PROGRAM

放送作品情報

太陽がいっぱい

PLEIN SOLEIL 1960年 フランス イタリア / 118分 サスペンス ドラマ

背徳の完全犯罪の行方は?美青年アラン・ドロンを世界的スターに押し上げた不朽の名作サスペンス
放送日時
2019年09月02日(月) 06:00 - 08:30
2019年09月04日(水) 16:45 - 19:00
2019年09月26日(木) 深夜 01:15 - 03:30
2019年10月16日(水) 16:45 - 19:00
2019年10月19日(土) 10:45 - 13:00
解説

『禁じられた遊び』の名匠ルネ・クレマンがパトリシア・ハイスミスの小説を映画化。当時無名ながら主役に抜擢されたアラン・ドロンが、美貌の裏に陰を秘めた貧乏青年を熱演。ニーノ・ロータのテーマ曲も印象的。

ストーリー

米国の貧しい青年トムは、イタリアに渡って戻ってこない友人フィリップを連れ帰るよう彼の父親から頼まれる。高額の報酬で依頼を引き受けたトムは、フィリップが婚約者マルジュと遊びに明け暮れるナポリにやって来る。フィリップを説得するため行動を共にするが、自分を見下す態度への怒りや金持ちへの嫉妬が渦巻いていく。そしてある日洋上のボートで2人きりになったトムはフィリップを殺し、彼に成りすますための偽造を図る。

監督・脚本

ルネ・クレマン

出演

アラン・ドロン
マリー・ラフォレ
モーリス・ロネ
エルノ・クリサ
ほか

字幕/吹替
字幕
掲載制限
なし
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド画面
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日

    アラン・ドロンの最高傑作☆

    アラン・ドロンを一躍スターダムに押し上げた名作です。 本作でのアラン・ドロンは野心家のトムを演じて、とんでもない悪党ぶりを演出します。 アメリカ実業家の御曹司であるフィリップをイタリアからアメリカに連れ戻したら、トムに5千ドルの謝礼が入ってくる約束でフィリップとトムの関係が始まります。 貧しき若者のトムから見れば、フィリップのゴージャスな生活ぶりは羨むばかり。おまけに美しい恋人マルジュもいます。 トムの中で増幅するフィリップに対するジェラシー。これが前半の見せ場であります。 更にフィリップの横暴さも手伝って、トムの悪行に走る気持ちが抑えられないものになってきます。 私個人の判官贔屓なのでしょうが、貧しき若者のトムが完全犯罪を成立させることを祈ってました。 悪党ではありますがハンサムガイの知略に心奪われる秀作です。 フィリップのサインを練習したり、パスポートを偽造するシーンは本当に引き込まれます。 主題曲も抜群に良かったです。 映像、音楽、演出とバランスが素晴らしく良かった作品です。 ストーリーはありがちなのですが、これだけ面白くするところは名匠ルネ・クレマン監督の実力なのでしょう。 実は本作は10年前にリバイバル上映で観たことあるのですが、面白さが忘れられなくてメディアを買って再鑑賞しました。 その時と同じ感動を味わうことができました。色褪せない名画ですよ。

  • 鑑賞日 2019/6/7

    素敵、アラン・ドロン

    アラン・ドロン演じる貧しいトム・リプリーが、お金持ちのフィリップと一緒に行動するうちに嫉妬を覚え、リプリーの金も女も欲しくなってしまう、というのが雑なあらすじ。結局、クルージング中にリプリーはフィリップを殺してしまい、それがバレないように立ち回っていくつも嘘を重ねながら、優雅な生活を楽しんでいた。しかし、殺したあと海に捨ててきたと思っていたフィリップの死体とそれを覆っていた布がクルーザーのプロペラにからまっていて、クルーザーを売りに出すときに殺人がみんなにバレてしまって、バッドエンド。 イタリアとフランスが主な舞台となる本作なのだが、知らない地名と仮想の地名が出てくるせいで、今どこのシーンなのかがよくわからなかった。これは僕が原因。 ピカレスク・サスペンスという種類の映画らしい。犯罪がバレないように立ち回る姿が、ハラハラドキドキなので見ていてとても楽しめた。あと、アラン・ドロンかっこよすぎ。終始かっこいい。パンちぎって食ったり、パスポート偽造したり、サインの練習してるだけなのに、イケメンすぎる。それでも役柄としての育ちの悪さみたいなものは行動の節々から十分すぎるほどに醸し出されていて、役者本人の魅力を出しつつ役としてキャラクタを演じられるアラン・ドロンの名優っぷりが伺えた。ホント、ステキ。

  • 鑑賞日 2019/5/18

    アラン・ドロンの出世作にして傑作‼️

    アランドロンを一気にスターえとのしあげた傑作。 アランドロンがかっこよく。男の色気を出して役を演じているのが印象的だった。 フランスのミステリーサスペンス映画の傑作といえるだろう。

  • 鑑賞日 1982/2/7

    秀逸のクライムサスペンス

    この映画のテーマ曲を何かの折にふと耳にすると、A・ドロンのネットリと絡みつくナルシスティックな視線とともに、高揚感と虚しさが入り混じったショッキングなラストシーンを思い出す。 ミステリアスなA・ドロン、武骨なM・ロネ、キュートなM・ラフォレ。そんなメインキャストの三者三様の魅力とともに、名手N・ロータの哀愁を帯びた音楽が心に染みる禍々しくも切ない青春譚。それはまた、太陽が照りつける大海原を背景に、登場人物の愛と嫉妬、羨望と侮蔑、嘘と思惑が、名匠R・クレマンのドキュメンタリータッチの語り口を通して陰影深く交差する秀逸のクライムサスペンスでもあった。

  • 鑑賞日 2019/4/9

    太陽は、見る者の眼を惑わす

    野心に満ちた若者が、自らの野望を手に入れるため犯罪に手を染め、最後には自滅するというストーリーは数多あるが、本作を映画史に残る名作たらしめているのは、ひとえにアラン・ドロンの魅力による。単なる2枚目俳優を、ナイーヴで内向的でありながら、時に粗野で自信過剰の要素を見せる主人公の危なげで妖しげなムードを引き出したクレマン監督の手腕に拍手を送りたい(ドロンの魅力を引き出した、もう1人の立役者ヴィスコンティ監督の存在も忘れてはならない)。 主人公リプリーの心象をセリフではなく、表情や舞台効果(第一の殺人直後の嵐・第二殺人直後の子供たちの描写・市場でインサートされるエイの映像・そして何よりニーノ・ロータ作曲による哀愁の主題歌など)によって繊細かつドラマティックなサスペンスに仕上げている。リプリーという青年、自分の頭脳(おそらくは容姿の良さも)を自覚してはいるが、上流階級に対するコンプレックスのため、あからさまな自信を得られない。金持ちで、美しい恋人やヨットなどすべてを持ち、自信満々のグリンリーフに憧れと、同性愛的な愛情と、それとは相反する憎悪を抱き、ついには彼を殺し、彼に成り代わることによって金も恋人も、さらには自分への自信をも手に入れようとした。この利己的なナルシシズムが、主人公の最大の魅力であり、破綻を招く原因なのである。グリンリーフの洋服を着て、鏡に映る自分自身にウットリとするシーンは象徴的であるだけでなく、リプリー本人の陶酔が、見ている我々にも恍惚感をもたらし、彼が若く美しくあればあるほど、ラストの悲劇がより痛々しくなるのだ(これがドロンのような美形ではない俳優が演じたのであれば滑稽になってしまい、悲劇性が半減してしまっただろう)。そうして、ドロンの碧い瞳を思い浮かべて溜息をつきつつ、余韻に浸るのである。

  • 鑑賞日 2019/3/28

    4Kリストア版

    4Kリストア版にて鑑賞。とても大好きな作品だからか、海の青さや、地中海の建物の白さ、サンサンと照り注ぐ太陽と日陰の陰陽などが、更に綺麗に見えたような気がする。 それから、エンドロール後に画面は暗いまま、ニノロータが1分くらい流れるのだが、これが余韻を楽しむには良い追加でした。

  • 鑑賞日 2019/3/25

    金持ちと貧乏人

    金持ちの友人に奴隷のように扱われているトム(アラン・ドロン)が本性を現し友人を殺害して財産を横領しようとする物語。 実にうまく仕組んであって、友人の非人間的な描写やその婚約者への横恋慕と疑われないように婚約者を遺産相続人に仕立て、その女をたらし込むという手口。 最後の犯罪が明るみに出る場面は圧巻。

  • 鑑賞日 2019/3/9

    BS4Kでの鑑賞

    何度か見ているが、見るたびにあまりのすばらしさにうっとりする。 今回は、特にドロンのしぐさや表情に見とれた。有名なプロジェクターでの偽造サインの練習や、証明書偽造のための粘土での細工のシーン、ヨットの上でのナイフでソーセージやパンを切り取るしぐさ、ネクタイを結ぶしぐさ(瞬間的にカットされているが)など、すべてのシーンでのしぐさが決まっている。ドロンの天性のセンスというよりも、クレマンの美意識なんだろう。俳優と監督の幸せな巡りあわせだ。 もう一つ、殺人の後、ドロンが一人で市場をぶらぶらするシーンがあるが、このドロンの表情がいい。演技というよりも、一人の若者の素の部分が偶然撮れているような、自然な表情である。クライマックスである完全犯罪の崩壊前の束の間の表情を捉えたカメラに才能の凄みすらただよう。 何度もみて、何度も感心して、そして新しい発見をし、その魅力にとりつかれるといった、古典としての風格をまとった名作である。

  • 鑑賞日 2019/3/7

    秘めた恋の物語

    大好きな映画が4Kレストア版で映画館にかかるというのだから、観ないわけにはいかない。 スクリーンで観るのはいつ振りだろうと思っていたら、 しっかり昨年に観ていた。午前10時でかかってたみたいだ。 最近、LGBTだったり、人種差別だったり、格差だ、貧乏だ、 別に良いけど。 この映画のように、奥に秘めて表現出来ないものかと思う。 この映画。いつもラストシーンをみて、最高の気分で帰路に着く。 彼は捕まっても、その瞬間、完全に同化出来ていたのだから本望なのかなと思うのだ。

  • 鑑賞日 2010/4/9

    太陽は知っていた

    午前十時の映画祭 真っ青な大海原に浮かぶヨット。ギラギラと照りつける太陽のように映画そのものが何かに乱反射しているような感覚。ギラギラとした質感を生み出すものは欲望か、殺意か、それとも心の闇がもたらす得体の知れぬ焦燥か。アラン・ドロンの出世作だが、やはり巨匠ルネ・クレマンが生んだ青春クライムムービーの傑作というべきだろう。

  • 鑑賞日 2019/1/27

    アラン・ドロンの本質なのではと思ってしまうほどの演技

    「太陽がいっぱい」は決してホラー映画でもないし、ましてストーリーもオカルト的な内容でもない。にも関わらずトム・リプリー演じるアランドロンが映画「オーメン」のダミアンのように悪魔的な空気感を感じるのは何故なんだろう。多分に演じるトム役が喜怒哀楽の感情が自己中心的なところなのだとは思うが、アラン・ドロンの本質なのではと思ってしまうほどの演技だ。 友人の大金持のフィリップと共に行う破天荒な日常の繰り返しの中、フィリップの婚約者マルジュと3人でクルーザーで気晴らしの航海に出る。そこでトムはある事をきっかけに様々な策略を描いていくが、行き当たりばったり感満載にも関わらず、どこか知的なところが魅力的に演出されている。 ニーノ・ロータ作曲の素晴らしい音楽がこの映画の空気感を単なるサスペンスではなく情緒あるものに変えていた気がする。

  • 鑑賞日 2018/12/5

    テーマ曲とラストシーン

    何度目になるだろう。波のようなニーノ・ロータのテーマ曲とラストシーンの衝撃と美しさは、忘れられない。いまの時代では絶対に成立しない杜撰な犯罪計画だが、それでもアラン・ドロンの行動はハラハラさせられる。このリプリーを演じられるのは、いまだにアラン・ドロンをおいて他にはいないだろう。

  • 鑑賞日 2018/9/25

    ルネ・クレマン、アラン・ドロン、ニノ・ロ―タ

    貧しい青年が金持ちの青年を殺害し、彼に成りすまして大金を得るという犯罪物語。 パトリシア・ハイスミスの原作をルネ・クレマンが映画化。 主人公のトム・リプリーを演じたアラン・ドロンの出世作。 そして、ニノ・ロ―タの音楽。 この三者の代表作。 今となっては凡百の同様ななり替わり殺人事件が小説や映画として作られているが、本作はこのような犯罪物語の初物であった。それだけでも、評価が高いのだが、そこに前述の三者の才能が加わり、稀有な映画となった。 冒頭、二人の若者がイタリアを遊びまくる様子が描かれる。その放蕩ぶりは、金持ちのドラ息子だろうと思われるのだが、そのうちに、二人の立場の違いが浮かび上がる。 フィリップは正真正銘のぼんくらな金持ち息子で、トムはその取り巻きのような貧しい若者。しかも、彼はフィリップの父親から息子を米国に連れ戻す仕事を5000ドルで請け負っている。 トムはフィリップの友人ではない。父のお使いであり、その人生さえフィリップに握られているようなものだ。 そんなトムが、フィリップに侮蔑されるシーンが積み重なり、アラン・ドロンの端正な表情に何とも言えない暗い影が宿る。この美貌の底に生まれる鬱屈とした心情。これが本作の成功のほとんどを占める。 この過程で、フィリップの恋人のマルジュ(演じるマリー・ラフォレが美しい)との関係をトムに見せつけるかのような描写があり、トムとすれば侮蔑感はこの上のないものだ。 そして、トムがフィリップを殺害して、彼の財産を手にしようとする犯罪物語が紡がれる。 その後も、フィリップの知人が出没して、トムのなりすましが見破られるか、というサスペンスを作り込んで、ハラハラドキドキの展開となる。 ラストは映画史に残る名シーン。特に、トムが歩き去って残る海の美しさ。この余韻がルネ・クレマン。

  • 鑑賞日 2018/10/17

    カッコいい!

    登場人物の名前から、先日見た『リプリー』の古い版だということに気がつきました。アラン・ドロンの映画は初めて。母がよく話していた俳優さん、こんなに素敵な青年だったんですね。ザック・エフロンの『ハイスクール・ミュージカル』時代を彷彿とさせ(ん?時代順からすると、ザック・エフロンがアラン・ドロンを彷彿とさせる、かもしれないけれど)、格好良い!思わず、見入ってしまった。ずっと昔の人と思っていたけれど、まだご健在とは…。『リプリー』と比べると、描き方がやや違います。『リプリー』では、ジュード・ロウがお金持ちの御曹司グリーンリーフ役で、マット・デイモンが演じていたトムはもう少し、妖しい雰囲気を持つ苦学生。狡猾で、ちょっとオタッキーで、殺人を犯してもおかしくない感じ。でも、この作品では、アラン・ドロンが殺人犯なのに、魅惑的で、困ってしまいました。貧しく、狡猾な点は同じだけれど。トムがイタリアへ来た経緯や、事件解明の糸口、息子のためにアメリカからやって来る父親との会話など、細かく見ると違います。 1960年の作品だから映像は古いけれど、当時のイタリアの街並みを楽しむことができました。目の不自由な人に2万リラもお金を支払って杖を買うシーン、道路を横断するのに信号がなくて、車の数もまばらで、時代を感じさせます。リラの紙幣が巨大なことにも驚きました。列車の出発時刻が板のようなものに書かれていて、手動で次の列車の時刻に切り替えるところも、興味深かった。今でいう電光掲示板?イタリアの街でお祭りがあった時に、日本のお神輿のようなものにキリストが立っているようなものも、初めて見ました。露店に並ぶ魚の中に、エイのような生き物、カスベ?があったことも面白かったし、アランドロンが歯ブラシみたいなもので爪を磨くような仕草をするところも不思議でした。『リプリー』より、この作品の方が面白かったです。

  • 鑑賞日 2018/10/6

    子供のとき以来見た

    今の方が良い感じがする 演出にスキが少なくよくできている

  • 鑑賞日 2018/9/27

    久しぶりに観た。

     このテーマ曲は映画音楽の中でもとてもポピュラーな曲なので劇中何度も流れてくるものと思っていたが、意外に音楽の使い方が抑制的な作品だった。メインタイトルで流れて以降劇中では断片的にしか流ず、ラスト近くなってトム(アラン・ドロン)の計画が成功したと思った時に完全な形で流れてくる仕組み。とても効果的だと思った。

  • 鑑賞日 2018/9/26

    犯罪映画の黄金時代

    ◎ 4回目の鑑賞になる。何度観ても面白い。しかし、何度観ても地理的な関係がわからない。ローマやナポリや港町の関係がもっと分かりやすく把握できたらいいのだが。 ◎ トムがフィリップに殺意を抱く経緯が興奮させる。これは永遠のテーマだ。それに対し、トムのいろんな隠ぺい工作はあまりにもずさんだ。DNA判定も街の監視カメラもなかった時代は、犯罪映画には黄金時代だったのだ。

  • 鑑賞日 2018/9/25

    まさかの初見

    何年も生きていながら本日ようやく初見。 現代の感覚で観ると、完全犯罪と言うにはかなりユルく感じるのだが、そのユルさが犯罪を容易く看破されそうな危機感をもたらし、刑事の追及の手が伸びるシーンでは主人公の心理とシンクロして結構ドキドキ感が味わえた。 ニーノ・ロータのテーマ曲が素晴らしい。 あと市場で魚介類の顔のアップが正面から捉えられるシーンでは、重要な意味があるんだろうなぁと思いつつも爆笑してしまった。

  • 鑑賞日 2018/9/25

    久しぶりに見たが、やはり見事な映画。放蕩三昧の金持ちの男になりすます主人公。男の財産は勿論、男のガールフレンドに遺産が渡るように仕向けてガールフレンド本人を手に入れることで主人公の策略は完成する・・・が冒頭ではアラン・ドロンが演じる主人公に対して港の老人は「哀れな男だ。」と言い。金持ちの男の友人は主人公を煙たがる。本人も自分の育ちの悪さをほのめかす。見ている側は二人の無頼な行動にあきれながら事の成り行きを追う。主人公は男に嫉妬を感じながらも機嫌取りに余念がないように見える。男のガールフレンドも主人公には冷たく接している。二人の中に亀裂を起こし、男と二人きりとなった主人公が遂に男を殺す。遺体を海に流し男になりすました後は、観客は殺人がばれるのではないかと気をもんでしまう。いつしか刑事に追われる犯人の側で見ている。あのテレビ・シリーズ「刑事コロンボ」はこの映画の影響を受けたのではないか?と、思った。 恋人役のマリー・ラフォレのはかなげな美しさが絶品。意外な結末もいい。こうなると今晩あたり「雨の訪問者」を見たくなる。

  • 鑑賞日 2018/9/25

    ほぼ半世紀ぶりに見返す

    中学生の頃何度かTVで見ていて衝撃のラストは覚えていたが、2度も殺人を繰り返すとはまったく覚えていなかった。 NHKの放送、これってリマスター版?なんかフィルムの傷や汚れが気になった。 まずニーノ・ロータの音楽の素晴らしさ!だがあの有名なテーマはほとんど出てこない。オープニングのタイトルバックは随分とものものしくサスペンスタッチ、ちょっと優雅なテーマになり、さらにロータお得意のサーカスのジンタ調に変わる。あのテーマが出てくるのは海が映ってからでそれもほんの数十秒。 冒頭は大金持ちの御曹司フィリップ・グリーンリーフ(モーリス・ロネ)とトム・リプリー(アラン・ドロン)の愚劣な放蕩が描かれる。フィリップは実に唾棄すべき金持ち。それを上目遣いで見続けるトムは更に屈折したさもしい小判鮫。フィリップの友人で一瞬、ロミー・シュナイダーが顔を出す。 盲人の杖を買い取るくだりなど見ているのが嫌になるぐらい不快だ。だがモーリス・ロネは美しく、アラン・ドロンはさらに美しい。アラン・ドロンは美しすぎてひねこびた人間のイヤラシサが出し切れてないのでは? フィリップがナイフを使って魚を食べるトムを見る目に現れる軽侮。ドロンとロネ、目の演技が2人とも上手い。この二人はお互いに見下しあっている。フィリップの恋人マージュ(マリー・ラフォレ)を中心に2人の男が付かず離れず回っている。2人が実際にどこから知り合い付き合いだしたのか、明確には描かれないし説明されない。淀川さんが言われるような同性愛を読み取るのはこの映画だけでは無理があるのではないか?トムの方にフィリップになりたい願望はある。白い靴におしゃれなジャケットとネクタイを締めてマージュを抱きたいという。 だがヨットの上で突然ナイフでフィリップを刺し殺してからは、どうにも行き当たりばったりな行動で理解しがたい。グリーンリーフに成りすましての行動が無茶である。 フィリップ殺害後、マージュへの手紙をタイプでうち始めるところであのテーマ曲の前半がちょっと流れる。この手紙をフレディに見られたことで第2の殺人に至るし、その後の死体隠蔽行動も無計画過ぎる。まあ原作がそうなんでしょうね。 ナポリの市場での壊れたツィンバロンっぽい音楽と悲しそうなエイ(鱏)の表情、切り落とされた魚の頭。祭りの後の寂しさ。 マージュの愛が得られそうになってから、ラストまでは実に見事な展開で映画のクライマックスだ。音楽もここでたっぷり使われる。 引き揚げられるヨット、スクリューに絡まっているロープを見る不審げなマージュ、ロープに引っ張られている図多袋状のものから出ている人の手!マージュの叫び声。 この後のあの音楽の使い方が素晴らしい。始めがピアノソロでメロディが奏でられ、マンドリンや金管が入ってくる。 海辺で寝そべるトム、レストランのおばさん、トムを見つめる刑事のアップ、おばさんに呼ばれて不審な面持ちで立ち上がるトム、『電話ですよ!』と言われて笑顔になるトム。 トムがいなくなって、画面には海辺に並ぶパラソルと海に浮かぶヨット、遠くの島だけ。高調していく音楽〜FINE 素晴らしい!

  • 鑑賞日 2018/8/4

    嘘の上塗り。

  • 鑑賞日 2018/7/22

    映画音楽の楽しさを教えてくれた

    この映画は自分が中学生の頃だった。当時はまだ映画を見てはいなかったが、ラジオで流れるテーマ音楽に魅せられた。今に至るまで映画音楽が好きなのはこの映画がきっかけだった。

  • 鑑賞日 2018/7/20

    これぞ美男子

    昔の人がアランドロンを美男子の代名詞のように言うのがよくわかる。あまりにも有名なラストと、あまりにも有名なテーマ曲、猛暑の中、映画館だけイタリアの夏でした。

  • 鑑賞日 2018/7/18

    憧憬。 ラストの能天気なバカンスの風景がすごいすき。

  • 鑑賞日 2018/7/16

    普通の映画だった

    フランス映画らしい、ホッポリ投げられたラストシーンではなく、きちんとした結まで描かれていて「普通の映画」と言うのが観終えて最初の感想。 ドロンが綺麗な若者。が、悪事を働いている時の鋭い目と気を許している時の涼やかな目との切り替えが見事。 相手役の女性も綺麗。 すべてが上手く行ったと気を許している主人公。ヨットのスクリューに絡み付き浮き上がってきた死体。捕縛の手が迫る。 エンドタイトルの後に、画面が暗い状態で聞き慣れたテーマ曲が流れる。公開時にはこの部分はどんな使われ方をしたのだろう。。

  • 鑑賞日 2018/7/15

    最後の最後までドキドキ

    彼の工作が事細かに描かれるのも興味深かったですが、いつばれるんだろう、とドキドキしながらほとんど最後まで行ってしまったのはスリリングでした。また、ちゃんと卑屈さを感じさせたのは彼の演技の上手さというやつなのでしょうか…?タイトルと同じセリフを彼が使った時、初めて、はしゃいでるなぁ、と感じました。そして、ラスト、彼がまだばれたことを知らずに微笑む姿を見て、切ないなぁ…と思いました。

  • 鑑賞日 2018/7/14

    狂おしき上目遣い

    A・ドロンの魅力全開。特に貧困層の鬱屈した思い、屈折した愛情を上目遣いでスクリーンに叩きつけている。殺害後の荒れた洋上、市場に転がる魚の頭、何気に身につけている洋服や靴etc…。名作とは何度観直しても名作なのだと改めて思った。

  • 鑑賞日

    いつまでも心に残る名曲

    アランドロンの魅力満載のサスペンス映画の傑作である。そして、あの哀愁を帯びたニーノ・ロータのメロディーがいつまでも心に残。 ただ、不幸なことに、時系列とは逆に、アランドロンの最高傑作である「冒険者たち」と「サムライ」のあとに見てしまった映画である。この2つの映画でアランドロンが「死」によって男の美学を完成させてしまったので、殺人の罪で逃げる孤独な青年の映画では、色あせて見えてしまった。

  • 鑑賞日 2018/7/7

    タイトル最高に可愛い

    脂っぽい顔とフィルムの相性ってむちゃくちゃいいですね……。サスペンス的なプロットなのにとにかく映画のもつロマンスの力が画面に満ちあふれていて至福。 序盤から友人同士の掛け合いがユーモラスでありながらも地味にキツい。二人の関係について明かされていくと、その違和感が「おまえら友達ちゃうんかったんかーい」という形で結実する。いや友達は友達なのかもしれないが。 あと海上でナイフ刺すシーンで、刺された男の叫び声に重ねて一瞬白いボートのカットイン、「ナイスボート!」って叫びたくなった 海行くシーンで二人繋ぐ手にズームして、カメラから逃れるように被写体が抜けるカット あのへん含めたラストのシークエンスは気持ちいい。水着姿の二人大好き。 あとこのタイトル最高に可愛くないですか?

  • 鑑賞日 2018/5/1

    野生

    アラン・ドロンが動物のようだ。今の若い人にこんな魅力的な人がいたことを知ってほしい。ラストが切ない。

  • 鑑賞日 2018/5/8

    何回観ても素晴らしいラストシーン。

    午前十時の映画祭で4Kリストアの「太陽がいっぱい」がかかった。 何回か観ているが、スクリーンで鑑賞するのは初めて。それまで、P・ハイスミスの 原作小説やマット・ディモンの「リプリー」も観たが、あまりの違いに愕然とした。 まずはアメリカ人であるグリーンリーフがイタリアで遊んでいる息子フィリップを 戻すためにトムを高給で雇った話だ。脚色はクレマンとジェゴフで、舞台を イタリアに限り、太陽と海が知る若者の犯罪物語とした。この上なく純度を高めた。 ドロンの出世作となった作品だが、大胆な脚色が若きスターを押し出す力と なった。物語をトム、フィリップ、マルジェの濃密な関係に凝縮した。 お金持ちお坊ちゃまのフィリップが貧しい家庭出身のトムを下僕のごとく扱い、 トムも唯々諾々と従う。この歪な関係が入念に描かれ、トムのフィリップ殺しの 予兆を絶妙にかもし出す。フィリップでさえトムに疑惑を持つ。狭いヨットの中 でのサスペンスとエロス。マルジェを港に降ろすと、一転、死の航海となる。 トムの憎悪がナイフの一閃に込められ、海は咆哮する オールイタリアロケ、手持ちカメラの名手アンリ・ドカエのカメラを通し、ドロン、 ラフォレの美貌を写し取る。哀愁に満ちたメインテーマがあまりに有名だが、 ニーノ・ロータは全編に的確に魅力的な音楽を提供した。素晴らしい。 フィリップの遺産をマルジェに残し、トムは女も金も手中にする最後のシークエンス は完全犯罪の総仕上げとなる。テーマ曲がかかり、最高にいい気分のトムが、 いっぱいの太陽を浴びてくつろぐ。しかし曲は唐突に終わり、ヨットを引き上げる ウィンチの機械音がかぶさる。ヨットが引き上げられフィリップの死体が上がり、 テーマ曲が再開し、マルジェの絶叫。そこに海の家の女性が刑事にうながされて トムを呼び出す。一瞬、不安が拡がるが、電話ですよ、と言われて安心する。 このラストシーンの心理の精妙さが不滅の輝きを与えた。

  • 鑑賞日 2018/4/29

    4Kデジタル版

    名作は何度見ても新しい発見がある。 貧しい青年が、殺害した友人になりすまして財産を手に入れようとする。 もう何度見たことだろう。初めて見たのは中学生のとき、テレビの洋画劇場だった。きれいな女優さん(マリー・ラフォレという名前はすぐ覚えた)に見とれ、ラストのどんでん返しにうわっとなった。(ちなみに、この作品を超えるどんでん返しには未だ出会っていない。)それ以来何度も見ている。ラストは知っているけど見てしまう。単純にマリー・ラフォレを見たいだけかもしれないが見てしまう。 今回見て、見事な映画的表現にうなった。天下の名作をつかまえて、何を今更… という感じだが、たとえば、地中海の深く青い海と抜けるような青い空は、アラン・ドロンの吸い込まれれそうな青い瞳に通じ、キメで大きく出るアップで本当に必要なところだけに焦点を合わせる。レストランでヒソヒソ話をする2人の間に映るのは、後部のテーブルで聞き耳を立てる警察関係者の耳、あるいは終盤近く、家から出てきたドロンとラフォレがつなぐ手にものすごい勢いでズームアップする。(中学生のとき、これの深い意味は分かってなかったな、多分。)新たな発見にうなりっぱなしだった。 今回見たのは午前十時の映画祭9で上映されている4Kデジタル修復版。劇場で見るのは、何年か前にやはり午前十時の映画祭でフィルム版を見て以来だ。その当時の午前十時の映画祭は、ニュープリントかあるいはそれに準じるぐらいの保存状態の良いプリントを上映するというのが売りの1つになっていたが、この作品に関しては気になるところが1か所あった。 それは、冒頭のローマの街角の場面で、画面の一部、左側4分の1ぐらいが黒く影のようになっていて物陰から隠し撮りでもしたのかなという感じになっていた。夜のシーンでもあるのでその辺りが暗かったという解釈ができなくなくもないのだが、微妙に不自然で、これはプリント作成時に何かが乗っかってしまったのではないかと考えるほうが自然に思えた。その後、BS放送か何かで見たときも同じだったので、てっきり原版もその部分は黒い影が入っているのだろうと思っていた。 ところが、今回見たら、黒い部分はなく、見事にローマの街路と登場人物が全画面に映っていた。やはりプリント時に何かが入ってしまったんだろうなと思うと同時に、修復版を作った人たちの熱い思いを感じた。

  • 鑑賞日 2018/5/7

    午前10時の映画祭で観て来ました。 この作品を観たのはほぼ20年ぶり。 他の方も言われていましたが、アラン・ドロンは同じ男から見てもイケメンすぎる。 そして、殺人を犯してまで全てを手に入れたものの……。 あのラストシーンは哀れ。

  • 鑑賞日 2018/5/5

    今まで一番映画館で観てる作品

    一番好きな映画は何?と聞かれることがたまにあるが、そんな難問に応えられない。 でも、過去に一番映画館で観てる作品は何?という質問なら迷わず「太陽がいっぱい」と回答できる。 学生時代の時点で、クラシック作品として位置づけられていたこの作品を初めて観た時の衝撃は凄くて、以後20代の頃は近くで上映すると聞けば、必ず足を運んでた。今でも、上映すると分かれば2、3回に一度は観に行っていると思う。 ビーチでベンチに座って至福の時間を味わっているアランドロンがようやく見せる敵意のない顔は本当に素敵だ。

  • 鑑賞日 2018/5/3

    アランドロンの出世作にして、ルネクレマンの傑作の一つ。 男が見ても痺れる、男前のアランドロン。 アップになる度に、見惚れてしまうほどだ。 何十年ぶりに改めて見たが、やはりラストの一連は素晴らしい。 「禁じられた遊び」でも、思ったが余韻を残すとはこういう事だよなと感じさせてくれる。 映画は、やはりラストカットが重要なのだ。

  • 鑑賞日 2018/4/28

    何度見てもいい映画

    この映画、10回以上観ている。そして、観るたびに発見がある。 クライムストーリーとして超一流。恋愛映画としても素晴らしいと最初に思ったのだが(もう35年以上前に観た。) そして、30年以上前に、淀川長治やおすぎが、この映画は同性愛映画として超一流と書いていたの読む。そして改めて観てみた時に、成る程と、もう色っぽさがとんでもないことに気がつく。もうそういう目でしか観られなくなった。 トムは金が欲しかった訳でもなく、彼女を横取りしたくもなく、フィリップに恨みを持った訳でもない。ただ、彼はフィリップになりたかったのだ。 にしてもラストが本当に素晴らしい。こんなカッコいい終わり方は無いなと思う。

  • 鑑賞日 2018/2/25

    ドロンによるピカレスク・ロマンの名作

    燦燦と太陽の光が降りそそぐなか、嫉妬と欲望が巻き起こす完全犯罪。P.ハイスミスの原作を、ルネ・クレマンが脚色・演出、アンリ・ドカエによる映像を、ニーノ・ロータの哀愁を帯びたメロディーが彩る。そして若き美貌のアラン・ドロンが、ピカレスク・ロマンとしての魅力を一際輝かせている。

  • 鑑賞日 2017/11/26

    アラン・ドロン主演、ルネ・クレマン監督。1960年製作のピカレスク・ロマン。 イタリアで豪遊するフィリップとトム。一見親友にも見える2人だが、金持ちの御曹司であるフィリップにとってトムは使い走り。トムは、それをわかりつつも金ずるとしてのフィリップを重宝がっていた。ところが、フィリップが恋人のマルジュとの時間を大切にするようになると、次第に2人の関係に変化が起きる。やがて、3人が乗船するヨットの中でトムは、フィリップの持つすべてのものを奪うため、完全犯罪を計画・実行する。 有名すぎるストーリー。でも、原作ではトム・リプリーの完全犯罪は成功し、彼の物語はシリーズの中で続いていくのだそうだ。映画をそのような終わり方にしなかったのは正解。「太陽がいっぱいだ」と自己陶酔に浸るトムを刑事たちが待ち受けるラストシーンには、刹那的な人生の儚さがよく現れていると思う。それにしても、アラン・ドロン。悔しいけれど、別物である。

  • 鑑賞日 2017/9/18

    60年代ヨーロッパ映画の代表作だが、今ではDVDは中古品のみでテレビでも殆どオンエアされない忘れられつつある作品になったのが寂しい。 成りすましものの傑作サスペンスだけど、犯罪としてはかなり緩い感じ。 偽の遺書を素手で指紋をベタベタ付けながら作成したり、ラストで船のスクリューにロープが絡まっているのに気がつかないはずはない等色々あるが、ドロンのキャラとニーノ・ロータの美しい音楽が補っている。

  • 鑑賞日 2017/6/14

    二枚目で頭もキレるが、どうにも出自の賤しさは隠せないといった感じを醸し出すアラン・ドロンの演技がなんとも良いですね。 なんと言ってもラストの「リプレーさん。お電話です。」は、印象に残る名シーンでですな。

  • 鑑賞日 2017/5/1

    アランドロンを観たくて鑑賞〜 アランドロンがひたすらにかっこいい映画かと思ってたけど全然違った!アランドロンはトムクルーズみたいなスター✨っていう感じのかっこよさではなくて、なんとなく暗いような…謎めいたかっこよさがあって、それが役にぴったりだった!とりあえず美男子!それは間違いない、はだけたシャツに素足のままはく靴ね。 イタリアのまぶしい太陽と真っ青な海がめちゃめちゃに綺麗、それに対してどんどん手を染め嘘を重ねる主人公。この相反する感じが…うまい、 あと鏡が効果的に使われてるっていうのはあの本にもあったんだけど、確かに!鏡に反射して壁に映る太陽の光とか、印象的なシーンには鏡が結構使われてたかも…! ラストシーンは小説では完全犯罪のまま終わるみたいだけど、私は映画のラストは名シーンだと思う。ここで「太陽がいっぱい」なのね!っていう!原題はPlein soleil、太陽の下で〜とかそういう意味らしい。よい邦題!太陽がいっぱい。

  • 鑑賞日 2017/3/11

    海は深く仄暗く

    テーマ曲もラストシーンも何十年も前から馴染みはあったが、これまで全編通して観たことがなかった。それが最近パトリシア・ハイ・スミスの原作の結末は異なり、しかも同一主人公の連作まであると聞いて本を手にとり、映画も観てみることにした。 映画は確かに事件が起こる場所や、主人公が恋人を手に入れてしまうストーリーも異なっているが、寧ろ原作の表現よりも潔い。恵まれない育ちの主人公が裕福な友人に対して抱く憧れや嫉妬、そして野望に焦点を絞り、まるで全てが海の上で起こった物語のように線描してみせる。 背景を彩る海の青に、マリー・ラフォーレ演じるヒロインの緑がかった眼差しと、それを見つめる主人公のアランドロンの瞳の青が重なる。澄んではいるが、海底のように仄暗い。 海のうねりや登場人物の表情の変化が事件の顛末以上に多くのものを語りかけてくる。いつまでも古びることほない、まさに名画である。

  • 鑑賞日 2016/12/31

    太陽がいっぱいとはそういうことか。

  • 鑑賞日

    格差

    私にとってこの映画はニーノ・ロータです。ニーノ・ロータが渋谷公会堂で指揮をとったのをライブで鑑賞したこともありますが、私にヨーロッパ映画を接近させてくれたのがニーノ・ロータです。連れて行ってくれた叔母に感謝します。 この映画は、おそらくテレビで見ました。作られたのが1960年、いつ頃テレビ放映されたか覚えていませんが、アラン・ドロンがとにかく人気絶頂の頃ですので、1970年代のあたりでしょうね。 テレビの予告編でトムがフィリップのサインを真似るシーン。スライドにして真似る。そしてパスポートを偽造して、ホテルでいよいよサインするシーンとか、もうドキドキしました。 マット・デイモンの『リプリー』もよかったけど、アラン・ドロンのリプリーはもっと貧しくて、よりハンサムだったと思います。 この映画のもう一つのドラマはフィリップの彼女だったマルジュをトムが横取りするところです。マット・デイモンバージョンでは、どちらかと言うとマルジュとの関係に軸足があったと思う。アラン・ドロンバージョンにおいては、マルジュとの関係は成り行きで成立していて、トムとフィリップのホモセクシュアルな関係に軸足がある、と、淀川長治先生も言ってますね。 確かに、アラン・ドロンの肉体美、汗とか息遣いなどが、思えばセクシャルで、マット・デイモンにはそれが表現できていなかったかもしれません。 金持ちのフィリップ 貧しいトム この格差が埋まらない、という現実がトムを殺意に火をつける。格差は埋まらない。これがテーマですね。トマ・ピケティの言う通りです。 淀川長治先生も言ってましたが、最後のシーン。ヨットに死体が絡まっている。あれを亡霊のようだと示していましたが、確かに灼熱の太陽と死体。そして運命の逆転。これこそがこのテーマなのでさないかと思いますね。

  • 鑑賞日 2016/8/17

    見事なオチのある映画。 アランドロンは男前だなー。

  • 鑑賞日 2016/2/6

    アラン・ドロンが美しい

    アラン・ドロンは男の色気があり美しい。犯罪者の暗さと緊迫感が素晴らしい。 ヒロインも可愛くてわがままさが良い。 殺人、なりすまし、換金、遺書、逃亡など素晴らしく頭の切れる犯人の行動力に脱帽した。

  • 鑑賞日 2016/4/29

    かっこいい。やっぱり。

    最初の名前を出すところ、しゃれている。 ステッチのように、罫線が入り、出演者の名前が表示される.

  • 鑑賞日 2016/4/17

    みんな眼に魅力があった

    本当に久しぶりに観た。まず、ロミーシュナイダーを見つけて、凄く得した気分。次が地中海の魅力。そして、その地中海と太陽に負けない、三人の眼。演技なのだろうか、カメラの腕なのだろうか。 最近の映画、キャロルと同じ原作者であること、何より、いまは亡き、淀川さんがこれはホモセクシュアルの映画だというのだけれど、うーん、わからなかった。

  • 鑑賞日

    サスペンスの好編というに留まらない、

    文芸作としても、素晴らしい出来栄えです。 はずみで犯した殺人と隠蔽工作が危なっかしく展開する物語ですが、犯人に感情移入してしまって、ラストでは切なくさせられます。物語の造り込みと人物描写が卓越しております。 加えて、主役のアラン・ドロンが役にはまって畢生の名演です。ちょっと卑しさを感じさせる美貌が冴えわたります。彼でなければ、これほどの名編にはならなかったでしょう。

  • 鑑賞日 2016/4/15

    ラストの衝撃

    子ども心にラストが衝撃的だったのが忘れられず、ほかを思い出せないので久々の再見。ドロンの憂いを含んだ圧倒的な美しさと色気凄かったのですね。 フィリップとフレディがトムを見下している様子がもう痛くて痛くて、事件が起こるまで辛かった…。鬼気迫るサイン練習シーンが忘れられません。 太陽がいっぱいと思ってしまうにはちょっと油断していたのが残念でした。 冒頭、フレディが連れ歩いている女の子がロミー・シュナイダーでビックリ。あれヒロインだっけ?と焦った。

  • 鑑賞日 2016/2/20

    文学的映画作品

    美しい地中海の海と空、そして宝石のような輝きを放つ美しい青年アラン・ドロン。『太陽がいっぱい』は美しい映像で溢れる映画だ。この映画のおもしろさは、この美しさの中で人間の歪んだ醜い心理を描いているところだ。悪徳の美青年トムを演じたアラン・ドロンがいい。綺麗な顔立ちだが、どこかひねた眼差しがトムの屈折した心理をよく表している。 本作はサスペンス映画と言うよりは、文芸映画として観た方が適当だろう。サスペンス映画として観ると、トムが犯した完全犯罪には粗があり、杜撰に思える。そう上手くいかないだろうと、疑問が湧く。しかしトムの完璧な殺人計画を見ていくのではなく、完全犯罪を全うするために必死になるトムの姿を追っていくとすんなりと物語に入っていける。 金持ちの親友フィリップを妬んで、彼を刺し殺すトム。そして完全犯罪を成功させて、フィリップが持っていたものすべてを手に入れて、安心したところに、フィリップの死体が発見される。そこに死んでもなお残るフィリップのトムに対する強い憎悪を感じる。また結局は最後までフィリップには敵わなかったトムの哀れさを感じる。 そんなトムの姿を追っていると、トムを見ている目が我々観客だけではないように思えてくる。何か大いなるものの眼差しを感じる。そのように感じる所以はニーノ・ロータによるテーマ曲にあるだろう。まだ楽しい頃のシーンからニーノ・ロータの哀しいメロディーが流れる。主人公トムの未来を既に知っているかのような哀しい旋律。間違った方法で幸せを必死になって掴もうとするトムを憐れみの目で見守っているような音楽。衝撃のラストシーンではこの哀しいテーマ曲が音量を増して情感豊かに流れる。この音楽が何か大いなるものの眼差しを感じさせるのだ。 美しい地中海の海と空、そして宝石のような輝きを放つ美しい青年アラン・ドロン。溢れる美しさの中に醜を描いた本作はやはり文学的映画作品と言った方が適当だろう。

  • 鑑賞日 2015/12/6

    ルネ・クレマンの映画センス

    すべての才能を結集させ、またアラン・ドロンというたぐいまれな美男子の悪の香りを発散させ、映画的センスに満ち溢れた、もうほんとにため息のでるようなシーンとショットに見とれてしまう。イタリアの海、ローマの街並みを写し取るカメラも絶妙。 ルネクレマンの才能に茫然と立ち尽くす。 第二の殺人を犯したトムがその死体を運び、階段を降りて行くシーンで、階段の手すりからずるずる滑る死体の腕を階下から見上げるように撮ったシーンのなんという斬新な構図、そのセンス。 ところで、パトリシア・ハイスミスの原作では、ラストが違い、トムは完全犯罪を成功させて逃げ延びるという結末だった。原作のラストを変更して、衝撃的などんでん返し、それも映画史上屈指の鮮やかな終幕は「お見事」としか言いようがない。

  • 鑑賞日 2015/11/20

    イマジカBS放送、吹替え短縮版。

     野沢那智版。その昔、初見の時はドロンは堀勝之祐氏だったと記憶する。 ドロンの声はなかなかいいので、もう吹替え版を見る事はないだろう。

  • 鑑賞日 2015/11/19

    HDリマスター版。

     とりあえず8回目になるか。VHSでもLDでもDVDでも見てないので、多分34年振り。  スターチャンネルでのHDリマスター版での鑑賞である。  1971年18才で見た時も感動したが、白黒テレビで30分近く切られた短縮版、なおかつ吹き替えであった。今はいい時代になったものである。封切ったばかりの色彩にリマスターされた最高画質。   今回、目についた事を記しておく。 * 殺されたフレディの顔色が蒼くて、なかなか死体らしかった。首の青いあざも鮮明であった。 * ヨットでの殺人シーンの前後は、音楽がかなり控えめ。映画全体に音楽は抑えてある。 * パスポート偽造・サインの練習・ヨットでの死体処理シーンなどの、執拗なまでの丁寧な描写。 * トムは殺しのあとは、2回とも食事をしてる。 * 雑踏・祭り・魚市場などのシーンのドキュメントタッチ。 * トムがマルジュに電話する場面で、フィリップのこわいろを使うシーンは、モーリス・ロネがあてたと思われる。  * トムもフィリップもアメリカ人である。マルジュはパリ生まれらしい。そして舞台はイタリア。そのあたりはすこし無理があるか。  * 2015年では、この犯罪は成り立たないであろう。携帯・パソコン・メール。DNA鑑定・・。けっこうきわどい所を、トムはくぐり抜けているが、今の時代、他人に成りすますのは、至難の業である。  * サントラを聞きこんでいたので、その分楽しめた。魚市場の音楽は未収録だ。  * フィリップのアメリカへの引き戻し謝礼は、5000ドル。当時のレートで180万円である。終盤で手にした1000万リラは、今の換算でいくらなのだろう。    マリー・ラフォレ撮影時は18才か。うすい緑の目が綺麗だ。か細い歌声が、なんとも物悲しく美しい。  ドロンは24才。「冒険者たち」に比べると青臭いが、そこがまた悪っぽくていい。キラキラと輝く彼の表情を見ているだけで、時間が過ぎる。これほどの男優はそうそういない。    

  • 鑑賞日 1969/4/4

    ルネ・クレマン

    1969年4月4日に「月曜ロードショー」にて。当時は「金曜ロードショー」という名である。 アラン・ドロンの最高傑作である。彼でなくては、ここまで名作にならなかっただろう。

  • 鑑賞日 2015/5/3

    ラストにすべてが集約される

     アラン・ドロンが出て来ると、彼は絶世の美男子であることを改めて実感する。彼の青い目が本当に美しい。そして、アラン・ドロンが犯罪を犯すとゾクゾクする。  また、ルネ・クレマンのドキュメンタリータッチの街並みの映像も素晴らしかった。  ルネ・クレマン自身もアラン・ドロンのトム自身もホモセクシャルであるとのことであるが、それを聞いていても私はすっと入っていけた。「ブローバックマウンテン」「ミルク」等のラブシーンのように付いて行けなさは全く無かった。  最初に観たのは中学生位の時だから、何十年振りかに観たことになる。そして、その時も思ったが、決して忘れられないラスト、この場面があって傑作だろう。

  • 鑑賞日 2015/2/15

    アランドロンに悪役は似合わない

    ずっと前から、映画観で鑑賞をしたかったのが、実現。やはり、アランドロンに悪役は似合わない。ラストシーンは、圧巻。

  • 鑑賞日 2011/5/1

    抱きしめて生きる

    5月1日(日) TOHOシネマズ スカラ座・みゆき座 『太陽がいっぱい』 監督 ルネ・クレマン 主演 アラン・ドロン やっぱり映画館で見たい!という欲求が叶って幸せです。 ありがとう、東宝。 映画篇に触発されて出会った、ドロン。 この作品は(他、見たことないが) 陽射しとドロンの甘いマスクが、まぁまぁまぁ良く合う! オープニングの音楽から、めちゃくちゃ心が躍るー チャーチャッチャララ♪ 流れただけでラストを思い、ハラハラしてくる。 楽しみぃ。これだけワクワクさせれるオープニングは出会ったことがないかも。 オープニングの映像もかっくいい。 ストーリーは今の世の中じゃ、正直すぐエンドロールだろって感じ。 私には理解できない内容の部分もチラホラ。 そこんとこも含めて、今後も大切に鑑賞したい作品です。 でもやっぱり、それでもやっぱり、トム・リプレイには捕まって欲しくなかったな・・・ 後日、ラストシーンがSP本編でオマージュされていることを知る。 ニクイぜ、金城氏。しかも平田満。シブイぜ、金城氏。 好きな人の物語は、すでに私の物語になっている。 好きな人が遠くに行ってしまっても、これって幸せなことだ。 これからも大事に抱きしめていきたいと思う。

  • 鑑賞日 2015/1/30

    美しくも卑しさと野性味を感じさせるアラン・ドロンの演技

    貧しさから劣等感を募らせて友人を殺害した青年の完全犯罪と、その破滅を描いたクライム・サスペンスの名作です。 同原作の『リプリー』を先に鑑賞していたんですが、主人公トムを演じたアラン・ドロンの美しくも卑しさと野性味を感じさせる魅力あふれる演技、ニーノ・ロータの哀愁漂う美しいメロディ、そしてラストシーンと、全てが衝撃的で、正直こちらの方が面白いと感じました。原作には忠実だと聞きますが、『リプリー』の方がホモセクシャルな部分やトムの内面や感情をより描き込み、登場人物も多いため、物語がやや冗長になってしまっているのに対し、最初から最後まで全く間延びせず、綿密に計算された二転三転する展開で飽きることなく一気に鑑賞できます。 全編を通してアラン・ドロンの“目”が印象的です。物語の終盤、マルジュの手にキスをするトムの目つきは本作中№1の“目力”で、まさにアラン・ドロンの本領を発揮した名シーンではないでしょうか。彼の魅力が堪能できる1本ですね。名作です。

  • 鑑賞日

    美しすぎて

    パトリシア・ハイスミスの原作をルネ・クレマン監督が 巧みに演出したサスペンス映画の傑作。超お勧め作品です。 放蕩息子フィリップ(モーリス・ロネ)を連れ戻すよう 彼の父の命を受けたトム(アラン・ドロン)はナポリに やってくるんですが、ミイラ取りがミイラになったわけでは ないのだろうけれど、フィリップや彼の恋人マルジュ (マリー・ラフォレ)と遊び狂う毎日を送る羽目になって しまいます。 まあ、これは若いからしょうがない所なんですが、金に物を 言わせ、フィリップはトムを友人としてではなく下人扱いに します。都合のいい小間使いにしか思っていないんですね。 3人でヨットに乗り、海へ繰り出せば、トムにヨットを 操縦させ、フィリップはマルジュと抱き合う。 トムはそっと覗き見るんですが、それを知っていて 見せつけるように愛し合う二人。挙げ句の果てにはトムが、 目障りになると、悪戯心もあってかボートに乗せ、ヨットから 遠ざけてしまう。 熱い陽に照りつけられたトムは背中に火傷を負って苦しむ。 いつしかトムはフィリップに殺意を、しかもフィリップの 財産から恋人からとにかくフィリップのすべてを奪おうと 完全犯罪をもくろむんです。 フィリップの殺人はヨットの上であっさりと成し遂げるん ですが、この時の大荒れの海がラストへつながっていくん ですけど、ここからは、トムがフィリップに成りすますべく 周到な計画と綿密な偽装工作を展開していきます。 陳腐な表現ですがまさにスリル満点。 ラストのどんでん返しまで息つく暇もありません。 燦然と照りつける太陽と波光きらめく青い海。 アンニュイな雰囲気を巧みに映像で表現しています。 ニーノ・ロータの哀愁充ちた甘美なメロディーが、 アラン・ドロンの陰のある演技と絶妙に調和して 作品にのめり込んでしまいます。 尚、この作品。フィィリップとトムの同性愛的描写という 指摘もありますが、むしろフィリップにナルシスティックな 自己同一化を図ろうとした、貧しい青年トムの野望を丁寧に 演出し映画の醍醐味を余すことなく表現したルネ・クレマンの 最高傑作だと思います。 その後、フィルム・ノワール作品でも見せる孤独感ある アラン・ドロンの陰ある演技。この作品はアラン・ドロンの 俳優としての方向性を決定したアラン・ドロンのための 作品でもありました。 それにしてもこの作品でのアラン・ドロンは余りに美しく 格好いい。男としては可憐なマリー・ラフォレについつい 目がいってしまうのですけど、アラン・ドロンの醸し出す 美しさには嫉妬にも似たいや脱帽感に苛まれてしまいます。 ロミー・シュナイダーが冒頭のシーンでカメオ出演してるのも 必見です。

  • 鑑賞日 2014/10/11

    幕切れの鮮やかさ

    やっぱりこれにつきる。

  • 鑑賞日 2014/9/7

    美しい

    アランドロンのアランドロンによるアランドロンのための映画。そういいきれる。アランドロンの魅力全開。ラスト付近の、殺した友人の彼女を寝とる時のあの目、ドキドキした。この魅力で何でもうまくやっちゃいそうと思える唯一無二のかっこよさ。

  • 鑑賞日 1976/8/4

    水野晴郎さんの力でリバイバル。

     IPでのリバイバル。     場所は、水道橋の労音会館。  水野さんの足跡も、頭が下がります。

  • 鑑賞日 1976/11/28

    なぜフィリップになろうとしたのか

    フィリップになり切ろうと、サインを真似、マルジュも手に入れようとするトム。フィリップになることで幸せになれるのか。多重的表現ン表現の面白さ。

  • 鑑賞日

    太陽と海とヨット

    アラン・ドロンがカッコ良すぎる。太陽と海とヨット。どれを背景に持ってきても、彼の引き立て役に見えるから凄い。

  • 鑑賞日 2012/1/18

    何度見てもハラハラ

    リプリーがどうしてフィリップを殺すまでになったのかが はっきりと描かれてはいない。 そのため感情移入しにくいのに 後半はリプリーが捕まってしまわないかとドキドキハラハラ。 3回目の鑑賞なのでラストはわかってるのに、だ。 やはりこれはアラン・ドロンの翳のある美貌のせいなのだろうか。 しかもリプリーって・・フィリップもそうなのだが、性格悪そうである。 なのにリプリー嫌いになれないというか、逆に素敵とさえ思ってしまう。 やっぱアラン・ドロンだからなのか。 この作品はやはり終わり方が素晴らしいのと、 尼僧やら魚や鶏肉のアップとかが印象的ではっとさせられるのが面白い。

  • 鑑賞日 2007/2/3

    アラン・ドロンの魅力

    アラン・ドロンの翳りのある美しさが魅力的で、ラストシーンが素晴らしい。

  • 鑑賞日 2014/6/15

    太陽がいっぱい

    すべての野望がかなった台詞、「太陽がいっぱい」とアラン・ドロンがつぶやくシーンが印象的。もちろん、どんでん返しが待っているのだけれど、うまいこと言うなぁ。まさに、太陽がいっぱい見えるんだろうなぁ。 アラン・ドロンが見せる冷酷さ、薄弱さ、知能犯らしさなどあらゆる表情を縦横無尽にみせる名優ぶりにも感嘆。

  • 鑑賞日 2014/1/27

    美しいが真っ黒!

    フィリップを殺したトムが様々な画策に動く…超絶イケメンのアラン・ドロンの表情がたまらない。美しい海を背景と真っ黒な腹の中のコントラストに引き込まれる。

  • 鑑賞日

    特に内容はないんですが

    かっこいい、エロティシズム。

  • 鑑賞日 2014/1/2

    わたくし、映画好きを名乗る割には「昔の映画=退屈」という固定概念がありまして、特にヨーロッパの作品となると詩的なものが多く、どうも苦手なのですが、これは面白かったです!原作がアメリカ人作家の小説ということもあるのかもしれませんが、118分緊張感を保ちつつも、アラン・ドロンの美しい顔を堪能し、ラストは切なくも甘い気分に酔い浸れました。タイトルが主人公のセリフからきているというのは映画としては珍しく、それがまた実にいい。

  • 鑑賞日 2013/12/30

    太陽でいっぱいだ…今までで最高の気分だよ・・・

    イタリアの綺麗な画とドロドロした人間模様とのギャップにニーノ・ロータの切ない感じの音楽が溶け合っていい味な作品でした。アラン・ドロンもただのイケメン野郎ではなく、奥行きのあるうまい芝居で魅せてくれるので圧倒される。ラストは衝撃的且つ芸術的ですげえ気持ちいいので唸っちゃった。

  • 鑑賞日 1971/7/10

    TBSテレビ、土曜の昼。

     学校から急いで帰って、初鑑賞。 感激。  モノクロテレビに、カット版、そして吹き替え。  1976年に、水野晴郎さんのI・Pでリバイバル。場所は労音会館。何のかんの言っても、水野さんはエライ!

  • 鑑賞日

    ドロン対ロネ

    鮮烈なデビューであるが、 共演のモーリス・ロネの方が勝っているのは 新人であるから、仕方がないか?

  • 鑑賞日 2010/11/28

    ルネ・クレマンという映画監督について

    ルネ・クレマンの名前は 「禁じられた遊び」と「太陽がいっぱい」の 監督として映画ファンでなくてもご存知であろう。 3月17日は、そのルネ・クレマンの命日である。 1996年のことであった。 誕生日は1913年3月18日。 つまり誕生日の前日が命日なのである。 それはともかく、ルネ・クレマンについて考えてみる。 長編デビュー以来、ドキュメンタリータッチのリアリズム 重視でメッセージ性の強い、どちらかというと文学的作品を 次々と放ってきた彼が、その作風を一変させるきっかけは 1960年の「太陽がいっぱい」である。 スリリングなタッチのこの作品は、映画術としては最高の ランクのものであるが、それまでの作風とは全く異なる ものである。 彼がこの作品を作ったのは、当時台頭してきたゴダールや トリュフォーなどのヌーヴェルヴァーグへのライバル意識が あったのではないろうか。 ゴダールやトリュフォーがロケを中心に活き活きとした作品を、 アメリカのギャング映画やヒッチコック映画を手本として生み 出して高い評価を得ていたのに対して、ひとつ前の世代の代表 作家としての対抗意識があったのではなかろうか。 「太陽がいっぱい」は高い評価は受けながらも、世間の評価は ヌーヴェルヴァーグへの支持が集り、クレマンは次第に忘れら れた作家となっていき、その評価も凡庸なものとなっていく。 そんな中で、「太陽がいっぱい」で彼が起用したアラン・ドロン は美男スターとして、実力と人気を高めていくのであるから、 非常に皮肉なものを感じる。 ヌーヴェルヴァーグが登場した50年代末で、ルネ・クレマンが 40歳代後半の時期。作家としては油の乗り切って、評価もこれ からという時期である。そういう時期にヌーヴェルヴァーグと 遭遇していなかったら、また、彼がアラン・ドロンという俳優と 出会わなかったら、映画監督としてはもっと違った道を歩んで いたのではなかろうか。 そして晩年まで巨匠としての地位を築いたのではなかろうか。 その人の人生というものは、その人の実力だけではなく、時代の 風潮やそこで出会う人など実に様々な要素に左右されるのだと考 えさせる。 前半に比べてあまりにも寂しいルネ・クレマンの後半生から、 そのようなことを考えさせられる。

  • 鑑賞日 1977/1/12

    名作

    1977年1月12日に「水曜ロードショー」にて。 マリー・ラフォレいいですね。

  • 鑑賞日 2013/8/23

    恐るべき美貌

    危険な匂いと澄み切った美貌のアラン・ドロンの代表作。トム(アラン・ドロン)が裕福な友人フィリップ(モーリス・ロネ)の全てに憧れ虎視眈々とあの機会を狙う。印象に残ったのは殺った後にメシを食うこと。このトムの行為が計算高くも野性的な不思議な魅力に感じた。われてなるほどのトム・リプリーとフィリップ・グリンリーフが同性愛説・・・。観方によってはまったくこの説でしか理解できないところがある。面白い作品。今更ながらアラン・ドロンの魅力にハマる。遅すぎたね。

  • 鑑賞日

    かつて美男子の代名詞だったアランドロン。 この映画を観ればそれも納得。 野望に満ちあふれた男には危険な魅力がある。

  • 鑑賞日 2013/7/26

    すごい。マジに完璧だった。アランドロンのエロ過ぎる青い目もニーノロータの調べも、南イタリアの海と太陽もぜんぶ完璧だ。 幸せの絶頂で向かえるあのFinたまらん。 さいこーだよね。ラストシーンのあのコントラスト! 俺も何があるかわからんからサインの練習だけはしておこう。

  • 鑑賞日 2013/7/31

    やっぱりいい!

    焼け付くような太陽、どこまでも青い海、アラン・ドロンとマリー・ラフォレの美しさ、何も持たざる者の欲望と情熱、この作品のように完璧だった犯罪の思わぬ落とし穴、ビーチチェアに座ったトムが「しあわせ」と何度もつぶやく後に訪れる暗転、何十年経っても、完璧に構成された素晴らしい作品であることには変わりなく、色あせることのない名作ですね。

  • 鑑賞日 2016/4/29

    ドカエのカメラが秀逸

    #0395「太陽がいっぱい」。パトリシア・ハイスミスの原作をアラン・ドロン主演、ルネ・クレマン監督で映画化した1960年作品。貧乏青年のドロンが金持ちの友人モーリス・ロネをヨットで殺す場面を真上から撮ったアンリ・ドカエのカメラやニーノ・ロータのテーマ曲が印象深い作品である。

  • 鑑賞日 2013/7/21

    アラン・ドロンの美貌とラストの美しさ

    でも、意外に後先考えてないような付け焼刃的な犯罪計画。

  • 鑑賞日 2013/7/26

    とにかく今夏、観るべし!

    美しい、美しい!特にラストシーンが何年たっても色褪せない。何も言うことはありません。

  • 鑑賞日

    お天道様は御見通しだぜ。

     P・ハイスミスの原作でルネ・クレマンの監督とくれば、はずすほうがおかしい。しかも主演がA・ドロンで音楽がN・ロータ。言うことなし。  A・ドロンの役どころは決して格好のよい役ではない。リッチな友人の生活に対する羨み、嫉妬までをその目つきにたぎらさせた暗い男の役だ。しかしこの人物をA・ドロンのような色悪、といってよい役者が演じるとじつに生き生きとしてくる。いつ危険な刃をむき出しにしておそいかかってきてもおかしくない狂気を感じるのだ。 モーリス・ロネになりすまし、恋人までを奪おうとする。完全犯罪は成し遂げられたかに見えたが・・・・。多くの人が言うようにこのラストシーンは衝撃的。お天道さんはすべてお見通しというわけだ。

  • 鑑賞日 1994/10/17

    初の映画館での観賞

    1994年10月17日に鑑賞。大阪・シネマアルゴ梅田にて。前売1300円。リバイバル上映・オンリーハーツ配給。 やはり映画をTVで観てはダメである。 今回、初めて映画館で観賞したが実に良く出来ている。マリー・ラフォレが美しい。

  • 鑑賞日 1985/9/6

    サスペンス映画の傑作

    1985年9月6日、鑑賞。 とにかくラストシーンの衝撃が素晴らしい。 サスペンス映画の傑作である。 この映画、物語詳細(特にラスト)を知ってから観るのでは面白さ激減すること間違いないので、物語については記さないが、できるだけ予備知識なくこの映画を観ることをお勧めしたい。

  • 鑑賞日 2013/5/18

    ラストシーンの美学

    この映画は本当にラストシーンが素晴らしい。主人公が海辺で「最高だ」と言いながら酒を飲んでいる所に警察がやって来て逮捕されるシーンをあえて出さず、ウェイトレスに「電話ですよ」と呼ばれるところで終わるのだ。それから先は分かりきっているので出さないのだ。この作品より後の映画だが「明日に向って撃て!」と同じだ。あの映画もポール・ニューマンとロバート・レッドフォードがメキシコ軍に包囲されているところに出てきて銃声とともに画面がセピア色に変わって終わる。この2つの映画の共通したラストシーンに潔い破滅の美学を感じた。

  • 鑑賞日

    世界一の美男子と言われたA・ドロンの出世作。貧困家庭から才覚と度胸だけで這い上がる為に友人を殺し、その友人に成りすまして恋人までも自分の手中に収めようという若き野心家。自分の夢が叶いそうになり、「太陽がいっぱい」輝いているようだと思っている時に自らの犯罪が暴かれていくラストは、当然の報いではあるが哀しい。

  • 鑑賞日 2012/9/2

    アラン・ドロン、ただのパシリだね。

    アラン・ドロン、ただのパシリだね。

  • 鑑賞日 2012/12/18

    哀しき二枚目

    原作は、ヒッチコックが映画化した『見知らぬ乗客』でも有名な米ミステリー作家パトリシア・ハイスミス。名匠ルネ・クレマンが焼けつくような太陽の下、野望渦巻く若者の暴走を緊迫感あふれる演出で見事に映画化。アラン・ドロンは、この作品でスターの地位を不動のものにしたが、人望のない屈折した二枚目、というなんとも複雑なキャラクターから「男は容姿だけじゃないんだな」ということを学んだ。『冒険者たち』しかりだ。ニーノ・ロータの美しい旋律が切ないなぁ。

  • 鑑賞日 2007/8/1

    太陽は罪作り

    『リプリー』と同じ原作なのだけど全然違う切り口になっている。 輝く太陽と海でぎらついた目を輝かせるアラン・ドロン・・・・・めちゃめちゃ、かっこよかった。 アラン・ドロンのための映画といっても過言ではないかも。 とにかくため息をつきたくなるほどオトコマエ。 イタリアの輝く太陽と海、実際に見に行ってみたくなった。 なぜ、トムがフィリップを殺害しなければならなかったのか? なぜ、トムはフィリップになりすましたのか? 残念ながらそこはわかりにくかった。 金目当てなら殺害後国外逃亡すればよかったのに。 フィリップの友人や恋人に発見される危険をおかしても彼になりすましたのはなぜなのか? みつからない自信がたっぷりあったのかもしれない。 彼に憧れ、彼自身になりたかったのかもしれない。 でも、殺害に理由なんてなくって 太陽がまぶしかったからだけかもしれない・・・・・。

  • 鑑賞日 2012/10/20

    マルジュ・マムール

    映画史上に残る名作の一本といっていいだろう。鮮烈な印象に残っているのは、ラストシーンの衝撃と余韻。そして、ニーノ・ロータの誰もが知っている名曲。また邦題が素晴らしくて忘れられない一本だ。 金持ちフィリップ(モーリス・ロネ)の貧乏なアメリカの友人トム・リプレイ(アラン・ドロン)はサインの代筆が上手いという描写。フィリップの共通の知り合いであるトムとフレディはお互いを毛嫌いしている。今後の展開を予感させる、伏線が張り巡らされている冒頭からしてお見事である。 フィリップは父の金で遊んでいる。金に物を言わせる実にイヤな男である。彼にお金目的で張り付いているトムもまた、褒められた男ではない。女性が落としたイヤリング。最初からどこまで計画的だったのか、偶然の積み重ねがトムに犯行を思いつかせたのか、この時点では微妙なところである。 フィリップと美しい恋人マルジェ(マリー・ラフォレ)のラブシーンが始まると、トムは邪険に扱われる。ドロンはかなりの二枚目であるのだが、この時シャツがだらしなく半分だけ出ているのが返って母性本能をくすぐるか。フィリップの服を着て物真似をするトム。「マルジュ・マムール(かわいい人)」。鏡に口づけまでするのだが、これを観た淀川長治さんが、ホモ・セクショアルな映画だと語っていたのを思い出す。このフィリップの真似もかなり大胆な伏線だ。この時鏡にフィリップの脚が写っているのも見逃せない。 トムはヨットで命令され、こき使われ、マナーも注意されバカにされる。かなりぞんざいに扱われるので、マルジュも観客もトムに同情することになる。フィリップがイヤな奴に描かれているので、殺意止む無しと思えてしまうシーンの積み重ねに説得力がある。フィリップはトムを虐げることで優越感に浸っている。ヨットにロープで繋がれたボートで流されるトム。これもまた恐ろしき伏線である。 そしてその時は突然に訪れる。事件の直後、カメラが一瞬引いた画を捉えるのが効果的だ。そして事態とトムの心境とシンクロするかの如く荒れる海の描写も素晴らしい。フィリップを見つめるトムの表情の険しさ。後処理の苦労を綿密に描くことによって、事の重大さを訴えかけてくるようだ。 船着き場で慌てているトムの姿を見た老人の一言が、何か見透かされているようで不安にさせる。 トムのサインの練習も丁寧に描く。かなりディティールに凝っているのも、本作が名作たる所以であろう。トムに逢ったマルジュが「あなたも変わった」と言うのが鋭い。この後トムは一人で町を歩くのだが、目に付くのは、エイの顔や魚の顔、そして地面に落ちている魚の頭。とても気味が悪いのだが、もしかしたらここに並んでいる魚たちは、あの時海にいた魚たちで、お前のしたことを見ていたんだぞという強迫観念にトムはかられていたと取ることが出来るかも知れない。 以降は事件を追求する立場の人間と、トムとの駆け引きシークエンスの連続でサスペンスが盛り上がる。もうスリルの連続で実に素晴らしい。ホテルで「グリンリーフ様」と呼ぶボーイ。フィリップを知る者とのニアミスがハラハラさせる。部屋を嗅ぎまわるフレディが曲者である。予定外の事後処理のシークエンスがもうヒヤヒヤものだ。フレディの重さ感がリアルに伝わってきて大変そうだ。画面外の足音。声をかけてくる警官。手すりから飛び出して動いている片腕のショット。タパコを吸わせようとするシーン、鳴り響くクラクション。すれ違う人。矢継ぎ早に繰り出されるドキドキシーンの連続には唸らされる。部屋を出るシークエンスも危機一髪でスリル満点だ。 銀行員が何気なくトムを見つめる顔が、まるで値踏みをしているように感じられる。トムの目のアップがまた不安を醸し出して効果的だ。人がこちらを見る度に疑われているのではないかと不安が過る。後ろめたい心理描写が優れている。 残された風景に盛り上がる音楽。やはり映画史上に残る名ラストシーンであろう。

  • 鑑賞日 2012/9/13

    かっこいい!

    貧乏な青年が金持ちの息子を殺して、その息子に成り済まし財産と恋人を奪う。 完全犯罪のはずだったのだが・・・。 この金持ちを殺した貧乏青年がアラン・ドロン。 アラン・ドロンといえば今で言うイケメン俳優の元祖ですが、そこいらのイケメン俳優 とはちょっとひと味違いますよ。 フランス映画の名作です。

  • 鑑賞日

    乾いた瞳

    アラン・ドロンは飢えた役がよく似合う。 カミュの「異邦人」とか、スタンダールの「赤と黒」とかいいと思う。 ボートの上の殺人や隠蔽工作など、リプリーに同情する余地は一切無いのに、 つい手に汗握ってしまう。 それは、誰にも彼のような乾いた部分があるからなんだろうか。

  • 鑑賞日 2012/5/30

    犯罪者の心理

    殺人を犯した人の心理が巧妙に描かれている。ヨット上で殺人した瞬間の他のヨットのインサートショットやリンゴを貪り食う姿、犯罪心理が良く出ており、ドロンの脅える姿に緊張感が増した。それにしても何とも洒落た映画だ。海をヨットがクルージングするショットも美しいし、プロットも計算された緊張感がたえまなく続く。だがなんといってもアラン・ドロンがこの映画の魅力だ。ドロンのセクシーな体と強気な目の中に揺れる恐怖にぞくぞくするだろう。

  • 鑑賞日 2012/5/18

    魅せられた

    ルネ・クレマン監督 アランドロン主演 アランドロンがとにかく色っぽくてさわやか やること一つ一つがとても魅力的 時代性というのもあるだろうが、人の生きてる様がとても貪欲でいい なぜ殺したのかなぜ自分がこんな境遇にいるのかとかそういう背景などの説明なんてなく、ただただ貪欲 人間なんて生きて死ぬもの そのなかで自分がどうありたいかどう死んでいくか、ありのままに生きる姿を映し出している 今の時代は映画になにか特別な意味を求めてしまう傾向にある それはそれで大事なことだが、映画ってどこかに魅力がないとだめなんだなというのを感じた 考えさせるということは客がすることで、製作側が促し説明することではない 主人公のトムは人を殺したことになんの悪意もない ただ自分が求める幸せを掴み取りたいだけなんだな トムのその後の人生はくそみたいなもんだろうが、最後に言った、人生の中で一番最高の時だ 太陽がいっぱいだ と感じたあの瞬間で彼はようやく自分を手に入れたんだろう 人生を全うしたといってもいいだろう 彼の人生にとっての最高な時間は限りなく短かったかもしれないが、何よりも輝いていた 蛍のような人生だ それも一つの幸福とよべるのかもしれない それなりの人生と一瞬でも光る人生 どちらがいいのかは自分のみが知ることだ とにかくすべてに魅せられた映画だった

  • 鑑賞日 2012/5/4

    アラン・ドロンは格好いいが...

    アラン・ドロンって格好いいけれど、出演作が僕と相性が悪いという悲劇。 この作品も楽しめなかった。名作なのに申し訳ない...

  • 鑑賞日 2011/4/19

    【 太陽がいっぱい 】 を観て

    最後の最後でぶったまげて転げた。

  • 鑑賞日 2012/4/16

    あんな眼差しでみられたら

    初めてみたのは 中学生のころ、テレビで。 ラストには、 鳥肌がたちました。 その後、劇場でリバイバルでも 観ました。 結末は、わかっているのに 面白い。 エンド間近で アラン・ドロンが マリー・ラフォレの手のひらに 口づけするときにみせる あの眼差し・・・。 男がみても 吸い込まれそう。 ニーノ・ロータの音楽も秀逸。

  • 鑑賞日 1967/7/18

    マリー・ラフォレに注目

    ルネ・クレマンがミステリーを作ると駄作がない。特に本作は原作に恵まれ、撮影、音楽も素晴らしい。そして俳優も文句なしだが、マリー・ラフォレの魅力に注目。

  • 鑑賞日 2012/2/9

    色彩と影が最高!!

    何度みてもその色彩と影の作り方が最高!!今のようにディジタル処理の無い時代にこれだけの映像を創造してきた映画人にただただ脱帽です。

  • 鑑賞日 2004/9/7

    名曲だけで泣ける名作PART2

    2004年・7本目。 名曲だけで泣ける名作PART2。 アラン・ドロンがカッコイイ!カッコイイがゆえにラストシーンがとても切ない!

  • 鑑賞日 2010/11/28

    「太陽がいっぱい」はルネ・クレマンの宣戦布告か?

    「午前十時の映画祭」で「太陽がいっぱい」を見る。 この作品がルネ・クレマンのヌーヴェル・ヴァーグへの 対抗意識で作られたという説がある。これが本当かどう かは判らないが、もし、そうだとしてこの作品を見ると なかなか面白い。 原作はヌーヴェル・ヴァーグの作家たちが敬愛するヒッ チコックの「見知らぬ乗客」の原作者パトリシア・ハイ スミス。これだけでも対抗意識説はうなずける。 そして撮影監督に「大人は判ってくれない」などのアン リ・ドカエを起用。 この作品の魅力がアラン・ドロンに負うところ大である ことは当然であるが、ロケを多様したアンリ・ドカエの 腕によるところも極めて大きい。 ハプニング的要素が大きなロケの中で風景や撮られた小 道具が緻密に設計されたように画面に登場する。市場で 見られる魚の切れ端、床に転がるチキン、そして白い帆 のヨットと波や風など見事で迫力満点である。 この映画の成功の最も大きな要因はルネ・クレマンの職 人技である。 そして、この映画の成功によりルネ・クレマンの作風は 大きく変化する。 それは、この作品以降の彼の作品はすべてミステリー作品 になるのである。ひとつだけの例外は「パリは燃えている」 である。この凡庸な大作が「太陽がいっぱい」以降のルネ・ クレマンの職人技と「禁じられた遊び」の時期の彼の志の 結合だとすれば、これは不幸としかいいようがない。 「太陽がいっぱい」がヌーヴェル・ヴァーグへの対抗意識 で作られたものとすれば、勝負の結果は明らかである。