映画界でも脈々と受け継がれたラ・ヨローナの恐怖

日本でも大人気のホラー映画『死霊館』ユニバースの第6弾に当たる作品だが、しかしストーリー上の直接的な関連性は薄いため、厳密には単独で成立するスピンオフ映画と見做しても構わないだろう。テーマはメキシコに古くから伝わる怪談「ラ・ヨローナ(泣く女)」伝説。ラテン・アメリカ圏では広く知られた話で、過去に幾度となく映画化もされてきているが、しかし日本でちゃんと紹介されたのは、これが初めてだったのではないかとも思う。そこでまずは、「ラ・ヨローナ」の伝説とはいかなるものなのか?というところから話を始めたい。

それは昔々のこと。メキシコの小さな村に美しい女性が住んでいた。ある時、彼女は村へやって来た裕福な男性と恋に落ちて結婚し、2人の子宝にも恵まれるものの、やがて夫は別の若い女性と浮気をしてしまう。これに怒り狂った女性は、仕返しとして子供たちを川で溺死させてしまった。すぐ我に返って子供らを助けようとしたもののすでに手遅れ。深い喪失感と後悔の念に打ちひしがれた女性は、自らも川に身投げをして命を絶つ。しかし、神の罰を受けた彼女は白いドレス姿の亡霊としてこの世に甦り、我が子を探し求めて泣きながら永遠に地上を彷徨うこととなる。そして、運悪くラ・ヨローナに遭遇してしまった人間は、亡き子供たちの身代わりとして連れ去られてしまうのだ。

地域によって多少の違いはあるものの、一般的に知られているラ・ヨローナ伝説の大まかな内容は以上の通り。メキシコのみならずプエルトリコやベネズエラなど中南米各国に似たような話が存在し、昔から大人が子供を躾けるための怪談として語り継がれてきたという。「悪いことをするとラ・ヨローナにさらわれちゃうよ」と。さらに、中南米からの移民によってアメリカへも伝説は持ち込まれ、かつて1990年代にはマイアミやニューオーリンズ、シカゴなどの各地で、ホームレスの子供たちが黒い涙を流すラ・ヨローナを目撃したという噂が広がったこともあった。

ラ・ヨローナのルーツについては諸説ある。そのひとつが、古代アステカの神話に出てくる女神シワコアトル。亡き息子を探し求めて泣きながら現れる、死の予兆を感じると泣きながら現れるなどの言い伝えがあるらしいが、いずれにせよ彼女がラ・ヨローナ伝説の元になったという説が最も有力だ。また、エウリピデスのギリシャ悲劇「メディア」との類似性を見出すこともできるだろう。夫の裏切りに怒り狂った王女メディアが、復讐のため我が子を手にかけるという下りは非常によく似ている。さらに、アステカ帝国を征服したスペインの侵略者エルナン・コルテスに棄てられたインディオの愛人マリンチェが、奪い去られそうになった息子をテスココ湖のほとりで殺害し、死後に亡霊となって泣きながら地上を彷徨ったという逸話もあるそうだが、しかし彼女とコルテスの息子マルティンはスペインでちゃんと育っているので、これは裏切り者の代名詞として憎まれたマリンチェを貶めるために生まれた作り話と思われる。

そんなラ・ヨローナが初めて映画に登場したのは、メキシコで最初のホラー映画とも呼ばれる『La Llorona(泣く女)』(’33)。これはラ・ヨローナの呪いをかけられた一家の話で、ホラーというよりもミステリー仕立てのメロドラマという印象だ。続く『La Herencia de la Llorona(泣く女の遺産)』(’47)は幻の映画とされており、筆者も見たことはないのだが、推理ミステリーの要素が強かったらしい。’60年代には有名なB級映画監督ルネ・カルドナが『La Llorona(泣く女)』(’60)という作品を残しているが、しかしラ・ヨローナ映画の最高傑作として名高いのは、メキシカン・ホラーの巨匠ラファエル・バレドンの『La Maldición de la Llorona(泣く女の呪い)』(’61)であろう。ここでは黒装束に黒い眼をしたラ・ヨローナが登場。ラ・ヨローナを復活させるための生贄に選ばれた女性の恐怖を描き、マリオ・バーヴァ監督の『血ぬられた墓標』(’60)を彷彿とさせるゴシックな映像美が素晴らしい。

以降も、覆面レスラーのサントがラ・ヨローナと対決するルチャ・リブレ映画『La Venganza de la Llorona(泣く女の復讐)』(’74)、ラ・ヨローナ伝説にフェミニズムを絡めたシリアスな幽霊譚『Las Lloronas(泣く女たち)』(’04)、珍しく日本でDVD発売された『31km』(’06)、マヤ語の方言でラ・ヨローナを意味する悪霊ジョッケルが出てくる『J-ok'el』、ラ・ヨローナ伝説を子供向けにアレンジしたアニメ『La leyenda de la Llorona(ラ・ヨローナの伝説)』(’11)が登場。その中でも『Las Lloronas』は女性監督らしい視点の光る秀作だ。また、アメリカでもラ・ヨローナ伝説にエクソシストを絡めた『Spirit Hunter: La Llorona』(’05)、『死霊のはらわた』風にアレンジした『The Wailer』(’05)、スラッシャー映画仕立ての『The River: Legend of La Llorona』(’06)などが作られており、『The Wailer』と『The River: Legend of La Llorona』はシリーズ化もされている。ただ、’00年代のアメリカ版ラ・ヨローナ映画は、いずれもウルトラ・ローバジェットのインディーズ映画で、残念ながら決して出来が良いとは言えない。

ハリウッドが初めて本格的に取り組んだラ・ヨローナ映画

そして、ハリウッドのメジャー映画が初めてラ・ヨローナを取り上げたのが本作『ラ・ヨローナ~泣く女~』(’19)。冒頭でも述べたように『死霊館』ユニバースのひとつとして作られたわけだが、しかしシリーズ作品との関連性は『アナベル 死霊館の人形』(’14)のペレズ神父がサブキャラとして出てくることと、フラッシュバックで一瞬だけアナベル人形が姿を見せるくらいしかない。

映画の冒頭はオリジン・ストーリー。1673年のメキシコで、夫に浮気された女性が復讐のため2人の息子を川で溺死させ、自らも命を絶って白いドレスの悪霊ラ・ヨローナとなる。舞台は移って1973年のロサンゼルス。時代設定は『アナベル 死霊博物館』(’19)の1年後に当たる。警官の夫に先立たれた女性アンナ(リンダ・カーデリーニ)は、ソーシャルワーカーとして働きながら2人の子供を女手ひとつで育てている。ある時、アンナは担当するメキシコ系のシングルマザー、パトリシア(パトリシア・ヴェラスケス)と連絡が取れないとの報告を受け、無事を確認するため彼女の自宅へ訪問すると、物置部屋に監禁されたパトリシアの息子たちを発見する。児童虐待を疑われて逮捕されたパトリシアだが、しかし本人は子供たちを守るためだと必死になって懇願する。そして翌晩、施設に預けられていたパトリシアの子供たちが、なぜか近くの川で溺死体となって発見された。

真夜中に亡き夫の元相棒クーパー刑事(ショーン・パトリック・トーマス)から呼び出され、息子クリス(ローマン・クリストウ)と娘サマンサ(ジェイニー・リン=キンチェン)を連れて現場へ駆けつけるアンナ。大きなショックを受ける彼女に、半狂乱になったパトリシアが「あんたのせいだ」と激しく詰め寄り、子供たちはラ・ヨローナに殺されたと主張する。その頃、車で待っていたクリスとサマンサは悪霊ラ・ヨローナ(マリソル・ラミレス)に襲われるが、言っても信じては貰えまいと母親には内緒にする。それ以来、アンナの自宅では奇妙な現象が相次ぎ、やがて彼女自身もラ・ヨローナの姿を目撃。悪霊は明らかに子供たちを狙っていた。恐ろしくなったアンナは教会のペレズ神父(トニー・アルメイダ)に相談し、強力なシャーマンである呪術医ラファエル(レイモンド・クルス)を紹介してもらう。愛する我が子を守るため、ラファエルの力を借りてラ・ヨローナに立ち向かうアンナだったが…?

ロサンゼルスが舞台となっているのは、ここがかつてメキシコ領だったこと、現在に至るまでメキシコ系住民の多いことが主な理由であろう。’70年代を時代設定に選んだのは、もちろん当時のオカルト映画ブームへのオマージュという意味もあろうが、同時に本作が女性の映画、母親の映画であることにも深く関係しているように思う。ウーマンリブ運動の台頭によって女性の権利向上が飛躍的に進んだ’70年代のアメリカだが、それでもまだ女性の社会的地位は決して高いとは言えず、マーティン・スコセッシ監督の『アリスの恋』(’74)など当時の映画を見ても分かる通り、シングルマザーが子育てをするには依然として厳しい社会環境だった。周囲の理解やサポートをなかなか得られないシングルマザーが、子供を守るため悪霊に立ち向かっていくという本作のストーリーにとって、そうした時代背景はとても重要な要素とも言えるだろう。

アメリカでもラテン・コミュニティの間では誰もが知る有名な怪談だったラ・ヨローナの物語。これが長編映画デビューだったマイケル・チャベス監督も、ロサンゼルスで育ったことからラ・ヨローナを知っていたそうだが、しかし一般的な知名度はそれほど高くなかった。そのため、本作はラ・ヨローナ伝説の基本へと立ち返り、その存在を初めて知る平均的なアメリカ人女性を主人公に据えることで、予備知識のない観客でも理解できるオーソドックスなオカルト映画に仕立てられている。一部を除いてCGやグリーンバックの使用をなるべく避け、アナログな特殊メイクでラ・ヨローナを描写している点も、古き良きオカルト・ホラーの雰囲気を醸し出して効果的だ。ラ・ヨローナという題材以外に目新しさはないものの、そのぶん安心して楽しめる王道的なホラー・エンターテインメントと言えよう。

なお、本作の直後にはグアテマラ内戦時代に起きた先住民の大量虐殺事件とラ・ヨローナ伝説を結び付けたグアテマラ映画『La Llorona(泣く女)』(’19)が、さらに最近ではメキシコを旅した米国人一家がラ・ヨローナに襲われる『The Legend of La Llorona』(’22)が作られている。果たして、ラテン・アメリカの生んだ永遠不滅の亡霊ラ・ヨローナは、フレディやジェイソン、キャンディマンなどに続くホラー・アイコンとなり得るだろうか…?■

『ラ・ヨローナ 〜泣く女〜』© Warner Bros. Entertainment Inc.