本作『マスク(1994)』のオリジンは、いわゆる“アメコミ”。「ダークホース・コミック」によって、82年からリリースされたシリーズが、その原作である。
 アンティークの店で、木製の古いマスクを購入した男スタンリー・イプキスが、その禍々しいパワーに取り憑かれる。それまで抑圧された人生を送ってきた彼は、過去に自分を見下した人間を次々と襲撃。血生臭い、復讐を果していく。
この原作には、“人体損壊=スプラッタ描写”が、横溢。クライマックスでの警察との対決では、斧からマシンガンまで駆使する“マスク”によって、多くの警官たちが血祭りに上げられる…。
 物語の下敷きには「ジキルとハイド」もある、そんな「マスク」の映画化権を取得したのは、ニュー・ライン・シネマ。人の夢の中に登場する殺人鬼フレディ・クルーガーを主人公にした、ホラー映画シリーズ『エルム街の悪夢』(84~)で当たりを取った映画会社である。
 そんな成り立ちもあって、『マスク』は当初、『エルム街…』に続く、新たな“スプラッタ・ホラー”のシリーズに仕立てられる筈だった。そこで起用されたのが、『エルム街の悪夢3 惨劇の館』(87)の監督、チャック・ラッセル。
 「子供のころからコミックの店に通っていた」ラッセルは、「マスク」のコミックにも既に触れていた。「いい映画が撮れる話」だと思っていると、ニュー・ラインが権利を買い取ったという情報が流れてきて、やがて監督の依頼が届いたという。
 『エルム街の悪夢3 惨劇の館』に続いては、SFホラー『ブロブ/宇宙からの不明物体』(88) を手掛けていたラッセルは、はじめはニュー・ラインのオーダー通り、『マスク』を“ホラー”として成立させるために呻吟。しかしやがて、「100パーセント、コメディ」にするという構想に至った。
 主演の候補には、ロビン・ウィリアムズやマーティン・ショート、リック・モラニス、ニコラス・ケイジやマシュー・ブロデリックなどの名が挙がったという。しかし、「コメディ」にすると決めたラッセルには、意中の人がいた。映画俳優としては、まだ“駆け出し”だった、ジム・キャリーである。

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 大都市エッジ・シティ。お人好しで非モテの銀行員スタンリー・イプキスは、ストレスの溜まる毎日。口座を開きに訪れた、ゴージャスな美女のティナに、心奪われるも、アプローチなどできる筈もない。
 その夜、親友のチャーリーに誘われ、ナイトスポット「ココ・ボンゴ・クラブ」を訪れるも、締め出されてしまう。その場で再会したティナが、この「クラブ」の専属歌手であることを知るも、為す術もなく帰路に。
 惨めな思いで夜道を行くと、川面に人の姿が。救助のため川に飛び込むも、人に見えたのは、木製のマスクだった。
 這々の体で帰宅したスタンリーを迎えるのは、愛犬のマイロだけ。ふと拾ってきたマスクが気になって、顔に当ててみると、それは彼の顔に張りつき、竜巻を起こす。
 気付くと、グリーンの顔に、ズートスーツを身に纏った姿へと、変身!人間離れした能力を手にしたスタンリーは、街へ出て、それまでに彼を酷い目に遭わせた者たちへの“仕返し”を行う。
 朝になって、昨夜の狂乱は夢かと胸を撫で下ろしたスタンリーだったが、ケラウェイ警部補の訪問を受け、大暴れした緑色の顔の男を、警察が追っているのを知る。
 しかし、その夜も“変身”。金庫破りを行った“マスク”は、「ココ・ボンゴ・クラブ」へ、大金を持って乗り込んだ。
 ステージに立つティナと歌って踊り、客席は熱狂の渦に。そんな“マスク”に、ティナもメロメロになる。しかし彼女は、実は暗黒街の大悪党ドリアンの情婦だった。
 警察とギャングの双方から追われる立場になった、スタンリー。昼には、気弱な銀行員の姿に戻ってしまう、彼の運命は!?

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スタンリーが拾ったのは、北欧神話に登場するイタズラ好きの神“ロキ”の魂が宿った、古代の“マスク”という設定。“ロキ”と言えば、現在ではMCUの『マイティ・ソー』シリーズ(2011~ )や『アベンジャーズ』(2012)などで、トム・ヒドルストンが演じた敵役を思い起こす人が多いだろう。
 そんな“マスク”を偶然手に入れて、一体化。日常の抑圧から解放された、もう1人の自分へと変身するスタンリー役に、ラッセル監督が白羽の矢を立てたのが、ジム・キャリーだった。
 1962年生まれのキャリーは、ロサンゼルスの名門コメディクラブ出身のスタンダップ・コメディアン。80年代初頭は、有名人のモノマネを軸とした芸風だったが、その後オリジナルのキャラクターを生み出すことに、専念するようになる。
 キャリーが人気者となったのは、90年から放送された、FOXテレビの「イン・リヴィング・カラー」。この番組で様々なキャラを演じて、「90年代のジェリー・ルイス」などと、賞賛されるようになる。
映画には、80年代から出演。尊敬するクリント・イーストウッドの主演作『ダーティハリー5』(88)『ピンク・キャデラック』(89)などで脇を固めていた。
本作『マスク』は、初主演作の『エース・ベンチュラ』(94)の撮影が終わる頃に、契約。『エース・ベンチュラ』は大ヒットを記録するのだが、まだその結果が出る前だったため、本作のキャリーの出演料は45万ドルと、かなり低く抑えられている。

ラッセルの本作での狙いは、テックス・エイヴリーが監督した、“カートゥーン・アニメ”のような、実写映画を作り上げることだった。エイヴリーは、1930年代後期から50年代半ばに掛けて、ワーナー、MGMを中心としたスタジオで活躍したアニメ作家。100本以上を監督し、バックス・バニーやダフィー・ダックなど、今日でも有名なキャラクターを生み出している。
これらのキャラは、ゴムのように伸び縮みしたかと思うと、ガラスのように砕けて粉々になったり、まるで鋼鉄の如く、カチカチに固くなったりもする。本作ではこうした動きを、最新のCG技術を使って、表現することに挑戦した。
 その中心となったのは、『スター・ウォーズ』や『ジュラシック・パーク』などで、ハリウッドのVFXをリードしてきた、ILM=インダストリアル・ライト&マジック。キャリーは撮影の準備で、ILMに出向いて、写真テストを行った。
 これはキャリーの顔が、CGでどんな風に伸ばせるか、どうイジれるかをはかるためのテストだった。その結論は、「何もやる必要がない」。“ラバー・フェイス=ゴムのように伸縮自在な顔”と異名を取った、キャリーの面目躍如だった。


 撮影に入って、“マスク”を演じる際の特殊メイクでは、キャリー自身の表情が反映されるように、顔の動きに合わせて動くラテックスが使われた。“マスク”の真っ白な歯は、入れ歯。サイズが大きく喋りにくいので、当初は歯を強調するショットのみ使って、他はCG処理を行う予定だった。しかしキャリーが、入れ歯をしたままで話す方法を編み出したため、CGの使用は減少。製作費のカットにも繋がったという。
 因みにこの特殊メイクには、毎回4時間ほどが費やされた。キャリーにとってその時間は、「役に入り込む助け」になったという。
 キャリーのしなやかな身のこなしと顔芸は、CGと大変相性が良く、まさにテックス・エイヴリー調の名シーンが、次々と生み出された。高い所から飛び降りた“マスク”が、ペチャンコになったかと思えば、「クラブ」のシーンでは、ティナの歌い踊るのを目の辺りにした“マスク”が、興奮のあまり、心臓が飛び出し、目ん玉も飛び出て、更にはアゴが外れて地面に落ちてしまう。 “マスク”とティナの公園のデートシーンでは、ハート型の煙の輪に、マスクの鼻から出た煙の矢が当たる。実はこれ、現場でキャリーが思いついたアイディア。監督に話したら、「たぶんできるだろう」というわけで、採用になったのだという。
 そんなこんなで、ジム・キャリーなしでは、とても成立したとはと思えない、本作『マスクからは、もう1人。後の大スターが生まれたことを、忘れてはいけない。 ティナ役の、キャメロン・ディアスである。

 当初この役は、「マリリン・モンローの再来」と言われたアンナ・ニコル・スミスが有力候補だったが、ラッセルはピンと来なかった。そんな時、キャメロンのモデルとしての宣材写真を目にして、オーディションへと呼んだのである。
 ラッセルは、演技的にはズブの素人だったキャメロンのオーディションを何度も重ねた上、キャリーと即興演技をさせて、その相性の良さを確信。プロデューサーを説得して、本作が初演技となる、キャメロンの起用を実現した。撮影当時21歳だったキャメロンにとっては、まさに大抜擢だった。
 ラッセルに、「今まで一緒に働いた中でいちばんテクニックを持った俳優」と言わしめたのは、ジャック・ラッセル・テリアという犬種のマックス。彼はスタンリーの愛犬マイロ役で、ご主人様のピンチを救うべく、縦横無尽の大活躍を見せる。
 本作は、94年7月にアメリカで公開すると、大当たり。翌95年2月に公開した日本でもヒットを飛ばし、2,300万㌦の製作費に対し、世界中で3億5,000万ドルを売り上げる大成功を収めた。
 45万ドルだったキャリーのギャラは、次作からは700万ドルに跳ね上がった。
 当然続編を待望する声も上がったが、11年後の2005年に製作された『マスク2』には、ジム・キャリーもキャメロン・ディアスも出ておらず、評判も最悪。興行的にも大コケとなり、今では「なかったもの」扱いされている。
 ジム・キャリーは近年のインタビューで、「再びマスクをかぶるには何が必要か」と問われ、「誰が正しいアイデアを持っている人がいればいいですね。お金の問題ではないですよ…」などと、返答。『マスク』続編への出演を、前向きに考えるようになっていることが、伝えられている。
 キャメロン・ディアスも、「ジムが参加するなら。だって私は最初から、彼らに便乗してちゃっかり成功したんだもの」と、キャリーとの再共演を待望するような発言をしている。
 60代になったジム・キャリーと、50代のキャメロン・ディアスによる、30数年ぶりの『マスク』の続編。観たいような、観たくないような…。■

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