◆香港大河アクション漫画の実写映画化

 正義感の強い蹴りの達人・タイガーは、ある日レストランで不作法をはたらく秘密結社“江湖”と争い、脅威的なまでに強い用心棒に圧倒されてしまう。その用心棒はタイガーと同じ武術道場「龍虎門」で学び、長く彼の前から姿を消していた兄・ドラゴンだった……。

 2006年に公開された『かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』(以下:『DTG』)は、香港の伝統あるコミックス「龍虎門」の映画化で、タイトルは身寄りのない子どもたちが格闘を学ぶ養成校の名だ。邦題の頭につく「かちこみ」は「殴り込み」を意味し、物語は龍虎門で育った2人の兄弟と1人のアウトロー=突き技の神ドラゴン(ドニー・イェン)、蹴りの達人タイガー(ニコラス・ツェー)、そしてヌンチャクの天才ターボ(ショーン・ユー)が、師匠を殺した悪の大ボスを相手に人間のレベルを超えた戦いを繰り広げていく。

『DTG』の製作は香港内で注目の的となった。なぜならば当時、香港映画でコミックスの長編実写化といえば、その多くが日本のマンガ原作が主流をなしていたからだ。しかも「龍虎門」は香港コミックスの格闘ジャンルを確立させた、歴史の古い大河アクションである。1970年に発表されてから今日まで、途絶えることなく新作が発表され、作品の歴史は半世紀以上にわたる。
「香港の若者なら必ず読んでいる、通過儀礼のような格闘コミックスなんだ。そんな作品のキャラクターを演じるなんて、信じがたい機会だよ」
 とターボ役のショーン・ユーが筆者に語ったように、またとない題材への取り組みとなったのである。

◆4ヶ月続いたハードなアクション指導

 そして完成した『DTG』は、全編がコミックスを読み進めていくような流れるカメラワークとハッタリの効いた構図で固められ、普通のカンフーアクションとはまったく味わいの違うものとなった。さすがは香港を代表するマンガの映画化だけに、画作りには相当な気合いが入っている。加えてドニー・イェン、ニコラス・ツェー、そしてショーン・ユーらそれぞれの格闘パフォーマンスがハイレベルを極め、リミッターが解除されたような戦いぶりはハンパじゃないものがある。刺客が何百人いようと、爆走する車のように止まることなく敵を倒しまくるのだ。何より突き、蹴り、そしてヌンチャクといったワザがアクションのバリエーションを豊かにし、またそれぞれの使い手3人のキャラクターを引き立てる役割をも果たしている。

 ドラゴンを演じるドニー・イェンは、本作でアクション監督を兼任。もともと彼のアクションスタイルは、リアルファイトとマンガのようなオーバージェスチャーが同居しており、本作のようなコミックス原作とは相性がいいことを立証している。ただ“力”を表現するためのスピード感や、ワイヤーによる跳躍など、それらを用いるべきところのサジ加減に頭を悩ませたのと、コミックスは1コマの画から読み手が無限大にイメージを膨らませるため、そんな読み手のイメージを超えるようなアクションを映画で展開しなければならないのが難しかったとドニーは語る。

 そんな高度なアクションスタントを「自分自身がそれをこなすのは、朝起きて歯を磨くようなものだけど(笑)、ニコラスやショーンに課せることが大きな課題だった」とドニーは述懐する。そこで彼は二人にできることとそうでないことを完全に把握し、撮影に入る前に2ヶ月の体力づくりと、ワイヤーやバック転、そしてヌンチャクさばきなどの専門的なトレーニングを指導。そのトレーニングは撮影中も続き、ショーンは「ドニーさんは指導が厳しいと聞いていたが、その厳しさを厳しいと意識しなくなるほど、トレーニングはハードなものだった」と語る。だがその甲斐あって、トレーニングと撮影とで4ヶ月かけたアクションの成果が、見事なまでに作品へと反映されたのだ。

 また全編において展開される高速アクションと一体化した音楽は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(95)の川井憲次が担当。川井の起用はドニーの強い要望からきたもので、彼が日本でアクション監督を担当した『修羅雪姫』(01)のスコアに感銘を受けたという。その後、ツイ・ハークに推薦して『セブンソード』(05)の作曲に招き入れたことをきっかけに、自身の主演作に川井を指名していったという経緯がある。ドニーは「私のアクションの“リズム”を支える要素として、川井さんの音楽が果たす役割はとても大きい」と称賛してやまない。


◆「アクション映画の真の勝負は数年後」とドニーは言った

「僕はアクション映画は公開したそのときよりも、公開されて数年後が勝負だと考えているんだ」

 この『かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』のプロモーションを通じ、筆者はドニー・イェンにインタビューをした過去がある。忘れもしない2007年2月12日、ハーバープラザ ホンコンに部屋をとっておこなわれた同取材は、ドニーが新作の撮影にかかりっきりで進行が遅れ、夕方の開始がなんと深夜の23時になってしまった。そんなアクシデントと併せ、忘れがたいイヴェントとして今も自分の中にある。取材が大幅に遅れたことへの苛立ちは不思議となく、むしろ強く覚えたのは、優先的にアクションに身を置こうとするドニーへの尊敬心だ。

 なにより取材前、ドニーは撮影現場では決して妥協をしない、厳しい俳優だと仄聞していた。確かに本人に会ってみると、常にアクションのことを考えており、じつにストイックな印象を受ける。だが言葉に余計な飾りがないぶん、彼の口から出るアクション哲学には重い響きがあり、強い説得力を放っていたのだ(前チャプターで記したメイキングの事情は、そのときのドニーやショーンとの会話から起こしたものである)。

 そんなドニーの回答でもっとも印象に残ったのが、先に挙げた文言だ。アクションのジャンルはワイヤーワークやCGなどの発達によって、年を追うごとに見せ場の演出がエスカレートしていく。そのためアクションが常に新鮮であるのはとても難しいと彼はいう。そして最後にドニーは、こう言葉を残してインタビューを締め括った。

「だからこそ、生身の戦いやファイター同士の精神のぶつかり合いが、いつの時代にも新鮮さを保つんだよ」

『DTG』が製作されて、すでに16年の月日が経つ。だがその存在は、過去に公開された無数のアクション映画の中に埋没することなく、コミック表現の大胆さとリアルアクションを折衷させた独自のアプローチで、2022年の現在に至るも煌々と異彩を放っている。数年後どころか十年単位でその価値を測っても、まったく古びた印象を与えることはない。

 公開したそのときよりも、公開されて数年後が勝負——。『かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』は、このドニーの持論を見事に証明してみせたのである。■

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