ハリウッド・アクションを牽引する新たな名コンビ
ジョン・フォード監督&ジョン・ウェインの例を出すまでもなく、古今東西の映画界において何本もの作品で繰り返しタッグを組む、いわゆる名コンビと呼ばれる監督と主演俳優の顔合わせは枚挙に暇ない。それはアクション映画のジャンルでも同様のこと。古くはドン・シーゲル監督&クリント・イーストウッドにハル・ニーダム監督&バート・レイノルズ、もっと近いところだとガイ・リッチー監督&ジェイソン・ステイサムやアントワーン・フークア監督&デンゼル・ワシントンあたりか。B級アクション・マニアにはマイケル・ウィナー監督&チャールズ・ブロンソンとか、アーロン・ノリス監督&チャック・ノリスなんかも捨て難かろう。最近のハリウッドであればピーター・バーグ監督&マーク・ウォールバーグ、そして今回のテーマであるリック・ローマン・ウォー監督&ジェラルド・バトラーのコンビも外せまい。
スタントマンとして『リーサル・ウェポン2』(’89)から『デイズ・オブ・サンダー』(’90)、『ラスト・アクション・ヒーロー』(’93)から『60セカンズ』(’00)まで数多くのアクション映画に携わり、監督としてもヴァル・キルマー主演の『プリズン・サバイブ』(’08)やドウェイン・ジョンソン主演の『オーバードライヴ』(’13)などを手掛けたリック・ローマン・ウォー監督。一方のジェラルド・バトラーは『オペラ座の怪人』(’04)のファントム役でスターダムを駆け上がるも、以降は筋骨隆々の肉体美で古代スパルタ王レオニダスを演じた『300(スリーハンドレッド)』(’06)などのアクション映画を中心に活躍する。
そんな2人が初めて出会ったのは、『エンド・オブ・ホワイトハウス』(’13)と『エンド・オブ・キングダム』(’16)に続いて、ジェラルド・バトラーが無敵の米大統領シークレット・サービス、マイク・バニングを演じる大人気アクション映画『エンド・オブ~』シリーズの第3弾『エンド・オブ・ステイツ』(’19)だった。実は、シリーズのテコ入れとして新規路線を打ち出すべく起用されたというウォー監督。アクション映画の主人公は現実離れした無敵のヒーローである必要などない。いや、むしろ欠点や弱点があればこそ観客は主人公に我が身を重ねて共感し、決して完璧ではないヒーローが困難を乗り越えていく姿に勇気と希望をもらえる。常日頃からそう考えていた監督は主人公マイク・バニングを寄る年波や職業病で密かに苦しむ不完全で人間的なヒーローとして描き、アクション・シーンにもリアリズムを持ち込むよう努めたという。

この新たな方向性に共鳴したのが、他でもない主演俳優のジェラルド・バトラー。「一度に50人を殺しても無傷でいられるようなヒーローを演じるのにウンザリしていた」というバトラーは、たとえ悪役であろうと登場人物の人間性を大事にする、物語を安易な勧善懲悪に落とし込まない、アクションをただの見世物にしないというウォー監督の信条に強く感銘を受けたらしい。この『エンド・オブ・ステイツ』ですっかり意気投合した2人は、翌年の『グリーンランド-地球最後の2日間-』(’20)でも再びタッグを組むことに。ここでも「非日常的な状況下でリアルな人間像を描く」ことを目指したウォー監督は、巨大隕石の衝突という地球滅亡の危機から家族を救わんとする主人公を「異常な状況に直面したごく普通の父親」として描き、演じるバトラーもその期待に応えるよう努めたという。そんな名コンビが三度顔を合わせ、今度は緊迫する中東情勢をテーマにしたスパイ・アクション映画が『カンダハル 突破せよ』(’23)である。
身元の割れたスパイ、最悪の危険地帯から脱出なるか!?
主人公はMI6(英国秘密諜報部)の工作員トム・ハリス(ジェラルド・バトラー)。優秀な潜入工作のプロとして信頼されるエリートだが、しかし常に家庭よりも任務を優先させてきたため夫婦関係は破綻し、年頃の娘ともすっかり疎遠になってしまっている。おかげで妻とは離婚することに。せめて娘との関係だけでも修復したいと考えた彼は、CIAに要請されたイランの地下核施設を破壊するための極秘任務を無事に終えると、娘の卒業式に参列するためドバイ経由でロンドンへと向かう。ところが、ドバイ在住のCIA仲介役ローマン(トラヴィス・フィメル)から呼び出され、次なるミッションを依頼される。CIAはイランの核開発を阻止するため、ダイバードの秘密滑走路を奪う計画だった。そこで、まずはアフガニスタンのヘラートへ向かい、そこから再びイランへ潜入して任務を遂行しろというのだ。いや、娘の卒業式があるから…と断ろうとしたトムだったが、しかし断り切れずに引き受けてしまう。やはりこの仕事が好きなのだ。
かくしてアフガニスタン入りしたトム。2021年にアメリカと多国籍軍が完全撤退した同国だが。しかしその後もタリバンやパキスタン、インド、ロシア、中国、さらにはISIS(イスラム国)までもが入り乱れて勢力争いを繰り広げ、もはや冷戦時代のベルリンのような様相を呈していた。工作員にとってはまさに最悪の危険地帯。地元の各言語に精通して土地勘のある優秀なサポート役が必要だ。そこでローマンが白羽の矢を立てたのが、家族と共にアメリカへ移住したアフガニスタン系移民の中年男性モハマド・ダウド(ナヴィド・ネガーバン)である。偽造パスポートで身分を偽って入国したモハマド(通称モー)。バレたら逮捕・拷問は免れない。一般人の彼がなぜそんな危険を冒してまで祖国へ戻り、CIA工作員の通訳を引き受けたのか。実は、ヘラートで学校教師をしている妻の妹が消息を絶ってしまい、その行方を探そうと考えたのである。女性の教育に否定的なタリバンに拘束された可能性があった。

先に現地入りしていたモーと合流したトムは、イランへ潜入する準備を着々と進めていたところ、そこで予期せぬ事態が起きてしまう。国防総省の関係者からリークされた情報をもとに、中東におけるアメリカの秘密工作を取材していた女性記者ルナ・クジャイ(ニーナ・トゥーサント=ホワイト)がイラン革命防衛軍の特殊部隊、通称コッズ部隊によって逮捕され、そこからイラン地下核施設の破壊工作に関与したトムと同僚工作員オリヴァー(トム・リース・ハリーズ)の偽名と顔写真がマスコミに公開されてしまったのだ。イラン国内に留まっていたオリヴァーは殺され、ファルザド・アサディ(バハドール・ファラディ)率いるコッズ部隊はトムを捕らえるべく国境を越えてヘラートへと向かう。そればかりか、地元を支配するタリバンやその支援をするパキスタン軍統合情報部(ISI)工作員カヒル(アリ・ファザル)など各勢力が、トムを捕らえてイランへ高値で売り飛ばすために動き始めるのだった。
すぐに任務中止を指示してトムとモーの脱出を計画するローマン。30時間後にカンダハルのCIA基地から英国機が飛び立つ。それが残された唯一のチャンスだ。かくしてヘラートから640キロ離れたカンダハルへ向かうトムとモー。ローマンもアフガニスタン国陸軍特殊部隊の協力を得て、彼らの脱出を支援するべく現地へ向かう。果たして、トムとモーは無事に生きて家族のもとへ戻れるのか…?
中東情勢の今をリアルに投影したストーリー
脚本を書いたミッチェル・ラフォーチュンは元DIA(アメリカ国防情報局)エージェント。本作は長いことアフガニスタンで諜報活動に携わっていた彼の、実体験をベースにしたフィクションである。最初に脚本を読んでドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』(’15)を連想したというウォー監督。同作が麻薬戦争の最前線を内側からリアルに描いたように、本作も中東における「影の戦争」の最前線を内側からリアルに描いているのだ。ただし、脚本のオリジナル版が執筆されたのは’16年のこと。その後、アフガンからアメリカが完全撤退するなど中東情勢が大きく変化したため、ウォー監督の指導のもとで脚本も書き直されている。

ウォー監督が本作で強くこだわったのは、特定の勢力を悪魔化も英雄化もすることなく、我々と同じ長所も短所もある人間として描くこと。そして、中東情勢における過酷な現実をありのままに描きつつ、決して監督自身の意見を押し付けたりはしないこと。自らの役割は問題を提起して論議のきっかけを作ることであり、その答えは観客自身が導き出すべきだと考えたのである。なので、中東諸国の政情不安を招く原因を作ったアメリカおよび西欧諸国の罪にハッキリと言及しつつも、しかしそれを一方的に断罪したりはしない。我々は「どの陣営にも悪質な個人は存在するが、しかし全員がそうではない」という当たり前の事実を忘れ、集団全体を悪魔化してしまう傾向にあるというウォー監督。本作でも例えば、コッズ部隊のリーダーであるファルザドは一般人を拉致して拷問したり、主人公トムを抹殺するべく執拗に追いかけてきたりするが、しかしプライベートでは妻子を心から愛する良き家庭人であり、なおかつ決して仕事を楽しんでいるわけではない。あくまでも上からの指示に従っているだけ。むしろ、彼自身はできればこんなことしたくないと考えているように見受けられる。
それは主人公トムとて同じこと。彼も基本的には家族や友人を愛する善良な人物だが、しかしイランの地下核施設の破壊工作では、たまたまそこで働いていただけに過ぎない大勢の職員たちを死に至らしめている。確かに彼自身がボタンを押したわけではないが、殺戮に加担してしまったことは間違いないだろう。とはいえ、トムにとってみればそれもまたただの仕事。上から指示された任務を遂行したまでに過ぎない。彼らに共通するのは、幸か不幸かその分野で他者よりも優れた才能を持っていること、なおかつその仕事に生きがいを感じてしまっていること。そのうえ、暴力が暴力を呼ぶ弱肉強食の残酷な「影の戦争」の世界に慣れて感覚が麻痺してしまい、もはや抜け出したくても抜け出せなくなっている。それゆえトムは家族から見放されてしまった。この戦場=職場が自分の居場所、自分のアイデンティティとなってしまった仕事人間たちの戦いに、「影の戦争」に終わりが見えない理由の一端が垣間見えると言えよう。
そうした中で異彩を放つのが、パキスタン軍統合情報部(ISI)の若きエリート工作員カヒルの存在だ。現地で支配を広げるタリバンと祖国のパイプ役を務め、与えられた職務は完璧に遂行するカヒルだが、しかしプライベートでは高級ブランドのファッション・アイテムを好んで電子タバコをたしなみ、最先端のヒップホップを聴いて出会い系アプリを利用してレンジローバーを乗り回す今どきの若者であり、旧態依然とした中東から自由な西欧社会へ脱出する道を模索している。この人物像には、ウォー監督自身がサウジアラビアで体感した中東社会の「今」が投影されているという。

イランやアフガニスタンでの撮影が現実的に不可能であるため、ムハマンド・ビン・サルマン皇太子の主導によって’18年より多方面での自由化が進むサウジアラビアでロケされた本作。脚本家ラフォーチュンと共に一足早く現地入りして製作準備を進めていたウォー監督は、超保守派の旧世代と進歩派の新世代が衝突するさまを目の当たりにしたという。仕事と祈りと睡眠以外の変化を一切望まず伝統的な生活様式を頑なに守らんとする旧世代に対して、自由で近代的で文化的な西洋的価値観を望む新世代。その対立構造がカヒルを通して本作のストーリーにも反映され、観客が中東の在り方を考えるうえで重要な材料の一つとなっている。
すっかりファミリー向けアニメとブロックバスター映画に市場を占拠されてしまった昨今、かつて毎週末映画館で楽しむことの出来た「大人向けアクション映画」の復権を望むリック・ローマン・ウォー監督と、志を同じにするというジェラルド・バトラー。この『カンダハル 突破せよ』は、そんな2人がタッグを組んだ現時点で最良のお手本と言えよう。’26年の年明けには『グリーンランド-地球最後の2日間-』の続編『Greenland 2: Migration』(‘26・日本公開未定)が公開される予定で、今後は『エンド・オブ~』シリーズの第4弾『Night Has Fallen』(スケジュール未定)の企画も控えている。ウォー監督&バトラーの名コンビからますます目が離せなくなりそうだ。■
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