1959年に、アメリカのマテル社から発売された、“バービー”人形。現在世界150カ国以上で販売され、これまでに、10億体以上が出荷されている。
 “バービー”は、マテル社の創始者のひとり、ルース・ハンドラーという女性が、自分の娘が遊んでいるのを見たことが、きっかけとなって生まれた。娘は、大人の女性を象った紙人形に、自分の将来の姿を想像して、着せ替えを行っていたのである。
 これをヒントにルースは、女の子たちが未来の自分を投影できるファッションドールのリリースを思いついた。人形の名は、娘のバーバラの愛称だった、“バービー”とした。
“バービー”は、“革命”だった!女児向け人形と言えば、乳幼児型の“ミルク飲み人形”であるという、それまでの常識を、打ち破ったのだ。

 


本作『バービー』(2023)のオープニングでは、この“革命”が起こる瞬間を、戯画化して描き出す。スタンリー・キューブリック監督の不朽の名作、『2001年宇宙の旅』(1968)にオマージュを捧げる形で。

実は、そうした本作に辿り着くまでには、ハリウッドのご多分に漏れず、短くない歳月を要している。映画化の話は、まずは2009年、ユニヴァーサル・ピクチャーズが発表。それから5年後=2014年に、ソニー・ピクチャーズへと権利が移る。
ソニーでも、プロジェクトは遅々として進まず。脚本家や監督が何度も変更される中、バービー役の候補に挙がったのは、コメディアンのエイミー・シューマーや女優のアン・ハサウェイだったと言われる。
2018年に、今度はワーナー・ブラザースに映画化権が渡る。そこで、プロデューサーとして参加が決まったのが、マーゴット・ロビー。バービー役に、『ワンダーウーマン』(17)などのガル・ガドットを据える案もあったというが、結局ロビー自身が主演することになった。

 そんなロビーが、脚本執筆のオファーを行ったのが、グレタ・ガーウィグ。ガーウィグはその時、監督作『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19)の編集作業中にして、長男を出産したばかりのタイミングだったという。
 ガーウィグはパートナーのノア・バームバックと共に、脚本に取り掛かることとなった。やがて監督も、彼女に決まる。

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 定番のステレオタイプ・バービーをはじめ、マーメイドバービーや大統領バービー、変てこバービーまで、様々なタイプや職種のバービーが暮らす、“バービーワールド”。あらゆるタイプのケンも居て、彼らはバービーに気に入られたい一心で、日々競っていた。
 物語の主人公は、ステレオタイプ・バービー(演;マーゴット・ロビー)。完璧で夢のような毎日を送っていたが、ある時急に“死”を意識し、肌にセルライトができたのに、気付く。
 人形である自分の持ち主の女の子に会うことが、問題解決の鍵になると、バービーは知る。人間の暮らす現実世界へと向ったバービーに、定番のケン(演;ライアン・ゴズリング)が、呼んでもないのに同行する。


バービーは、自分の持ち主の女の子サーシャを探し当てる。しかし彼女から、バービー人形がいかに時代遅れなおもちゃであるかを説かれ、ショックを受ける。
実はサーシャの母グロリアが、娘のバービー人形で遊ぶようになったことが、バービーに異変が起こった原因だった。バービーの発売元であるマテル社に勤める彼女は、加齢や娘との関係などに不安を抱え、それがバービーへと、伝染したのだった。
 一方ケンは、現実世界はバービーワールドとは真逆に、男性が権力を持つ社会であることを知り、影響を受ける。バービーに先んじて、バービーワールドに戻った彼は、そこも男性優位な社会に、変えてしまおうとする。
 現実世界でバービーは、マテル社へと招かれる。マテル社もまた、TOPをはじめ重役はすべて、男性が占めていた。
 バービーの逃亡を、グロリア母娘が助ける。果してバービーの運命は!?そしてバービーワールドは、一体どうなるのか!?
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母親がバービーを好きではなかったため、少女時代に、買ってもらうことはなかったという、ガーウィグ。近所の子たちから、お下がりのバービーをもらって遊ぶのが、楽しみだった。
 そんな彼女が、ノア・バームバックと脚本を書くに当たって、与えられたネタは、人形だけ。ガーウィグ曰く、料理番組に出演して、「このスニーカーを使っておいしい料理を作ってください」と言われるようなもので、「途方に暮れた」という。
 様々なタイプのバービーやケンたちを描くというアイディアが生まれたのは、マテル社との最初のミーティングだった。ガーウィグが、異なるキャラクターについて話し始めると、マテル社側から、「異なるキャラクターはいないよ。女性全員がバービーなんだ」と、言われた。そこでガーウィグは、「もし女性全員がバービーなら、バービーは女性全員ということですよね?」と確認を行い、「Yes」の返事を貰ったのだという。
 これは、マテル社がブランドとして、どういう変化を遂げたのかに、大きく関わってくる話。定番の“バービー”人形は、白人で金髪の女性であり、プロポーションが非現実的なことが、折りに触れては批判されてきた。そこでマテル社は、時代に応じる形で路線変更。あらゆる人種の、あらゆる体型の、多様性に満ちたバービーを、次々とリリースする方向へと進んだ。
 医師やサッカー選手、宇宙飛行士、消防士、そして大統領等々、職種的にもバリエーションに富み、近年では、車椅子のバービーやダウン症のバービーなども、登場している。

 


 

いわば、アメリカの歴史を反映しながら進化してきたとも言える、バービーの世界を“映画化”するということは、必然的に多様性やフェミニズムを描く作品になる。そうした意味で、『レディ・バード』(17)や『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』で、女性の成長や自立を描いてきたグレタ・ガーウィグは、まさに適任であった。
ガーウィグは、メインのケン役には、ライアン・ゴズリングがぴったりだという自信があった。そこで彼に、当て書きをした。
ゴズリングには、2人の娘がいて、バービー人形で遊んでいるのは、よく目にしていたという。娘たちに、「ケンの人形は持ってないのかい?」と問うと、「どこかにあるはず」と、適当に返事をされた。そしてその後、庭の腐ったレモンの下に、ケンが転がっているのが、見つかった。
そこでゴズリングは、決意した。「僕がケンの物語を伝えないといけない!」と。

 


ガーウィグは、本作を監督するに当たって、ピーター・ウィアー監督に電話を掛けた。ウィアーの監督作で、ジム・キャリーが主演した『トゥルーマン・ショー』(98)は、主人公の生活の場が、すべて映画のセットのようになっているという、非現実的な世界。それを本作の参考にしたいと、思ったからである。ウィアーは撮影技術について、アドバイスしてくれた。
2022年3月のクランク・インに向かって、バービーランドのセットはすべて、ロンドンのワーナー・ブラザース・スタジオ・リーブスデンに組まれた。
ガーウィグは、バービーが誕生した1959年に因んで、バービーランドで繰り広げられるダンスは、50年代=ハリウッド黄金時代のミュージカルを彷彿とさせるものにしたいと考えた。そこでデザインは、当時のスタイルを踏襲。手描き風の、敢えて人工的な背景を用意した。
 バービーランドは、あらゆるものがピンクという世界。そのセットを組むために、一時的に世界規模で、ピンクの塗料が品薄になるという事態を引き起こした。
バービーの住むドリームハウスに関しては、マテル社製の現物を研究。壁も窓もなく、外から丸見えとなっている。
 ガーウィグはセットに関して、大人っぽいデザインになりそうになると、「もっと子どもが考えそうな、夢の中みたいな感じにして」とダメ出し。軌道修正を図ったという。

 


 撮影現場は和やかに、楽しいムードに包まれていたというが、マーゴット・ロビーが、プロデューサー兼主演として、マテル社に対して、譲らなかったことがある。それは、マーゴット演じるバービーの呼称。マテル社は、「ステレオタイプ・バービー」という呼び方に難色を示し、「オリジナル・バービー」に変えるよう、申し入れてきた。
このリクエストを、マーゴットは拒否。「ステレオタイプ」という、否定的なニュアンスが込められている呼称にこそ、重要な意味があるとして、これを通したのである。
グレタ・ガーウィグも、あるシーンに関して、自分の主張を断固通した。それは、現実世界にやって来たバービーが、老女と出会うエピソード。
着せ替え人形のバービーは、基本的に歳を取ることはない。年齢を重ねた人間の女性と初めて出会って、「美しい」と心の底から感動する。
唐突に挟まれるこのシーンが、「他のどのシーンにも繋がらない」ので、尺調整のために切っても問題ないと考えた映画会社は、「カット」を、提案した。それに対してガーウィグは、カットしたら、「この映画が何についての作品なのかわからなくなってしまう」と、主張。監督として、「映画の核心」だったこのシーンを、守り抜いたのである。
因みに老女を演じたのは、2度のアカデミー賞に輝く、衣裳デザイナーのアン・ロス。当時90歳を超えた伝説的人物に、バービーが対峙して心を動かすシーンには、ハリウッドの歴史に対するリスペクトも籠められていた。
 バービーは、2023年7月に全米公開となり、この年最大のヒット作となった。全世界興行収入は、10億ドルを突破!女性監督の作品としては、史上初の快挙となった。
 マーゴット・ロビーとグレタ・ガーウィグ。2人の女性映画人は名実ともに、現在のハリウッドをリードする存在となった。■

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