◆美麗によみがえった1976年リメイク版

 おそらく今回のキングコング特集放送において、これが最大の目玉と言えるのではないだろうか。この1976年公開『キングコング』4Kレストア版、日本での放送はザ・シネマが初となる。35mmオリジナルネガから4KスキャンしたDCP素材を、現権利を管理するスタジオカナルが修復し、パラマウント・ピクチャーズがカラーグレーディングをほどこし、イタリアに拠点を置くフィルム修復ラボL'Immagine Ritrovataがレストアをおこなった、2022年製作の放送マスターだ。これまでのHDバージョンに比べ、シャープネスと明るさが段違いに強化されたものになっている。

 2023年の現在、巨大モンスター映画の古典『キング・コング』(1933)のリメイクといえば、多くの人がピーター・ジャクソン監督の手がけた2005年の同名タイトル作を真っ先に思い浮かべるのではないだろうか。オリジナル版の設定をそのまま受け継ぎ、ストップモーション・アニメーションというマジカルな手法で撮られたコングをCGIでリクリエイトした同作は、ジャクソン監督が偉大なるファンタジー文学「指輪物語」を『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(2001〜2003)に発展させたような、愛情深いアプローチこそが支持の根幹にある。

 そのため、最初のリメイクである本作の存在は、郷愁やレトロスペクティブというテコを用いて強引にこじ開けないと、あまり思い出してもらえない存在になってしまった。加えて、この映画を構成する要素に同時代性が密接に絡み、それを詳述しないことには、もはや存在価値が掴みづらい。人喰いザメの猛威を描いた『ジョーズ』(1975)を起点とするパニック映画の興隆が製作動機となったことや、大物プロデューサーのハッタリに満ちた興行感覚。また当時のエネルギー危機を反映した脚本の現代的アダプトなど、それらは映画本体の画質を向上させただけではわかりかねるだろう。むしろ高精細になったことで、アニマトロニクスで創造されたコングの作り物感があらわになり、興醒めするかもしれない。

 しかし愛憎半ばに揶揄しながらも、この映画の最大のセールスポイントは、油圧可動によるコングの12メートルに及ぶラージスケールの巨大モデルで、これは現代においても記録的な映画撮影用のモンスターのモックアップとしてレコードを持つ。全高12メートル、重量6.5トン 3,100フィートの油圧ホースと4,500フィートの電気配線を含むアルミニウムのスケルトンによって構成されたそれは、歩行のみならず腰を捻り回すことができ、6人の操演者によって制御された油圧バルブによって腕を動かすことができた。その表皮は有名なかつらメーカーであり、コングのヘアデザイナーであるマイケル・ディノが担当し、アルゼンチンから輸入された2トンの馬の尾でコングの体毛を作成。作業に数ヶ月をかけ、100人のアシスタントが馬の毛を4種類の網に織り込み、それをラテックスのパネルに取り付け、モデルの金属フレームに接着している。

 そんなメカニカルコングのデザインは、特殊効果アーティストのグレン・ロビンソンとイタリアの特殊メイクアーティスト、カルロ・ランバルディによって考案された。製作者であるイタリア人プロデューサーのディノ・デ・ラウレンティスは、もともと特殊効果担当として旧知の仲だったイタリアン・ホラー映画の巨匠、マリオ・バーヴァにコンタクトをとった。しかしバーヴァはイタリアを離れてプロジェクトに参加することを固辞し、代わりにバーヴァがランバルディを推薦したのだ。

 またランバルディは、MGMの建設部門でロビンソンの指揮下、ヒロインを演じたジェシカ・ラングに絡むコングの機械アームも手がけている。それはケーブル操作によって、ラングを持ち上げるパフォーマンスを可能にしたのである。ところが安全装置がコングの指に取り付けられているため、手がきつく閉じすぎるのを防ぐ機能が、4Kクラスの解像度だと隠すことなく視認できてしまう。ラージスケールのモックアップといい、どちらも撮影現場で思うように可動せず、またロングショットではいかにも作り物然とした外観が懸念されたのか、劇中ではわずか15秒間程度しかフレームに写り込んでいない。

・撮影現場での巨大な実物大キングコング


◆巨大アニマトロニクスとエイプスーツの実像に迫る

 しかし何より、このリメイク版『キングコング』のプロジェクトには致命的な欠点があった。当初、オリジナル版との差別化を明白にするために、コングのデザインがゴリラからかけ離れ、原始人のようなヒューマノイド型になっていたのだ。

 これに異を唱えたのが、特殊メイクの第一人者リック・ベイカーだ。ベイカーはこのリメイク版の話を明友ジョン・ランディスから仄聞し、このありえないデザイン変更を嘆いた。そして「コングのモックアップは実用性に乏しい」と、この映画が失敗作になる確信を抱いていたのである。だが長年にわたってエイプスーツを作ってきた自分なら、愛するコングを無惨な運命から救えるのではと、プロジェクトへの参加を受諾。そしてデザインの根本的な軌道修正のために、ラウレンティスや監督のジョン・ギラーミンらを自宅に招き、自作のゴリラスーツ着込んで「コングはこうあるべきだ」というプレゼンを仕掛けたのだ。

 ベイカーのパフォーマンスをいたく気に入ったラウレンティスは、プリプロダクションで彼をランバルディと競合させ、コングのコンセプトスーツを製作させた。そのさいランバルディはコング役のアルバート・ポップウェルに適合するように、かたやベイカーは自分自身を念頭に置いてコングをデザインしている。そして二人が半仕上げのスーツを提示したところで、ラウレンティスは後者のものを選んだのだ。ベイカーは『キングコング』がピントの外れた原人映画になることを防いだだけでなく、タイトルキャラクターをメインで創造する主導権を得たのである。

◆1976年版はモデルアニメのアンチテーゼだったのか?

『キングコング』における、これらのプラティカルな取り組みは、高度な特殊効果に目なれた当時の観客に目配りすると同時に、ストップモーション・アニメーションに対するアンチテーゼでもあったとも言われている。しかし実際は予算と制作期間の都合から必然的にきたもので、ラウレンティスは企画当初、アニマトロニクスとストップモーションの併用を漠然と考えていたようだ。事実、モデルアニメーションの大家であるレイ・ハリーハウゼンに打診をしたものの、ストップモーションアニメにかけられる期間が足るものではなかったため、ハリーハウゼンはオファーを蹴っている。

 こうした弱点を補強する形で、実物大のモックアップを作成し、またオリジナル版のエンパイア・ステート・ビルに代わって、当時新しく建設された世界貿易センタービルをクライマックスの舞台にすることで、この毀誉褒貶のリメイク版は現代ナイズを正当化させたのである。■

『キングコング【4Kレストア版】』© 1976 STUDIOCANAL