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インディ・ジョーンズ 123シリーズ一挙放送 満を持してザ・シネマについに登場! 誰もが愛する『インディ・ジョーンズ』シリーズから、あの頃、
皆が胸躍らせた123作を、シリーズ一挙放送としてお届け!!

インディー・ジョーンズHD吹き替えプロジェクト

吹き替えを大切にしてきたザ・シネマ。今回はHD映像に昔のビデオ版吹き替え音源をのせてお届けすることにした。だが、その作業は一筋縄ではいかなかった! 文/ザ・シネマ編成部

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 吹き替え尊重チャンネルのザ・シネマでは、今回の『インディ・ジョーンズ』123シリーズ一挙放送を、もちろん吹き替え版でも放送します。

 かつて作られたノーカットビデオ版でまず今回はお届けします。HD(ザ・シネマHDでご視聴の場合は)での放送です。さらに今夏には、懐かしのTV吹き替え版もお届けする予定です。どちらのバージョンとも、ハリソン・フォードのFIX声優としては磯部勉さんと並んでおなじみの、村井国夫さんがアテているバージョンです。ぜひご期待ください。

 さて、「かつて作られたノーカットビデオ版で」、「HDでの放送」と書きましたが、これが矛盾した表現だということにお気づきでしょうか。

 ノーカットなのはビデオ(昔のVHS)版なので当たり前ですが、その頃のVHSの画質がHDであるはずがありません。なので、ビデオ吹き替え版を、HDでお届けする、ということは、よくよく考えてみると、普通ではありえないことなのです。

 今回はその「普通ではありえない」形で放送します。実はそれを実現するために、普通にやるよりも少々手間をかけています。その手間を、ここではちょっと詳しく専門的に解説することで、皆様にTVの洋画チャンネルの仕組みの一端や、知られざる舞台裏をご紹介できればと考えています。

よく吹き替えファンの方から、

 「字幕版はHDノーカットで放送していたのに、吹き替え版をSDのカットされたバージョンで放送するのは何故?」

 という素朴な疑問をいただきますが、その答も、このページをご覧いただければお分かりいただけることでしょう。

 『インディ・ジョーンズ』を放送する契約を結ぶと、我々は映画の権利者からマスターテープを借り受けることになります。字幕版はHDテープでしたので、HDで放送できます。しかし、吹き替え版はノーカットのHDが無かった。有ったのはSD版でした。

 こうした場合、通常、ザ・シネマではそれをそのまま放送しています。つまりSDで放送しています。HDが無いのですから仕方ありません。

 ただ、「無いなら作ればいいだろう」というご指摘も、ごもっともです。

 誰でも簡単に思いつく、HDテープの絵に、SDテープに入っている吹き替え音声を乗せるという合体作業を行えば、HD吹き替え版テープを新たに生み出すことができます。この作業のことを「レイバック」と呼んでいます。しかしこのレイバック作業、実は、そう簡単ではないのです。そしてもちろんコストもかかる。ザ・シネマが発掘している吹き替えタイトル全てに、この作業を行うことはできません。無念です…。

 ただ、今回は何と言っても天下の『インディ・ジョーンズ』!大奮発し、コストの問題はクリアしました。次は「そう簡単でない」というハードルをどう乗り越えるかです。

 レイバック作業をする上で、絵のテープと音のテープの尺(本編時間)が少しでも食い違っていたら、単純にただ合体させることはもちろん不可能になります。

 同じ『インディ・ジョーンズ』という映画なのだから、尺が違うはずはない、と普通は思いますが、実は、よく食い違うのです。全く同じというケースの方が稀です。ここで手間が発生します。これがハードルです。

 全く同じ尺かどうか、『インディ・ジョーンズ』でも同じバージョンの『インディ・ジョーンズ』かどうか、まず最初にチェックしなければなりません。明らかに異なる(通常版とディレクターズ・カット版など)という場合だけでなく、仮に1分違いであっても、その場合も、たとえば120分バージョンと121分バージョンということで、バージョン違いと私どもは見なします。このチェック作業のことを「バージョン・チェック」と呼んでいます。そのまんまですね。

 そのやり方は実にアナログで、2台のモニターの前に人が張り付き、2つのテープを同時に再生させます。一方からは英語、一方からは日本語の音声を流し、ズレていないかどうかを目と耳で確認する、という、古き良き方法です。「あ、今ズレた!」、「もしかしてズレている?」と感じるたびに確認しますので、普通に映画を見るよりも2倍は時間のかかる作業です。

レイバック 比較的マシなケース

 ズレと一口に言っても、微妙にズレているケースと、数十分レベルで根本的にズレてしまっているケースとがあります。微妙にズレている場合というのは、絵のテープと音のテープの種類が違う、作られた時期が違う、経年劣化の度合いが違う、といった違いが、テープの再生速度の違いとなってあらわれ、微妙なズレを生じさせているケースです。

 冒頭をピッタリ一致させて一斉に再生しても、1時間後には誰の耳にも明らかにズレていると分かるほど、ズレはどんどん開いていきます。ただし、これは「そう簡単ではない」作業の中では比較的マシな部類に入るケースです。

 ズレてきたら都度都度、絵と音を一致させる作業をするだけで済みます。あるいは、ほとんど、もしくは全くズレていない、という奇跡が起こってくれる場合もごく稀にあり、その場合、絵に音を単純に乗せるだけで済んでしまいます。

普通の編集室

 このレベルの作業であれば、音声編集をするMAスタジオ(MAとは音声編集のこと)ではなく、普通の編集室で済ませることが可能です。

また、絵の元となるHD版というのは、当然、字幕が入っていない英語版です。したがって必要最低限の吹き替え用字幕は付けねばならなくなるかもしれません。吹き替えだからといって字幕が一切要らない訳ではありませんよね。たとえば劇中に新聞記事だったり看板だったりが映る場合、その部分だけは字幕フォローが必要です。そういうシーンが無いかどうか、編集室で最終チェックし、必要があれば字幕をその場で入れていきます。

 『レイダース』には、インディ教授が大学で講義している時に、最前列の女学生が瞼に"I LOVE YOU"と書いてウインクしてインディを誘う、というシーンがありますよね。元のHD版には字幕フォローが入っていませんので、あれに「愛してるわ」と字幕を付ける。そうした作業です。

レイバック 面倒なケース

 先に、ズレと言っても、微妙にズレているケースと数十分レベルでズレてしまっているケースがある、と書きましたが、後者は主にTV版吹き替えの場合です。ノーカットHD版の方には存在するシーンがTV吹き替え版からはごっそりとカットされていたりします。この場合、右と左のモニターで全然違う映像が流れる事態となるので、むしろバージョン・チェック時に一目瞭然で、まだ分かりやすくていいのですが、ちょっと面倒なケースだと言えます。

MAスタジオ

 このレベルになると編集室では済まなくなり、MAスタジオに入ります。まず、絵のテープのコピーを作ります。その絵と、音のテープの音を、デジタルデータに変換して、HDDに取り込みます。そして、オーディオ制作・編集システムを使い、コンピュータ上で音を絵に合わせていき、完成したらコピーした絵のテープに音だけ戻す、つまりテープの音声トラックだけを上書きしてしまうのです。すると、コピーしたテープは最終的には日本語吹き替え版の完パケになる、という寸法です。


レイバック 最悪のケース

 シーン丸ごとではなく、ほんのちょっと、セリフ一言、といった形でチョコチョコと細かくカットされている場合もあり(印象としてはノーカットにより近いということで、視聴者にとってはまだ親切なカットの仕方なのですが)、これをやられてしまうと、モニターを見ていてもどこをカットしたのか瞬間分からない、ということになります。チェック担当者泣かせなのです。こちらが最悪のケース。

 オーディオ編集システム上で、より細かく合体作業を行っていかなければなりません。

レイバック 超最悪なケース

 さらに、大昔のTV版の場合。たとえば「何年もTVで放送されることなく、どこかの倉庫で眠っている、究極のお宝吹き替え音源」などは、保管状態が良くないと、テープが半分ダメになりかけていて、伸びてしまっていたりします。すると、音は部分部分でおかしな低音になってしまい、もはや1カットごとに時間がズレてくるようになり…これぞまさしく超最悪のケースです。

 こうなっていたら大変で、たとえばテープが伸びてしまった部分のセリフは、若干スロー再生したように、ゆっくりとした喋り方になってしまっています。これはオーディオ編集システム上で逆に早回しをかけたように補正し、絵と一致させていかねばなりません。しかし早回しにすれば音のピッチが上がって甲高い声になってしまいますので、同時に低音にする補正もかける必要があります。

 そこまでして大昔の吹き替え版を放送するのか?DVDやブルーレイに日本語音声を収録するか?となると、かなりなハードルだと言わざるをえないのではないでしょうか。

 やはり、放送されないにはされないだけの理由があるのです…。

 実は、今回の当チャンネルの場合は、上の"比較的マシ"から"超最悪"のうち、"比較的マシ"で済みました。フタを開けるまで分からないので覚悟はしていたのですが、非常にラッキーだったと、ザ・シネマ一同、胸をなでおろしております。

 まず、良い意味で"自由"だったTV版と違い、オリジナルに忠実なノーカットのビデオ版であったことが、楽に済んだ大きな理由のひとつです。滅茶苦茶なカットなどはされていませんでしたので(もっともスピルバーグ作品はTV版であっても滅茶苦茶にカットされることはありませんが)。

D2

インチ

 さらに、ここからはちょっと専門的なことを書いていきますが、今回、音の元にしたSD吹き替え版のテープは、前世紀最後の年である2000年に作られた「D2」というデジタルビデオテープでした。それのコンディションが大変良好だったことも、理由に挙げられます。

 ネットで調べてみると、確かに『インディ・ジョーンズ』シリーズの吹き替え版VHSは2000年5月に再リリースされたようですので、この2000年のD2は、その時のVHSマスターだったのかもしれません。

 しかし、もちろんその再リリースより前、80年代か90年代かは特定できませんが、その頃にも『インディ』の吹き替え版VHSは存在していて、その当時のVHSマスターはD2よりももっと古い形式の、「インチ」と呼ばれるオープンリール型(カセット型ではなく映画のフィルム、当ザ・シネマのロゴのような形状)のテープだったのです。経年劣化が懸念される、古いテープです。

 これが、天下の『インディ・ジョーンズ』でなかったら、2000年にD2など作られておらず、私どもは、恐ろしい“80年代か90年代のインチ”からレイバックをするハメになっていたかもしれず、そうなっていたら、とても今回の作業は“比較的マシ”では済まなかったことでしょう。

 結果としては、今回、私どもザ・シネマは、

・オリジナル英語版(字幕が入っていない)『インディ・ジョーンズ』のD5テープ(HD)の絵と、
・旧ビデオ版のマスターテープだった2000年のD2テープ(SD)の音、
・それをレイバックし、1本のHDCAMテープ(HD)を作った

 ということになります。

 最後に。映画というものは、絵の方は大事にされています。オリジナル・ネガとかマスター・ポジとか、大もととなるフィルムがきちんと大切に保管されていて、それをもとに、ニュー・プリントやデジタル・リマスターといった形で、より大もとのクオリティに近い形で、絵の面でのリプロダクトが時おり図られます。大もとが一番、クオリティが高いので、いざとなればいつでも大もとに立ち返ればいいのです。

 しかし、吹き替えの音というのは、残念ながらそこまで大事にされてはいませんし、しかも、大もとの状態が良い訳でもない。大もととしては旧式のビデオテープが1本残されているだけ、その1本が人知れず倉庫に死蔵され、ホコリをかぶったまま朽ちていく…という「アーク」のような例もザラにあるのです。

 吹き替えの音は、リレーのようにして受け継がれる前時代からの遺産です。それを次の世代がその時の最新テープに移し、それをまた次の世代がさらに最新テープに移していく。朽ちる前に、新技術に移す。絵と違って、大もとに立ち返ることの出来ない音は、そのようにして遺していくしかありません。

 この、次代に音を伝えていく、というレイバックのリレーにおいて、2012年の今日、バトンを受け持つ栄誉を担えたことは、我々洋画専門チャンネル ザ・シネマとして、ひそかに誇りとしたいところであります。

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