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COLUMN/コラム2018.12.01
違いの分かる大人のための上質なアクション映画『メカニック』
‘70年代のアメリカで吹き荒れたチャールズ・ブロンソン旋風。もともと『荒野の七人』(’60)や『大脱走』(’63)で個性的な脇役として頭角を現し、巨匠セルジオ・レオーネのマカロニ西部劇『ウエスタン』(’68)やアラン・ドロンと共演したフレンチ・ノワール『さらば友よ』(’68)などの国際的な大ヒットで、一足先に日本やヨーロッパでスターダムを駆け上がったブロンソンだったが、しかし肝心の本国アメリカでの人気はいまひとつ盛り上がらなかった。なにしろ、この時期の出演作はどれもヨーロッパ映画ばかり。アメリカ公開までに1~2年のブランクがある作品も多かった。『夜の訪問者』(’70)なんか、全米公開は4年後の’74年。日本で大ヒットした『狼の挽歌』(’70)だって、アメリカの映画館でかかったのは’73年である。それゆえに、外国でブロンソンが受けているとの情報は入っても、そのブーム自体が本国へ逆輸入されるまで少々時間がかかったのだ。 しかし、ニューヨークでロケされたイタリア産マフィア映画『バラキ』(’72)を最後に、ブロンソンはハリウッドへ本格復帰することに。そして、チンピラに愛する家族を殺された中年男の壮絶なリベンジを描いた、マイケル・ウィナー監督の『狼よさらば』(’74)が空前の大ヒットを記録したことで、ようやくアメリカでもブロンソン旋風が頂点に達したというわけだ。そのマイケル・ウィナー監督とは、ハリウッド復帰作『チャトズ・ランド』(’72)以来、通算6本の作品で組んでいるブロンソン。中でも筆者が個人的に最もお気に入りなのが、ブロンソン=ウィナーのコンビ2作目にあたるハードボイルド・アクション『メカニック』(’72)である。 主人公アーサー・ビショップ(チャールズ・ブロンソン)は、とある組織のもとで秘かに働くメカニック。普通、メカニック(Mechanic)といえば「機械工」や「修理工」を意味するが、しかし裏社会においては「プロの殺し屋」を指すらしい。組織から送られてきた資料をもとにターゲットの詳細な個人情報を把握し、その身辺をくまなく調べることで入念な暗殺計画を練り、偶発的な事故に見せかけて相手を確実に仕留めるビショップ。足のつくような証拠は決して残さない。仕事が仕事なだけに、普段から人付き合いはほとんどなし。広々とした大豪邸にたった一人で暮らし、趣味の美術品コレクションを眺め、クラシック音楽のレコードに耳を傾けて余暇を過ごす。決して感情を表には出さず、淡々と殺しの仕事をこなしているが、しかし内面では心的ストレスを募らせているのだろう。精神安定剤と思しき処方薬は欠かせない。それでも心が休まらぬ時は、馴染みの娼婦(ジル・アイアランド)のもとを訪れては恋人を演じさせ、つかの間だけでも偽りの温もりに孤独を紛らわせる。 そんな一匹狼ビショップのもとへ、新たな殺しの依頼が舞い込む。ターゲットはハリー・マッケンナ(キーナン・ウィン)。組織の大物だった亡き父親の部下であり、ビショップがまだ子供だった頃からの付き合いだ。しかし、ビジネスに私情を一切持ち込まない彼は、普段通りに淡々と任務を遂行。何事もなかったかのようにハリーの葬儀にも出席し、そこで彼の一人息子スティーヴ(ジャン=マイケル・ヴィンセント)と知り合う。謎めいたビショップに好奇心を抱き、なにかと口実をもうけて彼に接触して素性を探ろうとするスティーヴ。一方のビショップも、父親の死に動揺する素振りすら見せず、冷酷なまでに合理的で客観的なスティーヴの言動に暗殺者としての素質を見抜き、いつしか自分の弟子として殺しのテクニックと哲学を伝授するようになる。2人はお互いに似た者同士だったのだ。 そこへ次なる仕事の指示があり、ビショップは組織に断りなくスティーヴを同伴させるのだが、弟子の判断ミスで危うく失敗しかけたことから、これを問題視した組織のボス(フランコ・デ・コヴァ)から口頭で注意を受ける。その場で新たな任務を依頼されるビショップ。すぐにターゲットがいるイタリアのナポリへ向かうよう急かされ、怪訝そうな顔をしつつも渋々引き受けた彼は、計画を相談しようとスティーヴの留守宅へ上がりこみ、そこでたまたま自分の暗殺資料を発見してしまう。要するに、組織はビショップの後釜にスティーヴを据え、もはや用済みとなった彼を始末しようとしていたのだ…。 孤独な老練の暗殺者が、育てた若い弟子に命を狙われるという皮肉な筋書きは、同じくマイケル・ウィナー監督がバート・ランカスターとアラン・ドロンの主演で、生き馬の目を抜く国際スパイの非情な世界を描いた次作『スコルピオ』(’73)へと引き継がれる。また、ストイックで寡黙な殺し屋ビショップのキャラクターは、ブロンソンの友人でもあるドロンが『サムライ』(’67)で演じた殺し屋ジェフ・コステロを彷彿とさせるだろう。そういえば、あちらも数少ない他者との接点が美しき娼婦(しかも演じるのは主演スターの妻)だった。なんか、いろいろ繋がっているな。ビショップの仕事ぶりを克明に描いたオープニングは、アメリカでも高い評価を得た加山雄三主演の東宝ニューアクション『狙撃』(’68)と似ている。安ホテルの一室からターゲットの住むアパートの室内を望遠レンズ付きカメラで何枚も撮影し、その写真を並べながら暗殺工作の段取りを計画。ターゲットが留守中に部屋へ忍び込み、予めマークしていた数か所に細工を仕込む。あとは向かいのホテルに潜んでターゲットを監視し、ここぞというタイミングで一気に仕留める。『狙撃』は冒頭7分間でセリフが一言だけだったが、こちらはここまでの15分間で一言のセリフもなし。それでいて、主人公ビショップが何者なのかをきっちりと描いている。実に見事なプロローグだ。 そのビショップと若き後継者スティーヴの奇妙な師弟関係が、本作における最大の見どころであり面白さだと言えよう。組織からの指示があれば、たとえ少年時代から良く知る恩人であろうと、顔色一つ変えず冷静沈着に殺すことの出来るビショップ。別に個人的な恨みなどない。確かに一瞬ギョッとはするものの、しかしあとはプロとして与えられた仕事をこなすだけだ。一方のスティーヴも同様だ。父親が突然死んだって何の感慨もなく、そればかりか葬儀を途中で抜け出し、自分のものになった豪邸に大勢の友達を呼んでパーティを開く。といっても、バカ騒ぎしている友達を眺めているだけ。表面上は知的で社交的で魅力的な人物だが、しかし主観的な良心や感情というものに決して流されず、常に物事を客観的かつ論理的に捉えて合理的に行動する。ある種のサイコパスと言えるかもしれない。それを強く印象付けるのは、恋人ルイーズ(リンダ・リッジウェイ)が自殺未遂を図るシーンだ。恋人とは言え、そう思っているのはルイーズの方だけ。スティーヴにとっては数いる遊び相手の一人に過ぎない。その冷たい扱いに腹を立てた彼女は、呼び出したスティーヴの前で両手首をカミソリで切って見せるのだが、彼はまるで意に介さないばかりか高みの見物を決め込む。死にたいと思って死ぬ人間になぜ同情しなくちゃいけない、君が望みを叶える様子を最後までちゃんと見届けてあげるよ、と言わんばかりに。その場に居合わせたビショップも、ルイーズの体重が110ポンドと聞いて、「だったら3時間以内に死ねるな。まずは悪寒がして、それからだんだんと眠くなるんだ」なんて平然とした顔で解説をはじめ、ルイーズに「あんたも彼と同じで人でなしね」と言われる始末(笑)。ここでビショップは、自分とスティーヴが同類の人間であるとの確信を抱き、やがて彼を自分の後継者として育てることを考え始めるわけだ。 脚本家のルイス・ジョン・カリーノによると、当初の設定ではビショップとスティーヴの関係性に同性愛的なニュアンスがあったという。要するに、恋愛とセックスの駆け引きを絡めた新旧殺し屋同士のパワーゲームが描かれるはずだったようなのだ。だが、やはり時期尚早だったのだろう。主演俳優のキャスティングが二転三転する過程で、同性愛要素がたびたび出演交渉のネックとなり、いつしか脚本から削り取られて行ったらしい。なるほど、それはそれで刺激的かつ興味深い作品に仕上がっていたかもしれない。一方の完成版では、ビショップとスティーヴは疑似親子的な関係性を築いていく。年齢を重ねることで徐々に丸くなり、長年のストレスから肉体的にも精神的にも限界を感じ始めたビショップは、若い頃の自分を連想させるスティーヴに対し、つい親心にも似た感情を抱いたのだろう。その気の緩みが結果的に仇となってしまい、自らを危険な状況へと追い詰めていくことになるわけだ。 余計な説明を極力排したハードボイルドな語り口は、ともすると表層的で分かりづらい作品との印象を与えるかもしれないが、しかし登場人物の何気ない反応や仕草、一見したところ見過ごしてしまいそうなシーンの一つ一つにちゃんと意味があり、自分以外の誰も信用することが出来ない非情な世界に生きる主人公の誇りと美学、孤独と哀しみが浮かび上がる。フレンチ・ノワール…とまでは言わないものの、しかし多分にヨーロッパ的な洗練をまとったマイケル・ウィナー監督の演出が冴える。ナポリへ舞台を移してからの終盤も、いまや師匠と弟子からライバルとなった2人の、抜き差しならぬ共犯関係をスリリングに描いて見事だ。カーチェイスや銃撃戦も見応えあり。呆気なく決着がついたと思いきや…という捻りの効いたラストのオチにもニンマリさせられる。まさに違いの分かる大人のための上質なアクション映画だ。 ちなみに、ご存知の通りジェイソン・ステイサム主演で’11年にリメイクされた本作だが、しかし両者は似て非なる作品だと言えよう。リメイク版では主人公ビショップを観客が「共感」できる親しみやすいキャラクターへと変えたばかりか、あえてオリジナル版では曖昧にされていた背景や設定に説明を加え、スティーヴがビショップに弟子入りする明確な理由を与えてしまったせいで、その他大勢のジェイソン・ステイサム映画と見分けがつかなくなったことは否めないだろう。続編『メカニック:ワールドミッション』(’16)に至っては、まるでジェームズ・ボンド映画のような荒唐無稽ぶり(笑)。それはそれで別にいいのだけれど、あえて『メカニック』を名乗る必要もなかったのではないかとも思えてしまう。まあ、それもある意味、スター映画の宿命みたいなものか。 なお、ビショップの自宅として撮影に使われた豪邸は、ロサンゼルスのウェストハリウッドに実在するが、本作の数年後に全面改修されているため、当時の面影を残しているのは門から玄関までの急な坂道だけだそうだ。また、組織のボスが暮らしている広々とした大豪邸は、サム・ペキンパー監督の『バイオレント・サタデー』(’83)のロケ地にもなった場所で、もともとはハリウッドの大スター、ロバート・テイラーが所有していた。さらに、スティーヴがチキンのデリバリーを装って押し入る邸宅も、ロサンゼルスに隣接するパサデナ市に実在しており、こちらはテレビ版『バットマン』(‘66~’68)のブルース・ウェイン邸の外観として使用されている。▪︎ © 1972 METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2018.09.05
ロジャー・コーマン製作の『ジョーズ』亜流映画はバカの連鎖によって大惨事が引き起こされる痛快(?)ブラック・コメディ『ピラニア』
B級映画の帝王ロジャー・コーマンが弟ジーンと共に、'70年に設立したインディペンデント系映画会社ニューワールド・ピクチャーズ。'83年にコーマンがハリウッドの大物弁護士3人の合弁会社へ売却するまでの間、実に100本以上の低予算エンターテインメント映画を製作・配給した同社だが、その中でも興行的に最大のヒットを記録した作品がジョー・ダンテ監督の『ピラニア』('78)だった。 ニューワールド・ピクチャーズの基本方針といえば、言うまでもなく徹底したコストの削減である。人件費を浮かせるため撮影期間は最小限に抑えられ、キャストもギャラの安い無名の若手新人か落ちぶれたベテラン勢で固め、セットや衣装、大道具・小道具などは別の映画でも使い回しされた。時にはフィルムそのものを使い回すことも。さらに、リスクを取ることなく確実に当てるため、映画界のトレンドやブームには積極的に便乗。最初期の代表作『危ない看護婦』('72)シリーズは折からのソフトポルノ人気に着目しての企画だったし、ヨーロッパ産の女囚映画が当たり始めるとすかさず『残酷女刑務所』('71)や『残虐全裸女収容所』('72)などの女囚物をバンバン連発した。さらに、『バニシングIN 60”』('74)が大ヒットすれば『デスレース2000年』('75)や『バニシングIN TURBO』('76)を、『スター・ウォーズ』('77)がブームになれば『宇宙の七人』('80)や『スペース・レイダース』('83)を、『エイリアン』('79)が当たれば『ギャラクシー・オブ・テラー/恐怖の惑星』('81)や『禁断の惑星エグザビア』('82)をといった具合に、時流のジャンルや大ヒット映画を臆面もなくパクるのがコーマン流の成功術だったわけだ。 なので、当時のロジャー・コーマンが折からの『ジョーズ』ブームに目を付けたのも当然と言えよう。'75年の6月に全米公開されたスティーブン・スピルバーグ監督の『ジョーズ』('75)は、900万ドルの予算に対して4億7000万ドル以上を売り上げ、各映画会社が夏休みシーズンに目玉映画を公開するサマー・ブロックバスターの恒例行事を初めて確立し、自然界の生き物が人間を襲うという動物パニック映画のブームを巻き起こした。自然公園に出現したクマが人間を襲う『グリズリー』('76)、可愛い犬たちが集団で人間を襲撃する『ドッグ』('76)、さらにはオゾン層の破壊の影響で様々な動物が凶暴化する『アニマル大戦争』('77)などなど。ただ、『シャークジョーズ/人喰い鮫の逆襲』('76・旧テレビタイトル)と『オルカ』('77)、そしてイタリア産の巨大タコ映画『テンタクルズ』('78)の例外を除くと、『ジョーズ』の直接的な亜流に当たる水中生物系のパニック映画が量産されるようになるまでには少し時間がかかった。 そもそも、この『ピラニア』だって『ジョーズ』のヒットから3年も経って劇場公開されている。そのほか、鮫だけでなくワニやカマスや海洋モンスターなど、手を変え品を変えた一連の『ジョーズ』パクり映画群も、だいたい'78~'81年頃に集中して作られている。その理由の一つとして考えられるのは、陸上に比べると水中撮影は時間もコストもかかることであろう。また、『ジョーズ』のように撮影用の巨大な生物メカを製作するとなると、さらに費用がかかってしまう。懐に余裕のない独立系映画会社にとっては負担が大きい。しかし、多くのプロデューサーが『ジョーズ』の亜流映画製作に慎重となった最大の理由は、本家製作元のユニバーサルから訴えられることを恐れたためではないかと思われる。実際、あまりにもストーリーが『ジョーズ』と酷似したイタリア産の『ジョーズ・リターンズ』('81)は、案の定ユニバーサルから訴訟を起こされ、全米公開からたったの1か月で上映を差し止められている。それでも1800万ドルの興行収入を稼いだというのだから立派なものなのだが。 そういうわけで、巨大な鮫に対して小さいピラニアだったら、仮に訴えられても言い訳できるだろうと考えたロジャー・コーマン。ところが、当時『ジョーズ2』('78)を劇場公開したばかりだったユニバーサルは、著作権侵害を理由に『ピラニア』の公開差し止めを求めようと動いていた。うちの客を奪われちゃかなわん!ってことなのだろう。それを思いとどまらせたのが、なんとほかでもない本家『ジョーズ』の生みの親スピルバーグ監督だったと言われている。事前に『ピラニア』本編の完成版を見て気に入ったスピルバーグは、ジョー・ダンテ監督の腕前を高く評価していたらしいのだ。そのことをダンテ監督自身は、後にオムニバス映画『トワイライトゾーン/異次元の体験』('83)の監督の一人として、スピルバーグから声がかかるまで全く知らなかったらしい。その後、『グレムリン』('84)や『インナースペース』('87)などでもダンテと組むことになるスピルバーグだが、この頃から既に彼の才能に着目していたのである。 そんなスピルバーグをも認めさせた映画『ピラニア』の面白さとは、一言で言うなら「開き直りのパワー」であろうか。どうせ低予算のパクり映画なんだから、思い切って好きなことやって楽しんじゃおうぜ!という若いスタッフの情熱と意気込みが、スクリーンから溢れ出ているのである。先述したように、ロジャー・コーマンは徹底して予算を抑えた映画作りをしていたわけだが、その一方で経験が豊富とは言えない若いスタッフたちに積極的にチャンスを与え、クリエイティブ面でも彼らの意見を最大限に尊重し、その才能を後押しすることを惜しまなかった。まあ、それもまたコーマン流の人件費削減術(経験の浅いスタッフはギャラも安い)なのだが、結果的に多くの優秀な映画人が彼のもとから育ったわけだから全然オッケーでしょう。実際、ニューワールド作品からも、ロン・ハワードやジョナサン・デミ、ジョナサン・カプラン、ポール・バーテルなどの監督が巣立っていった。もちろん、『ピラニア』のジョー・ダンテもその一人だ。 もともと、ニューワールド作品の予告編編集マンとして腕を磨いてきたダンテ監督。『ハリウッド・ブルバード』('76)での共同監督を経て、初めて単独で演出を任されたのが『ピラニア』だった。当時のダンテ監督は31歳。脚本のジョン・セイルズは26歳だし、そのほか編集のマーク・ゴールドブラットやクリーチャー・デザインのフィル・ティペット、特殊効果担当のクリス・ウェイラスなど、後にオスカーを賑わせる豪華なスタッフたちも、みんな当時は20~30代のチャレンジ精神旺盛な若者だった。当初オファーされていたリック・ベイカーの推薦で、特殊メイク担当の代役に起用されたロブ・ボッティンなどは、まだ18歳の少年だったというのだから驚きだ。そんな彼らの、お金も経験もないけれどアイディアでは負けないぜ!という向上心と貪欲さが、本作の屋台骨をしっかり支えていると言えよう。 オープニングはテキサスの山奥の怪しげな施設。そこへ迷い込んだ10代男女のバックパッカーが、「あ!プールあるじゃん!まじラッキー!」とばかりに素っ裸になって飛び込み、案の定というかなんというか、水中に潜む正体不明の何かに殺されてしまう。で、そんな2人の行方を捜しにやって来た家出捜索人マギー(ヘザー・メンジーズ)は、飲んだくれの自然ガイド、ポール(ブラッドフォード・ディルマン)の案内で若者たちが足を延ばしたであろう例の施設へ。プールの水を抜けば何か分かるかもしれないと考えた2人は、彼らの様子を陰でうかがっていた科学者ホーク博士(ケヴィン・マッカーシー)が必死になって止めるのも聞かず…というか、なんかヤバいオッサンが出てきた!こんな××××は問答無用で倒すべし!とばかりに、博士を殴って気絶させてプールの排水蛇口をひねってしまう。近くの川へと流れ出るプールの水。しかし、そこには米軍がベトナム戦争の生物兵器として開発した獰猛なピラニアの大群が潜んでいたのだ…! というわけで、この映画、基本的に愚かでバカな連中が愚かでバカなことをやらかし続けた挙句、そのバカの連鎖によって大惨事が引き起こされるという痛快(?)なブラック・コメディなのである。冒頭のティーン男女然り、主人公のマギーとポール然り、ピラニアを遺伝子操作したホーク博士然り、さらには隠蔽工作をする米軍大佐(ブルース・ゴードン)やその片腕のメンジャーズ博士(バーバラ・スティール)、リゾート施設の悪徳経営者ガードナー(ディック・ミラー)といった憎まれ役に至るまで、みーんな後先のことなど深く考えずに間違った選択をしてしまう。しかも、誰一人として反省しない(笑)。その究極がクライマックスの無謀としか思えないピラニア撃退作戦ですよ。結局、人類にとって最大の害悪は人類そのもの。そんな大いなる皮肉をシニカルなユーモアで描いたジョン・セイルズの脚本は実に秀逸だ。 とはいえ、やはり最大の見どころはピラニアの大群が人間を襲う阿鼻叫喚のパニック・シーン。しかも、子供たちが楽しげに水遊びをするサマー・キャンプ、大勢の観光客で賑わう川べりのリゾート施設と、2か所でピラニアたちが派手に大暴れしてくれる。ここで才能を大いに発揮するのが、フィル・ティペットやクリス・ウェイラス、ロブ・ボッティンといった、'80年代以降のハリウッド映画を引っ張っていくことになる若き天才特撮マン&天才特殊メイクマンたちだ。人間を食い殺すピラニアたちは、いずれもゴム製のパペットに長い棒を通して、手元の引き金で口をパクパクさせるだけの単純な代物だが、絶妙なカメラアングルと細かな操作によってリアルに見せているし、後に『ターミネーター』シリーズで名を上げる編集者マーク・ゴールドプラットのスピーディで細かいカット割りがアナログ技術の粗を上手いこと隠している。子供だろうが女性だろうが容赦なく血祭りにあげていく大胆さも小気味いい。まさにやりたい放題。しかも、毎日上がってくる未編集フィルムをチェックしていたロジャー・コーマンが、唯一現場に要求したのは「もっと血糊を」だったというのだから、御大もよく分かっていらっしゃる(笑)。 水面に生首が浮かぶシーンには少々ギョッとさせられるが、実はこれ、ロブ・ボッティンが自分の頭部をモデルに製作したダミーヘッドだ。そういえば、前半の軍施設に登場するストップモーション・アニメのミニ・クリーチャーは、特撮映画の神様レイ・ハリーハウゼンの『地球へ2千万マイル』('57)に出てくる怪物イーマへのオマージュだし、劇中のテレビには『大怪獣出現』('57)のワンシーンも映し出される。そうした、ダンテ監督やスタッフの映画マニアっぷりを感じさせる小ネタを含め、そこかしこにお茶目な遊びが散りばめられているところも本作の大きな魅力だ。もしかすると、スピルバーグはそういったところに感じるものがあったのかもしれない。低予算のB級エンターテインメントとして良く出来ているのは勿論のこと、とにかく全編を通してすこぶる楽しいのだ。 かくして、興行収入1600万ドルのスマッシュ・ヒットを記録した『ピラニア』。3年後にはジェームズ・キャメロン監督による続編『殺人魚フライングキラー』('81)が作られ、さらにはオリジナルの特撮シーンを流用したテレビ版リメイク『ザ・ピラニア/殺戮生命体』('95)、フランスの鬼才アレクサンドル・アジャによる新たなリメイク『ピラニア3D』('10)とその続編『ピラニア リターンズ』('12)まで生まれるという、本家『ジョーズ』も顔負けのフランチャイズと化したことは、恐らくロジャー・コーマンもジョー・ダンテも想像していなかっただろう。これに関しては、もともとコーマンのもとへ企画を持ち込んだ元日活女優・筑波久子こと、チャコ・ヴァン・リューウェンの尽力によるものと言える。しかしそれにしても、本来『ジョーズ』のパクりである本作が、さらにイタリアで『キラーフィッシュ』('79)としてパクられたのだから、映画ビジネスの世界というのは面白い。 なお、本作を足掛かりにダンテ監督は人狼映画の傑作『ハウリング』('81)を成功させ、さらに先述した通りスピルバーグとのコラボレーションを経てハリウッドの売れっ子監督に。一方のコーマン御大率いるニューワールド・ピクチャーズは、太古の巨大魚が人間を襲う『ジュラシック・ジョーズ』('79)に海洋モンスター軍団が海辺の町を襲う『モンスター・パニック』('80)を製作。さらに、ニューワールド売却後にコーマンが新設した映画会社ニューホライズンズでも、トカゲ人間がハワイのリゾート地に現れる『彼女がトカゲに喰われたら』('87)なるポンコツ映画を作っている。◾️ © 1978 THE PACIFIC TRUST D.B.A. PIRANHA PRODUCTIONS. 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