(吹)十二人の怒れる男[テレビ朝日版]

これぞ米国の良心。思い込みや偏見に満ちた人たちを、理詰めで説得していく…映画史に燦然と輝く傑作法廷劇
TWELVE ANGRY MEN © 1957 THE ESTATE OF HENRY FONDA and DEFENDER PRODUCTIONS, INC.. All Rights Reserved

解説

TVドラマで修行を積んだシドニー・ルメットが映画監督デビュー。役者の顔アップ、室内劇など当時のTVドラマのメソッドを取り入れTV時代の映画演出のあり方を打ち立てた、米国の良心が具現化したような傑作だ。

ストーリー

父親を殺害したとされるスラム街の不良少年の裁判が行われ、いま評決が12人の陪審員に委ねられた。陪審室に移った12人は決を採る。有罪11対無罪1。「無実だと確信してはいないが、絶対に有罪だという確信もない。だったら無罪にすべき」と、ただ1人無罪を主張するのは陪審員8号。「疑わしきは罰せず」の推定無罪の原則を掲げ、多勢に無勢の中、穏やかに、理性的に、論理的に、容疑少年を有罪にできない理由を説いていく。

放送日時

2018年01月09日(火) 深夜 02:00 - 深夜 04:00

2018年01月13日(土) 09:45 - 11:30

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みんなの映画レビュー

    • 鑑賞日 2017/10/9
    • 密室のみで濃い内容

12人の陪審員が評決のために部屋に籠って有罪の賛否を問う。1人の疑問から始まり、証拠や検事、弁護人の進め方に疑問を感じて、各々が事件を見返す。当初は個人的な偏見あって、有罪を主張していた陪審員が、他の陪審員の言葉や説明によって判断を変える。一人の疑問が他を取り込んでいく様が、密室の中のみで進められ、違和感なく1時間半の作品を見切ることが出来る。

    • 鑑賞日 2017/7/29

陪審員が密室で繰り広げる議論を通じて、事件の概要を浮き彫りにして行く構成となっているのだが、最初はたった一人の意見だった無罪の見解が、証拠の再検討をする過程で、一人また一人と無罪の支持者が増えて行く展開は見事の一言。映画の宣伝文句通り、手に汗握る良質なサスペンスである。陪審員の一人一人がそれぞれ、こういう人っているよなあ、と思わせるほど人物描写が巧みで、リアリティに富んでいる。陪審員の構成が男性だけというのも、当時の時代背景を思わせる歴史的な作品。

    • 鑑賞日 1995/3/1
    • 民主主義

レンタルレーザーディスクで観た。
自分自身が納得いくまで議論する、納得いくまで議論するという話。これは民主主義であることに絶対の信頼を持ったシドニー・ルメット監督の力強い演出によって描き出された。

アメリカの正義も絶対の自信があるころの映画ですね。その迫力は「アラバマ物語」にも共通しているし、外国人の自分にも感動させる力を持っている。凄いことだと思う。こういう迫力は他国ではなかなかでないと思うんで。

    • 鑑賞日 -

傑作。密室劇でここまで面白くなるのかという感じ。

    • 鑑賞日 2017/4/23
    • 話し合いから生まれる真実の可能性

古い映画で大がかりな仕掛けがあるわけでもないのに、長年観続けられて、後世の映画作品に影響を与えた続けた作品の一つである。
私も名前だけ知っていて今まで観たことがなかった人間の一人だ。
この映画の凄さは何といっても脚本の作りこみと12人の個性的な演技である。
ここまで人間の本性を自然と表現している作品に感嘆させられる。
事流れ主義、むき出しのエゴ、個人的心情、偏見、差別、主観による先入観、誤解、猜疑心などなど。
いろんな人間の意見や感情が一つのテーブルの上でぶつかり合って、一つの事件の結論を出すことの難しさ、客観的な立場でいることの難しさをよく教えてくれる。
この映画の主人公たちである陪審員とは日本には馴染みが薄いが、裁判の被告を有罪か無罪かを評議する人たちのことである。
12人はもちろん事件にも裁判にも関わりがない、ただただ公民としての義務を果たすためだけに呼ばれた純粋な第三者である。
評議の結果がどうなっても陪審員自身には何も損得がないわけである。
そう考えてしまうと人間は不思議なもので、この評議に対する責任感よりも、各々の利己的な気持ちが勝ってしまいがちになる。
早く評決を下して解散したい、長引けば割に合わないという具合に。
そんな流れの中、8号のようにほんの少しの疑問点から無罪の可能性が捨てきれないと異議を主張するのはかなり勇気がいるものである。
得することは何もないのに、自分にとって見知らぬ少年のために、その場の11人を同時に敵に回すことになるわけだから。
こうなると、裁判の内容以外の関係ない各々の感情がむき出しになって罵声を浴びることになる。
場を読まない主張に嫌気を感じて怒る者。
時間を引き延ばされたことに怒る者。
自分の意見を否定されたことに怒る者。などなど。
しかし、忍耐強く事件をいろんな方面から見ていき、意見を出し合い、有罪の理由を解きほぐしていくと今まで見えなかった可能性がどんどん出てくる。
この映画の特徴として、被告人の姿や事件の全貌は鑑賞側には何も伝えられず、いきなり評議がはじまり、陪審員の話の中から事件を観ていくような形になっている。
いえば話の中からでしか真実を探れない状態であり、先入観を排除して話の広がりから客観的視点で可能性に気づきやすいようにしている。
どの人がどんな発言をしていて、どういうキャラクターでどこまでが信用できる発言なのかまで、もちろん見えてくる。
8号の言う「話し合いましょう」というのは、単に事件の話をしましょうというのではない。
冒頭で書いたように話している側のエゴや偏見、差別、先入観、誤解などを話し合いの中から解き放つことをも含んでいるのである。
話をしなければ表面だけしかみえない。それは事件のことだけでなく、人間も同じである。
また話を重ねることは決して無駄なことではなく、どんなに明らかなような有罪事案に見えるものでも、最終的には推定無罪まで突き詰めることができたわけである。
有罪と思われていた事件の中に、それだけ判断する側の色眼鏡が重なりあっていたことがあらわとなったのだ。
日本でも裁判員制度が始まって、システムは違えど一般人が裁判に関わる機会が巡ってくる今日に、私たちは一人の人間を裁く自覚と議論を尽くして責任を果たす重要さを改めて考えさせられた。
それにしても、肝心な真犯人は誰だったのか。それはこの映画のテーマではないので明らかにされなかったが、気になるところである。

原題

12 ANGRY MEN

監督

シドニー・ルメット

出演

ヘンリー・フォンダ(小山田宗覗)リー・J・コッブ(富田耕生)E・G・マーシャル(穂積隆信)マーティン・バルサム(小林修)ほか

製作国

アメリカ

製作年

1957

本編時間

97分

画面サイズ

ワイド画面

視聴制限

なし

字幕/吹き替え

吹き替え

カラー/白黒

白黒

『(吹)十二人の怒れる男[テレビ朝日版]』TWELVE ANGRY MEN © 1957 THE ESTATE OF HENRY FONDA and DEFENDER PRODUCTIONS, INC.. All Rights Reserved
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