実はかなり安直だった原作の誕生秘話
「奴隷解放の父」とも呼ばれる第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンが、実は人間の血に飢えた凶悪な吸血鬼軍団と死闘を繰り広げるヴァンパイア・ハンターだった!という、歴史上の事実とフィクションを巧みに融合した奇想天外なホラー・アクション映画だ。原作はアメリカの作家セス・グレアム=スミスが’10年に発表したベストセラー小説「ヴァンパイアハンター・リンカーン」。そう、グレアム=スミスといえば、日本でも翻訳出版されて話題になったマッシュアップ小説「高慢と偏見とゾンビ」の作者である。
マッシュアップ小説とは、既存の有名な古典文学(主に著作権保護期間が切れたもの)などに、それとは全く異質なジャンルの要素(主にホラーやSF)を混合(マッシュアップ)させた小説形式のこと。その原点と言われるのが、ジェーン・オースティンの英国文学「高慢と偏見」にゾンビ要素を加えた「高慢と偏見とゾンビ」だった。’09年に出版された同作は、ニューヨーク・タイムズのベストセラー・ランキングで3位を獲得し、後に映画化もされるほどの大ヒットを記録。これを契機に、同じくジェーン・オースティンの「分別と多感」とモンスター・ホラーを融合した「Sense and Sensibility and Sea Monsters」や、レフ・トルストイのロシア文学「アンナ・カレーニナ」とサイバーパンクを融合した「Android Karenina」、ルイザ・メイ・オルコットの女性文学「若草物語」と人狼ホラーを融合した「Little Women and Werewolves」など、似たような趣旨のパロディ的なハイブリッド小説が相次いで登場する。そして、それらを総称する「マッシュアップ小説」という単語が新たに生まれ、ちょっとしたブームの様相を呈したというわけだ。
その「高慢と偏見とゾンビ」が出版された’09年のこと。サイン会を行うために全米各地の書店を巡っていたグレアム=スミスは、どこへ行っても同じキャンペーンが展開されていることに気付く。それがエイブラハム・リンカーン大統領の関連書籍と、ヴァンパイアを主人公にしたステファニー・メイヤーのヤング・アダルト小説「トワイライト」シリーズおよびその映画版の関連書籍。ちょうど当時はリンカーン大統領の生誕200周年に当たり、なおかつ映画版『トワイライト』シリーズが空前の大ブームを呼んでいたことから、アメリカ中の書店がリンカーン大統領と「トワイライト」シリーズの特設コーナーを設けていたのである。そこでふと、リンカーンとヴァンパイアをマッシュアップしたら面白いのでは?と考えたことから生まれた企画が「ヴァンパイアハンター・リンカーン」だったのである。

いやはや、なんとも安直な発想ではあるのだが、しかしまあ、アイディアの生まれるきっかけというのは往々にしてそういうもんなのだろう。いずれにせよ、既に広く知られた歴史上の人物の伝記物語にホラー・フィクションの要素を融合するというのは、まさしくマッシュアップ小説の方程式を応用した手法と言えよう。似たようなことを考えた作家は他にもいて、イギリスのヴィクトリア女王が実は魔物ハンターだった!というA・E・ムーラットの小説「Queen Victoria: Demon Hunter」が一足早く登場。ロシアの文豪ゴーゴリが特殊能力を使って魔界絡みの難事件を解決していくというロシア映画『魔界探偵ゴーゴリ』(‘17~’18)三部作もコンセプト的には近いものがあるだろう。
そんな「ヴァンパイアハンター・リンカーン」の映画化企画が浮上したのは、なんとまだ小説を執筆している最中のこと。作者グレアム=スミスが出版社に提出した企画書を手に入れたティム・バートン監督とティムール・ベクマンベトフ監督、そしてプロデューサーのジム・レムリーの3人からオファーがあったのだ。ちょうど当時、シェーン・アッカー監督の長編アニメ映画『9~9番目の奇妙な人形』(’09)を共同プロデュースしたばかりだったバートンとベクマンベトフ、レムリーの3人。また一緒に仕事をしたいと考えた3人は、たまたま目にした「ヴァンパイアハンター・リンカーン」の企画書を読んで気に入り、自分たちの手で映画化しようと考えたのだそうだ。
小説を脱稿した直後から映画化企画は始動。当時はまだ映画の脚本など書いたことのないグレアム=スミス自身が脚色を手掛けることとなり、プロデューサー・チームとの打ち合わせを何度も重ねたうえで、原作本が出版される前にはすでに脚本の第1稿が完成していたという。その過程で、当初はプロデュースに専念するつもりだったはずのベクマンベトフが演出も兼ねることに。そう、民主化後のロシアで作られた最初のブロックバスター映画であり、公開当時は日本でも大いに話題となったダーク・ファンタジー映画『ナイト・ウォッチ』(’04)の監督である。もともとカザフスタン出身でロシア映画界を拠点にしていたベクマンベトフは、それゆえアメリカの歴史に関する知識はあまりなかったそうだが、しかし史実を踏まえながらも大胆で自由な解釈を盛り込んだ映画の監督としては、「固定概念に縛られない」という意味でむしろ適任だったかもしれない。
ちなみに、グレアム=スミスは本作よりも一足先に劇場公開されたティム・バートン監督のヴァンパイア映画『ダーク・シャドウ』(’12)でも脚本を担当しているが、しかし企画がスタートしたのは本作『リンカーン/秘密の書』(’12)の方が先だったようだ。

南北戦争はヴァンパイアからアメリカを守るための戦いだった!?
物語の始まりは1818年のインディアナ州。貧しい小作人の息子である少年エイブラハム・リンカーンは、残忍な農園主ジャック・バーツ(マートン・チョーカシュ)から暴行を受けている親友の黒人少年ウィル・ジョンソンを救おうとするが、しかしそれが原因で父親トーマス(ジョゼフ・マウル)が農園の仕事を解雇されてしまったうえ、多額の借金を今すぐ返済せよと迫られる。そんなことを言われても、払える金などないと突っぱねるトーマス。その晩、リンカーン一家の狭い家に怪しい人影が侵入する。暗闇で目を輝かせる不気味な人影の主はバーツ。寝ている母親ナンシーに忍び寄るバーツの姿を目撃する幼いリンカーン少年だったが、恐ろしさのあまり何もできなかった。翌朝、母親ナンシーは原因不明の病気を発症し、ほどなくして息絶えてしまう。
それから9年後。父親トーマスも逝去して天涯孤独の身になった青年リンカーン(ベンジャミン・ウォーカー)は、母親の仇を撮るべく宿敵バーツを殺そうとするのだが、しかし拳銃で顔面に銃弾を撃ち込んでもバーツは死なない。それどころか、牙を剥き出しにして異様な怪力で襲い掛かってくる。なんと、バーツの正体はヴァンパイアだったのだ。まさに間一髪のところ、リンカーンを救ってくれたのは謎めいたヴァンパイア・ハンター、ヘンリー・スタージス(ドミニク・クーパー)。そのヘンリーによると、かつてヨーロッパから北米大陸へ渡って来たヴァンパイアたちは、はじめのうちこそ先住民や入植者を餌食にしていたが、やがてアフリカ大陸から黒人奴隷が連れてこられると彼らを都合の良い餌として売買するようになり、いつしかアメリカ南部に自分たちの帝国を築いて北部へも進出し始めたのだという。ヴァンパイア帝国を率いるのは、5000年以上も生きながらえるヴァンパイアの帝王アダム(ルーファス・シーウェル)。バースはその手下にしか過ぎない。そうと知ったリンカーンは、ヘンリーの指導の下でヴァンパイア・ハンターとなることを決意する。
過酷な修行を経て一人前のヴァンパイア・ハンターとなったリンカーン。拳銃の扱いが苦手な彼は斧を武器として選ぶ。イリノイ州のスプリングフィールドへ移り住んだリンカーンは、ジョシュア・スピード(ジミ・シンプソン)の経営する雑貨屋に住み込みで働きつつ、昼間は弁護士を目指して勉学に励み、夜はヴァンパイア・ハンターとして活動。さらに、幼馴染の黒人青年ウィル(アンソニー・マッキー)とも久しぶりに再会する。そんな折、リンカーンは客として店を訪れた上流家庭の令嬢メアリー・トッド(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)と相思相愛の中に。ヴァンパイア・ハンターとしての素性を隠しつつ、彼はメアリーとの愛を大切に育んでいく。ところが、宿敵バースがメアリーを狙っていると知った彼は、いよいよバースと対峙して仇を取ることに成功。その際に、ヘンリーもまたヴァンパイアであることを知ることになる。かつて愛する女性をアダムに惨殺され、自身もヴァンパイアにされてしまったヘンリー。実は、ヴァンパイアは同じヴァンパイアを殺すことが出来ない。そこで、ヘンリーはヴァンパイア狩りを続けるために人間をハンターとしてリクルートしていたのだ。

一方、リンカーンがヴァンパイア・ハンターであることに気付いたアダムは、親友ウィルを拉致して南部へ連れ去り、自分の陣地へリンカーンをおびき出そうとする。信頼するジョシュアに秘密をすべて打ち明け、ウィルを救い出すべくニューオーリンズへ向かうリンカーン。激しい死闘の末にウィルの奪還に成功したリンカーンだったが、しかし勢力を拡大するヴァンパイア軍団からアメリカを守るためには、彼らの食料供給源を断って弱体化させねばならないと思い至る。つまり奴隷制度の廃止だ。そのためにウィルやジョシュアの力を借りて政治の道を志し、やがて第16代アメリカ大統領に就任したリンカーン。いよいよ、ヴァンパイア帝国の打倒を賭けた南北戦争の火ぶたが切って落とされる…!
荒唐無稽な題材だからこそ作り手の姿勢は大真面目に!
リンカーンの人生における大きな出来事や関係者については史実を踏まえつつ、そこへヴァンパイア・ホラー的なフィクションの要素を加えていった原作者グレアム=スミス。例えば、リンカーンが9歳の時に母親ナンシーが若くして亡くなったのは事実だが、しかし死因は当時のアメリカで流行していたミルク病という病気であって、当たり前だがヴァンパイアに血を吸われたからではない。また、ウィル・ジョンソンもジョシュア・スピードも実際にリンカーンと関わりのあった実在の人物だが、しかしウィルはリンカーンの身の回りの世話をする従者であり幼馴染の親友だったという事実はないし、むしろ生涯の親友だったのはジョシュアの方なのだが、しかし彼もまた劇中のようにリンカーン大統領のブレーンを務めたという事実はない。もちろん、どちらもリンカーンと一緒にヴァンパイアと戦ったりもしていない(笑)。
ちなみに、ヴァンパイア軍団を率いる最強ヴァンパイア、アダムは、原作には登場しない映画版オリジナルのキャラクター。小説ではヴァンパイア全体が敵であって、特定のヴィランは存在しなかったのだが、しかし映画では物語をコンパクトにまとめる必要があったため、アダムという分かりやすいラスボスを登場させることにしたという。なので、映画終盤の大きな見せ場である機関車での戦いも、地下鉄道と呼ばれる実在した奴隷亡命組織も小説には出てこない。さらに言えば、幼馴染の黒人青年ウィルも原作には登場せず。反対に、原作では重要キャラのひとりだった作家エドガー・アラン・ポーや政治家ウィリアム・スワードの存在は、映画版だと脚色の過程で丸ごと削られてしまった。

そんな本作を演出する上で、ティムール・ベクマンベトフ監督が最も強くこだわったのは、正統派の歴史ドラマとして大真面目にストーリーを語ること。なにしろ、設定自体が極めて荒唐無稽である。だからこそ、あたかもこれが歴史的な事実であるかのような調子で正々堂々と取り組まなければ、ただ単にバカバカしいだけの与太話でしかなくなってしまうからだ。実際、この方向性は結果として大正解。一歩間違えれば安っぽいB級映画となってしまいかねない物語に説得力を与え、最終的にAクラスのブロックバスター映画として仕上げることに成功している。まあ、それに関してはブロックバスター級にデカい予算の金額も少なからず関わってくるだろう。そこでふと思い出すのは、本作と同じように南北戦争や奴隷制度にホラー要素を絡めたジョージ・ヒッケンルーパー監督の『キリング・ボックス』(’93)。あの映画も荒唐無稽な設定を大真面目な歴史ドラマとして描くことで、戦争や人種差別の愚かさを浮き彫りにせんとしており、その目論見自体は決して間違っていなかったのだが、いかんせん予算が少なすぎたせいでお粗末な仕上がりとなってしまった。やはり、映画にとって「潤沢な予算」というのは必要不可欠な要素ですな。
もちろん、ベクマンベトフ監督作品のトレードマークであるハードでクレイジーな格闘アクションと、流れるようにダイナミックな場面転換の面白さにも要注目。格闘アクションの振り付けは、ベクマンベトフ監督の盟友イーゴル・ツァイが率いるカザフスタンのスタントチームが担当し、ブラジルの有名な格闘技カポエイラの要素を取り入れたという。なぜカポエイラなのか?と疑問に思う向きもあるかもしれないが、実はもともとアフリカから南米へ連れてこられた黒人奴隷たちが編み出した格闘技とも言われているので、ストーリーの趣旨や歴史的背景を考えると理に適ったチョイスと言えるだろう。このような細かい点においても本作の制作陣は、とことん大真面目に題材と向き合い取り組んでいるのだ。■

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