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NEWS/ニュース2024.01.25
『ワイルド・スピード【ザ・シネマ新録版】』TV初放送直前 爆走!完成披露試写会イベントレポート
『(吹)ワイルド・スピード【ザ・シネマ新録版】【4Kレストア版】』の完成披露試写会が1月23日(火)に都内で開催され、楠大典、高橋広樹、甲斐田裕子、園崎未恵ら吹替メインキャスト4人による舞台挨拶とトークイベント、さらにはプレゼント抽選会が実施されました。イベントレポートを速報でお届けします。 レポートはこちらから!
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COLUMN/コラム2023.12.29
鮮やかに遂げた、ストリート・レース映画の復権 —『ワイルド・スピード』
◆誰もが知るミッション遂行シリーズの“起点” 米秘密機関の特命を受け、国益をおびやかす組織や治安を乱す敵の行動を、車を駆使して阻止するアクション映画シリーズ『ワイルド・スピード』。共にミッションを遂行する仲間を「ファミリー」と称し、なによりチューンドカーによる物理的法則を無視したアクション描写など、マイルドヤンキーをたぎらせる要素に満ちたこのフランチャイズは、2024年の現在までに10本のシリーズ正編と1本のスピンオフ作品を生み、世界じゅうのファンに支持されている。 ハリウッド映画の数ある長寿シリーズの中で、もっとも理屈を必要としないパッショナブルな臭気を放ち、また死闘を繰り広げた相手が味方となって参入したり、次回作へと続くドラマの引きの強さなど、いずれも我が国の「少年マンガ」を思わす属性に鼻腔をくすぐられる人も少なくないだろう。 とりわけこのシリーズが持つ、少年マンガのテイストに近い要素は、ゆったりと大きな路線変更のカーブを描きながら、現在のスタイルを形成している点ではないだろうか。柔道マンガが野球マンガになった『ドカベン』や、コメディがシリアス格闘ものへと変遷していった『キン肉マン』など、長期にわたり人気を博したコミックスに同様のケースが見られる。『ワイスピ』(『ワイルド・スピード』の略称にして愛称)もそれらと同じく、2001年公開の1作目は現在と異なるジャンルに足場を置いていたのだ。 ◆道を切り拓いたロジャー・コーマンへのリスペクト 段取り的だが、ここで本作のストーリーを概説しておきたい。高額な積荷を狙い、ロサンゼルスでチューンドカーを使ったトラック・ジャックが頻発。一連の犯行にはストリート・レース界のキング、ドミニク・トレット(ヴィン・ディーゼル)が関与していると睨んだLAPDのブライアン・オコナー(ポール・ウォーカー)は、ドミニクとの接触を図るためにレーシングクルーとして潜入捜査に踏み込む。だがレースを経て彼との仲間意識を強めたブライアンは、自分の忠誠心がどこにあるかというアイデンティティ崩壊へと追い詰められていく。 こうしたストーリーからも明らかなように、本作はもともと公道で違法にレースをおこなう「ストリート・レース」というアウトロー文化を描いた作品だ。映画と同レースとの関係は古いもので、1947年に公開された『The Devil on Wheels』(日本未公開)を起点に40年代後半から70年代のハリウッドで量産され、メジャーなところではジェームズ・ディーン出演による『理由なき反抗』(1955)あたりを連想する人は多いだろう。 特にこのジャンルに関し、独自の嗅覚でもって量産展開を果たしたのは、B級映画の帝王と呼ばれた映画監督/プロデューサーのロジャー・コーマンだ。彼は若者の反抗心がエクスプロイテーション・シネマ(搾取映画)の題材として興行的価値を有すると判断し、ストリート・レースの血統を持つ『速き者、激しき者』(1954)や『T-Bird Gang』(1959/日本未公開)、そして『デス・レース2000年』(1975)といったカーアクション映画を製作。カーレース映画というジャンルの広義な拡張と啓蒙を担ってきた。 『ワイルド・スピード』は、そんなコーマンプロデュースの『速き者、激しき者』から原題“The Fast and the Furious”を、そして『T-Bird Gang』からストーリー設定を一部借りることで、本作が置かれるべきジャンルの位置付けと、先導者であるコーマンに対する敬意をあらわしている。ちなみに後者のストーリーは、白いサンダーバードの強盗団に父を殺された息子が、警察から送り込まれた囮として連中に接近し、復讐を果たすというものだ。 本作の監督を担当したロブ・コーエンによると、ニューヨークのクイーンズ地区でおこなわれたストリート・レースの記事を読んだことが企画の発展につながったという。そして「実際の現場を見て圧倒された」と語り、その迫真性は映画の中で不足なく描写されている。 加えてこの映画の成立に寄与したのは、当時の最新技術だ。中でも俳優の運転映像を可能にするため、時速120kmでチューンドカーの実物大レプリカを牽引することができる特殊リグを導入したり、またデジタルツールがプラクティカルなカーショットを補強するなど、シリーズの礎となるメイキングプロセスを本作で構築している。 ただコーエンはストリート・レースの違法性をいたずらに正当化することなく、非合法な娯楽に興じる者をトラック・ジャックをはたらく犯罪集団という設定にリンクさせており、そこに監督の道徳感が顕在している。ゆえに現在まで続くシリーズでの正義行動は、ドミニクの贖罪が発露だと考えると符号が合う。悪の道はたやすく、正義の道は果てしなく困難であることを示すかのように。 ◆当時の車事情と、新録吹き替え版の意義に思う そんな大きな軌道変更の末にミッション遂行路線を邁進している『ワイスピ』だが、現在にいたるも維持している制作姿勢がある。それはいかに大きなアクションシークエンスであろうと、メインとなる車だけはプラクティカルでの撮影が主とされている点だ。 筆者はシリーズ8作目『ワイルド・スピード ICE BREAK』(2017)のワークプリントを、配給元である東宝東和の会議室で観た経験を持つ。これは未完成のバージョンだが、逆に言えば劇中のどの要素がデジタルで、どの要素が実物なのかを視認できる絶好の機会を与えてくれる。たとえばクライマックスにおける原子力潜水艦は全てがCGによるもので、そこに絡むドミニクらファミリーたちの車は、いかにアクロバティックな走りをしていようが、ほぼライブアクションでの撮影が徹底されているのだ。当然のポリシーといえばそうだろうが、。ヴァーチャル・プロダクションの進化によって、全ての要素がデジタル由来のものといえるような状況下にありながら、そこには最初の『ワイルド・スピード』の創作精神が今も脈づいていることを実感できる。 製作からじき四半世紀が立とうとし、立派なクラシックとなった感のある本作。こうして改めて観直すと、時代なりの車事情をそこに感じることができる。それぞれの登場人物のキャラクターに応じた車種の選択はもとより、ストリート・レースにおいては安価でチューニングベースとして扱いやすいという事情もあり、日本車の存在感が際立つ。またクライマックスでのブライアンとドミニクの直接対決レースでは、前者のスープラが後者のダッチ・チャージャーと互角の勝負を見せるなど、シェアを拡げる日本車とアメリカンカーとの代理戦争を見るかのようだ。 このたひザ・シネマでは、本作『ワイルド・スピード』の新録吹き替えを実施し、シリーズに統一感を与える独自の試みに挑んでいる。時代に応じたクラシックの吹き替えは海外古典文学の「新訳」に等しく、非常に生産性の高い行為だと筆者は実感している。ただそれを肯定するいっぽう、個人的には初期作をヴォイスキャストで一貫させることに、1作目の独立性が目減りしてしまうような寂しさを覚えなくもない。それだけ今と性質の異なる『ワイスピ』として、本作固有の価値と存在意義はとてつもなく大きいのだ。■ 『ワイルド・スピード』© 2001 Universal Studios. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2023.08.14
“戦争映画”の歴史を塗り替えた!巨匠イーストウッドの“日本映画”。『硫黄島からの手紙』
2000年代中盤、70代半ばとなったクリント・イーストウッドの監督としてのキャリアは、まさにピークを迎えていた。『ミスティック・リバー』(03)は、アカデミー賞6部門にノミネート。ショーン・ペンに主演男優賞、ティム・ロビンスに助演男優賞のオスカーをもたらした。翌年の『ミリオンダラー・ベイビー』(04)では、ヒラリー・スワンクに主演女優賞、モーガン・フリーマンに助演男優賞が渡っただけではなく、イーストウッド自身に、『許されざる者』(1992)以来となる、それぞれ2度目の作品賞と監督賞が贈呈された。 もはや彼を、「巨匠」と呼ぶのに、躊躇する者は居なかった。次は何を撮るのか?常に注目される存在となっていた。『ミリオンダラー・ベイビー』に続いて選んだ監督作品は、硫黄島を舞台にした"戦争映画”。小笠原諸島の一部であり、東京とサイパンのちょうど間に位置するこの島では、太平洋戦争末期に激しい戦闘が行われ、日米双方に多大な犠牲者が出ている。戦死者は両軍合わせて、2万7,000人近くに及ぶという。 ノンフィクション小説(邦訳「硫黄島の星条旗」)をベースにした、『父親たちの星条旗』(06)。この企画を彼に持ち掛けたのは、スティーブン・スピルバーグだった。 イーストウッドは、『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家ポール・ハギスに、再び仕事を依頼。ハギスはイーストウッドとミーティングを重ねて、脚本を完成させた。 この作品の主人公は、硫黄島の戦いに参加して英雄となりながらも、その後戦争について語らなかった元米兵。彼が死の床に就いた時、その息子は関係者に話を聞いて初めて、父親の秘めたる真実を知る…。 イーストウッドは若き日、ユニバーサル・スタジオで、オーディ・マーフィーと出会った。マーフィーは第2次大戦の英雄であり、終戦後にハリウッドでスターとなった男で、彼の自伝的映画である『地獄の戦線』(55)という大ヒット作もあった。 しかし彼は、戦争のことを語りたがらなかった。彼がPTSDに苦しんでいたことを、イーストウッドは後に知る。 戦争で死に直面するような経験をした者は、多くを語らない。遠方で差配しているような者に限って、見てきたような勇ましい戦話をするのである。 戦争に英雄などいない。正しい戦争などなく、無意味な「人殺し」しかない。これがイーストウッドの、“戦争観”である。 しかしそれと同時に、死んだ兵士には、敵味方を問わず最大限の敬意が払われるべきなのだ。イーストウッドは言う。「私が観て育ったほとんどの戦争映画では、どちらかが正義で、どちらかが悪だった。人生とはそんなものではないし、戦争もそんなものではない」 そんなイーストウッドだからこそ、米兵を主人公にした『父親たちの星条旗』の製作準備中に、ある疑問に行き当たる。米軍と戦った日本兵たちは、一体どんな状況だったのか? リサーチを続ける中で、イーストウッドの興味を強く惹く、日本の軍人が現れた。硫黄島の戦いで、常識にとらわれない傑出した作戦を打ち出した最高指揮官。その名は、栗林忠道。 1944年5月に硫黄島に着任した栗林中将は、長年の場当たり的な作戦を変更。米軍の攻撃に対抗するため、島中にトンネルを掘り、地下要塞を作り上げる。5,000もの洞穴、トーチカを蜂の巣のように張り巡らせ、日本兵がそこから、米兵を狙えるようにした。 また彼は、日本軍の悪弊である、部下に対する理不尽な体罰を戒め、玉砕を許さなかった。最後の最後まで生き抜いて、1日でも長くこの島を守り抜こうとした。 米軍が欲したのは、この島の飛行場。ここが敵の手に落ちたら、B29の中継基地となって、日本本土への大規模な爆撃が可能となってしまう。栗林は、一般市民が大量に犠牲になるのを、避けるか遅らせるかしたかったと言われる。 アメリカ軍は1945年2月16日に、硫黄島への攻撃を開始。19日から上陸。23日までには、島全体を制圧できると考えていた。しかし実際は栗林の智略の前に、その後も約1ヶ月間、合わせて36日間も戦闘が続いた。 調べれば調べるほど、イーストウッドは栗林への関心が高まっていった。戦前には、アメリカに留学。ハーバード大で英語を学び、その後カナダにも、駐在武官として滞在している。その時代にできた友人も多く、アメリカとの戦争にも反対していた。これが軍の一部から、アメリカ贔屓と見られ、疎まれる結果になったとも言われる。 イーストウッドは、彼が戦地から妻と息子、娘に宛てた手紙にも心を打たれた。住まいの台所のすきま風を心配したり、硫黄島で育てているひよこの成長を、幼い娘に書き送ったり…。 また栗林が率いた若い兵士たちが、「アメリカ兵と実によく似ていた」ことにも、胸を掴まれた。「あれから何十年も経った今、どちらが勝ったとか負けたとかいうことに関係なく、わたしは日本の人々に彼らの生き様を認めてもらうことが必要だと考えた。正しいかどうかは別として、祖国のために彼らが払った犠牲に目を向けてもらいたかったー実際、彼らは犠牲者だったのだから」 そしてイーストウッドは、前代未聞のプロジェクトに挑む決断をする。硫黄島の戦闘をアメリカ側の視点から描く『父親たちの星条旗』だけでなく、日本側の視点から描いた作品も、同時に製作する。 この戦争映画の歴史に残る、画期的なチャレンジ。当初は日本人監督の起用も考えたというが、イーストウッドは『父親たちの星条旗』に続けて、自らメガフォンを取ることを決めた。 脚本はポール・ハギスの推薦で、日系アメリカ人二世の、アイリス・ヤマシタの起用となった。 戦場に於いて米兵だったら、生きて帰れる可能性に賭ける。一方日本兵は、死を覚悟して戦う。アメリカ人のイーストウッドにとっては凡そ理解し難い、この日本兵のメンタリティーに迫るため、彼は様々な勉強を重ねたという。 本作『硫黄島からの手紙』(06)は、『父親たちの星条旗』の撮影終了後、すぐにクランクイン。内容的には、栗林をはじめ主要な登場人物の過去の回想シーンなど織り交ぜながらも、硫黄島での日本軍の戦闘準備から、米軍上陸、激戦、終結までを描く。 主役の栗林を演じたのは、渡辺謙。ハリウッドデビュー作の『ラスト サムライ』(03)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、『バットマン ビギンズ』(05)『SAYURI』(05)と、大作への出演が続いていた。憧れの人イーストウッドの『父親たちの星条旗』製作の報を耳にして、1シーンでもいいから出たいと、願ったという。 それと対になる本作の栗林役に決まると、関係資料を読んだり、栗林の孫や甥に会って、彼の遺した書など見せてもらったりなどのリサーチを行った。 栗林が生まれ育った長野県の生家には、取り壊される前日に訪問。その際に墓参りをすると、雪がちらついてきて、渡辺は思った。こんな寒い場所で育った人が、南方の暑い島で死を賭して戦うとは、さぞ辛かったであろうと。 本作で渡辺は、“主役”である以上の働きを見せた。英語で書かれた脚本を、日本語の表現に換えていく作業を手伝ったのをはじめ、日本側で発見した栗林のエピソードや記録も付け加えてもらった。また若き日本兵を演じた、加瀬亮と二宮和也の役が、当初書かれていた年齢から逆転していたので、2人の関係や生まれた土地のことなども考慮して、微妙なニュアンスのリライトを行った。 危惧されたのは、全編日本語での撮影であること。しかしイーストウッドは、意に介さなかった。 彼の俳優としての出世作である、セルジオ・レオーネ監督のマカロニ・ウエスタンでの経験が、大きかった。主にスペインでの撮影で、キャストやスタッフが全く異なる言語を話す状況の中、イタリア人のレオーネは当時、英語などろくに話せない状態だった。それにも拘わらず、主演のイーストウッドと二人三脚で、『荒野の用心棒』をはじめとした傑作群をものしているのだ。「いい演技というものは、言葉に関係なくいい演技として伝わるもの…」。セリフの間違いなどテクニカルなことは、通訳を通じて修正すれば良い。その上で、日本人俳優の目や顔など感情表現の小さな違いが、イーストウッドにとっては、「新鮮な発見」だったという。 二宮和也は、台本に書いてないことを急にやりたくなった時に、「そういうことをやっていいの?」と、イーストウッドに尋ねた。それに対する彼の答は、「いいんだよ」。イーストウッド本人が、俳優として「台本に書いてないこと、自分のアイデアを提案することが好き」だったためだ。役作りに関しては、自由に膨らませていいと、出演者たちに伝えた。 栗林と同じく、実在の人物だったバロン西を演じたのは、伊原剛志。西は、1932年のロサンゼルス五輪馬術競技の金メダリストで、ロスの名誉市民章も貰っている国際人だった。撮影前に西の息子に会って話を聞くなどした伊原は、俳優の自主性を重んじるイーストウッドの演出について、「彼の中の大きな枠、方向性があって、そこを間違うと修正されるというような感じ…」と、語っている。 伊原は、軍隊についての資料やビデオ、例えば敬礼の仕方などを収録したDVDなどを集めて、撮影地へと持ち込んだ。これが多くの“日本兵”たちの役に立った。 憲兵失格で戦地に送られた兵士を演じた加瀬亮は、オーディションに受かってから撮影までの時間がなかった。そのため、軍事訓練どころか、敬礼の仕方もわからないままの現地入りだった。伊原のDVDの存在を知った彼は、二宮らと伊原の部屋へと押しかけて、即席で勉強したという。 渡辺は文献や映像から、栗林を実践的な人と判断。硫黄島も自分の足で調査したのだろうと考えて、当初はブーツしか用意されていなかったのを、衣裳として地下足袋やゲートルを提案。日本から取り寄せてもらった。 イーストウッドに対して、“父親”を感じたという渡辺は、ある時にはっと閃いた。「(自分の)この役は、クリント自身なんだな」。それからは、イーストウッドとスタッフとのやり取りなどを、つぶさに観察。語り方や目線、立ち居振る舞いを参考にして、栗林を演じたという。 演出は本能的に行うという、イーストウッド。俳優たちが己の役を、過剰に考えたり分析しすぎたりして、あまりにも細かい要素を入れようとすると、本質を見失ってしまうと、考えている。そのために撮影も、最初のテイクこそ最良のものが出るという思想で、テストもほとんどしない。その結果として、「早撮り」になる。 下士官の1人を演じた中村獅童曰く、「「リハーサルだろうな」と思っていたら、「OK」と突然言われて、撮っていたことに気付くこともあった」 戦闘シーンなど本作の撮影の大部分は、経費や安全面から、アイスランドの火山島でロケーション。日本政府などの許可を得て行われた硫黄島ロケは、メインキャストでは1人だけ、渡辺謙が参加した。 栗林が海岸を調査するシーンや、山に登って、島全体を見渡すシーンなどが撮影されたが、この地で見聞したものは、渡辺の想像を超えていたという。 地下壕や司令部が在った場所で、その狭さや息苦しさ、暑さを実感し、僅かな食糧や水で何日も過ごすことなど、考えるだけで体が震えてきた。先にこの体験をしていたら、「…怖ろしさで演じられなかったかも…」と、渡辺は語っている。 単に日程的な問題だったのかも、知れない。しかし「役を作り込ませ過ぎない」イーストウッドの演出法から考えて、ひょっとすると硫黄島での撮影が後回しだったのも、その辺りの配慮があったのかもなどと、想像が働く。『硫黄島からの手紙』は、2006年12月に日米で公開。日本では興収50億円を超える大ヒットとなった。アメリカでは、興行的には成功したと言い難い結果となったが、評価は高く、アカデミー賞では作品賞を含む4部門にノミネート。その内、音響編集賞を受賞した。 巨匠クリント・イーストウッドによる、“日本映画”とも言える本作。製作から17年経った今日でも、“戦争映画”の歴史に於いて、エポックメーキングとして語り継がれる。■
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COLUMN/コラム2019.12.27
遅れてきたアクション映画界の大型ルーキー、快進撃を続けるジェイソン・ステイ サム!
今、最も旬なアクションスターは誰か? アクション映画界は長らくシルベスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガー、ジャッキー・チェン、スティーヴン・セガール、チャック・ノリスといったメンバーが、寡占ともいえるほ業界を牛耳ってきた。しかし、スタローンは73歳、シュワルツェネッガーは72歳、ジャッキー65歳、セガールは67歳で、ノリスに至っては79歳なのである。人類の平均寿命が延び、年金の支給開始がどんどん後ろ倒しになり、定年後も再雇用やセカンドキャリアが当たり前になっている昨今だとしても、いくらなんでも70代の後期高齢者にアクション映画界をいつまで背負わせているのかと怒られても致し方なしの状況は非常に問題だ。アクションスターの後継者問題は非常に深刻なレベルにあり、特に欧米のアクションスターの人材枯渇っぷりはみていて心配になるレベル。アクションスターという存在が、絶滅危惧種と言われても否定できない状態になっている。 しかしぼくのように年がら年中アクション映画ばかり観ている輩からすると、「心配ご無用!」と太鼓判を押したくなる新進気鋭の若手アクションスターがここにいる。ジェイソン・ステイサムである。 1967年、イングランド中部ダービーシャーで生まれたステイサムは、地元の露店で働きながら、カンフー、キックボクシング、空手といった武道を習得。またサッカー選手としても活躍し、のちに映画で共演することになる元プロサッカー選手ヴィニー・ジョーンズと共にフィールドを駆け回っていた時期もあった。しかし何と言ってもステイサムの才能が開花したのは、水泳の飛び込み競技。イギリス代表候補になるほど卓越した成績を残していたが、ステイサムはアスリートの道ではなくファッションモデルとしてキャリアを積み始める。トミー・ヒルフィガー、グリフィン、リーバイスといった有名ブランドのモデルを務めるだけでなく、シェイメンやイレイジャーといったバンドのミュージックビデオにも出演。そしてステイサムがモデルとして契約していたブランドのフレンチ・コネクションがある映画のスポンサーとなっており、その宣伝もかねてステイサムはその映画に出演することになる。新人監督ガイ・リッチーの長編監督デビュー作であり、ステイサムの映画デビュー作でもある『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(98年)は、その年のイギリス映画のナンバー1ヒット作となり、主人公グループの一人を演じたステイサムも映画俳優として注目を集めるようになっていく。さらに続くガイ・リッチー監督作『スナッチ』(00年)にも引き続き出演。本作では狂言回しの主人公を演じ、俳優としてのステータスは一気に上がったのであった。 ステイサムの転機となったのは2001年に公開された『ザ・ワン』(01年)。ジェット・リーという稀代のアクションスターと共演したこの映画を皮切りに、ステイサムは本格的にアクション俳優としての活動を開始。リュック・ベッソン率いるヨーロッパ・コープ社制作の『トランスポーター』シリーズ(02年~)では、無敵の運び屋フランク・マーティンに扮し、ステイサムの身体能力をフルに発揮したアクションとド派手なカースタンを披露。ステイサム主演で第3作まで作られる人気シリーズとなり、興行収入もうなぎ上りで『トランスポーター3 アンリミテッド』(08年)ではついに世界興収が1億ドルを突破することになる。他にも、アドレナリンを出し続けないと死んでしまう劇薬を投与された殺し屋の活躍を描く『アドレナリン』シリーズ(06年~)、シルベスター・スタローンが消耗品扱いをされてきたかつてのアクションスターを結集して制作した大傑作『エクスペンダブルズ』シリーズ(10年~)、チャールズ・ブロンソン主演作のリメイクとなる『メカニック』シリーズ(11年~)といった人気シリーズに次々と出演。確実に数字を見込めるアクションスターとしてその方向性は確定していくことになる。 しかし興収が1億ドルを突破するようなアクション大作にだけ出演する、単なるアクション俳優で終わらないのがステイサム。『バンク・ジョブ』(08年)や『ブリッツ』(11年)といった渋めのスリラーでもその存在感をアピールし、『SAFE/セイフ』『キラー・エリート』(共に11年)、『PARKER/パーカー』『バトルフロント』(共に13年)のような単発の佳作アクション映画にも主演。まさに八面六臂の大活躍で、アクション映画俳優としての地位を確立したのだった。 ステイサムのアクションの魅力は、幼少期に経験した様々な格闘技をベースにしたガチンコのファイトコレオグラフィと、抜群の身体能力を活かしたスタント。さらに水泳競技で鍛え上げた無駄のない肉体美の躍動だ。大先輩のスタローンやシュワルツェネッガーのように巨大な筋肉の鎧ではなく、最盛期の総合格闘家ヴァンダレイ・シウバのように発達した広背筋と強くしなやかな筋肉がステイサムの強さの説得力となっているのだ。 閑話休題。ここでアクション映画界に存在する“もう一つの頂”、『ワイルド・スピード』シリーズ(01年~)に話を移そう。元々ヴィン・ディーゼルと故ポール・ウォーカーのコンビが繰り出すド派手なカーアクションで人気になったこのシリーズだが、シリーズ第5弾『ワイルド・スピード MEGA MAX』(11年)からDSS捜査官ルーク・ホブス(ドウェイン・ジョンソン)が参戦した辺りから肉弾アクションも増量。それに伴って興行収入も倍々ゲーム状態で増加している人気シリーズである。 そんな人気シリーズの第6弾『ワイルド・スピード EURO MISSION』(13年)では、これまでアメリカ、日本、ブラジルといった世界をまたにかけて活躍するワイスピ一家が、ついにヨーロッパに乗り込んだ作品で、イギリス特殊部隊出身のオーウェン・ショウ率いる犯罪集団との激闘を描くアクション大作だ。ハイウェイで戦車とのカーチェイスや、巨大輸送機とのカーチェイスなどド派手なアクションが続く本作は、ワイスピ一家がオーウェンを逮捕して終わるのだったが、エンドクレジット後に流れた映像は、まさに世界を震撼させるものであった。そこでは東京で瀕死の重傷を負ったワイスピ一家の主要メンバーであるハンの姿が。シリーズ第3弾『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』(06年)で事故死したとされていたハンは、謎の人物によって殺されていたのだった。その人物こそオーウェンの実兄であり元SAS最強の男デッカード・ショウ、演じるのはジェイソン・ステイサムその人であったのだ! ステイサムのワイスピシリーズ参戦のニュースは衝撃をもって世界で迎えられた。続く『ワイルド・スピード SKY MISSION』(15年)では、ステイサム演じるデッカードが本格的に参戦。タイマンでホブスをボコり、カーチェイスでもワイスピ一家の強豪を上回る腕前を披露。たった一人でこれまでの主要登場人物全員を出し抜くチート状態で、ワイスピ一家はシリーズ最大の危機を迎えることになる。 主演陣のひとりであるポール・ウォーカーが撮影中に事故死するという悲劇を乗り越えて制作された『SKY MISSION』は、世界興収15億ドルを突破するというシリーズ最大の興収を記録。殺されずに逮捕されて刑務所に収監されたデッカードは、必ずや後続のシリーズでふたたび最強の敵としてワイスピ一家の前に立ちふさがるに違いない……映画を観たすべての観客がそう思ったはずだ。 しかし続く『ワイルド・スピード ICE BREAK』(17年)ではいきなりデッカードは弟のオーウェンと共にワイスピ一家側として参戦。さらにデッカード兄弟の母親であるマグダレーン(オスカー女優ヘレン・ミレン!)まで登場し、ショウ家は家族総出で謎のハッカー・サイファー(オスカー女優シャーリーズ・セロン!)と激戦を繰り広げることになる。この前作最強の敵が、次作では強力な味方となって、さらにコメディ的な役割も担う展開を、ぼくは勝手に“魁!男塾システム”と呼んでいるのだが、このシステムによってステイサムは前述の人気シリーズに加えてワイスピシリーズにもレギュラー参戦することになったのだ。 そしてワイスピシリーズ初の長編スピンオフ『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』では、デッカードはいきなり主役に昇格。ホブスとともに無敵の改造人間ブリクストン(イドリス・エルバ!)と激闘を展開するデッカードには、さらに強力な助っ人MI6エージェントのハッティ(ヴァネッサ・カービー)が登場。しかも何とハッティはデッカードの妹ということで、ワイスピ一家の増殖スピード以上にショウ家の増殖スピードが早すぎて、ますますステイサムはワイスピに必要不可欠な人材になっているのである。 という感じで、自身のシリーズ物を何作も抱えつつ、『エクスペンダブルズ』『ワイルド・スピード』という世界的なメガヒットシリーズでも重要な登場人物を演じ、さらに小粋なサスペンスや小品アクション映画にも多数出演。つまり今のアクション映画界はステイサム抜きでは語れない状態なのである。52歳にして意気軒高なステイサム。あと20年はその活躍から目が離せないぞ。■ 『ワイルド・スピード EURO MISSION』©2013 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED. 『ワイルド・スピード SKY MISSION』© 2015 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED. 『ワイルド・スピード ICE BREAK』© 2017 Universal City Studios Productions LLLP. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2017.10.29
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2017年11月】キャロル
『ワイルド・スピード』シリーズのポール・ウォーカーと、女優・企業家・3児の母としてスポットライトを浴び続けるジェシカ・アルバ共演の、もはや夏の定番ともいえる『イントゥ・ザ・ブルー』。今や“豪華”共演ともいえる夏休み感満載の映画を、秋真っ盛りの11月に放送します!(公開も秋だったモンネ)監督のジョン・ストックウェルは、『クリスティーン(1983)』で注目され、トム・クルーズと『トップガン(1986)』含め二度共演を果たすなど、もともとは俳優としてキャリアを積んでいた人物。やがて脚本家・監督としての才能も発揮し、サーフィン大会を目指す女子を描いた青春映画『ブルー・クラッシュ(2002)』でブレイク。本作『イントゥ・ザ・ブルー(2005)』を続けて大ヒットさせます。この2本のヒットでマリン系が得意なイメージが定着しました。そんなわけで本作は、海の底には莫大な財宝が眠っている・・・という海洋ロマンを描いたアクション・サスペンスです。が・・・!見どころは唯一、ジェシカ・アルバのプリップリボディにあり。と言い切っても良いかもしれません!!ジェシカは、ティーネイジャーの頃にテレビシリーズ『ダーク・エンジェル(2000)』で大ブレイク。30代の今もその輝きは衰えることなく、女優という職業を超え、ファッションアイコンとして、そして年商180億の企業家として、さらに3児の母として、ハリウッドセレブでありながら地に足の着いた等身大の姿が、世界中の女性たちから絶大な支持を得ています。パッチンパッチンにはじけるボディで一時期はセックスシンボルとも称されましたが、実は敬虔なカトリック教徒でも有名(後にセックスシンボルの扱いに”very uncomfortable”であったと告白している)。ピュアな信仰心が全身から滲み出ているからかどうなのか、はじけるボディの水着姿がもはや神々しいというかスピリチュアルというか、なぜかイヤらしくないという不思議!スキューバダイビングのライセンスも取得しているだけあって、泳ぎのシーンも美しい。是非堪能してください。さいごに、主演のポール・ウォーカー。『ワイルド・スピード』シリーズで一躍スダーダムを駆け上がった彼は、人気絶頂の時期に本作『イントゥ・ザ・ブルー』に出演。昨年11月30日、『ワイルド・スピード』第7作目の撮影期間中、チャリティイベントの帰路で交通事故に遭い、40歳という若さで惜しくもこの世を去りました。一回忌に合わせて、11月30日に、ザ・シネマでは主演作『イントゥ・ザ・ブルー』を放送します!どうぞお楽しみに。■ ©2005 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. AND COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC.. All Rights Reserved
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NEWS/ニュース2012.07.04
アクションスター列伝【復讐対決】結果発表!
『イントゥ・ザ・サン』(スティーヴン・セガール)相棒を殺されたCIAエージェントに扮する、スティーヴン・セガール。東京を舞台に、復讐に燃える男が、日本刀片手に暴れまくる! VS 『ワイルド・スピード MAX』(ヴィン・ディーゼル)トラック強盗団のリーダー、ドミニクに扮する、ヴィン・ディーゼル。恋人を殺した麻薬組織に復讐を誓う! 復讐に燃える男はどっちだ!?いざ、対決! 愛する者が凶悪な何者かに殺害されたなら、アナタならどうするだろう?スクリーンのアクション・ヒーローたちは言うまでもなく、泣き寝入りなどするはずがない。湧き上がる怒りに逆らうことなく、憎き仇を遠慮なくブッ飛ばす!というワケで、仏頂面と武術アクションがトレードマークのスティーヴン・セガールと、スキンヘッドにマッチョな肉体で圧倒するヴィン・ディーゼルの、両タフガイによる復讐対決の始まりだ。 『イントゥ・ザ・サン』でセガールはCIAエージェントにふんしており、本人が第二の故郷と自称している日本がバトルフィールドとなる。都知事暗殺をテロリストの仕業と疑った主人公が東京に乗り込み、極悪ヤクザと全面対決。その過程で、結婚の約束をしていた日本人女性を殺され、セガールの堪忍袋の緒がキレた!大沢たかおふんする悪役のヤクザのボスを相手に、刀を振るって大立ち回り。“ヒト、キリマスヨ”“バッキャロー!”“コロシテヤル!”といった日本語のセリフを微笑ましく響かせながらも、得意の武術を活かしつつバッサバッサと叩き斬るセガールの派手な活躍は圧巻。ついでにエンドクレジットでは自作の歌まで聞かせており、最後の最後までオレ様節は衰え知らず、なのだ。■ 一方、オレ様キャラでは一歩も引けを取らないヴィン・ディーゼルは、代表作である人気シリーズの第4作『ワイルド・スピードMAX』で勝負。彼扮する主人公で、公道レースの凄腕のドライバーにして強盗犯ドミニクは前作のラストで東京に姿を現わしていたが、ここでは原点に立ち返り、アメリカとメキシコを股にかけて奔走。最愛の女性レティを殺した麻薬王の懐にブツの運び屋として潜り込み、華麗なドライビングテクニックはもちろん、腕っぷしの強さを発揮しながら死闘に臨む。冒頭でタンクローリーを派手に爆破させ、好敵手である捜査官ブライアンとカーアクションでツバ競り合いを繰り広げつつ、大乱闘にも挑むのだから、こちらの活躍もド派手と呼ぶにふさわしい。ちなみに、現在製作中のシリーズ第6作は“実はレティは生きていた!”という、アッと驚く急展開を迎えるようだ。両者とも復讐の炎は凄まじく、派手な暴れっぷりもイイ勝負で甲乙付けがたい。が、セガールがCIAという権力の側にいるおかげで立ち回りやすいのに対して、ヴィンの場合はお尋ね者で、アメリカに足を踏み入れたら即逮捕という現実に直面している。にもかかわらず、一度は南米に逃亡しながらも復讐のためだけにアメリカに帰国する度胸の良さ。そんなエッセンスがグッとくるぶん、ヴィン優勢と見たい。以上のように、【復讐対決】を制したのは、「ワイルド・スピード MAX」のヴィン・ディーゼル! 来週7/9(月)の『アクションスター列伝』は【逃避行対決】!こちらもお見逃しなく!■ © 2005 SONY PICTURES HOME ENTERTAINMENT INC. All RIGHTS RESERVED.© 2008 UNIVERSAL STUDIOS
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COLUMN/コラム2011.12.01
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2011年12月】山田
極限まで改造したモンスター・カーがストリートを爆走!人気カー・アクション・シリーズ第1弾!この映画、脳みそを使うシーンは一 切なし!スピード感溢れるダイナミックな映像、LAの雰囲気にマッチするゴリゴリの音楽。CG使いまくりの映像は、まるでアニメを見ているようで。車につ いて別段興味や知識もないけれど、次から次へと登場する日本車に少し嬉しい気持ちにもなれる!単純さや潔さこそが、この映画の醍醐味である。12月のザ・ シネマでは、そんな「ワイルド・スピード」を3作一挙放送!寒い冬にはもってこい! © 2001 Universal Studios. All Rights Reserved.