◆続編を引用しない設計
――『ブレードランナー 2049』撮影思想の出発点

ブレードランナー 2049』の撮影設計において、同作の撮影監督であるロジャー・ディーキンス(ASC, BSC)が最初に確立したのは、この続編を1982年版『ブレードランナー』の視覚的延長として扱わないという明確な方針だった。連続性がある以上、オリジナル作品のビジュアル言語を参照することは避け難いが、ディーキンスはそれを意識的に排除し、「2049年という時間を新たに構築する」ことを優先している。

 この判断はスタイル論ではなく、制作工程全体に関わる設計思想といえるだろう。オリジナルがフィルム撮影や実景合成、ミニチュアや光学処理によって成立していたのに対し、『ブレードランナー 2049』は完全なデジタル撮影とVFX統合を前提とした時代の産物だ。ディーキンスは両者を無理に接続することを拒み、技術的条件の異なる映画を、視覚的ノスタルジーによって結びつけることを回避した。

 プリプロダクション段階では、監督であるドゥニ・ヴィルヌーヴ、プロダクションデザイナーのデニス・ガスナーと密に連携し、建築物を中心としたリファレンス収集が行われた。北京の高密度都市、ロンドンのブルータリズム建築、バービカン・センタやサウスバンク・センターといった実在の構造物は、未来的造形のヒントというより、管理社会における空間の圧迫感と人間の孤立を可視化するためのモデルとして機能している。

 ディーキンスの過去作を振り返ると、『ノーカントリー』(2007)では風景が暴力を語り、『プリズナーズ』(2013)では閉塞した郊外空間が心理的圧力として作用し、『ボーダーライン』(2015)では国境地帯の地形そのものが物語の緊張を生成していた。いずれも共通しているのは、環境を説明的に撮るのではなく、フレーミングと光によって物語構造を支えるという姿勢だろう。

『ブレードランナー 2049』においてもその方法論は踏襲されているが、スケールは飛躍的に拡張されている。未来都市を俯瞰するショットは必要最低限に抑えられ、人物に対する中距離〜近距離のショットが視覚構造の中心を占めている。巨大な建築物は背景として存在するものの、それはスペクタクルを誇示するものではなく、キャラクターを囲い込み、分断する装置として機能している。

 このように『ブレードランナー 2049』の撮影設計は、続編でありながら過去作を参照とせず、ディーキンス自身が長年培ってきた「空間と人物の関係性を撮る」という思想を、最大規模のSF映画に適用する試みとして出発している。本作の革新性は、技術的選択以前に、この設計段階での明確な切り分けにあったと言えるだろう。

◆撮影主導型ワークフロー
――フォーマット選択と照明設計の実際

『ブレードランナー 2049』の撮影における最大の特徴は、VFX比率の高い大作でありながら、ポストプロダクションに主導権を委ねない撮影主導型ワークフローが徹底されている点にある。ロジャー・ディーキンスは本作においても、撮影段階で画調と質感を確定させるという原則をいっさい崩していない。

 カメラシステムにはArri Alexa XT Studio、Alexa Plus、Alexa Miniが併用され、すべてオープンゲートで収録された。一般的な2.39:1前提の撮影とは異なり、本作では1:1.55のフルフレーム比率を基準とし、IMAX版(1:1.70〜1:1.90)への展開を内包したフレーミングが行われている。これは単なる上映フォーマット対応ではなく、画面内の垂直方向情報を積極的に活用するための設計であり、巨大建築と人物のスケール差を強調する効果を生んでいる。

 Arri 65の使用も検討されたが、最終的には見送られている。ディーキンスは、センサーサイズの大きさがもたらすスペクタクル性よりも、被写体との距離感、レンズ運用の自由度、機動性を優先した。レンズにはArri/Zeiss Master Primeが選択され、絞りを開きすぎないことで被写界深度を一定以上に保ち、セットの空間構造を画面内に残している。これは人物を背景から切り離すのではなく、環境に埋め込むという本作の視覚方針と直結している。

 照明設計においては、美術セットと一体化した建築的ライティングが採用された。ウォレス社内部のシークエンスでは、10kWフレネルを円環状に配置した回転式照明装置、あるいは水面反射やディマーチェイサー制御を組み合わせることで、無窓空間に擬似的な太陽光の移動を再現している。光源は常にフレーム外に存在し、壁面や床に投影される反射と影のみが画面に現れる。この設計により、巨大空間に時間軸とリズムが与えられ、単調さが回避されている。

 DIT(デジタル・イメージング・テクニシャン)の運用においても、ディーキンスは過度な柔軟性を排している。使用されたLUT(ルックアップテーブル)は『ボーダーライン』で構築したものを基礎とし、コントラストと彩度を抑えた状態で現場モニターに反映された。これにより、撮影・照明・美術・VFXの各部門が完成形に近い画を共有しながら作業を進めることが可能となった。ポストプロダクションでのカラーグレーディングは補正的な役割にとどまり、ルックの再構築は行われていない。

 このように『ブレードランナー 2049』の撮影プロセスは、デジタル技術を前提としながらもフィルム時代的な「現場完結型」の思想を高度にアップデートしたものだと言える。ディーキンスは本作において、最新の撮影環境を用いながら、撮影監督が映像設計の最終責任者であるという立場を明確に示しているのだ。

◆空間と色彩の統合設計
――VFX最小化思想と『1917 命をかけた伝令』への技術的連続

『ブレードランナー 2049』におけるロジャー・ディーキンスの最大の成果は、VFX依存度の高いSF大作において、実写空間を最終成果物として成立させる統合設計を完成させた点にある。本作のビジュアルは撮影・美術・照明・VFXが並列に存在するのではなく、撮影を基軸として厳密に階層化されている。

 ディーキンスは一貫して、グリーンスクリーン使用の最小化を主張した。ラスベガスの荒廃都市に巨大彫像群、ウォレス社内部やKのアパートといった主要ロケーションの多くは、物理的セットや実景背景幕、そして実照明を基礎として構築されている。CGは主に建築物の延長、遠景の補完、ホログラム表現といった不可避領域に限定され、光源としての役割はほとんど担っていない。この方針により、VFXは撮影された光を拡張する存在に留まり、光そのものを生成する立場から排除されている。

 色彩設計においても、ポストでの自由度は意図的に狭められた。ラスベガス・シークエンスにおける極端なアンバー〜オレンジ支配は、照明用ゼラチン(Moroccan Pink、Golden Amber等)とレンズ前フィルターによって撮影段階で決定されている。ディーキンスはこの画調を完成形として現場で確定させ、カラーグレーディングでは輝度と階調の整理にとどめた。これはデジタル撮影時代において極めて異例なアプローチであり、撮影監督の判断をポスト工程よりも上位に置く明確な意思表示でもある。

 

 ホログラム表現、とりわけジョイ(アナ・デ・アルマス)の存在感は本作のVFX思想を象徴している。ディーキンスは透明度や発光量を極限まで抑え、「存在しないことがわかる程度」に留める設計を選択した。実際の女優をセット内で撮影し、背景プレートとの合成を前提にすることで、照明条件の一致と質感の統一が確保されている。これは、後年におけるデジタル・スティッチングにも通じる考え方であり、VFXを成立させるために撮影を合わせるのではなく、撮影の論理にVFXを従属させる姿勢が一貫している。

 この思想は『1917 命をかけた伝令』(2019)において、さらに先鋭化する。疑似ワンショット/ワンテイク構造を成立させるために、照明、カメラワーク、そして美術や演出が完全に同期する必要があった同作では、ディーキンスはVFXを縫合装置としてのみ使用した。『ブレードランナー 2049』で確立された、現場で完結する露出管理や色彩決定、照明リズムの設計がなければ、『1917 命をかけた伝令』の撮影は成立しなかったと言っていい。

『ブレードランナー 2049』は、ディーキンスのキャリアにおける到達点ではない。フィルム的な思考をデジタル環境で再定義し、撮影監督の職能を再び映画制作の中核へ引き戻したという点で、本作は明確な転換点である。視覚的な壮観さの背後には、徹底した工程管理と撮影という行為への揺るぎない信念が存在している。それこそが、本作が単なる続編ではなく、21世紀映画撮影の指標として語り継がれる理由なのだ。■

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