幕構成になっていて、それがラストで1つにまたつながってくるのが作品としてドラマチックなのです。それにラストのオチ自体も何とも言えず切ない。この切なさと作品を通じて分かるのは、誘拐という1つの罪がもたらしたものがあまりにも甚大だということ。「罪を憎んで、人を憎まず」とはよく言いますが、本作に出てくる人は誰もが被害者でしかないのです。それを壊してしまったのは、ひとりの男(この犯人が作品中は顔が分からないというのも演出の上手さなのですが)の決して許されるべきでない行為から始まったということ。1つの罪が、これほど多くの人の運命を変えてしまうと思うと、どんな罪であっても犯罪というのは許されるべきことではないということを、私たちに教えてくれているように思います。

  • 鑑賞日 2016/2/5

    目がもげるんじゃないかと思うくらい泣けるよ。ある夫婦の子どもが神隠しにあう中国映画なんだけど、神隠し以降の怒涛の展開があまりにもすごい。ネタバレ絶対なしでぜひ。エンドロールでまた驚愕のむせび泣。 これベストなタイトルつけるなら『母なる証明』なんだよ。あるいは『親なる証明』すでにあるけど、こっちの方がふさわしい。まじ名作。

  • 鑑賞日 2016/2/17

    ラストで減点

    不妊の原因は亡夫?何かすっきりしない終わり方でした。妹がいることすら一人っ子政策の中国では可笑しいですよね。矛盾だらけでしたが、しかし行方知れずが確定しないと、次の子供も作れない現実には唖然としました。

  • 鑑賞日 2016/2/20

    誰ひとり、幸せな笑顔を見せることはない。 誰もかれもが、子供までもが。 これは実話をもとにしている事。 あまりにも重くて深くて、観ていて涙も出てこない。 衝撃的なラストに唖然! 上映時間があっという間に感じました。 久々の力作、今、観るべき映画。

  • 鑑賞日 2016/2/14

    中国社会の断面

    ピーター・チャンの新作で、突然誘拐された三歳の息子が、三年後に別の女性に育てられていたことが分かり、両親の元に帰されても、育てていた女性を母親と慕っていた、という実話を基にしたお話しで、女性は不妊症なので、夫が別の女性に産ませて三歳になったから引き取ってきた、と言って連れてきた子供と言って、死別した夫からは何も聞けずに、誘拐された事実については何も知らない、という具合に、生みの親、育ての親、育ての親の記憶しかない子供、それぞれにとっての悲劇を浮き彫りにしていて、いずれは時間が解決するとは思いながらも、かわいい盛りのわが子が突然居なくなり、見つかったと思ったら、自分を親とは思っていないなんて、正に二重の悲劇で、こんな出来事が自分の身に起こったら、と思うとたまらなくなりますね。一見すると「八日目の蝉」みたいなお話しにも思えますが、中国では一人っ子政策の弊害からか、幼児誘拐が社会問題になっていて、映画にも被害者の会の様子も描かれていて、身代金の要求は99パーセント金目当てのイタズラで、子供が生きているのか死んでいるのかすらも分からないまま帰りを待ち続ける辛さは感じられて、そんな中で、主人公の子供だけが奇跡的に見つかったことに対する風当たりがあって、被害者の会の人達を励まし続けていた主催者の男性が突然気持ちが折れてしまったり、主人公の家族だけではない包括的な視野で描くことによって、中国社会の断面を見せているようですね。

  • 鑑賞日 2016/2/20

    ヴィッキーの凄まじい暴走

    ピーター・チャンとしては最良の作品ではないが、いつも違うテーマと違う作風で作品をつくるので、楽しみな映画作家だ。本作はラストがシニカル過ぎて、シラけてしまった。前半、ホァン・ボーとハオ・レイが主人公かと思って観ていると、子どもが発見されてからヴィッキー・チャオが登場。しかし彼女につく弁護士見習いのトン・ダーウェイが酷いし、彼の家庭まで描くので中国の問題点を盛り込み過ぎ。少子化だけでなく高齢化・介護問題まで入れることはないし、弁護士見習いに同情できるわけでもない。ヴィッキーの暴走ぶりがすごいが、彼女の言い分、育ての親の親権を認めてあげようという気持ちは湧いてこなかった。

  • 鑑賞日 2016/2/19

    実際にあった中国の児童誘拐事件を題材とした人間ドラマである。中国社会が抱える様々な問題を鋭く突きながらも、人の心を繊細に、情感豊かに映し出す。ストーリーテリングの秀逸さ、複雑な心境の親を見事に演じきった俳優陣の演技と共に、カメラワークも巧みで、映像が胸に焼き付いて離れない。 冒頭に酷くこんがらがった電線が映し出された時点で、既に圧倒された。経済大国となり、富裕層のきらびやかな生活が話題となる中国の都会の一隅に、まだこんな情景があるのかと思わされる。 誘拐されてしまう3才の男の子、ポンポンの両親は、離婚している。父親は電線が絡み合う下町の路地で商売を営み、母親は都会的なオフィスで働いている。二人の生活空間の違いが印象的だ。両者を行き来する幼いポンポン。誘拐犯は、こんな親の目が逸れてしまいがちな、不安定な境遇の子どもを狙ったのであろう。 前半は、子どもを誘拐された両親の悼みを丁寧に描き出す。しかし、3年後に農村で子どもが見つかり、実の親の下に戻ってからを描く後半では、3年間子どもを育てた誘拐犯の妻の視点も加わり、より重層的になる。実の親と育ての親。どちらの視点にも共感できてしまい、とても苦しい。ポンポンの桃アレルギーを気遣う双方の親の言葉に、愛してやまない我が子の幸せを切に願う親の心情が溢れている。 二部構成であることからも、「八日目の蝉」を思い出す。「八日目の蝉」の誘拐された子どもも、子どもを取り戻した家族も、長く苦しんだ。どうか、ポンポンと農村でポンポンと共に育てられた幼い妹が、深い親の愛情をしっかりと受け止め、幸せに暮らすことができますようにと、祈りたくなる。 実の親を演じた二人の俳優も熱演だったが、やはり育ての親を演じたヴィッキー・チャオの演技が圧巻だ。辛く重たい題材だが、子を思う親の一途な愛情が切なくもとても温かい。

  • 鑑賞日 2016/2/17

    噛んだガムで確認する人と人との配線

    ◎ いい悪いは別にして、中国の人たちと中国社会は、そのまま絵になり物語になる要素に溢れているように感じる。幼い子供を誘拐したり売買したりする事件が頻発しているという現実は、必ずしも一人っ子政策だけが原因とはいえないだろう。この社会のもつ独特の雰囲気、この社会を構成する人々の率直な言動、そしてそれをこのような作品に仕上げる力、感心し驚くことが満載されている。 ◎ 誘拐された側の両親と誘拐された子と知らずに育てていた母親の3者に固定せず、再婚相手や被害者の会のリーダー夫妻、未熟な弁護士の家庭など、周囲の人たちの姿にも十分な優しい目を注いだ脚本や演出が上出来だ。病院の廊下に残された3人を置き去りにするようにカメラが引いていくラストも印象深い。人と人とのつながりは不可思議なことだらけだ。それを確認するものは、絡み合った配線につけられた噛み残しのガムでしかないのだろう。

  • 鑑賞日 2016/2/19

    親と子

    日本映画の「そして父になる」は、子供の取り違えによる親子の葛藤であったが、今回の映画はそれよりさらに深刻な問題提起である。日本でも子供のできない夫婦に「赤ちゃんポスト」のような取組もなされているが、中国では子供誘拐・売買が社会問題化しているようだ。今回の加害者側の母親も誘拐と知らずに育ててきた。男の子・女の子(とにかくかわいい)ともに家が貧しいにかかわらず愛情いっぱいに育て、子供たちも実の母と疑わずに育っている。ここが、見ていてつらい。「ボンボン」は、何とか実の両親のところに戻れたが、被害者家族の中の「ハン」さんの子供はまだ行方知れず。そんな中で新しい命を授かったのに、役所で出産許可書を発行してもらう手続きの場面には驚く。中国の「一人っ子政策」の一面なのだろう。娘だけでも取り戻そうとする「リー・ホンチン」もまさかの妊娠を告げられる。ここで映画は終了。母親は、孤児院の娘を取り戻そうと必死の努力をしていたが、この妊娠で気持ちはどう変化するのか?いろいろ推理を残してしる。

  • 鑑賞日 2016/2/17

    単なる社会問題の告発を超えた作品

    子供を誘拐された両親、そして知らずに育てた母親、両方の厳しい現実を説得力を持って描いて、単なる社会問題の告発を超えた作品になっている。育ての親のヴィッキー・チャオに加えてリーダー役のチャン・イーも印象的。

  • 鑑賞日 2016/2/15

    ピーター・チャンが。

    中国の現代の一断面を切り取って見せたのが、90年代の香港映画「あなたがいれば 金枝玉葉」「ラヴソング」などで我々を幸せな気分にさせてくれたピーター・チャン。 事件発生のハラハラから、やがて事件の解決が見えた辺りで“最愛の子”の話は、視点を変え(増やし)、更に涙なしには見れない方へ向かう。見事。

  • 鑑賞日 2016/2/15

    途方にくれる大国

    映画が暗示するように、迷宮へ入り込んだ中国は、 見えない出口を模索しているかのように思える。 お金で動く、集団で動く、善悪が見えない… 良くも、悪くも、あらゆる面で中国らしい映画である。 穿り癖のある現代人の私にとって、どこまでが真実なのかと勘繰るが、 「桃は食べさせないで、アレルギーだから」の台詞は沁みた。 子を思う親の気持を代弁している。 親子が平気で殺し合う日本も断末魔に近いが。

  • 鑑賞日 2016/2/13

    脚本の完成度が高いとそれだけで満足だけど、本作はほんとにピカ一、最高レベル。生涯十指に入るかもしれない。 もうそれだけでありがとうございました。 脚本が複雑なためか、誰かの心境に入り込みすぎることはなく、感動することはなかったけど、そんなことは些細な問題。

  • 鑑賞日 2016/1/29

    3歳児の記憶

    一人っ子政策が2015年で終わった中国だが、これほど子供の誘拐が多かったとは驚きだ。ところで誘拐された3歳児は、3年経つと実の親の顔をすっかり忘れてしまうものなのか?育ての親から6歳で実の親のもとに連れ戻されるが、全く実の親を覚えていない。実父は、嫌がって泣きわめく息子を肩に担いで歩く。「サウルの息子」もサウルに担がれていたっけ。子供を産めないと思い込んでいた育ての母の哀れと誘拐された子を取り返せない親達の悲しさが、しみじみ伝わってくる。

  • 鑑賞日 2016/2/1

    子を思う親

    今まで、メディアなどを通して見聞きしてきた中国の闇の部分を、今回劇場のスクリーンを通してまざまざと見せつけられた。本作は、中国で実際にあった子供誘拐事件を題材にしている。真に迫った俳優達の演技と、細かいところに拘りのある演出が素晴らしく、観る者を惹きつける作品だった。 被害者側や加害者側など様々な視点から丁寧に描かれている事により、複雑な気持ちにさせられる。また、サスペンスフルな展開や、思いもよらぬ出来事などに驚かされ、2時間超えという時間の長さが気にならない程、ストーリーに引き込まれる。 子を思う親の気持ちは万国共通!

  • 鑑賞日 2016/1/23

    超現実的な

    場面、ストーリー、演技もすべてにリアルな映画で、それだけに迫ってくるものも大きいと感じました。同時代に中国で生活していたので、その頃の高度成長の情景と重なります。本編は大変な力作だと思いますが、最後の解説は要りません。その分でー5点です。

  • 鑑賞日 2016/2/9

    前にこう言う事件があったと言うのをテレビで見ていたので、それがベースになってピーターチャンが映画を作ったと聞いたので見てきました。ポスター見てたらヴィッキーチャオが誘拐された方だと勝手に思ってたので、誘拐した方だったのでちょっとびっくりした。実の母が初めて手を繋いで貰えたところの演技は素晴らしいなぁとこの女優さん凄いと思いました。 最後のおちは実話とは違ってると思うけど あのまま終わってほしかった。 役者と本人ご対面は要らないような気が…

  • 鑑賞日 2016/2/6

    桃アレルギーに揺らぐ親心

    3歳の息子を誘拐された両親が3年後農村で暮らす我が子を探し出すものの、彼の記憶の中には育ての親だけが存在していたという中国で起きた実際の事件を基に映画化されたヒューマンドラマ。 オープニングで幾重にも絡み合ったネットカフェの配線が大写しになる。次第にこの配線が登場人物たちの喜怒哀楽や社会の複雑な法律や道徳を象徴していることがわかってくる。 子供を誘拐された親の悲劇は勿論であるが、死んだ夫が連れてきた子供を本気で夫がよその女に産ませた子供だと信じ込み、我が子のように育てた誘拐犯の妻(純朴で無垢な聖女をヴィッキー・チャオが熱演)の悲劇も同時に描いていた。 息子を誘拐された両親は一縷の望みの為、同じ境遇の親たちで結成された団体に入る。各地で街頭演説や捜索活動をするのだが、この団体のリーダーの男の内面が実に生々しいタッチで表現されていて瞠目した。生存を信じていながらも一方で絶望に苛まれる。気を紛らわそうと歌を皆で合唱し酒を食らう。妊娠した妻と二人で役所に行き、出産の許可証をもらおうとする。ここで役人が口にした”子供の死亡届”という言葉に精神のバランスを崩される。希望と絶望を両手に抱えながらいつしか両者をもてあまし、気付けば手のひらからこぼれ落ちさせている父親。このキャラクターと主人公夫婦とのコントラストも見事であった。 子供を誘拐され心をズタズタにされた人間から金を騙し取ろうとする非道な輩。頑なに面会を取り合わない養護施設の院長、密猟した猿を麻袋に入れ金もうけしようとする業者、これら言語道断な人間を描く一方で心優しき人間たちもきちんと描写していた。お金の無い農村の女性のため費用をもらわず弁護を引き受ける新米弁護士(心の病を患っている彼の母親が、家政婦として我が家に来たヴィッキー・チャオを一目見た瞬間、彼女の様子から不幸の気配を嗅ぎ取る表情が印象的)に代表される善意の人々の存在が本作の大きな魅力になっていた。 中国映画が久しぶりに見せてくれた上質の人間ドラマ。「最愛の子」は、そんな映画です。

  • 鑑賞日 2016/2/2

    至上の愛が狂気に変わるとき

     親が子を愛する。それは何にも代えられない至上の愛。しかし不気味な影が至上の愛を狂気に変えた。児童誘拐、人身売買。監督ピーター・チャンがえぐり出す中国社会の闇の深さに言葉を失う。生みの親と育ての親の争いが、子を深く傷つける。運命のいたずらは冷酷すぎる。衝撃は立ち上がれないほど大きく、重かった。  最大の犠牲者は、ポンポンだった。「おまわりさん、この人は悪い人だから早く捕まえて!」。警察で泣きながら実の父ティエンを指さすポンポンの叫びに胸がつぶれる思いがした。おでこの傷と同様、ポンポンは心にも一生消えない深い傷を負っていた。  同じ男親として、ティエンに自分を重ね合わせていた。なりふり構わず詐欺師にも会いにいく。「希望は飯みたいなもの。おれたちに不可欠だろう」。行方不明児を探す会でティエンは参加者に語りかけた。あきらめてはいけない。どんなに行き詰まっても、希望は必ずある、と思いたい。  育ての親のホンチンも、ある意味で被害者だった。  子供を産めない体だと思っていたのに、健康診断で妊娠がわかる。不妊の原因は夫の側にあった。それでも子がほしい夫は誘拐したポンポンを深圳の女に産ませたと偽り続け、捨て子のジーファンを拾った。ホンチンは何も悪いことをしていない。施設の壁をよじのぼって娘に会おうした。袋だたきになりながら必死に息子を抱きしめていた。そこに嘘のない本当の母の姿を見た。  忘れられないホンチンのひとことがある。  「あの子は桃アレルギーだから、桃は食べさせないでね」  それを聞いた父ティエンの顔色が変わる。そこまでポンポンのことを知っているのか。かたくなに閉じていたテイエンの心がふっとゆるんだ瞬間だった。  実際の映像が、重い物語の最後に希望の光を与えた。事件の当事者同士は和解し、交流を続けていた。ポンポンのモデルとなった子が大きくなり、元気な姿を見せていたのは何よりの救いだった。

  • 鑑賞日 2016/2/1

    経済急成長と一人っ子政策の生んだ悲劇

    香港のエンタテイメント名手という印象だったピーター・チャン監督が、中国本土で横行する子供誘拐にまきこまれた元夫婦の探索と苦悩を通して、都会(深圳)と農村の貧富の格差や一人っ子政策が生んださまざまな家族関係、社会の歪みと問題に斬り込んだ、無類に面白くかつ深みのある社会派力作。子供の救出で落着せずに、犯人の純朴な嫁が子供を取り戻そうとして弁護士と共にたたかうという後半の仰天の展開と、どの人物もおろそかにしないぶあつい人間描写の濃さに満腹できる。「レッドクリフ」の美しきヒロイン孫尚香が印象深いヴィッキー・チャオが、後半ようやく登場する場面で農村のただのおばちゃんに見えるのが凄い。

  • 鑑賞日 2016/1/31

    子供誘拐実話に.感動

  • 鑑賞日 2016/1/28

    国策の生んだ悲劇

    中国で、年間20万件起きているという児童誘拐を扱った作品である。犯罪を誘発する背景として先頃まで行なわれていた国策、一人っ子政策や経済急成長の裏側にある貧困、格差の問題までをも浮き彫りにしている。 生みの親。これは明らかに被害者。育ての親。といっても本作の場合、こちらはただ育ててきた訳ではなく、この母親は、誘拐した子と知らず一心に我が子として愛情を注いできた。その意味でこちらも被害者。両者の接点ではどちらも冷静になどなれないもの。何故なら親の愛に変わりはないから。客観的に見て単純に相反する立場とは言えない。しかし、現実はどちらの愛が正統な親の愛かを争うことになる不条理な構図。そんな状況に気持ちがヒリヒリし、観ていて何度も涙させられる。 こうした悲しみは残念ながら被害者自らが時間をかけ納得できる地点にそっと着地するように落ち着いていくもの。いや、中にはいくら時間をかけてもそれが見いだせない人がいたっていいであろう。 こうした人それぞれの状況は、単に映画という尺の限られた中では結論が出せまい。それは当たり前のこと。本作も終盤、衝撃的な事実が告げられプツッと終わる。でも観ている自分は、いつの間にか親の愛を巡り納得できる判断を下そうとしていることに気づく。人の有り様の多様性を置き去りにして何らか答え=ジャッジを下そう、求めようとしている自分がいて反省させられる。この作品、逆に結論を出して終わっていたら軽くなってしまったであろう。ここはリアルなドラマに仕立てた監督ピーター・チャンの優れたところ。 中国本国でも大ヒットしたという。外から見ても人の営みに反する歪なものとして感じる一人っ子政策なのだから内側にいる中国の人たちにはより一層の現実として共感を生むことになったのであろう。

  • 鑑賞日 2016/1/30

     これは、中国で多発する児童誘拐事件を題材に「一人っ子政策」が生んだ問題を描く社会派ヒューマンドラマ。  一人っ子政策により、中国では家系を繋ぐ為に男の子が強く求められ、人身売買までされていると噂されます。その一方で、女の子の捨て子が多発しています。 この映画は、そうした背景を踏まえ、実話に基づいて中国の子供を巡る課題を描きます。  また、中国を代表する美人女優のひとり、ヴィッキー・チャオがノーメイクで貧しい農婦を演じるのも注目されました。  深センの下町で小さなネットカフェを経営するティエンは、3歳の息子ポンポンと2人暮らし。  その日、離婚した元妻ジュアンと過ごしたポンポンは、家に戻った後、ティエンが仕事に追われて目を離した間に近所の友だちに誘われ遊びに出かけてしまう。  そしてそのまま、夜になってもポンポンは戻らず、ティエンは懸命に探し続けるのだが見つからない。  それから3年……未だポンポンを諦められないティエンは、ポンポンらしい子供を見た、と言う情報を元に、農家の息子として育てられていたポンポンを取り戻したのだが……  映画は息子を誘拐されてその行方を追う夫婦の物語に始まり、次いで育ての親となった貧しい農婦の視点となります。子供の出来ない彼女のため、養子を貰って来た、と病死した夫が連れて来た子供、それがポンポンだったのです。  貧しい農家ながらもポンポンは愛されて育ち、ティエンの元に戻った後も農婦を母として慕い、家に戻りたい、と言います。  児童誘拐の共犯者として逮捕された農婦が「桃は食べさせないで。アレルギーだから」とティエンに懸命に伝えるのには思わず涙。  仕事が忙しくて面倒を見られなかった実の両親と、愛情を注いで来た育ての母と、どちらが子供にとって幸せだったのか、考えさせられるシーンです。  映画は、そうして「親子」と言うものを考えさせ、行政や司法のお役所仕事っぷりや、一人っ子政策の残酷な側面、都市と農村の格差など、中国の現実をこれでもか、と盛り込みます。ただし、映画はそれらの問題に解決策を示しません。映画が安易に解決を示せる問題ではない、と描く辺りはむしろ制作者の良心でしょうか。  更に、実際の事件を離れて、この映画は皮肉と言うには余りにもやりきれない状況となります(これは、モデルとされた関係者から抗議もあったそうですが)。  そんな映画の終劇は、切ないを通り越して暗澹たる気持ちにさせられました。

  • 鑑賞日 2016/1/30

    驚くべき傑作

    息子を誘拐された両親にはじまり、同じ境遇の親たち、さらに誘拐した側の家族やその弁護士まで視点を的確に切り替えることで「正しさ」を一方通行的に押し付けない演出が見事。また各々の視点から中国の社会・行政・司法へと問題点を拡げていき、ラストにはフィクションと現実をも繋いでみせる。 ひとつひとつのショットが実に映画的でたっぷりと堪能。登場人物が泣き崩れる様を引きで収める演出が続くが、各々の絶望が手に取るように分かる細かな演出の積み重ねを丁寧にしているため気にならず。一方、追う・追われる人間たちがひたすら走る場面の滑稽さ。そのバランス感覚が実に見事。 子供が誘拐されるまでの冒頭15分で心を鷲掴み。サスペンスフルに描きつつ、子供と両親の状況や暮らしっぷりを一切無駄なく描写する手際のよさ。そして細かいカット割りからの、息子を当てもなく探し回る父親の混乱を表すかのようにグルグル回り込む手持ちカメラ。以降ずっと泣きっぱなしに。

  • 鑑賞日 2016/1/30

    傑作。強烈な映画。

    予告編を観ただけで、凄い映画。これは絶対泣く。と思ってたけど、実際に見ると、その10倍凄くて、100倍泣いた。 題材的には『八日目の蝉』みたいな感じかな?と思ってたけど、それよりもっと強烈。何せ主要登場人物に悪役がいない。と言うか、本来、悪役である筈の誘拐犯は既に死んでいる。 “ピーター・チャン監督は、悪役も、モラルも提示することなく、親であることの意味を掘り下げる” パンフレットに掲載されていた「PASTEMAGAZINE.COM」のコメントが的確だった。 『八日目の蝉』の永作博美は「同情したくなる」とは言え、言うても誘拐犯だったわけだけど、本作のヴィッキー・チャオは自分が育てている子が、実は旦那が誘拐してきた子供だったことを知らなかった。なので、誘拐した子供と両親をが再会する感動の場面の筈なのに、そこは新しい悲劇の始まりになっている。 この事件を中心において、様々な現代中国の問題が浮き彫りになっていく点も強烈。悪役がいないと書いたけど、敢えて言えば、現代中国社会の歪みこそが悪役なのかも。 僕の中ではピーター・チャンと言えば、UFO時代の『月夜の願い』『君さえいれば』が大好きだったので、わりと継続的に追いかけてる監督の一人。いつの間にか、こんなに凄い映画を撮る人になってたんだなあ。という感じ。 泣き崩れるヴィッキー・チャオからどんどんカメラが離れていくラストシーン。観客の僕も途方にくれている中で、エンドロールでモデルになった家族の現在が紹介される。この映画の直接的な未来ではないけど、ちょっとだけ救われた気分になる。 ただ、それを観て泣いてる監督や出演者まで映すのはいらなかったかな。僕としては、エンドロールが終わるまでは、映画の中の人は、中の人でいてほしい。ということで、ちょっとだけ減点。 とは言え、そんなのは些末な問題。 桃アレルギーのくだりとか、本当に涙と一緒に目玉が流れだすかと思うくらい泣いた。 本当に掛け値なしの大傑作。

  • 鑑賞日 2016/1/24

    未成熟社会の悲劇

    #0079 シネスイッチ銀座「最愛の子」。中国で実際にあった幼児の誘拐事件の実話を基にしたピーター・チャン監督作品。誘拐が頻発する背景には最近見直された一人っ子政策など中国社会の抱えている問題があり、被害者と加害者が直接会うこともトラブルの基だが、子を思う親の情は万国共通である。

  • 鑑賞日 2016/1/23

    実話を基にした当局への挑戦的作品

    生みの親の子への深い思いと育ての親の子への思いを上手に生々しく映し出した作品。 前半は生みの親の視点で描き、後半は育ての親の視点で映して、いつのまにか二人の心の違いを感じさせる手法を感じました。そこに、追い打ちを掛けるのが、子供達が生みの親を忘れてしまっていると言う、最も的な事まで描いている。そして、生みの親を応援している同胞の心理、育ての親を援護している弁護士の心理、さらわれた異母兄妹の絆と全ての場面で心の移ろいを見事に映し出している。 更に、何と言っても中国政府への一人っ子政策の汚点を声高らかに唱えている。だからこそ知れませんが、年間に800人もの誘拐事件を招いているのでしょうね!子供を授かれない夫婦が人さらいへと駆立られ、取締る警察も汚職が横行しているから捜索へも一歩遅れたり、そして留めは、子供をさらわれた親は死亡届を出さないと次の子を授かれないと言う、何とも理不尽な政策。比べるつもりではないが、それだけ、日本はすごい国なんでしょうネ!!

  • 鑑賞日 2016/1/24

    揺らめくカメラ

    絡み合ったケーブルと格闘するホアン・ボーを、クレーンによって華麗に動くカメラが捉える。 揺らめくようなカメラワークを駆使して、でも人生の困難をしっかりと描くのは、「ラブ・ソング」と変わらぬ作風。 ヴィッキー・チャオとホアン・ボー。今や中国映画界の2大スターと言っても過言ではあるまい。二人ともどんな役を演じても上手い。 久しぶりにピーター・チャンの映画を楽しんだ。そろそろ「君さえいれば 金枝玉葉」を娘と一緒に楽しめるかも。

  • 鑑賞日 2016/1/16

    時間は残酷

    誘拐された子供に忘れられた親と、誘拐した子供を育てた親を描いている。 また、それと同時に一人っ子政策の問題点を鋭く突きつつ、人身売買、農村部との格差問題まで斬り込んでいます。 なお、一人っ子政策については、2015年12月31日をもって終了しております。 現在は、二人っ子政策。 終わったことについてガタガタ言うのもなんですが、申請して子供を産むとか、自然とは矛盾したシステムだったと思います。 子供を奪われた親、その子供を育てた親、そして子供。 それぞれの気持ちがよく出ておりました。 子供を奪われた母。 子供に実の母の記憶がないのに、少しずつ信頼関係を作っていく。 手を繋いだ時に、子供が手を握り返した時の母の押さえきれない感情に、込み上げるものがありました。 父と育ての親とのやり取り。 「桃は食べさせないで。アレルギーだから。」という言葉に、どちらも子を想う親を感じます。 父の「なんでお前がそんなことを言うんだ」という顔が印象的でした。 また、子供の気持ちがあっても、子供なだけに何も出来ない無力感にやるせなさがありました。 親にしても、子供にしても、実の親がわからないのは不幸でしかありません。 3年という月日に、時間の残酷さを感じます。 そして、育ての親。 田舎育ちの低学歴。 人を騙したり、騙されたりということに無縁だったと思われます。 それでも夫の犯行で、妻は知らなかったで済むのか。 誘拐犯の妻ということで非難を浴びる。 恐らく、ここで事の重大さを認識できたのではないかと思います。 ある意味、育ての母も、被害者なのかもしれません。 それでも子を想う気持ちがある。 その母について衝撃的な事実が判明する。 この後、育ての母はどのような決断をするのか。 子供を取り戻すという前向きになる気持ちが出てきたところで、時が止まるような事実。 当時の中国の社会システムの矛盾を痛烈に突き、出るはずのない答を客に投げかけて終わるエンディングは強烈でした。 私の中ではアイドルだったヴィッキー・チャオ。 そんなヴィッキーが純粋に子供のことを想う、農家の主婦を演じておりました。 中国語はわかりませんが、字幕の語尾に「だ」をつけていたので、恐らく、相当な訛りのある方言を使っていたと思われます。 最近は監督なんかもやっておりましたが、やはり女優として活躍してくれると嬉しいです。

  • 鑑賞日

    実話にも匹敵!

    フィルメックスで鑑賞。完売チケットのひとつでした。ビッキーは素顔で演じていて女優魂!子供にも罪はない。事実、子供に恵まれない人もいるし非常にインパクトのある映画!子供との愛情、夫婦とはいろいろ考えさせられ。

  • 鑑賞日 2015/11/6

    誘拐されてから3年、ようやく探し当てたわが子は、他人を親と慕うようになっていた――。 親子愛や悲劇性を前面に出したウェットな映画を想像していたのですが、生みの親と育ての親、2つの苦しみを並列に描いて見せることで、彼らに理不尽な選択を強いる国家政策の矛盾を示唆し、どの愛が「正統」とされるのか、その判断に社会的な偏見や格差は反映されていないのかと問いかける、見事な社会派エンターテイメントに仕上がっています。 3歳になる息子ボンボンを誘拐された、ショボいネットカフェを経営する父親のティエンと、今は別の相手と再婚して裕福な暮らしを送っている母親のジョアン。なんどもガセ情報にふりまわされ、時には危険な目に遭いながら子どもを必死で探すうちに、ふたりは同じ境遇にある親たちの会をネットで知り、一緒に活動することになります。 互いの感情をみんなの前で共有するピアサポートや街頭アピールなどを行う親たちの会の活動を見ると、私たちは都市文化だけでなくこういう運動文化でも同時代の普遍的な文化を共有してるんだなあと実感できて、とても興味深い。一方で、「がんばれ!がんばれ!」と掛け声をかけあったり、運動仲間からの圧力もあったり、なかなか大変だなあと思う部分も。でも物語が進むにつれて、メンバーたちの執着は、一人っ子政策ゆえに、そうならざるをえない部分もあるのだということに思い至って、はっとさせられます。下の子をもうけるには、いなくなった子はもう二度と帰ってこないと思いきって死亡届を出さなくてはならないとは、なんと酷なことか…。 実際、これほど子どもの誘拐が横行するのも一人っ子政策があるからにほかならないわけで、理不尽な状況におかれた親たちの苦しみが丹念に描かれるからこそ、映画の後半で「もう一人の親」が姿を現すとき、その出会いは大きな衝撃を引き起こすことになります。自分たちこそが正統な親なのだから当然のことをしている、はずなのに、泣き叫ぶ子をホンチンの手から奪い取って逃走し、あたかも犯罪者のようにふるまっている自分たちに愕然とするティエンとジョアン。緊迫したなかに、同じように子を求める親たちの正統性という問いが交差する、この映画のテーマが凝縮された名シーンだと思います。 映画の後半では、「奪われたわが子」を取り戻そうとする親の必死の苦闘という主題が、ホンチンの立場から変奏されます。持てるものすべてをなげうち、身体をあたえてまで子どもを取り返そうとする貧しく無知な農民女を演じるヴィッキー・チャンがすごい迫力。最初は呆れながらも、彼女の訴えに耳を傾けない司法の在り方に疑問をもつようになる若い弁護士の目を通して、観客もまた、「親である」ことの正統性を誰が判断するのか、ホンチンを「犯罪者」とまなざすわれわれ自身の偏見や差別に直面せざるを得なくなっていく。 情に溺れず冷静に社会を見つめる優れた映画だと思いますが、いろんなことを考えさせるラストシーンのあとに、チャリティー的なものを見せるエンドタイトルは微妙だったかも…役者を登場させずに実在のモデルだけ見せた方が良かった気がするなあ。