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PROGRAM/放送作品
ザ・エージェント
[PG12]熱血エージェントの挫折と再生をトム・クルーズが好演!胸を熱くするスポーツ・ドラマ
スポーツ代理人の世界で理想を追求する青年をトム・クルーズが熱く演じる、爽やかな感動を呼ぶサクセス・ストーリー。キューバ・グッディング・Jrがアカデミー賞助演男優賞を受賞。
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COLUMN/コラム2022.05.02
スペイン作品をトム・クルーズ仕様にリメイク!『バニラ・スカイ』で生まれた恋の行方
本作『バニラ・スカイ』(2001)の企画がスタートしたのは、2000年のとある日、アメリカの某所で行われた、あるスペイン映画の試写であったと言われる。その試写は、プロデューサーとしても活躍する、ハリウッドのTOPスターに向けてのもの。スクリーンに対峙するその男性は、トム・クルーズだった。 原題『Abre los ojos』、英語タイトル及び邦題は『オープン・ユア・アイズ』(1997)は、スペインの俊英アレハンドロ・アメナーバルが、20代中盤に監督した作品。ヒッチコックの『めまい』(58)にインスパイアされたと監督が語る通り、『オープン…』の主人公は“高所恐怖症”の青年で、そんな彼の、夢か現か判然としない経験をサスペンスタッチで描いている。 アメナーバル初の長編作品は、その前に撮った、『テシス 次に私が殺される』(95)。国内で大ヒットを記録した上、スペインのアカデミー賞と言われる“ゴヤ賞”で、最優秀作品賞を含む7部門受賞という、鮮烈なデビューを飾った。 続く『オープン・ユア・アイズ』は、「ベルリン国際映画祭」などで高評価を得た後、98年に開催された「第11回東京国際映画祭」では、最高賞の“東京グランプリ”に輝いている。 そんな作品の、自分向けの試写が終わるや否や、トムは“再映画化権”獲得に乗り出す。話は早かった。その時点で彼は、アメナーバルのハリウッドデビュー作となる『アザーズ』(01)のプロデュースを手掛けており、その主演に、当時の妻だったニコール・キッドマンを据えていたのである。 トムは『オープン…』の、何がそんなに気に入ったのか?それは主人公が愛する女性を演じた、ペネロペ・クルスだったと言われる。そしてトムは、“リメイク版”の同じ役を、再びペネロペに演じて欲しいと、アメナーバルに伝えたという。 この辺り、劇場用プログラムなどには、「この役を演じられるのは自分しかいない」と、ペネロペ自ら売り込んだと記されている。どちらが真実かは、この場で判断する材料はない。 しかしトムが、ペネロペに大いに惹きつけられたのは、間違いなかろう。それはニコール・キッドマンが、オーストラリア時代に主演した『デッド・カーム/戦慄の航海』(89~日本では劇場未公開)を、トムが偶然観たことから、ニコールのハリウッド入りが決まった時のように。 ニコールは、トムの主演作『デイズ・オブ・サンダー』(90)の相手役に招かれ、やがて彼と恋に落ちた。そして2人は、1990年に結婚している…。 さて『オープン・ユア・アイズ』転じて、トム主演作の『バニラ・スカイ』は、ヒロインにペネロペを迎えて、2000年11月にクランクイン。6週間の撮影が、行われた。 ***** 仮面を付けた男が、取調室のような場所で、精神分析医に、自らの回想を語っている…。 美貌と富と才能を併せ持った、デヴィッド(演:トム・クルーズ)。彼は若くして、亡き父から継いだ出版社のTOPを務め、人生を謳歌しているように、周囲からは思われていた。 プレイボーイの彼は、昨晩も美女のジュリー(演:キャメロン・ディアス)と一夜を共にした。親友の作家ブライアンに羨ましがられるも、デヴィッドはジュリーを、「ただの“セックスフレンド”」と、冗談めかしながら言い切る。 デヴィッドの誕生パーティが、彼の自宅で開かれた。ごった返すその場に、ブライアンがソフィア(演:ペネロペ・クルス)という女性を連れてくる。デヴィッドは彼女に、強く惹かれるものを感じる。 いつもとは勝手が違い、簡単に手を出すことは出来ないまま、ソフィアへの想いが強くなっていくデヴィッド。そんな彼の態度に気付いたジュリーは、デヴィッドを待ち伏せし、車の助手席に乗せると、いきなり暴走を始める。 無理心中を図って車を橋からダイビングさせたジュリーは、死亡。デヴィッドは3週間の昏睡状態を経て、一命を取り留めるも、身体は深く傷つき、その美貌を失ってしまう。 歪んだ心身を奮い起こして、愛するソフィアへと会いに行ったデヴィッドは、デートの約束を取り付ける。しかしここから、現実なのか妄想なのかはっきりとわからない、悪夢のような日々が始まった…。 ***** 本作『バニラ・スカイ』の監督を務めたのは、キャメロン・クロウ。トムがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた、『ザ・エージェント』(96)の際の手腕を買われてのことだった。 リサーチ魔であるクロウは、1本の作品を完成させるのに、大体4年の歳月を掛けて準備する。しかし本作に関しては、前作『あの頃ペニー・レインと』(00)公開の翌年に、完成させている。 それはそうだろう。『バニラ・スカイ』は、オリジナルである『オープン・ユア・アイズ』と、構成も展開もほとんど変わらないのだから。 しかしながら、スペインのローカル作品を、ハリウッド映画にリメイクするに当たっては、様々な趣向を凝らしている。スーパースターのトム・クルーズ主演作の仕様に。 例えば開巻間もなく、アパートメントで目覚めた主人公が街へと出ると、行けども行けども人影ひとつ見えないというシーンがある。これがハリウッド版だと、ニューヨークのど真ん中、無人のタイムズスクエアを、トムがどこまでも彷徨っていく…。このシーンはニューヨーク市の許可を得て、実際にタイムズスクエアを封鎖して撮影されたというから、驚きである。 そんなオープニングに代表されるように、美術や造形、VFXなどは、オリジナルとは比べものにならないほどの巨費が投じられている。 キャメロン・クロウらしさが特に際立つのは、音楽面。クロウは幼い頃より音楽に傾倒し、16歳で『ローリング・ストーン』誌の記者となって、様々なミュージシャンと交友を深めた強者である。そんなクロウが手掛けた本作には、ポール・マッカトニーとR.E.M.が新曲を提供。それに加えて、レディオヘッド、ボブ・ディラン、モンキーズ等々の楽曲がフィーチャーされている。 更には出演者のキャメロン・ディアスが、役名のジュリー・ジアーニで、レコーディングに挑戦。当時クロウの妻だったナンシー・ウィルソンの楽曲「アイ・フォール・アパート」を歌唱している。 さてそんな形でアレンジが施されていった『バニラ・スカイ』に、オリジナルに続いて同じ役で参加したペネロペ・クルス。主演のトムとの相性は、どうだったであったか? それは後にクロウが語った、こんなコメントが端的に表している。「…初めて関係者だけで試写をしたときは、観終わったあとに、『ああ、この二人、本当に愛し合ってたな』っていう実感が伝わってきたよ。フィクションが現実になるのに、時間はかからなかったね」 トムはペネロペと、真剣な恋愛関係となった。そして元より不和が噂されていたニコール・キッドマンとの結婚生活は、一気に破局へと向かう…。 …とはいえ本作は、トムとペネロペの“公私混同”を見るための作品などでは、決してない。キャメロン・ディアスや精神分析医を演じるカート・ラッセルなども、見事な演技を見せている。また本作より後の出演作で存在感を強めていく、ティモシー・スポールやティルダ・スウィントン、マイケル・シャノンといった脇役陣が、それぞれ短い出番ながら、強烈な印象を残しているのも、いま観る面白さであろう。 ここでタイトルに関しても、触れておこう。『オープン・ユア・アイズ』転じて、なぜ『バニラ・スカイ』になったのか? これはオリジナルにはない、本作に付加された設定に、由来する。デヴィッドの部屋には、モネの絵画が飾られており、その色使いは「キャンバスに広がるバニラ色の空」として説明される。 “バニラ”には、「シンプルな」「まっさらな」という意味もあって、実は本作の中で、デヴィッドがさすらう世界が、現実なのか?それとも、妄想や夢なのか? “バニラ色の空”は、それを見極める鍵となってくるのである。 公開時に「難解」との評もあった本作だが、その辺りを念頭に置くと、意外にシンプルに構成されていることもわかってくる。彷徨う主人公が一体どこに辿り着くかも含めて、これ以上は、観てのお楽しみとしたい。 余談になるがペネロペ・クルスにとっては、『バニラ・スカイ』がハリウッドデビュー作というわけではない。しかしトムとのロマンスもあって、本作で知名度が抜群にアップしたのは、紛れもない事実だ。 一時は「結婚間近」とも報じられたトムとの仲は、3年後=2004年に破局。その後ペネロペは、ウディ・アレン監督の『それでも恋するバルセロナ』(08)で、アカデミー賞助演女優賞を受賞した。これはスペイン人女優としては、初の栄冠であった。 思えばトムの妻だったニコール・キッドマンも、彼とのロマンスで名を成した。そして離婚後に出演した『めぐりあう時間たち』(02)で、アカデミー賞主演女優賞を受賞している。 ニコールもペネロペも、トムと破局に至った大きな理由として挙げられるのが、彼が熱心に信仰するサイエントロジー教会。2人とも、それに対して懐疑心を持ったことが、トムとの別れにつながったと言われる。 ニコールはその後、オーストラリア出身のシンガー、キース・アーバンと再婚した。ペネロペは、長年の友人だったスペイン人俳優のハビエル・バルデムと、ゴールイン。それぞれ出身地が同じパートナーを得て、幸せな結婚生活を送っていると伝えられる。 一方トムは、『マグノリア』(99)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたのを最後に、オスカーとはとんと縁遠くなってしまった。また2006年に結婚したケイティ・ホームズとも、一女を成しながら、結局はサイエントロジーがネックになって、6年間の結婚生活を終えている。 悪趣味と誹られるかも知れないが、そんなアレコレに思いを馳せながら鑑賞するのも、本作を楽しむ方法の一つであろう。■ 『バニラ・スカイ』TM & Copyright © 2022 Paramount Pictures. All rights reserved.
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PROGRAM/放送作品
バニラ・スカイ
これは夢か現実か…ミステリアスな精神の迷宮へ誘う、トム・クルーズ主演の衝撃サスペンス・ロマンス
『ザ・エージェント』の監督キャメロン・クロウと主演トム・クルーズが、幻想的なスペイン・スリラー『オープン・ユア・アイズ』をリメイク。オリジナル版から続投したペネロペ・クルスが可憐な魅力を発揮している。
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COLUMN/コラム2021.08.30
ワイルダー&レモン 黄金コンビの最高傑作『アパートの鍵貸します』
アメリカ映画史に燦然と輝く、名匠ビリー・ワイルダー。彼が1940年代、パラマウント・ピクチャーズを拠点としていた頃から、温めていた企画が2つあったという。50年に映画化を実現した、『サンセット大通り』と、本作『アパートの鍵貸します』(60)だ。 ワイルダーが『アパート…』の着想を得たのは、ノエル・カワードの原作・脚本を、デヴィッド・リーンが監督したイギリス映画『逢びき』(45)を観てのことだった。元祖“不倫映画”の名作と言われるこの作品では、お互い家庭を持つ男女が、逢瀬の場として、男の友人のアパートを利用しようとする。 ワイルダーはそこから、アパートを使われてしまった、友人の男性のことに思いを馳せた。帰宅して、恋人たちが帰ったばかりで、生温かいベッドへと潜り込む。自分には恋人もいないのに…。 しかし当時のアメリカ映画の基準だと、内容が些か「不道徳」に過ぎる。いずれ舞台劇にでもと考えて、この着想は、しばしワイルダーの脳内に寝かされることになる。 そしてやって来た50年代、ワイルダーは黄金時代を迎える。先に挙げた『サンセット大通り』を皮切りに、『地獄の英雄』(51)『第十七捕虜収容所』(53)『麗しのサブリナ』(54)『七年目の浮気』(55)『翼よ! あれが巴里の灯だ』(57)『昼下りの情事』(57)『情婦』(58)『お熱いのがお好き』(59)と、ほぼ1年に1本ペースで、新作を発表。社会派作品から、サスペンス、ラブストーリー、実話もの、そしてコメディまで、ジャンルは幅広く、しかもそのいずれもが、今日では「クラシック」として讃えられる作品ばかり。 1906年生まれ。50代中盤を迎えようとしていた頃のワイルダーは、まさに円熟期と言えた。 『お熱いのがお好き』(59)を撮り終えた後、ワイルダーは、『お熱い…』で初めて起用したジャック・レモンの主演で、もう1本撮りたいと考えた。そして、『昼下りの情事』以降コンビを組むようになった、脚本家のI.A.L.ダイアモンドと頭をひねっていると、件の不倫カップルにアパートを貸す男のことを思い起こした。 かつては、映画にするには「不道徳」と思われた内容だったが、60年代に入る頃には、検閲も緩和されていた。時を経て、製作できる状況になっていたのである。 主人公の役柄と状況は、ワイルダーが温めていた通りでイケる。ではストーリーは、どうするか? ヒントになったのは、1951年にハリウッドで起こった、スキャンダラスな事件だった。後に『エアポート』シリーズなどのプロデューサーとして活躍するが、当時は俳優のエージェントだったジェイニングス・ラングが、依頼主である女優のジョーン・ベネットと浮気。それを知った、ベネットの夫で著名なプロデューサーのウォルター・ウェンジャーが、ラングを銃で撃ったのである。 この時ラングは、部下のアパートを利用して浮気をしていた。ここから、映画の中の人間関係が決まった。大会社に勤める平社員が、上司にアパートを利用されるという構図だ。 このようにして話がまとまると、ワイルダーは、ジャック・レモン、プロデューサーのウォルター・ミリッシュ、製作会社のユナイテッド・アーティスツに提案。映画化の運びとなった。 *** ニューヨークの保険会社に勤めるバド(演:ジャック・レモン)は、4人の部長が愛人と密会するための場として、自分のアパートを提供していた。そして彼らの口添えで、昇進を手にする目前となった。 ところが、人事を握るシェルドレイクに呼び出され、そのカラクリがバレてしまう。ピンチと思いきや、シェルドレイクも、バドのアパートを使いたいという。それと引き換えに、遂にバドは課長補佐へと昇進する。 出世したバドは、以前から思いを寄せていたエレベーター係のフラン(演:シャーリー・マクレーン)にモーションをかける。しかし彼女こそが、シェルドレイクの密会の相手であった。 クリスマス・イブ、それに気付いてやけ酒を煽ったバドがアパートへと帰ると、睡眠薬で自殺を図ったフランが、倒れていた。シェルドレイクが、一向に妻と別れようとしない上に、今までに数多の女性と関係を持っていたことを知って、絶望してしまったのだ。 隣室の医師の助けで、バドはフランの命を救い、懸命に介抱する。そしてシェルドレイクに、フランは自分が引き受けると、宣言することを決意するが…。 *** 先に言及した通り、ジャック・レモンありきで、ワイルダーは本作の企画を進めた。レモンのことは、そのキャリアのはじめの頃から注目しており、『ミスタア・ロバーツ』(55)で彼がアカデミー賞助演男優賞を得た演技に関しては、「腹の皮がよじれるほど滑稽だった」などと評している。 念願叶って、『お熱いのがお好き』(59)に起用。この作品でレモンは、マフィアによる虐殺事件を目撃してしまったため、女装して逃避行する楽団員を演じた。それ以降レモンは、ワイルダーのお気に入り俳優No.1となり、2人のコンビ作は、トータルで7本にも及んだ。「彼のやることには何事によらず才能のきらめきが見られた」というワイルダー。例えば午前9時に撮影開始なら、8時15分にはスタジオ入りするような、レモンの振舞いも、高く評価した。 レモンはよく、ワイルダーのオフィスに「ねえ、すばらしいアイディアがあるんだ」と訪ねてきた。そしてしばらく話をした後、ワイルダーがからかうような目つきを返すと、「…わたしも気に入ってたわけじゃないんだ」と言って帰っていったという。 フランを演じたシャーリー・マクレーンは、本作と『あなただけ今晩は』(63)で、ワイルダー&レモンとトリオを組んでいるが、本作に関しては、当初不安を抱えていた。セットにワイルダーの妻が訪問した時、「ビリーはこれがいい映画になるってほんとうに思っているの?」などと尋ねたという。 結果的に彼女のキャリアの中でも、代表作と言える2本をプレゼントしてくれたワイルダーのことを、「…わたしの人生でとても重要な人物…」と言うが、同時にジャック・レモンに対して、強い羨望の念を抱かざるを得なかった。ワイルダーが「…ジャックに注目するのとおなじようには、わたしに注目してくれなかった」からである。「…仕事の面ではビリーは、ジャック・レモンに首っ丈。惚れこんでいたわ。わたしがセリフや演技についてアイディアを出しても、あまり聞きたがらなかったの。彼の注意を引くことができなかったー…」「ジャックといっしょのシーンでは、いつもいい演技をしなければならないとわかっていた。ビリーは、ジャックの出来がいちばんいいテイクを選ぶんですもの…」 シェルドレイク役には、当初ポール・ダグラスが決まっていた。しかし撮影開始2日前に、心臓発作で急逝。そこで白羽の矢を立てたのが、フレッド・マクマレーだった。 しかしマクマレーは、二の足を踏んだ。ディズニーと契約中で、ファミリー・ピクチャーに出演することになっていたからだ。それなのに、浮気者の中年男の役なんて…。 マクマレーはワイルダー作品では、『深夜の告白』(44)の出演をオファーされた際にも、躊躇したことがある。その頃の彼は、コメディに数多く出演。サスペンス映画で“殺人者”の役などは、荷が重いと感じたのである。 結局『深夜の…』の時と同様、マクマレーは『アパート…』にも出演することを決めた。こうして彼のキャリアの中では、ワイルダー監督作は、異色の2本となった。 巧みなストーリーテリングやキャラクターの造形に、舌を巻く本作。同時に、美術や小道具の使い方にも、注目していただきたい。 まずはバドが勤める、見るも巨大で奥行きのあるオフィス。美術監督アレクサンドル・トロ―ネルが、遠近法を駆使して作り上げたものである。 こちらのオフィスのセットは、実は奥へ行くにつれて、机や椅子が小さくなっていく。そして配置されたエキストラも、どんどん小柄になっていく。更にその奥では、小さな子どもに、大人の服装をさせた。更に更に奥には、最小限のサイズの机と、紙に描いて切り抜いた人形を用意した。 本作の小道具として、あまりにも有名なのは、コンパクト。開けると、ひび割れた鏡が出てくる。このコンパクトによって、主人公はそれまで気付かなかった事実を知る。セリフによる説明を省略する役割を果たすわけだが、具体的にどのように機能しているかは、本編を見てのお楽しみとしたい。 コメディ・リリーフ的な役割を果たすのは、バドのキッチンに置かれたテニスラケット。バドがスパゲッティをゆでる際、ざるの代わりに湯を切るのに使う。このテニスラケットが、独身男であるバドのキャラを表すと同時に、演じるレモンの軽妙な振舞いを引き出す。 テニスラケットのアイディアは自分が出したと、ワイルダーは主張している。しかし相方のダイアモンド曰く、「…ビリーはグルメだから、あのジョークが好きじゃないんだ。彼がいやな顔をしたのを憶えているよ…」 さてダイアモンドの回想から、もう一点印象深い話を引用する。本作を撮り終えて、4カ月ほど経った頃の話である。バーで飲んでいた時に、ワイルダーが突然叫んだ。「あの映画をどうすべきだったかわかったぞ!レモンをなんらかの障害者にすべきだったんだ。そうすれば、もっと同情できる登場人物になっていただろう」 しかし後年になると、ワイルダーは本作のことを、「もう一度やり直したいと思わない数少ない映画の一本…」と言うようになる。 本作は初公開時に、興行的にも批評的にも、大成功を収めた。ジャック・レモンの演技を、「チャップリンの再来!」と絶賛した新聞評も出た。 アカデミー賞では10部門にノミネートされて、5部門で受賞。プロデューサーも兼ねていたワイルダーは、作品賞、監督賞、脚本賞と、1本の作品で3本ものオスカーを得た、史上初の映画人となった。 その時プレゼンターだった劇作家のモス・ハートは、ワイルダーにオスカーを授与する際、こんな耳打ちをしたという。「ここらがやめどきだよ」。 確かに『アパート…』のような傑作を放ってしまうと、同じレベルを維持していくのは、困難である。この後60~70年代に掛けても、水準以上の作品を送り出し続けたワイルダーだったが、振り返ってみれば、確かに本作がピークであった。 それ故に、「もう一度やり直したいと思わない数少ない映画の一本…」と、後に語るようになったのかも知れない。 さて最後に、この作品の有名なラストシーンに関わることに触れたい。本作未見の方は、この後の文は、読むのを後回しにしてもらった方が良いかも知れない。 シェルドレイクの元を去り、バドのアパートへと向かうフラン。部屋のそばまで来ると、銃声のような音が鳴り響く。バドが以前にピストル自殺を図ったことがあると聞いていたフランは、大慌てで部屋のドアをノック。バドがシャンパンの蓋を開けただけとわかって、ホッとする。 フランは部屋に入ると、以前にケリがつかなかったトランプのゲームをやろうと誘う。愛の告白をしようとするバドを遮って、「黙って札を配ってよ」で、“THE END”である。 さてこのラストシーンについて、「めでたしめでたし」なのかと、よく問われたワイルダーは、そうではないと考えていた。2人は似合いのカップルではない上、バドは失業中で、フランもこの後に職を失うのは、必至。金がなくなれば、人間関係がギスギスするし、どちらもそんなに器用なタイプではない。 ラストで2人が居るアパートにはやがて、「…“貸し室”の札がかけられるようになるんじゃないかな」というのが、“皮肉屋”のワイルダーの見解だった。 ところがそんなワイルダーが、最晩年になると、考えが変わる。「…いまではあのふたりがうまくいったと思っているよ。結婚生活は長つづきして、ふたりはもっといいアパートに入っただろう」 ワイルダーは1949年に、女優のオードリー・ヤングと結婚をする。彼にとっては2回目の結婚だったが、2002年に95歳でこの世を去るまで、彼女と連れ添った。 ワイルダーはバドとフランのその後について考えが変わった理由として、「…もしかしたらオードリーとの結婚生活のせいで、ロマンティックになったのかもしれない…」と、説明していた。■ 『アパートの鍵貸します』© 1960 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.
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PROGRAM/放送作品
あの頃ペニー・レインと
15歳で音楽ライターになった少年の切ない青春を綴る、鬼才キャメロン・クロウ監督の自伝的物語
15歳で雑誌「ローリングストーン」のライターになった実体験を基に、C・クロウ監督が普遍的な青春模様を綴る。音楽センスに定評のある監督が選んだ'70年代ロックが物語とマッチ。アカデミー賞脚本賞を受賞。
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COLUMN/コラム2020.09.28
トム・クルーズ30代の代表作!『ザ・エージェント』で発掘したものとは!?
1997年5月12日のこと。日本公開が迫った、『ザ・エージェント』の劇場試写会が、有楽町マリオンの、今はなき「日劇東宝」で開かれた。 当時の私は、映画業界との接点はほとんどなかったので、多分何かのプレゼントで当たったのだろう。妻と共に客席で上映を待っていると、「開映に先立ちまして、今日は素晴らしいゲストにご来場いただいています」とのアナウンスがあった。 事前には何も告知されてなかったので、今流で言えば「サプライズ・ゲスト」といったところか。場内が大きくどよめいた。多分観客のほとんどが、「まさかトム・クルーズが!」と思ったのだろう。しかし続くゲストの紹介アナウンスは、「『ザ・エージェント』で主役のジェリー・マクガイアを支えるドロシー・ボイドを演じた、レニー・ゼルウィガーさんです!」 紹介されて登場した女性は、遠い異国で数百人もの観客に迎えられて、上気しているようだった。しかし場内には、明らかに落胆の色が浮かんだ。 それはそうだ。当代ハリウッドの人気№1スターが現れるかと期待したのに、出てきたのは、当時の日本ではまったく無名の存在だった女優。後に日本語表記が、“レニー”から“レネー”に変わる彼女が、その後オスカーを2度も受賞する大スターに成長するなど、その時の会場に居た誰ひとりとして、想像もつかなかったであろう…。 日本ではその試写の5日後、97年5月17日の公開だった『ザ・エージェント』は、アメリカではその5カ月前、96年12月に封切り。大ヒットを記録すると共に、作品的にも高く評価され、その年度の賞レースに絡む作品となった。 アカデミー賞では、作品賞、主演男優賞など5部門で候補に。そして、「Show me the money!=金を見せろ!」という、アメリカ映画史に残る名セリフを吐いた、キューバ・グッディング・Jrが、助演男優賞を手にした。 因みにこの年のアカデミー賞は、12部門でノミネートされた、アンソニー・ミンゲラ監督の『イングリッシュ・ペイシェント』が、作品賞、監督賞など9部門を制している。しかしながら四半世紀近く経った今となっては、いまだに人々の思い出に残り、口の端に上る作品としては、『ザ・エージェント』に軍配が上がるだろう。 スポーツ業界最大手のエージェント会社「SMI」に勤め、数多くの有名アスリートを顧客に持つ、ジェリー・マクガイア(演:トム・クルーズ)。選手の所属チームとの交渉で、いかに大金や長期の契約を引き出すか、いかにビッグなCM出演をまとめるか、携帯電話を片手に全米を飛び回る、ハードな日々を送っていた。 しかしある日、担当するアイスホッケー選手が大怪我をして、再起不能となってしまう。その選手の幼い息子から罵声を浴びせられたジェリーは、利益を最優先する会社のやり方に疑問を抱き、初心を取り戻す。そして一夜にして、理想に溢れる提言書を書き上げる。 ~人々に夢を与える選手たちの支えとなるべき、この仕事の本当の在り方とは、より少数のクライアントに、金ではなく、心を配ることである~ 提言書は、職場の仲間たちから、賞賛を以て迎えられたかに見えた。しかしその1週間後、ジェリーは会社から突然解雇される。それは企業の方針に盾突いた、報いだった。 ジェリーを頼っていた筈の顧客のアスリートたちとの契約も、彼にクビを言い渡した同僚に、ごっそりと攫われてしまう。たった1人残ったのは、落ち目のアメフト選手ロッド(演:キューバ・グッディング・Jr)。そして「SMI」の社員でジェリーについていったのは、提言書に感銘を受けた、シングルマザーのドロシー(演:レネー・ゼルウィガー)だけだった。 職を失ったジェリーは婚約者にも去られ、失意のどん底に落ちる。しかしドロシーに支えられて新たな会社を興し、周囲の予想を裏切る活躍を見せるロッドと友情を育てていく中で、本当に大切なことは何かを、知っていくことになる…。 簡単にまとめれば、理想を掲げた者が一敗地に塗れながらも、愛や友情を支えに再び立ち上がり、勝利に向かう物語である。ハリウッド映画としてかなりクラシカルな展開だが、“スポーツ・エージェント”という、それまで大々的には取り上げられていなかった世界を舞台にしたことが新味となって、本作を成功に導いた。 折しも日本では、95年に近鉄バファローズの野茂英雄投手が、アメリカのメジャーリーグ挑戦に当たって、“エージェント”が介在したことが大きな注目を集めた。そしてその存在が、一般化し始めた頃の公開であった。 『ザ・エージェント』の監督・脚本を担当したのは、キャメロン・クロウ。「リサーチの鬼」と言われる彼は、数多くのスポーツ・エージェントやアスリートたちに取材を敢行。多くのフットボールの試合を観戦し、チームと一緒に旅もした。 金儲けだけを追求しているかのように見える、スポーツ・エージェントの世界で、「誠実であるとはどういうことなのか?」「選手が炭酸飲料みたいに売り買いされる世界で、本当のヒーローとは何なのだろう?」などと考えながら、3年もの歳月を掛けて、脚本を完成させた。本作の中でジェリーがエージェントの初心に戻って記す、27頁にも渡る提言書は、その内容が映画のプログラムなどにも採録されているが、キャメロン・クロウが実際に、一晩掛けて書き上げたものだという。 この脚本を読んだトム・クルーズは、すぐに主役のジェリーに同化。自ら進んで本読みを志願するなど、「…これこそ本当にやりたい役…」と、出演を熱望したという。そしてクロウが吃驚するほどの情熱を持って、本作に臨んだ。 その成果として本作は、1962年生まれのトムにとっては、30代のピークと言うべき作品となった。アカデミー賞主演男優賞のオスカー像こそ、オーストラリア映画『シャイン』のジェフリー・ラッシュに譲り、ノミネート止まりだったが、現在に至るキャリアの中でも『ザ・エージェント』は、代表作の1本に挙げられるだろう。 以前本コラムで『レインマン』(88)を取り上げた時にも触れたことだが、トムは、『タップス』(81)『アウトサイダー』(83)など、青春映画の脇役で注目された後に、初めて主演した『卒業白書』(83)が大ヒット。更には世界的なメガヒットとなった『トップガン』(86)で、当時の20代若手スターのトップに躍り出た。 その後『ハスラー2』(86)でポール・ニューマン、『レインマン』でダスティン・ホフマンという、“ハリウッド・レジェンド”たちと共演。尊敬する彼らと固い絆を結び、演技者としての薫陶を受けた。この両作は、ニューマンとホフマンにオスカーをもたらしたが、共演したトムの演技が、そのアシストになったことも見逃せない。 続いて出演した、オリバー・ストーン監督の反戦映画『7月4日に生まれて』(89)では、ベトナム戦争の戦傷で車椅子生活を余儀なくされる、実在の帰還兵ロン・コーヴィックを熱演。この役で初めて、アカデミー賞主演男優賞の候補となる。 そして迎えた30代前半は、まさにトムの黄金期。『ア・フュー・グッドメン』(92)『ザ・ファーム 法律事務所』(93)『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(94)、初めてプロデューサーも兼ねた『ミッション:インポッシブル』(96)、そして『ザ・エージェント』と、史上初めて、主演作が5作続けて全米興行収入1億ドルを突破するという、快挙を成し遂げたのである。 本作はそんな、輝きがマックスの頃のトム・クルーズを観るだけでも、価値がある作品になっている。しかし、現時点で振り返る際に忘れてはいけないのは、レネー・ゼルウィガーを世に出した作品であるということだ。■ レネーは1969年4月25日生まれということだから、「日劇東宝」で挨拶に立った時は、まだ28歳だったか。彼女が女優を志したのは、テキサス大学在学中に、選択科目で「演劇」を受講したのがきっかけだったという。 まずは地元で活動し、CMやインディペンデント映画に出演。ロスアンゼルスに移り、メジャー作品で初めて大役を得たのが、本作だった。彼女は尊敬するトムとスクリーン・テストを受けた際は、「これって現実?私、本当にここにいるの?」と自問せずにいられなかったという。 一方でトムはその時のことを、「彼女が出ていった後、キャメロンとブルックス(プロデューサーを務めた、ジェームズ・L・ブルックスのこと)と僕は思わずお互い目を合わせて、ドロシーが見つかったな、と確信したんだ」と語っている。彼女の「善良さと飾り気のなさ」が、ドロシー役にぴったりと、見初めたのである。 グウィネス・パルトロウやミラ・ソルヴィーノなど、その当時活躍中の若手女優たちも、ドロシー役の候補に挙がっていたという。そんな中で、当時ほとんど無名だったレネーが、大抜擢となった。 その後レネーは、『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ(2001~2016)などで人気が爆発。『コールド マウンテン』(03)でアカデミー賞助演女優賞を、『ジュディ 虹の彼方に』(19)で主演女優賞を受賞したのは、ご存知の通り。 レネーは『ジュディ…』で「SAG=映画俳優組合」の主演女優賞を受賞した際、スピーチでトムに謝辞を述べている。 「トム・クルーズ、あなたが撮影現場でのプロ意識と最高を目指す姿勢のお手本になってくれたこと、親切と無条件の優しさに感謝します」 トムのプロデューサーとしての慧眼、ここに極まれりである。 その一方で俳優としてのトムが、アカデミー賞主演男優賞の候補になったのは、実は本作『ザ・エージェント』が最後。助演男優賞の候補になった『マグノリア』(99)からも、もう20年以上の時が経ってしまっている。 近年は『ミッション:インポッシブル』シリーズを軸に、すっかり“アクション俳優”のイメージが強くなってしまっているトム・クルーズ。それももちろん悪くはないのだが、いま60代に手が届かんとする彼が、自分が発掘したレネーと四半世紀ぶりに再共演を果たして、オスカー戦線を騒がすような主演作も、また観たい気がする。■ 『ザ・エージェント』© 1996 TriStar Pictures, Inc. All Rights Reserved.
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PROGRAM/放送作品
(吹)ザ・エージェント【金曜ロードショー版】
[PG12]熱血エージェントの挫折と再生をトム・クルーズが好演!胸を熱くするスポーツ・ドラマ
スポーツ代理人の世界で理想を追求する青年をトム・クルーズが熱く演じる、爽やかな感動を呼ぶサクセス・ストーリー。キューバ・グッディング・Jrがアカデミー賞助演男優賞を受賞。
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COLUMN/コラム2012.09.30
2012年10月のシネマ・ソムリエ
■10月6日『都会のアリス』 ヴィム・ヴェンダース監督が初期に発表したロードムービー3部作の第1作。9歳の少女をNYからアムステルダムに送り届けることになったドイツ人青年の物語だ。 人生の迷い道にさまよい込んだ青年と、生意気な少女が織りなすあてどない旅路。16ミリの白黒フィルムに焼きつけられた虚ろな風景が、得も言われぬ詩情を醸し出す。 主演はヴェンダース作品の常連俳優R・フォーグラーと「緋文字」の子役Y・ロットレンダー。複雑にして豊かな余韻を残す、ラスト・シーンの空撮が実にすばらしい。 ■10月13日『アメリカの友人』 ヴィム・ヴェンダース監督がデニス・ホッパーを主演に迎えて撮ったサスペンス・ロマン。パトリシア・ハイスミスの“トム・リプリー”シリーズの一編が原作である。 画商を装い、ヨーロッパで贋作を売りさばく詐欺師リプリー。彼はひょんなことから出会ったヨナタンという病身の額縁職人を、裏社会の殺しの仕事に巻き込んでいく。犯罪劇に初挑戦したヴェンダースが、孤独な男たちの魂の共鳴をスリリングかつ切なく描出。彼が敬愛するニコラス・レイ、ダニエル・シュミットが脇役で出演している。 ■10月20日『あの頃ペニー・レインと』 キャメロン・クロウ監督の自伝的な青春映画で、アカデミー脚本賞に輝いた代表作。15歳にしてロック・ライターの道を歩み出した少年の夢のような日々を映し出す。著名雑誌からの依頼で、新進バンドのツアー密着取材を行う主人公ウィリアム。彼を魅了するグルーピーの美少女を、ケイト・ハドソンが眩しいほどキュートに演じる。70年代ロックに彩られた甘酸っぱくもビターな映像世界。音楽業界の内幕ものとしても興味深く、主人公の母親役フランシス・マクドーマンドらの好演も味わい深い。 ■10月27日『パフューム ある人殺しの物語』 ドイツの鬼才トム・ティクヴァが、P・ジュースキントのベストセラー小説を映画化。18世紀パリの魚市場で生まれ、並外れた嗅覚を授かった青年の数奇な運命を描く。ある美少女の体臭の虜になった主人公が、禁断の香水を創造するために、罪の意識すらなく猟奇殺人を繰り返していく。その異様なストーリー展開から目が離せない。主人公が女性の肉体から“香り”を抽出するシーンを始め、美醜入り混じるビジュアルのインパクトは圧巻。そしてクライマックスには誰もが目を疑う衝撃的な光景が! 『都会のアリス』© 1973 Reverse Angle Library GmbH 『アメリカの友人』© 1977 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH 『あの頃ペニー・レインと』Copyright © 2000 DreamWorks Films L.L.C. and Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved. 『パフューム ある人殺しの物語』© 2005 Constantin Film GmbH
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PROGRAM/放送作品
エリザベスタウン
オーランド・ブルームxキルスティン・ダンスト。全てを失った青年の再起を描いた希望の物語
オーランド・ブルーム主演。仕事も恋も失った青年がある理由から父の故郷であるエリザベスタウンへと向かう。旅の途中での出会い、久々に会う親戚との触合いにより癒されていく彼は、自分と人生に再度向き合う。
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COLUMN/コラム2012.09.21
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2012年10月】山田
15歳で『ローリング・ストーン』誌のライターになった実体験を基に、キャメロン・クロウ監督が少年の切ない青春を綴る、自伝的物語。ちょっぴり寂しい、でもとても幸せな気持ちになれること間違いなし。当時の風俗、音楽やファッションに傾倒していた人ならなおのこと。「パイレーツ・ロック」では24時間ロックを流し続ける海賊ラジオ局の船長を演じていたフィリップ・シーモア・ホフマンは、本作では、1982年に弱冠33歳で亡くなった伝説のロック・ライターであるレスター・バングス役。なかなか本人に似ている。演技も板についている。そしてケイト・ハドソンが通常より数十倍可愛く見える。音楽監修はピーター・フランプトン御大。劇中流れる音楽も、ザ・フー、トッド・ラングレン、イエスから、オールマン、ツェッペリン、レーナード・スキナードなどなど。。胸が熱くなる。 Copyright © 2000 DreamWorks Films L.L.C. and Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.