飯森:今回の企画は、その名もズバリ「ザ・シネマSTAFFがもう一度どうしても観たかった激レア映画を買い付けてきました」という特集です。これ以上の説明はなんも要らない(笑)。映画好きの皆さんであれば、多感な年頃に見て影響を受けた作品が、いつの間にか見ることが出来なくなってしまったという経験って、多かれ少なかれありますよね?


ザ・シネマ編成部 飯森盛良

なかざわそれはもう、数え切れないくらいありますよ!

飯森:それはザ・シネマのスタッフも同じでして、それだったら僕を含めて社内のそうした声を集めた上で、買い付けてきて放送してしまおうと考えたわけです。でもね、こういう企画って実は滅多にできないことなんですよ。いわゆるハリウッド・メジャー(注1)と呼ばれる映画会社は、各社ともテレビ向けに旧作を配給していますよね。放送権販売です。我々はそこから買っているわけですが、まとめて20本とか30本を幾らで、という感じでパッケージ購入しているわけです。何社かから買って、その中から、今月はこれ、来月はこれといった具合で小出しに組み合わせながら番組編成する。CSの洋画チャンネルを見ていて、同じ映画がライバル・チャンネルの間をたらい回しみたいに何度も放送されていることに気付かれた視聴者も多いと思うのですが、なぜなら同じ配給元からこのようなシステムで旧作をまとめ買いしているからなんです。パッケージ購入の際に配給元がライバル・チャンネルに売ったものと同じ作品を入れてくる場合もあれば、その作品が視聴率を取れることを我々が予めリサーチしていて、こちらから要望する場合もある。いずれにせよ、基本は配給元の“テーブル”の上に並べられている映画なんですよ。そういう作品は既に字幕も付いていますから、新たにこっちで作業をする必要はほとんどない。いつでもすぐに放送できるんです。

なかざわ:要するに即戦力ですね。

飯森:その一方で、例えば「おたくは’60年代にこういう映画を製作していましたよね、最近見かけなくなりましたが、あれを放送したいんですけれど…」、というような問い合わせ、つまり、“テーブル”に載ってない作品を出してきてくれと配給元にリクエストした場合、まず放送用テープの有無の確認から始めることになります。元はフィルムでも当然ながら放送用ビデオテープになっていないとテレビではかけられない。つぎに日本向けに日本語字幕版や日本語吹き替え版があるのかどうか。大昔に劇場公開したっきりの作品もあれば、VHSでリリースしたっきりで何十年も販売実績がない作品もある。全ては一から調べないとならないんです。それどころか、ハリウッド・メジャーならいいんですけど、インディペンデント系(注2)の作品だと、今どこが権利を持っているのか、どこと交渉すればいいのか、そこから調べなければならない。もちろん歴史上の全映画の権利元リストなんて存在するわけがない。それがいかに大変なことなのか、今回は身を持って実感しましたね。実現までにとにかく時間がかかった!

なかざわ:そうした事情は映画ファンでもなかなか分かりませんからね。“テーブル”に載っていない作品の中にこそお宝が眠っていることが多いわけですけど、逆に、滅多に見ることが出来ないからこそ、お宝になってしまうとも言える。

飯森:そうなんです。“テーブル”の上に並んでいないと、わざわざ奥の方から出してきてもらわないといけない。

なかざわ:そうしたニッチなマーケットを掘り起こすために、アメリカではハリウッド・メジャーの映画各社がアーカイブ作品のオンデマンドDVDサービスを行っています。ワーナーやMGM、20世紀フォックス、ソニー・ピクチャーズなど、いずれも過去にDVD化されたことのある数々の作品とともに、VHSですら出したことのない貴重な作品も大量に放出しています。殆どがオリジナル・ネガ(注3)やインターポジ(注4)などからテレシネ(注5)しているので画質も良いですし。それらのラインアップの中から、ライセンスを借りてブルーレイ化しているインディペンデント系メーカー(注6)もあるくらいです。日本ではまず見られないだろうという作品が多いので、自分もよく利用していますよ。


雑食系映画ライター なかざわひでゆき

飯森:そりゃ、アメリカの場合は字幕や吹き替えを付ける必要がないですからね。ちなみにCSの日本映画系チャンネルさん各社がソフト化されたこともないような昔の貴重なお宝作品をよくテレビ初放送してたりするのも、そもそも日本語コンテンツだからだと思いますよ。具体的な金額までは申し上げませんが、字幕を付けるにはサラリーマンの月収くらい費用がかかります。字幕翻訳が残っていてその金額です。昔すぎて翻訳が残っておらず、新たに訳し直すところからだとその倍。5本、10本とそれにコストをかけられるか、それを12ヶ月やったらどうなるか、考えてみてください。さらに吹き替え新録ともなると年収くらいの費用がかかります。2011年に僕はウチのチャンネルでやった『ブレードランナー/ファイナル・カット』の新録吹き替え版(注7)をプロデュースしたことがあるんですが、あんなことは滅多にできることではない。あれ以来、ありがたいことに視聴者の皆さんにああいうことをもっとやれと期待されちゃってはいるんですけど、スンマセン、と(笑)。今の料金据え置きではそうしょっちゅうはやれない。昔、洋画番組をやられていて毎週吹き替え版を作って流していた民放さんとは、やっぱり資金力が違いますから。あれは映画の中に何発もCMをはさんで儲けていなければ無理です。でも、それやったら皆さん怒るでしょ?(笑) 

といったようなわけでして、日本で“テーブル”の上に並んでいないレアな外国映画を奥から出してきてもらって放送するのは、英語を母国語としているアメリカよりハードルが高いんです。ハードルというのは具体的にはコストがって意味です。“テーブル”の上のおなじみのタイトルならば、作品購入費以外のそうした追加コストが一切かからなくて済む。だから複数チャンネルの間を同じ映画がいつもグルグルグルグル回遊しているんですよ。まあ、それでも視聴率を取れてるんだから、別に悪いことではないとは思います。それって需要に対し我々がちゃんと供給できてるってことなので。 

とはいえ、いくらコストがかからず視聴率も取れるからといって、同じような映画を何度も繰り返し放送するばかりでは映画ファンに失望されるということも、我々はよく理解しています。そもそも、こういう商売をしている本人がみんな商売抜きに映画好きですから、「そんなの面白くない!」という思いは同じなんです。なので、まあ、公私混同のきらいもありますけれど、まずは自分たちがなんとしてでも見たかった作品を探し出してきて放送し、さらに今後はみなさんからの要望にも耳を傾けながら続けていければと思っているんです。

なかざわ:でもですね、今回放送される作品の中で、「愛すれど心さびしく」だけは日本盤DVDが出ていますよね。

飯森:恐らくそれって、某レンタルチェーンさんがやられている、オンデマンドでDVDを焼いて届けてくれるというサービスですよね。確かにこの作品は仰る通り、そういう形で日本国内で観る手段は他に無くはありません。なのでお詫びの意味も込めて、そのうちテレビ吹き替え版も発掘して放送する予定です。これは文句なしに超貴重でしょ?そして「愛すれど心さびしく」以外の作品はもはや見ることができません。その中には今回ウチでもどうしてもコンディション良好とは言い難いSD素材しか手に入らなかったという作品もあります。HD化には相当なコストがかかるんです。古いSDテープが一応あるのに、それを捨てて新たにテレシネし放送用HDビデオテープを作り直すわけですから、それを数回しか放送しない我々チャンネル側の予算で負担することは、まぁ、なかなかできませんわな。作品の持ち主である配給元さんの方でそこは負担してもらうしかないんですが、配給元さんだってご商売ですし、採算の現実的なご判断は当然ありますよね。


注1:ワーナー・ブラザーズや20世紀フォックス、ソニー・ピクチャーズ、ユニバーサルなど、ハリウッドの大手映画会社の総称。
注2:ハリウッド・メジャーではない中小様々な映画会社。
注3:撮影フィルムを編集して作られたネガフィルムのこと。全ての映画はこれを元にプリントを重ねていく。
注4:オリジナル・ネガからプリントされた中間素材用のポジフィルム。ここから、上映用フィルムを複製するためのインターネガが作成される。
注5:フィルムに記録された映像をビデオに録画すること。これによりフィルムで撮られた映画をテレビで放送したりDVD等で再生できる。
注6:前述のインディペンデント系映画会社とは異なり、ここではソフトメーカーのこと。代表的なメーカーとして、クライテリオンやキノ・ローバー、シャウト・ファクトリーなどが挙げられる。
注7:2007年のリドリー・スコット監督による再編集・デジタル修復バージョン。この吹き替えを、ハリソン・フォードのフィックス声優である磯部勉を初めて起用して制作。ルトガー・ハウアーに谷口節、ショーン・ヤングに岡寛恵。


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