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COLUMN/コラム2023.04.07
スコセッシ&デ・ニーロ“ギャングもの”3部作の最終作!?『カジノ』
2012年、イギリスの「Total Film」誌が、映画史に残る「監督と俳優のコラボレーション50組」を発表した。第3位の黒澤明と三船敏郎、第2位のジョン・フォードとジョン・ウェインを抑えて、堂々の第1位に輝いたのが、マーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロだった。 この時点で、スコセッシ&デ・ニーロが世に放っていた作品は、8本。その内には、『タクシードライバー』(76)や『レイジング・ブル』(80)など、今日ではアメリカ映画史上の“クラシック”として語られる作品も含まれる。 しかしながらこのコンビと言えば、まずは“ギャングもの”を思い浮かべる向きも、少なくないだろう。これは多分、デ・ニーロがスコセッシ作品と並行して出演した、『ゴッドファーザー PARTⅡ』(74)『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)『アンタッチャブル』(87)などの印象も相まってのことと思われるが…。 何はともかく、95年までのコンビ作8本の内3本までが、“ギャングもの”に分類される作品だったのは、紛れもない事実である。スコセッシ&デ・ニーロの“ギャングもの”3部作、それはコンビ第1作の『ミーン・ストリート』(73)を皮切りに、『グッドフェローズ』(90)、そして95年に発表した本作『カジノ』へと続いた。 ***** 1970年代初頭、サム“エース”ロスティーン(演:ロバート・デ・ニーロ)は、ギャンブルでインサイダー情報などを駆使。儲けさせてくれるノミ屋として、知られていた。 そんなサムに目をかけていたギャングのボスたちの肝煎りで、彼はラスベガスへと送り込まれる。任されたのは、巨大カジノ「タンジール」の経営。サムはカジノの売り上げを大幅にアップさせ、ボスたちの取り分も倍にする。 サムと同じ街で育ったギャング仲間の親友ニッキー・サントロ(演:ジョー・ペシ)も、ラスベガスに現れる。ニッキーは、いとも簡単に人を殺してしまう、荒くれ者。サムは危惧を抱きながらも、用心棒として頼りにする。 ある時サムは、カジノの常連で、ギャンブラーにして詐欺師のジンジャー(演:シャロン・ストーン)と出会い、惚れ込む。彼女が自分に愛は抱いておらず、腐れ縁のヒモに金を注ぎ込んでいるのも知っていたが、いずれ「愛させてみせる」と、自信満々にプロポーズ。2人の間には、早々に娘が生まれる。 しかしジンジャーは変わらず、やがて夫婦生活は暗礁に乗り上げる。彼女は酒とドラッグに溺れ、手に負えなくなっていく。 凶暴性を抑えることがない、ニッキーの暴走も、サムの頭痛の種に。しかもジンジャーが、慰めてくれるニッキーと、不倫の関係に陥ってしまう。 妻と親友の裏切り。そしてFBIの捜査の手がカジノに伸びてくる中で、サムは破滅への道を歩んでいく…。 ***** 1905年に砂漠の中に設立されて始まった、欲望渦巻くギャンブルの街ラスベガスを舞台にした、本作『カジノ』。登場人物はいずれも、「生まれつきかたぎの道には無縁の者たち」である。 原作&脚本でクレジットされているのは、ニコラス・ビレッジ。主に70年代のラスベガスに材を取り、実在のギャングたちとその興亡に関して、5年がかりで取材を進めた。 ビレッジは、スコセッシ&デ・ニーロの“ギャングもの”3部作の前作、『グッドフェローズ』の原作者兼脚本家でもある。しかし前作が、すでに出版されていた自作を、スコセッシと共に脚本化するというやり方で映画化したのに対し、今作でスコセッシから共同脚本の依頼を受けた時は、まだ書籍は書き始めたばかりだった。 当初は撮影が始まる前には、本も仕上げようと考えていたビレッジだったが、そのプランは雲散霧消。結局はスコセッシと共に、5か月間もシナリオの執筆に没頭することになる。 ビレッジ曰くスコセッシは、彼が提供したリサーチやメモに目を通して、「…何もないところから、つまりただのメモから脚本を書いた…」という。その作業は『グッドフェローズ』の時よりも、「…数段難しかった…」と述懐している。 そんな中でビレッジが驚かされたのは、スコセッシが脚本に、音楽を書き、カット割りを書き、ビジュアルの絵を描き、作品のトーンまで書いてしまうことだった。この時点でスコセッシの頭の中では、トータルな映画が出来上がっていたわけである。『カジノ』は、『グッドフェローズ』で成功した手法に、更に磨きを掛けた作品と言える。ひとつは“ヴォイス・オーバー・ナレーション”。 登場人物の心理をナレーションで語らせてしまうのは、ヘタクソな作り手がやると、目も当てられないことになる。しかしスコセッシは、サムそしてニッキーの胸の内をガンガン語らせることで、説明的なシーンの省略に成功。3時間近くに及ぶ長大なストーリーを、中だるみさせることなく、テンポよく見せ切ってしまう。 音楽の使い方も、前作を踏襲。できるだけその時代に合わせることを意識しながらも、ローリング・ストーンズからフリードウッド・マックなどのポップス、バッハの「マタイ受難曲」のようなクラシック、『ピクニック』(55)や『軽蔑』(63)のような作品のサントラまで、様々なジャンルの音楽を使用。エンドロールを〆る、ホーギー・カーマイケルの「スターダスト」まで、実に50数曲がスクリーンを彩る。 本作に登場する「生まれつきかたぎの道には無縁の者たち」の相当部分は、実在の人物を基にしている。主人公サムのモデルとなったのは、フランク“レフティ”ローゼンタールという男。実際にフランクがラスベガスで仕切っていたのは、4つのカジノだったが、本作では1箇所に集約。架空の巨大カジノ「タンジール」を作り出した。 因みに、この映画のファーストシーンで描かれる、サムがエンジンを掛けた車が爆発して吹き飛ばされるシーンは、モデルとなったフランクが、82年に実際に経験したことである。映画で描かれたのと同様に、フランクは九死に一生を得たものの、彼のラスベガスでのキャリアは、終焉を迎えることとなる。 そして後々、ニコラス・ビレッジの取材に対して自らの半生を語り、それが本作『カジノ』となる。そうした流れを考えても、あれ以上のファーストシーンは、なかったと言えるだろう。 さて、「生まれつきかたぎの道には無縁の者たち」を演じる俳優陣。デ・ニーロはもちろん、『グッドフェローズ』でアカデミー賞助演男優賞を獲得しているジョー・ペシにとっても、そんな役どころはもはや、「お手の物」のように映る。 そんな2人に対して、当時「意外」なキャスティングと話題になったのが、ジンジャー役のシャロン・ストーンだった。シャロンは『氷の微笑』(92)で、セックスシンボルとして注目を集め、一躍スターの仲間入りした印象が強い。 本人もスコセッシに対して、「…私のようなタイプの役者を必要とする映画とは無縁の人…」のように感じていたという。まさか彼の映画に出ることになるとは、夢にも思わなかったわけである。 しかしスコセッシは、シャロンがぽっと出のスターなどではなく、そこに至るまで20年近く、この世界で頑張っていたことを知っていた。スコセッシはシャロンと何度か話をして、彼女の中にジンジャーを自分のものとして演じられる重要な要素、死にもの狂いの必死さを見出したのである。 シャロンの起用はスコセッシにとって、「冒険ではあったけれど、一方では充分な計算に基づいてもいた…」という。 いざ撮影に入ると、シャロンに対して、デ・ニーロが惜しみなく助言を行った。それに励まされてか、シャロンは次々と有機的な提案を行う。子どもの前でコカインを吸うシーンや、衣装に少々たるみを出すことで、生活が崩れてボロボロになった様を表す等々は、彼女のアイディアが、スコセッシに採用されたものである。 本作のクランクアップが迫る頃になると、シャロンには、最高の仕事を成し遂げた実感が湧いてきたという。その実感に、間違いはなかった。本作での演技は彼女のキャリアでは唯一、“アカデミー賞主演女優賞”にノミネートされるという成果を上げた。 さて本作で、俳優陣以上の存在感を発揮しているのが、文字通りのタイトルロールである、“カジノ”だ!スタジオにセットを建てるよりも、実際のカジノで撮った方が、独特の熱気や照明が手に入るという判断に基づいて、ロケ地探しが行われた。 結果的に120か所以上のロケ地が使用されたが、メインの「タンジール」のシーンでは、1955年にラスベガスに建てられた、「リヴィエラ・ホテル」を使用することとなった。このホテルは90年に入ってから改装されていたが、それはちょうど本作の舞台である、70年代風へのリニューアル。お誂え向きだった。「リヴィエラ」での撮影は、カジノの一部を使って、週4日、夜の12時から朝の10時まで、6週間以上の期間行われた。本作では売上げをマフィアへ運ぶ男が、ラスベガスの心臓部を早足で通り抜けていくシーンがある。これはこの撮影体制があってこそ可能になった、ステディカムでの長回しである。 賭場のシーンでは、前方にこそ、70年代の服装をさせたエキストラを配置したが、後方に控えるは、実際に徹夜でギャンブルに勤しんでいる、「リヴィエラ」の本物のお客。スロットマシーンなどのサウンドは鳴りっぱなしで、勝った客が、大声で叫んだりしているというカオスだった。「まるで人とマシーンと金が一つの大きな固まりになって、息をしている…」この空間で撮影することを、スコセッシは大いに楽しんだ。もちろん大音響の中で聞き取れないセリフは、アフレコでフォローすることになったのだが。 そんな中で撮影された一つが、ジョー・ペシ演じるニッキーが、立ち入り禁止にされているにも拘わらず、カジノに押し入ってブラック・ジャックに挑むシーン。ペシはアドリブで、トランプのカードをディーラーに投げつけたり、汚い言葉で悪態を突いたりする。 その撮影が済んだ後ディーラーを務めていた男が、スコセッシにこんなことを言ってきた。「本物はもっと手に負えない奴でしたよ」。何と彼は、ニッキーのモデルになったギャングと、実際に相対したことがある、ディーラーだったのだ。 このエピソードからわかる通り、本作では本物のディーラーやゲーム進行係が、カードやチップ、ダイスを捌いている。更には、カジノの連絡係などを、コンサルタントに雇った。“本物”にこだわったのである。 そんな中でなかなか見つからなかったのが、「騙しのテクニックを教えてくれる人間」。そうした者は、「カジノでは絶対に正体を知られたくない…」からである。 ・『カジノ』撮影現場での3ショット(左:ジョー・ペシ、中央:マーティン・スコセッシ、右:ロバート・デ・ニーロ) スコセッシは本作で、マフィアなどの組織犯罪が力を失っていく姿を、「…1880年代にフロンティアの街が終りを告げた西部大開拓時代の終焉…」に重ね合わせたという。そして、落日の人間模様を描くことにこだわった。 また、敬虔なクリスチャンとして知られるスコセッシは、本作の物語を「旧約聖書」にも重ねた。主人公たちは、高慢と強欲があだとなって、1度は手にした楽園を失ってしまうのである。 そうして完成した本作は、後に「監督と俳優のコラボレーション50組」の第1位に輝くことになる、スコセッシ&デ・ニーロにとって、一つの区切りとなった。お互いの手の内がわかり過ぎるほどにわかってしまう2人は、この後暫しの間、コラボの休止期間に入る。 21世紀に入って、スコセッシのパートナーは、レオナルド・ディカプリオへと代わった。『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002)から、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13)まで、そのコンビ作は5本を数える。 スコセッシとデ・ニーロとの再会は、『カジノ』から実に24年後の、『アイリッシュマン』(19)まで待たなければならなかった。70代になった2人が組んだこの作品もまた、“ギャングもの”である。■ 『カジノ』© 1995 Universal City Studios LLC and Syalis Droits Audiovisuels. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2020.09.02
カロルコ!ヴァーホーヴェン!そしてシャロン・ストーン!! 90年代ハリウッドに咲いた仇花的作品『氷の微笑』
今年8月、女優のシャロン・ストーンが、「ザ・ビューティー・オブ・リビング・トゥワイス」なるタイトルの、自らの回想録を執筆し、来年3月に出版することを発表した。 そのニュースを伝える、日本での記事の見出しは、~「氷の微笑」シャロン・ストーン回想録執筆し出版へ~。本文中での彼女の紹介も、~米映画「氷の微笑」(92年)などで知られる元祖セクシー女優シャロン・ストーン(62)~というものであった。 本文では、マーティン・スコセッシ監督の『カジノ』(95)で、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたことなども記されてはいた。しかしシャロン・ストーンと言えば、やっぱり『氷の微笑』。彼女の女優としてのキャリアが、本作1本で語られがちなのは、否めない事実であろう。 逆に言えば彼女は、この1本で30年近く経った今でも、語られる存在になっているわけである。それほど、公開当時のインパクトは凄かった。 本作幕開けの舞台は、サンフランシスコに在る豪邸の一室。豪奢な真鍮のベッドの上で、激しくもつれ合う男女の姿があった。女の髪はブロンドだが、その顔の詳細は映し出されない。 女は男の上にまたがり、ベッドサイドから白いシルクのスカーフを取り出す。そして男の両腕を、ベッドの支柱へと結び付ける。 SMチックな趣向に益々高まった2人が、そのままオーガニズムに達するかと思った瞬間、女はシーツの下から、今度はアイスピックを取り出して、いきなり男の喉元へと振り下ろす。快楽の絶頂から、苦痛と恐怖のどん底に突き落とされた男に、女はあたり一面を血の海にしながら、何度も何度も、鋭利な刃を突き立てるのであった…。 この猟奇殺人の捜査に乗り出したのは、サンフランシスコ市警殺人課の刑事ニック・カラン(演:マイケル・ダグラス)。捜査線には、被害者のセフレで、ミステリー作家のキャサリン・トラメル(演:シャロン・ストーン)が、浮かび上がる。何と彼女は、事件の数カ月前、今回の殺人の手口がそっくりそのまま描かれた、ミステリー小説を発表していたのである。 事件の謎を追う中で、新たな殺人が起こる。更にはキャサリンの過去にも、様々な疑惑が生じていく。キャサリンを犯人と睨んだニックは、真相に迫っていく中で、やがて彼女の危険な魅力に吸い込まれ、溺れていくのであった…。 オープニングの、ショッキングなSEX殺人。そしてキャサリン・トラメル=シャロン・ストーンが、警察の取り調べを受ける際に、椅子に座って足を組みかえるシーンが、世間の耳目を攫った。そのシーンのシャロンが、タイトスカートでノーパンという装い故に、「ヘアが映る」「股間が見える」というのが、センセーショナルな話題となったのである。 本邦の場合、本作公開の前年=1991年から、宮沢りえの「サンタフェ」をはじめ、いわゆる“ヘアヌード写真集”のブームが巻き起こっていた。そのブームに、うまくリンクした部分もあったと思う。 至極、下世話な話ではある。だが本作の公開は当時紛れもなく、ちょっとした“事件”だったのだ。 そして『氷の微笑』は、全米での興行成績が1億2,000万ドルに迫り、全世界では3億5,000万ドルを稼ぎ出した。日本でも配給収入で19億円、興行収入に直せば40億円前後を売り上げた。 斯様に世界的な大ヒットとなった本作は、プリプロダクション=製作準備の段階から、何かと話題となっていた。まずは、脚本である。 手掛けたのは、『フラッシュダンス』(83)『白と黒のナイフ』(85)などのヒット作がある、ジョー・エスターハス。彼が書き上げた本作の脚本の獲得に、8人ものプロデューサーが名乗りを上げて、争奪戦が起こった。 値段はどんどん吊り上がり、買い手は一人また一人と脱落していく。そんな中で、最終的に300万ドルという、当時としては「史上最高」となる脚本料が付いて、落札となった。 本作脚本を詳細に検討した場合、ディティールの粗さなど、果して「史上最高」の価値があったのかどうかは、大いに議論となるところである。しかしその脚本料故に、ハリウッドでの本作への注目度が、端から並大抵のものでなかったことは、事実である。 「史上最高」の300万ドルを支払ったのは、独立系の映画製作会社「カロルコ・ピクチャーズ」であった。「カロルコ」は、マリオ・カサールとアンドリュー・G・ヴァイナによって76年に設立され、82年に、シルベスター・スタローン主演の『ランボー』第1作から製作活動を本格化。90年には『トータル・リコール』、91年には『ターミネーター2』と、絶頂期のアーノルド・シュワルツェネッガーを主演させた、メガヒット作を立て続けに放っていた。 本作の製作が本格化して、まずは殺人課の刑事ニック役に、マイケル・ダグラスが決まった。大スターであるカーク・ダグラスの長男であるマイケルは、アカデミー賞で作品賞を含む5部門に輝いた、『カッコーの巣の上で』(75)のプロデューサーとして注目された後、俳優としても、『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』(84)『危険な情事』(87)『ブラック・レイン』(89)などのヒット作に主演。オリバー・ストーン監督の『ウォール街』(87)では、父は生涯手にすることが叶わなかった、“アカデミー賞主演男優賞”を獲得している。 このように80年代、名実ともハリウッドのTOPスターの1人となったマイケル。年齢的には40代後半という円熟期を迎えて、90年代最初の主演作に選んだのが、本作であった。 続いては監督が、ポール・ヴァーホーヴェンに決まる。オランダで数々の問題作を発表後、80年代後半にアメリカ映画界へと渡ったヴァーホーヴェンは、『ロボコップ』(87)『トータル・リコール』(90)と、監督作が連続ヒットを記録。本作を手掛けた辺りが、ハリウッドに於ける絶頂期だった。 「カロルコ」!マイケル・ダグラス!ヴァーホーヴェン!90年代はじめのハリウッドに於いては、まさにブイブイ言わせている面々が集まって、いよいよ物語の“肝”となる、キャサリン・トラメル役を決める段となった。 ヴァーホーヴェンの意中の女性ははじめから、監督前作の『トータル・リコール』に出演していた、シャロン・ストーンだったという。『トータル…』でのシャロンは、シュワルツェネッガー演じる主人公の妻にして、実は敵の回し者という役どころ。アクションシーンでは、2カ月間の空手の特訓の成果を見せ、強い印象を残していた。 ところが「カロルコ」側からは、「もっと大スターを使いたい」との注文がついた。当時のシャロンは、デビュー以来10年以上もブレイクしないまま、三十路を迎えた、“B級ブロンド女優”に過ぎなかったのである。 また、シャロンが89年に主演したスペイン映画『血と砂』を観たマイケル・ダグラスも、「カロルコ」の主張に与した。「あんなひどい映画に出ている女優と共演すると自分の人気に傷がつく」というのが、その理由だった。 そのためヴァーホーヴェンは、100人もの女優と面接するハメになった。イザベル・アジャーニ、ジュリア・ロバーツ、キム・ベイシンガー、ミシェル・ファイファー、ニコール・キッドマン、ジーナ・デイヴィス等々、錚々たる顔触れが並んだが、裸のシーンが多く、悪女のイメージが強いキャサリン・トラメルを演じるのに、前向きになる者は少なかった。 そこでヴァーホーヴェンは、4カ月掛けてプロデューサーたちを説得。遂にはシャロンの起用に成功した。 この役がダメだったら、女優をやめようと考えていたというシャロンにとって本作は、まさに「最後の挑戦だった」。ヒッチコックの『裏窓』(54)のグレース・ケリーをイメージして役作りを行った彼女は、ヴァーホーヴェンやダグラスと撮影中に頻繁にディスカッション。時には衝突しながらも、撮影に1週間を要した、激しいセックスシーンなどで、迫真の演技を見せたのである。 さて先にも記したが、本作で特に話題になったのが、ノーパン&タイトスカートでの足の組み換えシーン。このシーンも、シャロンのアイディアによるものと、劇場用プログラムには記されている。ところが公開キャンペーンで来日した際の、ヴァーホーヴェンのインタビューでは、自分が大学生だった23歳の時の実体験に基づいて、生み出されたシーンだとしている。 友人の奥さんが、いつも座っている時に下着をつけていないので、「見えるというのが分かっているんですか?」と質問した。すると彼女は、「もちろん。目的があって、履いてないんだもん」と答えたのだという。ヴァーホーヴェンはそれをずっと覚えていたので、本作に使ったという説明である。 しかしこれも、リップサービスの可能性がある。シャロン説とヴァーホーヴェン説の、どちらが正しいのか?その謎は、公開から22年経った、2014年に解き明かされた。当時報じられた、シャロンの言をそのまま引用する。 「撮影した時、それはノーパンであることを暗示するシーンになるはずだったの。でも監督が『君の下着の白い色が見えてしまう。脱いでもらわなきゃいけない』と言うから、『見えるのはイヤです』と答えたの。すると監督は『いや、見えることはないから』と言うの。だから私は下着を脱いで彼に渡したわ。『じゃあ、モニターを見よう』と彼が言うから見たの。当時は、いまのようになんでもハイビジョンではなかったから、モニターを見た時には本当になにも見えなかったのよ。だから映画館で大勢の人に囲まれてあのシーンを見た時にはショックを受けたわ。上映が終わると監督の頬にビンタをお見舞いして、『私が1人の時にまず見せるべきだったんじゃないの』と言ってやったわ」 この監督の騙し討ちこそが、映画の世界的ヒットの原動力になったというわけだ。 さて冒頭に記した通りシャロン・ストーンは、本作1本で、長く語り継がれる存在になった。逆に、他に何の作品に出ていたのかは、ほとんど記憶に残らない女優人生でもある。 渡米後の監督作が、本作で3本続けてメガヒットとなった、ポール・ヴァーホーヴェンは、その後に手掛けた『ショーガール』(95)が大コケ。続く『スターシップ・トゥルーパーズ』(97)『インビジブル』(00)も期待した成績を上げられず、21世紀には母国オランダに帰って、活動を続けている。 そして「カロルコ・ピクチャーズ」。90年代初頭には毎年のようにメガヒット作を出しながらも、本作脚本に300万ドルの値付けを行ったことに代表されるような、放漫経営が祟って、95年には倒産の憂き目に遭っている。 さすれば本作は、1992年のハリウッドに咲いた仇花、一瞬の夢のような作品だったとも言える。 そして14年後、「カロルコ」崩壊後もプロデューサーを続けたマリオ・カサールらが、再びシャロン・ストーン=キャサリン・トラメルを引っ張り出して製作したのが、『氷の微笑2』(2006)である。しかし、そこにはマイケル・ダグラスの姿はなく、ヴァーホーヴェンも、メガフォンを取ることはなかった。 『2』製作に当たっては、前作時には30万ドルと言われたシャロンのギャラは、1,400万ドルまで膨張。1作目にマイケルが手にしたギャラとほぼ同額になっていた。 しかしその出来栄えも世間の注目度も、「兵どもが夢の跡」という他はなく、ただただ「世の無常」を感じさせられる作品であった。■『氷の微笑』(C) 1992 STUDIOCANAL
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COLUMN/コラム2012.12.22
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2012年1月】飯森盛良
蝶になった夢を見た人の疑問。「もしかしたら自分は蝶で、人間になった夢を見ているのではないか?」…いわゆる「胡蝶の夢」というこの哲学的テーマを、数々の傑作SFが取り上げてきました。本作まさにそれ。結局、夢オチなのか現実だったのか曖昧に終わりますが、実はよく見ると劇中に答えが隠されてます。たとえば本編開始15分後頃、リコール社で施術を受けるシーン。ほらほら、モニターに何が映ってます? シュワは何のコース選びました?シュワの女の趣味は?さらに、映画はどう終わりましたっけ?ハッピーエンドのキスシーンから白くフェード・アウトしていきますよね。映像のお約束では「白いフェード・アウト」の意味するところとは…?本作、ぜひ録画して確認しながらご覧ください! © 1990 STUDIOCANAL
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COLUMN/コラム2012.08.01
2012年8月のシネマ・ソムリエ
■8月4日『赤ちゃん泥棒』 ケチな強盗犯ハイが刑務所で見初めた婦人警官エドと電撃結婚。すかさず2人は子作りに励むが、エドが不妊症と判明し、5ッ子の赤ちゃんのひとりを誘拐してしまう!コーエン兄弟が初めて大手スタジオの資金で撮ったコメディ。変人揃いのキャラクター、奇抜なユーモア、スピーディなチェイス・アクションが入り乱れる痛快作だ。“愛すべきロクデナシ”に扮した若きニコラス・ケイジがはまり役! 慌ただしいドタバタ劇を、心温まるおとぎ話のように着地させ.るコーエン兄弟のお手並みも見事。 ■8月11日『ボビー』 1968年6月5日、混迷するアメリカの希望の星だったロバート・F・ケネディ上院議員が暗殺された。その悲劇の現場、LAアンバサダー・ホテルの一日の出来事を綴る。監督・脚本・出演を兼ね、念願の企画を実現させたのは俳優エミリオ・エステヴェス。彼のもとに集った豪華キャストが“グランドホテル形式”の人生模様を盛り立てる。兄JFKに続いて凶弾に倒れた、悲運の政治家ボビーのニュース映像を挿入。クライマックスの暗殺シーンでは、差別や貧困の撲滅を訴えた彼の演説が深い感動を呼ぶ。 ■8月18日『エンド・オブ・バイオレンス』 バイオレンス映画の製作者マイクが、チンピラに殺されかける怪事件が発生。その背後には、FBIが暴力を撲滅するために極秘開発中の監視システムが存在していた。 ヴィム・ヴェンダース監督が大都会LAを舞台に撮り上げた異色スリラー。監視衛星を利用した架空のテクノロジーをモチーフに、人間と暴力の関係を考察していく。 ノワールな雰囲気とユーモアが入り混じる映像世界は、そこはかとなく奇妙な味わい。鬼才サミュエル・フラーの出演シーンやライ・クーダーが手がけた音楽にも注目を。 ■8月25日『ガールフレンド・エクスペリエンス』 毎回、意外な企画で映画ファンを驚かせるS・ソダーバーグ監督、面目躍如の一作。何と主演を務めるのは、アダルトビデオ界の現役トップ女優サーシャ・グレイである。 主人公チェルシーはNYの富裕層を顧客とする高級エスコートガール。セックスのみならず、ディナーへの同伴などのサービスを提供する彼女の公私に渡る日常を描く。自分磨きを怠らない主人公のプロフェッショナルな姿勢や内なる不安、裕福な男たちの虚しい生態を描出。ドキュメンタリー調の映像が覗き見的な好奇心をかき立てる。 『赤ちゃん泥棒』 © 1987 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved. 『ボビー』©2006 BOBBY,LLC ALL RIGHTS RESERVED. 『エンド・オブ・バイオレンス』©MK2. 『ガールフレンド・エクスペリエンス』©2009 2929 Productions LLC,All rights reserved.