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COLUMN/コラム2021.07.07
監督が望んだ『夢の涯てまでも』究極バージョンへの道
■2時間以上も拡張されたヴェンダースの野心作 ヴィム・ヴェンダースが1991年に発表した映画『夢の涯てまでも』は、9か国・20都市をめぐる広範囲なロケに加え、壮大なSF的発想と2年にわたる長期撮影、そして製作費2300万ドルが投入された、アートハウスの作家映画としては破格の製作規模を持つ作品である。しかし編集に関しては監督の思い通りにはならず、上映時間の妥協を余儀なくされ、その判断は興行成績や評価に影響を与えてしまった。 本稿で詳述する『夢の涯てまでも ディレクターズカット版』は、ランニングタイムが4時間47分と劇場初公開時より2時間以上も長くなり、内容も大幅に拡張されている。これからご覧になるという方には早計な配慮かもしれないが、以下『劇場公開版』と今回の『ディレクターズカット版』の違いをおおまかに記しておきたい。 基本的に『劇場公開版』と『ディレクターズカット版』で物語に大きな変更は生じていないが、内容を理解するうえで必要な描写が、前者は後者からばっさりと切り落とされているのが分かる。なんせ序盤からして、主人公クレア(ソルヴェーグ・ドマルタン)の元恋人ユージーン(サム・ニール)が、なぜこの作品の語り部であるのかを記す登場場面がカットされているし、クレアの長い旅のきっかけとなる現金輸送も、依頼主であるチコ(チック・オルテガ)とレイモン(エディ・ミッチェル)のキャラクター描写が大幅に削られてしまっている。またクレアの親友である日系人マキコなど、彼女に関わりを持つ主要人物が丸ごといなくなっており、そのため『劇場公開版』は不足する要素をナレーションで補わねばならず、ヴェンダース自身が「ダイジェスト版だ」と言ったのも大いに納得がいく。 また物語の中盤にある日本パートでも、トレヴァー=サム(ウィリアム・ハート)が滞在先の箱根で森(笠智衆)老人に目を治してもらう場面が『劇場公開版』では簡略化され、目の治癒は後半の布石でありながら印象の薄いエピソードになっているし、彼とクレアが世界各地を駆け巡るセクションと、後半部のオーストラリアにおけるドリームマシン開発のセクションは、『ディレクターズカット版』では均等化されてバランスを保っているものの、『劇場公開版』は前半部に時間を割いたため、後半部の未消化を招いている。特にサムと父ヘンリー(マックス・フォン・シドー)の確執と和解は、この映画におけるドラマチックな要素のひとつだが、『劇場公開版』の急ぎ足な展開はそれを損ね、加えてドリームマシンが生み出す夢のシーンが少ないのも、作品の魅力を低減させてしまっている。当時NHKの協力を経て、ハイビジョン合成を駆使して創り出された夢の映像はこの映画の大きな話題だったが、今回の『ディレクターズカット版』ではそれが復活しており、作品の独自性とアートスタイルがいっそう高まっている。 結果として『ディレクターズカット版』は、全体の大幅な肉付けによって物語のニュアンスも大きく変わり、加えて不明瞭だった展開や登場人物の行動の真意に、観る者の理解が及ぶよう配慮されている。特にクレアがサムと旅路を共にする複雑な感情は、ユージーンとの恋愛関係が動機づけられていることで理解できるし、また都市から都市へのディテールを増した移動描写によって、旅情性が強く感じられるものになっている。これこそ『都会のアリス』(73)や『パリ、テキサス』(84)など、ロードムービーの名手として知られたヴェンダースの真髄といって相違ないだろう。 ■『夢の涯てまでも』さまざまなヴァージョン違い もともとヴェンダースはアメリカの配給元であるワーナー・ブラザースとの契約上、『夢の涯てまでも』を2時間30分で完成させなければならない義務を負っていた。だが編集作業の時点で、規定の上映時間内に収めることは不可能だと認識。さらに作品を完成へと進めていく過程において、彼は映画にもっと長い時間が必要だと気づき、プロデューサーにランニングタイムを拡大するよう請願する。しかし、契約条件がくつがえされることはなかった。 そこでヴェンダースは長年のお抱え編集者であるピーター・プリゴッダに協力してもらい、自分で管理していたスーパー35mmのオリジナルネガからマスターポジを作り、それを基に約20時間の長さに及ぶ粗編集の【ワークプリント版】を制作。そこからさらに2部作・計8時間の構成へと整え、ヴェンダースは再度プロデューサーに掛け合い『夢の涯てまでも』を2本の映画としてリリースするよう依頼したのだ。残念ながらそのアイデアも却下され、監督は自分の方法でロングバージョンを世に出すことにしたのである。さらにこの8時間のものはさらに6時間へと縮められ、この【6時間版】とスクリプトを元に書かれたノヴェライズが日本で出版された。 結局、ワーナーを配給とする【米劇場公開版】は2時間38分の上映時間となり、1991年9月12日にアメリカで公開。いっぽうでドイツやフランスなどの非英語圏では、ヴェンダースが6時間版を2時間59分に刈り込んだ【ヨーロッパ公開版】が上映された。日本では91年10月に開催された第4回東京国際映画祭でヨーロッパ公開版がクロージング上映されたのだが、翌年に一般公開されたときは米劇場公開版だったため、「映画が短縮されている」と不満を抱く者も少なくなかった。こうしたユーザーの声に応じる形で、93年11月にヨーロッパ公開版が『夢の涯てまでも ディレクターズ・カット版』と題して国内限定公開され、翌年の94年4月25日にパイオニアLDCが同バージョンを『夢の涯てまでも〈特別版〉』と銘打ち、LDソフトをリリース。それは日本でしか発売されなかったこともあり、海外のファンがこぞって求め、本作の再評価をうながす一助となった。 結局、ヴェンダースは劇場公開から2年後、改めて『夢の涯てまでも』の長時間バージョンに着手。ランニングタイムは5時間に設定され、テレビ放送のミニシリーズを想定し、三部に切り分けられた。この【5時間版】は1994年7月に英ロンドンのナショナル・フィルム・シアターで上映され、ヴェンダースは劇場でのティーチインに参加。その後、1996年12月には米ワシントン大学で、また5年後の2001年1月にアメリカン・シネマテークで上映がおこなわれ、4年後の2005年にはドイツを皮切りに、イタリア、フランスなどワーナーが権利を持つアメリカ以外でDVD化された。 ■そして決定バージョン『ディレクターズカット版』へ やがて時代は デジタルで旧作を鮮明な画像・音質で蘇らせる隆盛を迎えた。2014年、ヴェンダースはフランス国立映画センター(CNC)支援のもと、自らの財団において自作のレストアを意欲的におこなっていく。そして翌年の2015年、ついに『夢の涯てまでも』の最終形態ともいえる『夢の涯てまでも ディレクターズカット版』を制作。ランニングタイムは4時間47分で、上記の3部作構成からインターミッションを挟んだ2部構成へと戻されている。特筆すべきは画質と音質の向上で、『ディレクターズカット版』はベルリンのフィルムラボ「ARRI Film&TVServices」にあるオリジナルカメラネガからARRISCANフィルムスキャナーを介して4K解像度で作成され、入念な復元作業がほどこされた。音声も元の35mm磁気トラックからリマスターされ、そのすべての工程をヴェンダースが承認したものだ。 この『ディレクターズカット版』は同年「ヴィム・ヴェンダース回顧展」の一環としてニューヨーク近代美術館で初公開され、4年後の2019年12月には米クライテリオン・コレクションからブルーレイとDVDでソフトリリースされた。そして日本では、映画専門チャンネル「ザ・シネマ」での放送と、同社配信サービス「ザ・シネマメンバーズ」でようやく視聴が可能となった。ちなみにこの『ディレクターズカット版』ではインターミッションが取り払われ、一本の長大な作品としてまとめられている。劇中、クレアが長い旅を経て自分の物語を終わらせたように、ヴェンダースのヴァージョン違いをめぐる格闘の歴史もまた、長い時をかけて完結を迎えたのだ。■ 『夢の涯てまでも 【ディレクターズカット版】』© 1994 ROAD MOVIES GMBH – ARGOS FILMS © 2015 WIM WENDERS STIFTUNG – ARGOS FILMS
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COLUMN/コラム2014.12.10
宇宙探査に挑む人類を脅かす“人智を超えた恐怖”を描いた2作品〜『イベント・ホライゾン』と『パンドラム』
こうした問いかけはジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』(1902)以来、SF映画における最もポピュラーなテーマであり、多くのクリエイターの創作意欲を刺激し、映画ファンの夢とロマンをかき立ててきた。そんな宇宙探査映画の歴史に新たなエポックを刻み込んだのが、クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』(14)である。地球終焉のカウントダウンのさなかに交わされた父と娘の“約束”の物語が、無限の宇宙空間へと飛翔し、時空と次元を超えて想像を絶するうねりを見せていくこの超大作は、まさに視覚的にも感情的にも圧倒されずにいられない究極のスペース・アドベンチャーであった。 しかしながら『インターステラー』がそうであったように、宇宙探査ミッションには想定外のトラブルが付きもので、時には人智を超えた“恐怖”との遭遇も覚悟せねばならない。むろん、その代表格はリドリー・スコット監督作品『エイリアン』(79)だが、これ以降に作られた数多くのSFホラーの中でとびきり異彩を放っているのが『イベント・ホライゾン』(97)である。『インターステラー』でも扱われた“ワームホール(時空の抜け道)”を意外な形でストーリーに組み込んだこの映画、あの『バイオハザード』シリーズ(02~)でおなじみのヒットメーカー、ポール・W・S・アンダーソン監督のハリウッド第2作にして、彼のキャリアの最高傑作とも言っても差し支えないであろう本格的な恐怖映画なのだ。 物語は西暦2047年、7年前に忽然と消息を絶った深宇宙探査船イベント・ホライゾン号からの信号がキャッチされ、その設計者であるウェアー博士を乗せた救助船クラーク&ルイス号が調査に赴くところから始まる。イベント・ホライゾン号には生存者はひとりもいなかったが、なぜか船のあちこちから生命反応が検知される。そして内部に足を踏み入れたクルーは何者かの気配に脅え、奇怪な幻覚や幻聴に悩まされるようになる…。 本作はクラーク&ルイス号の一行がイベント・ホライゾン号に到達するまでの導入部からして、じわじわと恐怖感を煽っていく。ウェアー博士が同行するクルーに聴かせるのは、イベント・ホライゾン号との最後の交信を録音したテープ。そこにはこの世のものとは思えないおぞましい呻き声や悲鳴が記録されており、ラテン語の声も含まれている。それはまるでオカルト・ホラーにしばしば盛り込まれる“悪魔の肉声”のようであり、宇宙空間を漂流するイベント・ホライゾン号は不気味な幽霊船そのものだ。そう、まさしくこの映画はロバート・ワイズ監督の名作『たたり』(63)をお手本にし、宇宙船を幽霊屋敷に見立てたSF“ゴシック”ホラーなのである。 『エイリアン』に加え、『シャイニング』(80)のサイキックな要素も取り込んだフィリップ・アイズナーのオリジナル脚本は、さらなる驚愕のアイデアを炸裂させる。ここで序盤におけるウェアー博士のもったいぶったワームホールの解説が伏線として生きてくる。イベント・ホライゾン号がワームホールを抜けて行き着いた別次元とは何なのか。ネタバレを避けるため詳細は避けるが、そこにこそ本作最大の“人智を超えた恐怖”がある。ホラー映画好きならば誰もが知る某有名作品のエッセンスを大胆に借用し、なおかつそれをワームホールと結びつけたアクロバティックな発想には脱帽せざるをえない。ルイス&クラーク号のクルーの行く手に待ち受ける真実は、宇宙のロマンとは真逆の極限地獄なのだから! ウェアー博士役のサム・ニールと船長役のローレンス・フィッシュバーンを軸とした俳優陣の緊迫感みなぎるアンサンブル、ノートルダム大聖堂にヒントを得たというイベント・ホライゾン号の斬新な造形、長い回廊や医務室といった船内セットの優れたプロダクション・デザインも重厚な恐怖感を生み、一瞬たりとも気が抜けない。製作時から17年が経ったというのにまったくチープに見えないのは、CGに頼るのを最低限にとどめ、生々しい質感のアナログな特殊効果を多用した成果だろう。ちなみに筆者は、かつて東銀座の歌舞伎座前にあった配給会社UIPの試写室で本作を初めて鑑賞したとき、登場人物が扉を開け閉めしたりする物音だけで心臓が縮み上がった思い出がある。 もう1本、併せて紹介する『パンドラム』(09)は、ポール・W・S・アンダーソンが製作に回り、クリスティアン・アルヴァルト監督を始めとするドイツ人スタッフとコラボレートしたSFスリラーだ。西暦2174年、人口の爆発的増加によって水と食糧が枯渇した地球から惑星タニスという新天地へ旅立った宇宙船エリジウム号が舞台となる。 まず面白いのは冒頭、長期間にわたる冷凍睡眠から目覚めた主人公の宇宙飛行士2人が記憶を喪失してしまっていること。自分たちがどこへ何のために向かっているのかさえ思い出せない彼らは、上官のペイトン(デニス・クエイド)が睡眠室に残って指示を出し、部下のバウアー(ベン・フォスター)が船内を探検していく。観客である私たちも特権的な情報を与えられず、2人の主人公と同じく暗中模索状態で不気味に静まりかえった広大な船内をおそるおそるさまようことになる。 ペイトンとバウアーが真っ先に成し遂げるべきミッションは船の動力である原子炉を再起動することだが、バウアーの行く手には正体不明の凶暴な人食い怪人がうようよと出現。さらには生存者の男女2人との出会いや人食い集団とのサバイバル・バトル、バウアーの失われた記憶やエリジウム号に隠されたミステリーといったエピソードが、異様なテンションを持続させながら矢継ぎ早に繰り出され、まったく飽きさせない。『エイリアン』や『プレデター』シリーズや『ディセント』(05)などを容易に想起させる既視感は否めないが、後半に『猿の惑星』(68)ばりの壮大なひねりを加えたストーリー展開も大いに楽しめる。全編、汗とオイルにまみれてノンストップの苦闘を演じきった俳優陣の熱演も凄い。よくも悪くもアンダーソン的なB級テイストに、スタッフ&キャストのただならぬ頑張りが血肉を与えた快作と言えよう。 さすがに破格のバジェットを投じ、並々ならぬクオリティを誇る『インターステラー』と比較するのは酷だが、きっとこの2作品も多くの視聴者に“見始めたら、止められない”スリルを提供することだろう。もはや宇宙探査というアドベンチャーが地球滅亡という切迫した設定とともに描かれるようになった21世紀において、このジャンルはいつまで“SF”であり続けるのだろうか? 上『イベント・ホライゾン』TM & Copyright © 2014 Paramount Pictures. All rights reserved./下『パンドラム』© 2014 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.