古典的な侵略型SF映画の進化版

‘80年代を代表するSFホラー映画の傑作のひとつであり、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった映画会社キャノン・フィルムズが総力を挙げて製作したブロックバスター映画『スペースバンパイア』(’85)。監督は『悪魔のいけにえ』(’74)の鬼才トビー・フーパーである。『未知との遭遇』(’78)や『E.T.』(’82)の大成功によって、ハリウッド映画で地球を訪れるエイリアンが軒並み友好的だった時代、宇宙からやって来た全裸の美女エイリアンがロンドンを火の海にしてしまうというストーリーは、古典的な侵略型SF映画の進化版として温故知新的な魅力に溢れていた。スピルバーグ映画的なSFXやゾンビ映画的な特殊メイクも盛りだくさん。巨匠ヘンリー・マンシーニが手掛けた壮大なオーケストラ・スコアがまた素晴らしく、当時高校生だった筆者も映画館の暗がりでワクワクと胸を躍らせながらスクリーンを見上げたものだ。

76年ぶりに地球へ最接近するハレー彗星の話題で持ちきりの現代(実際にハレー彗星は翌’86年に地球へ接近)。米国人船長カールセン大佐(スティーヴ・レイルズバック)が率いる英国のスペースシャトル「チャーチル号」は、ハレー彗星のコマ(星雲状のガスやダスト)に紛れた謎の巨大宇宙船を発見する。捜索のために船内へと向かった飛行士たちが発見したのは、まるでコウモリのような姿をした不気味なクリーチャーの無数の死骸、そして透明カプセルに収められた人間そっくりの女性1名男性2名だった。その透明カプセルを回収して地球への帰路に就くチャーチル号。ところが、シャトル内で異常な事態が発生し、チャーチル号は地球との連絡を絶ってしまう。

それから1か月後。救助に向かった米国のスペースシャトル「コロンビア号」の乗組員は、火災によってシャトル内が焼き尽くされたチャーチル号を発見し、3名の男女が眠る無傷のカプセルを地球へと持ち帰る。この男女はいったい「何」なのか。ロンドンにある宇宙調査センターのケイン大佐(コリン・ファース)とファラーダ博士(フランク・フィンレイ)、ブコフスキー博士(マイケル・ゴザード)は、正体不明の男女を解剖することに決めるのだが、しかし突然起き上がった女性エイリアン(マチルダ・メイ)が警備員を襲って逃亡する。

駆けつけたファラーダ博士らが発見したのは、女性エイリアンに生命エネルギーを吸い尽くされてミイラ化した警備員の遺体。しかも、これがまた解剖しようとした執刀医の生命エネルギーを吸い取って人間の姿に戻る。どうやらエイリアンたちは人間の精気を吸収するヴァンパイアで、犠牲者もまたヴァンパイアとなって他人の生命エネルギーを奪い、さらなる犠牲者を増やしていくことになるらしい。ただし、2時間ごとにやって来る「飢え」を満たさないと、ヴァンパイア化した人間は炭化して死んでしまう。その頃、眠っていた2名の男性エイリアンも覚醒してセンターから脱走。この不測の事態にケイン大佐やファラーダ博士は頭を抱える。

一方、遠く離れたアメリカのテキサス州でチャーチル号の脱出ポッドが回収され、死んだと思われていたカールセン大佐が生還する。すぐにロンドンへと赴いたカールセン大佐は、スペースシャトル内で復活したエイリアンたちが乗組員を次々に殺し、このまま地球へ帰還すれば人類に危険が及ぶと考えてシャトルを破壊したと説明。彼が女性エイリアンとテレパシーで繋がっていると知ったケイン大佐は、カールセン大佐を伴って彼女の足取りを追うことに。その傍ら、エイリアンを倒す方法を探っていたファラーダ博士は、彼らこそがヴァンパイア伝説の起源であり、これまでにもハレー彗星と共に地球へ飛来していたことを突き止める。そうこうしているうちに、市中へ解き放たれたエイリアンたちが次々と犠牲者を増やし、ロンドンは未曽有の大パニックに陥ってしまう…。

超一流スタッフによるスペクタクルな特撮

原作はイギリスの作家コリン・ウィルソンが1976年に発表したSF小説「宇宙ヴァンパイアー」。しかし映画版ではそのストーリーを大幅に改変しており、むしろ英国ホラーの殿堂ハマー・プロによるSF映画「クォーターマス」シリーズ、中でも3作目『火星人地球大襲撃』(’67)に酷似している点が少なくない。例えば、本作ではハレー彗星と共にやって来たエイリアンがヴァンパイア伝説の原型とされているが、『火星人地球大襲撃』でも太古の昔に地球へ飛来した火星人が「悪魔」の原型だった。クライマックスでロンドンが大パニックに陥るという展開もそっくりである。

さらに言うと、人間の生命エネルギーを吸い取るエイリアンたちの設定も、映画版ではより古典的なヴァンパイア像に近づけられており、ゴシック的なムードを漂わせた美術デザインとも相まって、ハマー・プロが得意とした一連のヴァンパイア映画との類似性も見て取れるだろう。エイリアンが人間の性的な欲望を利用して精気を奪うというエロティックな要素は、「カルシュタイン三部作」を筆頭とする’70年代ハマーのセクシー・ヴァンパイア路線を想起させる。「自分のルーツであるハマー映画の大作版」とトビー・フーパー監督自身も述べているように、往年のハマー・ホラーから多大な影響を受けた作品であることは間違いないだろう。

そのトビー・フーパーがキャノン・フィルムズから本作の企画をオファーされたのは、スピルバーグ製作のホラー映画『ポルターガイスト』(’82)が完成した直後のこと。当時、キャノン・フィルムズで3本の映画を撮る契約を結んだフーパー監督は、その第1弾としてコリン・ウィルソンの原作本を社長メナハム・ゴーランから手渡されたという。ちょうど『バタリアン』の企画から降板したばかりだったフーパー監督は、同作の監督を引き継いだ友人ダン・オバノンに脚本を依頼。あの『エイリアン』の脚本を書いたオバノンはまさしく適任だったと言えよう。

製作準備だけで2年を要した本作は、’84年2月から約半年間に渡ってロンドンで撮影を敢行。チャック・ノリスやチャールズ・ブロンソンが主演する低予算のB級映画で知られていたキャノン・フィルムズは、当時の同社にとって史上最高額となる2500万ドル(現在の金額に換算すると約6500万ドル)もの莫大な予算を用意していた。フーパー監督によると、撮影にあたってゴーラン社長が要求したのは、女性エイリアンを全裸で登場させることだけ。それ以外は一切口出しすることがなかったそうだ。

やはり真っ先に目を引くのは、ミニチュアや実物大セットを駆使したスペクタクルな特撮シーン。オープニングに登場するエイリアンの宇宙船内部は、ロンドン近郊にあるエルストリー・スタジオの巨大なステージ6、通称「スター・ウォーズ・ステージ」に作られた本物のセットである。『戦争と冒険』(’72)や『ラグタイム』(’81)でオスカー候補になったジョン・グレイスマークの美術デザインは、どことなく古典的なゴシック・ホラーの雰囲気を漂わせていて秀逸。また、ロンドン市街が文字通り火の海と化すクライマックスのパニック・シーンも、『スター・ウォーズ』(’77)や『スタートレック』(’79)でお馴染みジョン・ダイクストラの特撮チームが良い仕事をしている。その圧倒的なスケール感は見応え十分だ。

さらに、『スター・ウォーズ』のヨーダを制作したことで知られ、当時は『銀河伝説クルール』(’83)や『ザ・キープ』(’83)などの特撮映画で引っ張りだこだった特殊メイクマン、ニック・メイリーによるミイラ化したヴァンパイアの造形も素晴らしい。今だったらCGで済ませてしまうところだろうが、やはり機械仕掛けのダミーボディを現場でスタッフが操作するアニマトロニクスのリアル感は格別。細やかな表情の変化など見事な仕上がりだ。

最大の見どころはフランス女優マチルダ・メイ

しかし、そんな本作の最大の見どころは、実のところ巨額の予算を投じた特撮でも特殊メイクでもなく、一糸まとわぬ姿で女性エイリアンを演じた美女マチルダ・メイだ。フーパー監督自身も「マチルダ・メイがいなければ、この映画は成立しなかった」と断言しているように、その非の打ちどころのない美貌と完璧な肉体で表現される女性エイリアンの、まるでこの世のものとは思えない神秘性こそが、本作の原動力になっていると言えよう。撮影当時まだ19歳だったマチルダは、これが映画出演2作目となるフランス出身のバレリーナ。演劇を学んだこともなければ女優になるつもりもなかったというが、バレエで鍛えたしなやかな動きが女性エイリアンの超然とした存在感を醸し出している。

さらに、テレビ『ヘルター・スケルター』(’76)のチャールズ・マンソン役で有名なスティーヴ・レイルズバック、『エクウス』(’77)や『テス』(’79)で高く評価されたピーター・ファース、ローレンス・オリヴィエの『オセロ』(’65)でオスカー候補になったシェイクスピア俳優フランク・フィンレイなど、キャストに実力のある名優ばかりを揃えたことも、荒唐無稽なストーリーに説得力を与えるという意味で功を奏している。『悪魔のいけにえ』のマリリン・バーンズが『ヘルター・スケルター』にも出演していたことから、フーパー監督は同作の撮影現場を見学に訪れたことがあり、その当時からレイルズバックとは友人だったらしい。

さらに、ファラーダ博士に退治される男性エイリアン役は、あのミック・ジャガーの弟クリス・ジャガー。『ドラゴンVS.7人の吸血鬼』(’74)のドラキュラ役で知られるジョン・フォーブス・ロバートソンなど、ハマー・ホラーに縁の深い英国俳優たちも出演している。もちろん、ピカード艦長役やプロフェッサーX役でお馴染みのパトリック・スチュワートの登場も見逃せない。

ちなみに、当初はケイン大佐役にクラウス・キンスキー、ファラーダ博士役にジョン・ギールグッドがアナウンスされていたが、どちらも諸事情によって降板している。また、フーパー監督がビリー・アイドルのヒット曲「ダンシン・ウィズ・マイセルフ」のMV演出を手掛けたことから、2人目の男性エイリアン役にビリー・アイドルを起用するという話もあったが、スケジュールの都合が合わずに実現しなかった。ビリー・アイドルのエイリアン役は是非とも見てみたかった。

なお、アメリカではエイリアンの宇宙船を舞台にしたオープニングを大幅にカットした短縮版が劇場公開され、そのせいなのかどうかは定かでないものの、当時は興行的な惨敗を喫してしまった本作。エロティックな要素もブロックバスター映画向きではなかったと言われているが、しかしイギリスやフランスなどのヨーロッパでは反対に大ヒットを記録し、今ではカルト映画として日本を含む世界中で熱愛されている。マチルダ・メイはレナード・シュレイダー監督の『ネイキッド・タンゴ』(’91)やビガス・ルナ監督の『おっぱいとお月さま』(’94)で高く評価され、一時はフランスを代表する女優のひとりとなった。先述したようにキャノン・フィルムズと3本の契約を結んでいたフーパー監督は、本作に続いて『スペースインベーダー』(’86)と『悪魔のいけにえ2』(’86)を手掛けることとなる。■

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