あらすじ
未知の星に不時着した宇宙船救出ミッションに出発したエンタープライズ号。このミッションを最後にして、キャプテン・カークは<ある決断>を胸に秘めていた。しかし到着直前、無数の飛行物体によって急襲を受け、エンタープライズ号は撃破。仲間は散り散りになってしまう。果たして何が起こっているのか。
その目的とは―?たった一人見知らぬ土地に投げ出されたカークの限界を超えた戦いの幕が開く!
文/岸川 靖(きしかわ おさむ)
日本における「スター・トレック」研究の泰斗、岸川靖御大による特別寄稿。
大御所が紹介するシリーズ最新作『スター・トレック BEYOND』の魅力。
J・J・エイブラムズ製作総指揮によるリブート劇場版『スター・トレック』の第3作目が『スター・トレック BEYOND』(10月21日公開)です。”BEYOND”とは「彼方に」という意味で、そのタイトル通り、本作の舞台となるのは未知の星系です。新たに登場する敵や味方になる異星人は、これまでのSTシリーズには未登場の新キャラクターです。
前2作と本作が大きく異なるのは、前作まで監督を務めたJ・J・エイブラムズが製作にまわり、新たにジャスティン・リンが監督を務めている点です。リン監督はこれまで4本の『ワイルドスピード』シリーズを手がけ、そのアクションの演出力には高い評価があります。アクション映画の監督がスター・トレック? と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、リブート版最大の特徴がスピード感溢れるアクションなので、この抜擢は大正解だと言えるでしょう。もちろん、ただアクションに終止しているわけではなく、序盤からいくつも張られた伏線を、後半、見事に回収していくという丁寧で堅実な演出が光ります。
家族と台湾から米国へと移住してきたとき、家族と楽しんで観ていたのがスター・トレックだったという監督だけに、各キャラクターへの愛情溢れる演出が冴え、ファンなら唸ってしまうことでしょう。
また、脚本にトレッキーを自称するサイモン・ペグが参加しているのも話題です。ペグによると「各キャラクターになった気持ちで、行動やセリフを考えた」そうで、各キャラクターとも、ファンのイメージ通りの活躍をみせてくれます。さらに嬉しいのは、前作までと比べ、カーク、スポック、マッコイにスポットがあてられている点でしょう。特にスポックの冷静な言葉に、マッコイが鋭いツッコミをいれるシーンなどにはニヤリとすること請け合いです。
映像的な視点ですと、序盤に登場する小型戦闘艇の密集隊形を使った斬新な宇宙戦闘シーンの迫力は勿論、初登場する宇宙都市ヨークタウンの未来都市のヴィジュアルが眼をひきます。透明の巨大な球体の中に建設されている未来都市。林立する高層ビルは、球体の中心に向かって伸びており、上下ともビル群、その間を走る高速モノレール、さらに巨大なチューブの中を宇宙船が進む……という、大昔のSFイラストをリアルに再現したような映像には唸りました。
ここで、ストーリーのネタバレを避けつつ、STファンならニヤリとする小ネタをいくつか紹介しましょう。
まず、冒頭にカークがつける船長日誌では「今日で深宇宙へ出て966日目」といいます。エンタープライズは5年間の調査飛行中なので、3年目には少し足りない日数です。実はこの966という数字は、オリジナル版TVシリーズ『スター・トレック 宇宙大作戦』が米国でスタートした1966年にかけていると云われています。
数字による遊びはほかにもあり、例えば「NX-326」と銘板に書かれた宇宙船が登場します。NXとは宇宙艦隊の試作機に与えられるのが通例のため、船籍番号はせいぜい一桁なのですが、なぜ三桁なのでしょうか? 実は本作に出演をオファーされたものの、健康上の理由から断ったレナード・ニモイの誕生日「3月26日」に敬意を表しているのです。
このような遊び心溢れたシーンは本作にはたくさんあります。そうした部分を探すのもファンの楽しみのひとつと言えるでしょう。もちろん、シリーズに精通していなくても、本作は敵と味方が明確に描かれており、単純に勧善懲悪のエンターティメント・アクションとして楽しめます。
なお、本作のエンディングロールには、二名の献辞が表記されます。
「IN LOVING MEMORY OF LEONARD NIMOY」そして「FOR ANTON」。
今年の2月に慢性閉塞性肺疾患のため83歳の生涯を閉じたレナード・ニモイと今年6月に交通事故で死去したアントン・イェルチンへの献辞です。
なお、本作の劇中にニモイ演じるスポックは、写真のみが登場します。また、余談ですがイェルチン演じるチェコフは、ロシア出身という設定なので、言葉にロシア訛りがあり、前作までは「キャプテン」を「カプテン」と発音していました。しかし、本作ではそうしたなまりはほとんどなくなっています。3年近い調査飛行で、英語になじんできたのでしょう。
いずれにせよ、シリーズで愛すべきキャラクターを演じていた方たちの冥福を祈ります。
最後に、はやくもリブート版第4作の製作が発表されました。アナウンスによると、次作は第1作『スター・トレック』(09)に登場したカークの父、ジョージ・カーク(演:クリス・ヘムズワース)が出演するというのです。ジョージ・カークはUSSケルヴィンと運命を共にしているので、登場するとすれば、回想シーンかタイムトラベルではないか? と云われています。
いずれにしても、こうして新作が楽しめるのはファンにとってなによりなことではないでしょうか?
岸川 靖(きしかわ おさむ)
映像研究家・編集者。1957年東京生まれ。大学時代より特撮、アニメ関係の本を企画編集。海外ドラマ(主として米国)が専門分野。なかでもスタートレックシリーズに関しては、大のお気に入りで、米国現地調査に基づく著作もある。また同シリーズのDVDなどの解説書も執筆。