ザ・シネマ 尾崎一男
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COLUMN/コラム2025.09.05
デヴィッド・フィンチャーが再創造した“北欧ノワール” ー『ドラゴン・タトゥーの女』
◆物語と社会批評性を継受する 2011年に公開されたアメリカ映画『ドラゴン・タトゥーの女』は、スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンによるベストセラー小説「ミレニアム」シリーズを、『セブン』(1995)『ソーシャル・ネットワーク』(2010)のデヴィッド・フィンチャーが新たに映画化した作品(以下「フィンチャー版」と記す)だ。既に同じ原作の映画『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009/以下「スウェーデン版」)が存在する中での再映画化はさまざまなリスクを伴っていたが、フィンチャーは原作の骨格を忠実に守りつつも、独自の美学を通じて「再創造」と呼ぶべき成果を上げたのだ。 ストーリーは雑誌「ミレニアム」の発行責任者ミカエル・ブルムクヴィスト(ダニエル・クレイグ)が、大財閥ヴァンゲル家にまつわる失踪事件を調査するという出だしから始まる。40年前に行方不明となった姪のハリエットをめぐり、閉ざされた一族の屋敷に滞在することになった彼は、調査の過程でヴァンゲル家の暗い歴史や、連続殺人の影へと迫っていく。 そんな捜索の過程で協力者として現れるのが、背中にドラゴンのタトゥーを背負った天才ハッカー、リスベット・サランデル(ルーニー・マーラ)だ。彼女は社会から逸脱した存在でありながらも、鋭い知能と強靭な意志を武器に、ミカエルとの奇妙な信頼関係を築いていく。 優秀なジャーナリストでもあったラーソンの小説は、単なる推理ミステリーにとどまらず、スウェーデン社会に巣食う女性差別や企業不正、そして右翼過激派の問題を暴き出す社会批評の書でもあった。フィンチャー版もその精神を受け継ぎ、雪深い北欧の風景は閉塞感を象徴し、物語に冷徹なサスペンスを加える。特に孤立した島の屋敷という舞台は、閉ざされた共同体に潜む暴力性を可視化させ、観客に社会的なテーマを強く突きつける。そしてジャーナリズムの使命や女性への暴力といった問題は、リスベットの存在を通してより鋭く提示される。彼女は被害者であると同時に、加害者に報復する主体であり、男性中心社会に対するアンチテーゼそのものなのだ。 ◆キャラクター造形とビジュアル表現 フィンチャー版のリスベットは、ルーニー・マーラの徹底した役作りにより、オーディエンスに強烈なまでに印象付けられていく。特殊メイクに頼らず実際にピアスを装着し、肉体そのものを役に変貌させることで、彼女はリスベットの痛みや孤独、そして怒りを生々しく表現したのだ。そしてパンクな装いは単なるファッションにとどまらず、社会への抵抗の象徴として力強く機能している。彼女は正義の化身ではなく、矛盾と傷を抱えた人間として描かれることで普遍化し、観る者の共感を呼ぶのだ。 またリスベットは、ミカエルとの関係性も重要な要素として併せ持っている。倫理的で冷静なジャーナリストであるミカエルと、社会からはみ出した破天荒なハッカーであるリスベット。両者の対比は物語に緊張感を与え、協働の過程で生まれる信頼が、サスペンスを越境した人間ドラマを築き上げていく。フィンチャー版ではこの関係性が繊細に描かれ、観客に深い余韻を残す。そして最後にかかる「イズ・ユア・ラヴ・ストロング・イナフ?」(リドリー・スコット監督による『レジェンド/光と闇の伝説』(1986)米公開版のエンディングとして有名)のカバーは、彼女のミカエルへの思いを代弁する。 あなたの愛は、海の岩のように強いの?わたしは求めすぎなのでしょうかー。 映像面では、フィンチャーが得意とする冷徹な画作りが、このようなミステリアスで哀しい物語を支える。暗色を基調とした画面設計、緻密な構図、そして色彩の徹底的な管理によって、観客は常に居心地の悪さを覚える。それは同時に、真相を追う緊張感へと没入させるギミックでもある。オープニングで用いられた、トレント・レズナーとアティカス・ロスによる「移民の歌」のカバーをバックに、タールで全てが覆われていくタイトルシークエンス(担当は後に『デッドプール』(2016)で監督デビューするティム・ミラーとBlur Studio)は、その不穏な世界観をダイレクトに提示する。 なにより特記すべきは、映像が単なる美的表現ではなく、物語の精神とリンクしている点だ。例えばリスベットのクローズアップは悲しみを誇張するのではなく、冷たい解像感によって別の感情へと訴えていく。また雪景と屋内の色温度の対比は、歴史とトラウマの二項対立を象徴するものだ。フィンチャーはビジュアルそのものを論理の延長として用い、観客を心理的に操作しているのである。 ◆撮影技術とフィンチャーの哲学 そんなフィンチャー版を視覚的に成立させたのは、撮影監督であるジェフ・クローネンウェスのはたらきによるといって過言ではない。使用カメラはRED One MXとRED Epic。Epicの5K収録をベースとし、4K仕上げにすることで、後のポストプロダクションでのリフレーミングやスタビライズに耐えうる設計がなされていた。これはフィンチャーの「24fpsレベルでのPhotoshop」という持論を体現するワークフローである。つまり撮りきりではなく、多数のテイクを重ねたうえでショットを厳選し、後に微細な合成をおこない、俳優の目線や言葉を統合して一つの最適解としてのショットを作り上げていく。そんな映画制作そのものが、作中の調査プロセスと同型をなしているといえる。 またレンズは歪みが少なく高解像を得られるZeiss Master Primeを用い、冷淡な観察者の視線を実現している。加えて照明は低照度で設計され、肌はキーより一段落として血色を抑える。また雪景の反射光や、室内のタングステン光を意図的に対置させることで、北欧の自然と人間社会の軋みを視覚的にあらわした。特にヴァンゲル家の屋敷では、窓外の雪の白と室内の黄が衝突し、それが歴史に縛られる一族の暗さを暗喩している。 シーンごとの光の設計も緻密で、リスベットの部屋はモニター光や蛍光灯をそのまま活かし、鈍い冷気を画面に定着させている。マルティン・ヴァンゲル(ステラン・スカルスガルド)の地下室では、色温度を中庸に保つことで、血の赤や金属の反射を過剰に演出せず、むしろ抑制された冷淡さで恐怖を増幅させている。これは観客に「感情的な恐怖」ではなく「制度的な暴力の冷酷さ」を伝える表現であり、フィンチャーらしい残酷さの描き方といえるだろう。 こうした技術的な設計は、北欧ノワールの文脈を踏まえながらも、フィンチャーならではの哲学を付与している。寒色の自然光と制度的な暴力というテーマはそのままに、ジェンダーの力学を先鋭化し、視覚的な言語でリスベットの位置づけを表象する。わずかに外された構図、中心からのずれは、彼女が社会の枠に収まらない存在であることを示す視覚的な符号だ。 『ドラゴン・タトゥーの女』は、こうしてノワールミステリーの枠組みを借りながら、フィンチャーが撮影からポストプロダクションに至るまでを精密に再構築し、物語のテーマと制作プロセスが同型をなす点で独自性を放つ。リスベットがシステムの隙間から真実を構成するように、フィンチャーもまた撮影後のショットを再配列し、冷徹でありながらも強烈なリアリティを獲得する。そこに我々は、映画の内容とと視覚的美学の結節点を覚えるのだ。 本作は興行的な大ヒットには至らなかったものの、批評面では高く評価された。米アカデミー賞では編集賞を受賞し、撮影賞や主演女優賞にもノミネート。特にマーラの演技は絶賛され、リスベット像を新たな次元へと引き上げた。以後の続編(2018年公開の『蜘蛛の巣を払う女』)で別の女優が演じることになっても、その存在感は依然として鮮烈である。■ 『ドラゴン・タトゥーの女』© 2011 Columbia Pictures Industries, Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2025.10.17
快楽ではない、バイオレンスの“苦痛”―『ワイルドバンチ』
◾️監督サム・ペキンパー、最高傑作誕生の舞台裏 1960年代末、アメリカ映画は旧来の西部劇神話からの脱却を迫られていた。ベトナム戦争や公民権運動を経て、人々は単純な善悪を超える、現実的な暴力と道義の崩壊をスクリーンに求め始めていたのだ。映画監督サム・ペキンパーはその時代精神に感応し、『ワイルドバンチ』(1969)を「アメリカ神話の葬送曲」として構想した。それは暴力の本質と、その倫理的痛みを可視化する試みだったのだ。 作品の撮影はメキシコ・コアウィラ州とドゥランゴ州でおこなわれ、81日間に及ぶ過酷なロケとなった。撮影監督ルシアン・バラードのもと、ペキンパーは複数台のカメラを異なるフレームレートで同時に使用し、スローモーションとマルチアングル編集を組み合わせる革新的な手法を採用。編集担当であるルー・ロンバルドは現場から同行し、ペキンパーと一体となって構成を創り上げた。撮影素材は膨大で、初期編集版はランニングタイムが3時間45分に達したという。そこから半年をかけて1/3を削り、編集し終えたときにはインターミッションを含めて150分に収められ、ショットの構成数は3.642カットになった(これはそれまで撮られたカラー映画としては最多記録)。こうした削除と再構成を経て、『ワイルドバンチ』は沈黙と爆発、緊張と緩和を反復する独自のリズムが形成されたのだ。 とりわけ編集の特徴は、人物の記憶や心情を示すフラッシュバックをストレートカットで挿入した点にある。当時のワーナー上層部は時制の混乱を理由に反対したが、ペキンパーは譲らず、結果としてこの技法は後の映画編集に大きな影響を与えた。また音響にも徹底したこだわりを見せ、銃ごとに異なる発砲音を作り分け、権威ある映画テレビ技術者協会の音響効果賞を受賞している。音楽もジェリー・フィールディングが半年以上を費やして作曲し、重層的な暴力の叙事詩を完成させた。 しかし完成までの道のりは平坦なものではなかった。1969年5月の一般向けプレビューでは、観客の多くが暴力描写に衝撃を受け、賛否両論が噴出した。ペキンパーの意図は暴力を快楽ではなく痛みとして描くことにあったが、スタジオ側は「残酷すぎる」と判断し、先のフラッシュバックの件も含めて上映時間の短縮を求めた。制作責任者ケネス・ハイマンの擁護も空しく、経営交代で新任のテッド・アシュリーが着任すると、監督不在のままフィル・フェルドマンが約10分を削除。主にカットされたのは以下である。 【1】ワイルドバンチのリーダー、パイク・ビショップ(ウィリアム・ホールデン)の旧友ディーク・ソーントン(ロバート・ライアン)が、いかにして捕えられたかを描くフラッシュバック。 【2】パイクの恋人オーロラがどのように殺され、パイク自身が負傷するに至った経緯を示すフラッシュバック。 【3】パイクの部下クレージー・リー(ボー・ホプキンス)がフレディ・サイクス(エドモンド・オブライエン)の孫であり、パイクが冒頭の強盗で意図的に彼を見捨てたことを示す砂漠のシーン。 【4】マパッチ将軍(エミリオ・フェルナンデス)が電報を待つ間に、パンチョ・ヴィラの軍勢から襲撃を受けるシーン。 【5】アグアベルデでのパンチョ・ヴィラ襲撃後の余波を描くシークエンス。 【6】約1分間にわたる、エンジェルの村での祭りの場面。 いずれも“暴力の中の倫理”を語る重要な挿話であり、この改変は全米規模で実施され、上映地域によって異なる長さのプリントが混在するという混乱を招いた。ペキンパーはこれを「暴力に人間味を与える部分を切り捨てた裏切り」と激しく非難している。興行的には健闘したものの、監督の意図は損なわれ、作品は血と硝煙のバイオレンスとして受け取られた。彼が本来描こうとしたのは、暴力を見つめる者たちの沈黙をとおし、時代の終焉を哀惜するものだったのである。 興味深いのは、この時点で削除された映像の多くが、ヨーロッパ配給用ネガとして保管されていたことだ。そこには列車強盗後にパイクが仲間を思い出すフラッシュバックや、村の子どもたちがバンチを真似る場面などが含まれていた。これらは後年の復元版で再び息を吹き返すことになるが、その萌芽はすでに撮影段階からペキンパーの構想に組み込まれていた。彼にとって『ワイルドバンチ』とは暴力を美化する映画ではなく、“崩壊する道義と失われゆく友情”を見つめるための作品だったのである。 ◾️バージョン変遷 ―上映・編集違いの実際 こうして『ワイルドバンチ』は公開以来、半世紀を経ても複数のバージョンが併存する稀有な作品となってしまった。その背景には先に挙げたように制作現場での編集方針の対立と検閲、商業的制約が複雑に絡み合っている。ペキンパーは脚本段階から「無法者たちの最期」と「裏切りと贖罪の物語」という二重構造を意図しており、編集は単なるテンポ調整ではなく、記憶と倫理を挿入する構築作業だった。 1969年3月に完成した試写版(約145分)は理想形に近かったが、アメリカ公開版では「テンポが遅い」「上映回数が減る」との理由で約135分に短縮された。削除されたのは、ペキンパーが「沈黙こそ最も雄弁」と称した場面群であり、結果として観客には壮絶な銃撃シーンの印象だけが強まった。 その削除作業は異例で、スタジオが各地の映写所に編集者を派遣し、現場で物理的にフィルムを切るという強引な方法が執られた。このため地域ごとに内容が異なるプリントが存在する事態となり、アメリカから“監督版”は失われた。長尺版はヨーロッパ市場にのみ残り、1970年代には名画座や大学上映を通じて“幻の完全版”として語り継がれた。 ●『ワイルドバンチ』は、1980年代のアメリカにおけるVHSやレーザーディスクなどのパッケージメディアでは、145分版の素材がマスターとして使用されていた。いっぽう日本では135分のアメリカ劇場公開バージョンが商品化されている。写真はその国内版レーザーディスク(筆者所有のもの)。当時、日本のファンの間では「カット版か」と敬遠されがちだったが、現在となっては削除シーンを比較・検証するうえで貴重な資料的価値をもつ。 時代を経て1980年代末、AFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)とワーナー・ブラザースが過去作品の修復プロジェクトを開始し、その過程でオリジナルネガの一部とヨーロッパ版マスターが再発見された。編集者ルー・ロンバルドとフィルム保存専門家が中心となり、ペキンパーのノートや脚本を参照しながら再構成を実施。1995年に145分の「ディレクターズカット版」が正式に復元・再公開されたのだ。ここで戻されたのは先に挙げたシーンに加え、冒頭の村人たちが放つ無言の視線、列車強奪後のフラッシュバック、決戦前の沈黙の間、そしてエピローグの子どもが銃を拾う場面である。これらはどれも“暴力を見つめるまなざし”を補完する重要な要素であり、ペキンパーが意図した倫理的リズムを回復させたのだ。 復元したものは一時NC-17指定を受けたが、問題視されたのは暴力描写そのものではなく、“子どもの視点から暴力を映す倫理性”だった。最終的にR指定へ戻されたが、同じ映像でも時代の感覚や文脈によって評価が変わることを示す象徴的な出来事となった。 以後、このディレクターズカット版が標準となり、135分の短縮版は歴史的資料に位置づけられた。2006年のDVD「Two-Disc Special Edition」ではさらに音声と色調が修復され、ペキンパー本来の編集意図がより強化された。編集者ロンバルドは「ペキンパーは一瞬の沈黙に真実を置いた」と語り、復元の本質が単なる長尺化ではなく、映画の呼吸の回復にあることを示したのだ。 ◾️ディレクターズカット版の意義と受容 『ワイルドバンチ ディレクターズカット版』の成立は映画史における、作家の権利回復を象徴する事件だった。ペキンパーが生前に完全な形での再上映を実現できなかったことを考えると、これは彼の死後に成し遂げられた和解でもある。このレストアによってオーディエンスは、初めて彼が意図した「暴力を見つめる沈黙」と「崩壊する友情の哀切」に、正面から向き合うことができるようになったのだ。 このディレクターズカット版の意義は、二つの側面から論じられる。第一に、映画そのものの構造的回復だ。削除されていたフラッシュバックや沈黙のカットが戻ることで、物語は単なるガンマンの最期から、裏切りと赦しの連鎖を描く悲劇へと変容する。特にパイクとデイクの過去を示す短い回想は、暴力に至る彼らの疲弊を浮き彫りにし、決戦の瞬間を暴力の快楽から、道義的な選択へと転化させている。この編集の復権によって、映画全体がペキンパー本来のリズムと思想を取り戻したのだ。 そして第二には、映画史的な意義だ。1990年代のレストアは、マーティン・スコセッシやロバート・ハリス、フランシス・フォード・コッポラらによるフィルム保存運動の流れの中で実現した。ペキンパーの名誉回復は、監督のヴィジョンを尊重するという新たな産業倫理をうながした。ワーナーはこの作品以降、スタジオによる再編集を避け、ディレクターズ・カットを尊重する方向へと転換する。つまり『ワイルドバンチ』は、ハリウッドにおける“作家主義の制度化”を後押しした記念碑でもあるのだ。■ 『ワイルドバンチ【ディレクターズカット版】』© 1969 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.