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放送作品情報

テナント/恐怖を借りた男

THE TENANT 1976年フランスアメリカ / 126分 / サスペンスホラー

現実と妄想の境目で男は正気を失っていく…ロマン・ポランスキー監督が主演も兼任するサイコスリラー
解説

スキャンダルでフランスへ逃亡したロマン・ポランスキーが監督と主演を兼ね、当時の追い詰められた心境を反映し描いたサイコスリラー。じわじわと膨らんでいく被害妄想を、悪夢のような不安感を漂わせて体現する。

ストーリー

ポーランド系ユダヤ人の青年トレルコフスキーは、パリの古アパートに空き部屋を見つける。以前住んでいた女性シモーヌが自殺を図ったと知った彼は、彼女の友人ステラにその理由を尋ねるが分からないという。やがてシモーヌは息を引き取り、トレルコフスキーは彼女の家具や持ち物が残ったままの部屋に転居する。だが、管理人や隣人たちとの度重なるトラブルに悩まされ、自分がシモーヌに変えられていくような妄想を抱いていく。

出演

ロマン・ポランスキー
イザベル・アジャーニ
メルヴィン・ダグラス
シェリー・ウィンタース
ほか

字幕/吹替
字幕
掲載制限
なし
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日 2017/3/12

    恐怖を借りたポランスキーの怪演全開

    ロマン・ポランスキー監督自らが怪演する変わったスリラー。 撮影監督は、スヴェン・ニクヴィスト。 『燃えよドラゴン』を観て欲情するイザベル・アジャーニは、あまり綺麗に撮られていない。 物語は、フランス国籍のポーランド人の独身男=トレルコフスキー(ロマン・ポランスキー)は、アパートを探していたが、事故物件(前住人の女性は投身自殺)の部屋を借りる。 近隣住民が変人だらけ、前歯が壁穴から出てくる部屋、入居後から様々な幻覚を見て、強迫観念を抱き始める男。 残された前住人の女性服を着て化粧したトレルコフスキーは、女用かつらを購入したりして、ますます変になっていく。 結局、自室から二回飛び降りて、自殺未遂となる男だが、病院で男が包帯だらけで寝ていると、その男の眼に映るのはイザベル・アジャーニと自分。 という夢か現か定かでない終わり方が不思議な映画であった。 しかし、観終わって面白かったか、と問われると、さほどではない感じ。

  • 鑑賞日 2016/4/23

    ポランスキーは、恐怖が似合う

    家映画なう! 63 テナント 恐怖を借りた男★★★★ ロマン・ポランスキー初期の作品。主演も兼ねている。自殺した女のあとの部屋を借りた男。隣人との微妙な関係で、精神状態を崩していく。普通に起こりうる社会を、ポランスキー得意のサスペンス演出で盛り上げる。

  • 鑑賞日 2016/3/16

    部屋も管理人達も陰気で、おまけにトイレが遠いし自殺があった部屋。なんであんな部屋を借りるのか謎。とにかく突然、女装を始めてびっくり。アジャーニとのシーンは絵になってて素敵だった。

  • 鑑賞日 2016/2/18

    この作品の5年後の「ポゼッション」で最高の憑依演技を見せてくれるイザベル・アジャーニ主演のホラー作品、と思って期待したがアジャーニは脇役で出番も少なく、俳優としてのポランスキー監督の独演会だった。ホラー映画としてはB級で、一番怖いのはポランスキー監督の不気味な女装w

  • 鑑賞日 2015/8/22

    病は気から(?)

    監督のポランスキー自身が気弱で真面目な男を好演している。そして「アデルの恋の物語」で高い評価を得た直後のイザベル・アジャーニが恋人(?)役で共演。この色香で21歳!う~ん・・・・・。そして、シェリー・ウィンタースを始めとするベテラン俳優陣が一癖も二癖もある演技を見せてくれていて、いや~な雰囲気を盛り上げていて、大いに楽しめる。

  • 鑑賞日 2015/6/17

    被害者は、被害者だと思った瞬間から被害者になる

    一応は怪奇譚であり、日本的な因縁噺のような筋立てだが、映画の肌触りはまるで違う。 前住人とトレルコフスキーの間には一切関係がない。 しかしながら、自分も前住人と同じく投身自殺をするのではなかろうか、動転していくハナシなのである。 この映画の核は、たぶん、 「被害者は、被害者だと思った瞬間から被害者になる」 というものだろう。 ユダヤ系ポーランド人のロマン・ポランスキーは自身もユダヤ人狩りの遭っているし、妻シャロン・テートも異常者に惨殺されている。 この現実を、ローラン・トポールのブラック小説を借りて、自分なりに決着(おとしまえ)をつけようとしたのではありますまいか。 次回作では、運命の翻弄される女性を描いた『テス』を撮り、しばらく時間を置いた後、サイレント期ハリウッド映画にオマージュを捧げた『ポランスキーの パイレーツ』、未知のパリで災厄に巻き込まれる男の『フランティック』と撮っている。 が、自身の監督作品で自身が出演したのは、ミイラ取りがミイラになる(なりそうな)1967年『吸血鬼』以降、この映画が最後である。 過去の体験から「被害者は、被害者だと思った瞬間から被害者になる」と思っていたのも、この映画では反映されている。 特に前半、自室内のノイズや、隣家からのノイズ、そのノイズの演出が、肌を擦られるように痛い。 なぜ、こんなに嫌な思いをしなければならないのか・・・ それが高じて、「わたしを嫌な気持ちにさせている」という思いになり、ひいては「わたしを犠牲者にしようとしている」という思いにさせていく。 この前半は、すこぶる上手い。 対して、後半は、映画的なサスペンスがダダ崩れ。 前住人が遺した衣装を着て、化粧までするのは、なんのか。 「犠牲者にするならしてみろ」ということなのだろうが、あまりに大仰。 彼を助けようとするひとすらも、加害者(と彼が思っているひと)みえるカットバックは薄ら寒くて怖いが、どうも、ひとり合点な怖さに終始している。 ベルイマン監督の常連、スヴェン・ニクヴィストのカメラは秀逸。

  • 鑑賞日 2015/7/10

    曰く付き物件

    前住人が自殺未遂した部屋に住む主人公は部屋に残る前住人の遺したものと隣人達の態度から、やがて妄念に取り憑かれ現実と虚構が混じっていく。ともあれこんな物件絶対借りない。

  • 鑑賞日 2015/6/2

    ポランスキーのセルフポートレート

    ロマン・ポランスキーが自ら主演して撮ったサイコ・サスペンス。イザベル・アジャーニを脇役にして、自分が主役を務める映画をとるなど、やはりこの人、ただの神経の持ち主ではない。 アジャーニはしかも眼鏡をかけている前半はぶさいくな女。彼女の美しさに邪な期待を抱いていた観客にとっては期待外れとなるだろう。 しかし、ポランスキーののちの作品を観た者にとっては、この映画作家の反復を認めることができる興味深い作品だ。 たとえば、エッフェル塔の見えるセーヌ河畔のショットがこの作品中何度か現れるが、このロケーションはエマニュエル・セニエが凶弾に斃れる「フランティック」の最後のシークエンスでも使われている。 また、ポランスキーが死んだ女の服を着て化粧を施した姿は、「毛皮のヴィーナス」のマチュー・アマルリックそのものである。似ているのだ、若かりし日のこのポランスキーとアマルリックの容貌が。 そもそも、この3本の作品ともに、謎めいた女(この「テナント」では全く謎の女である。)に引き寄せられる、自分が何者なのかがよく分からない状態の男の話ではないか。 「テナント」では、自殺した前の入居者への興味と模倣への欲望が主人公を死へと向かわせる。「フランティック」では、ハリソン・フォード演じる主人公のアメリカ人医師が、パリでパスポートと妻を失くす。「毛皮のヴィーナス」では舞台女優のオーディションをしているはずの演出家が、いつの間にかその品定めの対象となるはずの志望者に「演出」をされるのだ。 このように、これら3つのポランスキー作品では、謎の美女に翻弄され、アイデンティティを見失う男たちが描かれている。この「テナント」の主人公自身がそうであるように、これはポーランド出身でありながらフランス国籍を取り、さらにはアメリカで映画を撮っているポランスキー自身の姿なのであろう。

  • 鑑賞日 2015/5/18

    妄想か現実かー『テナント/恐怖を借りた男』

     隣人トラブルとは、核家族化が進み、近所とのつきあいが希薄になってきた、ごく最近の言葉、あるいは出来事だと思っていた。だが、そうではなかったようだ。本作の舞台となっている1970年代のフランスでは、そう珍しいことではなかったらしい。古い建物がそのままアパートとして使われており、したがって部屋によっては、水道がとおってなかったり、トイレがなかったりする。おまけに壁も薄い。他人と共同で住んでいることを意識しなければならない環境といえるだろう。こうした環境では、近所とのつきあいが重要になってくる。当然、やっかいな隣人は勘弁してほしい。だが本作では、ポランスキー演じる主人公、トレルコフスキーが、次第にやっかいな隣人となっていく。  初めは真面目な青年で、家主にも気に入られていた。勤勉で、やや高額と思える礼金も、現金で払えるぐらいの貯金もあった。しかし彼の借りた部屋に問題があった。先の住人が、自殺していたからだ。しかもその住人はまだ死んでおらず、入院中であった。自殺した住人がまだ入院中の部屋に、主人公は住みはじめるわけだ。こうした奇怪な状況にもかかわらず、たんたんと日常が描かれていく。原因不明の自殺のこと、アパートの向かいにあるカフェのこと、厳格な家主のこと、無鉄砲な同僚たちのこと、被害者意識の強い隣人のこと、などなど。だが次第にそれらが、不気味につながりはじめる。まるでトレルコフスキーを陥れるかのように。古い建物と決してオープンではない登場人物たちが、不気味に浮かび上がる。  もっとも、個々の出来事がつながる確証は、どこにもない。『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)の監督は、本作でも、妄想なのか現実なのかを明確にせずに、周囲との溝を深めていくトレルコフスキーの悲劇を描いている。ごくありふれた日常の出来事を、たんたんと描きながらも、恐怖の対象へと変貌させるポランスキーの手腕は、見事と言わねばならない。