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エイリアンシリーズ完全解説

2017年9月、新作『エイリアン:コヴェナント』公開にあわせてザ・シネマではシリーズ過去全作を総力特集。同時に徹底解説を試みる。

四監督論

『エイリアン』を語るうえで欠くことのできない最大の要素。それは類い稀なる才能を発揮し、恐ろしい悪夢世界を創造してきた監督の存在だ。
今やここに紹介する全員が映画界を代表する巨匠となり、このシリーズを手がけることの意義をおのずと証明している。
エイリアンを語ることは、すなわち彼らの業績を語ることになるのだ。
(文/尾崎一男)

偉大なる映像派の巨匠、エイリアンの父
リドリー・スコット

『エイリアン』『プロメテウス』そして『エイリアン:コヴェナント』を監督したサー・リドリー・スコットは、1937年イギリス、サウスシールド生まれ。彼の父親は軍人で、自らもその後を継ぐつもりだったが、父は息子の芸術的才能を伸ばすことを奨励。リドリーはウェスト・ハートプール美術大学に行き、ロンドンの王立芸術大学の映画部門で映画を学んだ。

大学卒業後、1962年から英BBCでセットデザイナーとして働き、1967年に弟の故トニー・スコット(『トップガン』(86)『アンストッパブル』(10)監督)と共に広告制作会社RSA(リドリー・スコット・アソシエイツ)を設立。そこでは、およそ2000本近くのCMを手がけてきた。独特のビジュアルセンスはそのときに培われ、シャネルの「Chanel N°5」やスーパーボウルで流れたApple社の「Macintoshコンピュータ」(84)など、CMディレクターとしても歴史的な名作を残している。

ただ最終的には映画の世界に行こうと考えていたリドリーは、イギリスを代表する名プロデューサー、デヴィッド・パットナム(『炎のランナー(81)『キリング・フィールド』(84))と接触をはかり、初の商業長編作『デュエリスト/決闘者』を1977年に監督。ナポレオン統領政府下の時代、約16年間の長きに渡って決闘を挑み、そして挑まれ続けてきた二人の士官を追った本作は、独自の映像美と徹底して作り込まれた世界観が評価され、同年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞する。そして本作を機にオファーを受けた『エイリアン』で興行的成功と高い評価を得て、世界にその名を轟かせていく。そして本作の後には今もカルトな人気を誇る近未来SF『ブレードランナー』(82)を手がけ、マニアックなファンを獲得していく。

その後、自作初となるサスペンス現代劇『誰かに見られてる』(87)や、大阪ロケが当時大きな話題を呼んだ『ブラック・レイン』(89)を経て、アメリカン・ニューシネマの匂い漂う名作『テルマ&ルイーズ』(91)で米アカデミー賞5部門にノミネート(うち脚本賞を受賞)。名実ともにハリウッドを牽引する監督として一流の仲間入りを果たしていく。そして以後は『1492 コロンブス』(92)『グラディエーター』(00)のような歴史スペクタクルや、『G.I.ジェーン』(97)『ブラックホーク・ダウン』(01)の戦闘アクションなど、ジャンルを限定することなく、それでいて均等的に優れた、常に注目に値する作品を発表していく。

リドリー・スコットの作家的な特徴としては、己れの持つセンスを画面の細部にまで行き渡らせ、異世界を完璧に築く「ヴィジュアリスト」と称されるほどの映像センスが挙げられるだろう。窓から射し込む光芒や、光の照り返しが万斛な色を放つ濡れた路面、スモークを張った怪しい空間表現。さらには陰影のコントラストが際立った象徴的な画面構成など、一流画家のように壮美なビジュアルを描く彼のそれは『キングダム・オブ・ヘブン』(05)といった大作史劇から『プロヴァンスの贈りもの』(06)のような小品の現代劇まで、時代設定や世界観を問わず自作に登場する。

加えて、思わず目を覆いたくなるほど凄惨なバイオレンス描写へのこだわりも、氏を語るうえで欠くことのできない要素だ。人が刃物で刺されれば、鮮血がスクリーンを覆わんばかりに飛散し、銃で撃たれれば肉体は木っ端みじんに破壊される。そうした残酷の限りを“演出”というオブラートにくるむのではなく、即物的に描いてスクリーンに展開させている。すなわち彼はビジュアリストでもあり、徹底したリアリストでもあるのだ。

2003年にはイギリス人として世界の映画業界に大きな貢献をしたことが評価され、エリザベス女王より爵位が授与された。さらには2015年7月3日、母校ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの式典で名誉博士号を取得。齢80歳になっても枯れるどころか、その製作スタンスは未だ衰えることを知らない、現代アメリカ映画を代表する巨匠なのだ。

リドリー・スコットと『エイリアン』との関わり

そんなリドリーと『エイリアン』との出会いは、20世紀フォックス、ロンドン支社のサンディ・ライバーソンがカンヌ映画祭で『デュエリスト/決闘者』を観賞し、自社の企画作品を撮らせるようにしたのが最初の動きである。

当時リドリーは『デュエリスト』を拡大したスケールの歴史劇『トリスタンとイゾルテ』の企画に没頭していたのだが、彼はフランスのコミック誌『メタル・ユルラン』(米国では『ヘビーメタル』という誌名でローカライズ刊行)を読んでBD(バンド・デシネ=フレンチコミックの総称)に刺激を受け、加えて当時大ヒットとなった『スター・ウォーズ』(77)を観たことからSF映画への興味が増大し、次第に『エイリアン』へと意識を向けさせていったのだ。そして1978年2月、リドリーは監督のオファーを受けることになる。

『エイリアン』におけるリドリー・スコットの功績は、自身の映像に対する強いこだわりと才能によって、同作のカラーを決定づけたことだろう。フランスのBD作家・ジャン=メビウス・ジローに強く影響を受けたリドリーは、彼の絵柄を模した緻密なストーリーボードをフォックスに提出。その細密な描写が放つ説得力と、カメラの位置やレンズの種類など細かい撮影データまで書き込まれたストーリーボードにフォックス側は感心し、『エイリアン』の製作費400万ドルを、倍額の850万ドルへと大きく修正する。このアプローチは後に「リドリーグラム」と呼ばれ、彼の諸作の映像を作り出す「設計図」の役割を果たしていく。

さらにはフォックスの役員や、ウォルター・ヒルやデヴィッド・ガイラーらブランディワインの連中をして「こんなものを描く男はイカれてる」と起用をためらった、H・R・ギーガーをスカウトしたのもリドリーの慧眼あってのことだ。

キャステングでもトム・スケリットを筆頭に、ハリー・ディーン・スタントンといった性格俳優を起用し、最後まで誰が生き残るのか分からないスリリングな策を講じている。そのうえさらにリアリティを追及するため、エイリアンの登場する場面は極端なアップか、早いカットの切り替えを編集で徹底し、全体像がはっきり判別できぬように工夫を凝らした。その「見せない演出」こそが、結果として得体の知れないエイリアンの恐怖を増幅させているのである。

そして『プロメテウス』『エイリアン:コヴェナント』へ

リドリーが『エイリアン』『ブレードランナー』から『プロメテウス』まで、長い間SF映画を撮らなかったのは、『ブレードランナー』とその次に撮った『レジェンド/光と闇の伝説』が興行的に不入りだったため、SFファンタジー系の作品から自主的に距離を置いたためである。そしてなにより、自身の創作的興味を駆り立てる題材に恵まれなかったことも大きな理由だ。じつはその間に一度 リチャード・マシスン原作の終末SF『I Am Legend』(2007年にフランシス・ローレンス監督、ウィル・スミス主演『アイ、アム、レジェンド』として映画化)をアーノルド・シュワルツェネッガー主演で企画しており、実際にシュワがリドリーと会合しているところを監督のアシスタントエディターである横山智佐子さんが目撃しているが、残念ながら実現には至らなかったようだ。

そんなふうに、SF作品に慎重な姿勢だったリドリーが再びこのジャンルに着手したのは、かつて自分をメジャーへと押し上げ、思い入れの人一倍深いエイリアンの物語だったのだ。

リドリーは以前から『エイリアン』に登場する巨大な異星生物スペース・ジョッキーを続編製作の糸口としていたものの、なかなか具体的な物語へと発展せず(むしろ『ブレードランナー』の続編のほうが具体的な動きを見せていた)。それが企画として浮上したのは2008年のことになる。

最初は『UNTITLED ALIEN PREQUEL』(エイリアン前史(無題))のタイトルに始まり、次第に『ALIEN ENGINEER』(エイリアン・エンジニア)そして『ALIEN 01 GENESIS』(エイリアン創世記)といったふうに改題が繰り返され、物語はスペース・ジョッキーの巨人を万物の創造主とする『プロメテウス』へと形成されていったのである。

『エイリアン:コヴェナント』は、そんな流れを経て、ついにエイリアンに焦点を絞った作品となっている。同作には過去の『2』~『4』とはライフサイクルを異にする、リドリー独自の解釈に基づくエイリアン・ワールドのさらなる展開であり、これまでに続編ものに手を染めなかった監督が唯一、シリーズとして連続性のもとにある作品を手がけるという、刮目すべき事例なのである。

【監督作品】
1977 デュエリスト/決闘者
1979 エイリアン
1982 ブレードランナー
1985 レジェンド/光と闇の伝説
1987 誰かに見られてる
1989 ブラック・レイン
1991 テルマ&ルイーズ
1992 1492 コロンブス
1996 白い嵐
1997 G.I.ジェーン
2000 グラディエーター
2001 ハンニバル
2001 ブラックホーク・ダウン
2003 マッチスティック・メン
2005 キングダム・オブ・ヘブン
2006 プロヴァンスの贈りもの
2007 アメリカン・ギャングスター
2008 ワールド・オブ・ライズ
2010 ロビン・フッド
2012 プロメテウス
2013 悪の法則
2014 エクソダス:神と王
2015 オデッセイ
2017 エイリアン: コヴェナント

最新技術を駆使する完全主義のアクション王
ジェームズ・キャメロン

『タイタニック』(97)そして『アバター』(09)で世界歴代興行収入の1、2を独占する、映画界最大のヒットメーカー。創作に対して独自の世界観と明確なヴィジョンを持ち、パワフルなアクション演出を特徴とする。イメージを具体化させるために新たな技術を開発し、撮影や製作環境の基盤を自ら整えるという完全主義者で、その精神が自作を大きく支えている。

キャメロンは1954年、カナダのオンタリオ州カプスケーシング生まれ。同州のチッパワで育ち、ナイアガラフォールズのスタンフォード高校を卒業後、1973年にフラートン単科大学で物理学を学ぶ。中退後はトラック運転手を含むいくつかの仕事をこなしながら、時間のある限り脚本を執筆するという二重生活を送ってきた。さらにこの期間中、USC図書館に出向いては特殊効果について独学するなど、能動的に映画業界へのアクセスを試みるベース作りをしている。

1977年に観た『スター・ウォーズ』に触発され、本格的に映画業界に参入することを決意。歯科医師会をスポンサーにして製作費を捻出させ、2人の友人と一緒に『ゼノジェネシス』(78)というタイトルのSF映画を35mmで撮影する。予算の都合でダイジェスト的な内容になったものの、本作は登場メカや演出、美術面で後のキャメロンを構成する要素がすべて詰まった重要作だ。

その後、本作をポートフォリオ代わりに、B級映画の帝王ロジャー・コーマンが経営していたニューワールド・ピクチャーズに入社。『宇宙の7人』(80)『ギャラクシー・オブ・テラー/恐怖の惑星』(81)、特撮の発注を受けた『ニューヨーク1997』(81)などの作品で資格効果やプロダクションデザインを担当し、限られた予算を最大限に活かす技術とSFセンスに磨きをかけていく。

そしてニューワールドを退き、キャメロンは念願の初監督作『殺人魚フライングキラー』(81)を手がけるも、製作のゴタゴタによってコントロールが利かず、自身としては不本意な監督デビューを喫してしまう。だがこれにめげず、温存してきたSFアクションを監督し、起死回生の逆転を果たすのである。それは機械軍と人類が戦いを繰り広げている未来から、一体の殺人サイボーグが送り込まれるという内容で、タイトルを『ターミネーター』(84)と呼んだ。この映画こそが、キャメロンの名を一躍有名にし、自身の代表作として、監督作『ターミネーター2』(91)を含む4本の続編を生み出すシリーズとなっていく。

またこの『ターミネーター』は、製作前に脚本が多くの映画会社に送られており、キャメロンは既に奇抜なアイディアを持つ作り手として業界に周知されていた。その脚本を目にして気に入ったのがウォルター・ヒルで、そして『エイリアン2』(86)へと結実していったのである。

『エイリアン2』の世界的な大ヒットの後は、旧原子力発電所の廃棄タンクを巨大プールに改造し、本格的な水中撮影を敢行した海洋SFアクション『アビス』(89)を監督。本作を境にキャメロンは、自身のプランを実現化させるためなら潤沢に予算をかけ、技術開発を追求していくスタイルへと進化していく。しかしコメディ色の強いスパイアクション『トゥルーライズ』(94)が収支トントンな結果に終わり、キャメロンはヒットを必須とする作品づくりを余儀なくされていく。そしてドラマを通俗的なものにすることで、タイタニック号沈没の悲劇を細部まで再現した2億ドル予算の歴史ロマン大作『タイタニック』を成功させ、かつてないほど大きな名声を得ることになる。

『タイタニック』の後、周囲の期待をよそにキャメロンは沈黙期に入るが、2009年の『アバター』で12年ぶりに監督作に着手。実写とCGによるハイブリッドな異世界ファンタジーをデジタル3Dで構築し、映画の新たな地平を開拓している。現在キャメロンは、向こう8年間を『アバター』をシリーズとして監督し続ける壮大なプロジェクトに着手しているが、その前のめりな開拓精神と作品センスは『エイリアン2』の頃から何ひとつ変わっていないのである。

【監督作品】
1981 殺人魚フライングキラー
1984 ターミネーター
1986 エイリアン2
1989 アビス
1991 ターミネーター2
1994 トゥルーライズ
1997 タイタニック
2009 アバター

卓越したアートスタイルを持つ時代の寵児
デヴィッド・フィンチャー

1962年生まれ、コロラド州デンバー市出身。視覚効果工房のILM(インダストリアル・ライト&マジック)でカメラスタッフを務め、同社のマット・フォトグラファー、ストップモーション・アニメーターとして働く。その後、ビデオ制作会社の「プロパガンダ・フィルムズ」をナイジェル・ディック、ドミニク・セナらと共同設立し、PV(プロモーションビデオ)の世界で名をとどろかす。ポーラ・アブドゥルのPV「Forever Your Girl」(89)やマドンナの「ヴォーグ」(90)など数々の名作を手がけ、特に前者は『エイリアン3』の監督に選ばれるきっかけを作った。

『エイリアン3』の後はPVの世界へと戻ったが、ブラット・ピット主演のサイコロジック・スリラー『セブン』(95)で再び映画に挑み、その比類なきゴシックカラーで世間からの評価を一転させた。「殴り合い」という行為をとおしてアナーキズムを伝播させていく『ファイト・クラブ』(99)や、facebook誕生の過程を描いた『ソーシャル・ネットワーク』(10)など、時代の先端を行くテーマにテクニカルな映像表現で迫っていく。デジタル撮影の信奉者であり、『ゾディアック』(07)以降、撮影から完パケまで全てをデジタルのワークフローで作っている。

【監督作品】
1992 エイリアン3
1995 セブン
1997 ゲーム
1999 ファイト・クラブ
2002 パニック・ルーム
2007 ゾディアック
2008 ベンジャミン・バトン 数奇な人生
2010 ソーシャル・ネットワーク
2011 ドラゴン・タトゥーの女
2014 ゴーン・ガール

独自の怪しい世界を描くフランスの異才
ジャン=ピエール・ジュネ

『エイリアン4』を手がけたジャン=ピエール・ジュネは1953年、フランス・ローワル生まれ。客を商品にしてしまう、そんな肉屋をめぐるドタバタコメディ『デリカテッセン』(91)を盟友マルク・キャロと共同で監督。なめらかで自在なカメラワーク、セピア色に統一されたトーンなど、初監督作品からして個性的なルックがインパクトを放った。

同作の成功を受けて製作された『ロスト・チルドレン』(95)は、子どもたちを誘拐して夢を奪う教団の暗躍と、子どもを助けるために怪力男と少女が繰り広げる冒険を描いたダークファンタジーの傑作。カンヌ映画祭のオープニング作品として上映され、ソニーピクチャーズ・クラシックス配給でアメリカでも成功を収めたことから、ジュネの『エイリアン4』監督への判断材料となった。

ジュネは『エイリアン4』の後、フランスに戻り、日本でも単館系公開作品として驚異的なの大ヒットとなった『アメリ』(01)に着手。独特の色使い、ディテールの作り込まれた箱庭的な世界を展開させ、旧来のファンを安心させている。以後、戦争ラブロマンス大作『ロング・エンゲージメント』(04)や、報復絶倒の泥棒コメディ『ミックマック』(09)などを発表し、2013年の『天才スピヴェット』で初のデジタル3D撮影に挑戦。ジェームズ・キャメロンの『アバター』やマーティン・スコセッシの『ヒューゴの不思議な発明』(10)と並ぶ「3Dであることに必然性を感じる」作品の一本として、同フォーマットを効果的に用いた立体世界を創造している。

【監督作品】
1991 デリカテッセン
1995 ロスト・チルドレン
1997 エイリアン4
2001 アメリ
2004 ロング・エンゲージメント
2009 ミックマック
2013 天才スピヴェット
尾崎一男(おざき・かずお)
映画評論家&ライター。主な執筆先は紙媒体に「フィギュア王」「チャンピオンRED」「映画秘宝」、Webメディアに「ザ・シネマ」「映画.com」などがある。併せて劇場用パンフレットや映画ムック本、DVD&Blu-rayソフトのブックレットにも解説・論考を数多く寄稿。また“ドリー・尾崎”の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、TVやトークイベントにも出没。

■参考文献・資料(発行順)
季刊シネフェックス3『エイリアン』バンダイ(1984)
H・R・ギーガー/田中克己 訳『ギーガーズ・エイリアン』トレヴィル(1986)
ロードショー11月号第一付録『エイリアン2大全集』集英社(1986)
DON SHAY“cinefex 27 ALIENS”(1986)
ザ・テレビジョン臨時増刊『エイリアン2』角川書店(1986)
CINEFEX 1『エイリアン3』トイズプレス(1993)
アンドリュー・マードック&レイチェル・エイバリー/石川順子・訳『メイキング・オブ・エイリアン4』ソニーマガジンズ(1998)
CINEFX18『エイリアン4』トイズプレス(1998)
アレック・ギリス&トム・ウッドラフ・Jr./村上清幸 訳『エイリアンvs.プレデターメイキングブック ーADIのクリーチャー・エフェクトー』エフエックス(2004)
レベッカ・キーガン/吉田俊太郎 訳『ジェームズ・キャメロン 世界の終わりから未来を見つめる男』フィルムアート社(2010)
イアン・ネイサン/富永和子 他 訳『エイリアン・コンプリートブック』竹書房(2011)
ポール・スキャンロン&マイケル・グロス/池谷律代 訳『ブック・オブ・エイリアン』小学館集英社プロダクション(2012)
マーク・サリスバリー『プロメテウス アート・オブ・フィルム』ヴィレッジブックス(2012)
シネフェックス日本版NUMBER26『プロメテウス』ボーンデジタル(2012)
H.R.Giger“ALIEN DIARIE 7|8”PATRICK FREY(2013)
マーク・ソールズバーリー『エイリアン|アーカイブ』ボーンデジタル(2014)
SIMON WARD“ALIENS THE SET PHOTOGRAPHY”TITAN BOOKS(1016)

■映像資料(リリース順)
スペシャルコレクションLD『エイリアン』パイオニアLDC(1995)
スペシャルコレクションLD『エイリアン2 完全版』パイオニアLDC(1992)
Blu-ray『エイリアン・アンソロジー』20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン(2010)
Blu-ray『エイリアンVS.プレデター』20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン(2012)
Blu-ray『AVP2 エイリアンズVS.プレデター』20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン(2012)
Blu-ray『プロメテウス 4枚組コレクターズ・エディション』20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン(2012)
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