飯森:〆は『ソルジャー・ボーイ』です。これって、アメリカでDVD出てるんですかね?

なかざわ:日本では最近ようやく出ましたよね。

飯森:というのも、これも画面サイズが4:3で、もし本国でちゃんとしたDVDが出ていればワイドなニューマスターを作り直しているはずで、ウチもそれを取り寄せて放送できたと思うんですが。

なかざわ:どうやらアメリカでは、少なくとも現時点でビデオ・オン・デマンドのDVDしか出てないみたいですね。注文するとDVD-Rに焼いて郵送してくれるというサービス。しかし、そちらもやはり画面サイズは4:3。先ごろ発売された日本盤DVDも同じ。でも、IMDbのデータベースを調べてみると、1.85:1のビスタサイズが本来の画面サイズだったらしいですね。

なかざわひでゆき…映画&海外ドラマ・ライター。雑誌「スカパー!TVガイド BS+CS」で15年近くに渡ってコラム「映画女優LOVE」を連載するほか、数多くの雑誌やウェブ情報サイトなどでコラムや批評、ニュース記事を執筆。主な著作は。「ホラー映画クロニクル」(扶桑社刊)、「アメリカンTVドラマ50年」(共同通信社刊)など。ハリウッドをはじめとする海外の撮影現場へも頻繁に足を運んでいる。

飯森:いまだにトリミング版しか出回っていないということか。残念ですね。しかし、その理由も分からなくはない。それについては後で述べるとして、いずれにせよ、これはアメリカでも長らく見れなかった幻の作品で、ようやく最近になって徐々に陽の目を見ることになったわけですから、激レアか激レアじゃないかで言えばやはり激レアと言っていいだろうと。これが、ズバリ、『ランボー』の元ネタなんですよね!

なかざわ:まさに!一目瞭然ですよね。

飯森:ここでちょっと『ランボー』をおさらいしておきましょう。アメリカの田舎町に流れ着いたベトナム帰還兵のランボーが、保安官から「おい、そこの長髪のアンチャン、お前みたいな薄汚い連中にはこの町に来て欲しくないんだよ、町外れまで送ってくからさ、出て行ってくれないかな、戻ってくんじゃねえぞ!」という、まるで先月ご紹介した『おたずね者キッド・ブルー』みたいな酷いレッテルを貼られて追っ払われる。で、そんなのに従う義務はないからランボーが再び町に戻っていくと、今度は保安官に不当逮捕されて拷問まがいの取り調べを受ける。ブチ切れたランボーは保安官どもを殴り倒して脱獄し、山中に逃げ込む。山狩りで追いかけてきた保安官たちやハンターや州兵と、元陸軍特殊部隊グリーンベレー出身でゲリラ戦のプロであるランボーによる、数百対1ぐらいの“戦争”が、2時間にわたって描かれる。…と、いきなりのネタバレで恐縮ですが、それが『ソルジャー・ボーイ』のラスト15分間クライマックスと完全に重なるんです。保安官による不当逮捕にキレて、アメリカの田舎町で戦争おっぱじめる構図が。

なかざわ:そのラスト15分までは、わりとノンビリしたロードムービーなんですよね。

飯森:ベトナムからアメリカに帰還して復員したばかりの軍人4人組が、あれは恩給なのか除隊一時金なのか、お金を引き出すんですよね。それを皆で出し合ってアメリカの象徴キャデラックを中古で買い、西部を目指してロードトリップするわけです。

なかざわ:まさしくアメリカの原風景みたいな景色が広がっていく。

飯森:西部を目指すのもアメリカを象徴してますが、これは、カリフォルニアで牧場の共同経営をしようと計画してるからなんです。でもこいつらが、タチ悪いんだ。中古車の買い叩き方なんか、あれではカツアゲですよね。お店の人が値段を決めれないという。「俺の言い値で売ってくれるよね?じゃないとどういう目に遭うか分かってる?」みたいな。道中で女も回してヤリ捨てるし。

なかざわ:要するに、彼らは戦場の荒くれ者なんですよ。もともとどのような若者だったのかは分からないけど、少なくともベトナムの戦場では荒くれ者でないと生き残れなかったはず。そのメンタリティから抜けきらないまま、アメリカ本国に戻ってきてしまった。

飯森:当時のアメリカ版ポスターの惹句には、「Danny, Shooter, Fatback and the Kid are carrying a deadly disease. War」とあります。4人の若者ダニーとシューター、ファットバック、キッドが、戦争という死の病を抱えている、つまりベトナムで感染してアメリカに菌を持ち帰ってきてしまったと。

なかざわ:それって、戦場で地獄を見てしまった人間の「心の病」みたいなものなんでしょうね。

飯森:当時は「ポスト・ベトナム症候群」と呼ばれるメンタルの病気があって、今で言うPTSDのようなものなんですけれど、単に心が折れて鬱になるばかりか、攻撃的な性格になることもあったみたいですね。ポスト・ベトナム症候群を描いた映画としてはこれが元祖かもしれません。その後『ローリング・サンダー』が出ましたけど、『ソルジャー・ボーイ』が1971年で、『ローリング・サンダー』はいつでしたっけ?

なかざわ:’77年です。だいぶ後になりますね。

飯森:あれは「ホームカミング作戦」という、国務省による捕虜返還交渉の成果でせっかく帰国できた男がしでかす話でしたが、その’77年の時点ではベトナム戦争はもう終わってます。’75年がサイゴン陥落ですから。アメリカが手を引いて「俺もう付き合いきれねえ、カネもあんま出せねえから、これからはお前らで勝手にやんな」とトンズラこくのが’73年。それをニクソンはカッコ良く「ベトナマイゼーション」なんて呼んで誤魔化してましたけど、最悪のハシゴ外し外交ですよ。さんざん引っ掻き回しといて酷い話なんですが、とにかく、『ローリング・サンダー』の’77年のベトナムは、北が南を飲み込んで赤化統一されてから数年がたっている。でも『ソルジャー・ボーイ』の頃はまだバリバリ戦争中だったんですよ。そこが凄い!この描き方アリなのかよ!?と。

なかざわ:そういう時代背景を踏まえたうえで見ると、いろいろな発見や驚きがあるかもしれませんね。

飯森:そう!ぜひ踏まえて見ていただきたい。これ、冷静に考えると酷い話なんです。ベトナム戦争に行った人間は、要するに、おかしくなって帰ってきましたと。さっきの惹句にもありましたけど、戦争菌に感染してきちゃいましたと。もうバイ菌扱いなんですよ。酷い!これって、戦後40年以上経った今になってみれば、ベトナムへ行かされた人に対して失礼だろ!とも思えてしまいますよね。先ほど申した、アメリカでもきちんとソフト化されていない理由ってのは、これじゃないのかな。帰還兵の在郷軍人団体がクレーム入れてきてもおかしくない。

「近えよ」

 でもあの頃、反戦運動をしていた人たちのうち一部は、確かにそういうレッテル貼りをしていたんですよね。例えば、当時はベトナム帰還兵のことを「ベイビー・キラー」とか「レイピスト」とか呼んで戦争犯罪人扱いする人たちもいたわけです。でも、兵隊がみんながみんな向こうで戦争犯罪をやってたわけじゃないでしょ?まして当時は徴兵制ですよ!

なかざわ:そうなんですよね。意外と忘れがちなんですけど。僕も昔、高校生の頃かな、『イエスタディ』というカナダ映画を五反田の名画座で見て、そのことを初めて知りました。『ある愛の詩』と『シェルブールの雨傘』を足して2で割ったような甘い恋愛メロドラマなんですけど、主人公の若者が徴兵で無理やりベトナム戦争へ行かされて、恋人と離れ離れになるんです。アメリカ人男子とカナダ人女子のカップルなんですけどね。

飯森:切ないですねえ…同じ北米にいて、英語も通じて、なのに男子の方は祖国が東南アジアで戦争してるってだけで、そっちで死ぬかもしれない。カナダ人男子だったらそんな心配は無用なわけですからね。この差は、このリスクはどういうことだと。誰のせいの何リスクなんだと。カナダ政府はベトナム戦争に反対でジョンソン政権と険悪になったぐらいですからね。ちなみに僕の世代になると、ベトナム徴兵映画と言ったら『1969』なんですよね。ロバート・ダウニー・Jr.とキーファー・サザーランドとウィノナ・ライダーの。徴兵逃れをして逃げる若者たちのロードムービーでしたが。まあ、とにかくですねえ、はっきり言って、当時のアメリカ男子はほとんど赤紙に近かったんですよ。いや、赤紙というか商店街の福引に近い。

なかざわ:はぁ?…どういうことです!?

飯森:全米各地に徴兵委員会という行政があって、そこで福引のガラガラみたいなやつを回すんです。コロンと出てきた玉には誕生日が書いてある。それを365回繰り返す。出ちゃった順番が早いほど兵役に持ってかれる可能性が高くなる。まさに、ベトナム行く行かないは運次第だったんです。そんなので運悪くベトナムへ行かされた人が、命からがら帰ってきたら「このベイビー・キラー野郎め!」と罵倒され、唾かけられたりウンチ投げられたりする。

なかざわ:理不尽も甚だしい!!

飯森:戦犯みたいな野郎に唾かけたりウンチ投げたりするならともかく、戦争へ行かされた人たちをみんな一括りにして非難するのはどうなのかと。

なかざわ:でも、今だってすぐ極論に走る人たちっているじゃないですか。右とか左とかいった政治的スタンスの違いに関係なく。そのどちらにも極端な人たちはいる。もう少し理性をもって、バランスを考えながら振る舞えないのかと。

飯森:この『ソルジャー・ボーイ』という作品は、そうした反戦側の極論的なスタンスにわりかし乗っちゃっているように思うんですよね。帰還兵は人殺しと暴力に慣れきっている危険な奴らだから気をつけろ!というレッテル。『ローリング・サンダー』も同じ問題点がある。それ繋がりで言えば『タクシードライバー』にも。

なかざわ:なるほど。ただ、彼らの暴力的な言動の源を遡っていくと、やはり戦争がそもそもの原因で、もともと彼らが悪かったわけじゃ決してない、と思えるような気もするんですが。

飯森:でも、そうは劇中では描いていませんよね?なんで彼らがこうなってしまったのか、この映画では一切触れられていない。まるで「帰還兵=ベイビー・キラー」みたいな描き方がされているし、実際そうとしか見えない。しかも、まだベトナム戦争の真っ最中で、帰還兵や廃兵がどんどんアメリカへ戻ってきているような時期にですよ!?

なかざわ:そう言われると確かにそうですね。そうか!もしかすると僕なんかは先に『ランボー』だとか『地獄の黙示録』みたいな、後のベトナム戦争映画を色々と見てしまっていて、予め情報が刷り込まれているから、勝手に深読みをしてしまったのかもしれませんね。

飯森:確かに我々は後続の作品群から客観的な視点を得ているので、それをもとに印象がおのずと補正されてしまうことはあるかもしれません。でも、例えば僕自身がベトナムから帰ってきて、戦死せずに祖国に生還できてよかったとホッと一息つきながら最初に地元の映画館でこの映画を見たら、わりと傷つくと思うんですよ(笑)。

 この、不当な偏見と差別の修正を図っていったのが、僕は’80年代とスタローンという漢だったと思うんです。キレる理由を’82年の『ランボー』で初めてちゃんと描いた。なんで俺がアメリカを敵に回して、一人だけの軍隊で同胞を相手に戦争しなきゃいけないんだ!という理由をスタローンは言語化したんです。俺たちが国のためにベトナムでどれだけ酷い目に遭わされてきたか!それなのに祖国に帰ってきて受けるのがこんな扱いなのか!アメリカ社会は俺たちを何だと思ってるんだ!と最後にトラウトマン大佐に泣きじゃくりながら物凄い長ゼリフで訴えるじゃないですか。あそこはゴッソリ原作に無い展開、映画のシナリオ用に書かれたセリフです。スタローンは共同脚本にも名を連ねてますが、誰の手で盛り込まれたものなのか…なんにしても「俺たちに代わってよく言ってくれた!」と、当時の帰還兵ならスタローンに泣いて拍手喝采したと思いますよ。

飯森盛良ザ・シネマ開局準備段階から異動もなくずっと居座り続けている唯一のスタッフでヌシ的存在。「シネマ解放区」および「厳選!吹き替えシネマ」の黒幕。また「プラチナ・シネマ」の解説番組と、「ふきカエ ゴールデン・エイジ」「町山智浩のVIDEO SHOP UFO」『(吹)プロメテウス[ザ・シネマ新録版]』『(吹)ブレードランナー[ザ・シネマ新録版]』プロデューサー。

なかざわ:確かにその通りですね。

飯森:あれでバッシングの潮目が変わった。’85年の『ランボーII』のラストでもまた言うんですよ。「俺たちの望みは、俺たちが国を愛したように、国も俺たちを愛して欲しいんだ」と、今度は手短に。短いながらこれも帰還兵たちの声なき声をスタローンが代弁したんだと思うんです。映画で世論の流れを変えた。どんだけ偉大な漢なんだと僕は声を大にして言いたい!

 あと’87年になると『ハンバーガー・ヒル』という映画も出ましたよね。「アパッチ・スノー作戦」という激戦を描いた作品ですけど、あの中でいったん兵役が終わって除隊したのに再志願してベトナムに戻ってくる兵士が一人いるんですよ。その彼がなぜ舞い戻って来たのか訊かれて、空港では誰も歓迎してくれないし「ご苦労様」と言うかわりにウンチを投げつけてきて、祖国はとんでもないことなっていたと。あんな所にはいたくないから、仲間がまだ戦っているベトナムに戻ってきたんだ、としみじみ言うんです。ランボーのセリフとこのセリフで、だいぶベトナム帰還兵の名誉回復がはかられて、ようやく我々はニュートラルにこの戦争のことを歴史として見ることが出来るようになった。『プラトーン』と『カジュアリティーズ』でも、レイピストもいたかもしれないけど正義感を失わない兵士も当然いたんだと描かれた。とにかく、政治の季節が終わった’80年代、まず『ランボー』がやりすぎカウンターカルチャーとしての帰還兵差別を終わらせたことは意義深いですな。もちろんベトナム人民の苦難はもっとずっと筆舌に尽くしがたいわけですが。

 そういえば、この『ソルジャー・ボーイ』の若者たちがグリーンベレーだって、劇中で言及していましたっけ?

なかざわ:いや、覚えていませんね。ごめんなさい。

飯森:実は彼らもグリーンベレーなんですよ。軍服を見れば分かる。一目瞭然ですけど、冒頭、帰国した時にグリーンベレーを被っていて、その左オデコの部分に黄色い盾型の布が付いているんですが、あれは「ベレーフラッシュ」といって土台となる布で、その土台の上から米陸軍は金属の階級章か紋章をさらに付ける決まりなんです。で、その黄色のベレーフラッシュが「第1特殊部隊グループ」というグリーンベレー部隊のものなんですよ(下写真左)。あと着ている「グリーン・サービス・ユニフォーム」という緑色の制服の左肩に「特殊部隊群章」と呼ばれる水色のワッペンが付いている(下写真右)。そこから、彼らは100%確実に元グリーンベレーだと断言できるんです。ランボーと同じだったんですよ。これは、グリーンベレーの男たち4人組が復員して、人殺しに慣れきってしまったせいで大殺戮を犯すという話だったんですね。先ほど、この映画は原因を描かずにベトナム帰還兵は全員ヤバいと描いてる点が問題だと述べましたが、強いて理由を探るなら「グリーンベレーってのは悪い奴らだ!」ってことなのかもしれません。

(Wikipediaからのパブリックドメイン画像)

なかざわ:なるほど!そうか(笑)。

飯森:グリーンベレーって一時期、人殺し集団のように言われていたことがありましたよね。その元凶になった人物っていると思うんですよ。

なかざわ:…ジョン・ウェインだって言いたいんでしょ?

飯森:そう(笑)!あの人の『グリーン・ベレー』ってのはまあ、とんでもない映画でしたから。まるで西部劇。

なかざわ:彼の映画は全部西部劇のフォーマットになっちゃいますよね。晩年の刑事アクション『ブラニガン』でロンドンに行っても、結局はロンドンで西部劇をやってますから。

飯森:こっちの作品ではベトナム戦争で西部劇やってる。グリーンベレーは助けに来た騎兵隊、ベトナム人がインディアン。南は良いインディアンで北は悪いインディアンだと。そういう旧態依然とした現状把握で物事を単純化しようとした。これが、プロパガンダ目的のタチの悪い戦意高揚国策映画なのかと思いきや、ジョン・ウェインが作りたくて好きで自分で作っていたという(笑)。

なかざわ:なにしろ、インディアンに対する虐殺の歴史にしたって、「土地を必要としている白人がいるというのに、それを独り占めしようとしたあいつらが悪いんだ!」なんて平気で言っちゃう人でしたからね。

飯森:…笑っちゃいかんのですが、もはや酷すぎて笑うしかない!『グリーン・ベレー』は’68年でしたけど、’68年に反戦運動とか学生運動やっていたような人たちは、ジョン・ウェインがその手の人だってことはとっくに分かりきっていたから驚かなかったかも。もう、あきらめてた。でも、そのとばっちりを受けたのがグリーンベレーですよ。変な人から変に褒められちゃって。こういうのを「贔屓の引き倒し」と言う(笑)。そのせいでグリーンベレーってのは何をするか分からない危険な連中だというイメージが付いちゃった。その頂点がカーツ大佐。

 そういえば、『ランボー』って、映画は’82年ですけど、原作が出版されたのは実は’72年なんですよ。

なかざわ:なるほど、『ソルジャー・ボーイ』とほぼ同時期ですか。

飯森:これって偶然なのか何なのか、ビックリしちゃいますよね。

なかざわ:でも、同じ時代の空気を吸った人たちが、たまたま同じような着想を得てそっくりな物を作るということは、ままあることだと思うんですよ。

飯森:同感です。実際、『ソルジャー・ボーイ』の劇場公開と、『ランボー』原作の出版時期って、ほとんどタイムラグありませんから。パクることすらできないぐらい時期が被っている。

 映画版『ランボー』では描かれていなかったと思うんですけど、ブライアン・デネヒーの演じた保安官って、原作では実は朝鮮戦争の退役軍人で英雄なんですよ。で、『ソルジャー・ボーイ』にも同じく朝鮮戦争の退役軍人が出てきましたよね?主人公たちのことを軟弱者呼ばわりする。「戦争が終わってもいないのに尻尾巻いて逃げ帰って来やがって、この腰抜けどもめ」と、わざと聞こえよがしに飲み屋で大声で言って喧嘩を売る。同じように従軍経験があっても、朝鮮戦争世代とベトナム戦争世代では何故かジェネレーションギャップがあるみたいなんですが、原作版『ランボー』の方にも全く同じ要素が存在するんですよ。

なかざわ:その感覚って、戦争を知らない我々にはよく分かりませんよね。もしかすると、「俺たちの若い頃は凄かった!それに比べて今時の若いもんは…」という、よくあるオヤジの戯言なのかもしれませんが。

飯森:そもそも朝鮮戦争とベトナム戦争って似てるじゃないですか。一つの国が北と南に分裂して、北を共産圏が支援して南をアメリカが支援すると。構造が似ているので比較がしやすいってこともあるのかも。で、原作版『ランボー』における保安官って、実はランボーとほぼ同格の主人公として描かれていて、なぜ彼があんな人になってしまったのかということも掘り下げられているんです。ずばり『グラン・トリノ』なんですよ。朝鮮戦争から帰った若いイーストウッドが、フォードの工場で働かずに田舎町で保安官になってドーナツ食ってるうちにブクブク太って中年のブライアン・デネヒーになっちゃった(笑)。確かに頑固者で問題のあるオヤジだけど、決して根っからの悪人ではない、正義感もあるという描かれ方をしていて、映画版とは全くの別物です。また、ランボーの方も、ベトナムでの捕虜体験と拷問のトラウマが暴力を爆発させてしまう彼個人の特殊な事情なのだとして、’72年という早い時点でちゃんと描写している。

 でも一方の同時期の『ソルジャー・ボーイ』の主人公たちは、地元住民や保安官が持つ銃の影を見ただけで、あるいはカチャっというコッキング音を聞いただけで、いきなりスイッチが入っちゃって、冷静沈着な殺人マシンと化し女子供まで殺しまくる。アメリカ版ソンミ村虐殺事件みたいなことをヤラかしちゃう。「しまった!カッとなってヤッちまった!」という後悔さえなく、皆殺しにした後で溜飲が下がったようなスッキリ顔までする始末。あのヤバさはほとんど『影なき狙撃者』です。

なかざわ:あちらは、最近話題になったスリーパー・セルみたいなもんですけどね。

飯森:朝鮮戦争で捕虜になって敵に洗脳され、暗示をかけられていて、帰国後ある条件でスイッチが入ると無感情な殺人マシーンに変身するんですよね。ソルジャーボーイズたちも、戦場で暴力に慣れきったというよりも、そっちに近い。要は、ちょっとマトモじゃないヤバい奴という、酷い扱われようですよ。まあ、『ローリングサンダー』の方は捕虜体験が原因だとは描いてるんですが、とにかく、どっかおかしくなっちゃってる危険人物、という酷いスタンスは変わりないですからね。そこがランボーと違う。あっ!今気づきましたけど、さっき名前をあげた『タクシードライバー』もそう考えると『影なき狙撃者』に通じるものがありますね。あっちでおかしな人になって帰って来た帰還兵が大統領候補の暗殺を企てる。なぜならマトモじゃないから、という映画ですもんね。

なかざわ:にしても、主演のジョー・ドン・ベイカーってそういうヤバい役が似合いますよね(笑)。

飯森:なかざわさんと初めて対談した際のお題も、ジョー・ドン・ベイカー主演『ウォーキング・トール』でしたね。我々にとっては縁の深い役者ですな。あれでもキレて手が付けられないヤバい人の役だった。町の治安悪化が気に入らないからと保安官になって、なぜかブッとい丸太ン棒でチンピラの脳天を次々とカチ割って回るという。

なかざわ:ヤバいアメリカ人を演じさせたら彼の右に出る者はいませんよ。顔がそうだもん。

飯森:ただ、ジョー・ドン・ベイカーにしてもジョン・ウェインにしても、あの時代のアクション俳優のカッコ良さと言ったらね!手に持った拳銃が小さく見えてしまうくらいデカいんですよね。アサルトライフルがサブマシンガンぐらいに見えちゃうし。あと、今のアクション俳優って鍛えすぎちゃってて、無駄な贅肉を落としているから逆に強そうに見えないんですよ。見せびらかすための自意識過剰な筋肉で。それに比べてジョー・ドン・ベイカーやジョン・ウェインは、人目なんて一切気にしてない。欲望のままに厚切りのステーキを何枚も貪り食って、毎晩のようにバーボンをガンガン飲まないと、あんな体型になりませんからね。見せびらかすという感覚すら理解しない獰猛なだけの野獣みたいな、あれはカッコ良い!

なかざわ:全身から醸し出すオーラがマッチョなんですよね。いくら一所懸命に筋肉を鍛えたって、あのオーラを出すことは絶対に出来ない。晩年の『ブラニガン』だって、よく考えるとお爺ちゃんが拳銃持ってノソノソ歩いてるだけなんですけど(笑)、ものすごくマッチョに見える。

飯森:ちょうど『ペンタゴン・ペーパーズ』も劇場公開されたばかりですが、ベトナム戦争というのはとてもタイムリーなテーマだと思うんですよね。当時は政治の季節でしたけど、今もまた、すっかりそうなってしまった。しばらくはあの時代について考えていきたい。『ソルジャー・ボーイ』もその材料となる一本で、今回ぜひとも見ていただきたいと思います。

 と、いうことで、前後編に分けた今回の対談もこれでおしまいですが、おそらくまた遠からぬうちにやるでしょうから、その時はまたよろしくお願いします!

なかざわ:こちらこそ、次回を楽しみにしています!■

 

写真撮影/中島繁樹

© 1971 Twentieth Century Fox Film Corporation. Renewed 1999 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

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