NYインディーズ界最後のイノセンス ハル・ハートリーの世界

90年代。インディーズ映画にハル・ハートリーという一陣の風が吹き抜けた。

ハートリー人名辞典

あんな人こんな人も一座!?
ハル・ハートリー人脈名士録

  • イーディ・ファルコ
    Edie Falco

    1963年、ブルックリン生まれ。1997年から8年間放送された大ヒットドラマ「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」のカーメラ役で知られる。ハートリーと同じニューヨーク州立大学パーチェス校の出身で、ハートリーの長編デビュー作『アンビリーバブル・トゥルース』(1989)にウェイトレス役で出演。続く『トラスト・ミー』(1990)では主人公マリアの姉ペグを演じた。『The Girl from Monday(原題)』(2005)では15年ぶりにハートリー作品に参加している。

    イザベル・ユペール
    Isabelle Huppert

    1953年、パリ生まれ。ジャン=リュック・ゴダール、クロード・シャブロル、ミヒャエル・ハネケら伝説的な巨匠と仕事を共にしてきたフランスが誇る名女優。『トラスト・ミー』(1990)を観てハートリーの才能に惚れ込み「あなたと一緒に仕事をしたい」と手紙を書いた。1992年にパリの名門ホテル・ルテシアのバーで初対面。ハートリーは『愛、アマチュア』(1994)でイザベルという名前のヒロインを登場させ、ユペールが念願の主演を果たした。

    エイドリアン・シェリー
    Adrienne Shelly

    1967年、クイーンズ生まれ。『アニー』の舞台出演などを経てハートリーの長編第一作『アンビリーバブル・トゥルース』(1989)のヒロイン、オードリー役で映画デビュー。続く『トラスト・ミー』(1990)でも主人公マリア役を演じ、ハートリー作品を象徴する存在となる。以降はハートリー作品には1994年の短編「Opera No.1」にしか出演していないが、ハートリーとの親交は続いていて「私が老けて醜くなる前にもう一度使うべきよ」と冗談交じりに言っていたという。劇作や映画監督業にも進出し、監督・脚本・出演を兼ねた『ウェイトレス~おいしい人生のつくり方』(2007)は日本でも劇場公開され、後にブロードウェイミュージカル化された。しかし同作公開前の2006年11月1月に19歳の作業員に殺害された。享年40歳。『メグ・ライアンの 男と女の取扱説明書』(2009/劇場未公開)はシェリーが書き遺した脚本の映画化。

    エリナ・レーヴェンソン
    Elina Löwensohn

    1966年、ルーマニア、ブカレスト生まれ。ハートリーの短編「セオリー・オブ・アチーブメント」(1991)で女優デビューし、『シンプルメン』のミステリアスな女性エリナを演じ、あまりにも有名なダンスシーンで脚光を浴びる。以来『愛、アマチュア』(1994)、『FLIRT/フラート』(1995)、短編「The Other Also(原題)」(1997)、舞台劇『Soon』(1998、2001)、『フェイ・グリム』(2006)などハートリー作品の常連として大活躍。近年はヨーロッパ作品の出演が多い。無声映画的にディフォルメされた演技や動きが特徴で、『愛、アマチュア』のメイキングでは「感情表現は身体の動きや形についてくる」と持論を語っている。

    オーブリー・プラザ
    Aubrey Plaza

    1984年、デラウェア州ウィルミントン生まれ。スタンダップコメディやテレビ出演を経て、ジャド・アパトー監督作『素敵な人生の終り方』(2009)でアダム・サンドラー、セス・ローゲンらと共演し注目を集める。パーカー・ポージーと同じエージェントだったことからハートリーに推薦され、『ネッド・ライフル』(2014)の癖のあり過ぎるヒロイン、スーザン役に選ばれる。

    カレン・サイラス
    Karen Silas

    1963年、ブルックリン生まれ。ニューヨーク州立大学パーチェス校で演技を学び、ハートリーの初期短編に出演。『トラスト・ミー』(1990)の看護士役に続いて『シンプルメン』(1992)では主人公のひとりケイトを演じる。1994年にはトム・ヌーナンの監督作『What Happened was…(原題)』と刑事ドラマ「Under Suspicion(原題)」に主演し高い評価を得る。ハートリー作品では『FLIRT/フラート』(1995)で再び看護士役。2014年の『ネッド・ライフル』にもマーティン・ドノヴァンらハートリー組の元常連たちと参加している。俳優のピーター・ストーメアは元夫。

    グレゴリー・ジェイコブズ
    Gregory Jacobs

    『シンプルメン』(1992)、『愛、アマチュア』(1994)のチーフ助監督。ジョン・セイルズ、コーエン兄弟、リチャード・リンクレーターなど才気あふれた映画監督の現場を経験し、1993年以降はスティーヴン・ソダーバーグの右腕としてほぼすべての作品に助監督やプロデューサーとして参加。『マジック・マイクXXL』等では監督も務めている。自身の青春時代をモチーフにしたAmazonオリジナルの半自伝的な青春ドラマ「レッド・オークス」では製作総指揮と共同脚本を務め、旧知の仲であるハートリーにエピソード監督を依頼している。

    クエンティン・タランティーノ
    Quentin Tarantino

    1963年テネシー州生まれ。8歳からロサンゼルスで育つ。1992年に『レザボア・ドッグス』で監督デビューを果たし、アメリカのインディーズ界に旋風を巻き起こし、またインディーズ映画の在り方を一変させた。ハートリーと仕事上の繋がりはないが、トロントの映画祭でハートリーと顔を合わせたことがあり、『トラスト・ミー』を40回観たほどのファンであることを明かしたという。

    ケヴィン・スミス
    Kevin Smith

    1970年、ニュージャージー州生まれ。コンビニ店員の日常を描いた伝説的な低予算インディーズ映画『クラークス』(1994)で映画監督デビュー。ハートリーと直接の面識はなかったが、同作のサンクスクレジットに「道を示してくれた」とハートリーの名前を挙げた。後にパーティー会場で知り合って、現在も親交があるという。

    ケリー・ライヒャルト
    Kelly Reichardt

    1964年、フロリダ州生まれ。インディーズ監督として活躍し、ミシェル・ウィリアムズと組んだ『ウェンディ&ルーシー』(2008)や『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016/劇場未公開)で知られている。ハートリー曰く「同期」の映画仲間のひとりで、『アンビリーバブル・トゥルース』(1990)に衣装スーパーバイザーを務めた他、ヒッチハイクで主人公ジョシュを乗せる家族の妻役で出演している。

    サフロン・バロウズ
    Saffron Burrows

    1972年、イギリス、ロンドン生まれ。モデルから女優に転身し、ジム・シェリダン監督の『父の祈りを』(1993)で女優デビュー。長身と美貌を活かしたミステリアスな役が多い。近年ではAmazonオリジナルドラマ「モーツァルト・イン・ザ・ジャングル」(2014~)のチェリスト、シンシア役でガエル・ガルシア・ベルナル、マルコム・マクダウェルらと共演。ハートリー作品では『フェイ・グリム』(2006)でミステリアスなスパイ、ジュリエット役を演じている。

    サラ・ポーリー
    Sarah Polley

    1979年、カナダ、トロント生まれ。4歳から子役として活躍、テリー・ギリアム監督作『バロン』(1989)の歯の抜けた少女サリー役で実質的なヒロインを演じる。人気ドラマ「アボンリーへの道」(1990~1994)を経てアトム・エゴヤン監督の『エキゾチカ』(1994)、『スウィート ヒアアフター』で脚光を浴びる。ハートリー作品では『No Such Thing(原題)』(2001)に主演。同作で共演した縁で知り合ったジュリー・クリスティーを主演に迎えた『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』で監督デビューを果たし、クリスティーはアカデミー主演女優賞、ポーリーは脚色賞にノミネートされた。

    ジェームズ・アーバニアク
    James Urbaniak

    1963年、ニュージャージー州ベイヨン生まれ。高校卒業後、無為に日々を過ごしていたが演出家のカリン・クーンロッドと出会い共同で劇団アーデン・パーティを設立。ニューヨークを拠点に演劇活動を行い、マーティン・ドノヴァンが所属したクカラチャ劇団にも出演するように。ハートリーと知り合って短編「Opera No.1」「NY 3/94」(共に1994)に出演。『ヘンリー・フール』(1997)ではサイモン役でトーマス・ジェイ・ライアンと共に主演を務める。その後も短編「The Other Also」(1997)、『ブック・オブ・ライフ』(1998)、『No Such Thing(原題)』(2001)、『The Girl from Monday』(2005)、『フェイ・グリム』(2006)、『ネッド・ライフル』(2014)に出演。ハートリー作品以外では実在の漫画家ロバート・クラムを演じた『アメリカン・スプレンダー』(2003)などで知られている。

    ジェフ・ゴールドブラム
    Jeff Goldblum

    1952年、ピッツバーグ生まれ。『ザ・フライ』(1986)、『ジュラシック・パーク』(1993)、『インディペンデンス・デイ』(1996)などでお馴染みの、身長194cmを誇る個性派俳優。かねてからハートリーのファンであり、『フェイ・グリム』(2006)にCIAエージェント役で出演している。

    ジム・コールマン
    Jim Coleman

    ハートリーとはニューヨーク州立大学パーチェス校での友人で、ハートリーにジョイ・ディビジョン、ザ・キュアー、ギャング・オブ・フォー、プリンスなどを教えて薫陶を与えた人物。『アンビリーバブル・トゥルース』(1989)の音楽担当。『ヘンリー・フール』(1997)のサントラにも参加し、戯曲「Soon」ではハートリーと音楽を共作。ハートリーが一時的に組んだバンドRifleのメンバーでもある。インダストリアルロックバンドCop Shoot Copの元メンバーで、Phylr、Here、Near Death、J-COなど様々なバンド、ユニット、ソロ名義で音楽活動を続けている。

    ジム・ジャームッシュ
    Jim Jarmusch

    1953年、オハイオ州アクロン生まれの映画監督。80年代にNYインディーズシーンに颯爽と登場し、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984)、『ダウン・バイ・ロー』(1986)などの作品群で一時代を築く。ハートリー曰く、マンハッタンの同じ界隈に住んでいたため、同業者では数少ない友達づきあいをしていた監督仲間だという。

    ジュリー・クリスティー
    Julie Christie

    1941年、イギリス領だったインドのチュークアで生まれる。ロバート・アルトマンの『ギャンブラー』(1971)からサラ・ポーリーの監督デビュー作『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』(2006)まで、メジャーマイナーを問わず活躍する大女優。ハートリーとは『No Such Thing』(2001)に出演した縁で親交を深め、『ネッド・ライフル』(2004)では共同プロデューサーとしてクレジットされている。

    ジャン=リュック・ゴダール
    Jean-Luc Godard

    1930年、パリ生まれ。ハートリーも最も影響を受けたと語るフランスヌーヴェルヴァーグを象徴する巨匠。『シンプルメン』の有名なダンスシーンがゴダールの『はなればなれ』のオマージュだと言われるように、ハートリーの独自の作風の中に影響を見出しやすい存在。ハートリーとは映画祭などで対談するなど交流がある。ハートリーの短編「Accomplice」(2010)では、ハートリーが入手した80年代のインタビュー映像という形で出演を果たしている。

    ソニック・ユース
    Sonic Youth

    『シンプルメン』のあまりにも有名なダンスシーンに流れる楽曲「Kool Thing」を提供したインディーロック界の大物バンド。結成は1981年でNYを拠点に2011年まで活動した。ハートリーと長らくコンビを組んでいた撮影監督マイケル・スピラーが彼らのミュージックビデオを撮影した縁でハートリーと知り合い、ソニック・ユースのメンバーもハートリー作品のファンだったことから楽曲提供が決まった。

    ダミアン・ヤング
    Damian Young

    1961年、ワシントンD.C.生まれ。オハイオ州のケニヨン大学を卒業し、クカラチャ劇団に参加するためにニューヨークに移る。映画では『シンプルメン』(1992)の夫婦関係に悩む保安官役で注目を集め、『愛、アマチュア』(1994)では電気ショックを受けた会計士エドワード役でエキセントリックな演技を披露。ハートリーの『No Such Thing(原題)』(2001)にも出演している。近年は「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(2017)などテレビでの活躍が多い。

    D・J・メンデル
    D.J. Mendel

    ニューヨークを拠点に活動する俳優、劇作家、演出家、映画監督。ハートリーとは『ブック・オブ・ライフ』(1998)で初仕事。以降「The New Math(s)」(1999)、舞台劇『Soon』(1998、2001)、『No Such Thing』(2001)、『The Girl from Monday(原題)』(2005)、『フェイ・グリム』(2006)、短編「Accomplice」(2010、声のみ)などに出演している常連。2011年の『はなしかわって』では主演を務め、ドラムの腕前も披露している。

    トーマス・ジェイ・ライアン
    Thomas Jay Ryan

    1962年、ピッツバーグ生まれ。前衛演劇の大御所リチャード・フォアマンとのコラボなど演劇界でキャリアを積む。『ヘンリー・フール』(1997)のタイトルロール、ヘンリー役が映画初出演で、すでに芸歴15年のベテランだった。続く『ブック・オブ・ライフ』(1998)では1999年のニューヨークに現れるサタン役を演じ、ハートリー作・演出の舞台劇『Soon』(1998)にも参加。『フェイ・グリム』(2006)、『ネッド・ライフル』(2014)でもヘンリー役を演じている。

    ドワイト・ユーウェル
    wight Ewell

    1968年、ノースカロライナ州ウィリアムストン生まれ。9歳から劇曲を書き始め、ニューアーク芸術高校を経てニューヨーク州立大学パーチェス校に入学。パーカー・ポージーらと知り合う。ハートリーの『愛、アマチュア』(1994)でパーカー・ポージーと共に小さな役で出演し、短編「NYC 3/94」(1994)にも起用される。『FLIRT/フラート』(1995)のベルリン編では主演を務めている。『チェイシング・エイミー』(1997)、『ドグマ』(1999)などケヴィン・スミス監督作の常連でもある。

    永瀬正敏
    Masatoshi Nagase

    1966年、宮崎県生まれ。1983年に相米慎二監督作『ションベン・ライダー』でデビュー。1990年にジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』に出演し、海外に活動の幅を広げる。ハートリーとは『FLIRT/フラート』(1995)の東京編に映画監督ハルのアシスタント・ナガセ役で出演。1996年にリリースしたシングル曲「キミとぼく-Boom N’Bust-」のミュージックビデオはハートリーが監督している。

    二階堂美穂
    Miho Nikaido

    1966年、福島県生まれ。舞踏家・大野一雄に師事してさまざまな舞踊やダンスを学ぶ。作家・村上龍の監督作『トパーズ』(1992)の主演に抜擢されて映画デビュー。同作を観ていたハートリーに呼ばれて『FLIRT/フラート』(1995)のオーディションを受け、東京編の主人公に選ばれる。ほどなくしてハートリーと結婚してNYに渡り、『ヘンリー・フール』(1997)、短編「The Other Also」(1997)、『ブック・オブ・ライフ』(1998)、舞台劇『Soon』(1998)、短編「The New Math(s)」(2000)、『No Such Thing(原題)』(2001)、短編「Kimono」(2001)、『フェイ・グリム』(2006)、『はなしかわって』(2011)に出演。ハートリー作品以外でもインディーズ映画に数多く出演している他、ファッションデザイナーとして自らのブランドMIHO MIHOを立ち上げるなど多彩に活動している。

    ニコライ・キンスキー
    Nikolai Kinski

    1976年、パリ生まれ。父親はドイツの怪優クラウス・キンスキー。主にアメリカで育ち、父クラウスが監督主演した遺作『パガニーニ』(1989)の息子役で映画デビュー。後にドイツに移り住む。ハートリー作品では主にベルリンで撮影された『フェイ・グリム』(2006)のホテルのボーイ役で初参加。2010年の短編「The Apologies」でも劇作家役を演じた。

    ニック・ゴメス
    Nick Gomez

    1963年、マサチューセッツ州サマーヴィル生まれ。ニューヨーク州立大学パーチェス校で映画を学び、ハートリー曰く「同期」。イーディ・ファルコを主演に迎えた『Laws of Gravity(原題)』(1992)で映画監督デビュー。近年は「シカゴP.D.」(2014~2017)などでテレビドラマの監督として活躍。ハートリーの短編「セオリー・オブ・アチーブメント」には俳優として出演。『アンビリーバブル・トゥルース』では編集助手、『トラスト・ミー』では編集としてクレジットされている。「ウォーキング・デッド」などに出演している同姓同名の俳優とは別人。

    パーカー・ポージー
    Parker Posey

    1968年ボルチモア生まれ。ルイジアナ州やミシシッピ州の田舎町で育ち、ニューヨーク州立大学パーチェス校で演技を学ぶ。リチャード・リンクレーター監督の『バッド・チューニング』(1993)で注目を集め、数々のインディーズ系映画に出演、“インディーズの女王”と呼ばれた。ハートリー作品にはエイドリアン・シェリーと共演した短編「Opera No.1(原題)」(1994)、『愛、アマチュア』(1994)を経て『ヘンリー・フール』(1997)でフェイ役。続編『フェイ・グリム』(2006)では主演を務め、『ネッド・ライフル』(2014)でも同役を演じている。

    PJハーベイ
    PJ Harvey

    1969年、イギリス、ドーセット生まれのミュージシャン。『愛、アマチュア』(1994)への楽曲提供を経て、『ブック・オブ・ライフ』(1998)にはマグダラのマリア役には女優として参加。クイーンズ・オブ・ストーン・エイジ、イーグルス・オブ・デス・メタルのジョシュ・ホーミとの共同プロジェクト“デザート・セッションズ”の楽曲「Crawl Home」(2003)では、ハートリーにミュージックビデオの監督を依頼している。

    ビル・セイジ
    (ウィリアム・セイジ)
    Bill Sage

    1962年、ニューヨーク生まれ。ハートリー組の例にもれずニューヨーク州立大学パーチェス校の出身者で、『アンビリーバブル・トゥルース』(1989)と『トラスト・ミー』(1990)のチョイ役、短編「セオリー・オブ・アチーブメント」「アンビション」を経て『シンプルメン』(1992)で主人公兄弟の弟デニス役で主演。『FLIRT/フラート』(1995)、『No Such Thing』(2001)、『The Girl from Monday』(2005)、『ネッド・ライフル』(2014)と、ハートリーの長編作品のほとんどに登場している。

    フランシス・フォード・コッポラ
    Francis Ford Coppola

    1939年、デトロイト生まれ。映画監督、プロデューサー、ワイナリー経営者。言わずと知れた『ゴッドファーザー』、『地獄の黙示録』など映画史に残る傑作をものにした巨匠。ハートリーとはポール・オースターの朗読会で知り合い、コッポラ監督作『ドラキュラ』(1992)の特殊メイクを気に入っていたハートリーが『No Such Thing(原題)』(2001)の怪物のメイクについて相談したことが縁となり、同作の製作総指揮を務めた。当時のコッポラはユナイテッド・アーティスツに雇われてインディペンデント系作品の企画開発に関わっていた。

    ヘレン・ミレン
    Helen Mirren

    1945年、ロンドン生まれ。大英帝国勲章やアカデミー主演女優賞に輝く押しも押されもせぬ大女優。ハートリー作品では『No Such Thing(原題)』(2001)でサラ・ポーリー扮するヒロインの上司“ボス”役を演じた。撮影現場でダンスの振り付けのように細かく動きを指定するハートリーに対して、思わず「あんたマジで言ってんの?」と訊き返したという。

    ポール・オースター
    Paul Auster

    1947年、ニュージャージー州ニューアーク生まれの小説家、詩人。1993年に長編小説『偶然の音楽』がフィリップ・ハース監督により『ミュージック・オブ・チャンス』として映画化。自らの短編小説を膨らませた映画『スモーク』(1995)の脚本を担当したことから映画と関わりを深めるようになり、同作のウェイン・ワン監督とともに姉妹編『ブルー・イン・ザ・フェイス』(1995)を共同監督する。ハートリーとはデヴィッド・バーンを通じて知り合い、監督作『The Inner Life of Martin Frost』(2006)について意見を求めたことから、エンドクレジットでハートリーの名前が謝辞に挙がっている。

    ホリー・マリー・コームズ
    Holly Marie Combs

    1973年、サンディエゴ生まれ。『シンプルメン』(1992)で鼻ピアスの女子高生キムを演じ、短い出番ながら鮮烈な印象を残した。以降「ピケット・フェンス ブロック捜査メモ」(1992~1996)、「チャームド~魔女三姉妹~」(1998~2006)、「プリティ・リトル・ライアーズ」(2010~2017)と人気ドラマに出演を続けており、お茶の間の人気者に。ソダーバーグ監督作『オーシャンズ11』(2001)ではブラッド・ピット扮するラスティからポーカーを習うハリウッドセレブの1人として実名で出演している。

    マーティン・ドノヴァン
    Martin Donovan

    1957年、カリフォルニア州レセダ生まれ。1983年にNYに移りリチャード・カリバンが芸術監督を務めたクカラチャ劇団に参加(同劇団ではエイドリアン・シェリーが主演を務めたことも)。ハートリーの『トラスト・ミー』(1990)で映画初主演。しかし演技らしい演技をさせないハートリーの演出に戸惑い、当時は「まったく信頼してなかった」という。短編「サバイビング・デザイアー」(1991)を経て『シンプルメン』にも出演。伝説的なダンスシーンに参加する。『愛、アマチュア』(1994)ではイザベル・ユペールと共に主演。『ブック・オブ・ライフ』(1998)では黙示録を実行すべきか悩むイエス・キリストを演じた。脚本・主演も務めた初監督作『Collaborator』(2011)ではハートリーに謝辞を捧げており、『ネッド・ライフル』(2014)で久々にハートリー作品に復帰した。

    マイケル・スピラー
    Michael Spiller

    1961年、ニュージャージー州生まれ。ニューヨーク州立大学パーチェス校でハートリーのクラスメートとなり、学生時代の作品から2001年の『No Such Thing(原)』まで、ほぼすべてのハートリー作品で撮影監督を務めてビジュアル面を支えた。「70歳になっても一緒に映画を作る」と語っていたが、テレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」の撮影を手がけたことが転機となり、同シリーズで監督を手がけるように。後にロサンゼルスに拠点を移し、現在はテレビドラマの監督兼プロデューサーとして活躍している。

    ヤスミン・タバイタバイ
    Jasmin Tabaitabai

    1967年、イラン、テヘランでドイツ人の母とイラン人の父との間に生まれる。1979年のイラン革命を前にドイツに移り住む。映画やテレビドラマに出演する傍ら1993年に女性ばかりのカントリーロックバンド“Even Cowgirls get the Blues”を結成してアルバムをリリース。バンドを組んだ女囚たちが刑務所から脱走する『バンディッツ』(1997)では主演だけでなく劇中曲の大半を作詞作曲した。以降、女優、ソロミュージシャンとして活躍している。キャスティングディレクターを通じてハートリーに紹介され、「小さい役でも構わない」と『フェイ・グリム』(2006)にミラ役で出演。タバイタバイを気に入ったハートリーは本格的にコラボできる企画を進めていたようだが、実現には至っていない。

    ヨ・ラ・テンゴ
    Yo La Tengo

    1984年にニュージャージー州ホーボーケンで結成されたアメリカのインディロックシーンを代表するバンド。アイラ・カプラン、ジョージア・ハブレイ、ジェイムズ・マクニューから成るトリオで、ハートリーの短編「サバイビング・デザイアー」(1991)、『シンプルメン』(1992)、『愛、アマチュア』(1994)、『ブック・オブ・ライフ』(1998)に楽曲を提供。『ブック・オブ・ライフ』では救世軍バンドとして出演もしている。ジョン・キャメロン・ミッチェル監督作『ショートバス』(2006)、グレッグ。モットーラ監督作『アドベンチャーランドへようこそ』(2009、劇場未公開)などの映画音楽も担当している。

    リーアム・エイケン
    Liam Aiken

    1990年、ニューヨーク生まれ。2歳で父を亡くし、進学資金のために子役の道へ。『ヘンリー・フール』(1997)でヘンリーとフェイの息子ネッドを演じ、7歳で映画デビューを果たす。その後『シックス・センス』(1999)や「ハリー・ポッター」シリーズの主演候補となるが実現せず、2004年に『レモニー・スニケットの世にも不幸な物語』でジム・キャリー、エミリー・ブラウニングとともに主演する。『フェイ・グリム』(2006)と『ネッド・ライフル』(2014)でもネッド役を演じ、「ヘンリー・フール三部作」最後の主人公としてシリーズを締めくくった。

    ロバート・ジョン・バーク
    (ロバート・バーク)
    Robert John Burke

    1960年、ニューヨーク生まれ。ニューヨーク州立大学パーチェス校でハートリーと同期だった縁で『アンビリーバブル・トゥルース』(1989)の主人公ジョシュ役を演じ、注目を集める。当時は役者業では食って行けず、消防士や大工をしていた。『シンプルメン』(1992)にも主演しハートリー作品を象徴する俳優のひとりとなる一方、『ロボコップ3』(1993)でピーター・ウェラーに代わってロボコップ役を演じる。『FLIRT/フラート』(1995)では端役を演じ、ハートリーの『No Such Thing(原題)』(2001)で再び主演。『ネッド・ライフル』(2014)では大工の役でチラリと顔を出し、マーティン・ドノヴァン、カレン・サイラスら旧知のハートリー組と再共演を果たした。松林流空手の黒帯保持者。

    ライター:村山章

    1971年生まれ。映像編集スタジオを経て映画ライターに。惚れ込んだ映画の広報活動 を勝手にするバンド、ウィリアム・H・メイシーズのメンバー。配信作品のレビュー サイト「ShortCuts」代表。

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