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COLUMN/コラム2019.02.22
アニメと実写を融合させた愉快なブラックなファンタジー・コメディ!!
今回の映画は『モンキーボーン』、これはほとんど忘れられている映画ですけど、僕は今でも大傑作だと思っています。監督はヘンリー・セリック。この人はティム・バートンの『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の監督として有名なストップモーション・アニメーターです。表情やポーズが違う人形を1コマずつ撮影していく大変なアートです。そのセリックが初めて手掛けた実写長編映画がこの『モンキーボーン』です。 主人公はブレンダン・フレイザー扮する漫画家。彼の作品『モンキーボーン』がT Vでアニメ化されるんですけど、彼自身は事故で昏睡状態になってしまいます。病院で眠っている彼の意識は自分の無意識下に堕ちて、生と死の間にある“ダークタウン”という街にたどり着きます。彼は自分が描いた漫画のキャラクター、モンキーボーンに出会います。するとモンキーボーンが主人公の体を乗っ取って、主人公の可愛い婚約者ブリジット・フォンダと結婚しようとします。で、主人公はなんとかダークタウンから脱出して、モンキーボーンの野望を阻止しようとする、というコメディです。面白そうでしょ? この映画でまずすごいのは、ダークタウンの世界観なんですよ。ヘンリー・セリックのものすごいイマジネーションが爆発してます。ダークタウンに住んでいるキャラクターは皆、神話上の人たちばかりです。ミノタウロスがいたりとか、サテュロスがいたりとか。ヒプノスという名前で夢の神様として出てくるんですけど、あれは明らかにサテュロス。パン神とも言われている神話上の存在ですね。一つ目のサイクロップスもいます。そういった神話上の者たちが、しかもピカソの絵のようなキュビズムで描かれているという、このへんがヘンリー・セリック独特の、なんだかわけがわからない悪夢のような世界になっていて、本当に素晴らしいんです。 それに心理学的なテーマが面白いですね。モンキーボーンというキャラは欲望むき出しのスケベ猿で、その名前はスラングでペニスのことなんです。主人公は婚約者に手も出さない大人しい男なんですが、彼の心の奥に抑圧した欲望をキャラにしたら漫画が人気になるんだけど、そのキャラに作者が乗っ取られてしまうので、作者自身も野生を発揮して戦わざるを得なくなるという、深い話です。映画の冒頭で主人公が漫画を描いているシーンのクロースアップの手はヘンリー・セリック自身の手なんです。だから、監督自身も主人公に反映されているわけです。 そしてクライマックスのチェイス。これが実に悪趣味で、今観てもめちゃくちゃ面白い。 あと、ダークタウンに猫娘がいて、最近はハーヴェイ・ワインスタインにレイプされたことを告白して話題になったローズ・マッゴーワンが演じてるんですが、これが古今東西のあらゆる猫娘のなかでダントツに可愛いのも注目です!『モンキーボーン』、ぜひご覧ください!■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 当初はコミック・ブック「Dark Town」(ストーリー:カジャ・ブラックリー、イラスト:バネッサ・チョン)の映画化として始まったが、原作のダークなイメージに近い当初のキャスティングはステュ役にニコラス・ケイジ、デス役はクリストファー・ウォーケンが考えられていた。 映画ではジョン・タートゥーロが演じたモンキーボーンの声は当初ベン・スティラーの予定だったが、彼が『ミステリー・メン』(99年)への出演が決まって断念された。 監督によればタイトル・シークエンスは左手で書いたのだという。 © 2001 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2017.04.09
Mr.ズーキーパーの婚活動物園
「動物園の飼育員となんて結婚できないわ!」恋人ステファニーにプロポーズをするも、そんな捨てゼリフでフラれたグリフィン。それから5年。仕事に打ち込んだ彼は飼育係のリーダーになっていたものの、心は打ち砕かれたままだった。そんなある日、グリフィンは兄の結婚披露宴会場として動物園を貸し出したのだが、そこに彼女がゲストとして招かれているではないか!「一緒にカー・ディーラーをやろうぜ。そうすれば彼女を取り戻せるぞ」いまだにステファニーを諦めきれないグリフィンは、そんな兄の誘いに乗って、本気で退職を考えるようになってしまう。 困ったのは動物たちだ。「あんな最高の飼育員を辞めさせるわけにはいかない。彼の仕事を辞めさせずに婚活を成功させようぜ!」 動物界のルールを破って人間語で話しかけて来た動物たちから、ワイルドな恋のアドバイスを伝授されたグリフィンはステファニーへの再アタックに挑戦するのだが……。 動物が人間の言葉を話す映画は星の数ほどあるけれど、大抵アニメっぽいキャラ。それを打ち砕いたのが、エディ・マーフィ主演の『ドクター・ドリトル』シリーズ(98〜01年)だった。同作は、当時最先端のCGを駆使して、リアルな動物が人間の言葉を喋るのを違和感なく見せて大ヒットを記録したのである。 2011年に公開された『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』は、この手法をさらに進化させて約1億7000万ドルもの興行収益を叩き出したメガヒット・コメディだ。ディズニー製作の大ヒット作『ジャングル・ブック』(16年)は間違いなく本作の延長線上にある。 ここで『ジャングル・ブック』を連想するのは、同作の監督で俳優でもあるジョン・ファヴローが、本作でクマの声優を務めているからだ。ファヴローがあの傑作を演出できたのも、本作で色々とノウハウを得たからではないだろうか。 そのひとつが声優選び。『ジャングル・ブック』ではビル・マーレイやイドリス・エルバ、スカーレット・ヨハンソン、クリストファー・ウォーケンといった人気俳優が、声色にぴったり合う動物の声優を務めていたけど、『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』はそれを先駆けたかのようなキャスティングが行なわれているのだ。そのメンツをざっと挙げてみよう。 まず『サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方』(91年)でゴールデングローブ賞を受賞したシリアスな俳優でありながら『48時間』(82年)では前述のエディ・マーフィと共演し、ファヴローともアニメ『森のリトル・ギャング』(06年)で動物声優として共演していたニック・ノルティがストーリーの鍵を握るゴリラ役。 アクション・ムービー界の伝説シルヴェスター・スタローンと、シンガーであり『月の輝く夜に』(87年)でアカデミー主演女優賞を獲得しているシェールという濃厚なコンビはライオンの夫婦を演じている。 『サタデー・ナイト・ライブ』出身のコメディエンヌでポール・トーマス・アンダーソンのパートナーでもあるマーヤ・ルドルフがキリン、『40歳の童貞男』(05年)や『エイミー、エイミー、エイミー! こじらせシングルライフの抜け出し方』(15年)を監督する傍ら、セス・ローゲンやジェイソン・シーゲルといった若手コメディ・スターの育ての親として知られるジャド・アパトーがゾウ、そしコメディ・レジェンド、アダム・サンドラーがサル(演じているクリスタルは、前述の『ドクター・ドリトル』をはじめ、『ナイト・ミュージアムシリーズ(06〜14年)や『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』(11年)『幸せへのキセキ』(11年)にも出演している名優サル!』の声を担当している。 通常、主演映画にしか出演しないサンドラーがこんな地味なポジションを務めているのは珍しい。実はこれにはワケがある。本作のプロデューサーはサンドラーで、製作会社は彼が主宰するハッピー・マジソンなのだ。そしてこれほどゴージャスな声優陣を招いてまでサンドラーがバックアップしようとした才能こそが、本作の主演俳優ケヴィン・ジェームズなのである。 ケヴィンはサンドラーと同じニューヨーク出身で、彼よりひとつ上の65年生まれ。スタンダップ・コメディアンとして活動し始め、兄貴分のレイ・ロマーノが主演したシットコム、『HEY!レイモンド』(96〜05年)への出演をきっかけに、やはりシットコム『The King of Queens』(98〜07年)の主演に抜擢。下町クイーンズで宅配業者として働く中年男役でブレイクした男だ。 本格的な映画出演は、ウィル・スミスが非モテ男に恋愛術を指南する<デートドクター>に扮したロマンティック・コメディ『最後の恋のはじめ方』(05年)から。この作品でケヴィンは、スミスの顧客となる究極の非モテ男アルバートに扮して、笑いを根こそぎかっさらうパフォーマンスを披露。スミス目当てに映画館を訪れた観客にも「あの面白いデブ、誰?」と評判を呼び、大ヒットに貢献したのだった。 その勢いで出演したのが、旧知のアダム・サンドラーとのダブル主演作『チャックとラリー おかしな偽装結婚!?』(07年)だった。ここでケヴィンは、子どもに残す年金問題に悩むあまり、サンドラー扮する結婚願望ゼロのプレイボーイと偽装同性婚をする男ヤモメの消防士を好演。すでにスーパースターだったサンドラーに負けない存在感を示した。そしてサンドラーのプロデュースのもと、遂に『モール★コップ』(09年)で単独主演を実現したのだった。 警官採用試験に挑戦しては失敗を続けているドジなショッピングモールの警備員が、モールを占拠した強盗団相手に丸腰で立ち向かうこのアクション・コメディは、ケヴィンのメタボなボディを駆使したギャグに笑わされながら、『ダイ・ハード』の流れを汲むマッチョ系アクション映画としても見れるという二刀流でメガヒットを記録した。 そしてサンドラー、クリス・ロック、デヴィッド・スペード、ロブ・シュナイダーら人気コメディ俳優が集結した同窓会コメディ『アダルトボーイズ青春白書』(10年)を経て公開されたのが本作『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』だったというわけだ。 その後もケヴィンは、総合格闘技に挑戦する教師に扮したアクション・コメディ『闘魂先生 Mr.ネバーギブアップ』(12年)やそれぞれシリーズの続編となる『アダルトボーイズ遊遊白書』(13年)と『モール・コップ ラスベガスも俺が守る!』(15年)、そしてサンドラー主演のSFXコメディ『ピクセル』(15年、何と米国大統領役!)といったヒット作に立て続けに出演。一方で16年からテレビに逆上陸し、製作も兼ねたシットコム『Kevin Can Wait』に主演して人気を博している。つまりケヴィンはかれこれ20年以上もコメディ界の第一線に立ち続けていることになる。 同世代でこれだけコンスタントに長期間活躍しているコメディ・スターは前述のサンドラーやベン・スティラーくらいだろう。ふたりに比べると日本では知名度がだいぶ下がるけど、これはもはやコメディ・レジェンドとして扱っていいレベル。見かけはどこにでもいそうなデブだけど、実は頭が切れるスマート・ガイ、それがケヴィン・ジェームズなのだ。 そんな彼のパーソナリティに動物たちのチャームも加味された『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』はケヴィン初心者にとって入門編にふさわしい作品だと思う。ヒロインのロザリオ・ドーソンとのコンビネーションの良さも心に残る仕上がりだ。 ZOOKEEPER, THE © 2010 ZOOKEEPER PRODUCTIONS, LLC. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2017.01.26
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2017年2月】キャロル
v動物園の飼育員グリフィンの婚活を、言葉を話せる動物たちが全力でサポートする!?人気コメディアン、ケヴィン・ジェームズ主演で贈るハートウォーミング・ラブコメディ。 奥手な中年男のグリフィンは動物園の飼育員。超イケイケの恋人ケイトに「結婚相手に動物園の飼育員はイヤ」とあっさりプロポーズを断られてしまう。振られたショックを5年も引きずった挙句諦めきれないグリフィンは、再び彼女にアタックするため転職を考える。ところが、自分たちにとって最高の飼育員を失うことに危機を感じた動物園の動物たちは、彼の転職を阻止しようと必死になるあまり、なんと“掟”を破って人間の言葉で彼に話しかけるのだった!ケイトとうまくいけばグリフィンは動物園を辞めずにすむと考えた動物たちは、グリフィンを男前に仕立てるべく一生懸命応援するのだが、動物本能むき出しのアドバイスはどれもこれも的外れ。それどころか、ケイトのハートを射止めるためにイケイケになろうとしたグリフィンは、動物たちの努力むなしく高級車ディーラーに転職してしまう。自分らしさをすっかり失ってしまったグリフィンだったが、ついにケイトから逆プロポーズされる日が来て・・・! 見てくれや社会的地位に振り回されなくても、人間、中身が大切だよね。と、動物たちに教わる心温まるコメディ。それはそれとして十分楽しめるこの作品、実はシルヴェスター・スタローンやニック・ノルティといった超豪華キャストが動物たちの声を熱演しているのです!普段はいぶし銀な彼らの、ファンキーでちょっと笑える演技も見どころ。ぜひ2月のザ・シネマ、バレンタイン特集でお楽しみ下さい! ZOOKEEPER, THE © 2010 ZOOKEEPER PRODUCTIONS, LLC. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2016.12.09
テッド
1985年。友達がひとりもいない8歳の少年ジョンは、両親からクリスマスにテディ・ベアをプレゼントされて大喜び。(安直に)テッドと名づけたジョンはある晩、夜空の星にお祈りした。「テッドが言葉を喋れたら楽しいのに」 翌朝、ジョンはビックリした。テッドが「僕をハグして!」と話しながら抱きついてきたのだ。少年の祈りが起こした奇跡は全米に報じられ、取材が殺到して大騒動に! そんなオープニングから始まる『テッド』は、しかしその大騒動を描いた映画ではない。物語は一気に27年後の現代へとジャンプする。今ではテッドは街中で歩いたり話したりしていても誰も驚かない”過去のスター”状態で、マリファナとテレビが何より好きなボンクラ・クマでしかない。 35歳になったジョンもサラリーマンとして地味な毎日を送っていたが、彼の方には誇れるものがあった。美女のロリーと付き合っているのだ。ロリーの方もジョンにはぞっこんなのだが、子どもの頃から一緒のジョンとテッドの間には入り込めない。遂に「私とテッドどっちを取るの?」とジョンに選択を求めてしまう。結果、テッドはジョンと別に部屋を借りてスーパーで働く自立の道を強いられることになるものの、相変わらず二人は仲良しなのだった。 そんなある夜、テッドの興奮した声に誘われたジョンはロリーとの約束をすっぽかして、テッド宅で開かれていたパーティでワイルドな時間を過ごしてしまう。それが原因でロリーに愛想をつかされたジョンはテッドとも仲違い。「お前のせいで俺の人生はメチャクチャだ!」はたして3人は元通りの関係に戻れるのだろうか…。 『テッド』は、30代男とテディ・ベアの友情を描いた、ありえないコメディだ。脚本と監督、そしてテッドの声の三役を担当したのは、セス・マクファーレンという人物で、これがハリウッド・デビュー作となる。とはいえ、彼のキャリアはそれなりに長い。73年にコネチカット州で生まれたマクファーレンは、名門美大「ロード・アイランド・スクール・オブ・デザイン」卒業後に『原始家族フリントストーン』や『チキチキマシーン猛レース』で知られる名門ハンナ・バーべラ・プロダクションに入社。アニメーターとしてキャリアのスタートを切っている。 そんな彼が飛躍を遂げたのは99年のこと。フォックステレビのコメディ番組「MADtv」で手掛けたアニメパートが局の上層部に認められ、自身が製作、監督、脚本、原画、声を務めるアニメシリーズ『ファミリー・ガイ』の放映を開始することになったのだ。これが大ヒットしたため、05年から『American Dad! 』、09年から『The Cleveland Show』もスタート。一時は3本のアニメをフォックステレビで放映する”ミスター・フォックス”として君臨していた(現在も2本が放映中)。 これだけならマイク・ジャッジやトレイ・パーカー&マット・ストーンといった才人たちが他にもいるのだけれど、マクファーレンのユニークなところはレトロ志向を併せ持っていること。彼は、フランク・シナトラをはじめとするジャズ・ヴォーカリストを偏愛しているのだ。その愛がこうじてジャズ・シンガーとしても活動を開始。フルバンドをバックにスウィングの名曲を歌いまくった11年のアルバム『Music Is Better Than Words』はグラミー賞のベスト・トラディショナル・ポップ・ヴォーカル・アルバムにノミネートされた。13年にはクリスマス・ソングを歌った『Holiday For Swing』、15年にも『No One Ever Tells You』も発表している。『テッド』は、テレビアニメとジャズ・ヴォーカルという不思議すぎる二刀流で活躍していたマクファーレンが、満を侍して発表したハリウッド・デビュー作なのだ。 彼は当初この作品をアニメとして構想していたそうだが、実写が可能になるまでCG技術の発展を待とうと考え直したらしい。その判断は正しかった。薄汚れたクマのぬいぐるみが、現実世界で毒舌を吐いたりマリファナ吸ったりセックスしたり(なぜかする!)している姿はそれだけで最高におかしい。ムーヴは完全にオッさんのそれだけど、元々テディ・ベアなので微妙に可愛いらしいという、バランス感も絶妙だ。 ジョンとの友情物語は、ジャド・アパトーが確立させたロマンチック・コメディの物語構造を男同士の友情に当てはめた”ブロマンス映画”からの影響大ではあるけれど、人間とぬいぐるみに当てはめたことで”少年はテディ・ベアと別れて大人の男になれるのか?”という新たな意味合いを物語に与えている。 主人公ジョン役は、アクション・スターのイメージが強いものの、『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』や『デート & ナイト』でコメディもイケることを証明していたマーク・ウォルバーグ(本作以降は『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』『パパVS新しいパパ』など、コメディ作はウォルバーグのキャリアにとって重要な柱となる)。またロリー役には、『ファミリー・ガイ』の声優としてマクファーレンと13年間も仕事をしてきたミラ・クニスが扮している。 ノラ・ジョーンズやライアン・レイノルズといったスターが本人役で登場するシーンも見どころではあるけど、それ以上にあのサム・ジョーンズが本人役で登場してストーリー上重要な役割を果たすことが本作最大のチェック・ポイントだろう。そもそもジョンがロリーとの約束をすっぽかしてテッドのパーティに行ってしまった理由こそ、「いま家でパーティを開いているんだけど、サム・ジョーンズが来ているんだ!」とテッドに言われたからなのだ。 ここで「サム・ジョーンズって誰?」という疑問が浮かんでくるかもしれない。答えは「あの『フラッシュ・ゴードン』の主演俳優」である。『フラッシュ・ゴードン』はもともと新聞に連載されていたスペースオペラ漫画で、あの『スター・ウォーズ』にも影響を与えたとされる古典作だった。80年には『スター・ウォーズ』人気に便乗する形で実写映画化されている。ところが古臭いストーリー(無理もない、原作が書かれたのは第2次大戦前なのだから)とチャチなSFXが災いして興行的に大失敗。主演に抜擢されたサム・ジョーンズはこれっきりで過去の人になり、今ではクイーンが担当したサントラ以外は話題にすらのぼらない黒歴史映画になってしまっている。 なのにジョンは子どもの時に観て以来、『フラッシュ・ゴードン』こそが史上最高の映画と信じて疑わない。だからパーティでサム・ジョーンズに会うと大興奮してしまう。これ以降の展開が笑える。映画のBGMはクイーンのサントラばかりになり、ジョーンズ本人が大暴れするのだ! 三十男のくせにテディ・ベアとツルみ、『フラッシュ・ゴードン』を愛してやまないジョンは確かに滑稽である。だが、もしそれらをもう少し格好良さそうなもの、たとえばアクション・フィギュアや『スター・ウォーズ』に置き換えたらどうだろう? 笑えないという人は多いのではないか? 子ども時代の大好きなものへの依存を未だに止められない人間は、皆ジョンと同類なのである。映画を観た者はそんな真実をマクファーレンからそっと教えられ、爆笑しながらも(心の中の)頬に涙が伝っていることに気がつくのである。 ちなみに映画の舞台は、マクファーレンが大学時代を過ごし、ウォルバーグの故郷でもある街ボストン。水族館やボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークといった実在の場所でのロケ撮影が、この破天荒なコメディにリアリティを与えている。 © 2012 Universal City Studios
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COLUMN/コラム2015.04.08
なに、この普通人クオリティ!〜『宇宙人ポール』
この作品には今ハリウッドで「普通の人」を演じさせれば天下一品のジェイソン・ベイトマンも出演しているのだけど、二人と比べると彼すらもスターのオーラに満ち満ちているように見えてしまう。なぜ、これほどまでにドン臭く、オーラに欠けた(失礼!)二人が、SFコメディ大作の主演俳優の座に上りつめたのだろうか? 謎を解くにはそこから歴史を10年以上遡らないといけない。 二人が出会ったのは1999年に英国のロンドンで撮影された『SPACED ~俺たちルームシェアリング~』の現場でだった。「友人同士の男女が、カップルだと格安で借りれるアパートに正体を偽って入居したら、そこがオタクの巣窟になってしまった!」というプロットを持つこのシュエーション・コメディ番組は、それまでもいくつかのテレビ番組に出演していた当時29歳のコメディアン、ペッグにとって、企画、脚本、主演の三役を手がけた勝負作だった。 「監督は以前の仕事で知り合って親友になったエドガー・ライトに任せたから大丈夫。問題は自分が演じるSFオタクの主人公ティムの親友でミリタリー・オタクのマイクを誰に演じさせるかだ……」悩めるサイモンの前に現れたのが2才年下のメタボなコメディアン、ニックだったというわけだ。各話に織り込まれた膨大な「オタクあるある」や映画やテレビ番組のパロディがバカウケして、『SPACED』は英国でカルト人気を獲得。固い絆で結ばれたサイモン、ニック、エドガーの三人は映画進出を決意する。 こうして2005年に公開されたのが、サイモン(主演、脚本)ニック(主演)エドガー(監督、脚本)による『ショーン・オブ・ザ・デッド』だった。舞台はサビれた地方都市。サイモン扮する主人公ショーンは、いい齢こいてプレステに夢中なダメ人間だ。だが街中にゾンビが出現したことによって、生きるための戦いに巻き込まれていく。ジョージ・A・ロメロが創始したゾンビ映画にオマージュを捧げながら、米国の都会ではなく英国の田舎が舞台なこと、一般人が銃を所持していないためクリケットのラケットで戦うといったオリジナルとの「落差」によってこの作品は極上のコメディに仕上がっている。 でも落差で笑わせながら、元ネタの精神は守っているところが『ショーン・オブ・ザ・デッド』のスゴいところだ。ロメロの『ゾンビ』(78年)でゾンビの巣窟になるのはショッピング・モールだが、こちらでゾンビが押し寄せてくるのはパブだ。ロメロが『ゾンビ』で米国のモール文化を批判していることに呼応して、ライトは夕方になると必ずパブに行く英国人を皮肉っているのだ。 同じことは演出面にも言える。本作はゾンビ映画として実に真っ当に撮られているのだ。ゆっくりとしか歩けないゾンビたちにヘマを犯した人間が捕まって食べられそうになる際のスリリングさは相当なもの。『ゾンビ』の正式なリメイク作『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『ワールド・ウォーZ』といった近年のハリウッド産ゾンビ映画では、ゾンビは走れる設定に改変されてしまっている。たしかにそっちの方がアクション・シーンは作りやすいのだが、ゾンビ本来の恐ろしさは『ショーン・オブ・ザ・デッド』の方にこそある。 こうした「パロディではあるけれど、ジャンル映画として見ても最高に面白い」いう映画のコンセプトは、トリオ第二作でポリス・アクションのパロディである『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』(07年)でさらに進化を遂げている。サイモン扮する元エリート警察官のニコラスは、左遷で飛ばされた先の田舎町が平和すぎてやる事がない。ニック扮する同僚ダニーから「ロンドンでは銃撃戦をしているのか?」と訊かれて「そんなものはハリウッド映画の中だけだ」と苦い顔で否定してみせる。だが物語はそこから思いがけない方向に転がっていき、銃撃戦はもちろん、カーチェイス、爆発がテンコ盛りの『リーサル・ウェポン』や『バッドボーイズ』も真っ青のド派手なクライマックスへと雪崩れ込んでいくのだ。 この作品はアメリカでも大ヒット。エドガーはハリウッドに招かれ、カルトコミックの実写化作品『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(10年)をマイケル・セラ主演で撮っている。一方でサイモンとニックがアメリカで作った脚本&主演作が、この『宇宙人ポール』だった。 ストーリーは、オタクの祭典「コミコン・インターナショナル」を見にいくためにアメリカにやってきたコミック・オタクのグレアムとクライヴが、墜落したUFOが隠されているという都市伝説で知られるネバダ州の空軍基地「エリア51」付近をドライブ中に、宇宙人のポールと遭遇してしまうことから始まる。つまり今作でネタにされているのは、『未知との遭遇』や『E.T.』といった宇宙人コンタクト物である。 もちろんそうした作品にあるハート・ウォーミングなテイストも今作には満載。特に父から誤った教育を受けてガチガチのキリスト教原理主義者に育てられた女性ルースが、ポールから宇宙の真実を教えられて自立を果たすパートは泣ける。ポールは自分の痛みと引き換えに人間のキズを治療する超能力を持っているのだが、その自己犠牲的救世主的な能力設定には、サイモンとニックによる「イエス・キリスト観」が込められているようにも思える。一見お気楽なように見える『宇宙人ポール』、実は深い作品なのだ。 また監督のグレッグ・モットーラをはじめ、ポールの声優を務めたセス・ローゲン、そしてビル・ヘイダーやクリステン・ウィグといった助演陣は現代アメリカのコメディ・シーンのトップに立つ面々であり、彼らと大西洋を超えて仕事をしたことは、サイモンとニックにとって大きな経験になったはずだ。 この作品の後、ふたりは英国に戻ってエドガーとリユニオン。やはり宇宙人が登場するものの、こちらは侵略SFムービーのパロディである『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』(13年)を作り上げた。『ショーン・オブ・ザ・デッド』以来のパブへの偏愛とセカンド・サマー・ラブへのオマージュに満ちたこの作品は大ヒットを記録したものの、三人はこれで三部作完結を宣言。以降はそれぞれの道を歩みだしている。 サイモンは以前からハリウッドきってのヒットメイカー、J・J・エイブラムスに才能を認められ、彼が監督/プロデュースした『ミッション・インポッシブル』や『スタートレック』といった大作シリーズに出演を続けていたのだが、先日『スタートレック』の次回作で脚本を手がけることが発表された。『スターウォーズ』新シリーズを手がけることになったエイブラムスの代わりに『スタートレック』を任されたのかもしれない。『SPACED』のティムが聞いたら嬉しさのあまり卒倒してしまいそうな出世ぶりである。一方、『パイレーツ・ロック』や『スノーホワイト』でイイ味を出していたフロストも故郷英国でプロデュース、原案、主演の三役を務めた社交ダンス・コメディ『カムバック!』(14年)を発表している。 西海岸とロンドンに遠く離れてしまった二人だが心配無用。『カムバック!』にはしっかりサイモンがゲスト出演していたりする。サイモンとニックはこれからも普通人クオリティの顔を並べて、大スクリーンで暴れてくれるはずだ。■ © 2012 Universal Studios.ALL RIGHTS RESERVED
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COLUMN/コラム2013.09.01
2013年9月のシネマ・ソムリエ
■9月7日『白いカラス』 講義中の何気ない発言が黒人への差別だと糾弾され、辞職に追い込まれた古典学の大学教授コールマン。実は彼自身も“肌の色”にまつわる重大な秘密を隠し持っていた。 現代米国文学の巨匠フィリップ・ロスの小説「ヒューマン・ステイン」を映画化。主人公の数奇な人生を通して、人種差別問題の根深さ、複雑さを描く人間ドラマだ。実力派の豪華俳優陣が、癒しようのない心の傷を抱えた男女の悲痛な運命を体現。田舎町の荒涼とした冬景色と相まって、静謐にして重厚な緊迫感みなぎる一作である。 ■9月14日『ファンタスティック Mr.FOX』 『ムーンライズ・キングダム』の若き鬼才、W・アンダーソン監督が初めて手がけた長編アニメ映画である。原作はロアルド・ダールの児童文学「すばらしき父さん狐」。 元泥棒の野生キツネが仲間を率いて、農場を営む傲慢な人間とのバトルを展開。昔ながらのコマ撮りアニメの手作り感を生かした活劇シーンは、胸弾むスリルと痛快さ! 主人公のキツネ夫婦の声を担当するのはG・クルーニーとM・ストリープ。アンダーソン監督のユニークな美学と遊び心が全開のカメラワーク、美術、音楽もご堪能あれ。 ■9月21日『シングルマン』 世界的なトップデザイナー、トム・フォードの監督デビュー作。同性の恋人を事故で亡くしたことで生きる意味を失い、自殺を決意した大学教授のある一日を映し出す。 TVドラマ「マッドメン」の美術デザイナーを起用し、1960年代L.A.の風俗を再現。主人公のガラス張りの邸宅や衣装など、あらゆる細部に繊細な美意識が感じられる。 死へのカウントダウンのサスペンス、幻想的な悪夢や回想シーンを織り交ぜ、喪失と孤独の痛みをスタイリッシュに表現。冷たい色気が香り立つ映像美が見事である。 ■9月28日『サラの瞳』 フランス人作家タチアナ・ド・ロネの同名ベストセラー小説を映画化。1942年、ナチス占領下のパリで起こった衝撃的なユダヤ人迫害事件を、現代からの視点で描き出す。 現代のパリに住む女性ジャーナリストが、戦時中に家族とともに連れ去れたユダヤ人少女サラの消息を追う。そのミステリーに隠された痛切な人間模様に胸を打たれる。 歴史の重い真実と向き合おうとするジャーナリストの微妙な心の移ろいを、K・スコット・トーマスが好演。東京国際映画祭で監督賞、観客賞を受賞した作品でもある。 『白いカラス』©2003 FILMPRODUKTIONGESELLSCHAFT MBH&CO .1.BETEILIGUNGS KG 『ファンタスティック Mr.FOX』© 2009 Twentieth Century Fox Film Corporation and Indian Paintbrush Productions LLC. All rights reserved. 『シングルマン』©2009 Fade to Black Productions, Inc. All Rights Reserved. 『サラの鍵』© 2010 - Hugo Productions - Studio 37 -TF1 Droits Audiovisuel - France2 Cinéma
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COLUMN/コラム2013.02.24
2013年3月のシネマ・ソムリエ
■3月2日『昼顔』 ヴェネチア国際映画祭金獅子賞に輝いた鬼才L・ブニュエルの異端的名作。昼はマゾヒスティックな欲望に囚われた娼婦、夜は貞淑な人妻という二面性を持つ女性の物語である。馬車から引きずり下ろされたヒロインが森で縛られ、鞭で打たれるオープニングなど、倒錯的な官能描写が随所に。現実と妄想の境界を取り払ったブニュエルの演出が冴え渡る。当時23歳のC・ドヌーヴの美しさは眩いほどで、恍惚の表情やイヴ・サンローランの衣装をまとった気品も圧倒的。“淫ら”な内容でありながら、優雅な雰囲気にも酔える逸品だ。 ■3月9日『ジェイン・オースティンの読書会』 世話好きの女性バーナデットが愛犬を亡くした友人を励まそうと、ジェイン・オースティンの読書会を企画。こうして男性ひとりを含む個性豊かな6人のメンバーが集結する。全米ベストセラーになった同名小説の映画化。多様な人生の機微が詰まったオースティンの6つの小説の内容に、悩み多き男女6人の個人的事情が重なっていく設定が面白い。教え子との禁断の恋に揺れる教師役E・ブラントなどキャストも魅力的で、オースティンの愛読者ならずとも楽しめる。大人向けのロマンチック・コメディというべき佳作である。 ■3月16日『[リミット]』 地中に埋められた棺桶の中で目を覚ました青年のサバイバル劇。全編の舞台を棺桶内に限定し、画面に映る登場人物はひとりだけという究極のシチュエーション・スリラーである。 トラック運転手の主人公はイラクでの仕事中に何者かに襲われ、生き埋めにされてしまった。携帯電話で外部に連絡し、必死に救助を求める姿が息づまるスリルを呼び起こす。監督は「レッド・ライト」も好評を博したスペインの俊英R・コルテス。緻密な脚本、変化に富んだカメラワークも秀逸で、緊張が頂点に達する結末までまったく目が離せない。 ■3月23日『ヘンダーソン夫人の贈り物』 1937年、夫の莫大な遺産を相続した未亡人が古びた劇場のオーナーになり、英国初のヌードレビューを上演する。実話にもとづく笑いと涙たっぷりのヒューマン・ドラマである。ロンドン空襲時にもショーを上演し、戦場に赴く若い兵士たちを勇気づけたウィンドミル劇場。その感動秘話を、名匠S・フリアーズが軽快かつ陰影に富んだ演出で見せていく。 “007”シリーズのM役でおなじみの大女優J・デンチが、豪胆にして心優しいヘンダーソン夫人を好演。劇場支配人役のB・ホスキンスとの掛け合いもコミカルで味わい深い。 ■3月30日『ルパン』 “ルパン”シリーズの生みの親、モーリス・ルブランの生誕100周年記念作品。フランス映画界が「カリオストロ伯爵夫人」を下敷きにして完成させたアドベンチャー大作である。駆け出し時代の若き怪盗ルパンが身を投じた秘宝争奪戦。希代の悪女たるカリオストロ伯爵夫人との確執、美しき従妹クラリスとの恋など、盛りだくさんのエピソードが展開する。R・デュリス演じるルパンは日本の人気アニメのそれとはかなりイメージが異なるが、無鉄砲で情熱的な魅力を発揮。豪華な装飾品や変装シーンなどの凝ったギミックも満載だ。 『昼顔』© Investing Establishment/Plaza Production International/Comstock Group 『ジェイン・オースティンの読書会』© 2007 Sony Pictures Classics Inc. All Rights Reserved. 『[リミット]』© 2009 Versus Entertainment S.L. All Rights Reserved. 『ヘンダーソン夫人の贈り物』©MICRO-FUSION 2004-1 LLP 2005 『ルパン』© Investing Establishment/Plaza Production International/Comstock Group
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COLUMN/コラム2013.02.23
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2013年3月】山田
という、ポルナレフ状態に追い込まれた一人の男を描いたシチュエーション・スリラー。間違いなく「嫌な死に方ベスト5」にランクインするであろう圧死、窒息死の恐怖からの脱出を試みるというのがこの映画のあらすじなのだが、舞台は終始徹底して棺桶の中、登場するのは主人公ポールただ一人と、あとは携帯電話、ライターぐらい。しかし、この映画のスゴイところは、「人が焦りながら電話するのを、ただひたすら見続けて何が面白いか」とこれっぽっちも思わせないところ。観ている者を最後まで飽きさせない計算された展開で、緊張感はノンストップ。まさにアイディアひとつ!きっとものすごい低予算映画なのだろうな!と感心しておりましたところ、製作費は約2.5億とのこと。意外と高かった © 2009 Versus Entertainment S.L. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2009.07.21
ただのファミリー映画と思ったら大間違い。お母さんのような『シャーロットのおくりもの』
私、大きな勘違いをしてました・・・。 『シャーロットのおくりもの』の “シャーロット”は少女もしくはブタの名前で、ダコタ・ファニング演じるシャーロットがブタに奇跡を起こしたとか、ブタのシャーロットが内気なダコタを変えたとか、いかにもファミリー映画っぽい物語を想像していたんです。ところがそれは全くの見当違い。ブタでも少女でもないシャーロットの正体に、良い意味で裏切られてしまったのです。シャーロットは、クモです。さらに、本作は少女とブタの愛情物語でも、牧場世界のハートウォーミング(←最近、使わない?)ムービーでもあまりせん。この作品は、クモのシャーロットが起こす、奇跡の物語なのです。子供よりも大人、とくに妊娠中とか子育て中の方にこそ薦めたい、一種の自然科学チャンネルを観ているかのような、生命について考えるきっかけをくれる映画です。ブタが登場する映画と聞いて『ベイブ』シリーズを思い浮かべてしまった私は、「しゃべるブタ=のどかな牧場映画」という物語を安易に想像してしまったのですが、とんでもない。『シャーロットのおくりもの』に登場する雄ブタ、ウィルバーが預けられた牧場に生きる動物たちは、いずれ殺されて人間に食べられる運命。毎日を楽しむ方法を探そうともしていない、のどかとは掛け離れた様子。そんな状況なので、本作に登場する動物たちはシリアスなトークを繰り広げます。牛「体が大きくなったところで、どうせ奴(人間)は僕らを食べるんだよ」やら、牧場にある不気味な建物を指しながら、馬「あそこに君も連れてかれるよ。そしてこの世とはおさらばさ…」みたいな言葉でウィルバーを脅したりと、非常に暗いのです。そんな暗~い牧場の入り口に垂れ下がる一匹の雌グモが、シャーロット。「誰かの食事のために殺されるなんて真っ平だ!」と愚痴を言うばかりの動物たちは、シャーロットに「見醜い」「平気で虫を食べるなんて」と毎日のように悪口を浴びせるものの、シャーロットはとても利口で、弱肉強食の世界を深く理解している。生きる為に虫を食すことを厭わない代わりに、「いただきます」「ごちそうさま」の言葉を欠かさないなど、牧場で暮らす動物たちよりもオトナです。そんな嫌われ者のシャーロットを、ウィルバーが美しいと褒めたことがきっかけで、二人(?)はかけがえのない友達になります。牧場の動物たちは、口を揃えて「自分たちが食べるために僕らを育てるなんて、人間は勝手だ!」と言います。たしかにその通りよね、と人間である私も彼らの意見には激しく同意するのですが、シャーロットはそんなヒトのエゴとも言えそうな行為でさえ、生き物が子孫を残すためには仕方ないと達観しているのです。シャーロットは偉いなあ。でもそんなシャーロットでも「ウィルバーが食べられるのは嫌」と、彼を助けるためにある方法を思いつきます。いくら仕方ないとは言っても、大切な人(?)が食べられるのは阻止したいと健気に想う様子が、人情(??)に溢れていて感動的なのです!シャーロットは自分より何百倍も大きなブタを救うため、クモだからこその表現方法で、その健気な気持ちを人間に伝えます。どのようにしてウィルバーを救うのかは、観てのお楽しみ。ところで、素敵なクモ、シャーロットの声を担当しているのはジュリア・ロバーツ。普段から口が大きいことをからかわれがちな彼女が『シャーロットのおくりもの』で担当したのは、登場生物の中で一番口の小さいクモでした…という冗談はさておき、そんな小さなクモの口から存在感ある彼女のセクシーボイスが囁かれることで、シャーロットが話す一語一句がより強く心に響きます。「食事ができることに感謝しなさい」「いただきます、言った?」と、実家の母のようにお説教をしてくれるシャーロット。私たちは生命を食べるから生きていて、それでこそ生命が連続していくことを『シャーロットのおくりもの』は教えてくれるのです。(韓 奈侑) COPYRIGHT © 2009 BY PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.