2026/07/07

『都市の寓話』映画史も資本主義も詰まっている(かもしれない)濃厚な21分

© 2024 - AD VITAM FILMS – SOCIAL ANIMALS – ARTE FRANCE CINEMA

7/2(木)にひっそりと放送した20分ほどの短編映画『都市の寓話』、みなさんご覧になりましたでしょうか?ザ・シネマではこれまであまり放送する機会がなかった短編映画で、さらに哲学が飛び交う難解かつアート的作品なので、なかなか食指が動かないかもしれません。ただ、映画ファン必見の1本であること間違いなしなので、見どころというか、監督への個人的なラブレターの意味も込めてがっつり紹介します。

【都市の寓話 あらすじ】
プラトンの『洞窟の比喩』では、彼はこう問いかける。もし囚人のひとりが鎖を解き、洞窟の外へ逃れたら、何が起こるのか? そしてもし、その囚人が7歳の小さな男の子だったとしたら?

【監督・脚本】アリーチェ・ロルヴァケル & JR
【出演】ナイム・エル・カルダウイ、リナ・クードリ、レオス・カラックス

『都市の寓話』は2024年のヴェネチア映画祭で発表されました。日本では『ショート・パルス 5つの鼓動』という、世界で活躍する4人の監督の短編集に組み込まれ、2026年に劇場公開されました。日本からは『HAPPYEND』の空音央、ほかにも『関心領域』のジョナサン・グレイザーや、『哀れなるものたち』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』のヨルゴス・ランティモスといった著名な監督たちの作品がアソートされた貴重な短編集です。

あらすじからはどういう物語か想像できないと思います。実際、ストーリーそのものの面白さに期待しても、なんだかよく分からないまま終わります。この作品を見て何かを分かろうとしても、目に見える情報からは一筋縄ではいきません。

こういう映画を理解するためには外堀から攻略しましょう。まず、監督のアリーチェ・ロルヴァケルですが、彼女は現代のイタリアで最も注目すべき映画監督のひとりです。実際、長編2作目の『夏をゆく人々』でカンヌのグランプリを、次作『幸福なラザロ』では脚本賞を受賞するなど、実力も折り紙付き。そして、次期ジェームズ・ボンドという噂もあった俳優、ジョシュ・オコナーを主役に据えた監督最新作『墓泥棒と失われた女神』は大大大傑作です。ザ・シネマでは今のところ彼女の長編作品を放送する予定はありませんが、劇場か配信でじっくりと観てみてください。『夏をゆく人々』は長らく配信されていませんが、まだDVDの価格は高騰していませんので今のうちです!

そんなロルヴァケルの新作ということで話題になった『都市の寓話』ですが、意外なキャスティングで映画ファンの心をかっさらいました。それは映画監督レオス・カラックスの出演です。ブランクはありながらも2024年に中編『IT'S NOT ME イッツ・ノット・ミー』を発表するなど、なんだかんだで映画界の中心でずっと活躍しています。2026年には『ポーラX』までの作品群の4K版が日本で公開されて、ミニシアター界隈も賑わいました。みなさんには本編でカラックスがどんな役柄を演じているのか注目して観てもらいたいのですが、個人的にはカラックスはこの映画のアート作品としての側面に共感できる部分もあったのかなあ、と想像しています。

ということで、ロルヴァケルと共同で本作の監督・脚本を務めた、”アート担当”のJRの紹介をします。彼はフランスを代表する芸術家で、映画とのつながりといえばやっぱりアニエス・ヴァルダ大先生とコラボした『顔たち、ところどころ』でしょう! ロルヴァケルとの共作も本作で2度目。街なかにドデカイ写真を貼り付けるようなスタイルを得意としていて、それは『都市の寓話』の本質的な表現にもつながってきます。後半パートを占める”壁”アートをご堪能あれ。

そんなJRとカラックスとの共通点というと、やはり『ポーラX』や『IT'S NOT ME イッツ・ノット・ミー』のコラージュを彷彿とさせます。カラックスは映像のコラージュ、JRは写真のコラージュなので、共通点というほど似ている表現ではないのですが、そもそもJRがずっとサングラスをかけていて、その姿はゴダールに似ている‥とか思ったり。ゴダールもコラージュ的な手法で複雑な作品を作ってきましたし、カラックスは彼のフォロワーです。そう考えると、切り貼りを駆使する3人には何となく共通するものがありそうです。そういう意味で、この作品には歴史的に脈々と続く何かを感じ取れる…かもしれません。

そろそろストーリーの話をします。わたしは観るまで知らなかったのですが、本作は「洞窟の比喩」という哲学者プラトンが説いた寓話がベースになっているようです。超ざっくり説明すると、「キミの目の前の光景がすべて虚構だったらどうする?」ということを言っています。そしてこのプラトンの哲学を主人公(7歳の子供!)に問いかける演出家が、レオス・カラックスです。

主人公は「はて?」という面持ちで(本当に表情がかわいらしくてすばらしい)、ひとまず屋外に出てカラックスから言われたことを自分なりに考えてみます。すると、何となく手をついた建物の壁がベリベリ剝がれることが分かります。プラトンの寓話になぞらえると目の前の壁はハリボテだったということでしょうか、「この世界は虚構だ!」と気づく天才すぎる7歳児ですが、次の瞬間には自分自身が壁のなかの世界に迷い込んでしまいます。壁から見える人間たちはスマホに没頭して、壁のなかの主人公に気づきもしません。一連のシーケンスは論理的に把握するのが難しいですが、人はみな目の前の光景だけを真実だと信じて疑わないという教訓を描いている、とわたしは解釈しています。みんながスマホから顔を上げて、真実のほうを見てくれたらいいのに…と主人公がナレーションで訴えて、エンディングを迎えます。たった20分の作品ですが、なかなか示唆に富んだ作品です。わたしもできることならスマホのない世界で生きたい‥。

さて、ストーリーとメッセージはおおかた上記のとおりですが、せっかくなのでもう少し踏み込んだ小話を。ロルヴァケルがフィルモグラフィを通して訴えていることのひとつに、「地方の人間たちを忘れない」というテーマがあります。『夏をゆく人々』ではイタリアの田舎に暮らしている養蜂業を営む家族が、田舎の職人芸を紹介するテレビ番組の取材と交差する模様が描かれます。『幸福なラザロ』では田舎から都市にタイムスリップした主人公の受難を描き、『墓泥棒と失われた女神』では地方に埋まった古代文明の宝探しを、都市的な資本主義の略奪性とともに描きます。

特に、『夏をゆく人々』ではテレビ番組が都市の象徴として、主人公一家が地方の象徴として対象的に描かれます。そして番組が撮影される現場、つまり都市と地方が交差するのが、古代遺跡の洞窟の中なのです。『都市の寓話』でも、建物の壁や地面などを剥がすと、そこには洞窟が広がっています。ご覧になったみなさんの中にも、どうして洞窟なの??と腑に落ちない方もいると思いますが、「洞窟」というのは監督のアリーチェ・ロルヴァケルにとっては都市と地方とをつなぐトンネルみたいなものなのです。

プラトンの哲学に立ち戻ってみても、そもそも彼が唱えたのが「洞窟の比喩」なので、ロルヴァケルがこのテーマを映像化したのも納得です。そして『都市の寓話』とこれまでの作品のエッセンスをかけ合わせると、田舎や自然の近くに存在していた生活を都市が奪っている…というメッセージが浮かんできます。『夏をゆく人々』ではある意味で衝撃的なエンディングが主人公家族に訪れますが、それはまさに「地方の人間たちを忘れるな!」というメッセージであり、その教訓は最新作『都市の寓話』にも継承されているのでしょう。

最後に、ロルヴァケル×JRのコラボ1作目『Omelia Contadina(原題)』を少しだけ紹介します。JRの公式Youtubeにアップされている9分ほどの作品です。JRの独特な表現を用いて名もなき農家の巨大な葬式を開いているのですが、その追悼文に心を打たれます。その内容を要約すると、「自然とともに生きる人間を資本主義が蝕み、その結果としてこの農家を殺した」というもの。それは、我々日本人からしてみれば宮崎駿のイズムそのものであり、濱口竜介の新作『急に具合が悪くなる』で語られた資本主義の”内と外”の話にも通じます。そう考えると、アリーチェ・ロルヴァケルの作品は一見難解なアート作品でありつつも、われわれ日本人が感覚的に理解できるノスタルジーととても共鳴するつくりになっていることが分かります。これを機に、アリーチェ・ロルヴァケルの作品にぜひ触れてみてください!

ザ・シネマでは、今回紹介した『都市の寓話』のほか、ジェーン・カンピオンの短編作品『キツツキはいない』『ピール』も放送中です! いまこれらの作品を観られるのはザ・シネマだけ。いずれも短編なので、放送を見つけたら休憩がてらぜひご覧ください。

【放送日時】
『都市の寓話』(2024年・フランス・21分・カラー)
7/31(金)夜11:30~
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『キツツキはいない』(1984年・オーストラリア・13分・白黒)
7/14(火)夜11:25~
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『ピール』(1982年・オーストラリア・9分・カラー)
7/31(金)夜11:10~
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テレーズ
映画専門チャンネル「ザ・シネマ」の編成担当。そこそこの頻度で寝落ちするし首を痛めもするが映画館に通い続けている1995年生まれ。視聴者のみなさまを日常から”解放”する映画を届けるべく作品選びに勤しんでいる。それは地球から12光年離れた宇宙でのロッキーとの出会いだったり、テレーズとキャロルの運命的な出会いだったり。