PROGRAM

放送作品情報

キリングゲーム

KILLING SEASON 2013年アメリカ / 85分 / アクション

[PG12]ジョン・トラヴォルタvsロバート・デ・ニーロ!元兵士2人の一騎打ちを描く壮絶サバイバル
解説

ジョン・トラヴォルタとロバート・デ・ニーロが『ゴーストライダー』のマーク・スティーヴン・ジョンソン監督作で初競演。深い因縁を秘めた元兵士2人が大自然の中で激闘。ナイフ、弓矢など使ってハードに描く。

ストーリー

1995年にボスニアの紛争地に赴いた元米軍兵ベンジャミンは、今はアパラチア山脈の人里離れた山小屋で孤独に暮らしていた。そんなある日、戦争の古傷である右ふとももの痛みを鎮めるアスピリンを買おうと山を下り、途中で車が故障してしまったところ、狩りに来ていた男エミールに修理してもらう。意気投合した2人は狩りに繰り出すが、実はエミールはボスニアでベンジャミンに撃たれた兵士で、彼への復讐の機会を狙っていた。

出演

ジョン・トラヴォルタ
ロバート・デ・ニーロ
マイロ・ヴィンティミリア
エリザベス・オリン
ほか

字幕/吹替
字幕
掲載制限
PG12
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日 2017/6/6

    レモネード攻撃だっ!

    あんなおいしそうなレモネードを拷問に使うなんて、ヒドイ!

  • 鑑賞日 2015/11/5

    元兵士同士のデ・ニーロとトラボルタが山の中でタイマン勝負する話だが、むしろ戦争後遺症による反戦ものと言っていい。肝心の対決場面が暗くて良く分からないのが残念。ジョニー・キャッシュの曲が上手い使われ方をしている。上映時間85分という尺も丁度いい。

  • 鑑賞日 2015/5/22

    キャストでラストが予想出来ちゃう

     ロバート・デ・ニーロとジョン・トラヴォルタの共演によるアクション映画というより、ある意味アフター反戦映画だ。  各々優れた元兵士のため、攻守が相次ぎ入れ替わり、二人の死闘は見ごたえがある。しかし、キャストをみると、最初から終わりが予想出来てしまう作りはいかががものか。残念。

  • 鑑賞日 2015/5/3

    一言で言うと

    一言で言うと二人とも詰めが甘いということだ。

  • 鑑賞日 2015/4/11

    ラストがイマイチ

    デ・ニーロとトラヴォルタの初競演作なのに公開時、あまり話題になっていなかったと思う。元兵士同士が戦う部分は面白い。しかし、大物俳優の競演映画によくあるパターンの、両雄を並び立たせるような結末が、それまでの面白さを帳消ししてしまう。

  • 鑑賞日 2015/4/7

    入れ替わりすぎる攻防

    現代の日本では戦争を身近に感じることはあまりありません。アメリカでは軍の存在自体が日常生活に非常に近く、また軍も常に世界のどこかで軍事活動をしているので、当然心に傷を負った帰還兵の問題は絶えないのだと思います。 戦争というものは全てそうですが、結局は正しいことなんて無いわけです。 コヴァチは、ボスニア人に家族を辱められたうえに虐殺されたので、ボスニア側に報復をしたらアメリカがボスニアの味方をして、その兵であるベンジャミンに殺されかけた。 ベンジャミンはジェノサイドと言われるまでのセルビアの所業を止めるために派遣され、収容所の幹部達にその残虐な行為の罪を償わせるために殺した。 正に憎しみが憎しみを生み、罪を犯した者を人が罰することで罰した者もまた罪人となるパラドックス。 2人共内心それには気づいていて、それぞれの中で戦争に決着がつかないままベンジャミンは逃げ続け、コヴァチは恨みと怒りで生き続けてきたのでしょう。 図らずも互いが具現化した戦争の象徴として対峙したことで、ようやく2人の戦争は区切りをつけたようです。 今作ではそういった男達二人の「俺の中でまだ戦争は終わっちゃいない」戦いが描かるわけで、人間ハンティングといった様相の攻防はスリリングです。 しかしその攻防には彼等の背景となる戦争のメッセージはあまり伝わってきません。事あるごとに立場が完全に逆転して攻守が入れ替わるのを繰り返すのは、むしろ退屈で彼らの思いや苦しみは感じることが出来ませんでした。もっと別の理由で戦っているのならいいのですが。 これはこの作品が元々ジョン・トラボルタとニコラス・ケイジの共演で「フェイス/オフ」2的な企画だったのが起因してるのかもしれません。

  • 鑑賞日 2015/3/9

    二人の大物俳優競演の“反戦映画”

    アパラチア山脈を舞台に、かつて戦場で敵同士だったセルビア人の元兵士と退役アメリカ軍人が繰り広げる攻防を描いたサスペンス・アクションです。 ロバート・デ・ニーロ演じるベンジャミンは戦争の悲惨な記憶を忘れる為に山奥で隠遁生活をつづけ、ジョン・トラボルタ演じるコヴァチは戦争の記憶が忘れられず彷徨っているという、対極にありながら共に“戦争後遺症”を抱えています。逆転また逆転の一進一退の攻防が展開され、拷問の痛々しい描写は戦争の狂気を想起させますね。 ただ闘うだけで話に捻りが無く、単調なのが少し残念です。せっかくの大物俳優の競演だけに、もう少し話に深みがあればよかった気がしますね。 二人の男が戦いを通してお互いの痛みを理解し、自身の心の傷を再生していく過程を見ていると、この戦いはお互いの“後遺症”を断ち切るためには必要だったのではと思えてきます。ベンジャミンがぽつりとつぶやく「戦争は万人を罪人にする」という台詞はこの映画が最も伝えたいメッセージなのではないでしょうか。そう、この映画は反戦映画なのです。

  • 鑑賞日 2015/3/9

    鹿を撃たない人

     ボスニア紛争に関わり、それぞれに後遺症を抱えた二人デ・ニーロとトラヴォルタが戦いを繰り広げる。ベテラン二人の戦いはさすがに迫力があるが、肉体的に痛そうなシーンが幾つもあり、そういうシーンが嫌いな私にはとても苦痛だった。最後は人がそんなに簡単に変われるものかという気もしたが、多少甘みがあってもこの終わり方でいいかなとも思う。辛味だけだとちょっとつらい。デ・ニーロのジョークのオチが良かった。結局デ・ニーロは今回も鹿を撃たなかった。

  • 鑑賞日 2014/12/7

    野球みたい

    突然始まる1対1の戦い。しかし、まるで先行後攻といった感じでまるで野球みたい。しかし、こんなラストもいいかなっていう今の世の中にマッチした展開となりました。

  • 鑑賞日 2014/8/14

    痛いっ

    イタタタタタッ、痛いっ、痛いって。 結構、えげつなく、目を背けたくなる。 ホントに、キリングゲーム。 原題は『Arena』 でも、すんなりとは、殺さない。 やられたら、やり返す。 ロバート・デ・ニーロ×ジョン・トラボルタの殺し合い。 戦争をいまだに引きずってるトラボルタと、戦争を忘れたいデ・ニーロ。 さて、ラストはどちらが勝つのか?

  • 鑑賞日

    面白かった。

    やられたらやり返す。痛そうだった。ドキドキして面白かった。塩たっぷりレモネードも凶器だ。終わり方も良かった。

  • 鑑賞日

    題名通り二人の男の殺し合い合戦。旧ユーゴスラビア、ボスニア紛争時に戦った因縁の二人が人里離れた山中で殺し合う。拷問そのもののような攻め方は見ているだけでも相当に痛い。あそこまでお互い憎み合うほどの理由なのかは疑問が残るし、あれだけ酷いことをし合いながら、最後までは殺さない(殺してしまったら映画が終わってしまうからかもしれないが)のも不思議だったが、最後は命を賭けて戦った男同士が分かり合う、友情らしきものが芽生えたような形で終わるラストもそれまでの展開からはちょっとしっくりこないものがある。普通は相討ち、共倒れという決着ではないのか。

  • 鑑賞日 2014/8/19

    人間狩り

     冒頭で描かれるボスニア内戦の残虐な様子からさては反戦ものもしくは戦争批判映画なのかと身構えさせるが、結局はその戦争に端を発した二人の男の憎しみに満ちた殺し合いが見どころのサスペンス・アクション映画だ。人間狩りの様子がまるでゲームのようにして行われるのでこの邦題はぴったりである。二大スターの対決を観る映画と言い換えてもいい。  殺すだけが目的なら忍び寄ったコヴァチ(J・トラボルタ)はいつでもベン(デ・ニーロ)を殺すことができたのだが、それでは飽き足らないのかもったいぶった演出を披露する。相手の本意に気づいたベンも早速身構えてしまう。それからはやられたらやり返す、が繰り返されることになって少々うんざりしてくる。  もちろん戦争は全ての人間を罪深くする、というテーマが背後に見え隠れするのだけど、第二次対戦以後ヨーロッパを舞台にしたもっとも悲惨な戦争であったこのボスニア内戦について、例えば「サラエボの花」が描いたような問題提起はこの映画からは伺えない。この二人の心境に到来するものは古代から絶えることなく続く戦争に対する普遍的な感情なのである。心に傷を負ったものには戦争はいつまでも終わらないものなのだろう。  コヴァチが凄惨な戦場の様子にとても人間の業(ワザ)とは思えない、とあたかも悪魔の仕業のように嘯くシーンがあるが、これが西欧の、あるいは一神教の神を信じる人たちの逃げ口上になっていると痛感する。人間以外にそのような悪魔のような仕業を行うものはいないにも関わらず、その事実を受け止めず神のせいにする。  それにしても決着がつきそうでつかなかった結末には二大スターに遠慮したスタッフの腰が引けた感じがしてちょっと肩透かしを食った気分。

  • 鑑賞日 2014/8/9

    ボスニア紛争って馴染みがないからよくわからなかったけど脚本はユニークで飽きなかった。 かつて戦地でデ・ニーロさんが見逃したトラボルタが復讐のために忍び寄り、男二人が山奥で戦うというハードボイルドテイスト漂う映画。 しかし突っ込みどころが満載であるため真面目に見ようとすると楽しめなくなる。 まず攻守入れ替わりすぎだし、デ・ニーロさん一回逃れたあと何で無線に応答したのか解らない。 人殺しが嫌で山奥に住んでいたデ・ニーロさんが、戦いを楽しむような狂気を見せたときはかなり期待したが、ラストシーンはそれとは対極のものであり、ユニークな反戦映画と言ったところ。 アクションシーンも適度にあって退屈しない。 役者二人のキャラが凄くよくて、絶妙な配役だったと思う。 トラボルタさんに関しては映画が終わるまで気づかず、 「このトラボルタさんに似た役者誰だろ。新人かな」なんて思うほどに体を絞っていた。あっちの役者まじかっけーっす。 お金はあまりかかってないけど山の景色が雄大でロケーションも文句なし。 もちっと、反戦か、男のハードボイルドどちらかにふりきってほしかったなー。

  • 鑑賞日 2014/1/11

    痛覚こそが生命線の作品

    ボスニア戦争でアメリカ兵(ロバート・デニーロ)に瀕死の重傷を負わされた男(ジョン・トラボルタ)が復讐の鬼と化すサバイバルアクション。デニーロのふくらはぎとトラボルタの頬を貫通した弓矢の痛々しい描写がリアル過ぎて怖い。戦争の残虐行為は人間だけでは成し得ず神が加担したものであるというトラボルタの逆説的論法に妙に納得した。 殺し合いの果てに主人公二人が”罪を憎んで人を憎まず”という形で和解にこぎつける結末は大甘。

  • 鑑賞日 2014/1/31

    二人の攻防戦が主眼

    18年前にボスニア紛争で対峙したアメリカ兵とボスニア人がアメリカの山奥で再び対決する、というお話しで、何故そんな対決をしなければならないのか、ということよりも二人の攻防戦に主眼が置かれていて、コロコロと形勢が逆転する展開はちょっと面白かったですね、デニーロとトラボルタの共演というのもちょっと異色な感じがして面白いですね。

  • 鑑賞日 2014/1/15

    死に場所

     トラボルタの逆恨みですか。ベトナム戦争ものでB級路線がふんだんに作られた80年代を思いだす設定かと思いきや、なるほど、自分に始末をつけるため、死に場所を探していたんですね。デニーロに一矢お願いするために。

  • 鑑賞日 2014/1/29

     これは、ロバート・デ・ニーロとジョン・トラボルタと言うベテラン2人の共演によるサスペンス。  監督は、「ダイ・ハード」のジョン・マクティアナンで途中まで進んでいましたが、マクナティアンが逮捕されてしまい、後任となったマーク・スティーヴン・ジョンソンがまとめ上げました。  1992年に勃発したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に従軍した経験がある退役陸軍大佐ベンジャミン・フォードは、山奥で世捨て人のような暮らしをしていた。  そこに現れたのが、ボスニアからやって来たというエミール・コヴァチという男。シカ狩りのためにやってきたという彼とフォードは意気投合し、大物を狙って一緒に森に入って行く。  だが、これはコヴァチの仕掛けた罠だった。彼が狙っている本当の獲物は、ボスニア紛争当時、自分を撃って重傷を負わせたフォードだったのだ・・・  この映画のテーマは“狂気の伝染”でしょう。  ムスリムの兵士に家族を惨殺されたコヴァチは、その報復としてムスリムの捕虜を虐殺。それに憤ったフォードは、コヴァチらセルビア人兵士を裁判抜きの銃殺刑にしてしまう・・・と言う、狂気の伝染が生む、報復の連鎖。  コヴァチはそんな狂気に囚われ、フォードに向けて解き放つ・・・と言う展開には、確かに引き込まれるものがあります。    ただ、惜しいのは、この“恐怖の伝染”が映画で上手く描けていないこと。  確かに、コヴァチを演じたトラボルタは、その“狂気”を醸し出してはいたけれど、フォード退役大佐からは、その“狂気”が感じられないのです。  ロバート・デ・ニーロの演技力でそれが出来なかったとは思えないので、これはもう、監督が遠慮したのか、テーマを消化出来ていなかったからとしか思えません。(やはり、監督を途中交代した影響なのか?)  また、夜の森での死闘の挙げ句、朝陽と共に、狂気も復讐の念も消え、お互いを赦してしまう、と言う展開も余りにも安易。  オペラ「禿げ山の一夜」じゃあるまいし、そんな簡単に人の心がリセットされたら、人はここまで争いを続けていない筈ですから。     テーマは悪くないし、キャストの実力も充分。それでこのぬるい仕上がりになってしまったのは勿体ないことだと思います。

  • 鑑賞日 2014/1/11

    今度は殺し合い。

    つい先日筋肉オヤジが助け合う映画を観たばかりだというのに、 今度は元マフィアとダンサーのオヤジが殺し合うんだから驚いた。 一体ハリウッドは御大達に何をやらせるつもりなんだ!?と、 訝しがるばかりの最近の映画界、でも観る方は面白ければいいv 最近作品を選んでないんじゃないか?と思われるデ・ニーロと、 最近悪役ばかり選んでるんじゃないか?と思われるトラヴォルタ。 まったく共通項のなさそうな二人、もちろん初共演!なのだが、 初共演だというのに殺し合いとは!何もあの歳でさせなくてもねぇ~。 こうなったら御大を使って何でもやってやろう!という、 ハリウッドのやけっぱちが垣間見れるが、どんなにおかしな設定も それなりの俳優が演じるとそれなりに観れてしまうぞ!の良い一例。 痛い!残酷!血まみれ!うわ~っ!っていうのがかなりあるので^^; 心臓の弱い方、残虐なリンチなど観たくない方は止めときましょう。 ボスニア紛争が背景にあることから、彼ら二人の立ち位置は微妙。 恨み辛みを描くことの背景にこれを持ってきたのが正解かどうかは、 結局解明されない紛争の発端(トラウマになる)にも繋がるんだけど、 とにかくお互いが同じような傷を抱えているため、相手にやられて またやりかえすという、これだから戦争は無くならないんだよ!を 二人っきりの世界で延々と描く単純構成。ま~リンチが続くわ続くわ! 止めを刺さずに延々と続く殺し合いに、このままずっとこの調子かと 思いきや、終盤で意外な展開を迎える(こうなるとは思っていたけど) 今まで悪人主導権を発揮していたトラヴォルタの内面、それに対し 促しをかけるデ・ニーロの説教文句、演技派の面目が昇華する最後の 場面は観応え十分。この10分間で二人の役割がズシーンと迫りくる。 なんかもうちょっと違う作品で共演させてみたい気がするんだけど、 訛りを自分のものにして終始気味悪く演じたトラヴォルタと、 受け身の態勢で彼の演技を包んだデ・ニーロの包容力にさすがと思う。 (前を向いて生きていくには、どこかで終わらせなけりゃダメなのだ)

  • 鑑賞日 2014/1/23

    実写版トムとジェリー(残酷描写あり)

    なんかお互いに、「なんで殺さないん?」ってところから案の定不意の一撃で形勢逆転が多すぎて、実写版トムとジェリー(残酷描写あり)かと思った。そう考えるとあのラストも解る。あんま解りたくないけど。痛み伝わる描写多し。総じてつまらなくはないけど、満足度は今ひとつ。

  • 鑑賞日 2014/1/23

    戦争は万人を罪人にする

    2014年1月23日に鑑賞。割引 1000円。 1992年セルビア戦争で母親と妹をボスニア人にレイプされ殺されたセルビア人のトラボルタは、1995年NATO軍の空爆により参戦したアメリカ軍に処刑されるが一命を取り留めアメリカ軍人に復讐を誓う。それから18年後、セルビア、ベオグラードでトラボルタはフォード大佐(ロバート・デ・ニーロ)の情報を得る。 アパラチア山脈で動物カメラマンとして1人で暮らすデ・ニーロは、20年前に離婚した妻と息子にこだわりがあり、明日の孫娘の洗礼式への招待も断る。戦争で負傷した右脚太ももの痛み止めのアスピリンが切れて雨の中を薬局へ車を走らせるが車が故障する。そこへ現れたボスニア人を名乗るトラボルタが故障を直しデ・ニーロの山小屋へ招待される。トラボルタはヘラジカを狩るために長い弓を持っている。デ・ニーロの弓はグラスファイバー製なので脆いと指摘する。雨の中深夜にトラボルタが小屋を出て行く。う~ん、小屋に泊まればいいと思ったのは私だけか。 翌日2人は山へ鹿狩に向かうが、トラボルタがデ・ニーロに矢を射って戦闘開始。デ・ニーロが木から落下(鹿を発見しやすいように樹上にいる)し、グラスファイバーの弓が折れる。トラボルタの矢がデ・ニーロの右脚ふくらはぎを貫通する。トラボルタは貫通した穴にロープを通させてデ・ニーロをロープで吊るし懺悔を迫る。デ・ニーロは地面にあった棒でトラボルタを殴り倒し、トラボルタのナイフでロープを切って逃げる。洞窟で火を起こし植物を茹でて柔らかくし傷にすりこみ木の枝で弓を作る。 息子が持ってきたワインを飲むトラボルタにデ・ニーロが矢を射る。矢はトラボルタの右頬から左頬を貫通しそのままトラボルタを壁に貼り付ける。テーブルに縛り付けられたトラボルタの傷にレモネードに塩をたっぷり入れた液体をしたたらせて拷問する。トラボルタのTシャツを顔に被せて上から液体を流し込む。デ・ニーロが打ち付けた斧がテーブルを割りトラボルタの手を縛っていた縄を切ってしまう。 壁の年代物のウィンチェスター銃を取ったトラボルタが車にデ・ニーロを乗せる。死んだふりをしたデ・ニーロが後部座席から首を絞めて反撃し車は崖下へ転落する。崩れた教会で撃たれそうになったデ・ニーロの古傷をトラボルタがナイフで切り裂く。と、その古傷の中にあった弾丸の破片?のようなものをえぐり出したデ・ニーロがトラボルタの首に切り付ける。崖上でトラボルタを射殺しようとするが止めて和解する。この古傷の中に残っていた破片を使っての反撃は大いに疑問である。7~8cmの金属の破片が残っていたら歩けないだろう。あんなにすぐ取れる箇所なら手術しろよ。 トラボルタは母親、妹を殺された後、セルビア人の「死の部隊(隊員は腕にサソリの刺青をしている)」に入り、ボスニア人を殺しまくる。死の部隊が作ったボスニア人の収容所を開放しに来たのがフォード大佐の部隊である。収容所の前には貨車に多数の死体が腐敗している。フォード部隊は死の部隊員を捕虜にしないで彼らを処刑したのである。戦争後に捕虜収容所から解放されるだろうから、戦争犯罪者として処刑したのだ。 私設の死の部隊が収容所を作っていたという設定はムリがある。捕虜にすれば食料を与えなければならないし、そんな面倒なことするはずがない。その場でボスニア人を殺せばいいだけ。捕虜収容所なんて足手まといなだけ。また、収容所の真前に死体の山があるなんてありえん。臭気がたまらないだろう。殺すなら自分たちの居住地域以外の場所だ。トラボルタはボスニア人へ復讐すべきで、米軍というのはお門違いであろう。まあ、それを言っちゃあおしめえよ。 「年をとって正しいことをしたくなった」とトラボルタのロープを切ってやる。「戦争は万人を罪人にする」トラボルタはバルカン人に見えるね。なかなかいい演技をしている。

  • 鑑賞日 2014/1/21

    キリングゲーム

    デ・ニーロとトラボルタの激突ですが、内容も、殴り合ってわかり合う漢(おとこ)の映画という感じでした。 トラボルタは、死ねなかった自分を殺して欲しかったのか、あそこで時が止まってしまったので復讐すること(=デ・ニーロを殺すことではなく、精神的な破壊か、自分と同じ目に遭わすことかな)だったのか、死の淵から蘇った自分を勝敗に関わらずもう一度デニーロにぶつけてみたかったのか、なんか動機がよくわかんなかったんですよね。 最後は、まさかの「お前、なかなかやるな」って終わり方で、少年ジャンプかよですわ(笑)。 デニーロもあそこで時が止まってしまっていたことがわかり、結局、トラボルタの行動が引き金になって、二人はまた人生を歩み始めたっていう終わり方は嫌いではないですよ。

  • 鑑賞日 2014/1/12

    まさにゲーム

    仲いいおっちゃんの殺し合いのゲームだと思った。 なぜとどめを刺さない、詰めが甘いなんて思いながら見ていました。 しかしながらロバート・デニーロの脚は、見るだけで痛々しさが伝わってきて、攻め方だけは迫力ありました。 ただこの映画、ホントに殺し合いだけが目的であれば単なるつまらない映画ですが、この映画は別のテーマを持っていると思った。 オープニングにわざわざセルビアのボスニア侵攻シーンがある。 PTSDを抱えた二人の男が戦争に終止符をうつためのものだと思うと、それだけで興味深いものになった。 神父の「戦争は誰でも罪人にする」(だったかな?)が、なんとも言えない。

  • 鑑賞日 2014/1/14

    殺さない訳って何

     セルビア紛争の際、クロアチア人を虐殺していたセルビア人グループをアメリカ軍が捉え射殺するというエピソードがあり、その生き残りがアメリカ軍の大佐を探し出し、復讐しようとする物語。生き残りのセルビア人がジョン・トラボルタ、アメリカ軍の元大佐がロバート・デ・ニーロ。トラボルタが優位に立ってデ・ニーロを痛めつけたかと思えば、隙を見て逆転したりを繰り返す。セルビア人は元大佐に懺悔を強いるが、最後には元大佐の心情や戦後の生活を知りなんとなく和解して終わる。  それぞれ戦闘のプロなのに、傷つけたい、痛めつけたい、反省させたいという思いが強いためかとどめを刺すことなく傷つけあう。その心情は戦争を身近に経験しないとわからないのかもしれないけど、その点が理解できないため、殺し合いと思わせながら殺さない彼らの行動は共感を持てなかった。それでも、最悪の状況から逆転する戦闘シーンは結構見ごたえがありました。

  • 鑑賞日 2014/1/12

    新年早々大幅な期待外れ作。テーマ設定とキャスティングはいいのにそんなバカなの展開と何じゃそれの結末。とても戦闘のプロ同士の戦いには見えません。デ・ニーロとトラボルタがもったいない。

  • 鑑賞日 2014/1/11

    デ・ニーロとトラボルタの一騎打ち

    #043 新宿バルト9「キリング・ゲーム」。デ・ニーロとトラボルタの共演作品。静かな隠居生活を送っていた元アメリカ軍兵士のもとにかつてユーゴスラビア紛争の戦場で敵として出会ったセルビア人の男が復讐のために現れる。人里離れた山奥で二人だけの弓を使った一騎打ちと心理戦には緊迫感を持って描いている。

  • 鑑賞日 2014/1/11

    大ベテランのロバート・デ・ニーロと、幅広い役柄で活躍するジョン・トラボルタの2人が初コラボレーションに選んだ作品『キリングゲーム』。アメリカ東北部からカナダへと広がるアパラチア山脈の大自然を舞台に、ボスニア紛争で心にも肉体にも深い傷を抱えた男同士が壮絶な一騎打ちを繰り広げるアクション映画だ。 本作と同時期に公開された、シルヴェスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガーの2大アクションスターが共演する『大脱出』が話題をさらい、こちらはその影に隠れてしまっている。『大脱出』のような派手さはないが、地味な心理戦にいつ攻撃されるのか分からない緊張感が続く中、突然のイターイ衝撃。と構成がなかなか良いだけに残念。 戦争の凄惨な記憶を封印してきた元アメリカ軍人(ロバート・デ・ニーロ)。いまだ戦争を終わらせていないセルビア人の元兵士(ジョン・トラボルタ)。全編ほぼ二人だけでストーリーが進む。彼らは過去に決着をつけるため世間から隔離された場所で1対1の孤独な者同士の戦争になだれ込んでいく。 デ・ニーロが手にするのは近代的なライフル。対するトラボルタが持つのは矢が研ぎ澄まされた旧式の弓矢だ。それぞれ視線を交わしはしないが、二人とも獲物を狙うかのような狂気に満ちたまっすぐな眼差しで強烈なインパクトを与える。大物俳優による1対1の思わず目を背けたくなるサディスティックなゲームが続く。 見てるこちらが激痛を感じるシーンその1。 トラボルタの矢がデニーロの足のスネに刺さる。それを抜くデ・ニーロ。逃げるが捕まって、トラボルタに先に木の棒が付いたロープを渡され、足の傷に通せと言われ通す。で、そのまま吊るされる!!スネの筋肉は丈夫なので、裂けるのに数日掛かるらしい。 見てるこちらが激痛を感じるシーンその2。 デニーロの家の前でワインを飲もうとしたトラボルタ。そこにデニーロの矢が飛んできて、トラボルタの口の部分に貫通。。イタタタ。。。その後、デ・ニーロが傷を負ったトラボルタの顔に搾ったレモン汁を大量に塗りつける。 どちらが勝つのか負けるのか全く予測がつかない。名優同士がただひたすらさしで殺し合いを演じる85分一本勝負!その結末がまさかの和解で終わるとは! 憎しみの連鎖はどこかで断ち切らないと悲しい歴史と争いが永遠に続いていく。デ・ニーロの悟りを開いたような決断を下すには、よほど痛い目に遭うこと以外に方法はないのだろうか?未だにシリアなど各地で紛争は続いている。 歴史を忘れたものに未来は無い!とどこぞのお困りの国の人がいつも言っている。だがその意味は憎しみもともなったもののようだ。歴史は忘れてはいけないと思うけれど、いつまでも恨み言ばかり言っているのではなく、未来に向けて前向きに進んでいくのが大切なのでは。などと本作を見て思ったのだ。

  • 鑑賞日 2013/12/7

    こわっ!

    ロバート・デニーロが山小屋で静にかに暮らしているところに、ジョン・トラボルタが見つけたと言わんばかりに彼に近づき矢を放つ。 さっさと殺せばいいのに!と思うほどいたぶる。 これは本当に痛そうでいたそうで。 トラボルタがが優位に立っていたかと思うと、応戦しデニーロ優位になり。また反転の繰り返し。この間イラそうなシーがいくつかあり、早く殺してくれと言わんばかり。 殺しのゲームを楽しんでいるようだが、なんでトラボルタが殺意を持っていたかよくわからなかった。 ラストもちょっと何だったのかなあ~?? ただ二人の演技に拍手。 年とっても体を鍛えて厳しい男のデニーロ。 狂人的なしゃべりに表情のトラボルタ。 武者ぶるいが来る。