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燃える男、ジェームズ・ボンドの
ハードな復讐劇
007/慰めの報酬
2016.4.16(sat), 4.17(sun), and more.
007/慰めの報酬
4/16(土)21:00~
4/17(日)21:00~ほか
5/5(祝)16:30~   5/7(土)16:30~
三作品一挙放送 5/5(祝)16:30~   5/7(土)16:30~
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 “ダニエル・クレイグはジェームズ・ボンドの器ではない”など、公開前は散々な言われようだったが、いざ蓋を開けたら世界的な絶賛と大ヒットで迎えられた『007 カジノ・ロワイヤル』(2006)。その続編である本作は、007史上類を見ないほどに、ドライでハードなタッチのボンド映画に仕上がっている。

 何者かの策謀により愛する女性ヴェスパーを亡くしたジェームズ・ボンド。復讐を誓う彼は、ヴェスパーを操っていたミスター・ホワイトを捕らえて尋問し、彼女の死に謎の巨大組織が関係していることを知る。わずかな手がかりを頼りに中南米のハイチへ飛んだボンドは、そこで謎めいた美女カミーユと出会い、そして彼女を通して慈善団体のCEOであるドミニク・グリーンという男を見つけ出す。グリーンこそ、ボンドが探す組織の幹部であった。

 シリーズ初の、物語が継続している続編の本作では、前作の最後で愛する人を失ったボンドが、復讐心を糧に任務を遂行する姿が描かれる。過去にはティモシー・ダルトンがボンドを演じた『消されたライセンス』(1989)でもハードな復讐劇が描かれたが、本作はそれを凌駕する激しさだ。アバンタイトルから山道で車同士が雄叫びを上げているかのような怒涛のカーチェイスを繰り広げ、オープニングタイトル後も裏切り者を追ってイタリアの街を駆け巡り、落下したら即死必至の高所でアクロバティックな格闘を展開する。他にも一瞬の判断で容赦なく敵を殺し、また自身も傷つき血を流すなど、軽いジョークを口にしてスマートにピンチを切り抜けたこれまでのボンドとは明らかに異なる。前作以上にシャープになったクレイグの体型も相俟って、正に「燃える男」とでも形容したくなるような獅子奮迅ぶりだ。彼自身は「任務に私情は挟まない」と言うものの、上司のM(ジュディ・デンチ)から見れば彼の心が復讐に囚われていることは明らか。Mは管理者としてボンドを厳しく監視すると同時に、息子を見守る母のように彼の精神状態を危惧する。

 またボンドと出会い行動を共にするようになる、オルガ・キュリレンコ演じるカミーユも、幼い頃に目の前で愛する人々を殺されるという壮絶な過去を経験したことにより、ボンドと同様、いやそれ以上の強烈な復讐心を秘め持っている。復讐の対象に近づくためグリーンの愛人となっていた彼女は、ボンドの目的が自分のそれと遠からぬことを知り、共闘をする。彼女は従来のボンドガールと異なりボンドに恋愛感情を抱かず、お互いあくまでも目的を達成させるための協力者という関係性を貫くが、次第におなじ愛する人を失った者としてシンパシーを感じるようになる。

 そして敵役のグリーン。表向きは慈善団体代表として環境保全を訴え投資家たちから寄付をつのるが、裏では失脚したボリビアの元独裁者を援助し見返りとして天然資源の独占を企てている。「右翼も左翼も関係ない。カネになる方に協力するだけだ。」とうそぶく徹底した利潤追求型の男で、平気で仲間を見捨てる冷酷さと、天然資源をエサに各国の要人たちを揺さぶる狡猾さを持ち合わせる。これまでの007シリーズの悪役とは一線を画する実業家的なキャラクターは新鮮で、扮するフランスの名優マチュー・アマルリックの巧みな演技もあって強烈な印象を残す。

 『チョコレート』(2001)や『ネバーランド』(2004)といったヒューマンドラマの名手であるマーク・フォースター監督は、余計な装飾を廃したドライな語り口で、ハードボイルド風の世界観を作り出している。その飾り気のなさゆえに物語の展開は極めてスピーディーで、上映時間2時間超えが普通だった近年のボンド映画の中では、異例の106分というランニングタイムに収まっているほどだ。かといって味気ない作品にはなっておらず、復讐心に凝り固まっていたボンドが、協力者の死など様々な経験を経て心理的に変化していく様子が、繊細に描き出されている。またアクションは前述のとおりどれも激しく、ときに一般人が巻き込まれてしまうなど、ハードボイルドな作風に相応しいリアル志向だ。ボンドを血が通った人間として描くには、適切なスタイルといえよう。それでいて貨物機と軍用機の大がかりなドッグファイトや、砂漠のホテルを舞台にした爆破満載の最終決戦など、迫力のスペクタクルシーンも用意されている(砂漠のシーンは美しい撮影も見事である)。

 公開当時はこれまでのシリーズと比べて遊びが少ない作りに戸惑ったファンも多かったようだが、ボンドが心理的成長を経て真の007となるまでを描き(エピローグでボンドがとる行動は、その証のようで最高にクールだ)、クレイグ版ボンド映画の完成形『007 スカイフォール』(2012)へと繋いだ、非常に重要な作品といえよう。


本作でボンドは、愛する女性ヴェスパーを殺した謎の組織を追う。

カミーユ

ある目的のため愛人としてグリーンに接触する美女。ボンドに協力し、行動を共にすることになる。

ドミニク・グリーン

表向きは慈善団体のCEO。しかしその正体は天然資源の独占を企てる闇の実業家。ボンドが追う組織の幹部である。

タダーヲ
ライター。映画をはじめとして、テレビドラマ(主に刑事ものと2時間サスペンス)やVシネマについて執筆。雑誌「TRASH-UP!!」、およびムック「別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄」「映画秘宝EX にっぽんの刑事スーパーファイル」(共に洋泉社)に寄稿しています。
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