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PROGRAM/放送作品
透明人間(2020)
[PG12]“見えない恐怖”が最高潮に!『ソウ』シリーズの脚本家が古典的キャラクターを再生したホラー
『ソウ』シリーズの脚本家リー・ワネルが、古典的ホラーキャラクターを現代的にアップグレードして映像化。最先端テクノロジーに基づくSFとサイコスリラーを巧みに融合し、想像力に訴えるスリリングな恐怖を放つ。
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COLUMN/コラム2023.06.30
#MeTooとSNSの時代を映し出す古典的SFホラーの見事な新解釈版『透明人間』
かつて透明人間は日本映画でも人気者だった! 『ミイラ再生』(’32)をリメイクした『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(’99)の大成功とシリーズ化をきっかけに、『ヴァン・ヘルシング』(’04)や『ウルフマン』(’10)、『ドラキュラZERO』(’14)など、往年のクラシック・モンスター映画をコンスタントにリメイク&リブートしてきたユニバーサル・スタジオ。’14年にはフランチャイズ化(後に「ダーク・ユニバース」と命名)も発表され、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)やDCEU(DCエクステンデッド・ユニバース)にも匹敵する壮大なシェアード・ユニバースが展開されるはずだった。 ところが、その第1弾『ザ・マミー/呪われた砂漠の女王』(’17)がまさかの大失敗に終わり、フランチャイズ化の計画は一転して白紙撤回されることに。トム・クルーズにジョニー・デップ、ハヴィエル・バルデムにラッセル・クロウと、錚々たるビッグネームを揃えた「ダーク・ユニバース」のコンセプト写真に、企画発表の当時からワクワクしていた筆者は思わずガッカリしたものである。そして、その代わりとなる単独映画として作られたのが、本作『透明人間』(’20)だった。 ご存知、オリジナルはSF小説の大家H・G・ウェルズの同名小説を、巨匠ジェームズ・ホエールが映画化したユニバーサル・ホラーの名作『透明人間』(’33)。人間を透明にする薬品を開発した科学者グリフィン博士(クロード・レインズ)が、自ら実験台となって透明化に成功するものの、しかし薬品の副作用によって狂暴化してしまう…というお話。いわば、「ジキル博士とハイド氏」の系譜に属するマッド・サイエンティスト物である。グリフィン博士が頭部に巻いていた包帯を解いていくと、なんと中身は透明で何も見えません!という特撮は、今となっては極めて原始的な合成技術に過ぎないのだが、しかし90年前の公開当時はこれが大変な評判となった。そもそも、この透明効果を映像化するのが技術的に困難ゆえ、それまでウェルズの原作は1度も映画化されたことがなかったのだ。1933年といえば、あの特撮怪獣映画の金字塔『キング・コング』(’33)も公開されている。ハリウッドの特撮技術が飛躍的な進化を遂げた記念すべき年だったと言えよう。 これ以降、ユニバーサルは『透明人間の逆襲』(’40)など合計で4本(1作目を含めると5本)の続編シリーズを製作。中でも最終作『The Invisible Man’s Revenge』(’44)は、徐々に透明化していく過程を移動撮影で描いたことが画期的だった。また、人気コメディアン・コンビ、アボット&コステロ主演の『凸凹透明人間』(’51)や、透明エイリアンが地球を侵略する『インベーダー侵略 ゾンビ来襲』(’59)、ギャング組織が透明技術を悪用する『驚異の透明人間』(’60)など、パロディ映画や亜流映画も各映画会社で続々と作られ、やがて透明人間はSFホラーの定番キャラクターへと成長する。 ちなみに、戦後の日本映画でも透明人間が流行った。その原点は円谷英二が特撮を手掛けた大映の『透明人間現わる』(’49)。ユニバーサルの『透明人間』を徹底的に研究した円谷は、透明人間が煙草をふかすシーンなど、当時としては画期的な特撮の見せ場を披露するも、しかし本人は「力量不足」と満足しなかったそうで、その後も東宝の『透明人間』(’54)で再挑戦している。また、大映は的場徹に特撮を任せた『透明人間と蠅男』(’57)を発表。興味深いのは、ハリウッド映画の透明人間が基本的にヴィランであるのに対し、国産の東宝版と大映版2作目は透明人間を正義の味方として描いていることだろう。いわば変身ヒーローの先駆けだ。そのほか、怪人二十面相が透明化する『少年探偵団 透明怪人』(’58)や、南蛮の秘薬で透明化した武士が復讐に走る特撮時代劇『透明天狗』(’60)などが作られている。 そもそも、ディズニー俳優ディーン・ジョーンズがイタリアで主演した『透明人間大冒険』(’70)や、ドイツの犯罪アクション映画「マブゼ博士」シリーズのひとつ『怪人マブゼ博士・姿なき恐怖』(’62)など、それこそ世界中の映画に登場してきた透明人間。やはり、透明になって姿を消すことは人類共通の夢みたいなものなのだろうか。また、ハイレベルな特撮技術を求められるため、透明人間映画は作り手の創造力を刺激するのかもしれない。そういう意味で、初めて透明人間をCGで描写したジョン・カーペンター監督の『透明人間』(’92)は画期的だったし、透明化していく過程の血管やら筋肉やら骨やらまで見せるポール・ヴァーホーヴェン監督の『インビジブル』(’01)はまたグロテスクでインパクト強烈だった。 なので、CG技術が飛躍的に進化した現代に『透明人間』のリメイクというのは理に適っているのかもしれないが、しかしこの2020年版『透明人間』で最も評価されるべき点は、実は最新のデジタル技術を駆使したVFXよりも、古典的な題材を現代的にアップデートした脚本の妙にあると言えよう。 ヒロインだけでなく観客も追いつめられるガスライティングの恐怖 真夜中に防犯システムを完備した大豪邸からこっそりと逃げ出す女性セシリア(エリザベス・モス)。彼女は世界的な光学研究の第一人者エイドリアン・グリフィン博士(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)の恋人なのだが、しかし嫉妬深くて束縛が強くて支配的な彼との暮らしは生き地獄だったため、いよいよ覚悟を決めて脱出を企てたのである。睡眠薬で眠らせたはずのエイドリアンが、文字通り鬼の形相で追いかけてきたものの、電話連絡を受けて駆け付けた妹エミリー(ハリエット・ダイヤー)の車で逃げ切ることに成功したセシリア。その後、彼女は警察官である友人ジェームズ(オルディス・ホッジ)の自宅に匿われたが、しかしエイドリアンから受け続けた精神的な暴力によるトラウマはなかなか癒えなかった。 そんな折、驚くべきニュースが飛び込む。エイドリアンが自殺を遂げたというのだ。彼の兄である弁護士トム(マイケル・ドーマン)に呼び出され、500万ドルの遺産まで相続することになったセシリア。しかし、彼女はエイドリアンの死をにわかに信じることが出来ない。なぜなら、彼は自己愛の強いソシオパスで、全てを自分の思い通りにせねば気が済まない性格の持ち主。とてもじゃないが自殺をするような人間ではない。他人の目を欺くことにだって長けている。ましてや彼は世界的な科学者だ。自殺を偽装するなど朝飯前であろう。 やがて彼女の周辺では奇妙な出来事が起きるようになり、エイドリアンに見張られているのではないかと感じ始めるセシリア。当然、ジェームズやエミリーは思い過ごしだと受け流すが、しかしセシリアは送った覚えのない誹謗中傷メールでエミリーと絶縁する羽目になり、さらにジェームズの娘シドニー(ストーム・リード)を殴ったと疑われてしまう。私は何もしていない。エイドリアンが透明人間になって私を陥れようとしているのだ。証拠を掴むためエイドリアンの自宅へ行ったセシリアは、そこで人体を透明化する特殊スーツを発見。やはりそうだったのか。疑惑が確信へと変わった彼女は、エミリーに全てを打ち明けようとするのだが、しかしそこで最悪の悲劇が起きてしまう。果たして、エイドリアンは本当にまだ生きているのか、それとも全てはセシリアの被害妄想の産物なのか…? もちろん、一連の出来事は透明人間になったエイドリアンの仕組んだ罠なのだが、いずれにせよ主人公の名前(グリフィン博士)および透明人間という設定を継承しただけで、それ以外はほとんど原形をとどめていない大胆なアレンジに驚くホラー映画ファンも多いことだろう。オリジナル版の天才科学者グリフィン博士も、透明薬の副作用が少なからず影響しているとはいえ、優性思想に染まった誇大妄想狂のクソ野郎だったが、このリメイク版のグリフィン博士は典型的なDVモラハラ男として描かれる。まさしく、#MeToo時代に相応しい新解釈版『透明人間』だ。 被害者が精神的におかしいのではないか?と本人だけでなく周囲にも信じ込ませ、巧みに窮地へと追い詰めていく心理的虐待をガスライティングと呼ぶのだが、なるほど確かにガスライティングと透明人間は驚くほど親和性が高い。姿が見えなければやり放題だ。これまでありそうでなかった新しい切り口と言えよう。加えて、己の姿を一切見せることのないグリフィン博士の執拗な嫌がらせは、いわゆるソーシャルメディア・ハラスメントをも想起させる。SNSで匿名に隠れて他者を攻撃する加害者などは、まさに透明人間みたいなものだ。そういう意味でも、これは極めて今日的なテーマを扱った作品だ。 しかも、本作は透明人間ではなくその被害者の視点でストーリーが語られるため、観客はヒロインに降りかかる心理的な恐怖や絶望を生々しく追体験することになる。この息の詰まるような恐ろしさときたら!それゆえ、DVやハラスメントの被害者はフラッシュバックする恐れがあるので、鑑賞する際には注意が必要かもしれない。 監督と脚本を手掛けたのは、盟友ジェームズ・ワンと共に『ソウ』(’04)シリーズや『インシディアス』(’10)シリーズを生んだオーストラリア出身の脚本家リー・ワネル。前作『アップグレード』(’18)では、『狼よさらば』(’74)的なリベンジ・アクションを『ターミネーター』(’84)的な科学の暴走へと昇華させたていたワネル監督だが、本作ではその逆パターンを採用している。要するに、「科学の暴走」そのものである『透明人間』の物語を、『狼よさらば』というよりは『リップスティック』(’76)や『天使の復讐』(’81)的な性暴力被害者の復讐譚として仕上げたのだ。 さらに本作で目を引くのは透明人間のカラクリだ。ご存知の通り、H・G・ウェルズの原作小説や’33年版のグリフィン博士は、特殊な薬品を投与することで透明人間となる。その後の透明人間映画の多くも、この透明薬を採用してきた。その他にも、原子力を用いた放射能光線や透明化装置などもポピュラーだったが、本作では着用すると透明になれる特殊なボディスーツが使用される。 これがどういう仕組みかというと、スーツ全体に無数の小型カメラレンズが埋め込まれており、それぞれのレンズが周囲の様子をリアルタイムで細かくホログラム化。その映像で全身を覆い隠すことによって、周囲に溶け込んで透明化したように見える…ということらしい。なので、一度投与したら透明化したままの薬品と違って、それこそプレデターのように姿を見せたり隠したりが自在に出来るのだ。ある意味、CG加工と似たような原理である。実際、本作では透明人間役のスタントマンが全身グリーンのボディスーツを着用し、ポストプロダクションの際にはその部分だけをデジタル消去することで透明化している。なるほど、現実が空想科学にだんだんと追いついてきたわけだ。 ヒロインのセシリア役にエリザベス・モスを選んだのもドンピシャ。なにしろ、出世作『マッドメン』(‘07~’15)では男社会の会社組織で女性差別やセクハラに苦しむキャリア女性ペギー・オルセンを、初主演作『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(‘17~)では全体主義国家アメリカで妊娠出産に奉仕させられる侍女ジューンを演じた、いわば#MeToo時代のハリウッドを象徴するような女優である。金持ち男性が囲い込む女性としては容姿が地味過ぎやしないか…との声も一部にあったようだが、しかし見た目が地味で大人しそうな女性ほど性暴力被害に遭いやすいとも言われる。まあ、そりゃそうだろう。DV男やモラハラ男は、自分に自信がなくて支配しやすい女性を狙うものだ。そう考えると、彼女の起用は十分に説得力があると思う。 ちなみに、『マトリックス』シリーズのゴースト役で知られる俳優アンソニー・ウォンが、交通事故に遭った車からフラフラしながら出てくるドライバー役でチラリと登場。その直後、セシリアが彼の車を奪って精神病院から逃走するのだが、その際にほんの一瞬だけ「ソウ人形」の落書きが画面に映る。くれぐれもお見逃しなきよう。 そんなこんなで、コロナ禍での劇場公開という圧倒的に不利な状況にも関わらず、世界興収1億4300万ドルというスマッシュヒットを記録し、ハリウッド批評家協会賞やサターン賞といった賞レースを席巻するなど、批評的にも極めて高い評価を得た本作。目下のところリー・ワネル監督による続編映画、そしてエリザベス・バンクスを監督に起用したスピンオフ映画の企画が進行しているという。それより前に、ホラー映画ファンとしては『スクリーム』製作チームによる、’24年春公開予定のタイトル未定ユニバーサル・モンスター映画というのが大いに気になるところですな!■ 『透明人間(2020)』© 2020 Universal City Studios Productions LLLP. ALL RIGHTS RESERVED.
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PROGRAM/放送作品
(吹)透明人間(2020)
[PG12]“見えない恐怖”が最高潮に!『ソウ』シリーズの脚本家が古典的キャラクターを再生したホラー
『ソウ』シリーズの脚本家リー・ワネルが、古典的ホラーキャラクターを現代的にアップグレードして映像化。最先端テクノロジーに基づくSFとサイコスリラーを巧みに融合し、想像力に訴えるスリリングな恐怖を放つ。
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COLUMN/コラム2021.12.02
ハイテクな近未来を’80年代テイストで描いたSFサイバーパンク・アクション『アップグレード』
ホラー映画脚本家リー・ワネルが初挑戦した本格的なSF世界 ホラー映画『ソウ』シリーズや『インシディアス』シリーズで知られる脚本家リー・ワネルが、長年の盟友ジェームズ・ワンとのコラボではなく単独で監督・脚本を手掛けた近未来SFアクションである。もともとオーストラリアのメルボルン出身で、地元の名門RMIT大学メディア・コミュニケーション学科に入学したワネルは、周囲の学生がヨーロッパのアート映画を志向する中にあって、「ジェームズ・キャメロンが好き」と臆せず公言する同級生ジェームズ・ワンと意気投合。一緒にホラー映画の脚本を書くようになった2人のデビュー作が、世界規模のサプライズヒットとなった『ソウ』(’04)だった。 ジェームズ・ワンが監督を、リー・ワネルが脚本をという役割分担で、以降も『デッド・サイレンス』(’07)や『インシディアス』(’10)をヒットさせた2人。その傍らで、『ソウ』と『インシディアス』の続編シリーズなどの脚本も手掛けていたワネルだが、しかし学生時代から映画監督志望だった彼は、シリーズ3作目に当たる『インシディアス 序章』(’15)で念願の監督デビューを果たす。そして、盟友ワンが『ワイルド・スピード SKY MISSION』(‘15)でブロックバスター映画へと大きく飛躍したのを機に、インディペンデント志向の強いワネルは予てから温めていたSF映画の企画を低予算で実現することとなる。それがこの『アップグレード』(’18)だったというわけだ。 舞台はそう遠くない近未来。社会がますますテクノロジーに依存していく中、昔ながらのアナログ技術にこだわり続ける自動車整備士グレイ(ローガン・マーシャル=グリーン)は、大手のハイテク企業に勤める愛妻アイシャ(メラニー・バレイヨ)と満ち足りた生活を送っていた。そんなある日、ハイテク業界の風雲児エロン・キーン(ハリソン・ギルバートソン)に依頼されていた自動車の修理を終えたグレイは、納品のため妻を伴ってエロンのもとへ向かう。そこでエロンが開発した革命的なAIチップ「STEM」を紹介された2人。その帰り道、夫婦の乗った自動運転車が突然制御不能となり、暴走を繰り広げた挙句に横転してしまう。そこへ襲いかかる4人の男たち。彼らはグレイに暴行を加えたばかりか、冷酷にもアイシャを殺害して姿を消す。 それから3か月後、辛うじて一命を取り留めたものの四肢が麻痺してしまったグレイ。妻を失った悲しみに加え、車いす生活を余儀なくされて絶望した彼は、思い余って自殺を図るものの失敗する。そこへ現れたのがエロン。彼はグレイにある提案を持ちかける。例のAIチップ「STEM」を脊髄に埋め込む人体実験に協力してみないかというのだ。人間の脳に反応する「STEM」は、脳からの信号を切断された神経へ送り届ける役割を果たす。つまり、以前のように手足を自由に動かせるようになるのだ。結果的に手術は成功。守秘義務契約書にサインしたグレイは、すっかり体の機能が回復したものの、表向きは車いすの生活を続けることになる。 ところが、自宅へ戻ったグレイに何者かが突然語りかける。それは人格を持った「STEM」の声だった。脊髄から鼓膜を通して音声を送るため、その声はグレイにしか聞こえない。想定外の事態に困惑するグレイだったが、しかしそれは同時に天の恵みでもあった。高度な知能を持ち、様々なハイテクマシンにアクセス可能な「STEM」は、彼の‟ある目的“を叶えるために有効だったのだ。それは妻アイシャを殺した犯人グループを自らの手で探し出すこと。警察のコルテス刑事(ベティ・ガブリエル)による捜査はなかなか進展せず、グレイは苛立ちを募らせていたのである。 監視ドローンの記録映像を検証した「STEM」は、犯人グループのひとりブラントナーの居所を突き止めることに成功。ブラントナーの留守宅で、警察へ届け出るための証拠を探していたグレイだったが、そこへ運悪く本人が帰ってくる。しかも、ブラントナーは肉体改造されたサイボーグだった。襲いかかるブレントナーになす術もないグレイ。すると、にわかに「STEM」が彼の身体機能を制御し、超人的なパワーを発揮してブラントナーを殺してしまう。思いがけない強力な武器(=ハイテクな肉体と頭脳)を手に入れたグレイは、さらに残りの犯人グループを突き止めようとするものの、やがて襲撃事件の驚くべき真相を知ることになる…。 CGでは再現できないリアルな臨場感にこだわった撮影 テクノロジーの進化に疑問を抱いてアナログに強くこだわる昔気質な主人公が、人体実験によって最先端のAIテクノロジーを備えたスーパーヒーローに生まれ変わるという皮肉な話。はじめのうちこそ『ナイトライダー』のマイケル・ナイトと「K.I.T.T.」のごとく、お互いに持ちつ持たれつの関係で謎の犯人グループを追跡していくグレイと「STEM」だが、しかし次第にグレイは「STEM」なしでは何もできなくなってしまい、やがて科学技術を利用する立場だった人間が科学技術によって支配されていく。 『アイアンマン』や『ブラックパンサー』などのスーパーヒーロー映画において、高度なテクノロジーは諸刃の刃ではあれども人類に恩恵をもたらすものとして描かれるが、しかし本作はむしろ人間の生命や存在までをも脅かすものとして捉えられ、過度な技術革新がもたらす未来に強い警鐘が鳴らされる。冒頭の制御不能となる自動運転車などはまさに象徴的だ。そのダークでサイバーパンクな映像美を含め、『ターミネーター』(’84)や『ハードウェア』(’90)など、ハイテクの暴走を描いた古典的なSFアクション映画の延長線上にある作品と言えよう。この傾向はワネル監督の次回作『透明人間』(’20)にも相通じる。 ワネル監督が本作のアイディアを思いついたのは2010年前後のこと。そもそもは「車いすに座った四肢麻痺の男性がいきなり立ち上がり、よく見ると首の後ろに埋め込まれたコンピューターに操作されていた」という光景を思い浮かべたことがきっかけだったという。この漠然としたイメージを基にして脚本を書き上げたワネル監督は、作品自体もテクノロジーに頼り過ぎないオーガニックな世界観を目指した。CGで作り込まれた派手な特殊視覚効果よりも、昔ならではのプラクティカルな特撮や特殊メイクが好きだというワネル監督は、もしかすると主人公グレイと似たようなアナログ人間なのかもしれない。 その際に参考としたのが、まさしく『ターミネーター』に『ハードウェア』、そして『ロボコップ』(’86)といった、CG以前のアナログ技術を使ったSFアクション映画群だったという。サイボーグ同士の格闘を描く激しいスタント・シーンは、そのものズバリな『サイボーグ』(’86)や『ネメシス』(’92)などのアルバート・ピュン作品を彷彿とさせるものがある。撮影もグリーンバックではなくロケや実物セットが中心。もちろん、低予算映画ゆえの諸事情もあったとは思うが、しかし作品のテーマと傾向を考えれば正しいアプローチだったと思う。 ちなみに、徹底してリアルな臨場感にこだわったワネル監督は、主人公グレイと人工知能「STEM」の会話もアフレコではなく撮影現場で同時録音している。「STEM」の声を担当する俳優サイモン・メイデンがモニター画面を見ながらセリフを喋り、それをグレイ役のローガン・マーシャル=グリーンが耳に装着した超小型イアピースで聞き取ることで、まさしく劇中のグレイと「STEM」のようなコミュニケーションを成立させているだ。 また、アクション・シーンでは「STEM」に制御されたグレイの素早い動作を細かく捉えた独特なカメラワークが印象的で、後からデジタル加工を施したようにも見えるのだが、実はこれにも意外なトリックが隠されている。専用アプリを使ってiPhoneとデジカメ「Alexa Mini」を同期させ、そのiPhoneをローガン・マーシャル=グリーンの衣装に仕込むことで、ローガンの動きとカメラレンズの動きを完璧にシンクロさせているのだ。これによって、主人公グレイの動作に超人的な印象が与えられているのである。シンプルだが非常に効果的な演出だ。 300万ドルというハリウッド基準ではかなりの低予算映画ながら、興行収入1700万ドルのスマッシュヒットを記録した本作。続編の可能性を予感させるようなエンディングに対して、劇場公開時には「続編を撮る予定はなし」「これはこれで完結した作品」と断言していたワネル監督だが、しかし昨年になってテレビシリーズ化の企画が浮上。医療ドラマ『シカゴP.D.』の脚本家ティム・ウォルシュとワネル監督が共同でクリエイターを務め、本作から数年後のさらに進化した人工知能「STEM」を埋め込まれた新たなキャラクターを主人公に、アメリカ政府がハイテク技術を犯罪捜査のため利用する世界が描かれるという。現時点ではまだ脚本準備の段階だが、ひとまず平凡なSF犯罪ドラマになってしまったテレビ版『マイノリティ・リポート』の二の舞だけは避けて欲しいところだ。■ 『アップグレード』© 2018 Universal City Studios Productoins LLLP. All Rights Reserved.
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PROGRAM/放送作品
ゾンビスクール!
[R15+]子供だけが感染!ゾンビキッズと教師たちの全面対決を残虐かつユーモラスに描くコメディホラー
『ソウ』シリーズのリー・ワネルが脚本を務めた、子供だけが凶暴化するというゾンビ映画の変化球。ブラック・ユーモアとグロテスクな恐怖描写が、教師対ゾンビキッズという異色の設定によって際立っている。
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PROGRAM/放送作品
アップグレード
[PG12]AIの力で超人化した男が復讐に挑む!斬新な世界とひねりを効かせた結末に驚くSFアクション
『ソウ』シリーズの脚本家リー・ワネルの監督第2作。低予算を逆手にとって現代の延長線上にある近未来を構築し、AIに操られた人間の復讐劇を斬新なアクションで魅せる。事件の黒幕の正体もひねりが利いている。
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PROGRAM/放送作品
デッド・サイレンス
斬新な設定と残酷描写で人気のホラー映画『ソウ』の監督・脚本コンビによる正統派サスペンス・ホラー
トリッキーな筋立てと残酷描写で人気の衝撃作『ソウ』シリーズの生みの親、監督ジェームズ・ワン×脚本リー・ワネルによる正統派サスペンス・ホラー。奇怪な人形や驚愕のラストに、思わず叫ばずにはいられない!