検索結果
-
COLUMN/コラム2020.10.28
“時”に囚われし男ビギニング『メメント』
左手が持つ、ポラロイド写真。そこには後頭部を撃たれて、倒れている者の姿が映っている。写真がせわしなく振られると、なぜか写っている者の姿が消えていく。 真っ白になった写真をポラロイドカメラの前面に差すと、本体へと吸い込まれながら、ストロボが光り、シャッターが切られる。カメラを持つのは、返り血を頬に浴びたらしい、細身で金髪の男(演;ガイ・ピアース)。 床には血が流れ、眼鏡が落ちている。そして写真の構図通りに、後頭部を撃たれて倒れている者が映る。 金髪の男の手元に、足元から吸い寄せられるように拳銃が収まり、転がっていた薬莢は拳銃本体へ。と同時に、倒れていた者の顔に眼鏡が戻り、銃声が鳴り響くと、弾が発射される前の瞬間に時間は逆行。眼鏡の男(演;ジョー・パントリアーノ)は振り返りながら、絶叫する…。 これが『メメント』の、2分ほどのファーストシーンである。これから本作が何を描こうとしているのかを、端的に表しているオープニングと言える。 金髪の男が、眼鏡の男の後頭部を撃って、殺害した。それは一体、なぜなのか?これから時間を逆行させながら、解き明かしていきます!クリストファー・ノーラン監督が、そのように宣言を行っているのである。 このオープニングに続いては、暫しモノクロのシーンとカラーのシーンが、交互に登場する。このモノクロのシーンの時制ははっきりとしないが、金髪の男=主人公のモノローグによって、彼のプロフィールが説明される。 彼の名は、レナード。元は保険調査員だったが、妻を目の前で強盗に殺された過去を持つ。その際に頭を強打され、“前向性健忘”=「新しい記憶が10分しかもたない」という、脳障害を持つ身となってしまった。そしてそれ以来、妻を殺した犯人への復讐を目的に生きている男であることが、わかる。 一方でカラーのシーンは、現在から過去へと遡っていくタイムラインとなっている。このカラーのパートが、レナードが「新しい記憶が10分しかもたない」ということを表現するのに、実に効果的な役割を果している。 カラーの各シーンは、大体3~5分程度の長さ。つまりそのシーンでの行動に関して、レナードはなぜそのように振舞うに至ったか、常に記憶が維持できずに、忘れてしまっている。 例えばこんなシーン。いきなり、レナードが走っている。でも何で全力疾走しているのか、自分でわからなくなっている。気付くと、離れて並走している男がいる。「この男を追っているのか?俺が追われているのか?」 そう思いながら、その男へと接近する。すると男はいきなり拳銃を取り出し、レナードに向けて発砲する。「俺の方が、追われていたんだ」 このシーンの場合、なぜその男に追われていたかということが、モノクロを挟んで、次のカラー、即ち時間的に逆行したシーンに進んで(=戻って)から、説明される。それまでは主人公が、どんな理由で誰に追われていたのか、観客にもわからない仕組みになっているのである。 映画の冒頭で、レナードはなぜ眼鏡の男=テディを殺害したのか?彼こそがレナードの妻殺しの犯人だったのか?この謎は、過去へと逆行する中で、徐々に明らかになっていく。そして最後に観客の前に、すべての真相が提示される。 そこには、それまで時制がはっきりしなかったモノクロのシーンも大きく絡んでくる。この辺り、正にアッと驚く仕掛けになっている。本作をこれから初見の方は、是非カラーとモノクロの使い分けにも、大いに注目いただきたい。 さて先に記したように、『メメント』は興行・評価両面で大成功!この後ノーランは、彼の才能を高く買ったスティーヴン・ソダーバーグらの協力で、アル・パチーノ主演、製作費4,600万㌦の『インソムニア』(02)を手掛け、その後には「ダークナイト・トリロジー」の第1作で製作費1億5,000万㌦の『バットマン・ビギンズ』(05)を監督した。製作費的には倍々ゲーム以上の勢いで、ブロックバスター監督への道を猛進していったのである。 その後の活躍はご存知の通りであるが、今に至るそのフィルモグラフィーのほとんどで、ノーランは「時間をどう操るか」にこだわり続けている。『インセプション』(10)『インターステラー』(14)『ダンケルク』(17)…。最新作『TENET テネット』(20)の“時間逆行”シーンを観て、『メメント』のファーストシーンを想起した方も少なくないだろう。 こうした趣向は、ノーランがこよなく愛する“探偵小説”“ハードボイルド小説”の影響が大きいと、指摘する向きがある。フラッシュバックや時間の移行に関して様々な仕掛けを使う、こうしたジャンルへのこだわり故に、ノーランは、“時系列”を自由に入れ替える「ノンリニア」な作風へと導かれたというわけだ。 出発点はそこにあるのだろうが、今のノーランは、「時間をどう操るか」にこだわるというよりは、もはや「囚われている」かのようにも映る。それが映画的な躍動に繋がっていかないという、批判の声も出てきてはいる。ノーマークの新人監督から、『メメント』の成功で一気にハリウッドの寵児へと駆け上がっていった歩みが起因する、固執なのかも知れない。 彼がかねてから監督することを熱望する、『007』シリーズを今後手掛ける夢がかなったとしても、やはりそこは変わらないのだろうか?■
-
COLUMN/コラム2009.12.04
憎さあまって可愛さ100倍、『マトリックス』
前回書きかけた、『マトリックス』が大っっっっっっっっキライだった、ということの続きを、今回は書きます。まずワタクシ、基本、エンターテイメントが好きなんです。好きっていうか、スゴいと思う。心から感心する。感動すらする。より多くの人たちに、より満足度の高い娯楽を供給する、っていうミッション・インポッシブルを、商売柄、ワタクシも日々課せられてますんで、常にそれにチャレンジしつづけてる(で、ちゃんと結果だしてる)ハリウッドを、ワタクシ、心底リスペクトしてるのです。100人いたら100人全員を楽しませるってことが、実は一番ムズかしい。逆に、100人全員を楽しませなくていいんだ、って開き直っちゃったような映画、「ミーの高尚なアートがユーに理解できるザマすか?」的な芸術映画だとか、「解るヤツだけオレ様についてこい!ついてこれん落伍者は容赦なく置き去りにするぞ!」的な難解オレ様映画だとかに、まるっきし興味ないです。エゴだよそれは(byアムロ)。そんなワケでして、実はワタクシ、『マトリックス』、好きじゃなかったんです…。公開時にリアルタイムで見てんですが、1は確かに面白かった! 1はまごうかたなきエンターテイメント映画でしたから。お客さんに楽しんでもらって、喜んで映画館から帰ってもらおう、っていうまっとうな商売人としての低姿勢さが、ちゃ~んと感じられた。2で、つまらなくなった。っていうか、監督兄弟が本当にやりたかったのは、エンターテイメントじゃなかったんだ、“オレ様映画”がやりたかったんだ、ってことが、2で分かっちゃった。2公開時、「ストーリー、意味わかんない。でも、最終作の3で全てのナゾが解けるんでしょ?」、的な、むなしい期待論もささやかれてました。でも、そりゃありえないって!とワタクシ思ったもんですわ。もはや明らかに2で方向転換してるじゃんか、「解るヤツだけオレ様についてこい」路線に。で、3公開。ワタクシは期待せずに見に行ったワケですが、案の定、ますますワケわからない状態で、シリーズは終わっちゃった。こうなる未来は2の時すでにワタクシにゃ見えてたのだよ。オラクルのようにね!とまぁ、ここまでは、ワタクシ個人の感想と思い出です。ただ、世間一般的にも、この、「1面白い、2つまらない」という感想は、皆様がかなり共通に抱いたようでして、2がワケわからなすぎて3見る気が失せちゃって、結局、3見ず終い、っつう人が、ワタクシの回りじゃけっこう多かった。ネットで調べてもそういう声は多いようです。今回のザ・シネマでの放送では、そういう人が多いという仮説にのっとり、かつて2まで見てやめちゃった人や、今回初めて『マトリックス』を見るんだけど、やっぱり2で見るのやめちゃうであろう人たちを、いかにして3までつなげるか、という点を、実は当方といたしましては課題としてたんです。 とにかく問題となるのは、2がワケわからなすぎる、ってこと。特に終盤ですよね。アーキテクトなるナゾの白髪翁(マトリックスを作ったヤツ?)が出てきますが、そいつとネオとの、TVモニターがいっぱいある変な部屋(ソース?なにソースって)でのやりとりが、まるで禅問答みたいでMAX意味不明。さらに中盤での、予言者とネオの会話も、かなりワケわかりません。そこらへんが分かって、2で何が描かれ、何が語られたかぜんぶ分かって、はじめて、3を見る気が起こる。3も、見終わった後に意味不明感や消化不良感が残るようじゃ、「面白かった!」という評価にはならんだろ、ここは疑問を残させないぐらいの解説が必要だ!って結論に達したんですわ。そこでまず、シリーズ3本一挙にやる!ことにしました。これ、民放なんかでバラバラに放送されたりしてましたが、ただでさえ難解なものが、それをやっちゃあ致命的に分からなくなる。イッキ見は最低限マストでしょう!! さらに、ウチでは特番つくりました。本編後にはストーリーのおさらいも付けました。あれらは全て、主に、そういう意図にもとづいて作られてたんです。実は、特番などを作るに際し、ワタクシ、『マトリックス』シリーズを通しで8回見ました!1回見ただけじゃ意味分からない。2回目にやっと「そっか!これって、もしかしてこういう意味!?」みたいな発見があり、その漠然とした発見を補強するために、さらに立て続けに見返して、8回目にしてようやく、悟りの境地に達したのであります。後日、番組制作のための打ち合わせの席で、ディレクターの解釈とワタクシの解釈では、かなり喰い違う部分が出てきた。で、そっから議論が勃発!トータルで10時間以上は激論を戦わせましたねぇ。この時から、『マトリックス』はワタクシにとって、映画史上もっとも面白いSF映画となったのです!ディレクターとの激論バトル、これが、何年かぶりぐらいに面白い映画体験だった! そういや学生だった頃、映画ヲタクのワタクシは、よくそんな議論をヲタク仲間どもと繰り広げたもんです。何時間も、とか、夜通し、とか、電話の子機(その時代は家電ってのがあって子機ってもんがあった)の充電が無くなるまで、とかね。映画好きの人の中には、そういう経験がある人って、少なからずいると思うんすよね。ケンケンガクガクの映画談義。いや~、今となっては遠い日の思い出ですわ。でも、社会に出て働きだして、あれやこれやで忙しくなると、そんなことしてるヒマがなくなっちゃった。いや、実は、ヒマなんていくらでもあるのかも。ただ人として萎えてきただけなのかも。 「議論なんか面倒だ」 「疲れるだけだ」 「たかが映画じゃないか」 「映画ごときで声を嗄らして議論するのもバカらしい」…我ながら、イヤ~な年のとり方をしちまいました。悲しいぐらいつまんねーオトナになっちゃってます…。その映画に何が描かれてるか理解するため、全神経を集中させ、頭をフル回転させて、緊張して映画と向き合う。何度も繰り返し見て、どうにかして理解しようと努める。そうやって築いた自分なりの理解も、他人のそれとは喰い違ってるかもしれない。その場合、双方の相違点をとことん徹底的にぶつけ合う。恐れず逃げず、議論する。エキサイティングですよ、これって! っていうか、それがエキサイティングだったっという遠い日の記憶を、ほんと十何年かぶりに思い出させてもらいましたわ、『マトリックス』に!100人中100人を喜ばせるエンターテインメントをリスペクトする、って気持ちは今も変わりません。が、知性を挑発してくるような、知的格闘を強いられるような、“手強い映画”だけが持ってる、楽しさと興奮。そうした楽しさと興奮ってのは、古びる、色褪せる、ってことがありません。『マトリックス』はアクションも売りです。VFXも売りです。ただ残念ながら、それらにゃ賞味期限ってもんがありますよね。特にVFXなんて日進月歩ですから、いずれは色褪せていく運命です。『マトリックス』は作られて10年ぐらいなんで、2009年現在まだ迫力は感じますが、さらに10年、20年、30年と時がたてば、『マトリックス』の特撮やアクションなんて、特に目新しさもなく、大して迫力も感じさせないものなってくことでしょう。でも、知的興奮、知的スリル、その面白さは、けっして賞味期限切れで腐ってくことはない。2020年、2030年、2040年の未来に生きる映画ファンたちも、『マトリックス』が持っている、そうした魅力に興奮させられるだろうことは、間違いないと確信しますね、ワタクシは。『マトリックス』は、まさに、知的に挑発してくる映画です。知的格闘を強いられる映画です。1度見ただけでは分からないと思います(分かったらスゴい!)。けど、2度・3度と見るごとに、どんどんと面白く感じられるようになるハズです。「もう見飽きたよ」ということに、永遠にならない、奇跡のような映画なのです。歴代SF映画のベストに、『マトリックス』を推す人ってのが、けっこういます。つまらない(2以降)という声がある一方、一部で評価が異常に高い!ちなみにアメリカの権威ある映画(などのエンタメ全般)情報誌「エンターテイメント・ウィークリー」誌が、オフィシャルサイトで2007年に選出したベストSF1位も、実は『マトリックス』だったんです。それは、以上のようなワケなんでしょうな。あの、超有名SF大作『×××・××××』も、あの、大ヒットしたSFシリーズ『××××××××』も、ランキング圏外でした。それは、映像の迫力だけに依存しすぎてて、数十年たてば色褪せてくってうら寂しい末路が、なんとなく予想できちゃうからなんでしょう。『マトリックス』は、誰が見ても同じ解釈にはならない映画です。それでいいんです。視聴者の皆々様もきっと、それぞれの解釈(ワタクシのとはまるっきし違う)をお持ちになると思います。それでいいんです。だからこそ、『マトリックス』こそ映画史上最高のSF映画だ、なんです。今日日、ネットで探せば、『マトリックス』の解釈を記してるサイトなんて、山ほど出てきます。そんなのを参考程度に読みつつ、当チャンネルで『マトリックス』シリーズをご覧になった後は、ぜひ、あなた独自の解釈ってのを、試みてみてください。できれば、あなたの解釈を、誰かを相手に、ツバを引っかけ合うような議論でぶっつけてみてください。映画見るってこんなにエキサイティングな行為だったのか!と、『マトリックス』は、あらためて思い出させてくれると思いますよ。■ 『マトリックス レボリューションズ』™ & © Warner Bros. Entertainment Inc.